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竜とスケート




その日、レイは新しいスケート靴にご機嫌で屋台のホットミルクを飲んでいた。

ふわりとラベンダーの香りのする蜂蜜が、ほこほこと体を温めてくれる素晴らしいスケートのお供だ。

空は重たい曇天で、はらはらと雪が降っている。

昼間にしては随分と薄暗くもあるが、その照度の低さが雪を白く輝かせて何とも言えない美しさがあった。

ああウィームの冬なのだなと感じてしまい、そのきりりと冷たい心地よさに目を細める。


風に揺れる栗色の髪に、隣の男性が夜空のように深いという青い瞳は周囲からはどう見えるのだろう。



「熱くありませんか?すぐに飲めないようであれば、俺が少し冷ましましょう」


そう提案してくれるベージに微笑んで首を振り、お行儀が悪くないように唇をつけたその内側でちびりと舌を出してホットミルクの温度を測る。


「みっ………!」

「おや、冷ました方が良さそうですね」

「思っていたより熱かったです。ベージさんは、このホットミルクが激熱なのをご存知だったのですか?」

「何となくですが」


レイが差し出した紙コップを、ベージはふわりと冷ましてくれた。

まだほこほこの湯気が立っているが、レイがもう一度口をつけると丁度いい熱さのホットミルクを楽しめる。


「まぁ!ちょうどいいのです。どうしたらこんな風にぴったりの温度に出来るのですか?」

「ネ………レイ様は、最初は私の提案を断られました。ですから、熱めの方がお好きなのかなと思いまして」

「ふふ。ベージさんは何てお優しいのでしょう。冷まし過ぎた温かい飲み物ほど、悲しいものはありませんからね」

「…………こんなことで喜んでいただけるなら、いつでも呼んで下さい」

「あら、お仕事が忙しい騎士団長さんにそんな我が儘は言いませんよ」

「その時は、リーシュに代わりを任せてきましょう」



熱っぽい瞳でそう言われると本気で言っているように感じてしまうが、この竜は柔和に見えるものの氷竜らしく冷淡なところもあるそうなので、レイは優しく麗しい理想の騎士めいた彼の言葉を、そのまま受け取らないようにする。


(ふふ、一人称が、騎士の時の“私”になったり、恐らくプライベートで使っている“俺”になったり、そんな少しの揺らぎが何だか無防備な感じ……)



本日のベージの服装は前回の騎士らしい甲冑姿ではなく、砂色がかった灰色のロングコートを着た紳士のような服装をしていた。

くすんだ灰色の毛皮のマフラーが豪奢で、名門貴族の家の出の騎士の休日という雰囲気だ。


それそのものの本人と比べるのもどうかと思うが、ロサと同じくらい白薔薇が似合いそうな男性である。



「それにしても、………お連れの方は大丈夫でしょうか?」

「……先程より追い詰められていますね。自業自得ですが、無事に生きて帰って来て欲しいです」

「あの魔物………は、いつもあんな風になってしまわれるのですか?」

「それ以外は大好きなところばかりの大事な家族のような魔物なのですが、女性と事故ってしまうのが困った習性なのです」

「………困っておられるのであれば、俺から話してみましょうか?……いえ、出過ぎたことかもしれませんが、他人から言われると変えられることもありますからね」


胸に片手を当ててそう言ってくれたベージに、レイは微笑んで首を振った。


「いえ、それでもあんな弱点もまた、ノアのノアらしさを構築してくれている、愛すべきところなのかもしれません。叱りはしますが、かといって決していけないとも言えないのです」

「…………お叱りになられるのですね」

「ベージさん?」

「…………私も、……いえ、……っ、」

「まぁ!大丈夫でしたか?」


なぜか動揺してしまったベージは、がばっと熱々のホットミルクを飲んでしまい、舌を火傷したようだ。

つい幼気な魔物の面倒を見ている癖で手を伸ばしてしまったレイに、ベージは目元を染めて固まった。



「…………ネ、……レイ様?」

「む。つい癖で撫でてしまいたくなりました。舌は大丈夫ですか?舌を火傷してしまうと、温かい飲み物を楽しめなくなるので、悲しいですよね。お薬が欲しければ言って下さいね」

「お薬………。いえ、この程度であれば、治癒魔術がありますから。お会いしてからずっと、あなたには情けないところばかり見られてしまっていますね」


ベージはそう呟き、少しだけ悲しげに項垂れてしまう。

怖がって逃げないだけで嬉しかった人間は、そんな竜の腕にぽんと軽く触れてみた。



(それに今は、ノアがお付き合いしていた精霊さんに襲撃されていたところに居合わせてくれて、本当に助かったし………)



