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生クリームと酔っ払い




ネアはその日、すやすやと眠っている生き物にタオルをかけて、お風呂上りの魔物の側に歩いていった。


室内履きをどこかにやってしまい、裸足で踏む絨毯の心地よさに頬を緩めながら、窓辺の椅子に腰かけたディノに寄り添う。



よく分からない感慨で、こんな風に自分の部屋に自分にとって大事な誰かが当たり前のようにいることに胸の奥がおかしな音を立てる。



「お風呂上りのディノは、いい匂いがしますね」

「この前君が使っていた方の入浴剤だよ。気に入ったかい?」

「お伽噺の森のような匂いです。ディノの本来の香りが一番ですが、この香りも四番目くらいには好きでしょうか」

「四番目なんだね………」

「あら、ディノ自身の香りが一番ですよ?」

「ご主人様!」



長い髪を丁寧に梳かしてやり、うっとりと幸せそうにしている魔物が満足するまで、ネアは美しい髪の手入れを楽しんだ。

見る角度によっても色を変える真珠色の長い髪は、いつまでも触っていたい美しさだ。



さらりと長い髪が揺れ、魔物の唇はあえやかで色めかしい。

けれどそれは、触れたら儚く消えてしまいそうなどこか清廉な美しさにも見えた。

とは言えそれは、くるりと昼夜が入れ替わるように恐ろしく美しいものにもなるのだ。



「…………彼はね、何か大きな魔術対価を抱えているようだったよ」


ふと、そんなことを呟いた魔物に、ネアはそれが誰のことかまでを尋ねたりはしなかった。


伸ばされた手に迎え入れられるようにして、椅子になってきた魔物に腰かけながら、その話の続きを視線で強請る。



「困ったものであるなら、どうにかしようかと尋ねてみたんだ。………彼は、君を助けてくれたからね」

「困ったものだったのでしょうか?」

「そうではないと、彼は言っていたよ。その事情があるからこそ得られたものがあり、それを気に入っているのだそうだ」

「では、一安心ですね。大丈夫だと言うのと、気に入っていると言うのでは大違いなので、それはきっと、あの方にとって必要なものなのでしょう」

「そうだね。…………私もそう考えたから、それ以上は何も言わなかった。彼もね」




そこで少し言葉を切り、ディノは小さく息を吸い、そっと目を伏せた。



「………不思議なことに、そこに居るのはもう私の知っている彼ではないのに、まるであの頃の彼がいるような気配だったんだ。ウィリアムも同じようなことを言っていたよ。………こちらの動きや呼吸を理解しているようで、不思議な感じがしたのだと」

「であればその方は、ディノやウィリアムさんの良く知る方に、それだけ似ているのかもしれません。もしかしたらまた、お友達になれるかもしれませんね」



ネアは勿論、自分を助けてくれた男性が、夢見るような灰色の瞳の男性であったことを、戻ってくるなりすぐにディノに伝えてある。


ディノ自身も、あの場では綺麗に擬態で隠されてしまっていてその気配の欠片もなかったのに、どうしてだかそこに居るのは彼であるような気がしたのだと言う。



「随分昔にだけれど、グレアムは、ああいう擬態を好んでいたことがあるんだ」

「瞳の印象が強い方でしたから、その部分だけを隠すことを重視しているのかもしれませんね。それに、一度そのままの姿でアルテアさんには会っていますし、正体を隠すことが目的ではないのかもしれません」

「………やはり、そうなのだろうか」



ディノがそう言うのも尤もだ。

あの擬態は擬態としては完璧であれ、前後の工作が杜撰すぎる。

表情を見せたくないから仮面をかけると言うくらいに、魔物らしくなく上部だけのものだ。



「…………自分本来の姿で会うのがどこかで不安であったり、或いは、悪戯にディノの心を揺らしてしまうからと、過去の事情を踏まえて遠慮されたのかもしれないと私は思うのです。…………あの方がディノの方を見る時、とても優しい気配を漂わせていたんですよ」

「……………そうなのかい?」

「ええ。ディノと私が話している時にも、………上手く言えませんが、微笑んでこちらを見ていてくれるような、不思議な温かさを感じたのです。例えるなら、エーダリア様を見守っているヒルドさんのような雰囲気で、私は何だか少しだけ心が躍ったのでした」



