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ほこりのお誕生日



その日、リーエンベルクでは、諸事情により短い時間で行う弾丸お誕生日会が行われていた。



主賓となる本日誕生日なお客様は、このリーエンベルクで生まれた雛玉あらため、大雛玉となった星鳥のほこりだ。




「ピ!」



誤って参加者を食べてしまわないようお腹をぱんぱんにしてやって来てくれたほこりは、以前に見た時よりも更に白さを増し、艶々光る綺麗な白い雛大玉になっていた。

そんな立派な姿を見て、ネアは何だかほろりときてしまう。



「ほこり!何だか綺麗になりましたね?」

「ピ!ピ!」

「祟りものが美味しいみたいだよ」

「まぁ!美味しいものをたくさん食べて、綺麗になってしまったのですね?」

「ピ」


登場するなり褒めて貰えたほこりは、喜びのあまりにごろごろと転がる。

転がってきたほこりを足でがすっと止めたのは、後見人でもあるアルテアだ。

本日はこっくりとしたチョコレート色のスリーピースで、胸元のチーフの白さがきっとほこりを表現しているのだろうとネアは推理している。



「いい加減に自分の大きさを考えろ」

「ピ?」

「ふふ、アルテアさんは、ほこりがあまりにも立派に育ったので、少し照れくさい気分なのでしょう」

「おい、何でそうなった………」

「ピ!」


起き上がってばすんどすんと弾んだほこりだが、幸いにもリーエンベルクは堅牢な作りであるので床が軋んだりはしない。

それどころか、大皿に盛られた美味しそうなご馳走が出てきてしまい、ほこりはつぶらな瞳を期待に丸くした。



「ピ……?」

「ええ、ほこりの為のご馳走ですよ。今日はほこりのお誕生日ですからね」

「ピ!ピ!ピ!」



会場になった大広間には、エーダリアとヒルドにグラストとゼノーシュ、そして魔物達は、ディノとノアに後見人であるアルテアも来てくれている。

懐かしいリーエンベルクの仲間達に囲まれ、ほこりはあまりの嬉しさに弾みっ放しだ。


そんなほこりの大はしゃぎに、エーダリアも柔らかく苦笑している。



「さて、乾杯してしまおうか。……その、例の食材がな、あまり長く封印庫から出しておけない」

「むむ、では乾杯にしましょう。今回も私が音頭を取ってしまっていいのですか?後見人なアルテアさんもいますが…」

「さっさとしろ」

「むぐ。……では、あらためて。……ほこり、お誕生日おめでとうございます!!」



祟りものなご馳走を押さえておく限界が近いこともあり、ほこりのお誕生日は早々に開始された。


今か今かとその合図を待っていたほこりは、おめでとうの言葉に飛び上がる。




「ピギ!」


ネア達はそれぞれにリーエンベルクに元々あるグラスを使っており、ほこりは食べたくならないという特製グラスを持ち込みで使っていた。

ほこりのグラスは謎の黒色半透明の石で出来ていて、これは、まず食べようとは思わない素材なのだそうだ。


丸い体と小さな嘴でどう上手く飲むのか心配だったが、ぐびぐびとそのグラスに注がれた葡萄酒を飲み干すと、ほこりはけぷっと葡萄酒色の大きな宝石を吐き出す。

手数料のつもりなのか、それを短い足ですすっとヒルドの方に押し出した。


宝石に気付いたヒルドは、小さな子供にするように体を屈めて視線を合わせると、おずおずと差し出されたその宝石を受け取ってやる。



「おや、気を遣わなくてもかまいませんよ。今日はあなたの誕生日なのですから」

「ピィ」

「………お前、ヒルドには妙に行儀がいいな」

「ピ?」


ほこりも、清廉な雰囲気のあるヒルドには、なぜかきちんと敬意を払って対応したくなるようだ。


そうして乾杯を済ませたほこりは、ばすばすんと弾み転がってネアの隣に来ると、ぎゅっと体をくっつけてくる。

ネアはほこり目線だと美味しそうに映るようで、あまり会えないのでこうして触れ合えるのは嬉しい。

甘えてきた雛玉を、ネアはよしよしと撫でてやる。


不思議なことに、ディノはほこりを撫でても荒ぶることはない。



「ほこり、白百合さんとはその後どうなのですか?」

「………ピ」

「あらあら、お気に入りなのですね?」

「ピギャ」

「白百合さんもほこりが可愛くて仕方ないようだという噂です。一緒にお仕事をして、その上そんなに仲良しなのはとても素敵なことですね」

「ピ?」

「ネアとディノみたいに?だって」

「ふふ。そんな感じではないでしょうか。ゼノに教えて貰いましたが、白百合の魔物さんは、ほこりにとっても優しいのですよね?」

「ピ!」


こくりと頷いた後、恥ずかしくなってしまったらしく、ほこりは俯いたままばすばすと弾むと、綺麗な薔薇色の宝石を幾つか吐いた。

拳大できらきら光る宝石は何だかものすごく貴重なものに思えたが、ネアはそんなことよりも恋するほこりが可愛くて仕方ないので、そんな恥じらう雛玉の頭をさりさりと撫でてやる。



「ふふ、あの困ってしまっていた頃の小さなほこりは、どこに行ってしまったのでしょう?今や、シャンデリアな伴侶さんもいてくれて、白百合さんともとても仲良しです。ほこりは人気者ですねぇ」

