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235. 昼食前に密談します(本編)




昼食会場は、昨年と同じ有名な議事堂だ。



議事堂の中央にある見事な円形のホールで諸侯と打ち合わせなどを重ねているダリルの庭のようなところであり、会議などにはあまり出席しないネアには馴染みの薄い、壮麗な建物だ。


本来であれば影傘を警戒して別々の昼食となる筈だったヒルドも合わせ、ネア達はその議事堂に入るとそそくさと控え室に駆け込んだ。


大事を取ってグラストとゼノーシュはまだ外で警戒にあたってくれているが、影傘はもう討伐、……ではなく呪いであったので廃棄されてしまい、無事に解決したという発表が回付された領民達は安心して傘祭りを楽しんでいるようだ。



まさかの生き物ではなく古い動く呪いであったと判明した影傘だが、廃棄に立ち会った者達の意見を統合し、どうやら大きなイソギンチャクのような形状の呪いであったという結論になった。


海のものなのだからきっとヴェルリアから来た呪いなのだろうと推察されているが、下手をすると統一戦争前の古いものになるので、解析を急がれている。


呪いの残骸から影絵などが生まれないよう、正しく場の洗浄をする為に必要な情報なのだ。



領民達や観光客の中には、その地面を動く大きな影を見たかどうかで自慢し合う者達も多い。


喉元を過ぎ去ればというよりも、今回は被害者も出ていないので、みんなお祭り気分なのである。

どれだけリーエンベルクの者達が機敏に動いたか、どんな風に呪いを壊したか、彼らは興奮気味にそんな話をしては、今年の傘祭りは見所がいっぱいだと満足げな溜め息を漏らす。




「まぁ、そんな訳だが、こっちは大事を取るよ。怪我は残ってないけれど、経過観察という体で三日はリーエンベルクで預かるからね」

「ギャウ!」


ダリルがそう切り出し、小さな花竜は元気に挨拶をした。

ネアは、現在諸事情でその姿を見る事が出来ないので、ご機嫌の声から子竜はその提案に大賛成のようだと判断する。


むぎぎと自分を閉じ込めた壁を押してみたが、動く様子はない。



「………俺のところでも構わないですよ。面会謝絶にしておけば、治癒が早いことも露見しないのでは?」


ダリルにそう意見した男性は、バンルという名前の、ウィーム中央にある手袋専門店のオーナーだ。


合流直後にその姿を見たが、長身で細身の男性だが、その細さがなぜか脆弱さを感じさせず、しなやかで力強い肢体に見えるという不思議な容姿をしていて、船火の魔物であるらしい。


船火の魔物とは、篝火が燃え移ってしまうと船が沈んでしまうという恐怖から生まれた船の魔物の一種で、火の属性かと思えば人々の心から生まれたので口伝の属性だという謎めいた存在である。


元は夏闇の竜の王子であったところを、自身にかけられた呪いを解く為に、幽霊よりは少しマシなくらいという低い階位の魔物に入れ物を置き換えて、バンルはこうして自由を取り戻したのだそうだ。


元は船火の魔物らしく赤い髪を腰の下まで長く伸ばして編み込んでいたが、溺愛していたという山猫の使い魔が老衰で死んでしまったことで、長い髪はばっさり切ってしまったらしい。


エーダリアは、商工会の代表者達に挨拶をしたときの長く赤い髪で彼を識別していたので、短髪になってしまったことで名前と顔が一致しなくなりかけた危うい過去があると語っていた。



使い魔の死でそこまで思い切るのだから、繊細で優しい人なのだろう。


ネアは試しに使い魔が死んでしまったことを想像してみようとしたものの、そもそも高位の魔物であるアルテアが自分より先にいなくなるということが想像出来なかった。

とは言え、人型のアルテアも勿論のこと、愛くるしい白けものやちびふわがいない未来など想像出来なかったので、そんな運命は断固として拒否する次第である。



(バンルさんの使い魔さんは、統一戦争前からのウィームの住人だったのでエーダリア様が大好きで、エーダリア様も着任のお祝いで猫さんを抱っこしたのだとか!)