そう微笑んだネアに、そっと魔物が顔を寄せる。

頬に触れた温もりに、その頭を撫でてやった。



「…………だが、魂に欠け残ったものがあるようには思えなかった。………であればグレアムは、最後には己の心を飲み込んで旅立ったのだろう。………それが知れただけでも、少し安心した」

「ふふ。であれば今のあの方は、魂に残ったものがなくても、きっとまた、ディノのことを好きでいてくれるような気がします」



ネアにそう言われてしまった魔物は、水紺の瞳を微かにきらきらさせて、ネアにも見て取れる小さな期待を瞬かせた。


(もうそこに居るのは彼ではないのだと言いながらも、そんな風に心を寄せてしまうくらい、グレアムさんはディノにとって大事な人だったんだわ…………)



「アルテアさんは既に面識があったようでしたが、お知り合いなのでしょうか?」

「彼は、カルウィと、そこからヴェルクレアまでに点在する小さな国々の統括をしている。アルテアの統括地と隣り合っているから、会うこともあったのだろう」

「まぁ。………そうなると、お隣さんだったのですね…………」

「大勢の者達がいるような場所で見かけることはあったけれど、ああして二人で話したのは初めてだ。…………色々な事情を知っているからなのだろうが、他の者達も、彼のことを私に持ち込みはしなかった」

「………………これからは、会っても大丈夫そうですか?」

「そうだね。…………また会うこともあるだろう」



小さく穏やかな息を吐いて、ディノは静かにそう言った。

まだ、会いたいと言えるほどに心が寛いだ訳ではないようだが、それでも何となく会うことを避けてしまうような苦しさが剥がれたその声を聞き、ネアは何だか嬉しくなる。



(でも多分、同じような人であればあるだけ、その人がもう自分の知っている人ではないのだと思うことは、苦しくて悲しいことなのだとも思う………)


今後もディノが、そんな彼と向かい合うことを望まないのだとしても、こうして今の彼の人となりを知るのは良い事であった筈だ。


(どうして同族の方に会うのを嫌っているのかとか、そういうことが少し気になるけれど、それは今度、ノアにでも聞いてみようかな………)



何となくそんな話までをディノにするのは憚られ、ネアはその部分については伝えておくだけに留めた。

考えて関わることで、過去に負った傷をひび割れさせるのは嫌だ。

そう考えてしまうネアも、少しだけ同じ慕わしさを貰っているのかもしれない。



「ネア、………君は、彼を、…………シェダーを気に入ったのかい?」


そこでディノは、ふとそんな事を尋ねてきた。


「あの後、アルテアさんにも再三確認されたのですが、そういう事ではないのです。あの方がディノにとって意味のある方だからこそ、目で追ってしまったり、優しそうな雰囲気の方ではないかと安堵したりと、そうして動いてしまった心なので、決して狩ってきてしまったりはしませんよ?」

「……………そうか。それなら良かった。………私はいつも、………彼の様にはなれないし、出来ないばかりなんだ」



そう呟いて腕の中のネアにもたれかかってきた魔物に、ネアはくすりと微笑む。

拗ねたような悲しげな声には甘える響きもあり、よいしょと手を伸ばして魔物の腕を撫でてやった。



「グレアムさんのようになりたかったのですか?」

「…………どうだろう。ただ、彼のようであれば、彼が手にしているようなものを得られるのだろうかと考えることは何度かあった。…………でも、私は彼とはまるで違うからね」

「ふむ。ディノがあの方とは違うところと言えば、ディノだけが私の婚約者で、大事な魔物であるというところでしょうか。私はディノ以外の誰かとこのようにして寄り添えることはないと思うので、そこが決定的な差になりますね」

「ネア…………!」



感激した魔物にぐりぐりと頭をこすりつけられ、ネアは、せっかく梳かしてやったのにくしゃくしゃになった真珠色の髪をまた丁寧に撫でつけてやる。



「…………そう言えば、リフェールさんを呼び出してしまった方は、ご無事だったのでしょうか?」

「歌乞いを成功させるには、魔物が召喚に応じることが前提だけれど、今回は応じた理由が理由だからね。契約を結ばないまま食べられてしまった可能性もある」

「最後に大きな被害を出した土地は、もしかしてシェダーさんの統括の土地ですか?」

「うん。国境沿いの街に大きな被害を出したようだけれど、幸いにも王が私財を投入して、国が瓦解するのは防いだようだ。或いはそこでも、力を持つ者達の支援や助言があったのかもしれない」