「ピ!」

「白夜さんとも仲良くしていますか?」

「ピ?」

「それと、アイザックさんからも時々ほこりの話を聞きますよ」

「ピ?」

「むむぅ。興味のない方への対応が、なんともさっぱりしています」

「アイザックはね、美味しいものを持って来てくれたりもするし、友達みたいな感じだって」

「ふむふむ。では白夜さんは……」

「ピ?」

「………そんな人いたっけ?って言ってる」

「なぬ。白夜さんに何があったのだ………」

「ありゃ。最近はそんな扱いなのかぁ」

「ルドルフも頑張っているんだね………」



ノアとディノはそう顔を見合わせ、どこか悲しげな目をしている。

その白夜の魔物は、以前までとても恐ろしく厄介な魔物の筆頭だったのだ。

今や完全に可愛いほこりのストーカーなので、一度会ったことのあるネアも多少は複雑な思いがある。

恋は、人を変えるのだ。



「白夜の魔物さんは、ほこりに夢中なのですね」

「やめろ、こっちを見るな」

「む?」

「……………あいつの豹変を思い出したくない」

「まぁ、そんなに変わってしまったのですか………」



もっと様々な事情を知っているのか、アルテアは酷く遠い目をしていた。


ほこりと仲良しなゼノーシュが説明してくれたことによると、この前の白百合の魔物とほこりのお出かけに無理矢理ついて来てしまったことで、白夜は現在謹慎中なのだそうだ。

ほこりと同じ部屋に入れず、じっとりとした目で隣の部屋からこちらを覗いているので、とても気持ち悪いらしい。



「若干可哀想にも思えますが、世界は残酷なものですからね」

「ピ!」

「…………お前なぁ、……いらなくなっても、そうそう白夜は食うなよ?」

「ピ?」

「分らないふりはやめろ」

「ピィ」

「何で俺が残念なんだよ」

「冗談のつもりだったんだよね、ほこり」

「ピ!」



ちょっとしたブラックジョークを汲み取り損ねたことで、アルテアは残念なお父さんのように若者達から見られてしまうことになった。

悲しくなってしまったのか、ネアの隣に来たので、えいっと背伸びをして頭を撫でてみる。



「………届いてないぞ」

「髪の毛には触れましたよ!」

「ずるい。ネアがアルテアに浮気する………」

「では、ディノも撫でてあげましょうか」

「ご主人様………」

「ピギ!」

「ほこりもですね!」

「ピ!」



慌てて弾み転がって戻ってきたほこりも撫でてやれば、ほこりは嬉しそうに小さくばたばたする。

このあたりは大雛玉になっても変わらない愛くるしさで、ネアは手のひらの上に乗っかっていた頃の小さな煤色のふわふわを思った。



「可愛いほこりが、これからの一年も幸せでいっぱいでありますように!」

「ピ!」



何度も何度も、ちくちくするセーターの話をネアに強請っていた雛玉は、幸せいっぱいの艶々の雛玉になったようだ。



