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226. 耳を塞ぎたい言葉もあります(本編)



部屋の中はしんとしていた。

鎮魂の鐘はあれ以降は聞こえてこない。



「……………どうしてそう思われるのですか?」



静かにそう尋ねたネアに、ニーノは顎先に手を当てて考えるそぶりを見せた。

神官服の美しい魔物がそういう仕草をすると、ひどく人間離れした不可解なものに見える。


「………記録し知っているからだ。確かにシルハーンは気紛れで相反する性質を持つ者。だが、それでも魔物というものはやはり、根本的な資質は変わらない」

「しかし、あなたの知っているディノと、私の知っているディノは違います。相対する人によって、その人物の性質や気質が変わることも珍しくはありません」


ネアも勿論、ディノの魔物らしい酷薄さを知っている。

その全てがネアに向かないこともないし、ネアがそれを厭うこともない。

でもやはり、二人の関わり方は違うのだ。



「であれば、相対する者の印象というものは、本人同士よりも他者の方がよく見えるということも常だ。それが全てではないが、…………少なくとも、俺は君よりも長く生きている。記録が俺の資質で、その時間の殆どを生き物たちを観察することで生きてきたのだ」



ニーノの声も静かだった。

彼は多分、ネアを悲しませようとか、傷付けようとして言っているのではない。

ただ、魔物らしくこちらの心の揺れなどおかまいなしに、自分がそう思うことを淡々と言い募るばかり。



「少しだけの時間ではないのです。色々なことがあり、様々な体験をして一緒に成長しながら暮らしてきました」

「だが、魔物の遊興は得てして長い時間をかける。戦争で拾い集めた孤児達を神父のふりをして育て上げ、彼等がその国の要職に就くまで、良き友人や恋人であった魔物もいる。……我々には長い時間があり、それはそのようにしてのみ費やせない長さでもあるのだろう」

「ディノは、……………」



ここでネアは二つの思いに苛まれた。

一つは、やはり二人のことは二人にしか分からないので、このままニーノと話していても無駄だという思い。

そしてもう一つは、目の前の魔物を何とかして言い負かして反省させてやりたいという荒ぶる思い。



「………魔物さんが生涯で得られる伴侶は一人なのでしょう?あまりこういう事を盾にするのは品がありませんが、ディノは私に指輪をくれたのです」

「だが、伴侶にはしていない」

「それは、私がきちんと婚約期間を取る事をお願いしたので…」

「魔物は強欲だ。そして我が儘な生き物だ。君が歌乞いであれば周知のことかと思うが、魔物はこれと決めたものを決して他者と分かち合わない。逃さず、手離しもしない。一年以上も伴侶にせずにおくなど、それこそ考えられない」

「あの魔物はとても優しいのですよ。きちんと話し合い、お願いしたことですので、我慢して叶えてくれているのでは?」

「…………言いたくはないが、そうして願いを汲み取ったふりをして、それでも自身の欲求を満たす術を、我々はいくらでも持っている。それをしないのであれば、今の状況こそがあの方の望むものなのだろう」

「……………今の状況?」



問い返したネアに、ニーノはどこか不憫そうな眼差しをあてた。

とても魔物らしく人間の心に沿わない魔物だが、そんな違う生き物として、脆弱で愚かな生き物を憐れむように。

ゆらりと揺れた尻尾が見えたが、ネアはもう、先程までのように単純に触れてみたいとは思わなかった。



「君は、万象の守護を持ち指輪まで持ちながら、よくこのような事故に遭うと話していた。それは少し異常ではないか?君の周囲の魔物達も含め、それだけの者達が側にいてそんなことがあるだろうか。……であればその理由は一つだ。君は恐らく、彼等にとって良い暇潰しなのだろう。退屈ではない時間、愉快な物語として、彼等は君がその試練をどう乗り越えるのかを楽しみにしているのだ」



滔々とそう説明され、ネアは血の気が引いた。



彼が言うことを信じるかどうかと言うよりも、その響きには確かに言葉としての説得力やまっとうさがあり、言葉の持つ力そのものにぶつかられたような気がする。

そして今のネアは、無残に終わるものをたくさん見たばかりで、心の耐性がとても低いのだ。


ずしんとその響きでよろめき、軋んで傷んだ胸をそっと押さえた。




「そ、そんなことはありません!」

「いや、決して悪い事だという訳ではないから、誤解をしないでくれ。人間の身には過ぎた恩寵であるし、何よりも君は万象を好いているのだろう?彼の興味を惹いたことを誇ればいい。ただし、過分な期待をして現状を理解しないというのはいただけない。人間は弱き生き物なのだから、これだけの困難を乗り越えたいのであれば努力をしなければ」



