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箱型妖精と魔物の尻尾



その日のリーエンベルク正門前は、少々騒然としていた。

さすがに二度目なので初回程の驚きはないが、雲の魔物が襲来したのである。


しかもそんな雲の魔物は、なぜか既に少しだけ泣いており、奇妙に蠢く毛皮張りの四角い物体のようなものを手に持っていたのだ。



「…………ヨシュア、どうしてまたここに来てしまったのかな?」


そんな雲の魔物に対応してくれたのは、リーエンベルクの歌乞いこと、偉大なる毛皮の民のネア様の契約の魔物だ。

騎士達は一同ほっと安堵の息を吐き、この魔物の姿を見て安堵するということの贅沢さに少しだけ呆然とした。


他の騎士達を仕事に戻らせ、一人で正門前に残って隊長を待つ。



目の前にいる白い長い髪を持つ魔物を、騎士達は薬の魔物だと聞いているし、勿論そういうことで異論はない。


ここがウィームであり領主の館である以上、そう言われたらそうなのだ。

しかしながら、気を許してリーエンベルクの敷地内では本来の姿を晒しているこの魔物は、誰もが見たことがないくらいに美しく白く、おまけに虹色を持つ特等の魔物なのである。

見慣れるにはいささか無理のある白さだが、それでも最近は理解し始めたのだ。


この特等の魔物は、リーエンベルクの守護の柱でもあるのだと。



(そうして、よく狐になってしまっている塩の魔物や、最近はかなり頻繁に姿を見せている統括の魔物も。………さらに言えば、恐らく終焉の魔物に違いない、あの軍服の魔物もだ…………)