魔物としての質が強く出るから危ないと、ほこりはリーエンベルクではあまり人型になろうとしない。


しかしそれは、ゼノーシュ曰く、雛玉姿の方がみんなに甘やかして貰えるからなのだそうだ。

まだ生まれて一年しか経っていないこの可愛い生き物が、そんな風に甘えてくれるのがネアは嬉しい。

あの小さなふわふわのままで居たのはほんの短い時間で、あっという間に巣立ってしまったように思えて少しだけ寂しかったので、存分に甘えてくれ給えな気分である。



「ほこり、あなたの為にエーダリア様が良い祟りものを手配してくれましたよ」


そこでそう声をかけてくれたヒルドに、ほこりはぐりんと振り返った。

ふるふるしながら期待に満ちた眼差しを向けられ、ヒルドが優しく微笑む。

ヒルドにとってもまた、ほこりは、手のひらサイズでエーダリアがガレンに見せびらかしに連れて行っていた小さな雛鳥の頃からの付き合いなのだ。



「ピ…………」

「今、持ってきましょう。押さえている結界を解きますが、すぐに食べられますか?」

「ピ!」

「良かったね、ほこり」

「ピギ!」



余程喜んでいるのか、ゼノーシュにもそう言われて、ほこりは弾みながらヒルドについていった。

ネアの隣に立ったままグラスを持っていたアルテアが、ふうっと小さな溜息を吐く。


ふとテーブルの方を見れば、ほこり用の大皿料理は既に消え失せていて、ネアは少しだけ動揺した。

ずっと見ていた筈なのに、いつの間に食べてしまったのだろう。



「そう言えば、ほこりの統括の魔物さんな様子はどうなのでしょう?苦労していたりはしませんか?」

「…………あいつの統括している国は辺境域が随分と荒れた土地だったが、急速に環境が改善している。元々、戦場だった土地で祟りものが多かったそうだが、人間達が町を栄えさせられるくらいには土地が安定したんだろう」


アルテアがそう教えてくれて、ネアはほっとした。

新任統括として、ほこりは頑張っているようだ。



「ほこりが祟りものを食べて減らしたことで、ある程度安全に暮らしてゆけるようになったのですね?」

「だが、国境の向こう側も同じような荒れ地が続いている。決して小さな国じゃないが、あの辺りはみんなそうだな。豊かになり過ぎれば略奪の対象になりかねないが、まぁ、ネビアがどうにかするだろう」

「…………白百合さんではなく?」


おやっと目を瞠ったネアに、どこか意地悪な魔物らしい微笑みを浮かべたのはノアだ。

会話に入れなくて寂しいのか、ディノはもそもそとご主人様の羽織物になってくる。



「僕は、ジョーイならどうするか分るなぁ。限界までほこりの好きなようにさせておいて、誰かがほこりを傷付けようとしたら、ただそれを滅ぼすばかりなんだ。ネア、白百合の魔物はね、気に入った者に対しては清廉で情深いけれど、それ以外には冷淡で腹黒い魔物なんだよ」


