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砂漠の串焼きと侵入者




「ウィリアムさん、これから半日お願いします!」



ネアがそう頼めば、ウィリアムは微笑んで頷いてくれた。

ネアの足元では、けばけばになった銀狐がウィリアムを見てとぼとぼとヒルドの方に帰ってゆく。

そんな銀狐を見送り、ウィリアムはどこか途方に暮れた目をした。



「…………俺は、あれをずっとやられるのかな」

「むむぅ。ウィリアムさんな竜さんがよほど気に入ったのでしょう」

「…………さて、気を取り直して行こうか。シルハーンは?」

「ここにいます!」

「キュ!!」



これから、ネアはウィリアムの砂漠のテントに流星雨を見に行くのだ。


ムグリスディノならウィリアムも気を使わないからと、置いていかれることに我慢が出来ない系の魔物はムグリスでの参加となる。

事前にウィリアムも了承済みなので、しゃきんとちびこい三つ編みを立てて臨戦態勢のムグリスディノを見ても、穏やかに微笑んで頷いてくれた。



「シルハーン、夜の砂漠なら熱さ的には大丈夫でしょうが、あれこれ物騒なこともありますから、ネアから落ちないようにして下さいね」

「キュ!」

「ウィリアムさんにそう言われて、ノアに落下防止魔術を編んで貰いました。とても素敵で便利なものなので、これからも使おうと話しているんです。ウィリアムさんの一言から、とても便利な魔術が生まれてしまいました」


ネアがそう言えば、ウィリアムは微笑んで頭を撫でてくれた。


見送りに来たという体裁でウィリアムに魔術のことを話しかけてくるエーダリアの相手をしてやり、ウィリアムはさてと呟く。

人気者も大変だ。



「では行こうか」

「はい!」

「キュ!!」



淡い薄闇を踏むウィリアムに手を取られ、ネアはふわりと持ち上げられた。

日々ウィリアムの持ち上げは安定感を増しており、今日などはディノのものと遜色なく安心してその肩に掴まっていられる。

こうして肩に掴まるのは手の置き場としてであり、掴まらなくても落ちてしまいそうにならない持ち上げが、最良の持ち上げである。



ネアは当初、この持ち上げが拘束されるようで嫌いだった。


だが近年では、いい乗り物に乗れて魔物の方も安心していられるのであれば、良きにはからえな気持ちである。

とは言え、腰肉を減らさなければならないのであまり多用も出来ない。



何しろ今日は、ウィリアムに美味しいお肉を食べさせて貰うのだ。


その為にネアは、代休を取り朝から狩りに出て体を動かしてきた。

昼食にはあたたかな卵とトマトのスープと、サンドイッチしか食べてないので、夜はたくさん食べられるという作戦である。



ふわりと風が変わった。



乾いた風には様々な香辛料や染料の香りが混ざり、独特な香油と、砂漠の妖精避けの甘い花の匂いのする香の香りが漂ってくる。

オアシスらしくしゃばしゃばと落ちる水の音に、風にざわざわ揺れる林檎の木の枝葉の音。

どこかで誰かが歌っていて、星形のランタンをたくさん吊るした屋台が立ち並んでいた。



サナア―クのオアシスは、陽が落ちた直後の青さに包まれており、相変わらず美しい。


どこか郷愁を掻き立てるその光景の中に、色褪せた黒のいい風合いの布に、極彩色のステンドグラスのような鮮やかな布を合わせたターバンで髪を隠したウィリアムが立てば、一枚の絵のようだ。

様々な漆黒の布を重ねた装束は、今日は一枚だけ深い赤い布を合せていてとても素敵だった。



「ほ、ほわ!以前に来た時と様子が違って、お祭りみたいですよ!!」

「ああ。流星雨目当てであちこちのオアシスから人が集まってくるからな。ほら、あの杏飴の屋台はカルウィから来ているんだ」

「なぬ。カルウィの杏飴なのですね。むむ!私の好きなカルウィの香草茶があります。お口の中がすきっとするのですが、以前大量に貰ったのがまだまだ飲み切れずに残っているので、飲まなければということを思い出しました………」

