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233. 傘選びの日がやってきました(本編)




その日は、傘選びの日とあってネアは朝から張り切っていた。


エーダリアの情報によると、前回の傘祭りの成功を聞き、ウィームに住む裕福な商人が、自宅に死蔵していたという曰くつきの傘を収めてくれたのだ。

場合によってはどこかにまた光竜の骨だったりが潜んでいるかもしれず、エーダリアも、かなりわくわくしているようだ。


何しろ、昨年の成功を考えるに、ある程度の問題児程度の傘であれば余裕をもって対処出来るという自負もある。

そしてやはり、こうして自分が祭りの当日に持つ傘を選ぶという作業は、なかなかに心が躍るのであった。



なお、本来ならここでネアが作ったビーズの腕輪をするのだが、魔物達が怯えてしまい、今年は当日だけの運用とされている。

その代わり、昨年は銀狐姿だったノアが、魔物の姿で同行してくれていた。


「相変わらず荘厳な雰囲気の建物ですね。何と言うかこう、気持ちが引き締まります」

「気持ちが………」

「きりりとします!」

「きりりと……」



ウィームの封印庫は、円柱が立ち並ぶ見事な神殿風の建造物だ。

前の通りを歩く時に目を凝らせば、きりきりと回る封印庫の歯車魔術や、精緻な術式陣の装飾を見ることが出来る。


ネア達を案内してくれるのは昨年と同じ三人の魔術師で、昨年はまだ封印庫の責任者の素敵な老紳士としてしか認識していなかったが、今は立派な魔術師だと知っているので、責任者というよりは魔術師という認識に変わった。


銀鼠色のローブに羽根つきのベレー帽が特徴な彼等は、傘の仕舞われた部屋の二重扉の解術に取り掛かってくれている。



「ですので………、」


一人の魔術師が振り返り、エーダリアとの先程までの会話を続けた。


「今年はそちらの一本と、封印庫にあった一本でしょうかね。長年、封印された杖かと思われていたのですが、昨年の虫干しで傘だと判明したものがありますから」

「ああ、報告にあった青い傘だな。私は、…………っ?!」



その時のエーダリアは、封印庫の魔術師達に続いて先頭にいた。

そこに、何かが物凄い勢いで扉をばりんと壊してすっ飛んで来たのだ。


何かに体当たりされたエーダリアが、壁にばすんと叩きつけられる。



「エーダリア!」


慌てて助けに行ったのはノアだ。


エーダリアを壁に押し付けている青いものをばりっと剥がし、ぽいと投げ捨てる。

さっとエーダリアを持ち上げると、自分の背中の後ろに庇う。



しかしネアは、事態を冷静に見ていられたので決して焦りはしなかった。



「…………大丈夫なのかな?」

「ええ、あやつはエーダリア様にぐりぐりと体を押し付けていましたが、ご機嫌で大はしゃぎな感じがしましたので、特に危険はないと判断しました」

「……………ご主人様」

「ふふ、ディノが警戒しなくても、私は大丈夫ですよ?」



ノアに投げ捨てられた青い傘は、それでも床の上で持ち手のところにある青いストラップのような毛皮飾りをふりふり振って、ご機嫌でエーダリアに転がりながら近付いていった。


それを見たノアが、少しだけ怖い顔をする。


「よし、これは僕がどうにかしよう」

「いや、………恐らく大丈夫だ。これがその傘なのだな?………それどころではないな」


ノアの背中の後ろから顔を出したエーダリアがそう尋ねたものの、封印庫の魔術師達は破られた扉の修復で大わらわだ。

エーダリアの質問に答えるどころではない。


仮にも封印庫の部屋の扉が壊れたとなれば、そうもなるだろうし、ただの領主なら兎も角、エーダリアは自分達よりも高位の魔術師であるので、彼等もそこまで心配はしていない。

