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悪夢と風向き 2




悪夢の落ちてきた森は、夜のように暗い。

そんな中を、見回りに出たネア達はさくさくと雪を踏んで歩いていた。

悪夢の中では思いがけない行動をする者もいるので、領民の誰かが迷子になっていたりしてもいいようにと、ディノは擬態してくれている。

暗い悪夢の落ちた森で白く長い髪の魔物を見たりしたら、取り乱してしまう可能性もあるからだ。



そうして万全の準備で禁足地の森に出たネア達が見たのは、黒い靄を避けるように右往左往する生き物達だった。

そしてそんな中を、ぽわりぽわりと金色の謎の光が揺らめいている。



「何でしょう?」

「おや、誘導灯の魔術だ。とても古いものだが、良いものだね」

「誘導灯?」

「悪化した気象状態の中で、道に迷ったものを導く光の魔術だ。気象を司る者や、気象に纏わる魔術を持つ者しか使えない、古く珍しい種のものだよ」

「……………ほわ、こちらに来ます」



その金色の光は、ゆらゆらと揺れながらこちらに向かってきた。

魔物がネアをぎゅっと抱き込み、ネアはその腕の下からすぽんと顔を出した。



すると、大きな翼を持つ誰かが淡い光を纏わせながら上に下にとふわふわ飛んでいるではないか。



「…………ネア?」

「むむ。ミカエルさん?」



そこにいたのは、雨降らしのミカエルだ。

ふわふわと漂う光を纏わせ、大きな紫紺の翼を広げて飛んでいる。

ネアが何度か見たことのある鳥めいた羽ばたきと浮遊ではなく、魔術で浮かんでいるような飛び方だ。



「ネアは、見回りか?」

「ええ。ミカエルさんはもしかして、森のみなさんの保護ですか?」

「………ああ。……こら、服の中には入ってはいけない」

「む!ちびくしゃ鼠が袖の中に入ってゆきました」



ネアの目の前で、ふわふわした金色の光に慌てて寄ってきた羽のあるもわもわの鼠のようなものが、隠れ家だとでも思ったのかミカエルの袖口に入ろうとして引っ張り出されている。


鼠はチュウと鳴いて不平を申し出ていたが、肩の上に乗せて貰うと、そこに他にも避難してきた仲間がいると知り、嬉しそうに体を寄せていた。



「なぜだろう、こうしてすぐに服の中に入ってしまうんだ」

「ふふ、あまりにもミカエルさんが頼もしいので、甘えたくなってしまうのでしょう。もふふわ達に大人気ですね」

「………そうか!今日は、普段なら怖がるような生き物達もたくさん寄ってきてくれるんだ」

「普段は強くて怖いのが、今日ばかりは強くて頼もしいのでしょう。これを機に、優しくて頼もしいと理解させればこちらのものです!」

「…………必ず」



ミカエルは淡い紫色の美しい瞳に確固たる決意を滲ませ、きりりと頷いた。



「ディノ、よく狐さんをボールで遊んでくれているミカエルさんですよ」

「…………うん。会ったことはあるよ」

「ネアのお陰で、あの狐と友達になれた。あなたにも礼を言う」

「…………ノア……あの狐と遊んでくれて有難う?」

「ええ、よく出来ました」


ディノはネアにつんつんされて、頑張ってお礼を言ったようだ。

実はこのミカエルは、もふもふの首回りを好きなだけ撫でさせてくれる銀狐にとても甘く、強請られるだけボール遊びをしてやってしまい、時々息も絶え絶えになってしまっているらしい。


ヒルドが一度気付いて、わざわざお礼を言いに行ってくれたことがあると聞いて、ネアはずっと申し訳なく思っていた。

そのことをディノに相談した時、ネアが不用意に新たな生き物と縁を作らないよう、ディノからお礼を言ってくれるという話になったのだ。



「いや、俺の方こそお礼を言いたいくらいだ。あの狐と遊ぶのを見ていたからか、この前も茶色いムグリスが警戒を解いて膝の上に乗ってくれた。ネアに助言を貰って、皿の上に麦酒を注いだもので誘ってみたんだ」

