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夜の時間石とザハの常連客 2



「そやつが発見出来ないと、新年のお祝いが出来なくて、色々なお店の美味しいお料理が食べられません…………」



そんなご主人様の悲しげな呟きに、反応しない下僕などいる筈もなかった。

たまたま一部の会員達との昼食会の会場に、まさかネア様が偶然訪れているとは思わず、ミカは酷く動揺したものだ。

ネア様と顔見知りである副会長との会話で、会員達は色めき立つ。


ネア様に試練を与えられるならいざ知らず、ネア様を苦しめる輩などとんでもない。

ここは、何としても捕獲し改心させねばならなかった。

恐らく、その場に居た会員達は皆同じ思いだったことだろう。


誰に指示されるでもなく、自然に一丸となって視線を交わし合い、さり気なく会計を済ませて席を立つ。

副会長も頷いてくれたので本日の昼食会は延期とし、まずはその愚かな精霊狩りをすることとなった。



「………イーザから連絡が来た。ワイアートと自然な形で昼食を摂りながら、ネア様達の動向を注視していてくれるようだ。あの方達が本格的な捜索を始める前に、我々はその精霊を見付けなければならない」


そう伝えたミカに、仲間達は考え込む素振りを見せた。

会長と副会長以下にも様々な役職があるが、ミカには特別な役職はない。

だが、ミカの素性を知るイーザからの依頼を引き受けている内に、ミカはいつの間にか一般会員ながらにも、イーザとの伝達役のような役回りで定着しつつあった。


「ふむ。まだ食事も途中だったから、食後のお茶もあると考えても一刻程度しか猶予はないな。それで足りるだろうか」

「おや、そうであれば私が職場の部下達に頼んで、同行者のお一人を足止めしましょう。幸い、この時期のウィームにはボラボラが多くおりますので、ボラボラ達にあの方の居る場所を伝えるだけで事足りるかと」


そう提案してくれたのは、会計をしているアイザックだ。

この男は魔物であるらしいが、自分で会社を経営している趣味人だ。

基本的に、この趣味に偏った会に所属するにあたり、会員の素性は詮索しないという方針なのでどんな会社なのかまでは誰も知らなかったが、かなり大きな組織なのではないかと噂されている。


端正だが特徴のない面立ちで、どこか人形めいたその相貌は擬態に他ならない。

だが、己の素性や階位などに邪魔されることなくネア様を見守る為に、擬態をしている者はかなり多い。

かく言うミカも、この栗色の髪に中肉中背の青年の姿は擬態であった。



「しかし、アイザック殿、ネア様に支障は出ないでしょうか?ボラボラは謎が多い生き物ですから、あの方に万が一のことがあったりしたら……」

「もうひと方ご一緒されていた方も、かなり高位の魔物ですから。あちらの方がご一緒なら、ボラボラが何か危害を加えようとしてもそつなく排除して下さいますよ。ミカ、あなたはどう思われます?」

「それなら、………そうしようか。…………ベージ、真っ先に店を出たグラフィーツからは連絡があったか?」

「やはり彼は顔が広いな。夜靄の精霊の知人が一人いるそうだ。彼にはそちらから捜索にあたって貰おう。各会員達の周辺にも聞き込みを入れて貰い、幾つもの道から中央に追い詰めてゆくのがいいだろう。どれか一本の道が繋がればいいのだからな。ミカ、それでいいか?」

「ああ、私はまず、夜の精霊の系譜をあたってみる」

「よし、では諸君、猶予は一刻程だ。それまでにその精霊を捕まえるぞ。……アイザック、君はどうする?」


結論を取り纏めたのはベージという名前の氷竜で、擬態をせずに会に参加している珍しい会員だ。

一族の中でも騎士団長をしていることから現場の指揮に長けており、総じて長命高位の者達は連携という部分においては不得手なところを補ってくれていた。

その為、階位としては決して高くはないこの青年に、会員達は現場の指揮を任せていることが多かった。


(イーザがいれば、彼は指示出しにも長けているんだがな………)


兄妹の多いという彼は、複数名の個性の強い者達を同時に管理することに手馴れている。

元々、代理妖精という立場が妖精にしか開かれていない門戸であるように、現場の指揮や取りまとめに向いているのは妖精なのだ。



「私はこちらに残りまして、皆さまがその精霊を捕まえた暁には、ネア様方が捜索に出ずに済むように自然にリーエンベルクに戻るように調整いたしましょう」

「そうか、そちらの調整も必要だったな。……あくまでも自然に、あの方が自分の意志で戻るように誘導していただけると有難い。何しろ、我々はあの方の忠実な下僕なのだ。決して日の当たるところに出て、あの方の行動を妨げてはならない」