おまけに封印庫の扉の側にいたので、吹き飛ばされてきた傘に転ばされてしまったのは、彼等の方だったようだ。



そこでエーダリアは視線を戻すと、床に転がって毛皮飾りをふりふりしている青い傘に、そっと手を差し伸べた。



「傘祭りで私が使うのは、お前なのだろうか」



するとその傘は、びゃんと飛び上がってから床の上をごろごろし、そのままエーダリアの足元にまで転がってくると、毛皮飾りを千切れんばかりにふりふりする。



「ありゃ。…………えーと、攻撃じゃなくて、エーダリアがお気に入りなのかな?」

「そのようですね。もはや、大好き以外のなにものでもありません。エーダリア様が選んであげたら、きっと良い相棒になるでしょう」



そんな青い傘はエーダリアに拾い上げられ、喜びのあまりにへなりとなってしまっていた。

あまりにもぶるぶる震えているので、ネアは傘祭りの前に儚くなってしまうのではないかと不安になる。



「…………氷竜の翼を使っているね。道具としてではなく、遺品のようなものだったのだろう」



そう教えてくれたのはディノで、はっとしたように頷いたエーダリアが、統一戦争後のウィームのことを教えてくれた。



「統一戦争の後のことだが、ヴェルリア軍に処分されてゆく竜の亡骸からこっそり骨や翼を持ち帰り、日用品に仕立てて感謝と鎮魂の意味を込めて丁寧に使うことが流行ったそうだ。祟るのを恐れて魔術で固定してから処分されていた遺体が多かったからなのだが、墓標などを建てるのは難しかったからな。そうすることで葬いとしたのだとか。………もしかしたら、そういうものなのかもしれない」

「ふふ、であればエーダリア様が大好きなのも分かりますね。その傘さんは、そんなウィームにエーダリア様がいることが嬉しくて仕方ないのでしょう」

「……………そうか」



ネアの言葉に、エーダリアはどこか嬉しそうに淡く微笑む。


そのせいで傘はますますへなへなになってしまったが、ディノ曰く、元は氷竜の若い女性だったのではないかという事だった。

であれば、ちょっとだけ排他的に見える冷ややかな整い方をしているものの、ウィーム王家の血を引く美麗な元王子のエーダリアは、さぞかし素敵で大切に見えるのかもしれない。


ネアは青い傘を持って傘祭りに参加するエーダリアを想像し、とてもお似合いであるという結論に達した。


するとなぜか、微笑ましさの後に急な焦りを感じ始める。



「むむぅ。エーダリア様が一足先に、そんな素敵な傘を見付けてしまうなんて、悔しいのです。傘さん、お祭りの当日は荒ぶる傘が出現しますので、エーダリア様を守ってあげて下さいね!」

「い、いや、傘達を浄化する為の祭りなのだからな?」

「しかし、傘さんは重々しく頷いてくれたので、ノアもいますし、エーダリア様の身辺警護は万全ですね」



ネアにエーダリアのことを頼まれた傘は、どこか誇らしげにふんすと胸を張っているように見えた。


あまりにもこの青い傘がエーダリアに懐いてしまったので、エーダリアは特別にお祭りの日までこの傘をリーエンベルクの保管庫にしまっておくことにしたらしい。

そんな事を言われた傘は大興奮してしまい、またしても毛皮飾りをふりふりした後、持ち帰り用の封印箱に自ら飛び込み、ぴしゃりと収まった。



「………不思議な傘があるものだ」

「あらあら、エーダリア様も少しだけご機嫌なのです」

「………そうだな。先の時代の者にこのような形で歓迎されるのは、領主としても、私個人としても、これ以上ない誇りとなる。有難いことだ」

「むむ、さりげなく良い傘を先に見付けたことを自慢してくるので、私の傘も早く選びましょう!!」

「ご主人様、走っては危ないよ」



意気込んだネアは、魔術師達が何とか復元してくれた扉をくぐって、傘を保管している部屋に入った。

勿論、急な修復作業に追われた魔術師達には、お疲れ様でしたと頭を下げる。



(あれだろうか………)