その山猫に言われた気恥ずかしいくらいの大歓迎なお祝いの言葉は、エーダリアの秘密なのだそうだ。

飛び地の森にディートリンデがいることも、なんとその使い魔が教えてくれたらしい。


使い魔が死んだ後、バンルは盛大な葬儀を出した。


ディートリンデに頼まれた花を持って、エーダリアも参列し、あまりにも悲しむバンルを見て、リーエンベルクに戻ってから貰い泣きしたのも秘密である。




「………むぐ!」


そして、ネアが現在魔物達にぎゅうぎゅうやられているのには、そんなバンルに理由があった。

狭い控え室の中に女性関係が派手だと噂のバンルが一緒にいることで、魔物達はすっかり荒ぶってしまったのだ。



「ちび竜が見えません!」

「ほら、いけないよご主人様。私の背中に隠れておいで」

「うん。僕が蓋をするから出てこないように!」

「むぐる!なぜなのだ!!」


壁際に追い込まれて魔物の壁で蓋をされた人間は荒れ狂ったが、この強固な壁は一向に崩れる気配がない。

ネアは低く唸りながら、飛んだり跳ねたりして小さな花竜を何とか見ようと頑張っていた。



「そうもいかないだろうよ。何しろ、体を張って領主の盾になった子供だ」

「……あー、そうか。そうなりゃ、領民達が見舞いにきちまうか…………」

「そういうことだね。リーエンベルクの中が一番安全だよ」

「まぁなぁ。………っと、エーダリア様の前で、失礼しました」

「いや、そのままの口調で構わない。今回は、私の不手際で心配をかけたな」

「いえ、うちのちびが考えなしでしたから」

「ギャオ?」

「あんたがかぶった傷薬は特別製なんだ。あれだけの治癒力のある薬を持っていると、領外にはあまり知られたくないんだよ」

「ギャウ!」



そんなやり取りが聞こえてきて、ネアははっとした。


良かれと思って咄嗟にじゃばじゃば注いでしまったディノの傷薬だが、あれは、ネア専用の死にさえしなければ傷が治るというくらいに強いものだったのだ。



「申し訳ありません!私が、考えなしに傷薬を使ってしまいました」


そう魔物の壁の奥からぴょんぴょんしてから、声を張って謝罪したネアに、ふっと誰かが微笑む気配がある。

喋ってくれて何とか、それがエーダリアだと分かった。



「いや、元々花竜と呪いは相性が悪いのだ。あの場で即座に傷を修復しなければ、治癒をかけるまでに枯れてしまったかもしれない。ああして薬を注いでくれて、本当に助かった。…………危うく、ドリーや兄上に酷い思いをさせるところだったのだ」