「その国がなくなってしまうと、ヴェルクレアとしても不利益になるような気がするので、ほっとしました」

「カルウィのあたりまで行くと、同じ人間同志でも随分と文化や思想が異なるからね。ゆっくりと水を薄めていくように、間に小さな国々が点在するのは、この国にとって良い砦になる。私としても、この国からカルウィまでには、今くらいの距離があることが望ましいと思うよ」

「ふむ。であれば、そのような周辺諸国の関係性を崩すという意味でも、あの純白さんは厄介な生き物だったのですね………」



ネアの言葉に、ディノがそんな純白を滅ぼす訳にはいかない理由を教えてくれた。


とある集落や文化圏など、特定の範囲に出現する悪しきものというのは、世界の秩序として必要なものなのだそうだ。

その犠牲となった者達からすれば他に言い分があるだろうが、葉っぱを食べてしまう害虫のように、大きな生態系の一つの歯車として、その残虐さにもやはり意味がある。



「だからね、純白が失われてしまうと、恐らく他の要素がその役割を担うことになる。純白は既によく知られた存在だし、各地でその対処法が確立されていたり、このウィームは魔術誓約で侵入そのものを許していなかったりするだろう?新しいものに最初から向き合うとなると、初期の被害が大きくなるからね。元々あるものを残しておいた方が安全なんだ」

「そういう理由があったのですね。………ウィリアムさんやアイザックさんも滅ぼしてしまわなかったので、何か余程の事情があるのかなと気になっていました」

「雪喰い鳥は、そもそも人間などを食べる生き物だ。同族の中でも、飛び抜けたものが失われるのは良くないだろう」



現在、純白が飛び抜けた被害を出していることで、他の雪喰い鳥達はある程度の自制を働かせているのだそうだ。


どの雪喰い鳥も純白のように土地を荒らせば、我慢出来なくなった者達がその種の排除に動き出してしまう可能性もある。

その見極めを代々の王が行い、過ぎた災厄を齎すものがいれば群れから追放して一族の安寧を守る。

彼等には彼等なりの生きるためのルールがあるのだと知り、ネアは、ラファエルが純白程ではないにせよ、悪食であるというアンナに厳しかった理由をあらためて理解する。



(今回、リフェールさんに襲われた土地は、大きな被害を出したところが三か所。その中でも、目覚めの土地になったランシーンと、カルウィより南方の大きな城壁の街、そして今回のカルウィとヴェルクレアの間にある小さな国の国境域では、それぞれ数百人の人が犠牲になっている………)


純白が襲う者は大抵、妖精であればシー、精霊や魔物でも爵位持ち、人間であれば要職に就いている魔術師や、貴族や王族などであることが多い。

高貴な者が狙われるからこそ、その者達を守ろうとした土地で大きな被害が出るのだそうだ。



実のところ、ネアはその災いをきちんと認識出来たかと言えば、そうでもない。


気象性の悪夢のようなものであれば分りやすいし、大きな竜のようなものや、海渡り程の大きなものであれば、まだこのちっぽけな頭でも想像がつく。

しかしながら、ああしてリフェールがネア達と同じ人に近しい造形の生き物なのだというところを見てしまえば、その大きさで出来ることなど限りがあるようにも感じてしまう。



(でもその反面、あの生き物であればそういうことをするだろうという思いも、確かにある………)



三対六枚の大きな翼を持ったリフェールは、あの晴れやかな色とは対照的にどこか禍々しい、そして獰猛なけだもののような美しさがあった。


こうしてディノ達を知っているネアですらはっとしたほどの美貌なのだから、高位の生き物の造形に馴染んでいない者達であれば、あの純白の雪喰い鳥はどれだけ美しく、そして恐ろしく見えることだろう。



「君は、純白には惹かれなかったのだね?」

「確かにはっとする美しさはありましたが、好みで言えば、欲しいと思ってしまうようなものとは違いましたので、綺麗だなと思う以上の感慨はありませんでした。でも、こうしてディノを毎日見ていなければ、あまりにも綺麗でびっくりしてしまったかもしれません」

