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カルウィの王子




「砂嵐が来るようですよ」



そう言ったのは、従僕の一人だった。

気だるげに色を変えた短い髪を襟足から指先で掻き上げ、ニケは空け放たれた窓の向こうに広がる砂漠に、その砂塵の影を探す。

確かに、目を凝らしてみれば地平線の向こうに連なる砂丘の輪郭が薄くけぶっているので、一時間もすれば砂嵐になるのかもしれない。


髪を覆う布を頭に巻き、擬態を解いた。


ニケの髪色は自国の国民とは違うものなので、不特定多数の者が出入りする場ではあまり晒さないようにしている。

とは言え、元々王族の髪は、うっかり落として呪いなどに利用されないように、カルウィ王族の正装である布で覆うのがしきたりだ。





見上げれば午後の陽光は淡く靄がかかり、日輪がくっきりとした円を描いて広がっていた。



「今回の砂嵐は吉兆のようだ。西方に展開した軍はそのままで構わない」

「御意」

「それと、私はこのまま休む。お前達も、取れるところで休憩を取っておけよ」



深々と頭を下げた使用人達の横を抜けて自室に帰ると、重たい金や宝石のついた装飾品を外した。

あまりこのような装いは好まず狩りに出るような服装の方が気が楽だが、これもまた権威の象徴であれば致し方ない。



遠い砂の海を、駱駝や土竜を引き連れて歩いてゆく商隊の姿が見え、あんな風に自由に旅立つ者になってみたいものだと微かな羨望が胸を焼く。

とは言えそれも弱者として淘汰されるかもしれない可能性を孕んでおり、一概に良い環境とは言い切れないのだろう。




(知らぬからこそ、焦がれもするものか………)



そう考えて小さく笑い、果物をたっぷりと入れた果実水の水差しを傾ける。

広い部屋はがらんとしており、この宮殿に多く詰める使用人達の姿はない。

それはニケがそのような息苦しさを好まなかったので、自分が部屋に居る間には姿を見せないようにと指示をしているからだ。


なのでこの部屋ではいつも、伸び伸びと過ごすことが出来る。



兄弟達の中には、常に声の届くところに自分の面倒を見る者達を控えさせたり、或いは大勢の奴隷達に常に賛美されていないと気の済まない者達も多いが、ニケは一人で静かに過ごす時間の方を尊んだ。

時折、庶民に紛れて市場などに出かけてゆくことに苦言を呈する将軍達も、この程度の我が儘であれば変わり者の王子として目を瞑ってくれる。



「………これくらいで構わないさ。所詮、これ以上遠くへは行けないのだ」



そう誰ともなく呟けば、からりと水差しの中の氷が鳴った。



この国は、大きく豊かで常に飢えている。

その鋭い咢で弱き者達を噛み砕き、そんな憐れな者達は、今日はここ、明日はそこでと、無謀な反乱を企てては、砂と血の中に沈んでいった。



どれだけ失っても広大な大地に人間など幾らでも溢れているし、どこが荒廃しても、この国の国土は広く新たな土地を探すばかりで済んでしまう。


住む人間の数と国土の広さだけで言えば、カルウィこそこの世界で一番の大国だろう。

とは言えそれが国力そのものの順列ではないし、王達がそうであると信じたいように、大陸はカルウィの威光だけで成り立っている訳ではない。


豊かさで言えば、ヴェルクレアが随一だ。

それは決してカルウィのような強さとは違い、国民一人一人の足元にまで及ぶ強さであることを、ニケは忸怩たる思いで理解していた。


父や兄弟達は、そのような強さや豊かさは好まない。

彼等からすれば、富や権力は一部の王族や将軍達のみに与えられる特権であり、傅く民たちがどれだけ飢えていようがさして気にならないどころか、それは生まれ持った正当な立場の差として認識している。