(それはまるで、…………)



それはまるで、玩具は玩具だという自覚をした上で頑張れと言われたようなものだ。

そこに好意はあっても、それは決してネアが信じているような心の重ね合いではなく、ただの魔物達の暇潰しに過ぎないのだと。




「あなたがどう考えようと、私は私にそう考えさせてくれたディノを信じます」



ネアだって、例えばウィリアムとアルテアであれば、その全てまでを何の懸念や迷いもなく信じられると言えるまでには至らない。

でもそれは、彼等が家族として過ごすリーエンベルクの外に暮らしている、友人という枠の存在だからであって、友人ともなればそれはそれなりに自由に謎めいたところもあるだろう。


だからそれが、心の奥ではある程度暇潰し寄りのものであっても、ネアはその表層の穏やかさだけでも充分に有難いと考えている。



(でも、ディノは違う。そして私は、ノアも違うと思っている…………)



だからニーノの言葉は鋭く嫌な言葉で、尚且つそれが彼の配慮や指南として言われたのがとても不愉快であった。



「頑固な娘だな」

「ニーノさんが持論に頑固過ぎるのです!」

「怒るようなことでもあるまい。寧ろ、その薄い魔術可動域でよくあの方の興味を惹けたものだ」

「おのれ、よくも私の魔術可動域を馬鹿にしましたね。ゆるすまじ」

「…………馬鹿にしたことになるのか?何の煌めきや特性もなく、ほとんど空に近い無力さではないか」

「ふさふさ尻尾で本心が筒抜けな魔物さんには言われたくありません!本を褒められると、すぐに尻尾がふりふりしてしまうくせに!」

「な!……あれは、特に本心と関わりなく動くものだ。人間の髪も動かそうと思って揺れるものではないだろう」

「頑固なのはどちらでしょう。髪の毛と尻尾は全く違いますよ!」



ネアはぷんすかしながら窓の方に歩いてゆき、たいへん遺憾であるという主張の為にぷいっとそっぽを向いた。

しかし、怒っているというよりは、悲しいという気持ちの方が強いのだろうか。

じわっと涙ぐみそうになったので逃げたネアは、そっぽを向く体で今の言葉から一生懸命に意識を逸らす。

一刻も早くノアに帰って来て欲しいと思っていると、五分程してようやく扉が開いた。



入ってきたノアはネアに微笑みかけると、部屋の中に居たニーノを見付けて目を細める。

元々が冷ややかな美貌の持ち主なので、そんな表情をしたノアはぞくりとする程に美しい。


「………ニーノ、先に部屋に入るなら、一言声をかけてくれるかい?」

「別に危害を加えはしない。それに、俺の力を借りているのは君達だろう」

「…………ネイ?」


ネアは窓際のところからぱたぱたとノアの方に駆け寄ると、その腕を掴んでほっとする。

気遣わしげに向けてくれる眼差しの温度に、ニーノが口にした残酷な言葉が霧散して消えてゆくようだ。



(だって、ノアの眼差しの中にあるものが、それは違うと教えてくれるから)


玩具でも時間潰しでもなく、きちんと心が向いている温度がある。

ネアだってもうこちらの世界で一年は暮らしているのだ。

人外者の弄うような眼差しと、相手を丸め込む為の微笑みは、心の温度が本物のものとは全然違う。


それは多分、彼等にも柔らかな心があるという当たり前のことなのだと思う。

根本が違くても、自分とは違う者に心を傾けることはある筈なのだ。


「ネイ、………もしかして、ニーノに何かされたのかい?」

「いえ。何もされていませんし、魔物さんらしく魔物さんなりの誠実さを持った方だと思います。ただ、我儘な人間は意見が合わないのがもやもやするので、ノアが帰ってきてくれて嬉しかったのでした」

「…………本当に何もされていないね?」

「はい。それと、お部屋で居眠りした際に、夢の中で私の魔物に会いました。魔物曰く、私がこちら側の世界で眠っている時は、私の意識が曖昧になることで体が境界より少し上に浮かぶようです!」

「ありゃ。会えたのかい?」


そこでノアが首を傾げたので、ネアはまたしてもニーノのようにそれは夢だとか言われて否定されてしまうのかなと思って眉を下げる。

しかしノアは、違うことを心配してくれただけだった。


「その境界より上がっている状態の時、君の契約の魔物がそこにいなかったとしたら、少し無防備過ぎるよね。君が変なところに一人じゃなくて良かったよ。それと、その君の魔物は何か言っていたかい?」