そう教えてくれたのはノアに、ネアはほこりの相棒についての知見を得る。

ノアは、困った魔物なんだよねと呆れたように微笑んではいるものの、その目はどこか魔物らしく冷やかだ。



「むむ。…………ノアは、その方が苦手なのですか?」

「…………うーん、特に接点はないかなぁ。でもウィリアムに似ているような気がするんだよね」

「ああ、あいつに似てるな」



ということは、ほこりを苛めた相手は、剣か何かでさくっと刺してしまったりする魔物なのだろうか。

ネアは名付け親としてそういう相手が側に居るのも頼もしいと思ったが、それにはやはり白薔薇の魔物がやってくれているような、周囲を均す調整者が必要不可欠だ。



「うむ。是非にロサさんには、この先も白百合さん共々、ほこりの面倒も見て欲しいですね」

「…………お前はそういうところは揺るぎないな」

「あら、これでもロサさんのことも考えていますよ。ほこりが居ることで、ロサさんは、お友達と一緒にわしゃわしゃ出来るので、きっと賑やかで楽しいと思うのです。あんな風に白百合さんと疎遠になってしまったことを悔いていた方が、大事なお友達に大事な存在が出来たと知るのは、きっと心安らぐことでしょう」


ネアが微笑んでそう言えば魔物達は何だか釈然としない様子で黙ったが、そこに向こうで大きな黒檀の暴れて暴言を吐く箪笥を出して貰い、大喜びで食べていたほこりの側にいたゼノーシュがやって来て会話に加わった。



「僕、いつか白夜が暴れると思う」

「…………なぬ」

「今夜のほこりの誕生日に、謹慎中だから入れて貰えないんだよ」

「入れて貰えないんだね……」


白夜の魔物に何か思うところがあるのか、一度ネアも関わった事件の中で彼を少しだけ練り直してしまったディノは、どこか困惑したように呟く。

アルテアは、その話題にはとても関わりたくないという気配を全面に出して、ほこり以外の参加者用のお料理の方に行ってしまった。



「荒ぶると厄介なのであれば、少しだけ仲間に入れてあげるよう、ほこりに言ってみましょうか?」

「ほこりもね、白夜のことは面倒臭いけれど嫌いじゃないみたいなんだ。………何だろう、…………下僕みたいな感じかな?」

「げぼく…………」


ネアは、それはそれで白夜の魔物は悲しいのではと思ったが、ゼノーシュ曰く、白夜の魔物は寧ろその立ち位置で構わないのだそうだ。


沢山頼って貰い、沢山命じてくれるなら、白夜の魔物は幸せであるらしい。



「ネア…………?どうしてこちらを見るんだい?」

「いえ、………つい」

「ご主人様…………」



その会話の流れでじっと見られた魔物は困惑していたが、無事に箪笥な祟りものを完食して達成感を漂わせているほこりを褒めているエーダリア達の方に行くのに、羽織物になったままついてきてくれた。




「ふふ、箪笥さんは美味しかったですか?」

「ピ!」

「今日は美味しいものを沢山食べて下さいね。大事なほこりが嬉しそうにしていると、みんなとても幸せな気持ちになりますから」

「ピ!!」



ばすばすと弾んだほこりは、そっとヒルドの方を見上げ、微笑んで頷いてくれたヒルドと、視線を移した先で頷いてくれたエーダリアにまたばすばすと弾んで喜びを示す。


「ピ!」


けぷっと吐いた宝石は、たくさんの色が入ったオーロラのように揺らめく虹色のものだ。



「おや、ご機嫌ですね」

「…………この宝石を見ても、なぜお前は落ち着いていられるんだろうな」

「ほこりには、小さな頃から驚かされてばかりでしたよ。見事な星鳥に育ちましたね」

「ピ!」

「………そうだな、よく無事に大きくなってくれた」



虹色の宝石の驚きはひとまず後回しにすることにしたのか、エーダリアもそう言うと手を伸ばしてほこりの頭を撫でてやっていた。

星鳥は、伴侶を得られないととても痩せてしまうらしい。

伴侶探しで苦労していたほこりの悲しげな様子を知っているので、エーダリアとヒルドも今の幸せそうな様子にほっとするのだろう。



「きっと今夜のお祝いでも、たくさんの人達がお祝いしてくれるでしょう。そこに来てくれるのは、私達と同じように、ほこりが幸せだと嬉しいと思ってくれる人達なのだと思います」