レイことネアは今日、ノアと一緒にスケートに来ていた。


残念ながら契約の魔物はお部屋で死んでしまっており、ノアと二人のお出かけだったのだ。

しかしながら頼もしい筈の同行者は、現在昔の恋人に殺されてしまうかどうかの瀬戸際にいる。

そんな荒ぶる女性にノアの同行者だと認識されてしまうとまずいネアは、咄嗟に擬態させられ偽名の運用となり、偶然一人でスケート遊びに来ていたベージに預けられているのだった。



「でも私も、ベージさんを悲しませてしまったり、今日もご迷惑をおかけしてしまっています………」

「ご迷惑なものですか。頼っていただけて、どれ程嬉しかったことか。……あなたに、名前を覚えていただけていたとは思いませんでした」

「氷竜さんにお会いするのも初めてでしたし、あのような出会いでお名前を忘れてしまったりしませんよ?……その、あの後は私の言葉で悩んでしまったりしていませんか?」

「いえ、撫でていただけたので………」


何かを言いかけて、ベージは不自然に口を噤んだ。

こてんと首を傾げてそんなベージを見上げていたネアは、本当は撫でて貰いたいのだが言えない系の竜なのだろうかと考えた。



「む。今日もこうしてお世話になっているので、また撫でます?」

「…………っ?!」


ネアのその言葉にベージは暫く噎せてしまい、げふげふと咳き込んで涙目になる。

先程からの事故続きで、自分の分のホットミルクは早々に飲み干してしまったようだ。


そんなベージの姿に、ネアはやっぱり竜も可愛いではないかと再認識していた。



(竜としては、今のところダナエさんが一番綺麗だと思うけれど、ベージさんは何だか大事にしてあげたい感じ……)



これで酷薄な部分もあるのだとしたら、その二面性はもはや魅力になるような気もするが、もしかしたら全てが計算ずくなあざとい感じの竜なのかもしれない。

悪い竜だといけないので、ある程度の警戒は必要だ。



ネアがそんなことを考えていた時だった。



「…………ベージさん?」

「俺の後ろに入っていて下さい。あまり、喋らないよう」

「む…………」


ふいにベージが眼差しを鋭くしたので何事だろうかと思っていると、そう言われて片腕で抱え込むようにして体の後ろに隠された。

後ろ側には人気のホットミルク屋台のおじさまがいたのだが、何か不穏な気配を感じたのか並んでいるお客に列の位置を変えさせ、手押し橇のような屋台の向きを少しだけ反対側に向ける。



(……………あ、)



そうして、そこにやって来たのは一人の男性であった。


背の高い細身の男性で、しっとりとした毛皮の黒いコートを着ている。

黒い帽子に黒い革の手袋。

マフラーは上等なカシミアのような艶のあるもので、これも少し灰色寄りではあるが黒い。

全身が黒一色ということころではアイザックにも似ているが、手袋の色や帽子のリボンなど、艶感のある黒が混ざるので何だか少し印象が違う。

丁寧に撫でつけられて帽子の下にある髪の毛は淡い金髪で、目の色も同じような淡い砂色の瞳であった。


顔立ちは端正だが、決して人目を惹く顔ではない。

それなのに、その整い方の冷たさで、決して人間ではないと分かる不思議な相貌であった。



「やあ、良い夜ですね」


静かに甘く響く声は、殷々と響くようにしてベージに向けられる。

凍る直前まで冷やした強い蒸留酒のように、透明で危険な感じのする声だ。



(…………いつの間に……。それに、夜………?って…………)


気付けば辺りには霧が立ち込めており、ここだけが妙に暗い。

それはまるでこの場所だけ夜に落とし込まれてしまったような不穏な暗さで、周囲の人たちが見えなくはなっていないものの、少しだけ隔たりを作られてしまったような気がした。

以前にディノから、このような不自然な霧が発生するときには、誰かの領域が展開されているのだと教えて貰っていたネアは、また少しだけ緊張を上乗せしようとしてふと気付いた。

そしてそれは、とても重要なことだったのだ。



「我々に、何かご用でしょうか?」

「いえ、あまりにも良い夜なのでつい、人恋しくなりましてね。お連れの方と、スケートですか?」

「スケートは一休みですね。ですが、昼食の前に、そろそろ滑りに戻ってもいいかもしれない」


ベージは状況に応じてどちらにも動けるよう、そつなく答える。

先程の飲み物を買う前に、飲み物のコップを持ちながらでも滑れると話しておいて良かったなとネアはほっとした。

いざとなればベージは、すぐさま他のお客のいる川の中央に戻ろうと言い出すかもしれないと、ネアはカップの中のホットミルクを半分くらいまで飲み減らしておく。


相手が夜だと言い張り、ベージが昼だと言い返すことには何か魔術的な意味合いがあるのだろうか。



(ノアは、こっちの様子には気付いているのかな?)