「………それで、来たんだね」

「ああ!初めてムグリスを撫でられた。それ以来、五回に一度はムグリスを撫でられるようになって、とても幸せだ」

「そうなんだね……………」



ディノはこの会話にすっかり困惑していたようだが、ミカエルは嬉しそうにその報告をしてくれると、まだまだ怖がっている生き物達を探すのだと言って、森の奥の方に飛んで行った。


聞けば、いつもの飛び方だとゆったりと飛べないし、かと言って地面を歩き続けるのは苦手なので、今日は魔術で浮かんでいるらしい。



「ほら、ミカエルさんはとても優しい人でしょう?」

「…………うん。すっかり毛の多い生き物が気に入ったみたいだね」

「もちうさの赤ちゃんを見てみたいと、今年の夏を楽しみにしているようです。それと、アメリアさんととても仲良しになったそうで、アメリアさんがお休みの日には、二人でウィームのあちこちに毛皮生物観察小旅行に行くそうです」

「小旅行…………」

「一度、通り雨の魔物さんが仲間はずれだと荒ぶったそうですが、アメリアさんが相談したグラストさんがゼノに相談し、結果としてほこりに一喝された通り雨さんは二人の友情を祝福して引き下がりました」

「…………ラジエルが…………」

「ほこりはとても頼もしく、ラジエルさんは齧られそうになって半泣きだったそうです。なお、ほこりには翌日、素敵なお菓子の詰め合わせが届いたそうです」

「アメリアからかい?」

「いえ、通り雨の魔物さんからですよ」

「ラジエルが…………」



少しだけくしゅんとして項垂れた魔物は、ぽそぽそとネアの隣を歩く。

ディノ曰く、こういうことを当たり前のように受け入れられるご主人様は、とても偉大なのだそうだ。



「ネア、先程の鳥は雨待ち鳥になることは少ないだろうけれど、その時期は注意するようにね」


歩きながらふと、ディノにそんなことを言われた。



「…………ミカエルさんも、お名前が変わる系の生き物さんなのですか?」

「雨降らしは、雨を望まれる季節になると名前と階位を変えるんだ。階位を下げずに済むように、雨の少ない土地を好んで移動する個体もいるくらいだよ」

「ということは、雨の多い土地に住む方は、階位が低いのですか?」

「そうだね。恩寵として成り立つものを持つ場合はやはり、稀少なものを司る方が階位が高くなる。ウィームに住むのであれば、夏でもあまり雨待ち鳥になることはないだろうが、それでも夏に雨が少なくなったりすると分からないからね」

「むむぅ。気質が変わったりもするのでしょうか?」

「階位を上げる分、高慢になったり獰猛になることもある。翼は脂粉を帯びるようになり、光を放つようになるから一目でわかるよ。その粉目当ての狩人が来ることもあるね」

「では、雨が少ない季節になった時には、気を付けるようにしますね」

「うん、そうしようか」



後でエーダリア経由で聞いたところ、ミカエルは雨待ち鳥になると白持ちになる、かなり階位の高い個体だったそうだ。


それだけの階位なので通り雨の魔物のラジエルのお気に入りだったが、今ではもうウィームの気候や生活が気に入ってしまい、他の土地で暮らすつもりはないらしい。

アメリアが相談されたというミカエルの悩み曰く、白い部分があると小さなもふふわ生物が怖がってしまうので、雨待ち鳥になるのは不本意であるらしい。

しかしながら、ウィームが日照りなどになるとその小さな生き物達も乾いてしまうので、そのようなことが起きた場合には雨を降らす為に雨待ち鳥になるのも吝かではないようだ。