「…………ギャオ」

「いや、お前のお蔭で私はこうして無事でいるのだ。………まったくその小さな体で無茶をしたなとは思うが、私の命の恩人だな」

「ギャオ!!!」


弾んだ可愛い子供竜の鳴き声に、ネアはまた必死にぴょんぴょんした。

しかし、ディノもノアも背が高い上に、二人でぴっちりと壁になっているのでちっとも見えない。



「………むぐ!恥じらうエルトさんが見えません!」

「後でも見られるよ。今は危ないからね」

「むぐぅ」


そんなやり取りをしていると、どこか不思議そうなバンルの声が聞こえてきた。



「何で、歌乞いのお嬢さんは封印されてるんですか?呪いの余波はなさそうだが……」

「あんたがいるからだよ。自分の胸に手を当てて、その行いを考えてみな」

「おっと、………俺でしたか」


ダリルとは打てば響くようなやり取りから察するに、普段も言葉を交わす機会が多いのだろう。

仲良しなのかなと考えて、さもあらんとネアは頷く。

バンルは、エーダリア保護会の会長なのだ。



「………でもまぁ、俺は成熟した女性が好みなので、ネア様のような幼気なお嬢さんには手を出しませんよ。魔物さん方はご安心下さい」



そうしてそんなバンルは、悪戯っぽく自身の趣味を明かして魔物達を宥めてくれた。

聞けば、どちらかと言えば熟女好みであるらしい。

なのでいつも、お相手が既婚者であることが多いのが、悲しい失恋率の高さの理由でもあったのだ。



「ありゃ。取り越し苦労か………」

「それならいいのかな………」

「なんたる仕打ち!こんな風に壁になられたことで、勝手に警戒して、勝手にお断りされたようになっています!ゆるすまじ!」

「ご主人様………」

「でもほら、こういう問題は心では止められないから、事前に出会わないところから防ぐのが一番なんだよ」

「あなたが言うと重みがありますね………」

「わーお。何でだか僕がヒルドに怒られる流れになったぞ………」



ノアは最近、精霊な元恋人にスケートリンクな凍った川に沈められたばかりだ。

ベージが一緒に居てくれたものの、ネアはその間にアルテアだった悪いやつに絡まれていたので、その件でヒルドに叱られたばかりなのである。




「それにしても、花竜は子供となるといっそうに脆いな。この脆弱さはいささか不安なのだが、私から守護か何かを与えてしまったら、不自然だろうか」


そんなことを言い出したのはエーダリアだ。

花竜という生き物はとても繊細な竜で、呪いや穢れなどにひどく敏感なのだそうだ。



やっと魔物の壁が少しだけ緩んだネアは、そんな事を言われたエルトが、エーダリアに抱っこされて至福の表情でとろりとしている姿に、ちび竜可愛いの極みに至る。



腕組みをして何かを考えていた様子のダリルが、黒い編み上げのブーツの踵をとんとんと鳴らした。


「…………だったら、いい具合に子供なんだし、今回のお手柄で名誉騎士の称号でも与えるかい?」

「………そうか。その手があったな」

「実務のある騎士に与える称号じゃなく、領民用の名誉称号だけの方なら、記念任務を請け負わないでいいだろう?表彰だけの簡単なものだし、グラストあたりに儀式をさせて、名誉騎士の称号を付与する際に合わせて、子供の花竜だからと守護を与えればいいだろうさ」

「そいつは有難いな。置き換えが定着したあたりで、アクス商会でいい守護の詰め合わせを買わなきゃならんと思っていたところだ」

「ウィームの守護はやはりリーエンベルクからのものが一番安定する。ダリルが言うように、名誉騎士の称号を付与するのが一番だろう」


土地の守護には色々なものがあるが、その守護を切り出す誰かと特定の関係を深めない場合は、やはりその土地を治める場所から与えられる守護が一番手堅いのだそうだ。


エルトは花竜という繊細な生き物でもあるので、土地の普遍的な属性の守護が一番相性がいいらしく、リーエンベルクの守護は願ってもないことだとバンルは笑顔になる。

エルトを撫でる手の優しさをみるに、この男性はやはり愛情深い人なのだろう。


しかし、唐突に騎士の称号を貰えると知った子竜は、すっかり固まってしまっていた。

ネアは緩んだ壁のお陰でようやく、ディノの三つ編みの隙間から、目を凝らして壁の外を見る技を身に着けたのである。



「ギャオ!…………ギャ、ギャオル?!」



すっかり可愛らしく混乱しているエルトだが、本来、花竜は人型になることが出来て言葉も持つ竜だ。


しかしこのエルトは、置き換えの魔術の対価として、五年の間は言葉と人型への転化を封じられてしまっている。

さぞかし不便だろうと悲しくなったネアだったが、幸い、竜種と竜の言葉を会得している魔術師や竜騎士、竜使いにはその言葉が理解出来るようだ。

バンルは勿論のこと、ここではネア以外のみんながエルトの言葉を理解しているらしい。



「いや、お前は私の命を救ってくれたのだ。どうか、そのくらいのことはさせてくれ」

「ギャオ!!!」


優しい言葉にエルトは弾み上がったが、バンルにこつりと優しく頭を叩かれた。


「エルト、浮かれ過ぎだぞ?……ったく、エーダリア様はお優しい。あの角度からであれば、ご自身でも排除出来たでしょうし、ヒルド様の剣が届いたでしょうに」

「僕もいたしねぇ」

「…………ネイ、大人げないですよ」

「ギャルル…………」


小さなエルトは、大喜びしたり反省したりと、目まぐるしくその表情を変えている。

所謂、一般的な竜という姿をしており、薔薇色のすべすべした鱗に包まれた体は、その長めの尾の先の方が深紅になっている。

ぺらりとしたものを畳んだ翼といい、ネアが異世界に期待していた竜そのものだ。




「んじゃ、それで決まり。バンルはもう帰っていいよ」

「なんだ、俺もそちらで食事に混ぜて貰えるんじゃないんですかね」

「中央の部屋は、リーエンベルクの者達専用だよ。こっちの昼食会は懇親会じゃなく、儀式の間の控え室としての措置だからね。………さぁさぁ、あんたはこっち。一緒に行くよ」