お相手の女性が暴れても支障がないように、少し離れて川沿いの木立の影が落ちている方に行ってくれているが、とは言え高位の魔物であるのでこちらの異変には気付いていると信じたい。


そもそもディノかそんなノアが側に居れば起きない騒ぎであるのだが、ディノは今朝、諸事情でネアにあれこれされてしまい未だにお部屋で死んでいるのだ。

これは前回のボラボラお疲れ様会の最後に生まれた期間限定ネアにまた会いたいと言うので、頑張って再現したのだが、結果死んでしまうようであればどうしようもない。

ご主人様と一緒にスケートが出来ないくらいの重篤な症状なので、ネアは帰る頃には生き返ってくれているといいなと心配していた。



「お嬢さん、その竜はあなたに幸いを齎すものでしょうか?それとも、災厄を齎すものだと思いますか?」



突然、ひたりと落ちた問いかけに、ネアは目を丸くした。

ネアの体に回されたベージの手に力が籠ったが、何かを言おうとしてそのまま体を強張らせる。

口をぱくぱくしているので、どうやら声が出せないようだ。


誰かが笑う気配がある。


「無粋な真似はしない方がいいでしょう。問いかけは発せられた段階でその者が担い手となる。自身のものではない質問に答えることは、残念ながら出来ません」

「……………っ、」


とすればそれはつまり、ネアにしか答えられないような魔術が敷かれているのだろうか。

ネアは困ったことになったぞと眉を顰めたが、もしその問いかけが魔物の資質によるものであれば、応えるべき言葉は一つしかないような気がした。



「幸いを齎すものです。美味しいホットミルクを奢ってくれました」


なので、ネアがそうきっぱり答えると、目の前の男の瞳には冷やかな嘲笑が浮かんだ。

それは決して返答が間違ってしまった訳ではなくて、そう答えるのであれば面白いというような、猫が新しい玩具を見付けたような眼差しだ。


「では、裏腹な言葉が敷かれるとしても、彼はあなたを傷付けない?」

「裏腹な言葉が敷かれないのであれば、傷付けません」

「言葉の偽りがその身を損なうのであれば、あなたは彼の全てを知っているでしょうか?」

「残念ながら、私はこの方のことを殆ど存じ上げないのです」

「おや、それなのに、彼を信じていると?」


じわりと足元の氷の下に何かが忍び寄るようなそんな気配がした。

敷かれた魔術に触れたその段階から、ネアはもう、目の前の男性の魔術の手の中にいるのかもしれない。

そうして忍び寄った魔術の手が、体に絡みつくような不思議な息苦しさを覚え、ネアは紙コップを持った手が動かせないことに小さく腹を立てる。



「信じているのではなく、現在の状態をお話ししています。勿論悪さをするようであれば、叩きのめすのみ。その時は容赦なく滅ぼします」

「………………成程」


きっぱりと答えたネアに、目の前の男性はなぜか微かに瞳を揺らした。

それは思わぬところで思わぬものを見付けてしまったような驚きと、微かな不快感に似ている。


「………では最後にもう一つ。あなたがもしその身を偽っているのであれば、今得ているその全ては偽りになるのではないかと思いますが、如何でしょうか?」

「私がこの身を偽ろうとも、私が今得ているものが全て偽りと言う訳ではありません。なぜなら、この偽りは必要なものでしたし、必要な方々はそれを理解しているからです。私からあなたに問いかけるとすれば、あなたはその必要な方に入るでしょうか?ということですね」