そんなカルウィの王族達にとっては、ヴェルクレアは、決して豊かな国には見えないのだろう。


けれどもニケはそうではなかった。


確かに、力は好きだ。

自由に生き、その力で身を養い、守ることの出来る強欲さは心地よい。

この地位を捨ててまで弱者になりたいとは思わないし、恐らく死ぬか殺されるかするまでは、このままここで王族として生きてゆくだろう。

それでも、ヴェルクレアのような国に生まれ、そこで己の才覚を伸ばしたかったと思うのは、この国では酷く異質なことだと自分でもわかっていた。



でもまぁ、こういう時代もあるだろう。

何層にも積み重ね生きてゆく時間の織りで、このような立場に生まれつくこともある。

であれば今回の命をどう使うのか、それが問題だ。



(ヴェンツェルからの連絡はなしか。…………やはり、今回のことはそれなりにあの国にとっては大事となる。安易に返事が出来る筈もないだろうが………)



その国に暮らす友人に宛てた短い文章には、未だ返事がないままだった。

答える為の言葉を組み立てているのか、或いはあの白いカードを見ることが出来ないくらい、忙殺されているものか。

しかしながらヴェルリアで何か大きな動きがあったとは聞いていないし、密偵からも特別な報告は上がってきていなかった。


密偵と聞けば言葉ばかりは大仰だが、勿論この国にも、ヴェルクレアの密偵くらいいるだろう。

そうしてお互いに探られても痛くない程度の腹を晒し合い、適度な緊張と友好を保つ。

安心材料を双方が自力で得ているからこそ、大国同士の顔の見えない外交は成り立つのだった。



けれどもニケは、そんなまどろっこしい手段の全てを省いてしまい、あの小さな白いカードから直接友人にとある言葉を送った。


ありのままを書き、彼がそうして得た情報をどう扱うのかを見定める為に。



(いずれ、彼がヴェルリアの王になるだろう……)



そうなった時、この国はどうなるのか。


安定しているようであれ、世代が変われば国同士の繋がりなど大きく変わってしまう。

所詮、国交とは人同士の折り合いによって生まれる細い鎖に過ぎない。

だからこのあたりでその人となりを見極めておき、今後の指標としようと考えている。



(………いつだったか、山間の小さな村に暮らしたことがあった)



その時のニケは羊飼いで、厳しくも美しい土地のひたむきさに心を温めたのだった。

その時からすれば想像もしえない程の、財と権力に身を浸している今生は、一体どんな顛末になることやら。



羊飼いだった時には、家族に看取られながら穏やかに老衰で亡くなったのだ。

あの代が最も穏やかだったなと考えれば、こうして時折あの土地の冴え冴えとした美しさを思い出す。


おかしなことに、新代になる度に蓄積した知識や魔術などは剥がれ落ちてしまうくせに、感傷に紐付く記憶のようなものが切り取られた映像のように残っている。


そんな調子なので、消えずに残るものはいつも、決して恩恵とは言えない記憶ばかりだった。

せめて、竜達が賢者の翼を継ぐような形で、知識を継承出来ればもう少し使い道もあったのだが。



だが、ニケは今のありようが気に入っていた。


魂の奥深くに、先の自分が辿った運命を記憶している人生というのも、なかなかに悪くない。



(ロクマリアの辺境伯の家に生まれたこともあった。あの時は、あまり長生きは出来なかったが………)