あまりにも高位の魔物の大盤振る舞いが続き、騎士達の心は若干麻痺してきた部分もある。

しかし、その中で唯一誰もが守護を素直に受け入れられているのは、時々狐になってボールを咥えて騎士棟にも遊びに来る、塩の魔物だ。


リーエンベルクの騎士達の履歴は様々だが、その誰もが塩の魔物の悲恋の物語を知っているに違いない。


統一戦争で愛する者を失った魔物の物語は、家族や親族の誰かしらを戦争で失った騎士達にとって、あの悲惨な戦乱の中でヴェルリアに一矢報いた象徴そのものなのである。


なので銀狐が騎士棟に遊びに来ると、何人もの騎士達が用意しておいたジャーキーをさっと取り出したり、休憩中でも腕まくりをしてボール投げに付き合ったりしている。

青紫色の瞳をした高位の魔物が、銀狐の姿で幸せそうに表情を緩めているのを見るだけで、何とも優しい気持ちになれるのだ。



そして今日、そんな銀狐は、アメリアの爪先をぎゅっと踏んでけばけばになっていた。


「あの箱型のものを、ネア様にどうにかして貰おうと思って持ってきたようですよ。自身で持たれているのも怖いようで、泣いてしまっているのかと……」


アメリアがそう説明すれば、その箱型の物体は塩の魔物でも怖いのか、さっとアメリアの足の間に収まって尻尾を膨らませている。

思わずいつもの癖で首元を撫でてやりたくなってしまったが、今は来客中なのでとぐっと堪えた。



「アメリア、何かあったのか?」

「隊長、………その、雲の魔物が何か妙なものを持ち込みまして。今、ネア様の契約の魔物が、対応して下さっています」

「…………あれは、…………箱?」


いつも穏やかに光を集める瞳を瞠って横に立ったのは、淡い金髪に陽光に翳した琥珀のような瞳をした、騎士達自慢の隊長だ。

そんな隊長ですら、困惑に眉を顰めるしかなかったその物体は、またしても小さく蠢いて、雲の魔物に短い悲鳴をあげさせた。



「箱のような形ですが、恐らく生きているようですね………」

「ネア殿を頼って来てしまったようだな。………ゼノーシュ曰く、雲の魔物はすっかりネア殿に懐いてしまったそうだから」

「………雲の魔物が懐くということ自体、驚きですよね………」

「はは。それもそうだな。だが、何だか可愛らしい感じもする魔物じゃないか」

「………隊長、ゼノーシュ様を悲しませますよ」

「………いかんな。ゼノーシュがまだこちらに来ていなくて良かった」



そこに、ぱたぱたと軽い足音を立ててやって来たのは、そのネア様だ。

一緒に居るのはゼノーシュ様なので、隊長と別行動をして、ネア様を呼びに行ってくれたのかもしれない。

そしてなぜか、ネア様は頭の上に見たこともない白い生き物を乗せていた。

小さくて愛らしい姿だが、あれだけ白いともなるとまたしても高位の生き物だろう。



「まぁ、ヨシュアさん、どうしました?」

「ふえ…………。シルハーンがこの箱を受け取ってくれない」

「……しかし、ヨシュア。それは君の元に届けられたのだろう?自分で管理するよりないだろうに」

「ほぇ…………。僕がこれを?…………ネアならどうにか出来ると思うよ」

「むむぅ。すっかり私の頼もしさを認識してしまいましたね。それにしても、………む、動きました。なにやつ………」

「妖精じゃないかなぁ………」

「ヨシュアさん、ゼノが妖精かもしれないと言ってくれていますよ?」

「…………君にあげるよ」

「結構です」

「ふぇぇぇ!」

「なぜに泣くのだ」



そこでアメリアは、あの物体を持っているのが辛いようだと説明してみた。

ネア様は眉を顰めて頷き、あらためて雲の魔物に責任を持って持って帰るようにと厳命している。


「そんなことを言うなんて、君はもう少し優しくなった方がいいと思うよ」

「良く分らない生き物を、リーエンベルクに持ってこないで下さい。恩恵をもたらさないものの場合は、アクス商会に持ち込んで査定して貰うといいかもしれませんよ?」

「アイザックは、………嫌いだ」

「じゃあ、我慢してお持ち帰り下さいね」

「シ、シルハーン……………」


すっかり悄然としてしまった雲の魔物は、涙をいっぱい溜めた銀灰色の瞳で、一生懸命にディノ様に何かを訴えている。



「君のところにいる妖精には、相談しなかったのかい?」

「イーザは、集会所の搬入だとかで、朝からいないんだ。………イーザも、もっと僕を大事にするべきだと思う」

「ハムハムさんには相談しましたか?」

「ハムハムは、相談したら小屋に逃げ込んで扉を閉めたんだ…………。ふぇ」

「あらあら、それは何だか可哀想ですね。…………午後はお休みなので、一緒にアクス商会に行ってあげましょうか?ただし、その箱型妖精はヨシュアさんが持っていて下さいね」