そんな愛情深いウィームの住人の為に、ネアは翼の粉の密猟者などが出ないよう注意しておいてあげようと思った。



ざわざわと、森の木々が悪夢の風に揺れる。

黒い靄に阻まれて木立の上の方は見えず、怯えたように鳴いたり、逃げて行く生き物達が見える。

ミカエルが纏わせていた光が遠ざかると、森は俄かに不穏な暗さを増していった。



「やはり、夜のように暗いのですね…………」

「怖いかい?」

「いいえ、ディノがこうして一緒にいてくれるので、とても安心しています」

「………可愛い」

「ディノは、気分が悪くなっていたり、嫌な気持ちになったりはしていませんか?」

「うん。君がこうして側にいるからね」



さくさくと雪を踏み、その白さに揺らぐ悪夢の影の不思議さに慎重に爪先を踏み換える。

ぺかりと雪の底で光るのは、雪の下に何かの結晶石があるからだろうか。

その微かな光のあたたかさに、雪の下に逃げ込む生き物達の姿が見えた。



「春惑いの妖精さんは…………いませんね」

「あの雨降らしにも聞いておけば良かったね」

「むむ!お話をしながら、ミカエルさんの髪の毛をちびこい手で掴んで命綱のようにしているムグリスめいた生き物が愛くるしくて、そこまで頭が回りませんでした………」

「あれは木の皮の精の一種だね」

「だから、茶と灰色の斑ら色だったのですね!」



森の中は悪夢の到来においては騒然としており、しかしながら静けさに包まれてもいた。

その喧しさと静寂の隙間を縫うように、渡ってくる風に鳥の鳴き声が聞こえないかと耳を澄ます。




ゆったりと波打つ暗い森の息遣いには、様々な命の気配があった。

妖精や精霊、魔物や獣達まで。


ネアは森が好きでよく森林浴に行ったが、この独特の気配はこちらの世界に来て初めて知る豊かさだ。


こんな風にうっとりするような騒々しさに満ちた森を歩けるのも、隣にいる魔物のお陰なのだろう。



「む!毛玉です!!」

「あっ!ご主人様!!」



突然脱走してしまった人間に、ディノが慌てて追いかけてきた。

その頃にはもう、ネアは鷲掴みにされてミーミー鳴いているリズモから祝福を捥ぎ取っており、すぐにディノに捕獲されて逃げてはいけないと叱られてしまう。



「むぎゅう。春惑いの妖精さんかと思ったのですが、リズモだったと気付いた途端走っていました。ごめんなさい………」

「悪夢の中だから、離れてはいけないよ」

「ふぁい………」



反省したネアは三つ編みを持たされ、しっかりとそれを握り締めて歩く。

途中で慌てて飛んできて木に当たったムグリスを助けてやり、木のうろに入れてやった。

中には別のムグリスがいたようで、二匹でひしっと抱き合っている。



その内に二人は、すり鉢状に少しだけ森が深く低くなっている場所まで歩いてきた。


斜面のあたりに悪夢が淀むからか、辺りより少しだけ暗さが増している。

薄暗い窪地の底を覗き込めば、ぽわりと淡い金色の光が見えた。



「む……………」


眉を寄せたネアは、じいっとそのあたりを凝視してみる。

するとそこには、ぶんぶんと飛んでいるぽわぽわ毛玉の妖精の姿があるではないか。



「おや、これかな」

「いました!」



教えて貰った通りの姿をした妖精が、そこには群れて飛んでいた。


淡い金色の体には薄緑色の蝶の羽が生えており、ぶんぶんと蜂のような音を立てて飛び交っている。

こちらに下りてきたネアに気付くと、何やら魔術を展開しようとしたのか、ふつりと足元の雪の上に黄緑色の新芽が芽吹いた。




「やりますね」

「……………うん」



ネアがそう言えば、魔物はさっと羽織物になってくる。

これなら象の絵を見ずに済むし、ネアも守れるからなのだそうだ。

だが、万が一紙が透けるといけないので、魔物は決して紙の裏側を見ないようにしなければならない。



獲物が来たと言わんばかりにぶいんと挑発的に飛んできた妖精の一匹に、ネアは狩りの女王としての自信を滲ませた微笑みで迎え撃つ。



「あらあら、獲物になるのはどちらでしょう?」



そして、ばっと広げられた紙を向けられた瞬間、その妖精はぽさりと地面に落ちた。



ぴしりと、音がしそうなくらいに全ての春惑いの妖精達の動きが止まり、ぼとぼとと地面に落ちてゆく。



ネアは簡単に一網打尽に出来たかと思ったが、悪夢の中だからこその弊害があったようだ。


「むぅ。奥の方の毛玉には、ぞうさんがちゃんと見えなかったようですね。悪夢のせいで視界が悪かったのでしょうか」



手前の者達は儚くなってしまったようだが、奥の方にいる妖精達は瀕死ではあるものの、まだ息があるようだ。

眉を顰めたネアが一歩踏み出すと、途端に生き残った妖精達が弱々しい動きながらにさっと平伏する。



「…………む。崇められました」

「震えているね……………」



狩りの女王は無慈悲なものだが、決して全ての場面において残虐なばかりではない。

ネアはその忠誠を評価し、残った者達までを滅ぼすのはやめることにした。




「…………仕方ありません。私を食べようとしたことは、許して差し上げます。その代わり、このウィームの領地の中で狩りをしてはいけません!ここで悪さをしたら、皆さん箱詰めにしてぞうさんの刑に処します」