ネアは真っ直ぐに目の前の男性を見上げ、その問いかけをぶつける。

すると男性は目を瞠り、人形のように無機質だった表情を崩して眉を顰めた。



「もしくは、こちらの問いかけの方が良いでしょうか。悪い魔物さんを懲らしめるのに使うなら、きりんさんにしますか?激辛香辛料油にしますか?」

「………………やめろ」



小さな溜め息が落ちた。



「ネア様……………?」

「大丈夫です。知り合いの魔物さんが、私が誰だか分らずに悪さをしようとしただけですから。もう心配はないので、安心して下さいね?」


こちらを振り返ったベージの困惑した瞳を見上げて微笑むと、ネアは巻き込まれた可哀想な竜の頭を背伸びしてそっと撫でてやった。

そのまま目を見開いて固まってしまったが、出会ってからというもの、この竜はネアのせいで事故に巻き込まれ過ぎではないか。

そのあまりの巻き込まれっぷりに、可哀そうになったのだ。



「……………お前はここで何をしてるんだ」

「まぁ!凍った川の上をスケート靴でもない革靴で歩いてくる方に言われたくないのです!」

「まさか、…………一人でその竜と一緒にいるのか?」

「ベージさんは、善意の協力者ですよ。私の連れは現在、あちらの木立の影の方で、昔の恋人さんを何とか宥めています。私はその精霊さんに呪われてしまわないよう、ベージさんのお友達に扮してここに避難しているのですから」

「………あいつは何をやってるんだ」

「でも、こちらの悪い魔物さんに分らないくらいの擬態をかけられているのであれば、ノアはやはり凄いのですね」

「そもそも、シルハーンはどうしたんだ?」

「今日の夜明けに、私に悪戯されて死んでしまいました。今は、雪豹アルテアと一緒に巣の中で儚くなっていますので、私はノアと一緒にスケートに来ていたのです。なぜならば、土曜日の午前中にだけしか出ていない、美味しいホットミルクの屋台を逃す訳にはいかなかったからですね」

「………………そうだな。お前なら、どうせそういう理由だろうと思った」



ふわりと霧が晴れた。


するとそこに立っている黒いコートの男性は、いつもの見慣れた魔物の容貌に戻っている。

髪色や瞳の色は擬態しているままだが、先程までの端正だが特徴のない男性の顔ではない。


はっとしたように息を飲んだので、ベージもこの魔物が誰なのかを理解したのだろうか。

彼であれば、新年のお祝いの時に、髪の毛と瞳の色は違えど、この魔物を見かけている筈だ。



「……………そういうことでしたか。………ですが、きちんとお守りできなくて申し訳ありません」

「この方はとても悪い魔物さんなので仕方ないのです。ベージさんは、美味しいラベンダー蜂蜜のホットミルクを奢ってくれただけで本日は私の救い主ですので、どうかそんな風に頭を下げないで下さいね?」

「………そうか、その竜が買い与えたんだったな。こっちに来い、魔術の繋がりを切ってやる」

「ふふ、それなら大丈夫ですよ!ベージさんはとても真面目な方なので、私にホットミルクを奢って下さる際に、この付与が魔術的に何かの繋ぎになることはないようにと、名前にかけて誓って下さいました。なので問題ないのです」


その誓いは、とても騎士らしいものだった。

ネアはそんなふうに優美にお辞儀までしてくれなくてもいいのにと申し訳なくなったが、自身の振る舞いや言動が、決してネアを傷付けないこと、何かを損なったり侵食したり繋いでしまうような、ネアの望まないことは何もしないことを名前にかけて誓ってくれ、ベージは予め目の前の魔物が懸念したようなことにならないように手を打ってくれた。


それは、お金を持っていないくせにじっとりとした目でホットミルク屋台を凝視していたネアの為であり、本日このホットミルクを奢ってくれる筈だったのに、あちらで修羅場になっているノアの所為でもあった。



「それ以前に、他人に口に入れるものを買わせるな」

「むぐぅ。今日の私は、自由に出し入れし難い場所に所持金があるのです。自分の持つお金を取り出す為にはマフラーを外してコートの襟元を開き、よりにもよっての形状でぴっちり首を覆っているセーターの上から手を突っ込む必要があるので、ノアに決していけないと止められてしまいました。よって、私は午前中しか営業しない屋台の、しかも売り切れ必至のホットミルクの前で悲しい思いをしていたのでした…………」