「ということは、私と出会ってなければ、彼に惹かれたかい?」

「ディノと出会ってなければ、そもそも、もっと庶民的な雰囲気の方が………。強いて言えば、以前お仕事でお会いした、わんわん鳴いていたお肉屋さんの息子さんのような方でしょうか?」

「あんな人間なんて…………」

「むむぅ。荒ぶり始めましたね…………」



魔物はあの日のことを思い出したのかすっかり荒ぶってしまい、ネアは仕方なく体当たりをしてやる羽目になった。

その騒ぎで起きてしまったのか、タオルの下からお昼寝していたちびふわが這い出してくる。



「フキュフ」

「む、謹慎中のちびふわが出てきましたね!愛くるしい水玉模様に、ついつい撫でてしまいたくなります」



あの後、アルテアはディノにきちんと叱られたようだ。


ウィリアム曰くやはりディノが怒ると怖いらしく、アルテアなりに少しよれよれになっていたそうだ。

そしてその結果、懲罰として三日間の水玉ちびふわが登場した。



いつものふかふかの白い毛皮に愛くるしい薄ピンク色の水玉模様を演出したのは、話を聞いてディノの与えた懲罰にひと手間加えてくれたダリルだ。

角なしちびふわなだけでは罰にならないと言って、アルテアなちびふわを少女趣味な水玉模様に変えていったのである。


なお、水玉にされた直後のちびふわは、あまりの屈辱に暫く寝台の下に隠れてしまい、先程やっと出てきて、ネアに撫でられて眠ったばかりだったのだ。



「アルテアが…………」

「ディノが課した筈の罰なのに、ディノまで落ち込んでしまうのはなぜでしょう」

「三日間ずっと、その模様なのかな………」

「私は可愛いと思っているのでこのままで構いませんし、ダリルさんに逆らうのは恐ろしいので、このままでいるのが安全なような気がします」

「……………そうだね」



ネアは現在、鏡を使ってちびふわと遊んでいるところだ。


手鏡で自分の姿を見せてやると、ちびふわはみっとなって尻尾を逆立ててけばけばになる。

可愛いたれ耳もけばけばになるので、あまりの可愛さにじたばたしたいくらいで、そんなけば立ちが落ち着いたところで、またさっと鏡を見せてしまい、もう一度けばけばにする遊びである。


「フキュフ!」

「ふふ、荒ぶって私の指を踏みつけても、ちっとも痛くありませんよ?」

「ご主人様が踏まれてるなんて………」

「む。ディノに阻止されました」


ネアの指先を踏む行為はディノからすると許せない範疇だったようで、水玉ちびふわは、すかさずディノの手ですいっとどかされてしまった。


この部屋に届けられた直後は、ダリルの遊び心で、首に“私は悪いことをしました”というメッセージの入ったバンダナのようなものを巻かれていたが、ダリルがいなくなった途端、荒れ狂うちびふわはそのバンダナをずたずたに引き裂いてしまった。

しかしながら、どれだけ怒り狂っても愛くるしい水玉ちびふわなので、ネアはそんなちびふわに心を癒されていた。



「君に踏まれてもいいのは私だけだし、君を踏むのはやめさせようか」

「あら、例えディノとは言え、ムグリス以外の姿で踏まれたら痛いので止めて下さいね」

「…………ご主人様を踏まない」


危険を察したネアがそう言い含めれば、ディノは言われたことを反芻してこくりと頷いた。

眼差しは真っ直ぐにネアを見ているが、手で堤防を作った中で、ここから解き放つのだと暴れているちびふわと戦ってもいる。


「ええ。ディノが踏むのは禁止です。その代り、もこもこムグリス姿の時であれば、私のお膝や手の上をいくら歩いても構わないので、いくらでもあの小さな足で踏みつけて下さいね」