「はい。私が落ちたのは、残響の魔物さんがとある魔物さんを呪ったのに使った紙片と、その紙片に残っていた術式を蘇らせてしまった勿忘草の魔術だそうです。そして、私を導いてくれたり助けてくれたりしたのは、贈り物でいただいた道示しの小枝なのではないかということでした」


道示しの小枝は、その土地にある魔術を編み上げて作るもので、どんな困難に見舞われても必ず家に帰れるという旅の守り魔術の一つである。

紐付けの魔術でその場所に結んで貰えるので、簡単に使える転移の魔術のように大きな力を持つ魔術ではない代わりに、細くても切れない丈夫な糸でしっかり道しるべをつけているかのようになるのだとか。



「そりゃいいものを持ってたね!それとネイ、魔術の質が変わったような気がするけど、その魔物と会った時に守護を深めたりしたかい?」

「は!一時的な措置としてですが、血の結晶を貰いました。これで危険に見舞われてもいなくなってしまったりはしないそうですので、ノアも安心して下さいね」

「………わーお」



そこでぼさっという音が聞こえてネアが振り返ると、ニーノが、手に持っていた記録の魔物特製の革装丁の記録用ノートを床に落したところだった。

尻尾はぶわりと膨らみけばけばになっている。



「そしてノア、ニーノさんには私の魔物が誰なのかばれてしまったので、ノアにも言っておきますね」

「…………うーん、それさ、聞きたいような聞きたくないような、微妙なところなんだよね。白持ちの高位の連中の中だったら、…………君を預けても許せるのは、ネビアくらいかなぁ」

「………………むぐ」

「だからさ、もし気に入らない奴だったら、僕はもやもやすると思う」

「むぐぅ」


ネアは複雑な顔で黙り込んでしまい、ノアもどこか遠い目をする。


「グレアムもおすすめだけど、彼にはもう伴侶がいるしね」

「グレアムさんは、お話を聞いているととても素敵な方に思えます。ディノのことを………むむ」


うっかり名前を出してしまってから、ネアはぴたりと口を噤んだ。

そろりとノアの方を見れば、塩の魔物は目を丸くしてこちらを見ている。



「……………もしかして、シルハーン?」

「………はい。順番がおかしくなりましたが、私の契約の魔物はディノなのです」


そう言えば、ノアはよろよろっと数歩下がってから頭を抱えた。

そう言えばこの時代のノアはまだディノと仲直りしていなかったのだと思い出し、気に入らない方に区分けされてしまうのだろうかと心配になって、ネアは眉を下げる。



「ノア?」

「………僕が聞いた話だと、君の魔物は手がかかる大型犬みたいだった筈なんだ」

「む。………そういう一面もあるので、決して間違いではありません」

「…………僕さ、ヨシュアかなって言ったよね?実はそれでも、指輪を贈る魔物にしては高位過ぎるかなと思っていたりしたんだ。だって、僕は変わり者だけど、普通の白持ちってそういうものだからね。………それを、シルハーンかぁ」

「………きちんと、仲良しですよ?」



ネアが不安を押し隠してそう言えば、ノアは目を瞠った後でふわりと微笑んだ。



「もしかして、それでニーノに苛められたのかい?勿論、僕は君ならきちんとした信頼関係があると思うよ。だって、僕も君は特別だからね。………何でだか分らないけれど、やっぱり君は特別なんだよ。でもニーノは記録馬鹿だから、そういう他者との関わり合いが分らないんだろうなぁ」

「君よりは俺の方が、社交界では評判がいいと思うが」

「尻尾頼みじゃないか」

「それしか言えないのが君の語彙力の乏しいところだ」

「………ふと思ったのですが、それだけ人気があるのに他者との関わり方が分らないというのであれば、ニーノさんは余程の社交問題児なのですか?」


ネアが不思議になってそうノアに聞いてみると、ニーノの尻尾がけばけばになった。

その代わりに、ノアがにんまりと微笑みを深める。


「そうそう。ニーノはね、女の子達に人気があるくせに、長続きしないんだよ。どの女の子も自分ではニーノを幸せに出来ないっていなくなっちゃうからね」

「ふむ。難しい相手なのですね」

「君もすぐに破綻しているではないか。俺とさして変わらないだろう」

「僕の場合は、自分で言うのもおかしな話だけど、一人に絞らないし一定以上には関係を深めないから、彼女達も我慢出来なくなるんだろうね。君とは全然違うと思うなぁ。それに、ネイは君のことなんて尻尾以外はどうでも良さそうだしね!」