「ピ!」

「それなのに、そんな楽しい今日の夜のお祝いに、ほこりを大好きな白夜さんは仲間外れなのでしょうか?」



ネアのその言葉に、ほこりは羽を少しだけけばけばにした。



「ピィ………」

「勿論、私はほこりが大切なので、ほこりが白夜さんを好きではないのなら、そんなやつめはぽいです!ほこりの大事なお誕生日会に呼んではなりません」

「……………ピ」

「でも、ただ今だけ喧嘩をしているのであれば、一年に一度しかないほこりのお誕生日では、どうか仲間に入れてあげて下さいね。大切な人にお祝いを言えるということは、とても幸せなことなのですから」

「…………ピィ」

「とは言え、白夜さんがほこりを困らせる悪いやつなら、お誕生日祝いがてら私が滅ぼしてやります!可愛いほこりを困らせるやつめは容赦しません!」

「ピギャ?!」



慌てたほこりは、ネアにぐりぐりと頭を押し付けて、荒ぶる人間をアルテアが用意したケーキの方に連れて行った。

ケーキならネアを鎮められると思ったらしい。



「白夜も気に入ってるから、滅ぼしちゃ駄目だって」


ゼノーシュがそう通訳してくれて、羽織ものになったままだったディノも淡く微笑む気配がする。



「ではほこり、ルドルフを許してやってはどうだい?」

「ピィ」

「あの手の奴は、拗らせるといなくなるぞ?」

「ピ?!」


ディノだけではなくアルテアにもそう言われ、ほこりはこくりと頷く。

ネアは本気でただのストーカーなら滅ぼすつもりでいたので、ほこりも気に入っていると知り安心した。



「ほこりが気に入ってなければ、ぞうさんで撃退するつもりでしたので一安心です!」

「あれだけ言ったのに、お前はまた妙なものを増やしたな?」

「よく見れば可愛いので、見てみますか?」

「やめろ」

「私は子どもの頃、ぞうさんの背中に乗せて貰ったこともあるのです。ディノとノアは苦手ですが、案外アルテアさんはいける口かもしれません」

「いいか、やめろ。絶対にだ。今夜は俺の前で金庫からは何も出すな」

「むぐぅ」

「ピィ!」

「ほこりがね、やっぱりネアは強くて格好良くて大好きだって」

「ふふ、可愛いほこりの自慢の名付け親でいられるよう、日々精進しますね」

「ピ!」

「ありゃ、あの絵はもうあれで充分に凶悪だから、精進しなくてもいいんじゃないかなぁ」

「獏さんがまだ未完成なので、いつかお披露目しますね!」

「ご主人様が虐待する…………」

「安心して下さい、ディノ。ディノはもう苦手だと分かったので、まずは使い魔さんで試しますから」

「うん…………」

「何でだよ」

「しかし、場合によってはか弱い方だと儚くなってしまうので、死なない程度の方から試さねばなりません」

「ウィリアムあたりにしておけ」

「なぬ。ウィリアムさんが倒れたら大惨事なのです。お仕事に穴を開けられないのでやめるのだ」

「じゃあ、ヨシュアだな」

「ヨシュアさん…………」

「ヨシュアで……………」

「わーお………」



なぜだかその場がとてもしんみりした空気になったので、ネア達は慌ててケーキに移行することにした。


アルテア製作のケーキには二種類あり、ほこり用の質より量だが、質もいいというシンプルなショートケーキのようなものと、ネア達に振舞ってくれる為の少しだけ手の込んだ紅茶のムースと木苺のケーキになる。


