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書架妖精とドレス



ある大雪の日の夜、ネアは、リーエンベルクで、今まで見たことのない絶世の美女に出会った。



「もしや、ネアちゃん?」


ものすごく良い男性の声だが、何とも艶やかなドレス姿で、編み上げのブーツがお洒落である。

黒縁の眼鏡に、大きな布袋を抱えているその人物を、ネアはじっと見返した。

警戒心の強い人間は、まずは相手を観察したのだ。



「はい。それは私の名前ですが、どちら様でしょうか?」

「初めまして。エーダリア様の、代理妖精のダリルだよ!!」

「まぁ。あなたが、エーダリア様の代理妖精さんなのですね。お目にかかれて嬉しいです。とてもお美しい方で、驚いてしまいました。」

「ん〜、いい子だね。もしかして、ネアちゃんは妖精好き?」

「はい!美しい方ばかりで、眼福だと思っています」

「へぇ、嬉しいこと言うね。魔物よりも?」

「…………そうなりますと、よく知っている魔物が順位を上げてしまいますし、双方の魅力が違うので、比較するのは難しいかもしれません」

「ヒルドはどう?ヒルドお薦めなんだけど!」



(さてはこの方、ヒルドさんを……)


矢継ぎ早に飛んでくる返答に応えながら、ネアは目の前の美しい妖精の輪郭を何とか掴もうとする。

気安いお喋りのようで、こちらの価値観を測られている気がしてならないのだ。

しかし、漸く何かを掴みかけたと思った途端、くすりと笑ったダリルは、その梯子を簡単に外してしまった。


「ああ、別に、あの堅物妖精が好きなわけじゃないからね?」

「あら、違いましたか?性別の壁は存在しますが、甘さと辛さとで、良い天秤具合だと思ったのですが」


そう答えたら、張り詰める音がしそうなくらいに真っ青な瞳をした妖精は、愉快そうに眉を上げた。


(……………なんて青い目なんだろう)


空の青さでもなく、水の青さでもない。

自然界にあるとすれば、南国の極彩色の鳥だろうか。


(でも、燐光のような光る青だわ)



「………因みに、なぜ今は、私の匂いを嗅がれているのでしょう?」


そんな一見美女に匂いを嗅がれれば、流石にネアも動揺する。

これも作戦なのかもしれないが、素人には対処法すら分からない攻撃ではないか。



「ああ、ごめんね。嫌だった?これはさ、書庫で、未分類の本を魔術の資質で選り分ける時の癖なんだけれど、意外にみんな喜ぶんだよね」

「私は嬉しいというより、困ってしまうでしょうか。……変態は間に合っていますし」

「あはは。後半は、もっと声量下げてもいいんじゃないかな。それと、変態は間に合っているんだ?」

「遺憾ながら、私の大事な魔物は、酷い目に遭いたいという大変に由々しき変態の嗜好を、少しばかり持っている困った魔物なのです。でも、とても綺麗で……………優しい魔物なのですよ」

「うん。確実にちょっと迷ったよね」

「魔物らしい振舞いもしますから。とは言え、種族性なのでそのようなものなのでしょう」


ネアがぞんざいにその要素を肯定すると、ふっと口元を緩めてから、ダリルは大口を開けて豪快に笑った。


たいへん男前な笑い方だが、花が咲くような魅力的な笑顔だ。

思わず惹きこまれそうになって、ネアは、彼が男性であることを思い出した。

ドレス以外の何も女性らしさを選択してはないのに、この妖精は、なんて魅惑的で、女王のような人だろう。


(ああ、だから……………エーダリア様の代理妖精なのだわ)