「ふむ。ニーノさんは、つんつんした言動と、愛くるしい尻尾の動きの二面性が響く女性向けですね。私も最初は尻尾に目が行ってしまっていたのですが、尻尾だけであれば私が本来好むような無垢に愛くるしい白もふ達がいることを思い出したので、ニーノさんは結構ですという結論に至りました」



ネアは基本、大雑把な人間である。


繊細で小難しいギャップというのも可愛いのだろうとは思うのだが、どちらかと言えばきちんと懐いたもふふわが愛くるしいのであって、白もふ初遭遇の時の初代白もふこと海の精霊王の赤ちゃんアザラシ以降は、知り合いなもふふわで心は満ち足りているのである。


(専用のもふもふではムグリスディノがいるし、みんなのアイドル的やんちゃで家族な狐さんがいて、愛くるしい枠のちびふわがいて、綺麗でしどけない感じの白けものさんに、どこか大事にしてあげたくなる孤高な感じに綺麗なウィリアムさんな竜さん………)


これだけ充実したもふふわに囲まれてしまえば、そこまで嗜好に響く訳でもないことが判明したニーノについては、一度くらいあの尻尾をぎゅむっとやるくらいで充分なのである。



「僕の特別な女の子がネイで良かったなぁ」

「むむ。今は心が弱っているので、そんな風に言ってくれる優しいノアにほっとしてしまいます!」

「ずっとそう思ってくれていていいよ。…………さて、実は君にあんまり良くないお知らせなんだ。ネイ、諸々の準備があるから明日になってしまうけど、一度リーエンベルクの裏門のあたりに一緒に行ってくれるかい?」

「………勿論、私が元の場所に戻る為に、ノアとニーノさんは力を貸してくれているのでそれは構いませんが………。何か、困ったことになりそうなのですか?」

「今日ニーノに調べさせて…」

「調べて貰って、だろう」

「煩いなぁ。………で、この世界の核になっているのが、生き物だってことが分った。これでも記録の魔物だからね。記録が正しいものとの間にずれを生じている場所が分るんだ。そういうものを紐解いていくと、色々な要因が歪んでいった最初の場所が分る。そこがね、リーエンベルクの裏門だったんだよ。引き落とされた君にそこに立って貰って、核との繋がりを追うからね」

「分りました。ひとつ素朴な疑問なのですが、その核になった方が遠くの国などに行ってしまったりした場合は……」


そう尋ねたネアの言葉に、疲れたような目をしたのはニーノだった。


「それはない。ここが悪夢であると理解してすぐ、俺は国境域に出向いてみたし、ノアベルトはルディガエルの鋏を探そうと他国に出てみようとした。結果はどちらも失敗だ。俺達は悪夢である以上、ウィームから出ることは出来ないらしい。そしてそのことを、すぐに忘れてしまうのだ」

「…………忘れてしまうのでしょうか?」

「悪夢が悪夢たる為の自浄作用のようなものだろう。悪夢であり続ける条件を満たす為に、悪夢の中の世界が悪夢だと誰もに知られてしまっては世界が立ち行かない」

「お二人は、そうであることを忘れなかったのですね?」

「僕がね、もしそうでも自浄作用で流されてしまわないように、予め防壁を編み上げておいたからね」

「まぁ。ノアはやはり凄いのですねぇ」

「君の家族になる男だからね」

「ふふ。自慢のノアなのです」



そこでまたニーノの尻尾がけばけばになってしまったが、ネアが地上での救出作戦について説明をすると、尻尾はもはやぷるぷるするばかりになってしまう。



「後は君の暫定の伴侶なシルハーンが、どうやってこちらに介入してくるかだね」

「まだ方策が立っていないらしいのですが、最初に残響さんに呪われてしまったアルテアさんと、夢の魔物さんなドーミッシュさんを呼ぶと話していました。ノアが一緒にいてくれるので、とても助かっているそうですよ」

「…………僕は、シルハーンに嫌われてないのかな?」

「お二人は色々あってお友達になったのです。今ではとても仲良しで、この前はノアのとっておきのお店に、三人で美味しいケーキを食べに行きました」

「…………不思議だなぁ」



そう呟いたノアの瞳はきらきらしている。

とても不思議そうにそんなこの先の自分を思い、それがどういうものなのかを考えているのだろう。



「みんなで一緒に暮らしていますからね」

「…………君と暮らしたら楽しいだろうね。二人きりだと、……多分僕達はよく似てるから、いつか二人で良くないものを覗き込むだろう。だからもしかしたら、そうやってみんなで暮らすのがいいのかもしれない。………僕は、女の子以外の誰かとそうやって暮らしたことがないんだ」

「賑やかなのだと思います。………私も、長い間一人で暮らしていましたから、その賑やかさには心が震えるばかりなのです」



(…………おや?)