「はいはい。………では、エーダリア様、このちびをどうか宜しくお願い致します。ヒルド様も、魔物様方も、ご迷惑をおかけしますこと、ご容赦下さい」

「責任を持ってお預かりしますので、ご安心下さい。この小さな騎士は、私の主人の恩人ですから」

「ギャオ!」

「エルト、怪我人のふりを忘れるなよ?」

「ギャ、ギャオ!」



たった数日のことだが、バンルはしっかりとエルトの保護者に徹していたようだ。

子竜にはしゃぎすぎないように言い含めると、最後には優しく頭を撫でやってバンルも退出する。



「では、この巻かれた布を剥いでしまわないようにな。念の為に治癒用の術符も貼ってあるが、傷そのものは治癒したものの万全ではないという設定なのだ」

「ギャオ!」

「あなたが、翼を継いだ賢者で何よりです。本来、花竜の子供はここまでしっかりしていませんからね」

「ギャオル!」



そんなやり取りを見ていたノアは、どこか釈然としない様子で一度衝立の後ろに消えた後、銀狐になるとてしてしと歩いてゆきエーダリアの足元に行った。

エルトはノアが銀狐だとは理解してないようで、突然戻ってきた有名な領主の襟巻き狐にびゃっとなっている。



じっとりとした目で銀狐に見上げられたエーダリアは、なぜかたじたじだ。



「さて、行きましょうか」

「はい!素敵な昼食が待っているのです」


ネアがすぐさま踵を返したので、ディノは意外だったようだ。

不思議そうに水紺の瞳を瞬き、ネアと子竜を見比べている。



「………竜は、いいのだね?」

「うむ。エルトさんが愛くるしいのは勿論なのですが、やはり昼食が今は最大に魅力的なものであるという事実は覆らないのです。世界とは残酷なものですね」

「…………ギャオ」


エルトもそんな残酷な人間の言葉には尻尾をしょぼんとさせたが、ネアと目が合うとエーダリアの腕の中でなぜかがばっと平伏してきた。

小さな頭がふるふるしているのを見て、エーダリアは目の前であの呪いを踏み滅ぼしたので怯えているのではないかと、とても失礼なことを言う。



「この子は勘が鋭いのでしょう。狩りの女王を崇めているだけです」

「いや、………すっかり怯えているような気がするのだが………」

「エーダリア様?」

「ヒルド…………」



こつこつと、みんなで並んで歩いて中央の部屋に向かう。


この議事堂は、円形のホールを中央に持つ、円柱で囲まれた半円形の構造になっている。


屋根の上の彫刻は、前の雪竜の王とその王子だと言われていた。

立ち並んだ円柱は神殿にありそうないかにも円柱そのものという形状なのだが、屋根に面した部分から木に転じてゆくような意匠の彫刻が施されており、そこから見事に茂った枝葉がドーム状の天井を象っているような造りになっている。


目が痛くなるような精緻な枝葉の彫刻だが、屋内の部分は宝石着彩の魔術で、宝石の色で色付けされている。

それだけでも豊かで深い森の中にいる錯覚を起こすような美しさなのに、枝葉を模した天井にはステンドグラスの小さな窓が幾つも隠されていて、そこから差し込む光が木漏れ日のように床に落ちる。



象嵌細工のように見える琥珀色の床石は、森の結晶石なのだそうだ。


光の加減で床には淡い金色の煌めきが揺れ、その空間に入った途端、子竜は固まってしまった。


床の見事な結晶石とよく似た色の琥珀色の瞳を真ん丸にして、まずは天蓋になっている森の真下にいるような天井の造形から、大きなシャンデリア、そして昨年のネアも見惚れてしまったガーウィンの天上湖の結晶で作られた素晴らしい円卓に視線を下げてゆく。


そこまでを眺めてから、エルトは、あまりの美しさに目を煌めかせ、びゃっと尻尾を立てて固まった。

そんな無垢な反応のあまりの愛くるしさに、ネアは心がとろけそうになる。

エーダリアも、固まったエルトを優しく苦笑して撫でてやっていた。



しかし、そんな光景にすっかり荒ぶってしまったのはノアだ。

ムギムギと足元で弾んで抗議していた銀狐に、エーダリアは何でこうなってしまったのだろうという顔をして、片手に銀狐を抱き、もう片方の手にエルトを抱えることになってしまう。