恐ろしい誓約に妖精達は震え上がり、ぽわぽわぶんぶんと頷き、いっそうに深くネアに傅く。



「しかし、風に流されてしまうくらいですので、自力でここから立ち去れるでしょうか?」

「どこかに捨てておいてあげるよ」

「お願いしてもいいですか?」

「ウィームを出る前に狩りをする必要に駆られてしまっても厄介だからね」



かくして生き残った春惑いの妖精達は、ディノの手でどこか遠くに捨ててこられたようだ。




「妖精の扱いが上手くなったね。生き残ったものがいた場合は、あの全てを壊してしまわない方がいい」

「ええ、前にディノが教えてくれましたものね。一度に滅ぼせない場合は、慈悲を与えたようにして解放した方が安全なのですよね?」

「うん。呪われたりすると面倒だから、そうした方がいい」



これが敵だと認識された状態で更なる打撃を加えるのは、相手が続けて攻撃をしてきた場合のみにするべきなのだそうだ。

ああして降伏した者達を滅ぼすと、その怨嗟が呪いに繋がったりするので、許してやることの方が正しい対処法である。


ただし、その際に対価を得ることを忘れないようにしないと、上手く逃げおおせたと侮られてしまい、また悪さをするので注意が必要だ。


人ならざる者達への対処は、時として繊細な配慮が求められるのである。



「儚くなった者達は、エーダリア様に持ち帰ってみます」

「おや、アクスに持ち込まなくていいのかい?」

「ええ。こやつらの討伐は、仕事として与えられた任務でしたからね」

「だから、エーダリアに持ち帰るのだね」

「はい。………拾っても大丈夫でしょうか?」

「私が持ち帰ってあげるから、念の為に君は触れないようにした方がいい」

「そうなると、ディノも触ったら危ないのでは?」

「もう壊れているものだから、私は大丈夫だよ」



春惑いの妖精は、ディノがすぐさまリーエンベルクに送ってくれたようだ。

強欲な人間のように獲物を自分の領域に保管するという感覚がないので、渡すべき相手に近いところに保管するのがディノのやり方だ。



「…………あやつは何でしょう?」


ディノがその作業を終えたのを見計らって、とある方向に視線が釘付けになっていたネアは魔物の袖を引いた。

ネアの視線を辿ったディノが困惑したように目を瞠るのが分る。


二人の視線の先にいるのは、大きな巻貝のような謎めいた生き物だ。

とげとげした貝はなかなかに頑丈そうであり、その中にいるのはじっとりとした目を持つ黒いもやもやした生き物である。

眼差しが険しいので良いものに見えないのだが、念の為に聞いておいたのだ。



「…………悪夢の系譜のものだね。悪夢に運ばれてここまで来てしまったのかな」

「良くないものですか?」

「穏やかな気性のものではないから、君は下がっておいで」

「ぞうさん………」


ネアの呟きを耳にした途端、魔物はさっと後退してネアの背中に隠れた。

その名前だけでもふるふるしてしまう、恐るべき破壊兵器である。

なのでネアは、ディノが参ってしまわないようにと、またしても金庫から取り出した象の絵を素早くばっと広げて翳してみた。


脆弱な人間めに何を見せられたのだろうと思ったらしく、意地悪そうな顔で目を凝らした巻貝は、ぎゃっと短い悲鳴を上げてじゅわりと溶けてしまった。



「ふむ。滅びました。そして、立派な貝殻が残されましたが持って帰れますか?」

「…………魔術洗浄をかけようか。内側が白いものだから、高値で売れると思うよ」

「良い獲物を狩りましたね!」

「ご主人様…………」



魔物はご主人様の持つ恐ろしい兵器にすっかり怯えてしまったようだが、ネアは思いがけず大きなお土産が出来てご機嫌だった。

しかし、そんな貝殻をどうやって持って帰ろうか思案していると、中身が空っぽになった貝殻に良い避難場所を見付けたと思ったのか、近くにいた小さな妖精や獣たちが、しゅばっとその中に入っていくではないか。