「ええ、勿論ですとも。まぁ、ボラボラがおりますからね、そちらで全てが事足りるでしょう」



そこで仲間達は散り散りになり、ネア様を苦しめる夜靄の精霊の捜索に向うことになった。



軽やかな転移で空間を踏み変え、ミカは幾つかの土地を渡る。

あの精霊はまずウィームの近くにはいないだろうが、夜の系譜が好みそうな土地というのも幾つか心当たりがあったのだ。



(それにしても、先程のネア様も素晴らしかった!)



高鳴る胸を押さえて、ミカは唇の端を持ち上げる。


ネア様の契約の魔物はかなり高位の魔物であることを、見守る会の会員は誰もが知っている。

少しばかり意識が甘いようだが、ネア様にかける思いばかりは本物であるニエークは、その契約の魔物を我が君と呼んでいるし、霧雨のシーであるイーザや、恐らく高位の魔物であるアイザックも、あの契約の魔物を自分よりも遥かに高位のものとして扱っている。

であれば想像するに、かなりの高位。

おまけに目撃証言がちらほらと上がる限り、白持ちの魔物である。


そんな魔物に対しミカのご主人様は、料理の付け合せのサラダの葉っぱをぞんざいに与えていたのだ。

青みがかった灰色の髪に擬態した白持ちの魔物は、その一枚の葉にまるで王から財宝を下賜されたように喜び、忠実な僕らしくご主人様を讃えていた。

さり気ない食事の場面ですら調教に余念のない素晴らしさに、ミカはテーブルの下に震える手を隠すので精一杯だったくらいだ。


そんな場面を同じ部屋の中で拝見出来た歓喜に震えながら、絶対にあの方を困らせている精霊を捕まえるのだと心に誓う。

きっとそれは、同志達も同じ思いであろう。



転移を踏みながら擬態を解いた。


ミカの本来の容姿は、擬態のそれとは似ても似つかない。

長い髪は緩く一本に結んであり、紫がかった水色だ。

瞳は鮮やかな青で、系譜の者達は冬の夜らしい色彩だと口々に褒め称える。

ゆったりとした長衣を羽織り夜を渡る、ミカは真夜中を司る精霊の一人だ。


春から初夏にかけては淡い緑の髪をしており、夏から秋にかけては葡萄酒色の髪、そして晩秋から冬にはこの姿になる、姿を変えてゆく珍しい資質の精霊とされる。


多くの精霊達はその属性を季節によって変えることが多いが、季節ではない時間に縛られる精霊達は、稀にではあるがミカのように季節によって姿を変える。


他にも黄昏や黎明、ミカとは対になる正午を司る精霊がそれにあたる。

黄昏と黎明が女の精霊であることと対になり、正午と真夜中は男であるが、黎明が幼い少女であるように正午は老人の姿をしている。

時を司る精霊はその容姿を最も行動に適したところで固定するのではなく、象徴的な姿を取る者が多いらしい。



(そう言えば、魔物は成人した姿の者が多く、女達より男の方が階位を上げやすいという。確かに今代は男の世だと言われているが、精霊の場合は突出した力を持つ者には女も多いのが不思議だな………)



それがどういう理なのかは、ミカには与り知らないところだ。

本来のミカは、真夜中の座に座り、夜の系譜の者達の中から真夜中を信奉する者達に崇められて真夜中の宮殿に住む精霊である。

古くから日付の変わり目でもある真夜中は、あわいの一つとされて信仰も厚い。


真夜中の運行を主に司るのは、夜色の砂をたたえた大きな砂時計である。

なのでミカが常に真夜中の座に座っている必要もないのでと擬態して外に出ていたある日、ミカは見事な竜を狩っている人間の少女を見かけた。


愉快な人間がいるものだと思い、ああ、この子供は夜の系譜の者だなと頬を緩めた記憶がある。


属性を持たない者も稀にいるが、殆どの生き物は区分される程ではないにせよ、昼と夜や季節ごとの大まかな属性を持っている。

それは自身の意思では変えようもない相性のようなもので、例えばネア様のように冬と夜という大区分から、更には特定の祝祭などの守護をより濃く授かる者達へと細分化されてゆくのだ。