「ずるい、ネアが甘えてくる………」

「そして、ちびふわが脱走しました。………てりゃ!」



またしてもネアに手鏡を向けられてしまい、水玉ちびふわはけばけばになって逃げて行った。

けれどもさすがに魔物の第三席とも言うべきか、その遊びを繰り返している内に、しゃっと鏡を回避出来る素早さを身に着けたちびふわにステップアップしてゆくではないか。


たっぷりちびふわと遊び、ディノとものんびり過ごしたその日の午後のおやつは、ふかふかの紅茶のシフォンケーキに、たっぷりの新鮮な生クリームを添えたものだ。

そんな生クリームを見た途端、ちびふわが俄かに不穏な動きを始めたので、ネアはもしやと思って小さなティースプーンを用意して貰って、ちびふわに生クリームを与えてみる。



「フッキュウ…………」


そうして、ちょうど酔っ払いちびふわが出来上がったところで、今日はやっとの仕事明けでリーエンベルクに泊まりにきたウィリアムが部屋を訪れた。



「……………ネア、アルテアに何をしたんだ?それと…………水玉模様にしたのか………」

「…………むぐぅ。生クリームをスプーンで与えただけなのです。前回フルーツケーキでも酔っぱらったのですが、今回はお酒の入っていない生クリームでもこの有様です。しかも、酔っぱらうくせに欲しがるという地獄でしたので、スプーン一杯の生クリームを食べてしまったちびふわは、現在泥酔状態といったところでしょうか…………」

「…………雪の系譜のものらしいが、元になった生き物はなんなのだろうな」

「…………もしや、雪にお塩やお砂糖をかけると溶けることと繋がりがあるのでしょうか?」

「おや、君の世界ではそうだったのかい?」

「なぬ。こちらの世界では違うのですか?」

「雪に砂糖をかけると、数日で小さな雪の花が咲くはずだ。塩は、………雪の系譜の魔術を持っていないと、少し危うかったような気がするな………」


そう教えてくれたウィリアムに、ネアは目を丸くする。

そんな違いがあるとは知らなかったので、是非にまずは、その雪の花とやらを育ててみたい。


「雪にその行為を意図して塩をかけるのは、鎮魂の魔術と侵食の魔術の二面性を持つ。慎重に行わないと土地の魔術を傷付けるが、塩でも砂糖でも意図的に行わない限りは、魔術として成り立たないようになっている筈だよ」

「確かに、うっかり零れるということもその反応に含むとなると、あちこちで事故が起こりそうですね………」


ネアは今後気を付けようと考えて、いそいそと手帳を取り出すとこの世界的禁止事項の頁にその項目を書き足しておいた。

そのページに書かれたあれこれを横から眺めながら、ウィリアムが補足してくれる。


「特に塩は、ふりかけるものが雪じゃなくても、魔術の触媒の一つとして使われることが多いからな。どの国でも、子供達にそういうもので悪戯をしないよう厳しく教育している筈だ」

「むむ!お塩の扱いは気を付けますね!………そして、ちびふわに甘いものをあげてはいけないと書いておきます」

「フッキュフ!!」

「…………不服なようだよ」

「そんなにへべれけちびふわなくせに、なぜ反対するのか分りません。…………む」


甘い物禁止は許さないと怒り狂った酔っ払いで水玉なちびふわは、荒ぶるあまり弾み転がってテーブルの上からぽてりと落ちてしまった。



落ちた先は、ウィリアムの膝の上だった。



「ほわ…………」


ウィリアムの膝の上に落ちて目を丸くしているちびふわと、膝の上にちびふわが落ちてきて目を瞠ったウィリアムの合わせ絵の素晴らしさに、ネアは思わず笑顔になってしまう。



「何て素敵な組み合わせでしょう!」

「アルテアが…………」

「…………アルテア、もう落ちないように注意して下さいね」

「フキュフ……………」



すっかり酔いが覚めたらしいちびふわは、自分が水玉模様だったことを思い出したのか、その後はずっとウィリアムの視線から隠れるように、椅子の上のクッションの横に隠れていた。



夜行性であるらしいちびふわが元気に動き出すのは夜になってからなので、ネアはその三日間の間に、二回も夜間スケートに出かけたりと、それなりに楽しかったと言っておこう。



とても満足したので、立派な罪滅ぼしになったとアルテアに言ってあげたのだが、ちびふわの刑から解放されたアルテアは数日間行方不明になった。



ノア曰く、春告げの舞踏会がなければ、もっと長く失踪したかも知れなかったそうだ。



なお、素敵なクリームパイと一緒に戻って来たことは、ご主人様がカードに沢山のちびふわの絵を描いてあげたのでご機嫌を直してくれたのかなと思っている。















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