ヴェルリアの港町で暮らす隻眼の魔術師だったこともあるが、あの時は厄介な炎竜に付き纏われてたいそう苦労したので、あまりいい時間だとは言えなかった。

炎竜は火竜よりも精霊に近い竜種で、その分気質も苛烈な者が多い。

火竜よりも能力は落ちるが、曖昧で残虐な資質から、暗殺者などには向いている生き物だ。



ここもまた不思議なことに、女に生まれたことはない。


ニケはいつも男に生まれ、記憶にある限りの最初のその頃からずっと、この世界のあちこちを転々としてきた。




「…………いや、本当の最初は、ここではないどこかだったな」



その記憶は随分と遠くなった。

雨音に耳を澄ませ、誰かを思って書斎で煙草の煙を燻らせていた秋の夜の記憶。


最後に見たのは青い青い空だったような気がする。

それともあれは、海の方だっただろうか。




「何が本当の最初なんだ?…………くそ、熱くて敵わないな………雪の魔術が及ばない土地は不快で堪らん」


そうぼやきながら歩いてきた一人の男に、ニケは振り返る。

小さく溜め息を吐いて、鋭く一瞥した。


「ここには勝手に入るなと言った筈だが?」

「お堅いことを言うなよ、契約者殿。寝る前には腹が減るんだ。………ましてやこんな、砂ばかりの国などいい加減にうんざりだな」

「やれやれ、自分で選んで逃れてきた土地だろう。油で固まった翼を洗ってやった恩義を忘れたのか?」

「正確には、洗ったのはお前の奴隷達だな」

「お前が食ってしまったがな」

「お前さんは、それを見越してあの女達に洗わせたんだろ?聞けば普段は、奴隷の女なんぞ侍らせてないそうじゃないか。使い捨てのつもりだったなら、煩く責めるな」

「…………もう少し綺麗に食事をして貰いたいものだ。それと、もうすぐ砂嵐が来るようだぞ。食事に出るなら、早く飛び立った方がいい。周囲に居るのは俺の部下達だ。ここで食事をさせる訳にはいかないからな」

「…………何で俺は、あんたなんかと契約したんだろうな」

「さて。翼が油で固まって、飛べなかったからではないのか?」



そう言ってやれば、この土地では生涯に一度見るかどうかという珍しい生き物は、露骨に嫌そうに顔を顰めた。

けれども一応は歌乞いとしての契約があり、こちらに危害を加えるような素振りはない。



(恐らくきっと、この男は知りたくなったのだ…………)



自由に生き一人で羽ばたくばかりのその生き様から、あの夜、彼を追い詰めた誰かについて考えた時、自分も他者と関わって生きてみようかという興味を持ったのだろう。

誰が純白と呼ばれる雪喰い鳥をあそこまで追い込んだのかは謎だが、それはもはやニケにとってはどうでもいいことだった。



純白と呼ばれる怪物は、そう長くを地上で活動する訳ではない。

もう二、三回食事をすれば、また長い眠りにつくだろうと本人も話している。

眠ってしまえば対価で命を削られることもないので、ニケはこの短い歌乞い体験の期間を楽しんでいた。



「魔物は憐れな生き物だな」



ふと、そんなことをリフェールが呟いた。

振り返ってその表情に奇妙な諦観を認め、ニケは微かに眉を寄せる。


「魔物が?」

「そうだ。雪喰い鳥でしかない頃は一人でも不便はなかったが、魔物は違うのだろう。ここで生意気な人間を食い殺して自由になることも容易い筈なのに、なぜかそうしたくはならない」

「………それはまさか、俺に感謝でもさせたいのか?」

「そんな回りくどいことなんざするか。お前を平伏せさせたくば、力で捻じ伏せればいいまでよ。………そうではない。喰らって馴染んだ魔物の何かが、何か、………自分に連なる契約を欲するような奇妙な感覚があるんだ」

「そう言えば、歌乞いを望むのは魔物だけだな。雪喰い鳥は群れの意識は強いが、使い魔などになることはない生き物だと聞く。とは言え最近、雪喰い鳥の王が、人間の娘を娶ったそうだが」

