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悪の製造者と真夜中の大捜索




「何の災厄の到来でしょう…………」



その夜、ネアがそう呟いたのは、大浴場帰りの廊下に見たことのない生き物が溢れていたからだ。



ヴェルリアの方には悪夢の予報が出ていると聞いていたので、一瞬、こちらにも悪夢の出現があったのかなと考えて振り返ると、なぜか魔物達は呆然と立ち竦んでいた。




「ディノ?…………ウィリアムさん?」

「…………ご主人様」

「なぜにしょげてしまったのでしょう?…………むむ、羽織物になってきました」

「シルハーン、ネアをお願い出来ますか?俺は大元を探して来ます。恐らくはエーダリアですね」

「ウィリアム、離れない方がいいのではないかい?」

「俺であればまだ何とでも。ネアが怖がらないよう、早く部屋へ避難させてやって下さい」



まるで今生の別れのようにそう言われて、ネアは慌ててウィリアムの袖を掴んだ。



「エーダリア様に何かあったのですか?その、この愛くるしい綿毛ひよこは悪い生き物なのでしょうか?」

「……………愛くるしい?」



するとウィリアムは、なぜかその一言を反芻し、呆然と目を瞠るではないか。

困惑したネアが首を傾げると、羽織物になった魔物が慌てたようにネアを振り向かせた。


肩に手を当ててくるりとひっくり返され、ネアは目をぱちぱちする。

こちらを覗き込んだ水紺色の瞳はどこか深刻だ。


はらりと溢れた真珠色の髪が、どこか無防備な感じに見えた。



「君は、………この生き物を、悍ましいとは思わないのだね?」

「……………この、ちびぽわ属性な感じの可愛いふわふわがですか?とても可愛いので捕まえてポケットに隠して持ち帰りたいと思うばかりです」

「…………持ち帰るのは禁止しようか」

「まぁ、どうして落ち込んでしまうのでしょう?」


ディノがぺそりと項垂れてしまったので、ネアはウィリアムに視線で助けを求めてみた。



「ネア、これは合成獣なんだ」

「なぬ。ぽわぽわの毛を持つまん丸ひよこです。くりん!とした、ちび尻尾が鹿さんの尻尾のようでとても可愛いく…………まさか、この尻尾が問題なのですか?」


まさかそれではないだろうという最も軽微な特徴を口に出した途端、魔物達は如実に青ざめた。



「せめて、その尻尾がなければね…………」

「ちょっともう、皆さんの感性がよくわかりません」

「とりあえず、ネアは怖くないんだな?」

「可愛いと愛くるしいと欲しいの三点な感じの感想しかないので、どうか安心して下さいね!」

「ネアが変な生き物に浮気する……」

「むぐぅ」



そこでネアは、ウィリアムが微かに指先を震えさせていることに気付くと、さっと手を伸ばしてウィリアムの手を掴んだ。



「ネア………?」

「ネアが浮…」

「ウィリアムさんが儚くなってしまわないよう、こうして捕獲しました。ディノも、私から離れてはいけませんよ?」

「ご主人様!」


浮気なのかと荒ぶりかけた魔物だが、これは災害時の緊急処置の一環なのだと周知すれば、緊張感のある眼差しでこくりと頷いた。




「………試しに幾つか排除しようとしてみましたが、元凶となった魔術を崩さないと消えませんね。ここを歩くのは無理そうですから、転移でエーダリアの部屋の近くまで行くしかなさそうです」