すると、その部屋の最奥には、不思議な銀色の紐で縛られた黒い箱があった。

不吉な感じがするというよりも、どこか不思議に神秘的な気配を覚え、ネアはそろりと近付いてみた。



「…………ディノ」

「珍しいものだ。咎人の傘だね」

「咎人の傘…………」

「わーお、こういうものがまだ現存してるのかぁ。エーダリア、これも王家のものだと思うよ」

「なに?!」

「おっと、箱に触っちゃ駄目だよ!」



エーダリアも駆け寄ってくると、ネア達の隣からその黒い箱を見つめた。

慌てたノアがエーダリアを捕まえているのを見て、ネアはいい感じに過保護になってきた塩の魔物の姿にほっこりする。


ネアが悪夢に落ちた事件を経て、エーダリア達も様々な話をしたようだ。

ノアはあらためて大事なリーエンベルクを守ろうという意思を強固にし、エーダリアは今の自分の手の内にある大切なものに感謝を深め、ヒルドを巻き添えにして銀狐とボール遊びをたくさんしてやったのだとか。


結果、ますます仲良しになった三人である。



そんな仲良し三人だが、今日はヒルドがリーエンベルクにお留守番だ。

なので余計に過保護めなノアを眺めてほかほかした後に、ネアは視線を黒い箱に戻した。




(確かこれは、商人の方が持ち込んだという傘だった筈………)



黒い箱ではあるが、黒曜石のような黒色半透明の石の箱の中には、一本の黒い傘が収められているのがここからも見える。

紳士用なのだろうが、優美な弧を描く持ち手がどこか女性的にも見える美しい傘だ。


興味津々のネアの隣で、魔物がそんな傘がどのようなものなのかを教えてくれた。


「これは、暗器のようなものだね。王宮仕えの本来は武装していない階位の者の中にも、実は護衛であるという者が紛れていることがある。そういう者が、武器として使用した傘なのだと思うよ」

「まぁ…………。傘を手に戦う方がいらっしゃったのですね」

「祟りものになったり、穢れてはいないから、良い主人に使われていたのだろう。だが、この傘は静かに浄化を待っているようだが、さすがに殺し過ぎている。これは私が持つようにするから、君は他の傘にしようか」