「………………ラファエルが?」

「知り合いなのか。カルウィに来た行商人が、そんなことを話していた。美しい金髪の乙女で、雪喰い鳥の試練を利用し、その王を捕えてしまったのだと」


そう言えばリフェールは、どこか蔑むような酷薄な眼差しになる。

その鋭さによほどの恨みがある相手かと思えば、何と弟なのだそうだ。

心が弱く、覇気のない愚かな弟だと罵るので、ニケはこっそりではもう違う個体が王になっているのではないだろうかと考えておいた。



昨年もハヴランで、名前を馳せた調伏師でもある領主が、雪喰い鳥に襲われたという報告が上がっていた。

あの国の北側はその事件を切っ掛けに国内の膿が出る形になり、一気に国力を削いだものだ。

近隣諸国の危うい均衡を崩す訳にもいかず、カルウィからも災害支援が行われている。

新たなハヴランの王となると言われていた若く優秀な領主は、その事件以降姿を消してしまった。



生き残ったハヴランの騎士の話によれば、領主は雪喰い鳥の王の玩具にされてしまったようで、戻らない以上はもう生きてはいないのだろうという話だ。

何を雪喰い鳥にとっての強さとするのかにもよるが、今の王が脆弱なようには思えない。

今代の王は美しい四枚羽の雪喰い鳥で、王らしく無慈悲で悪辣な狩りをすると有名である。

そんな彼を捕えた乙女がどんな美女であるのか、少しばかり警戒を強めはしたが、今の所、人間の為の表舞台に出てくる様子はない。




「………魔物がこんな風に愚かで脆弱な心を持つのなら、それは歌乞いも必要になるだろう。脆弱で狡猾な人間は、力のある者にすり寄るのが得意だからな」

「人間は古くから強欲なものだが、案外、長く生き大きな力を持つ者の方が、無垢で脆弱なのかもしれない。…………ずっと昔、そんな魔物がいた。天真爛漫で大きな力を持ってはいたが、………ひどく危うい孤独を抱えていて、まるで小さな子供のようだった」

「…………その魔物はどうしたんだ?あんた、俺以外には何とも契約してないだろう?」


リフェールの問いかけは、まるでその魔物がニケの知り合いであるのを確信しているようだった。

頭のいい人外者はそうやって声の温度からこちらの秘密を盗むのだろうと思いながら、ニケは、今生の縁ではなかったその魔物のことを思う。



ゆるやかに波打つ長い髪には、様々な色が溢れ、あの煌めきの複雑さにも目を奪われた。

子供のように目を輝かせ、長い睫毛を震わせて微笑んだ女はもういない。


多くの同族に傅かれ、誰よりも酷薄で美しく、そのくせたわいもない小さな一輪の花をいつまでもとっておくような魔物だった。



あの子供のような魔物を置き去りにせずに済んだなら、この魂はまっさらなままこうして旅をすることもなかったのだろうか。

けれどもそう思って今代のその魔物を探してみたこともあったが、全くの別人だと言わざるを得なかった。



「……………死んだ。守って守った筈の伴侶が、馬車の事故なんていうくだらないもので死んだからな。その死を知り狂乱して、呆気なく崩壊した」

「さもありなん、というところだな。魔物どもは、狂乱が大好物だ」



そう言われて、淡く苦笑した。

あれもまた遠い記憶。

心を切り刻む程に近くはなく、それを言うならば、先代の記憶としてのヴェルリアの暮らしの方が遥かに鮮明だ。



前の代でのニケは、元々はヴェルリアからも遠く離れた南方の島国で生まれたのだが、そんなニケを気に入った炎竜に魔術で呼び落とされ迷い子になった。

何とかその手を逃れてヴェルリアで生計を立てていたが、その炎竜には生涯付き纏われ、どれだけ辟易としたことか。



「出かけるのなら、一つ、いい餌場を紹介しておこう。契約の魔物に対価を支払うのも、歌乞いの役目なのだろう?」


翼を揺すって窓の外を見たリフェールにそう言えば、ふっと獰猛な微笑みを深める。

彼にとってニケは契約主ではあるが、それは彼の中にある寄る辺ない魔物の心が選んだ契約主でしかない。

彼本来の心では、ほんの気紛れの玩具か何かのように思っているのだろう。



「与えられるのか?歌乞いはその契約で命を削る。うっかり削り過ぎて死なないようにしないとな」

「その点に於いては心配しなくていい。俺は、こう見えても魔術の保有量においては不安はない」

「………保有量?」


抜け目なくその言葉に気付いたリフェールが片方の眉を上げ、ニケは微笑みを深める。

確かにその表現は人間のものではなく、人外者達の為の表現だった。


頭に巻いていた布を解いて髪を見せてやると、鮮やかな晴天の空の色をした雪喰い鳥の目が、はっとしたように見開かれた。



「………………白持ちの人間は初めて見た」



そう呟く声は低く慎重だ。



「ああ。他にはいないだろう。この国では、王族の子供達は皆、それぞれに己の得意分野を伸ばすことを強いられる。この国は王子が多いからな。その中で王位を目指すのであれば、己の代名詞となるべき資質が必要だ。………そして俺が選んだのは魔術師になることで、その仕上げに白樺の魔物と知恵比べをした。これは、その時に勝ち得た白だ。後天的なもので、人間が元々持って生まれる色ではない」