「あの店は、星の欠片から紡いだ宝石を、あっちは夜空から落ちてきた流星の音で書き上げた詩編を売っている。その隣は…………使い魔屋だな。流星雨の夜は絆の魔術が深め易いからかもしれない」

「なぬ。…………であれば、私はウィリアムさんと、ムグリスなディノとの絆を深められるのですね?」

「はは、そうだと嬉しいな」

「キュ!」



本日のムグリスディノは、真珠色で騒ぎにならないようにと色の擬態をしている。


普段はあのくらいの小ささならと真珠色のもふもふのままだが、今回はウィームから遠く離れた文化やお作法も違う国なのだ。

よって今夜のムグリスディノは、砂漠の夜仕様の綺麗な白みがかった水色なのである。

体の色に合わせてリボンをミントグリーンのものにしているのだが、全体的に縮んであまりにもちんまりしてしまっているので差し色としての効果は薄い。



「それはそうと、ネアの今日の髪型は可愛いな」

「まぁ!ウィリアムさんに褒めて貰えて嬉しいです!」

「キュ」

「あらあら、浮気ではありませんよ?」

「シルハーンもそう思いませんか?」

「……………キュ」

「ふふ、使い魔さんが編んでくれたんですよ。砂漠の国風の編み込みで綺麗な魔術のお花と光る糸を少しだけ入れてあるのだそうです。髪の毛と同系色でまとめてくれたので、はしゃぎ過ぎな感じも隠せて気に入っているのです」

「…………ということは、アルテアは直前までリーエンベルクに居たんだな?」

「ふむ。余程森に帰っている間に寂しい思いをしたのでしょうね。世話焼きのお母さんのようになり、手持ちのお洋服とストールで砂漠風の素敵な装いを選んでくれて、テントで寒くないようにと、小さく折り畳める膝掛けな織物も持たされました。……………む」



ネアは、そう言って斜め掛けの織り柄が美しい布の鞄を開き、ぱたりと閉じた。


この鞄は、くすんだ藍色と僅かにピンクがかった砂色とで、何とも美しい模様を織り込んである。

ウィームで見ればウィーム風に見えるが、このような砂漠の国の服装をすると少しだけエキゾチックにも見える模様がネアは大のお気に入りなのだが、その中に収めた織物をウィリアムに見せようとしたところ、見たこともない黒いもふもふを発見したのだ。



「ネア…………?」

「鞄の中に、何者かが潜んでいます。侵入者が………」

「……………俺が排除しよう。見せてくれるか?」



そうして、ウィリアムが鞄の中を覗き込んでくれると、がさがさと揺らされて、すっかりネアの膝掛けの間で眠ってしまっていた生き物がぱちりと目を覚ました。


「フキュフ」

「………………なぬ」

「……………どこから入ったんだろうな。知らない生き物がいて怖かっただろう。捨ててくるからな」

「フキュフ!!!」


ウィリアムが掴んで捨てて来ようとしたところ、その黒ちびふわはしゃっと逃げ出し、ネアの肩の上に駆け上がるとふーっと唸って威嚇している。

鮮やかな赤紫色の瞳といい、どう考えても知らないふわふわではないのだが、ネアは念の為に尋ねてみた。



「…………アルテアさん?」

「フキュフ」

「……………まぁ。なぜについてきてしまったのでしょう。しかしながら、ちびふわになったのは狡猾な作戦だと言わざるを得ません。初めて出会う黒いちびふわが愛くるしいので、肩に乗ることを許してしまうのです」

「フキュフ」

「……………ネア、アルテアが鞄に入っているのに気付かなかったんだな」

「はい………。まさか、アルテアさんが自らちびふわになって着いて来てしまう程に懐いているとは、私としても誤算でした。案外、新しい扉を開けてしまい、ちびふわな暮らしに目覚めたのかもしれませんね」