内扉がまだ開いているので、この円形ホールの外周にある空間からこちらが見えている。

領主であるエーダリアの登場にこちらを見ていた貴族達も、そんな心を緩ませる光景にみんな笑顔になってしまっていた。

好意的な視線ばかりなので、エルトをリーエンベルクが預かることには問題がなさそうだ。




「さて、落ち着いて昼食となって何よりだな」

「ギャオ!」


エルトは思わず返事をしていまい、はっとしたように設置された毛布を敷いた籠の中に顔を埋める。

内扉は閉じているので部外者は給仕くらいのものなのだが、本来はヒルドが座るはずだったエーダリアの隣の席を譲られた銀狐が、じっとりとした目でそんな競合を見つめていた。



エルトには、花竜の食事である新鮮な花が与えられていた。

それをむしゃむしゃ食べては、意外に上手な怪我人のふりでくたりと頭を下げる。

銀狐は給仕が持ってきてくれた冬カボチャのスープを飲みながら、じーっとエルトを警戒していた。


銀狐こと塩の魔物が、これだけ警戒していてもエルトに意地悪をしないのには理由があって、ノアを見たエルトが尻尾をぶんぶん振って大喜びしたのだ。

よく分からないが、エルトはノアが好きらしい。



(先にあんな風に好意を示されてしまったから、ノアはどうしていいか分からなくなったみたい………)



前菜の鶏ハムにコンソメのゼリーと冬野菜をくるんだものをいただきながら、ネアは、今は前菜のお皿に気付かないくらいぴりぴりしている銀狐の姿についつい口許が緩んでしまう。



「……ふふ、狐さんは、前菜のお皿を忘れてしまうくらいに、エーダリア様のお膝の上を渡すまいと、とても警戒してるのです」

「………膝の上なのだね」

「でも、そんな狐さんは、エーダリア様のお顔を見てみるべきですよ?」



エルトはもっとはしゃぐかと思ったが、まだ赤ちゃん竜らしく、食べていた花を咥えたまま、いつの間にかすやすやと眠ってしまっていた。



そんなエルトを見るとき、エーダリアは確かに竜好きらしく微笑んでいるものの、その眼差しはやはり銀狐を見るときのものの方が柔らかい。


そこには確かに積み重ねた日々が反映されており、ネアはこの二人がどれだけ仲良しになったのかを実感する。



ネアにそう言われた銀狐は、エーダリアを見上げて嬉しくなったのか、ふりふりと尻尾を振った。

少しはしゃいでしまい、用意して貰った子供椅子の上でムギーと弾んだ為、隣にいたヒルドにぺしりとお尻を叩かれてしまう。

涙目でけばけばになった銀狐は、ヒルドの方を向いて謝る体で、エーダリアの足の端っこにお尻を乗せて赤ちゃん座りで座っていた。



「むむ、鴨肉です!」

「君の大好きなものだね。少し交換するかい?」

「いえ、これはかなり美味しそうなので、ディノも同じ量を食べて下さいね。お揃いにしましょう」

「ご主人様!」

「まぁ!昨年と同じ幸福の実もあります。これはとても美味しかったですよね」

「弾んでる………可愛い」



お昼ということもあり、お皿の上に並んだ鴨肉は控えめだ。

なのでネアは鴨肉への執着を押し殺して、そう言ってみせた。

目元を染めて嬉しそうにした魔物に微笑みかけてやり、まだ何か叱られながら口周りを拭いて貰っている銀狐の方を見る。


尻尾がご機嫌なのでヒルド本人も気付いているのだろうが、銀狐はこうしてヒルドに叱られながらも世話を焼いて貰うのが大好きなのだ。



「………それで、リーエンベルクでのエルトの部屋はどうするのですか?」


食事の後、その話題を出したのはヒルドだ。

銀狐がまたしてもけばけばになったが、エーダリアは気付かずに顎に手を当てる。

当人であるエルトは、完全に赤ちゃん竜らしい熟睡具合ですぴすぴ鼻息を立てていた。



「ああ。………それだが、騎士棟の方にしようと思う。敷地内で頻繁に顔も出せるし、常に動いている者が誰かしらいるのが安心だからな」

「まぁ、エーダリア様のことなので、ご自身のお部屋に連れ帰ってしまうのかと思いました」



ネアがそう言えば、エーダリアはきょとんとした。



「いや、……だが、私は魔物と契約をしているだろう?ヒルドやダリルは特定の竜に拘りはないが、ノアベルトが苦手としたものを、あまりこちらの空間に迎え入れ過ぎるのは好ましくない。やはり、私の契約の相手は彼だからな」