「私がやろう。君だと、そこまでの転移は許されていないからね」

「おっと、そうでしたね。……………っ?!」


小さく声を上げて、ウィリアムは体を竦めた。

廊下の窓枠のところにカーテンからよじ登った綿毛ひよこが、ていっとジャンプしてぽてりと肩に落ちてきたのだ。



問答無用でそのひよこを掴んでひよこの海の中に投げ戻すと、ウィリアムは肩で息をしている。



「…………ウィリアムさん、私が手を繋いでいますので、目を閉じていますか?」

「……………大丈夫だ。……大丈夫」

「自分に言い聞かせるようになってしまっていますよ!ディノ、ウィリアムさんが倒れてしまうので、早く転移しましょう!!」

「ネア、すぐにここから離脱するから、しっかり掴まっておいで。ウィリアム、魔術の同調は出来そうかい?」

「ええ、………何とか」



そうして、この災厄の主犯と思わしきエーダリアの部屋の前廊下までやって来たネア達だったが、そこに待ち受けていたのは、先ほどの廊下よりも更に悲惨な状況であった。



「これは……………」

「どうやったら、部屋まで行けるのかな………」


直接にエーダリアの部屋まで行くことも考えたそうだが、この綿毛ひよこが溢れていそうだからと前の廊下に出ることにしたのだが、既にここも大変なひよこ量になっている。


すっかり怯えてしまった魔物達を見上げ、ネアはふんすと胸を張った。

可愛い生き物が敷き詰められているだけなので、ネアからすれば特に支障もない。



「ふむ。私が綿毛ひよこ達をどかして道を作るので、ディノ達はついて来てくれますか?」

「ネア、君にそんな酷いことをさせられないよ」

「ディノ、とても思い詰めたように言われても、私には特別怖くもない生き物なのです」

「…………あの尻尾見ても、君は辛くないのかい?」

「ちび尻尾がふりふりされると、あまりの可愛さに胸が苦しくなるくらいでしょうか」

「シルハーン、…………もしかしたら、あまりにも悍ましい光景を見て、頭が混乱しているという可能性は?」

「そうか、そういう事もあるのなら、この子は部屋に避難させた方がいいかもしれないね」

「なぬ。なぜに曲解してゆくのでしょう!寧ろこの綿毛ひよこは可愛いと思うくらいで…」



そこまで言ったところで、ネアはディノからぎゅっと抱き締められた。

むがっとなって眉を寄せたネアに、少しだけ体を離してからこちらの瞳を覗き込んだディノは、どこか悲しげに美しく微笑む。



「可哀想に。すぐに気付いてあげられなくて、ごめんよ。私達でどうにかするから、君は先に寝ておいで」

「むが!なぜにそうなったのだ!死地に赴く方の遺言のようにするのはやめて下さい!!」

「ネア、俺達のことなら心配しなくていい。湯上りだからな、暖かくして寝るんだぞ?」

「ウィリアムさんまで!」



ネアは悲壮な眼差しをした魔物達に必死に抗議したが、二人は優しく悲しげに微笑むと、きっと脳内が混乱しているに違いない人間をお部屋に戻してしまった。



ぼふんと寝台の上に送り戻されて、ネアはわなわなと震える。

あんなに怯えていたくせに、勘違いで唯一の戦力を手放してどうするのだ。


すぐさま寝台から飛び降りて、髪の毛をアルテアからせしめた髪留めで留めると、ネアは勇ましく腕まくりした。