「……………懐き過ぎだな」

「フキュフ」


ウィリアムに暗い目で見詰められ、黒ちびふわはじっとりした目で反抗的に見返している。

胸元に入ったムグリスディノは、黒ちびふわの尻尾が顔にかかってしまい、小さな手で必死にどかしていた。



「ネア、…………念の為に聞くが、これは砂漠に捨ててもいいか?」

「フキュフ!」

「………むぅ。アルテアさんであれば捨ててしまっても大丈夫そうですが、こんなに小さなちびふわですので、襟巻にして連れていきたいです。ただし、ウィリアムさんに悪さをしたら、きりんさんの絵の沢山入っている金庫に詰め込んでしまいますね」

「…………フキュフ」

「それなら仕方ないか。…………アルテア、砂漠ではどうか無茶をしないで下さいね。…………夜の砂漠にうっかり落としていってしまうと、俺にも回収出来ませんから」

「フキュフ…………」


砂漠に捨ててゆくのも忍びないので、黒ちびふわも一緒に流星雨を見ることになり、ネア達はひとまず美味しいお肉料理の出てくるお店に移動することになった。



「わぁ…………。ウィリアムさん、あれはなんですか?」

「ああ、砂漠香の煙草だな」

「むむ。じゃりっとしそうですが、お道具は綺麗ですね」

「砂漠の匂いを吸う為のものなんだ。砂の系譜の生き物達は、あまり砂漠から離れて生きていけないからな。あの煙草を持てば、しばらく外の土地でも生活出来る。買ってから出掛けて行く者もいるし、行商人達の取り扱い品としても人気なんだ」


ネアがウィリアムに砂漠香の煙草だと教えて貰ったのは、水晶細工の小さなラッパのようなものだ。

あちこちに流線型の手の込んだ細工管がついていて、吹いてみたら綺麗な音が出そうで可愛らしい。

少しだけ欲しくなったが、そもそも砂漠香の煙草どころか煙草も吸わないので諦めることにした。




「ふぎゅ。いい匂いが………」


次にネアの心を奪ったのは、カルウィから来た屋台だという杏飴だ。

飴色の小さな円形のものが串に刺してあり、その中に杏のジャムとゼリーのようなものが入っている。

外側の飴を上手に舐め溶かして、中のとろりとした部分を美味しくいただいてもいいし、口に含める大きさの飴なので、串からすぽんと抜いてお口に放り込んでもいい。

そうすると、串を刺してあった部分の穴から中の杏味が染み出してきて、とてもとても美味しいのだそうだ。


「杏飴だな。買おうか?」

「むぐ!お肉を食べてからにします………。甘い物は後に…………むむぅ」


甘酸っぱい匂いにふらふらしてしまったネアは、はぐれないようにウィリアムが伸ばしてくれた手を握る。

ムグリスディノとちびふわがみっとなったが、迷子防止の措置なので鳴きはじめた二匹はこらっと叱って黙らせておく。


「キュ!キュ!」

「フキュフ!」

「そもそもお二人は、私の体の上に乗っかっているではないですか。それと同じことで、私もウィリアムさんからはぐれないような措置を取る為に、こうして掴まっていないといけないのです」

「………キュ」

「なぜに恥らったのだ」



オアシスには爪先の出たサンダルのようなものを履いている人達が沢山いて、ネアは足元を横切ってゆく様々な人達の足先に視線を落した。

鮮やかに塗られた爪が多く、足首に様々な飾りをつけている人も多い。

よく見ればそこに時々蹄の足が混ざり、視線を持ち上げると妖精や精霊だったりする。


ネアは砂漠歩きに慣れていないので、いつものブーツに砂が入らないように魔術をかけてもらい、快適にさくさくと歩いていた。


砂地に落ちる影を見ているだけでも楽しいので、ネアはご機嫌で微笑みを深める。



流星雨を待ち侘びる人々でごった返し、オアシスはさながらお祭りのようだ。

異国のお祭りなど楽しくない筈がないし、頼もしい魔物達に囲まれているので安心してきょろきょろ出来る。


「……………むむ、あれは何でしょう?いい匂いがしますね」

「薬草粥のようなものだな。小さな持ち手のある壺に入れて売ってくれる。保温性の高い壺で夜の砂漠でも冷めないし、温度を保つ魔術が切れても、そのまま火にかけて温め直すことも出来るんだ」