これで女性であれば、是非にお友達になって貰うところだが、ディノの気質を考えると初対面の男性と友達になって帰ってきたら、荒ぶるのは間違いない。

ネアは、なぜこちらの妖精は男性なのだろうと、残念な気持ちで青い目の妖精を見上げた。



「ねぇ、ネアちゃん、今度一緒に飲もうよ」

「嬉しいお誘いですが、訳あってリーエンベルクの外での飲酒を禁じられています」

「え、魔物に?」

「いいえ、……………ヒルドさんにです」


そう答えるとなぜかダリルはにんまりと笑ったが、そもそも魔物からは、魔物を伴わない外での飲食を禁じられている。

おまけに、ディノとゼノーシュ双方からであった。



「じゃあさ、うちの元馬鹿王子に部屋を用意させるから、ここで飲もう!」

「はい。喜んでご相伴させて下さい。ただし、私の魔物か上司を同席させていただければ」

「うん。構わないよ。エーダリアでいいかな」




しかし、すぐさまダリルが許可を取りに行ったエーダリアは、許可を出さなかった。

どうもダリルは、酔っ払うとエーダリアの子供の頃の不始末を語り続けるらしく、その部分をたいそう警戒したようだ。

どう考えてもネアより先にダリルが潰れると、断固阻止の姿勢である。



「えっ、何その答え。つまんない!ねちねち王子!」

「私はもう王子ではないし、そもそもお前は、絡む上に大騒ぎで、毎回悪酔いするだろう!おまけに、酒は好きだが大して強くないではないか………」

「強くなくても、相手を酔わせる方法なんて幾らでも…」

「いいか、こういう奴なのだ。絶対に二人で飲まないようにするのだぞ。……………どうしても飲みたい時は、ヒルドか契約の魔物を同行しろ」


本気で不安そうにするエーダリアに、ネアは微笑んで頷いた。


「大丈夫ですよ、エーダリア様。今のお二人の会話を伺っていて、私も、何やら危機感を覚えました。次回からのお誘いは、のらりくらりと躱してみせます!」

「ねぇ待って!それ本人目の前にして言っちゃう?!」


ネアは、ここで隙を見せてはならないぞと覚悟を決め、不満を言う妖精には、微笑みで答えておいた。

最近は、ディノのご褒美要求攻撃で磨き抜かれているので、この手の攻勢では崩れない自信もある。

そして、そうこうしていたところ、珍しく、荒々しく扉を開いてヒルドが入って来た。



「エーダリア様、ダリルとの要件はもうお済みですよね?彼は、書架に突き返してきましょう」

「すまないが頼む…………」

「せっかく、応援してやろうと思ったのに!あっ、この頑固妖精!」



ヒルドがまるで荷物でも担ぐように、暴れるダリルを抱え上げて回収してゆく。

流麗な退出であっという間に消えて行った妖精達を見送りながら、ネアは目を開かされた思いだった。



「ヒルドさんには、あのような一面もあるのですねぇ……………」

「と言うより、ああでもしないと、ダリルを黙らせるのは無理だからだな………」

「つかぬ事をお聞きしますが、ダリルさんは生粋の男の方なんですよね?なぜ、ドレスを?」


不思議に思ったのでそう聞いてみたところ、エーダリアは妙に遠い目をした。


「あれは派手好きなのだ。その上で、女物の服の方が派手だからだと言っていた。とは言え、派生した後に面倒を見たという、当時の書庫守りが女性だったことも影響しているのだろう」

「ダリルダレンの書架には、世にも美しく邪悪な妖精がいると聞いていましたが、ダリルさんのことだったのですね……………」

「………美しいは美しいのだが、……………あの性格なのだ」

「ふむ。エーダリア様は綺麗なお顔の方が好きですものね」

「……………待て、何だその目は?どうしてそんな目で私を見ているんだ…………」

「……ダリルさんが大丈夫なら、そろそろ、女性の方などもご覧になってみては如何でしょう?」

「余計なお世話だ!!」




ネアはそれで終わったと思っていたのだが、翌日、ダリルからネア宛に大きな箱が届いた。

開けてみると、美しいが随分と扇情的なドレスが入っていた。

男臭い破り捨てのメモ用紙に、昨日のお詫びの贈り物だよと書かれている。

物には罪がないので一度袖を通してみたところ、案の定、胸元が随分と開いているようだ。



(とてもいい仕立てのものだし、襟ぐりが開いているだけで、デザインとしてはとても上品で素敵だけれど、着て行く場所がないかな……………)



そう考えていたところで、部屋に戻って来たディノが呆然とこちらを見ていることに気付いた。



「ディノ、このドレスを貰ったのですが、お洒落は我慢だとしても、風邪をひきそうで困りました。素材的には冬物なので、舞踏会などでは皆さんこのようなドレスを着るのですか?」

「………誰に貰ったの?」

「エーダリア様の代理妖精さんです。悪戯者っぽい方でしたので、どうだこんな上級者向けのドレスは無理だろう!という、私の淑女力への挑戦だと思うのです。……………甘いですね。私とて、このくらいのドレスは着れるのですよ!」

「……待って、どうしてそこで得意げなのかな」

「あの方は、私では胸が足りないだろうと見込んだようですが、観察力が甘かったようです」

「…………ずるい。かわいい」


ネアが、着ていく場所がない上に、このような装いになれていないと首回りを冷やしそうなのはさておき、やはり綺麗なドレスには気分が高揚してくるっと回ってみせると、ディノは慌てて逃げていった。

目元を染めて顔を覆った魔物を不思議に思いつつ、ネアは、着ただけでは証明に事足りないことに思い至る。



(見事に着こなしてやったと、ダリルさんに伝えることが出来る相手に見せないいけないのだわ……………)



とは言え、本人に見せるだけの手間をかけるつもりはないだろう。

一瞬考えてから、伝言係としての役目を全うしなさそうな元婚約者を候補から消し去り、案外仲良しに違いないヒルドではどうだろうかと考える。


幸い、ヒルドは映像などの記憶を得意とする通信妖精なので、このような報告は得意だろう。



「ディノ。ダリルさんに勝利宣言が出来るよう、ちょっとだけ、リーエンベルクの中でお披露目をしてから帰ってきますね!」



ネアは、部屋に魔物を置き去りにしてヒルドを探しに行き、無事に目的を遂げた。

図らずも、ダリルの目的を叶えてしまったことに気付かないまま、正気になって追いかけてきた魔物に回収される。



「ディノ?」

「……………ずるい」

「なぜなのだ……………」



いつものようにネアを抱えて歩きながらも、ディノは頬を染めたまま、一度もこちらを見なかった。

後方には、項垂れたままの妖精が一人残されているが、きちんと着用報告はしてくれるだろうか。





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