「ふ、ふぇ…………。何で僕が持つんだろう。君は、少しは僕を敬った方がいいと思うよ!」

「ヨシュア?」

「………だって、……………ぎゃあ!!…う、動いた!」


ディノ様に叱られた雲の魔物は、何かを言おうとしたところで動いた箱型の生き物に動揺したのか、思わずその手を離してしまったようだ。

ぼすんと地面に落ちた箱型の生き物は、にゃあと一声鳴いた。



「しゃ、喋った…………!!」


そのことがよほど怖かったのか、雲の魔物はリーエンベルクの正門にしがみつき、半泣きで蹲ってしまっている。

正門には排他結界がある筈なので、その上で触れられるのはやはり高位の魔物なのだなと場違いなことを考えてしまい、アメリアは慌てて首を振った。



「おのれ、逃がしましたね!グラストさん、アメリアさん、念の為に少し下がっていて下さいね」

「…………その騎士は、女なのかい?」


すると、こんな状況でもアメリアの名前が気になってしまったのか、涙目の雲の魔物がこちらを見ると、そうネア様に尋ねている。


対面しているのが人間ならここはアメリア自身が答える場面だが、相手は高位の魔物であるので、不用意にアメリアが返事をすると不敬にあたる。

なのでアメリアは、胸に手を当てて深々と一礼する、高位の人外者用の挨拶をしておいた。



「アメリアさんは男性の方ですよ。リーエンベルクの第四席の騎士さんで、大事なお子さんを悪い魔術から守る為に、ご両親が女性の名前をつけて守護にしてあるのです」

「ほぇ……………。人間は変なことばかりするんだね」

「愛情が故の、素敵なお名前の理由ですよね。それと、箱型のやつがヨシュアさんの足に登ってきているのですが、大丈夫でしょうか?」

「ふ、ふぇぇぇぇ!!!」



箱型妖精に足に登られてしまった雲の魔物は、それに気付いた途端声を上げて泣き出してしまった。

如何ともし難い微妙な空気に包まれた現場で、ディノ様が困ったように溜め息を吐く。

銀狐姿の塩の魔物は、なぜだかネア様の頭の上に乗った生き物を警戒しているようだ。



「やれやれ、仕方ありませんねぇ」

「君が触れるのはやめようか。私がどこかに排除するよ」

「………というか、箱型妖精さんはヨシュアさんが好きなのでは?何だか懐いているように見えますよ」

「い、嫌だ。早く誰か取って…………」


こちらを見たディノ様にグラスト隊長が頷き、リーエンベルクの正門を開くことなく、ネア様達は転移で外に出たようだ。

得体の知れない生き物が門のすぐ外側にいるので、ディノ様はあえて正門を開かせないようにしたらしい。



「てりゃ!」

「あっ、ご主人様!」


そうしてネア様は、躊躇なくその四角い妖精を掴み揚げると、雲の魔物の爪先の上からどかしてやっている。

素手で触ってしまったのでディノ様が慌てていたが、特に指先が傷付いたりはしていないようだ。



それを見ていたグラスト隊長が、そろりとゼノーシュ様に耳打ちした。


「ゼノーシュ、危ないものなのだろうか?」

「ううん。危なかったりはしないと思う。ムグリスに似た生き物なんじゃないかな。………でも僕も、何で四角いのかは分らないんだ………」


悲しげに首を振った契約の魔物を撫でてやりつつ、隊長は困ったように門の外を見ている。

仮にもリーエンベルクの騎士であるのだから、脅威であれば如何様にも対応するところだが、ただ四角いだけの生き物となるとどうしていいのか分らないのはアメリアも同じだ。



「むむぅ。ただ四角いだけの存在なのです」

「フキュフ」

「…………ほわ。いつの間にか、頭の上にちびふわがいます」

「気付いてなかったんだね………」

「危ないかもしれないのでとお部屋に置いてきたつもりだったのに。……怖いものだといけないので、頭の上から落ちないようにして下さいね」


しかし、そのちびふわという生き物は、そう優しく窘められたことがお気に召さなかったようだ。

狐の尻尾のような見事な白いふかふかをびしりと伸ばすと、ネア様の頭の上から飛び降りて四角い妖精の上に着地してしまう。



「フキュフ」

「なぬ!ちびふわが箱型妖精さんに降り立ちました」

「……………椅子にするのかな」

「というか、その上面部分は果たして頭にあたるのかどうかというところから、何もかもが謎めいています」