「はい。そういう事なら、その傘さんはディノにお任せしますね。ディノには危ないことはありませんか?」

「大丈夫だよ。君の場合は、可動域が低いこともあって、この傘に敷かれた魔術に触れることが危ういんだ。そうなると、傘の記憶が溢れてしまいそうだからね」

「…………可動域」

「ご主人様…………」



その理由に渋面になったネアに、魔物はおろおろとして三つ編みを持たせてきた。

ネアは魔物の三つ編みを握ったまま傘部屋を見回すと、小さく溜め息を吐く。


見回した傘用の保管庫には、まだまだ沢山の傘が収められていた。

今日は一緒に来れなかったヒルドやグラスト達は、後日選びに来るのだそうだ。



「では、この中から素敵に私に従順な傘を選ばなければなりませんね。立候補でもしてくれればいいのですが………むぎゃ?!」



その直後、十本くらいの傘がぎゅんと飛んでくると、ネアの足元に転がった。

呆然としてふるふるしているネアの視線の先で、競合がいることに気付いた傘達はどこか不穏な気配を纏う。



そして次の瞬間、壮絶な勝ち抜け戦が始まった。


ばたんどたんと傘達がぶつかり合い、その中でも一番華奢な紫色の傘が、他の傘達を無残にばきばきにしてしまった。


そうして、涼しい気配を漂わせ、ひと戦終えた紫色の傘は、またしてもネアの足元に転がる。




「…………ふむ。この子が今年の相棒のようです。綺麗な傘さんですし、強くて格好いいですね!」



ネアがそう言って拾い上げれば、紫色の傘は少しだけ恥じらったのか、僅かにへなりとなる。



「えええ、ちょっと待って、今の何?!」

「…………わ、私も初めて見た現象だ。このように、複数の傘で争って主人を選ぶことなどあるのか……」

「いえ、我々も初めて見る現象でして。………まさか、こんな事があるとは………非常に興味深い現象ですな」

「ご主人様が傘に浮気する…………」

「まぁ!私の傘祭りの傘さんに荒ぶってはいけませんよ。頼もしい傘さんが一緒にいてくれた方が、安全だと思うのです。………む、そちらは滅びましたね」



隣の魔物は、戦いに敗れた傘達がぽわりと光って消えてゆくのを眺めて、傘は激しいねと呟いていた。

少しだけ震えているので、ここの傘達もまたしてもよく分からない怖い部類のものに分類されてしまったようだ。



念の為にとネアの手の中の傘に触れ、危険がないかどうかを調べてくれた。



「…………うん。悪いものではないと思うよ。それに、………そうだね。やはり君が持つものであれば、強いのはいいことだろう」

「僕さ、…………その傘どっかで見たことあるんだよなぁ」

「なぬ。お知り合いですか?」

「傘の知り合いはいないから、傘の持ち主がだよね。うーん、どこだったかな」

「気配を綺麗に剥がしてあるから、使用者は魔物だったのかもしれないね。ウィームに住む者が持ち主だった可能性もある」

「気配を剥がして、こちらに出すものなのですね?」



それに関しては、エーダリアが教えてくれた。


傘祭りに出される傘には傘であること以外の条件がないので、人外者達の持ち物であった傘も、傘祭りの日に使われることがある。

その場合、廃棄する傘に自身の気配や縁を残しておくと厄介なので、人外者達は愛用品を廃品にする時に、そこから己の履歴を消し去るのだ。


であればこの紫色の傘は、そのような物に違いない。



「ふふ、この傘がどなたに愛用された物だったのかを考えながら、お祭りに参加するのも楽しいですね」

「満足できる品物だったかい?」

「はい!今年も素敵な傘に出会えました。こっくりとした渋めな紫色で、細身の傘の上に房飾りが濃い灰色なのもなんて素敵なのでしょう。当日はどうぞ宜しくお願いしますね」



ネアが挨拶をすると、紫色の傘はまた微かにへなりとなりつつ、房飾りを控えめにふりふりしてくれた。

ネアにはさっぱりよく分からないこの世界の不思議だが、昨年持ち手付近が尻尾だと言われた傘は、その付近の装飾品も尻尾相当になるようだ。



であれば今度からは、傘のストラップの部分をぎゅっと持つのはやめた方がいいのだろうか。

しかしそれを考えると、頭の中がぐるぐるしてきたので、それ以上は考えないようにした。



(そう言えば前回の時にも、ディノから色々と傘の注意を受けたような気がする……)



「ノアはいいのですか?」

「うん。僕はエーダリアとヒルドを守らなきゃだし、何だか去年の傘祭りが楽しかったんだよね」

「………そう言えば、悪い傘さんにからかわれたり、大はしゃぎの狐さんは、傘の持ち手のところを齧ってしまったりしていたような………」

「…………仕方ないよ。傘は動くからね」



そう答えたノアに、ディノはまた少しだけしゅんとしていた。

ネアはよしよしと撫でてやり、魔物はそんなご主人様の羽織ものになる。


さてこれでお終いかなとネアが思ったところで、今年の傘祭りには懸念点があったようだ。




「それと、エーダリア様。やはり、今年の傘祭りには、例の影傘が出現する可能性があります。くれぐれもご注意いただきますよう。警備の騎士をお増やし下さい」



封印庫の魔術師の一人が、傘を選んだネア達を外に案内しながらそんなことを言った。


特殊な封印魔術を敷かれているこの封印庫は、大きな歯車の仕掛けのようなものが動いていたりと、素人のネアが見ても惚れ惚れとしてしまうような不思議で美しい魔術が見られる場所だ。


かちゃかちゃと音を立てて封印し直されてゆく扉を眺めていたネアは、そんな不穏な言葉が聞こえてきたことにぎくりとする。

封印庫の魔術師の言い方では、随分と良くないものだという感じがした。



廊下を渡ってゆく風に長衣を揺らした封印庫の魔術師達は、どこか厳しい顔をしており、その話を受けたエーダリアの背中にも微かな緊張感を見て取った。




「………ディノ」

「どのようなものだろうね。私が知らないもののようだ」

「エーダリア、僕はそんな危ないものが出るなんて聞いてないよ…………」

「エーダリア様、悪いやつなら滅ぼしますか?」


ノアもじっとりとした目でエーダリアを見ており、ネアはそんな大事なことを教えてくれなかったエーダリアに詰め寄った。


こちらを振り返ったエーダリアは、同行者達の暗い目を見て驚いたのか、慌ててこちらに戻ってきた。


「す、すまない。……出現の可能性があるのかどうか、質問状を投げて調査を依頼していたのだが、私も今その回答を聞いたばかりでな。……祟りものの年になると、傘祭りに出現すると言われている幻の傘なのだ。トレトレがある年に確認されることが多く、関連性を研究している魔術師がガレンにもいる」