ほこり用のケーキは大きな三段仕様で、ネアはウェディングケーキに似てるなと思いながらその素敵なケーキに見惚れた。

白いクリームに真っ赤な苺が映えて、ほこりは食べ始めの武者震いにぶるぶると震えている。



「ふふ、真っ白なほこりによく似合う、美味しそうで素敵なケーキですね」

「ピ!」

「すごいね、ほこり。こんなに大きなケーキを貰えて良かったね」

「ピギャ!」

「……………来年はやらんぞ」

「あら、アルテアさんは来年も私にカードで負けると思うのです」

「さて、どうだろうな。来年に対価を払うのはお前の方かも知れないぞ?」

「でも、一度も勝てたことがないのに……むぎゃ?!頬っぺたをつまむのはやめるのだ!」

「ピィ」

「やめろ、齧るな!」




ほこりは魔物だ。

白を過分に持ち、特別変異体として高位の魔物に躍り出たことと、祟りものなどを食べていることを考慮して、ネア達からは贈り物の出来ないお誕生日会である。


それは魔術の繋ぎの問題があるからで、ノアが贈り物の魔術を調整することも検討されたが、まだ生まれて一年目のほこりの持つ魔術は、厄介な食べ物のせいもあって安定していない。

あれこれ議論もあったが、結論として無理をしないで魔術の安定するこの先まで待つということになった。


代わりにもてなしとして、お料理や美味しそうな祟りものなどを用意してあげはしたものの、ネアとしてはせめてケーキくらいは、ほこりに誕生日の贈り物としての素敵なものを用意してあげたかったのだ。



(ほこりが一番喜ぶケーキは、アルテアさんが作ったものだと思うから)



なのでネアは奮起し、巧妙にカードに誘ったアルテアをこてんぱんに負かしてやったのだった。



そんなほこりは今、むぐむぐと大きなケーキを幸せそうに食べている。



「まぁ、嬉しそうに食べてくれていますね」

「君は、本当は自分でも贈り物を用意したかったのだろう?まださせてあげられなくて、ごめんね」

「ええ、初めてのお誕生日なので少しだけ残念でしたが、……でも、ほこりの持つ魔術が安定した数年後には、あらためて贈り物が出来るかもしれないので、その日を楽しみにしていますね」