どこか得意げな顔をしたちびふわという生き物にたしたしと踏みつけられた四角い妖精は、想像に難くなく気分を害したようだ。


突然ごろんと横に倒れ込むと、側面部分で、ずり落ちてきたちびふわという生き物の尻尾をばたんと踏みつけてしまった。


「フキュフ?!」

「ち、ちびふわ!!」


ネア様も驚いたのか、慌てて全身をけばだたせて震えている生き物を救い出し、ぶるぶる震えている幼気な白い生き物はそのまましっかりと胸元に抱き締められた。



「………四角いから、転がって動くみたいだね」

「ちびふわの愛くるしい尻尾を下敷きにするなんて、ゆるすまじなのです!」

「ネア、いけないよ。良く分らないものを踏むのはやめようか」

「むぐるるる」


ネア様はその四角い妖精を踏もうとしていたし、恐らくネア様が踏めば容易く滅ぼせただろう。

しかしそこは、慎重な契約の魔物がすかさず主人を抱き上げてしまった。



「即刻持ち上げを解除して下さい!あの不埒な四角い奴めを滅ぼすのです!」

「何があるか分らないだろう?どこか遠くにやってあげるから、踏まないようにしようか」

「もしや、ご褒美が奪われるとでも思ってはいませんよね…………?」

「ご主人様…………」



そこでちょっと触れてはいけない感じの雰囲気になってしまい、アメリアは僅かばかりの間目を逸らしていたように思う。


結局ネア様が魔物の腕から飛び降りてしまい、契約の魔物は少しだけ落ち込んだようだ。

ご主人様が逃げたと悲しげに呟いている様は、魔物というものの恐ろしさと無尽蔵さを知っているアメリアですら、そっと頭を撫でてやりたくなるくらい儚げだ。

堪える為に拳を握り、この騒動が終わったら銀狐をボールで遊んでやろうと思っていた時のことだった。


グラスト隊長の契約の魔物の声に、はっとする。



「…………あ、それは試さない方がいいと思うよ」

「………ん?」

「あ……………」



四角妖精踏みに、新たな挑戦者が現れてしまったのだ。


いつのまにかアメリアの足の間から姿を消していた銀狐が、門の外で謎の生き物にゆっくりと歩み寄り、前足をそっと伸ばして四角い妖精の体をぎゅっと踏んでいるではないか。

隊長の声に顔を上げたアメリアが気付いた時には既に遅く、もふもふした前足はしっかり四角い妖精を踏みつけてしまっていた。


そしてその直後、四角い妖精はばたんと反対側に倒れて、銀狐の尻尾を下敷きにした。



ムギーっと狐の悲鳴が響き渡り、ディノ様が妖精をどかすと慌てて銀狐を抱き上げている。


今回はあえて尻尾を狙っていったようなので、再三にわたる踏みつけに、四角い妖精は妖精なりに荒ぶったようだ。

ばたんばたんと下にする面を変え、近付いた者は全て下敷きにすると言わんばかりに暴れ始める。



「ほぇ、お、怒ってる………」



絶対に自力でどうにか出来るだろうに、その様子に雲の魔物はすっかり怯えてしまい、慌てて立ち上がるとネア様の後ろに隠れてしまった。

これはもうヒルド様を呼びに行った方がいいのではないだろうかと思っていたその時、ネア様はおもむろに片足を上げると、暴れている四角い妖精をがすっと踏みつける。



「ミギャッ!」



短く鋭い悲鳴が上がり、暴れていた妖精の動きが止まった。

じたばたするものの、体重をかけてしっかり押さえ込まれていて動けないようだ。

ちびふわという生き物と銀狐がけばけばになり、ディノ様が慌てて踏みつけている足を持ち上げようとしている。



この後はどうなるのだろうと不安になったその時、新たな登場人物が現れた。



「…………お取り込み中、失礼いたします。度々、ヨシュアがご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ありません」



慌てたように駆け寄ってきてそう深々と頭を下げたのは、見たことのない美麗な妖精だった。


ネア様のものよりも若干青みの強い灰色の長い髪を内側に入れ込むようにしてコートを着ており、銀色の筋のある淡い灰色の羽がなんとも美しい。



「まぁ、イーザさん!」

「ふぇぇ、イーザ!!」

「ネア様、大変お騒がせしました。……ヨシュア!何度言えば、あなたは反省するのでしょうね。勝手に城を抜け出して、ネア様のところにお邪魔してはいけないと、あれ程言ったでしょうに」