ネアはそう説明を終えると、悪い魔物の介入のせいで少しの間飲むのを邪魔されていたホットミルクの堪能に戻る。

コップに口をつけたところ、幸いにもまだ冷めてしまってはおらず、ふんわりとした甘さにネアは幸せな気持ちになった。



「そういうことなら、こいつはもういらないな」

「なぬ。ベージさんとはこの後、ノアが無事に生きて帰ってきたら、一緒に滑る約束をしたのです。革靴な魔物さんはご遠慮下さいね」

「そのノアベルトは帰ってくるのか………?」

「むむ。……………もしかして、あそこにくしゃくしゃで死んでいるのは、ノアでしょうか?」

「だろうな」


いつの間にか、精霊の女性の姿はないようだ。

その代わりにノアが氷の上にぱたりと倒れているではないか。

慌てたネアは、自慢のスケートの技量を活かし、しゃっとそちらに駆け付けた。


勿論革靴の魔物は置き去りなのだが、付き合いのいいベージはすぐについてきてくれる。

ノアがいたのは対岸の方なので、みんなの滑る流れを横断する形になるが、動きを見ている限りベージもスケートは上手なようだ。


「俺がこちら側を滑りましょう。他のスケート客にぶつからないように気を付けて下さい」

「まぁ、有難うございます。今日はベージさんにお世話になりっ放しですね」

「いえ、俺の方こそ光栄ですよ」


ベージはそう言ってくれるものの、特に光栄の理由は見当たらないので、職業的な柔和さなのかもしれなかった。

それか、ネアはお口が悪いので怒らせてはいけないと、実はまだ怯えている可能性もある。

であれば悲しかったが、ひとまずはお世話になり続ける形で、倒れているノアのところに直行した。




「ノア!無事ですか?」


慎重にスピードを落とし、ノアの横で上手くバランスを取りながらしゃがむと、氷の上にぽさりと落ちていた魔物は、よろよろと立ち上がる。

おでこが赤くなっていて、瞳はどこか虚ろだ。



「ネア、………ごめんよ。酷い目に遭った………。背骨が折れたかなと思ったけど、どうにか僕の方が生き残ったみたいだ」

「…………ということは、先程の精霊さんはもういなくなってしまったのですね?」

「僕が先にやられることで、跳ね返す呪いみたいな形で反撃したからね。そうしないと呪いがあるから精霊は怖いんだ………」

「まったくもう。なぜにそんな無茶をするのでしょう。いざとなればきりんさんを貸し出すので、私を頼って下さいね」

「うん。…………それと、そっちにアルテアがいたみたいだけど?」

「私が私だと気付かず、悪さをされそうになりました。今は革靴なので置き去りに……む、いない。………むぎゃ?!」



アルテアが先程の場所にいなかったので首を傾げていたところ、ネアは後ろからずしりと頭に片手を置かれてしまった。

スケート靴という不安定な体勢なので、ネアは怒りのあまり唸るしかない。


「むぐるるる」

「上から掴んでやったんだ。感謝しろ」

「わーお、アルテアはそれでスケートをするのかい?」

「するわけないだろ。お前が機能してなかったせいで、こいつはまた竜を捕まえたぞ?」

「僕が彼に預けたんだよ。悪さをしたら壊してしまうよって脅してあったし、大丈夫大…」

「ベージさんに、そんなことを言ったのですか?」

「ごめんなさい…………」

「ネア様、その体勢のままですと、冷えますから………」

「ベージさんが優しいのです」

「よし、この竜はアルバンの山にでも捨ててきてやる」

「今日のアルテアさんは悪い魔物ですね。ここはもう、一度試作品のきりん箱に…」

「やめろ」



何とか動けるようになってご主人様を追いかけてきたディノが見たのは、こんな様子でわしゃわしゃしていたネア達だ。

その後、自分が弱っている間にみんなで楽しそうにしていたと魔物はすっかり不貞腐れてしまい、ネアは腰に紐をつけてやる羽目になる。



なお、アルテアが今回標的にしたのはベージだったのではとノアにこっそり耳打ちされたネアは、アルテアにはホットミルク恩人であるベージに嫌がらせをしてはいけないと、きつく申し付けておいた。


怖い魔物の訪問を受けたのが、酔っ払ったネアがベージの愛くるしさを褒めたからだという事は、ベージ本人には秘密にしておいた。

身勝手な人間は、今のところこれ以上はこの氷竜に嫌われたくないのである。


飼いたい順番では白けものやちびふわの方が上なので虐めてはいけないと言ったネアに、アルテアは納得したようだ。

やはりこの魔物はとても懐いてしまったのだと、言わざるを得ない。




その日の帰り道、ネアはダリルのところに寄ってペットの多頭飼いの指南本を借りて帰ったのだった。













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― 新着の感想 ―
ペットの多頭飼いの指南本。。。。。予備知識と準備は大切ですね(^^)
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