鋏と炎
今年もヴァレーの古城に面した湖の上で、年初めの舞踏会が行われた。
この舞踏会は、統括の魔物やシーに竜の王や精霊の王などが集い、六日間隔で三夜続くものだ。
アルテアは、社交というよりも氷河の葡萄酒の新酒目当ての参加だが、ここに来ると懐かしい顔に出会うのも毎年のことだ。
久し振りに会った羅針盤の魔物と少し会話をし、その後にも香炉の魔物を見かけた。
どこかで少しだけ犠牲の魔物が来ているという声が聞こえた気がして振り返ったが、グレアムの姿はないようだ。
「よう、アルテア」
「…………船か。近付くなよ」
「久し振りに会ったって言うのに、つれない言葉だな。一緒に飲もうぜ」
「御免だな」
「近々、クトルフの葡萄畑が競売にかかるらしいぞ。管理していた砂利土の魔物が育成に飽きたらしい」
「…………ほお」
「二年前にこの舞踏会の会場になって以来だが、買い手が殺到しそうだな」
「どうせ売り出すなら、こっちの方が有り難かったがな」
「そうかぁ?俺は十七年前の会場だった、ヴェルリアの海が一番だったがな」
「………酒の話だろ」
「船の魔物の俺が言うのもなんだが、ヴェルリアのエールも美味いぞ?」
「俺はそうでもないな」
会場は数年に一度変更になってきたが、この湖の上の舞踏会会場の評判が良いらしく、来年もここで開催されることが既に決まっているらしい。
湖の氷には、参加者達が足を滑らせないようにと精緻な模様が彫られている。
湖畔の木からシャンデリアを吊り下げ、湖の精霊が氷の下から結晶石の灯りをともす。
真円の月の光を浴びて、奥で誰かと話し込んでいるのはダイアナだ。
今年はほこりも少しだけ顔を出すそうだが、白夜に白百合が付き添うのでそちらに任せておけると安堵した。
誰かが声を上げて笑う。
麦の魔物が何かを言ったようで、女達が嬌声を上げた。
その輪の中で困惑したように微笑むのは、新代の星の魔物だ。
同じ系譜の星の乙女達に囲まれ、あの魔物はいつも困惑したように淡く微笑んでいる。
(霧雨の精霊王の姿も見かけたな。………ヨシュアは、来るとしても最終日くらいか)
今年はそろそろノアベルトあたりも顔を出しそうなものだったが、未だその姿は見かけていない。
どうだろうかと考えて視線を巡らせ、目が合ってしまった焚き上げの魔物に顔を顰めた。
新年の舞踏会は間を空けて三日間で行われる。
リーエンベルクから一報が入ったのは、その二日目のことだった。
昨年もこの書架妖精から連絡が入ったような気がして眉を顰めたが、妙な予感がしたので無視はせずに応じることにした。
「…………は?」
聞こえてきた言葉に絶句し、そのまま無言で事件のあらましを聞いていると、信奉者達を掻き分けてウィリアムがこちらに向かってくるのが見えた。
微笑んで話しかけてくる者達を受け流してはいるが、その目は一かけらも笑っていない。
ダリルに短く返事をしてから通信を切り、持っていたグラスを近くの給仕に戻す。
「アルテア、ダリルから話は聞きましたか?」
「ああ。………おい、剣を出すな」
「これから、ジャンリに会ってきますよ。幸い残響は代替わりしたばかりだし、もう一度やり直すくらいで済みそうだ」
「………お前、本当にその顔をあの信奉者どもに見せてやれよ」
「アルテアは、リーエンベルクに?」
「ああ。ルディガエルの鋏を持って悪夢に降りれば、一時間くらいで片がつく」
「…………アルテア」
それだけを聞けばもういいのか、立ち去りながらウィリアムがふと振り返った。
挨拶をしてきた雪風の魔物に会釈をする姿は、これから残響の魔物を殺しに行くようには見えない。
「なんだ?」
「今年も春告げの舞踏会には、ネアを連れて行って下さい」
「………ああ。勿論だ。念の為に、シルハーンの伴侶になった後も毎年連れて行った方が良さそうだな」
「俺としては複雑なところですが、そうでしょうね。今回の事件は今迄の事件に比べて単純なものだが、今迄で一番ひやりとしました」
「俺もだ。………時々、体質的に病にかかりやすい人間がいる。あいつの足場は、そんな感じなんだろう」