ネアが目を奪われたのは、大きなお鍋でくつくつと煮えているお粥だった。

鶏を丸ごと煮込んだ味をたっぷり染み込ませたとろりとしたお粥に、砂漠での仕事で元気をつけてくれる赤い小さな実や、薬草が入っている。

ばりんと砕いて乗せるのは、駱駝の瘤を薄く切って揚げたものだそうで、それで油の味を足して食べると満足感が増すのだとか。


(確か、前の世界でも駱駝の瘤は現地の保存食で聞いたことがあるけれど、もう少しお値段の上がる砂クジラの油や、砂喰い鳥の油というのは何だろう………)



「ウィリアムさん、砂喰い鳥さんの油も売られていますが、雪喰い鳥さんのような生き物なのですか?」

「はは、ああいう姿だと考えたら、油を売っているのは怖いよな。安心していい、そこで売られているのは妖精の砂喰い鳥の方だ。鷺のような姿をした赤い鳥で、砂を食べて増えるから、砂漠では貴重な食料になる」

「そんな鳥さんがいるのですね!鶏肉としても美味しいのでしょうか?」

「味としてはそこまでいいとは聞かないな。ただ、上質の油が取れるから、砂喰い鳥の油は人気なんだ。ああして、砂喰い鳥の皮を砂喰い鳥の油で揚げたものは、あちこちでよく売られている。羽は駱駝が食べるしな」

「駱駝さんが…………」

「さて、着いたぞ。今日はここで夕食にしよう」

「……………ふぁ!」



ウィリアムが連れて来てくれたお店に、ネアは目を輝かせる。



正面にそびえ立っているのは、砂漠のオアシスには不似合いなくらいに大きな木だ。


見事な枝ぶりと、しっかり茂った緑の葉が心を和ませ、星の形をしたランタンが沢山飾られて、幻想的な星のなる木のよう。


そんな大きな木の下には、木組みの椅子に色とりどりのクッションを並べた客席があり、木のテーブルの上には青銅の燭台があって美しい魔術の火が燃えている。

砂避けで周囲に張られた布の青さが鮮やかで、何とも素敵なお店だった。



「………なんて素敵なお店でしょう。こんなに素敵なお店で、美味しいお肉までいただけるのですか?」

「ああ、俺も気に入っている店なんだ。……ネアが喜んでくれたようで良かった」

「気に入ると言う言葉では生温いくらい、とっても素敵なお店なのです。砂漠の夜はとても寒くなるのに、ここはふわっと温かいですし、屋台の道を抜けて来たお祭り気分のまま、こうしてお外でいただけるのが嬉しいですね」

「普段は、あっちの区画に店があるんだ。祝祭の日や、こうして流星雨などで屋台が出る日になると、この木の下に店を移してくる。こういうところの方が、香りも流れるし集客にいいんだろう」

「…………確かに、いい匂いがしますね!お店側の目論み通り、美味しいお肉をたらふく食べたくなるような香ばしい匂いです」

「………ほら、ああして肉を持って来てくれるんだ」

「お、お肉様!!」



ウィリアムがネアを抱き寄せるようにして指差して教えてくれた先に、漆黒の民族衣装のようなものを着た店員が、大きな鉄串に刺して香ばしく焼いたお肉を持って、テーブルを回っているのが見えた。