ネアがノアとそんな話をしている間、ニーノは尻尾をけばけばにして立ち尽くしていた。

不憫になって手招きをしてやると、空いていた椅子にきちんと座らせてやる。

どうやらこのニーノは、尻尾は横に流して座るタイプのようだ。



「…………先程はすまなかった。血の結晶を渡すということは、万象は君を伴侶にしたいのだろう。……いや、暫定という事であれば、そういうことで一時的に楽しみたいだけなのか?」

「ニーノ、失言一つにつきどんな対価を貰おうか」

「君が割り込むことではない。関係ないだろう」

「関係あるさ。僕は将来の家族だからね。誰とも一年以上も保たない君とは違うかな」

「俺の場合は、女性達が身を引いてしまうだけだ。………だが、致し方なくもある。書や歴史の崇高さを理解出来ない女人は、確かに俺との会話に気後れしてしまうのだろう。学びもしないで去るのだから、気概が足りないと言うしかないな」

「僕さ、ニーノがもてるのさっぱり分からないんだよね」

「………私にもちょっとよく分からないのですが、もしかしたら愛くるしい尻尾を持つ魔物さんが少ないのかもしれませんね。もふふわの魅了は特別です。寧ろ、尻尾があるだけでもいいという方も多いのかもしれません。であれば私のお勧めはムグリスなので、そちらでも代用がきくのにと思わざるを得ませんね」

「ありゃ。……そうだ、君はそういう女の子だった」

「む?」


ネアはこてんと首を傾げたが、ニーノの尻尾はへなへなになってしまっていた。



「ニーノさん?」

「そうか。そのような残酷な言動で、万象を翻弄したのだな?」

「………残酷なことを言ってしまいましたか?でも、ふわふわ尻尾は最強の武器なので、

それがある限り定期的に恋人さんは出来ると思いますよ?」

「ネイ、それって続かないって言われたようなものだから」

「なぬ。そう言うつもりはなかったのです。きっとニーノさんのかつての恋人さん達は、その一年で素晴らしいふかふかを堪能し、幸せな気持ちで旅立っていかれたのだと思います。素晴らしい尻尾をお持ちであることを、どうか誇りに思って下さい」

「ネイ、慰めになってないかな」

「むぐぅ」

「一応さ、ニーノの本体はこっちだけど、こっちへの感想はないのかい?」

「そちらは普通の綺麗な魔物さんですねとしか……」

「もうやめてくれ…………」

「そうか。シルハーンを毎日見てたらそりゃそうなるね」



恐ろしいことに、初対面でニーノに惹かれない女性はいないのだそうだ。

ネアは魔物界の深刻なもふふわ不足を懸念したが、ローンもいるので是非にそちらにも目を向けて欲しい。

にゃんこ尻尾もかなりの癒しであるし、狐尻尾とはまた違う動きで堪らない。



「ネイ、ニーノが立ち直れないみたいだよ。僕的にはざまあみろって感じかな」

「むむぅ。………きっとニーノさんは、知的な感じとつんつんした感じ、そこにふわふわ尻尾で大きな戦力を得るのでしょう。しかしながら、知的な感じであれば私の上司は優秀な魔術師さんですし、つんつんした感じであればアルテ……使い魔さんがいます。もふふわは家族の中にも狐さんがいますしね!……ですので、たまたま響かなかっただけなのでしょう」