木のうろや根の間の隙間などの避難場所を見付けられなかった生き物達は、どこか入り込める穴倉のようなものを求めていたようだった。

ネアの胸下くらいまでの大きさのある貝殻は、そんな生き物達にとっては良い避難所になるに違いない。



「まぁ、その大きさだと、みなさんのいい隠れ家になるのですね?」

「グー」


羽織ものになった魔物を引き摺りながらそちらに歩み寄ったネアがしゃがんで覗き込むと、ぴょこりと顔を出した小さなイタチのような生き物が一声鳴いて頷いてくれる。

どこか切実な眼差しを見るに、持ち去られてしまう前にと慌てて中に入り込んだようだ。

貝殻の入り口から沢山の生き物達が悲しげにこちらを見るので、ネアは何だか微笑んでしまった。



「ふふ、そんな悲しい顔をしなくても、みなさんの避難場所を奪ったりはしませんよ。また後日、回収に来るようにしますね。ただ、悪夢がいなくなってもみなさんで小屋として使うのであれば、そのまま残してゆきますから安心して下さいね」

「キュイ!」

「グー!」

「わん!」

「パオーン!!」



ネアは最後に鳴いたのはなにやつだろうという疑問を持ったが、羽織ものの魔物が怖がるといけないので触れないことにした。

もし鳴き声に見合った生き物が存在するにせよ、この貝殻に入れるサイズのものなので、魔物達的にはそこまで怖くはないと信じたい。




無事に禁足地の森の見回りを終えてリーエンベルクに帰ると、斃した春惑いの妖精を持ち帰られたエーダリアは、どこか遠い目をしていた。



「お前ならやるだろうと思っていた」

「むむ、しかしながら悪夢のせいで奥の方にいたものは滅ぼし損ねまして、ヴェルクレアでは悪さをしないようにと約束をして、ディノにどこか遠くにぽいしてくれました」

「カルウィのあたりかな」

「むむ。あちらのお国に旅立ったのですね………」

「カルウィであれば、何の憂いもありませんね」

「ヒルド…………」


そう言いながらもエーダリアは、ディノが用意した特殊な魔術遮蔽の瓶に入っている毛玉妖精をしっかりと握り絞めている。


討伐出来ることが滅多にない生き物なので、このように亡骸が手に入るのもとても珍しいのだそうだ。

エーダリアは明日の半日はガレンでの勤務になるらしく、この妖精を持っていって担当者に渡すのだと張り切っていた。


「………そう言えば、影傘のご担当者さんは元気になりましたか?」

「………影傘がいなくなったことでだいぶ落ち込んでいたが、呪いであったと話したところ、呪物は専門外になるのでと少し安堵したようだった。稀少生物を好む魔術師だからな、新たに立ち上げた人面魚の部門に異動希望を出している」

「人面魚さんの………」



ネアは、やはり人間はたくましいなと思うだけだったが、その名称に恐れをなしてしまったディノは、けばけばになった銀狐と一緒に部屋の隅っこに逃げて行ってしまう。



(………そう言えば、あの貝殻に入っていた、パオーンと鳴く生き物は何だったのかしら?)



ネアはまたそのことが少しだけ気になったが、今度魔物がいないところでエーダリアに尋ねてみよう。

そう思って頷くと、悪夢が風に散り、少し明るくなってきた窓の外を眺めた。

いつものウィームの色彩が戻りつつあるようだ。



黒から白へ、ゆっくりと転じてゆく外の景色に、ふつりと心が緩んだ。

午後のお茶では、いつもの美しい雪景色を堪能出来そうだ。




なお、仕事のせいで誕生日延期となってしまったウィリアムには、過労で体調を崩さないか心配になったので、保温魔術の水筒に入れた特製野菜スープをディノに送って貰った。


すると、ほんの一瞬だけリーエンベルクにやって来て、水筒を返しがてらぎゅっとハグをされたのでとても疲れているのだろう。


毛皮の会の仲間としては、心を和ませるふかふかの毛皮生物を持たせてやりたかったのだが、さすがに戦場なのでと諦め、奮起したネアは焼き菓子を沢山持たせて送り出しておいた。

焼き菓子を沢山持たされたウィリアムに、これでまた仕事が頑張れそうだと言われたので、甘いものは偉大だと実感した次第である。










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