つまりのところ、自分の領域の気配を持つ者としてほんの少しだけ気に留めておいたのが最初の邂逅であった。



そしてなぜかその少女のことを忘れられないまま、またとある日に、彼女が自身の魔物の三つ編みを牽いて歩いている場面を見かけてしまったのだ。

魔物は叱られたり躾けられたりしながら、それでも酷く嬉しそうに彼女を見つめている。



その歓喜に満ちた眼差しを見た時、ミカはやっと分かった。

夜の中央の宮殿に座し、真夜中を司ってきた精霊である自分は、あの魔物のように彼女に踏みつけて貰いたいのだと。



(だが、叶わぬ夢だ。…………副会長も、思わぬところから縁を深めてても尚、あの方を煩わせはしまいと決して己の願いは明かさない)



彼がそう自身を律するからこそ、会員達の中にネア様と交流を深めるイーザへの不満を持つ者はいない。

下僕は下僕として扱われて初めて悦びを得るのであって、ただ友人になるのでは意味がないのだ。

そしてイーザは、決して己の立場を利用してご主人様を煩わせはしない。

近しくなればなる程に、欲求は耐え難い程に募り、偶然を装って爪先を踏まれてみたいだとか、あえて不手際を演じて詰られてみたいという誘惑も大きくなる筈なのだが、彼は、決して己の願いを彼女に押し付けることはなかった。


(大した自制心だ…………)


そういう意味で、会員達は彼に一目置いている。

ご主人様に無下にされたい欲求はあれど、ご主人様を煩わせる下僕など下僕に値しない。


だからこそ、今回は降って湧いた好機なのだった。


グラフィーツなどは早々に席を立っていたので、誰よりも先に夜靄の精霊を探しに行ったのだろう。

ミカもすぐにでも探しに行きたかったが、誰よりも属性的に有利であるという自負があったのでどうにか会員達と今回の作戦の方針共有を持つまで踏み止まることが出来た。




「ああ、やはりここか。夜ならばそうだ。夜ならばここだと思った」



そうして目論み通りにその気配を捕え、小さな夜の澱みでもある保養地の村にある瀟洒な屋敷を訪れた。

夜の系譜のその中でも、もっとも気配を透明に出来るのは真夜中だ。

真夜中はあちら側とこちら側の境界であり、黎明と黄昏よりも強くあわいの者の気配を身に纏う。



なので勿論、ミカがその屋敷の中にある主寝室に入っていっても、夜靄は窓辺での読書をやめる素振りはない。

机の上に置かれたグラスにはなみなみと葡萄酒が注がれ、よほど気に入っているのか持ち帰り用のザハの焼き菓子が小さな皿の上で几帳面に盛られている。

一輪挿しに揺れている黄色い花は、水仙の亜種だろうか。



「ナナク、随分と自由に過ごしているようだな」



顔が見えるように斜め向かいに立ち、そう声をかける。

ばさりと手にしていた本が床に落ちる音がして、夜靄の精霊は驚愕に目を瞠ってこちらを見上げた。



「…………真夜中の座の君」


囁くような声は掠れ、こちらを見上げる顔は真っ青だ。

黒にも等しい藍色の髪に瞳をした男は、震える指先で前髪を撫でつけると、立ち上がって深々と首を垂れた。


「ご無沙汰しております、真夜中の座の君。………その、どちらから…………いえ、本日はどのようなご用件で?」

「それは勿論、君が夜の時間石を持ったまま姿を晦ませたからだろうな。夜を乱す者が見当たらないと、ウィームの私の主人はお嘆きだ」

「…………あなた様の、主人?」



夜の系譜の階位は様々であり、種族によってもその力関係は勿論ある。

だが、ミカが今迄別の種族の誰かに膝を屈したことはないし、他の夜の系譜の精霊達とて、ミカと同じ王座に座る同列の支配者であった。

そんなミカが主人がいると明かしたのだから、それは驚くだろう。

しかしミカは、こんなところで罪を犯した夜靄の精霊相手とはいえ、その言葉を口に出来たことに酷く感動していた。



(………私の主人、…………なんと良い響きなのだろう)



「ザハの料理人と仲たがいをするのはお前の勝手だ。だが、夜の時間石を持って行ったのは、まずかったな」

「…………その、真夜中の座の君。………私は確かに追っ手を警戒してこのようなところに潜伏してはおりますが、それはあくまでもあの料理人を警戒してのこと。彼とて長年馴染んだ上得意を失いたくはありますまい。追いかけてきて釈明するのが必至。追っ手くらい放ちましょう。……しかしながら、夜の時間石は確かに本年は夜靄の管理ではありますが、私はそれを持ち出してなどは……………」