これはやる気を表現する為のもので、決して綿毛ひよこのふわふわを楽しむ為に捲り上げたのではない。




「待っていて下さいね、ディノ、ウィリアムさん。ひよこの海にもう一度……ではなく、すぐに助けに行きますから!!」



ずばんと扉を開いて廊下に出ると、幸いにもまだこちらの棟には綿毛ひよこ達は進出していないようだ。


愛くるしい綿毛ひよことは言えお部屋を荒らされたら怒り狂うしかないので、ネアはしっかりと部屋の扉は閉めておき、いざ、エーダリアの部屋へと廊下を走り出す。



走って中央棟に向かう内に、ちらほらと綿毛ひよこを見かけるようになってきた。

その数はどんどん増えてゆき、中央棟に入る頃には廊下を埋め尽くした綿毛ひよこを掻き分けて進むようになる。



なぜかピヨピヨではなく、メーメーと鳴いているが、特に悪さをするでもなく、ただもわもわしていて可愛いだけのようだ。



「むぐ!…………しかしこの量では、思ったように進めません!!…………む」



綿毛ひよこの波を掻き分けて、尚且つこの愛くるしい生き物に怪我などさせないように歩いてゆくのは至難の技だ。

廊下の先までみっしり詰まった綿毛ひよこを見渡して眉を寄せていたネアは、淡い砂色の綿毛ひよこの中に、違う色のもふもふが埋もれているのを発見した。


そちらに歩み寄り、鷲掴みにしてずぼっと引き抜く。




「……………狐さんが埋まっていました」




ネアが引っ張り出したのは、涙目でけばけばになった銀狐だ。

恐らく、綿毛ひよこの波に飲まれたところでそのまま固まってしまっていたのだろう。

変なポーズのままかちこちになっていたので、ネアはそっと頭を撫でてみる。



「狐さん、……狐さん、意識はありますか?」


反応がなかったのでがくがくと揺さぶられ、はっと正気に戻った銀狐は、自分を抱き上げているネアを見つけるとムギーと鳴いて尻尾を振り回す。

余程怖かったのか、ネアの胸元に頭をぐりぐりと擦り付けて、絶対に引き離されないように前足はしっかりと肩にかけられている。



「まったくもう、なぜに埋まってしまう大きさのまま、綿毛ひよこに飲まれてしまったのでしょう。これから私はエーダリア様を救出に向かいますが、この先はひよこさんも多くなり、足場も不安定になってくるので、落ちてしまわないようにしっかりと掴まっていて下さいね」


ネアが更なる綿毛ひよこの密集地に向かうと知り、銀狐はけばけば度合いを増した。

行ってはならないと涙目で首を振っているので、ネアは顔の全面に張り付いてきて進行の邪魔をした銀狐をべりっと引き剥がし、頭の上に乗せて先を急ぐことにした。



「と言うか、ノアに戻って貰って、転移でエーダリア様のお部屋まで連れて行って下さい」



途中で気付いてそう言ったのだが、銀狐はなぜか下を向いてふるふると首を振る。



「む。まさか、………このひよこさん達の中に足を着きたくないので、元の姿に戻れないのですか?」


その理由をすぐに見抜かれてしまい、銀狐は突然熟睡することにしたようだ。

ネアからとても冷たい目で見られているのは分かっているらしく、尻尾はくるりとお尻に巻いてしまっている。



「……………寝たふりを続けるようであれば、この綿毛ひよこさんに包まれてふかふかで眠るのがいいかもしれません。まるで毛布のようなふわふわですので、きっと気持ちがいいのではないかなと思います」