ニケの短い髪は純白だ。


普段は魔術で染めて白藍色にしているものの、この髪が純白であることを知っている人間も少なからず存在する。

これは抑止力であり、権威であり、成果そのものであった。

この髪を手に入れてから、ニケはこの国でも比較的自由に過ごせているのである。


そして恐らく、あのヴェルクレアの王都に住む友人が王になる頃、ニケがこのカルウィの王になるだろう。



「……………白樺の名前は聞いたことがあるぞ。一筋縄でいくような魔物ではなかった筈だ」

「では、俺はそんな白樺より捻くれ者なのだろう」

「……………………そうだろうな。………いや、お前はかなり変わった人間だな…………」



そう呟いてから小さく翼を広げ、純白の雪喰い鳥は小さな笑い声を上げる。

この国の装束とは趣向を変えた装いは、ヴェルクレアなどの北方の国の高貴な軍人のような深紅の盛装姿だ。

捕まえて近衛にしたら目立つだろうとは思ったが、まさか噂に聞く悪食の雪喰い鳥だったとは。



(あの時は、翼も汚れてくすんでいたからな………)



「さて、俺の魔術量に不安がなくなったところで、餌場に行ってみるか?」

「はは、こりゃあいい。あんたの提案に乗ってやるよ。俺をその身の内に養うだけの魔術を持つ人間とは、いやはや恐れ入った」

「とは言え、無駄遣いはしたくない。適度に食事をしたら、早々に眠ってくれ」

「つれないことを言うなよ、相棒。俺の目が開いている間は、面白おかしくやろうぜ」

「………………参ったな。懐いたのか」



リフェールにはヴェルクレア寄りになる小さな国の一つを教えてやり、その国境沿いの街を一つ、潰して構わないと言っておいた。


その国は最近潤沢な魔術資源に湧いていて、下手をすれば近隣諸国の均衡を崩しかねない若気の至りにも似た向こう見ずさが気になっていたのだ。


このあたりで少し力を削いでおき、慎重になることを覚えて貰おう。





リフェールが意気揚々と飛び立った後、もう一度見てみると、分け合った白いカードにヴェンツェルから返事が来ていた。



「やはり、そう答えてくれたか…………」



純白を使役してしまったことについては、共に王になるのが最良であるので、迂闊に死んでくれるなよという言葉に留め、たった今リフェールに襲いに行かせた国の国力を削ぐことには、彼も賛成のようだ。



この髪が白いことを知る人間の一人。


国が違えど、ニケが最も信頼している人間の一人がヴェンツェルだ。

例え国同士が敵対し、お互いに殺し合うことになるとしても、ニケがヴェンツェルに向ける信頼が変わることはないだろう。

そう思える古い友人の一人であった。



(…………そんな男がもう一人、ランシーンにいた。あの外遊の先の土地ではよく三人で悪さもしたが、すっかり連絡が取れなくなってしまったな。アフタンは息災だろうか…………)



友人から返事が来たことに気を良くして、ニケはそのカードに返事を書き込む。


端的な書き方で報告をしてすまない、純白を契約の魔物にしたということ以上に言いようがなかったのだと言えば、ヴェンツェルからは、危うく宣戦布告かと思ったぞとすぐに返事が来る。



小さく笑ってその文字を読み、ニケは砂の匂いの濃くなった砂漠の風に目を細めた。



きっと、近い内にヴェンツェルからはヴェルリア特産の檸檬の酒が沢山届くだろう。

なぜかニケはそれに目がなく、自身の王宮にも檸檬の木をたくさん植えている。



遠い遠い昔。


ここではないどこかに居た頃。

そんな頃に、愛した香りの一つであったのかもしれない。














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