「では、これは何だろう?」

「………………っ、」


ミカが、彼の荷物とおぼしき黒い革のトランクから取り上げたのは、澄んだ藍色に柔らかな薄紫色が混じり合う夜の時間石、その中でも夜明けを齎すものであった。

それが柔らかな布に包まれ、自分の荷物の中から出てきたところを見てしまい、ナナクは絶句する。


(…………妙だな。この様子を見る限り、本当に本人は気付いていなかった可能性がある)



ミカは、少しだけその奇妙さに首を傾げたくなった。

こういう場合は同族同士の策謀や、そうではなくともそのような工作が可能であった誰かに恨まれていた可能性もある。

だが、それは知ったことではないのだ。

本当は誰が犯人かなどということよりも、結果誰がという部分さえ分っていれば問題ない。



「………真夜中の座の君、私は……」

「申し開きがあるのであれば、それは戻ってからすればいい。それは、私の与り知らないところだ」

「し、しかし………!!」


何かを言い募ろうとして、ミカの瞳に浮かんだ冷え冷えとした色を見たのか、ナナクはぐっと口を噤んだ。

項垂れて、そういたしましょうと呟くと、ふらふらと荷物をまとめ始める。

金庫の魔術を使えばよいものの、ナナクは、このように鞄に荷物を詰め込んで持ち歩くことを楽しむ性質の者なのだろう。



「それと、私はこの後で擬態を戻さねばならない。くれぐれも、私の名前を出してくれるなよ?」

「………そういたしましょう。もしや、ウィームのどなたかと、契約をされておられるのですか?」

「君に言うべきことかね?」


そう返せば、ナナクは恥じ入ったように項垂れた。

擬態を戻し、何の特徴もない栗色の髪の青年になれば、微かに驚いたようにこちらを見るが、その視線をすぐに正面に据えたのは、他の者達の転移の気配を感じ取ってのことだろう。


ナナクを見付けてすぐに、ミカは会員達に魔術通信をかけておいたのだ。




「…………イーザ?」


しかし、駆けつけた副会長のイーザは、驚くべき同行者を連れてきた。

会員ではない、ウィームの服飾品の専門店に勤めているという変わり者の精霊だ。

正確には精霊王の一人で、どこか掴みどころのない風変わりな性格をしている。



「エイミンハーヌ…………様」


ナナクも驚いたのか、その精霊の名前を呼び困惑に目を丸くしている。

擬態もせずにこちらに訪れた霧の精霊王は、ふわりと淡く微笑んだ。

灰色の髪に淡い紫色の瞳、そして高位の精霊にしては珍しく巻角を持っている。

その角は彼本来のものではなく、古い友人の竜の呪いを肩代わりして引き受けたものだそうで、その角を持つこの精霊は、竜の力も持っているという規格外れの精霊なのだ。


「失礼、別の団体に所属する友人から、今回の現場に同行したいという申し出がありまして」

「…………別の団体ですか?」

「ええ。何と言いますか、………我々のものとは別に、ウィーム領主を庇護する為の会もありましてね」

「ああ、それならば聞いたことが。確か、カルザーウィルの呪いの竜が統括をしていると……」

「ええ。そちらの会員です。今回のことは、そちらの方々も関わっていたようなので、同行いただきました。我々の資質上、手柄を誇るようなものでもありませんからね」

「言われてみれば、領主の立場から考えても、今回の事件は見過ごせないものですね」


そう呟いたミカに、霧の精霊王はどこか謎めいた微笑を浮かべた。



「うーん、まぁ、色々な意味でね」



それはどういう意味なのだろうと尋ねようかと思ったところで、一緒に捜索にあたっていた会員達と一緒に、誰が呼んでしまったのかニエークまでやって来てしまった。

ワイアートが一緒に居るが、イーザに次いでご主人様を煩わせないことに重きを置く彼がニエークを呼ぶとは思えない。

であれば、直前までに一緒に居た者達の誰かだろう。


他の夜靄の精霊に声をかけていたというグラフィーツもやって来て、囲まれたナナクは蒼白になって身を竦めている。

何しろ、ワイアートは雪竜の王族で、ニエークは雪の魔物であるし、グラフィーツもかなり高位の魔物だ。



(他の者達もそうだが、比較的高位の者が多いからな………)


踏まれたい系の鬱屈とした欲を心の奥に隠し持っている者には、どうやら平素は傅かれる側の者が多いようだった。

ネア様の場合、彼女が従えているのが高位の魔物であることもその種の者達を呼び寄せてしまう一因なのだろうが、こうして高位の者達らしい情報網や選択肢を持つ仲間が多いというのは頼もしくもある。