しかし、冷酷な人間がそう言った途端、びゃっと飛び起きて慌てて人型の魔物に戻ってくれた。



「そ、それはやめて!」

「ふむ。戦力に戻りましたので、ここに捨ててゆくのはやめましょう。そしてノア、エーダリア様のお部屋に転移するのです!」

「そこに、この合成獣が一番たくさん居るんじゃないかな……」

「ノアはエーダリア様と契約しているのでしょう?心配ではないのですか?」

「これは見た目が凶悪なだけだから、死んだりはしないし、そもそも、エーダリアが僕の目の前でこんな生き物を出したんだよ」

「…………さては、その場にいたのに逃げましたね?」

「……………ヒルドもいたから、きっとヒルドがどうにかするんじゃないかな?」

「しかしながら、どうにか出来ていないからこそ、この惨状なのではないでしょうか?」

「ありゃ……………。埋まったかな」

「ほら、きりりとして下さい!お二人を助けに行きますよ!」

「……………何で君は平気なんだろうなぁ」

「そもそも、この尻尾があるからこそ可愛さ倍増の生き物を恐れてしまう方が謎なのです」

「…………僕、この世界で一番強いのは君なんじゃないかなって気がしてきた」

「困ったノアですね。こんなちびこいふわふわが、悪さなんて出来る訳がないのに、どうして怯えてしまうのでしょう」



ネアはあれこれ理由をつけて悪足掻きをする魔物を叱りつけ、何とかエーダリアの部屋の前までやって来た。



ここまで来るともう、綿毛ひよこは腰くらいまで詰まっている。

どんな理由でどうやって出現したのか謎だが、恐らく前回のひよこ騒動のような経緯で生まれたものだろう。



「ノア、…………ノア、起きて下さい!この綿毛ひよこ達はどうして生まれたのですか?」

「……………君はよく気が遠くならないね。…………これはさ、エーダリアが安眠枕を作ろうとして術式が壊れたんだよ。元は枕だね」

「…………羽毛的な?」

「エーダリアの枕は雪鹿の毛皮の縁取りがあったから、それも影響しているのかもだ。…………っ?!……ちょっと、ちょっと、袖から服の中に入ってくるんだけど!」

「はいはい、取ってあげますね。…………まぁ、あちこちに入られていますよ?シャツの前を開けられますか?」



そう言われたノアは、ひどく落胆したように小さく首を振る。



「君に脱がされるのは大歓迎なんだけど、ここで脱いだらこの合成獣がもっと肌に触れるよね…………」

「言われてみれば、中のものを追い出せる代わりに触れたい放題になりますね。では、侵入者については諦めて下さいね」

「……………ありゃ。それもちょっと…………」

「二択なので、どちからしか選択肢はありません。それと、これ以上綿毛ひよこな水位が上がる前に、エーダリア様を回収してひよこ増殖を止めなければなのです!」

「あっ、ネアその扉を開けると……」


前にいるひよこ達を、途中で入手した雪かき用のスコップでどかしてから、ずばんとエーダリアの部屋の扉を開けたネアは、ぶわっと雪崩れ落ちてきたひよこに飲み込まれた。


隣にいたノアに抱き込まれたが、すてんと転んでしまったので、綿毛ひよこを潰していないのかと考えてぞっとする。



「ひ、ひよこさんが!圧死していたり、踏み潰してしまっていたりしません?!」

「ネア、これは生き物じゃないからね。踏んでも壊してもすぐに元通りだよ。じゃなきゃ、僕だってすぐに排除するからさ」

「………ほわ、綿毛ひよこ達が無事で良かったです。………しかし、そうなると、どうやってこの子達をどかせばいいのでしょう?」

「……………まずは、触媒となった枕を見付けて、誤ってかけられた術式を解かないとだね」

「成る程。それであれば、まずは一度このお部屋の中に入って、その枕を探し出します!………こらっ!逃げようとしてはいけませんよ!この中にはきっと、ディノやウィリアムさんもいる筈なので……」