端っこを切り落として試食させてくれるので、味が気に入れば欲しいだけ切って貰えるシステムのようだ。


ネアがあまりの期待と喜びに動悸や息切れがしてきてしまったので、ウィリアムは手早く店員を呼び、予約してくれていた席に通して貰った。


可愛い赤いクッションに腰を下ろすと、ネアは昂ぶる思いを抑えきれずに椅子の上で弾んでしまう。

ムグリスディノや黒ちびふわもお肉のいい匂いに気分が高揚してきたのか、既にネアの横のテーブルの上に乗っかってお肉待ちの目だ。


メニューを見てまずは飲み物を注文する。

お肉は席に担当者が回ってくるので、その際に注文し、手書きの伝票をテーブルの上にある箱に入れて行って貰う方式だ。

お会計の時にその伝票を計算して貰い、お肉以外のメニューは飲み物担当の店員さんにお願いする。



(………風が気持ちいいし、あちこちがきらきらしていて、不思議な幸福感でいっぱいになる)



注文してすぐに、ネア用のミントの沢山入った甘いお茶と、ウィリアムには黄金色のきりっと冷えていそうなお酒が出てきた。

ムグリスディノは冷たいお茶を注文し、黒ちびふわは酔っ払いを警戒してか、美味しい氷河のお水を注文している。

小さくなった魔物達の分は、すぐに使い魔用の小さな陶器の飲みやすそうなお皿で出てきたので、この世界の奥深さにネアは感動した。



まずは小皿に盛られた小さなサラダが出てきて、ウィーム風と比べると若干野趣溢れる感じのこのサラダをいただきながら、お肉を待つようだ。



(あ、…………デザートも充実していそう)


ふと、少し離れたテーブルにさくさくしたパイ生地のお菓子のようなものが運ばれてゆくのが見えた。

生クリームらしきものをうず高く盛り付け、削ったココナッツのようなものと果物も乗っている。

そして、そんな風に他人様のお皿を意地汚く眺めていたネアは、突然恐ろしいことに気付いてしまい、ざあっと血の気が引いた。



「………………ふにゅ」

「……………ネア?どうしたんだ?」


突然ネアが涙目になってしまったので、焦ったようにウィリアムが顔を覗き込んでくる。

何か怖いことがあったのかと手を握ってくれたが、ネアは確かにとんでもない悲劇に直面していた。



「く、…………」

「く……………?」

「クリームの日をすっかり忘れていました。その日に何があったのかを思い出したところ、トレトレの日と重なってシュタルトに行っていたのです!」

「………………クリームの日、というものがあったんだな」

「そ、その日にしか食べられないお菓子があったのです。昔のウィームの王様の大好物だった、あつあつさくさくのオレンジ風味のパイに、たっぷりの紅茶のジャムと檸檬風味の生クリームを添えていただく至高のお菓子が………!!何という事でしょう。私があの素晴らしい日をすっかり忘れていただなんて……!!…………ぎゅう」



ぱたりとテーブルに突っ伏したネアに、大きな手が優しく頭を撫でる。

どこか困ったような、甘やかすような優しい声で、ウィリアムは素敵な提案をしてくれた。


「ネア、それなら、同じものをアルテアに作って貰ったらどうだ?」

「………………使い魔さんに」

「アルテアなら再現出来るだろう。みんなで食べるものなら、明日はまだ自由に動けそうだからな、俺も参加しよう。エーダリア達も誘って、みんなで食べようか」

「王様の誕生日を勝手に変えても、世界は許してくれるでしょうか…………?」


そろりと顔を上げると、黒ちびふわが尻尾で頬っぺたをぱすぱすしてくれたので、焼き立てパイは作って貰えそうだ。

ムグリスディノも心配そうにむくむくの体で反対側の頬にもふもふアタックしてくれるので、ネアは頬っぺたを満たす毛皮に胸が熱くなった。



「それとネア、待っていた肉が回ってくるぞ?」

「ほわ、お肉様…………」


ふらふらと顔を上げ、ネアはお肉を持った店員さんの訪れに目を輝かせる。


ひとまず、まだ代わりのパイが焼き上がっていない以上、この傷付いた心を癒すのはジューシーな焼き立てのお肉だ。


このお店では、お肉の種類や部位ごとに違うタレに漬け込み、それをオーブンのようなところでゆっくりと回しながら焼き上げるのが特徴で、テーブルには味を変えられるような様々なソースも置いてある。