(だが、ウィーム領主の支持者達も、錚々たる顔ぶれのようだ)


部屋の窓際では、複数名の高位者達に責め立てられた夜靄が蹲って必死に謝っている。

そんな夜靄を眺める霧の精霊の瞳は、どこか愉快そうなものだ。

ふと、ナナクが知らぬ間にその荷物の中に紛れ込んでいた夜の時間石のことを思った。

霧の系譜の者達もまた、あわいに近しい気配を悟られ難い者達ではないか。




「イーザ、ナナクの荷物に夜の時間石を紛れ込ませたのは、彼等なのだろうか?」


全てが解決しての帰り道、ミカは隣の妖精にそう尋ねてみた。

ナナクはリーエンベルクに勤める会員に手渡され、無事に収監されたようだ。

同族の夜靄の精霊が迎えに来るそうで、時間石はその同族の手で返還され、正しく、新年の祝いの儀式のある日の夜明けを早める為だけに使われるようになる。



「正確には、あのザハの料理長が主犯ではないかと、私は睨んでおります。あの方が熱狂的な領主贔屓なのは、ウィームでは有名なことですし、ナナクの失踪の前日に、振る舞い料理に参加する店舗の主人達が、なぜか使用食材を保管庫に戻していたという目撃情報もありましたから」

「ザハの料理長から、事前に連絡が入っていたと?」

「と言いますか、………その殆どの者達が、ウィーム領主の熱狂的な支持者ですからね」

「そうなると、………ウィーム領主当人が、今回の事態を望んでいたように聞こえるが……」

「ネア様は、その事件解決力の高さより、リーエンベルクの守護の要として深い信仰を受けております。あの方がリーエンベルクに住むようになってから、騎士達の負傷率は七割減、それが、ネア様が不在にする間だけは元の数値に戻るようです。恐らく領主派の者達は、ネア様不在のまま新年の儀式を行う領主の身を案じ、不安を覚えたのではないでしょうか?」


新年の振る舞いは、ウィーム領主が主体となる数少ない催しだ。

近隣だけではなく遠方からも観光客も訪れるし、王都の者達や、ウィームの新年の儀式が素晴らしいと聞き及んだ人外者達もやって来る。


確かにそういう場であれば、守護の要であるネア様がいなければと思うだろう。


そして、そんなネア様の不在を憂いた誰かが、ナナクを利用する形で新年の振る舞いの儀式を後ろ倒しにした可能性が高いようだ。

実行犯がザハの料理長であれば、これ以上に容易いこともない。



「…………さすが、ネア様だな。領主派の者達にすらそのお力を頼られているではないか。今回のご不在が何の理由であったかまでは分らないが、無事にお帰りになられてほっとした」

「エドモンの話によると、リーエンベルクの守秘義務があるので全容までは明かせないものの、ネア様は恐ろしい試練に見舞われたものの、持ち前の才能でその試練を打ち破り、無事にご帰還されたそうです」

「……………あの方は、どこまで我々の心を揺さぶるのだろう。そのような思いをされたのなら、ますます今回は早々に解決出来て良かったな」

「ええ。ネア様のご帰還を祝う昼食会は、また後日に設定し直すことにしました。アイザックから、集会用の屋敷を一つ購入出来たという報告があったので、そちらでの開催になるかもしれませんよ」

「とうとう、我らの拠点になる場所も出来たのだな。楽しみだ」

「領主派には、既に郊外に拠点になる城があると聞いています。我々も負けていられませんね」




その翌々日、ウィームではリーエンベルク前広場で無事に新年を祝う儀式が催された。

会場はウィーム各地から駆けつけた者達や観光客で賑わい、注視していればその中でもかなり多くの者達がどこか意味ありげな眼差しを交わし合って満足げに頷いている。



ミカは、視線の先で契約の魔物の三つ編みを投げ返しているご主人様にうっとりと見惚れた。

悲し気にしている魔物には付け合せの酢漬け野菜を食べさせておき、その隣の統括の魔物の皿から何かを奪い取っている。

やり取りを見ているに、ザハで一緒にいた男性の一人は、あの統括の魔物だったようだ。



ふと、人垣の向こう側で赤い髪の男性と一緒に領主の方を見ていたエイミンハーヌと目が合った。

人差し指を唇にあて、霧の精霊王は微かに微笑み、ミカもそんな領主派の者達に微笑みを返した。














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