「だ、だって、四角い変な生き物が、僕の城に届けられたんだ。僕を置いて遊びに行ったイーザのせいだと思うよ」

「そのくらい、自分で対処なさい。ハムハムから通信を貰って、どれだけ慌てたことか……」

「…………事の経緯よりも、ハムハムさんが通信の出来る身だということに、驚きを隠せません………」

「ほぇ。僕も知らなかった………」

「なぬ。ヨシュアさんのペットなのでは」

「だって、ハムハムは飛蝗だよ?」

「飛蝗なのかな…………」


慇懃に頭を下げていたその妖精は、そこでおやっというように眉を顰めた。

どうやら、ネア様が踏みつけている四角い妖精の姿に気付いたようだ。



「四角雲の妖精ですね。何かネア様にご迷惑を?」

「こやつが、ヨシュアさんが持ってきた箱型妖精さんなのです」

「…………そうだったのですね。これはもう、心よりご迷惑をお詫びいたします。………ヨシュア!あなたの系譜の妖精ではありませんか」

「……………ほぇ」

「四角雲の妖精ですよ。四角雲の妖精の集落から脱走した個体が、あなたを慕って城に現れるかもしれないと、一昨日報告したでしょう」

「しかくくも………」

「ヨシュア?」

「…………イーザがいないからいけないんだ。いつも僕を留守番にして、もっと………ぎゃあ!」



どうやら、そちら側の連絡に行き違いがあったようだ。

やってきた妖精に八つ当たりをした雲の魔物は、あっけなく拳で地面に沈められてしまう。

ネア様の足の下から丁寧に四角い妖精を引っ張り出したイーザという名前の妖精は、そちらの物体にも容赦なく打撃を加えていた。


「ニギャ!」

「四角雲の城から、脱走の詫び状が届いておりましたよ。ご主…………関係のない方々にご迷惑をかけるなど、系譜の恥です。私が直接城に送り届けましょう」

「……………にゃ、にゃーん」


四角い妖精は、勝てない相手が来たことを察したのか、甘えた声を出して、必死に許して貰おうとしているようだ。

しかし、そんな四角い妖精を小脇に抱えると、イーザと呼ばれた妖精は、自らの手で地面に沈めたばかりの雲の魔物も容赦なく襟首を掴んで捕獲する。

引き摺って帰るつもりに違いない。



「重ね重ね、系譜の者達がご迷惑をおかけしました。このお詫びは、あらためて…」


「おや、イーザではありませんか」



そんな場面で、ふいにかけられた声は、ヒルド様のものだった。

知り合いであるのか、いつもより声が柔らかい。

振り返ってそちらを見たイーザという妖精も、途端に表情が柔和になる。


「ああ、ヒルド。不甲斐ないところを見付かってしまいましたね。ヨシュアが迷惑をおかけしました」

「主人の愚かしさが全てあなたの不手際でもありませんよ。それに、あなた方には妖精の国でのご恩がありますからね。私はもう仕事を上がるので、お急ぎでなければ外客棟でお茶でも如何ですか?」


(これは珍しい…………)


確かに午後からヒルド様は非番であったが、こうして誰かを外客棟とは言え、リーエンベルクに誘うのは珍しかった。

隣で微かに微笑む気配がするので、おやっと内心首を傾げていると、後になってから、グラスト隊長がその時に微笑んだ訳を教えてくれた。



「ヒルドがああして誘ったのは、エーダリア様が、一度霧雨の妖精と色々と話してみたいと仰っていたからだろう。かつて霧雨のシー達は、雪の妖精達と並んでリーエンベルクに守護を与えた一族だ。ヒルドが霧雨の一族と交流を持ったことを、羨ましそうにされておいでだったからな」



そんな訳で、雲の魔物と四角雲の妖精とやらを迎えに来た霧雨のシーは、エーダリア様とヒルド様と和やかなひと時を過ごしたようだ。



結局一人で、四角雲の妖精を四角雲の城に返しに行く羽目になった雲の魔物は、泣きながらお使いに出される子供のようだった。

あまりにも泣くので、ネア様からお菓子を貰っていたようだが、ゼノーシュ様はもう少し頑張った方がいいという辛口な評価を下していた。



なお、四角雲の妖精に尻尾を押し潰されてしまった銀狐は、アメリア達と一緒に騎士棟に来て、若干毛並みが潰れてしまった可哀想な尻尾をみんなに見せて回り、おやつを貰ったり、遊んで貰ったりして心を慰めていたようだ。



「…………午後はあの銀狐を沢山撫でられたのだが、出来ればあのちびふわという生き物も撫でてみたいな」

「アメリア、それは無理だと思うよ。あの方は、ネア様以外には懐かないんじゃないかなぁ」

「やはり高位の御方なんだな………」


仕事終わりにゼベルにそう相談してみたところ、まず無理だろうと言われてしまい、がっかりとしたアメリアはとぼとぼと騎士寮に帰った。

今度の生き物の中身はどんな魔物なのか謎だが、ネア様の周りには見たことのない可愛い生き物達がたくさんいて、とても良い職場なのは間違いない。



「アメリア!待ってた。街外れの川の方に、ムグリスの集団が来ているらしい」


しかし扉を開けて屋内に入る前に、外門の向こう側の木の上から、最近友人になったばかりのミカエルに声をかけられて飛び上がった。


「なに?!それは是非行かねばならないな。少し待っていてくれ、着替えてくる!」

「ああ。ここで待ってる」


ムグリスの集団ともなると、決して見過ごす訳にはいくまい。

夕食の前に一匹でも撫でられれば、今日は最高の一日になる筈だ。



良い職場だと心から思う。


あの統一戦争の終盤に、パーシュの小路に自分達を投げ込んでくれた両親には感謝するしかない。

愛する両親を奪った戦争には今も憎しみが疼くが、今であれば心よりこう言えるだろう。



あなた達が繋いでくれた命で、こうして自分は今、幸福に生きているのだと。



そうして残されたものを、力の限りお守りするので安心して欲しいと、今日もアメリアは心の中で両親に語りかける。

一緒にあわいを彷徨った友人の息子であるエドモンも、今はネア様の支持者会のようなものに参加しており、毎日が楽しそうだ。



ここに残され、美しく輝くリーエンベルクは今日も平和である。










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