「ひとまず、ジャンリを殺せば少しは弱まるでしょう。次の残響が派生するまで、早くても一日はかかる筈だ」
「間違っても祟りものなんぞにするなよ。そこで余計なことを引き起こすと、拗れる」
「祟りものになった場合はほこりを借りますよ」
「ああ、あいつが居ればどうにかなるな。白夜も齧れるくらいだからな………」
残響を殺す必要はなかったが、とは言え残響が不在の間はその要素が弱まるのも確かだ。
あれは先代の作ったものではあるが、残響が編み込んだ呪いである以上、関係のない今代の残響の不在であってもそこには残響の要素に変化が生まれる。
ウィリアムがそうするつもりであればさせておき、呪いの間口を少しでも緩めておこう。
(…………統一戦争の悪夢に)
統一戦争時のウィームがどうなったのかは、よく覚えている。
何しろその頃からウィームには屋敷があったし、アイザックが仕事に影響が出るとぼやいていたからだ。
勿論、こちら側からウィームに手を貸せばあの戦争の結末は容易く裏返っただろう。
そうしなかったのは、要素の偏る豊かな国というものが延命する時代が終わったと、アイザックと共に認識していたからだ。
であれば、統合という形で大国の一部分となり、属領などにされることを避ける為にはヴェルリアの支配が望ましいだろうと結論を出したのだ。
大陸公路上に点在する国々の眼差しは鋭く腹は飢えている。
ウィームの気質だけであれば、いずれもっと不愉快な形でその餌食になった可能性も高い。
確かにウィームは魔術も守護も豊かな国ではあったが、個々の能力がどれほど高かろうと、国家間の戦争に向いている国ではなかった。
離れた国に遠征し、その国々を略奪のみで蹂躙するような大国にはやはり膝を屈したに違いない。
そして、その危険性に最も早く目をつけたのが、各国の情報も入りやすい港を有する国であるヴェルリアだった。
国境を接するガーウィンとアルビクロム、そしてウィームを吸収し、複合的な要素を持つ自治力の高い四領からなる大国になることで、この地域への他の大国の侵入を封じる。
それがかつての統一戦争の目論みであったのだ。
リーエンベルクが落ちた日、あの中に居た人間は一人残さず殺された。
逆に言えばリーエンベルクさえ落ちれば戦争が終わったからだということなのだが、王宮を残して中の人間達だけを殺す為に編み上げられた炎の魔術は凄惨なものだ。
身元の特定も必須であった為、死んだのがどの人間かを識別出来る程度の炎。
そう指定されたその時、火竜の王は殺される者達の苦痛を思い、即答はしなかったと言う。
そうして全てが終わった朝、リーエンベルク前の広場にはかつて王宮で暮らし、或いは王宮に殉じることを決めた者達の遺体が並べられた。
王宮を落す為の戦いによってあまりにも損傷が大きく識別が困難だったものも何体かあったそうだが、そのような遺体は殆どが特徴のある者達であったので、少ない要素からも特定が可能であったそうだ。
そんな中を、もしネアが歩いたとしたら。
(…………いや、その余裕はなかっただろう。何しろ、)
「…………っ、」
何しろ、ネアは一度死んだのだ。
あの炎に包まれたリーエンベルクで、あの夜に殺された者達と同じように死んだのだ。
『困ったものだ。私と、エヴナは友人だったのだが………』
ふと、そんな風に呟き苦笑したウィーム王のことを思い出した。
戦況が見え始め、ウィームの敗戦が濃厚になってきたあの日、その執務室を訪れたアルテアに、彼は背中を向けたままそう呟いた。
『私は国を守らねばならないし、彼にはヴェルリア王家との契約がある。………今のヴェルリア王の兄が生きていた頃は、よく三人で飲みに行ったものだ。ジゼルはいい顔をしなかったがね』
振り返った王の顔は、どこかエーダリアに似ていた。
ヴェルクレアの前王が存命であれば、最後の血族がかつての兄の友人に似ていたことに驚いただろうか。
淡い色合いの銀髪に淡い緑の瞳。
端正な顔立ちで魔術書を好み、誰よりも竜達に愛されていた。