「…………むむ、狐さんが」

「嬉しいみたいだね」



不意打ちでそんな言葉を当然のように言われた銀狐は、尻尾が千切れんばかりに振られて涙目になっている。

そんな姿に苦笑しながら、ヒルドもどこか満足げに微笑んでいた。



「ええ、それが宜しいでしょうね」

「騎士棟なら、何度も見に行けるからな」

「む。狐さんが…………」

「何だ。心配なら一緒に来ればいいだろう」

「………やれやれ、あなたが契約の主なのですから、もっとゆったりと構えていればいいでしょうに」

「そうだ。ヒルドを見習うといい」

「狐さん、ヒルドさんは、エーダリア様にとってヒルドさんのような相手が現れる筈もないので、エルトさんを見ても落ち着いてますよ?」

「そうだな。ノアベルトもそうだが、ヒルドの代わりになるような存在は確かにいないからな……っ、」


ネアの狡猾な誘導尋問に引っかかってしまい、エーダリアは自分がかなり恥ずかしいことを言ってしまったことに気付いたのか、元王子らしく上品にではあるが、ぱたりとテーブルに顔を突っ伏してしまった。


無言で目を瞠って固まったヒルドも、暫し言葉を失う。

ついでに攻撃されてしまった銀狐は、喜びに足踏みしていた。




「うむ。仲良しですね」

「ご主人様……」

「ディノと私も仲良しですよね?」

「…………ずるい、可愛い」

「またしてもずるいの使い方が行方不明です」

「爪先を踏んでもいいんだよ?」

「私が望んでいるかのようになりました………」



そう、ここには既に、これだけ確かな輪の形が出来上がってきている。



(だから、……エルトさんには、エルトさんだけが独占出来る特別な誰かがいればいいのに)



ネアは、ぼんやりとそんなことを考える。


エルトが翼を継いだ、火竜の王を描いた絵を思い出したのだ。


あの暗い湖畔で俯いて佇んでいた彼の記憶を持つのであれば、そんな日のことも知っているエルトだからこそ、安心して自分の大切なものだと思える相手がいればと思わずにはいられない。



ネアは頭の中に何人かの騎士達を思い浮かべ、エルトが大はしゃぎするリーエンベルクの中に、この三日の間にエルトだけを愛してくれそうな相手はいないのかなと考えてみる。



勿論、エーダリア達のところで輪になって仲良しになるのも大歓迎なのだが、その場合、エルトがべったりのエーダリアは、エルトだけのものにはならないだろう。


なぜだか、この子竜には、自身だけのものを掴んで欲しかった。



(でも、案外バンルさんも子育てに向いていそうだったし、手袋屋さんの見習いも良かったのかも……?)



「エーダリア様、バンルさんは独身の方ですよね?」

「な、なぜ急にその話題になったのだ?!」

「ネアが竜に浮気する……」

「ああ、いえ、エルトさんのことを考えていたので、荒ぶってはいけませんよ?………もしくは、エドモンさんは独身ですか?」

「ま、待て、だからどうして独身かどうかなのだ?!」

「むむぅ。私の一押しのグラストさんはゼノのものですので、…………は!使い魔さんはどうでしょう?!」

「…………花竜を勧められたら、嫌がるんじゃないかな」

「でも、アルテアさんならリーエンベルクにもよく来ますし、強くて頼もしいです。帰ったら、花竜さんと仲良しになってみたいかどうかをカードで聞いてみますね!」



なぜか全員が慄いた目で首を振ってくれたが、ネアは、アルテアは案外愛情深くて誰かを慈しむことに向いていると思うのだ。


ネアだけの使い魔でいてくれなくなるのは寂しいが、そんな彼の魔物らしい部分とは対照的な、面倒見のいいところを引き出す相手と幸せになって欲しいという気もする。



しかし、そんなことをカードで尋ねられたアルテアは、なぜかすぐさまリーエンベルクに訪れると、ネアの頬っぺたを引っ張って不細工にする辱めを与えてきた。


その光景を見たエルトがすっかり怯えてしまったので、こちらの組み合わせはなさそうだ。



ネアは、悪い使い魔には勿論ちびふわの刑を宣告しておき、その夜は騎士達が独身かどうかを尋ねて回って、傘祭りの締めが難航したことでへろへろになって帰って来た騎士達を震撼させたのだった。



晩餐の後はディノとアルテアにお部屋に軟禁されたので、とても遺憾であると言わねばなるまい。








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「あなたが言うと重みがありますね………」 ↑ 私もそう思う。。。。。もう少し自身も安全に防いでください
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