「え、………待って。使い魔って誰?」

「森に帰る詐欺を繰り広げる、とてもよく懐いた魔物さんですよ。まだ使い魔さんではないご本人の名誉の為に、今は言えません」

「…………恐らくアルテアだ。途中で口を閉ざしたが、唇の動きがそうなっていたからな」

「ニーノさんは、そろそろ空気を読むということを覚えては如何でしょう」



またしてもニーノが尻尾をけばけばにしたところで、ネアは今度はこちらも固まってしまったノアを揺さぶる。



「…………アルテアを使い魔にしたの?ちょっと待って、どうやったのさ?」

「……………むぐ。悪さをした時に懲らしめたくらいです。今では、美味しいパイやタルトを食べて欲しいので、是非に使い魔にして欲しい系の魔物さんになりました」

「わーお。……どうしよう、驚き過ぎて僕は今日眠れるかな。ネイ、一緒に寝てよ」

「解せぬ」



ネア達はその後、明日の行動予定等について幾つか打ち合わせをした。

ネアが本で読んで覚えているウィーム史と、ニーノがずれを感じている部分の行動予測などを合わせ、リーエンベルクの裏門での実証実験は午前中までに済ませてしまうことにする。

ネアの知っている歴史と変わってきた要素によってヴェルリア側の動きが不確定になり、まだ王都の主要部隊が一部ウィームに残ったままでいることがその大きな理由だった。


火薬の魔物はひとまず王都に帰ったようだが、火竜達とヴェルリア王家との由縁が深い精霊達はまだここにいるようだ。


聞けば、ウィームの主戦力は殲滅されたものの、王が亡くなったリーエンベルク諸共この旧ウィーム王都とそこに住む人々を焼き払いたいと主張する火竜達を、火竜の祝福の子が何とか宥めているらしい。

この問題に関しては、ウィームに拠点を置くアクスなどでも抗議を出している為、ヴェルリア側も何とか穏便に収めようとしているようだ。

場合によってはウィームの国民達も黙っていないだろうということで、ウィーム王都に住む国民達全てを合わせた上での殲滅戦になるか否か、かなり緊迫した状況にあるのだった。



「ごめんよ。僕がしでかしちゃったからなぁ」


お城に戻って、そう申し訳なさそうにうなだれたのはノアだ。

ネアは微笑んで首を振り、いつもの癖で気安く撫でてしまいたくなる。

なぜだか、しゅんとした銀狐の姿が思い浮かんだのだ。


「いいえ。私はこの土地がとても大事なのですが、そんな私も、いざとなればきっと自分の身の回りの人々を優先するでしょう。私の大事な人が傷付けられたら怒り狂って同じことをする筈なので、ノアの気持ちは分るのです。………それに、殺されてしまったのは私ですしね」

「ありゃ。君が落ち込まなくていいのに」

「なぜに、ニーノさんがあんなに協力的なのかなとおもったのですが、殲滅戦になると、このウィームから出られない方達も巻き添えになってしまうからですね」

「そういうこと。取り込まれた獲物である君がここから出ていけば、この悪夢は霧散すると思う。そうなれば、本来は正しい時間軸で楽しくやってる僕達が、なぜかここで厄介な目に遭う必要がないって訳だ」

「もしかして、先程アイザックさんがこちらに来たのも……?」

「うん。アイザックも、自分の店や自分の領域が荒らされるのは我慢ならないっていう性質だからね。君が無事に戻れるように、ルディガエルの鋏っていう呪いや悪夢を断ち切るのに最適な道具を探してくれていたんだよ」


残念ながら、その鋏は国外にあるようで入手するのは難しそうだ。

国外とも連絡は取れるのだが、暫くするとなかったことになってしまうらしい。

ここが悪夢だと気付かない者達は外に出てゆけるようなので、アイザックは職員を使って回収に向かわせているものの、一週間程の時間が見込まれており間に合う可能性は少ない。


「二日か三日が限度だね。いざとなったら、アイザックが火竜達を無力化するってことだから殲滅戦にはならないだろうけど、欲望の魔物まで表舞台に出てくるとあまりにも本来の時間軸とのずれが大きくなる。歪みきってしまうといいことにはならないから、早めに片付けよう」


ネアは、ノアのお城でごろごろと横になっていた。

ノアとあれこれ協議をした結果、万が一その歪みがネアに変な影響を与えてもいけないので、ノアは同じ寝台に寝ている。

とは言え大きな寝台の中央に枕の境界線を作ってくれたので、ある程度の距離感は確保出来た。

ノアはきちんと寝間着を着てくれたし、このような場ではやはり側にいてくれるとネアも一安心だ。



「シルハーンが君の契約の魔物なら、きっとすぐに迎えが来るよ。彼と僕がいれば、大抵のことは出来るだろうからね」



眠りに落ちる直前に、そう囁いてくれたノアの声が聞こえる。

ネアは、ふわりと誰かに頭を撫でられる感覚に頬を緩めながら、ふかふかのいい匂いのする寝台で眠りに落ちた。




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