『そなたとの賭けも途中になってしまったな。勿体ないことをした。辛うじて私が勝っていたのだが』
『言う程のことか。次の一手でひっくり返るだろうが』
『それはどうだろうな』
小さく微笑む気配があり、まだ炎の影のないリーエンベルクで最後のウィーム王は執務室に隠し持った上等な酒をアルテアに投げ寄越した。
『餞別だ。私に、この国を捨てるように唆しにきたのだろう?』
『お前は国を捨てないだろうな』
『ああ。全てのものがここにあり、最後のその時に首を差し出すのが私の役目だからだ。まったくヴェルリアも酷なことをする。ただの統合なら交渉の余地もあっただろうに、最初からウィーム王家の血族は根絶やしにするつもりであったとはな………』
『賢い王ならそうするだろう。内側に抱え込むにしては、ウィームの王族の力は強過ぎる。統合した国を憂いなく治める為に、予めその不安要因を取り除いておこうと思っても不思議はない』
『やれやれ。時の流れというものは残酷なことだ。かつてはこのウィームも広大な領土を持ったが、好戦的な一族とは袂を分かち、こうして平穏に暮らすことを選択した後の時代にこそ侵略の脅威に晒されるとは』
その男は、不可解な人間だった。
こよなく竜を愛し、魔物は気に食わないと公言しておきながら、そんなウィーム国王に惹かれる魔物達も数多くいた。
出会ったのはヴェルリアの港の酒場で、彼は古い友人だという火竜と飲んでいたところだ。
そしてその火竜が、統一戦争最後の夜に友人であったウィーム王の首を落した。
『元々、ウィームの王家には代々伝わる隔離地への扉を開く王家の指輪があった。好戦的であった派閥の者達が国を追われた時、その指輪も持ち出されてしまったようだ。あの指輪があれば、我々は国など持たずともひっそりと姿を消してどこか遠くで気楽に暮らしただろう。……………民達には、配給の時以外は家を出ないように命じた。物資の配給はかつて友人だったヴェルリアの商人が、慈善団体として入ってくれる。王家を滅ぼす為の戦いに、これ以上民達を巻き込む訳にもいかないからな』
これからの王都侵攻では、ヴェルリアの正規軍は難なく王都を抜けることが出来るだろう。
唯一つ国の中心に取り残されたリーエンベルクの周辺だけが、最前線の戦場となるのだ。
『……息子…は、この王宮に残された魔術の叡智を守るべく、竜同士の戦いなどが想定される部隊を連れてローゼンガルデンに移った。少しでも王宮が残れば、かつてここに敷かれた魔術の叡智も誰かが引き継げるだろう。国がなくなっても、民は残る。その民の支えとなる技術として根付けばいいのだが』
小さな溜め息が落ちた。
それはもしかしたら、苦笑だったのかもしれない。
『……………むごいものだ。この王家の血筋を絶やすのがヴェルリア王の意向。しかしながら、我々は婚姻には比較的寛容だった。それは好ましいことだと思ってはいたが、市井に降りた子供達のものまで合わせれば、これだけ多くの血族の粛清を招くことになってしまった。………幼き子供達の親である者達が、救いのない戦いとはいえ最後までと願うことを、……その最後の願いを、どうして止められよう』
『お前一人なら、とうに降伏を申し出ていたか』
『…………どうだろうな。私の親友であった先代のヴェルリア王を、自分の兄を政策の違いで殺してしまったのは今代の王なのだ。どこかでその憎しみが、私に判断を誤らせたのかもしれない。彼等の目的が王家の血筋を絶やすことだと気付いていれば、少しでも多くの者達を転属で逃がせたやもしれぬのに………』
転属とは、種族の書き替えの儀式だ。
主に妖精が持つ手段であり、自分の伴侶を婚姻から一年程かけて妖精にしてしまう手段である。
また、一部の呪いの形でその人間の生と運命から外れる術も、僅かではあるが存在していた。
とは言えそのどれもが、残された時間では足りないものであった。
ヴェルリア側は、その猶予を残さないところまで、あえてこの戦争の降伏条件を伏せておいたのだ。
『せめて、お互いに死者の国に行けるのであれば、古い友人に会えただろうに』