それは、ゆらりとした影が凝ったような傘であるらしい。

だから、影傘と呼ばれているのだ。


どこからともなく現れ、傘祭りの傘に隠れている。

恐らくは本当は傘ではなく、まったく別の生き物が傘に擬態しているのだろうと考えられており、それを捕まえることが出来た者はいない。



エーダリアの前の領主の年に三回、エーダリアの代になってから五回の出現が記録されている。

その中でもエーダリアの代でしっかりと目撃証言が取れているのは、僅かに二回。

トレトレ祭りがあった年でも出現しないこともあり、まったく正体が分かっていないものなのだ。



「しかし、注意喚起があるということは、悪さをするのですよね?」

「………ああ。過去に四回、リーエンベルクの住人を襲っている。前の領主の時代には、領主の息子が殺され、側仕えの魔術師が三人亡くなった。私の代では、騎士が一人命を落としているが…」

「エーダリア、当日は僕から絶対に離れないこと!」

「ノアベルト………」

「シル!その日は、頑丈な結界を作っておこう!………祟りもの的なやつなら、アルテアに選択の魔術を借りて……」

「いや、出現がある程度予測出来れば、鎮めることは容易いのだ。……だが、それが最も困難でな………」



過去に調査にあたった魔術師達の見解では、元々いるというものではなく、何かの条件を満たしたことでその瞬間に顕現している可能性もあるそうだ。

そうなると、出現を捕捉出来ないという理由は分かったにせよ、今度は顕現の予兆は事前予測が難しいという難問にぶつかる。



「エーダリアは、ノアベルトがいれば問題ないだろう。君ならば、その場で派生するものだろうと、知覚して側にいる者達を守護することは問題ないだろうしね。………ただ、その傘に襲われる可能性がある者が、リーエンベルクの全員であると考えれば、少しだけ厄介なことだね」