「ほこりの側についたのは少し意外ではあったけれど、白夜も白百合も、器用な魔物だ。彼等が側にいれば、ほこりもその内に様々な魔術を馴染ませて安定すると思うよ」

「ジョーイはさ、形のあるものが得意で、ルドルフは形のないものの調整が得意なんだ。ネビアはそのどちらも合わせて持つから、いい組み合わせなんじゃないかな」

「シャンデリアさんという、素敵な伴侶さんもいますしね」

「………伴侶はシャンデリアだったね」



ケーキを食べているほこりのところに、グラストがやって来ていた。

慎重なクッキーモンスターは、ほこりが他のものを食べている時に、グラストと触れ合わせることにしたらしい。



「ほこり、大きくなったな」

「ピィ!」


ケーキを食べながらグラストにも撫でて貰えて、ほこりはご機嫌で羽を膨らませる。


「………誕生日だし、ほこりは友達だから、……特別だよ」


少しだけ羨ましそうに呟いたゼノーシュにふわりと微笑むと、グラストはそんな契約の魔物の頭をくしゃりと撫でる。

ぽわわと頬を染めたゼノーシュを見ることで、ネアは心が晴れやかになるという恩恵を受けた。



「うむ。ゼノが可愛いです。ほこりも可愛いので胸がいっぱいになりました」

「ネアが浮気する…………」

「グラストさんを見習って、ディノのことも撫でて差し上げましょうか?」

「ご主人様!」




リーエンベルクで行われたほこりのお誕生日会は、一時間程の簡単なものだった。

ほこりは、ふくふくとした表情で幸せいっぱいで帰って行ってくれたが、ほこりが帰ると長椅子に伸びてしまったアルテアにネアは驚く。



「ほこりはまだ幼くて、魔術の調整が苦手なところもあるのだろう。今日はとても喜んでいたから、調整が効かないところもあったんだ。アルテアがそれを調律していたんだよ」

「まぁ!全く気付いていませんでした。………アルテアさん、有難うございました」

「元々、それもアルテアの役目だからね。彼はほこりの後見人だろう?」

「ふむ。そう言えばそうでしたね。みなさんは、それを知っていたのですか?」



ネアがそう尋ねると、エーダリアとヒルドもその条件を受けて安心してリーエンベルクにほこりを招くことが出来たのだそうだ。



「シルだと完全に封じ込めるのは簡単だけど、そうするとほこりが思うように動けなくなるし、調律は僕でも良かったんだけど、やっぱり魔術的な契約の繋がりがあると細かに調律し易いからね。アルテアが適任だったんだよ」

「僕もね、ほこりがはしゃぎ過ぎた時はちゃんと見てたよ」

「まぁ!ゼノも協力していてくれたのですね!」



そこには立派に育ち過ぎたからこその弊害があるのは確かだが、つまりのところ、みんながその手間をかけても今日のお誕生日会をやってくれたのだから、ほこりが大事にされているということでもある。



ネアは、あの小さな雛玉がこんなにも愛される存在になったことを、心から感謝した。




「あの日、あの小さな石を拾っておいて良かったです。幸せになったほこりを見て、今日は私まで幸せな一日でした」



ネアは微笑んでそう言ったのだが、ノアがそこで思いがけないことをぽつりと呟いた。



「ほこりの卵が煤けて落ちてたのって、ネアが星祭りの日に沢山の星を落としたからなのかもね」

「…………なぬ」

「今年の星祭りの時に、その時の話を聞いて思ったんだよね。ネアの歌声で変質したのかもしれないなぁって」

「確かに、あの日は沢山のものが落ちて来たね」


ディノにまでそう言われてしまい、ネアは目を瞠ったままふるふるとする。



「そっか!それで落ちて来て、その後もリーエンベルクの魔術で変質したのかな?」


ゼノーシュにまで同意されてしまい、ネアは魔物の三つ編みをくいくいっと引っ張った。



「ほ、ほこりが特別なのは、リーエンベルクにディノがいたからなのではないのですか?」

「卵が落ちてからの影響はそうかもしれないね。けれど、他の多くの要素はそこまで変質していないから、最初の君の歌の効果も大きいのではないかな」

「……………なぬ」



愕然とした人間に追い打ちをかけたのは、長椅子に伸びていた使い魔だ。

伸びていたくせに、ここぞとばかりに余計な一言を足してくるではないか。



「お前の歌声も大したもんだな。あまりにも煤けていて、魔術洗浄を三回もかけなきゃ、白くならなかったぞ」

「わ、わからないではないですか!お空の上で何かあったのかもしれませんよ!」



ネアは慌てて使い魔の上にばすんと座ってそちらを黙らせると、そう宣言して凛々しく頷いてみせた。


エーダリアは視線を逸らしていたが、幸いにもヒルドはそうかもしれませんねと同意してくれる。

グラストもそう言ってくれたので、ネアとしては一安心だ。



「おい、…………さっさと上からどけ」

「ネアが他の魔物を椅子にする……。アルテアなんて………」

「…………座って来たのはこいつだぞ?動きっ放しで暫く寝てないんだ。寝かせろ」

「む。そう言いながら、敷物になったまま寝ようとしています。と言うか、なぜに拘束敷物になるのだ。どけません…………」

「アルテアなんて………」




窓の外はまだ明るいが、夜になると美しい星空が広がるのだろう。

きっとそこには、流れ星になって落ちて行く星鳥の卵も隠れているのかもしれない。


またどこかで生まれて、幸せな出会いを届けてくれる小さな星鳥の雛がいるのかと思うと、ネアは何だかわくわくした気持ちになった。







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