「シルとウィリアムがいるなら、大丈夫だよ」

「…………しかしながら姿が見えないので、掘り起こして救出しなければだと思うのです」

「……………わーお」



ネアは背後で慄いているノアを少し下がらせ、鋭い瞳で周囲を見回した。

困ったことに淡い色の綿毛ひよこが相手なので、白っぽい魔物二人を探し出すのはなかなかに困難だ。



しかし、ここにいるのは狩りの女王なのである。




「見付けました!!」



すぼっと綿毛ひよこの中に手を突っ込み、ネアは真珠色の三つ編みを掴んだ。

ぐいっと釣りの要領で引き揚げると、くしゃくしゃになった美しい魔物が収穫される。



「ディノ!生きていますか?!」

「ご主人様が見える…………」

「ご主人様はここにいますよ。まぁ、こんなに震えて、もう怖くないですからね」

「ご主人様……………」



先程までは健気に凛々しかった魔物だが、綿毛ひよこに埋もれた後はすっかり弱ってしまっていた。

助け出したネアにひしっとへばりつき、真珠色の頭を儚げに胸に埋めた。



「ディノ、だから私を連れて行けば良かったのです。可哀想に、すっかり埋まってしまっていたではないですか」

「……………ウィリアムは、無事かな」

「むむ。まだ発掘されていませんので、ディノはひとまずノアに預けて……ノア?!」

「いや、僕は君の側にいようかな」

「ご主人様………」

「…………すっかり怯えています」



ネアは若干足手纏い感の否めない魔物達にへばりつかれ、渋面のまま部屋の奥に進むことにした。



控えの間を進みきり、エーダリアの部屋の方に入れば、そこには一面の綿毛ひよこが蠢いていた。

この生き物を可愛いと思うネアですら、呆然とする有様なのだから、この綿毛ひよこを悍ましいと思う魔物達はさぞかし恐ろしいだろう。




「ウィリアムさん!」


そこでネアは、綿毛ひよこの波間に誰かの手を見付けた。

へばりついた魔物達をひとまずぺいっと捨て去り、慌ててそこまで近付くとその手を掴む。


むぐぐっと頑張って重たい体を引っ張り上げると、その誰かは発掘された安堵からか、引き揚げられるなりネアに覆い被さってきた。



「むぎゃ!」


その重さでネアは一度、綿毛ひよこの波間に倒れ込んでしまい、救出したばかりの遭難者に押し潰される形になる。



ふあっと目を開くと、吐息が触れんばかりの距離にウィリアムが居た。


どうやらネアは綿毛ひよこの波間に沈まず、上手く上に乗っかったらしい。

ウィリアムはそんなネアの上から倒れて諸共綿毛ひよこに沈まないようにする為に、何とか直前で完全転倒を避けたようだった。


体勢的にはウィリアムが上に覆い被さっているように見えるが、その体重はそれ程かかっていない。


「…………っ、ネア、すまない」

「ウィリアムさん、もしかして、上手く立てないのですか?それなら一度…っ、…………ウィリアムさん、お洋服の中に…………」

「…………ああ。随分入り込まれていてな。それで上手く立てなくなった」

「むむ。一度脱いでしまいましょう」

「……………ネア?」

「男の方なのですから、少しだけ我慢して下さいね!」

「……っ?!ネア」



ネアは、よいしょとウィリアムの下から少しだけ這い出すと、こちらに崩れ落ちてきた綿毛ひよこ達をぱらぱらと手で払い、ウィリアムのシャツのボタンを外してゆく。

するとウィリアムは慌ててそんなネアの手を押さえてきた。


ネアの周囲にいる綿毛ひよこ達が、興味津々の目でそんなウィリアムをじーっと見上げている。



「ネア、…………それはまずいな」

「なぬ。なぜなのだ。手を突っ込んで取り出すには、ここは足場が悪いですし、また入り込まれてしまいますよ」

「いや、………その、だがそうすると、素肌でこの中に立つことになるだろう?」

「ノアと同じ軟弱者なのです…………」

「何でだろうな、それは避けたい………。よし、………やるしかないな」



ウィリアムは小さく溜め息を吐き、その白金の瞳に悲壮な覚悟を浮かべた。

背後でネア達から引き離されたディノの悲しげな声が聞こえたので、早くこの遭難者を助けてしまわなければ二重遭難してしまう。



「…………ネア、袖に入り込まれてしまったんだ。介助を頼んでいいか?」

「はい!少しだけ、このまま頑張って上半身を起こしていて下さいね」

「…………ああ」


辛そうに息を吐いたウィリアムはどこか扇情的で、ネアは可哀想になったので肩に頭をもたれかけさせておいてやり、手早くシャツのボタンを外した。

その隙にも綿毛ひよこ達が雪崩込んでくるので、ネアはそんなひよこ達をぽいぽいとどかしてゆく。