「騎士さん達はお仕事をしていますし、皆さんは、そもそもご自身の持つ傘さんや、街で荒れ狂う傘さんの面倒を見ている日ですからね」

「…………祟りものと、亡霊の範疇、……それから実態を持たない生き物としてのあたりで、派生や出現を察知出来るような術式を組んでおこうかな…………」

「うん。そうするのがいいだろう。………そうなってくると、条件付けの為にあまり気配の薄いものでないならいいのだけれど」

「ノア、先程の青い傘さんにも、そのことを伝えておいた方がいいと思います。何となくですが、良い護衛になりそうですから」



ネアがそう言えば、ノアはなぜか厳しい目をしてこちらを見た。



「ネアだって、さっきの下僕………じゃなくて、あの紫の傘にもそのことを言っておかなきゃだよ」

「…………下僕」


ネアは下僕などこの世にいないという儚い目をして首を振ってみたが、なぜかその言葉ではっとしたのか、エーダリアとノアが何やら内緒話を始めている。



「や、やめるのです!見守る会という言葉が聞こえて来ました!!」

「ほらさ、この際使えるものは全部使って……」

「公式の会になってしまうではないですか!そもそも、そのようなものはこの世に存在しません!!」

「では、ニエークあたりにさりげなく声をかけておけばいいのだろうか」

「とても辛いです。…………むぐる。し、しかし、その方達が騎士さんや、エーダリア様達を守ってもくれるならば、……むぐるるる」



ネアは唸りながらディノを見上げてみたが、なぜか魔物はふわりと艶麗な微笑みを浮かべて深く頷く。



「困った者達だとしても、君の盾になるのであれば良いことだ」

「公認にされかけている!!」



ネアはじたばたしながら連れ帰られ、帰るなりすぐにダリルにことの顛末を相談してみた。

出来れば、見守る会とやらが公認にならないよう、知恵を貸して欲しかったのだ。



薄暗い書架の横で、真っ青なドレスが艶やかな書架妖精は、薔薇色の唇を歪めて暗く笑う。

この陰惨な微笑みに屈服し、この妖精に忠誠を誓う者達は今でも増える一方なのだとか。



「へぇ、あの傘がまた出現する可能性が高いのか。………じゃあ、こっちも周知しておかないといけない団体があるね」

「………専用団体があるのですか?」

「んー、あの馬鹿王子の保護団体があるんだよ」

「まぁ!エーダリア様はやはり凄いのですねぇ」

「まあね。ある程度極端で、且つ統制の取れた者達が組織の外にいるかどうかは、上に立つ者には重要な要素なんだよ。どれだけ目を凝らしても、こちらでも取り零すものは必ず出てくる。そんな時に問題が網目をすり抜けないで済むだろう?」

「…………かなりの過保護な方達だという気がしました。エーダリア様はご存知なのですか?」

「いんや。あいつは知らないね。それに、過保護って意味じゃ、ネアちゃんの方の団体も…」

「……なんのことでしょうか。そういうものはしらないのです」

「まぁ、そっちについても、私から会長に話をしておいてあげよう。あいつなら、やり過ぎることもないだろうしね」

「かいちょうさん……………。誰なのだ。……い、いえ、決して知りたくありません!」

「因みに、うちの馬鹿王子のところの会長は、ウィームの手袋専門店の店のオーナーだ。外に出ている時に何かあったら、あの店に駆け込むといい」


ネアは、かつて魔物達に連れ帰られてしまって入らなかったお店を思い出した。

何だか素敵な感じの店員さんがいたところで、その後にあれこれ交渉してやっとディノから入店許可を貰い、アルテアへの贈り物を買いに行っている。



「はい。それはとても頼もしい情報なので、大事に胸に刻んでおきますね!」

「でもまぁ、ネアちゃんの場合は、……通りで声でも上げればいいんじゃない?すぐ来るだろうしね」

「…………その無造作な感じは何なのだ。とても怖いのです」

「だって、ネアちゃんの支持団体ならそんな感じだろうさ」

「…………むぐるる」



あまりの世知辛さに少しの間唸ってしまったが、ネアはここで報告も兼ねて傘祭りで使うリボンをダリルにも見せることにした。



「今年はこれにしたのです。影傘めが出現した場合は、何かの助けになりますか?」

「…………そのリボンを攻撃に向ければ、攻撃は防げるんじゃないのかね」

「む!カワセミリボンなので、火薬の魔物さんの銃弾も防げますよ!」

「……………さすがネアちゃんだね。多分、他の誰も思いつかないし、思いついても実行するには材料が揃わない筈だ」

「川辺でびしばし狩りました!人数分揃えることは出来たのですが、これを加工しているとディノが怯えてしまうのが難点です」

「…………うん。怯えるだろうね。主に、その裏側に書いたもののせいで」

「きりんさん略図ですね。追い詰められた時にはリボンを解いてこれを翳し、敵を殲滅します!」

「………とりあえず、それが付与された者以外の手に渡らないように指定術式を作ろうか」

「お任せ下さい。ノアが作ってくれたのですよ」

「それなら安心だ。あの馬鹿王子もいい魔物に気に入られたもんだよ。ネアちゃんだけへのご寵愛だと、全体には行き渡らない恩寵になった可能性も高いからね」

「…………それなのに、さも巻き込まれた一般人だというふりをするエーダリア様が、諦めが悪いのです」

「ああ、昔からなんだ。………あいつも馬鹿だねぇ」



そうしてそんな風に言うこの妖精もまた、エーダリアを慈しむ者なのだ。

だからネアは、安心してリーエンベルクで過ごせるこの豊かさに、頑強なビーズの腕輪で更なる補強をしておこうと思う。




なお、傘祭りの当日には大きな事件が起きてしまったのだが、思わぬところからウィーム領主を守った功労者が現れ、ネアは、運命というものの奥行きの深さと優しさに感動することになる。



とは言えまずは、きりん印のカワセミリボンの腕輪をみんなにつけさせることが最初の課題であった。







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