ネアが待望していた棘牛のお肉を持った店員がやって来ると、まずは店員さんがすらりと抜いた大きなナイフで肉の塊から小さな欠片を削ぎ落とし、渡してくれた。

一度ウィリアムの方を見てから、まずはウィリアムに渡したので、男性が先なのかなと思ったネアだったが、ウィリアムはそのお肉をひょいとネアの口に入れてくれる。


「むぐ!先にいただいてしまって良かったのですか?……それと、これを沢山食べます!!」

「食事を与えるということは、魔術の繋ぎになってしまうからな。俺を経由してくれたんだ。……じゃあ、この棘牛を、………そうだな、四枚。また後で注文すると思うから、最後にも立ち寄ってくれるだろうか」

「はい。かしこまりました。ではひとまず四枚ですね。お客様の注文の仕方のように、一気に頼み過ぎないのが宜しいですよ。当店では肉の種類は七種類、部位は各三種類ずつございますから」

「……………にじゅういち」

「ネア、全部を食べなくてもいいんだからな?」

「おやおや、挑まれる目ですね。ただ、時間によって肉の焼き上がりが変わってきますので、この時間に出ている串は、十四種類程です。切る厚さを変えることも出来ますので、少しだけ食べたい場合はそう仰って下さい」


棘牛担当の店員は、糸のように目を細めた銀髪の青年だ。


陽気そうだが何を考えているのか分らないような謎めいた微笑を浮かべ、ウィリアムと少しだけ親しげに話している。

どうやら知り合いのようなので、ネアは早速切って貰った棘牛をもぎゅもぎゅと頬張りながら、首を傾げていた。



「…………すまない。彼は、新しい味付けを探す為に異国を旅していることも多くてな。久し振りに会ったんだ」

「まぁ、お友達の方なのですか?」

「串焼きの魔物だ。串焼きの魔物は三人いるが、この文化圏では彼が有名だな」

「く、串焼きの魔物さん!」


場合によっては魔物とは何なのだろうという迷路に入ることもあるが、今回に限っては喜ばしく受け止めようぞとネアは頷く。

これはもう、是非に親しくなりたい魔物ではないか。



「…………キュ」

「ムグリス語でも、何となく浮気を責められているのがわかる眼差しなのです」

「フキュフ」

「そしてそちらの黒ちびふわは、唐辛子ソースを取って欲しいのですね?」


ここはもう人型に戻ればいいのにと思わざるを得ないのだが、ムグリスディノも、黒ちびふわも、そのままの姿でお肉を食べるようだ。

小さいお口でも食べられるように切ってやり、お皿の端っこに自由に食べられるようにソースも全種類出してやる。



すると二匹のもふもふは、美味しい棘牛の串焼きをお口に入れ、ふきゅんと至福の表情を浮かべた。


「キュ………」

「フキュフ………」

「ふふ、幸せそうですね。ここに、指を洗う用のお水のお皿を置いておきます。それと、おしぼりはこちらに」



ぱくりと棘牛のお肉を頬張り、ネアも幸せでいっぱいの笑顔になる。

正面で同じようにお肉を食べているウィリアムが、こちらを見て微笑んだ。


あれこれお料理を注文するというお店ではなく、お肉を自分の取りお皿に山盛りにして食べる系なお店なので、テーブルはさほど大きくない。


先程頭を撫でて貰ったように正面に座ったウィリアムの手がネアの頭に届くくらいだし、テーブルの下では足をぐいんと伸ばせば向かいの席の相手と触れ合えるくらいだ。


そんな同伴者との近さを生かして、お隣のご夫婦などは砂漠の装束的な露出の多い服を着た奥様が、会話の中で大笑いしながら、向いのご主人を足でばしばしと蹴っていた。

チョコレート色の肌を持つ妖艶で小柄な奥様と、筋骨隆々とした大男だがひどく優しい目をしたご主人は、そんな足技も仲良し度の高さに見えるお似合いのご夫婦だ。



(聞こえてくる会話的に、このご夫婦は旅人さんみたい………)