『ヴェルリアの前王は、死者の国に行けないように魂そのものを砕かれた。何しろ王殺しだったからな』
『となると、生まれ変わるしかないではないか。難儀なことだ。…………残されるエヴナには、どれだけの孤独か』
その言葉が示したように、統一戦争時に火竜の王だった男は統一戦争の二十年後に自死している。
自らの持つ槍と共に黄泉路を渡った王の遺言に従い、古い火竜達は決してウィーム王家の末裔を傷付けることはないだろう。
唯一人生き残ったウィーム王家の第三王女を、その赤子をヴェルリア王家に迎え入れなければと因果の精霊王に言わせたのは、エヴナであったと言われている。
彼の伴侶であった火竜が、その最後の王女をリーエンベルクから連れ出したのだそうだ。
『困ったものだわ。あの子供を庇護しようとすると、あの子供は火竜の守護を掠め取ったとして粛清されてしまう。他の者達の守護や庇護でも同じことでしょう。そしてそうなった場合に、私達は契約のあるヴェルリア王家の者を傷付ける訳にもいかないの。それに、私の契約の子供がヴェルリアにはいるしね』
そう嘆いたのは、エヴナの娘だ。
『強くて恐ろしい叔父上の契約の子供が、あの王女の息子を気に入ったようよ。これで私も、安心してヴェルリアの王宮を離れられるわ。人間の命のなんて短いこと。私の契約の子供が死んでしまってから、もう十五年も経つのね………』
リーエンベルクの最後の王女が殺された日、多くの人外者達が失望したそうだ。
だからこそヴェルリア側は隷属の妖精にその汚れ仕事をさせたし、それを知っている者達は彼を責めようとはしなかった。
羽を捥がれた妖精が、せめてもの抵抗にと、怯えさせ苦しめて殺すようにと命じられながらも、最後の王女を苦しまずに眠るように逝かせたことが評価されたのだ。
約定を破った妖精は目を潰されそうになったが、そんな妖精を欲しがって半ば強引に母親を説得して手に入れたのは、火竜の祝福の子と契約した正妃の息子だった。
『今でも思い出すことがある。あのおぞましい火に包まれた王宮を。そしてそこで泣き叫び、もがき苦しんで死んでいった者達を。酷い記憶は幾つもあったが、美しく優しい者達が、言葉を交わせば抵抗すらせずに降伏した筈の者達が、無残に殺されていったあの夜は、…………俺が知る限り最悪の日だった』
そう語ったのはドリーだ。
リーエンベルクには、統一戦争を知り火の記憶に怯える者がいたと話しており、酷く胸が痛んだらしい。
珍しくあの火竜がそんなことを口にしたのを、ヴェンツェルは黙って聞いていた。
(……………あの炎を見はしなかった)
アルテアが最終的に手を貸したのは、ヴェルリア側だ。
人間達の作る国の流れ上そういうものだと思っていたし、あの男も国を捨てはしなかった。
だがもし、あの男が声を上げて助けを求めたら、どれだけの人外者達が手を伸ばしたのだろうかとは思う。
もう少し戦況が膠着し、或いは長引いて見守ることに耐え切れない者が現れたら。
だからアルテアは最後の夜にはウィームを離れ、あれだけ頻繁に会いながらも、最後まで一度も侵食も操作もしなかった珍しい人間が死んでから、ウィームに戻った。
そしてその火に包まれた最後の夜は、とうとうネアまで殺してしまったのか。
「俺も下に潜るぞ。細やかな魔術の調整は向いていないだろう」
リーエンベルクに到着するなりそう言えば、シルハーンが目を瞠るのが分った。
明らかに色彩やそれ以外の何かを損なっており、髪色もいつもよりどこか暗い。
「…………アルテア。君とネアの繋がりを悟られないように、残響の効果を薄めることは出来るかい?ネアが随分と史実から逸れ始めたと話していた。悪夢が歪むまであまり時間がないかもしれない」
「あいつに会ったのか………?」
「悪夢に少しだけ潜ってみた時に、たまたまあの子は悪夢から少しだけ浮かび上がってきていた時だったようだ。身に持つ守護と、エーダリアの渡しておいた小枝が良かったのだろうね」
シルハーンのその言葉に、立っていたエーダリアが少しだけ安堵に近い表情を浮かべた。