そして手際よくウィリアムのシャツを肩から落としておいてやり、片袖だけ引き抜くのを手伝ってからよいしょと、波間から立ち上がった。



「ふむ。後はひよこの中でズボンを脱いで貰うことに………むぐ?!」



そこでネアは、不思議なことに空中にいたディノ達から上に引っ張り上げられた。



「ネアがウィリアムに浮気する…………」

「むむぅ。空中に足場を作りましたね!これが出来るのなら、なぜに綿毛ひよこに埋まっていたのでしょう」

「エーダリアが魔術の媒介にした枕を取りに、ウィリアムが下に降りたんだよ……」

「ふむ。それでウィリアムさんは遭難したのですね?」

「ウィリアムに手を伸ばした時に、その、…………合成獣がたくさん吹き出してきたんだ」

「吹き出して?」

「……………ああ。一定間隔で、かなりの数が形成されている。恐らく、かけられた魔術が継続的にこの生き物を生み出しているんだろう」



そう教えてくれたのは、腰まで綿毛ひよこに埋もれてはいるが、恐らく水着くらいの薄着になったウィリアムだ。

すっかり髪の毛も乱れてしまい、時々辛そうに視線を揺らしているのが何とも苦しげだ。



「そう言えば、枕の安眠性を持続させる為に継続魔術を編んでたかなぁ」

「ノアベルト、………その場にいたんだな?」

「ありゃ。ウィリアムが笑ってるけど笑ってない」

「ふむふむ。では、そのひよこ噴水の位置が分かれば、元凶になった触媒とやらが見付かるのですね!」

「ご主人様………」

「わーお。ネアが頼もしい」

「そして、場所を特定したら、私がひよこ達を退けます!」

「え…………。ネアが」

「ありゃ」

「ネア、あまり無茶は……」

「あら、きり………私には名前を言えないとても偉大な武器があります。それを翳せば…」



ネアのその言葉に、魔物達はごくりと息を呑み、静かに頷いた。




「…………その瞬間に、触媒を俺が壊しましょう」

「ああ。退いたものを、私が押し留めよう」

「じゃあ、僕はここで見て………ごめんなさい」

「ノアは、ウィリアムさんの補佐をして下さいね!」

「………ごめんって、分かったから首飾りから何か出すのやめて!」




かくして、触媒破壊任務はその後すみやかに決行された。




ネアはよれよれになった魔物達とやっと眠れるのかと思ったのだが、なぜか綿毛ひよこがまだ、ぽつぽつと廊下に落ちている。


そして、肝心なエーダリアとヒルドが見当たらない。



そこでその後は、エーダリアとヒルドの大捜索となり、本棟を綿毛ひよこだらけにして逃走していたウィーム領主を、無事に本棟の屋根の上で発見した。


恐ろしいことに、エーダリアはまさかこの時間に本棟にネア達がいるとは思っておらず、本棟を魔術封鎖しておけば、就寝を助ける魔術なので夜明けには消えると判断し、離れた場所で禁術を引き続き追求していたらしい。




「捕まえた!!」



その声を上げたのはノアだった。



夜明けの一筋の光を浴びて、ネア達はその勝利の声に安堵の息を吐く。

そこには、途中で合流したヒルドもいた。


懲りずに研究を続けるエーダリアをヒルドも追跡しており、エーダリアはヒルドからの逃走を続けながら枕の研究を続けていたのだ。


ノアは、うっかりウィリアムが先に見つけるとエーダリアが消されてしまうかもしれないからと、かなり真剣に捜索の指揮を取っていた。




「綿毛ひよこの製造者を捕まえました!」

「…………そうか、やっと終わったのか」

「ご主人様、ポケットの中身は捨てていこうか…………」

「むぐぅ」

「やれやれ、エーダリア様をお叱りするのは、一眠りしてからにさせていただきたいですね」



ネア達の視線の向こうでは、綿毛ひよこがどれだけ恐ろしかったか、そしてエーダリアの行く先々に落ちている綿毛ひよこを辿って来たことをノアから説明されて、慌てて謝っているエーダリアが見えた。




「ふぁ、長い夜でしたね…………」

「ああ。物凄く忘れられない誕生日になったな…………」

「こんな変な生き物なんて…………」




その後、朝食をいただいた後に、ネア達はお昼までぐっすり眠ることにした。


ノアは、責任を取って貰う形で、銀狐になりエーダリアの部屋に引き取られてゆき、ウィリアムがうっかり悪夢に魘されると事なので、ウィリアムはネア達の部屋の、かつてディノが使っていた寝室に引き取られた。




とんでもない騒ぎになったが、魔物達が怯える愛くるしい綿毛ひよこにまた会いたいと思ってしまう己の残酷さは、ネアだけの秘密である。









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