お店にも、テーブルがゆったりと大きくはない代わりに、駱駝を預けるところや、大きな旅の荷物などをお金を払って預けておく場所があったりして、オアシスの中にあるお店らしい心遣いがあちこちにあった。


円筒形の鮮やかな黄色ののぼりは魔術計の一種で、現在の風の状態を知ることが出来る。

突然発生した砂嵐などがあった場合、この魔術計でその予兆を感じ取り、お店は砂避けの結界を張ってくれるが、大事な荷物があったりする場合は、お客達は自分の荷物を慌てて回収に行ったりもする。


こうして見ると、やはり異国らしい違いが多くてネアはすっかり楽しくなってきた。



「ネア、駝鳥が来たぞ」

「む。………駝鳥というのは、この世界でも大きな鳥さんですか?」

「ネアの世界の生き物とは違うのかな。こっちでは、大きな翼のある猪の一種だな」

「いのしし………。しかし、美味しそうな匂いなので、食べれるとあれば深く考えません!」

「キュ!」

「ふふ、さてはディノも気になるお肉なのですね?」



ネアは美味しい駝鳥肉を堪能し、お肉らしい旨味が強く柔らかくて美味しいお肉だと理解した。

このお店の扱うお肉が上等なのかもしれないが、かなり美味しい。

その後も、豚肉に砂牛、普通の牛、人型にはならないので安心し給えな砂漠竜、そして謎の生物クシメンをいただいた。


クシメンはもちもちしたお肉のサボテンのような生き物で、しゃっと棘を吐いて旅人を棘だらけにする悪い奴である。

こりこりぶりんとしたゼラチン質なお肉で、ネアはあまり得意ではなかった。



「ぷは!駝鳥と棘牛をお代わりして、幸せの極みです」

「キュ!」

「フキュフ………」

「それは良かった、目の前で嬉しそうに食べてくれると、連れてきた甲斐があるな。また食べに来よう」

「はい!次にこのお店が開くのはいつなのでしょう?通常の店舗であれば、普段も営業しているのですか?」

「ああ。月曜と水曜以外は営業していた筈だ。食べたいときは声をかけてくれ。串焼きの魔物も、ネアは気持ちよく食べると嬉しそうだったからな」

「この、玉葱や大蒜などを摩り下ろしてある酸っぱいソースが美味しくて、ぱくぱく食べてしまいました。香辛料のクリームソースも美味しいです………………は!」



ネアはここで、大切なことを思い出して椅子の上で垂直跳びをした。

テーブルで食後のふくふくとした時間を過ごしていたムグリスディノが、驚いてびゃっと三つ編みを逆立てる。



「…………り、流星雨を見ていません。ごめんなさい、ウィリアムさん。私はお肉しか見ていませんでした………」


ネアが悲しい顔でそう告白すると、正面で目を瞠っていたウィリアムが、ふっと微笑みを深める。


さらさらと穏やかな夜の風が吹き、その風は徐々に砂漠の夜らしい冷たいものになってきたようだ。



「流星雨は砂漠の方で見よう。まだ時間じゃないから大丈夫だ」

「まだだったのですね!見逃してしまったのかと、悲しくなってしまいました。こんなに美味しいお肉で幸せいっぱいなのに、これから流星雨も見られるなんて………」

「もう少し時間があるから、少し屋台の方を見てみるか?」

「はい!」



幸せな夜はまだまだ続くようだ。


ネアはふと、これは仕事を頑張ったウィリアムへのご褒美だった筈なのに、ネアが幸せいっぱいでいいのだろうかと思ったが、向かいで気持ちよさそうに夜の風に目を細めているウィリアムと、テーブルの上でお腹を撫でて貰いたくなった甘えたなムグリスディノ、そしてソースのレシピ研究に余念がなく、ソースをずっと解析中の黒ちびふわを見回し、こんな穏やかな夜であればみんなで幸せということでいいのではないだろうかと、微笑んで頷いておいた。







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