その表情のどこかに、かつて、とある蒸留酒の瓶をこちらに投げ渡した男の眼差しが蘇る。
「………あいつの様子はどんなだった?」
「怖がっていたよ。それに、傷付いてもいる。それでもあの子は、私を案じてくれようとするんだ」
それは容易く想像出来た。
だが、アルテアが知りたかったのは、ネアがどれだけのものを見てしまったかだったのだ。
「………おい、向こうのお前は信用出来るんだろうな?」
「アルテアに言われたくないなぁ。向こう側の僕なら、ネアを死んでも守るから大丈夫だよ。…………ただ、悪夢が歪んで脱出し難くなる前に、あの子を出してあげなきゃだね」
「アルテア、ドーミッシュは来れそうかい?」
「先にウィリアムが捕まえたらしい。残響は一度仕切り直しだな」
「…………わーお。容赦ないな…………。その土地がどこだか知らないけど、崩壊の影響とかも深刻だろうに」
確かに、特に準備もなく高位の魔物を殺せば、それなりの影響が土地に残る。
残響は白持ちではないが子爵の魔物で、小さな村ぐらいであれば崩壊で飲み込んでしまう筈だ。
「アルテア」
そう呼ばれて振り返ると、殊勝な顔をしたウィーム領主が立っていた。
「なんだ?」
「その、…………すまなかった。譲られたものの管理がなっておらず、迷惑をかけた」
「……………偶然だったんだろ」
なぜかそう頭を下げられ困惑する。
しかし、エーダリアは小さく首を振った。
「偶然とは言え、大切に思う者の身が危うくなるのは堪らないだろう。………私もそうだが、今回のことで多くの者達の心に影を落としてしまった」
「………これからは、禁書はそれ相応の禁術書庫で管理しろ。アイザックに専用書架の話を通しておいてやる」
「そ、そのようなものがあるのか?」
「エーダリア様………」
「言っておくが、その手の欲は押さえきれないぞ。無理に手放させても事故るだけだ。…………かつてのウィーム王も、よくそれで事故ってたからな」
あの男もよく酷い事故を起こしていた。
その度に見知らぬ魔物や妖精達と親睦を深めて帰ってきては、代理妖精達や、契約の竜達を嘆かせていたものだ。
『アルテアさんは、エーダリア様のことを実はお気に入りですよね?』
いつだったか、ネアにそう言われたことがある。
その時はそうだろうかと考えたが、そう言えばこの領主は、自身の曽祖父に似ているのだ。
(であれば、まぁ、………確かに気に入ってはいるのか)
「僕さ、思ってたんだけど、アルテアは結構エーダリアのことを気に入ってるよね。僕の契約者なんだけど」
「さてな」
そう言えば否定すると思っていたのか、ノアベルトがひどく嫌そうな顔をすると、なぜかエーダリアに毛玉のようなものを渡していた。
当のエーダリアは、こちらを見て呆然としている。
「いいのかい?………君は、統一戦争の終結後のリーエンベルクを見るのは嫌がっていただろうに」
その言葉にはっとして振り返れば、シルハーンが静かな目でこちらを見ていた。
そのことに気付かれていたのかとひやりとしつつ、やはりこれは王ではあるのだなと考え直す。
「じゃぁ、何で俺を呼んだんだ」
「君が、ルディガエルの鋏を持っていることを知っていたからだね。それと、私には居場所を見付けられなかったから、ドーミッシュを連れて来て欲しかったんだよ」
「…………あいつは、俺にとっても契約主だからな」
「それはとても複雑なことだけれど、今回ばかりはとても良かったと思うよ。悪夢の中のあの子に会えたその要素が、どこにあったのか分からないからね」
「…………今年も、春告げに連れて行くぞ」
「そうだね。頼むよ」
見たこともない炎の影が瞼の裏に揺らめく。
その中にネアがいると思うと、ウィリアムの到着を待つその時間すら不愉快だった。
その不愉快さは、ウィーム王が死んだあの夜とはどこか違う。
気に入った人間にもやはり、その執着の質や色の違いがあるのだろう。
だからこそ、降りた先の悪夢の中で血だらけの魔物を抱いて泣いていたネアを見た時、この人間が例え国を捨てないと答えても、そのような時が来たら無理矢理連れ出すだろうなと少しだけ思ったのだ。