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220. 星祭りの夜に溺れます(本編)



そうして、とうとう待ちに待った星祭りの日がやって来た。


ネアは朝から張り切るあまりに、ずっとそわそわはぁはぁしてしまい、魔物から病気なのではないかと心配されてしまう。

ノアにまで落ち着くように言われて、ネアは荒ぶってじたばたした。



「昨年は惨敗だったのです!今年こそは!!」

「同性の友達はやめておこうか」

「むぐぅ。であれば、周囲の方に可愛らしくて仲良くなれそうな奥様が出来ることを…」

「ゼベルがいるだろう?」

「人型の奥様がいいのだ!」

「ほら、暴れてはいけないよ。困ったご主人様だね」

「世知辛い世の中です。なぜにこんなに規制されてしまうのでしょう」


ぎりぎりと眉を顰めて暗い顔をするネアに、エーダリアがさも仲間だというように声をかけてくる。


「私もこの前、魔術書を取り上げられたばかりだ。ままならないものだな」

「エーダリア様が取り上げられたのは、満月の夜に祟りものを吐き出す魔術書と、夏至祭の夜になると大きな竜の姿になって暴れる魔術書です。一緒にされたくはないのです」

「どちらも、禁じられたこととはいえそれを望むのだ。さして変わらないだろう」

「解せぬ」


本物の危険物と一緒にされてしまい、ネアは怒りのあまりにテーブルの上の焼き菓子を貪り食べた。

しかし、年末年始で増えた分のことを思うと、ぎくりとして二個目で手を止める。



「今年は、昨年よりも集めてみせます!」

「……昨年も、領民に配れるくらい集まったような気がするが」

「私の願い事が叶えば、きっとエーダリア様には素敵な奥様が出来て、私にはお友達が出来、みなさんにとってはいけない魔術書の購入を監視してくれる仲間となるのです」

「…………そのような恐ろしい縁はいらないな」

「なぬ………?なぜなのだ」



エーダリアはすっかり用心深くなってしまい、その様子を見たネアはきっとまだ隠し持っている魔術書があるに違いないと、ノアとこそこそ話し合う。



少し離れたところで書類整理をしていたヒルドも頷いたので、近い内にまたエーダリアの身辺調査がされてしまいそうだ。



「だが、今年もお前にはリーエンベルクに残って貰う必要がある」

「ディノの存在が、星屑にどう影響するか分からないからですよね?」

「いや。それはノアベルトに相談して、擬態の状態によって問題ないと分かった。だが、万が一お前がまた歌ってしまうと、大惨事になる」

「……………なぬ」

「よって、リーエンベルクで待っていて貰うことにした」



ネアは思いがけない理由にふるふるし、ディノの三つ編みを引っ張る。

しかしそうするとディノは、微笑んで恐ろしいことを言うではないか。



「君の歌声に惹かれるものがいるといけないからね。リーエンベルクで星屑を拾おう」

「むぎゅう」

「今年もまた何かを壊してしまったら困るだろう?」

「虐められている気がしてきました………」

「え…………」


思いがけないご主人様からの苦情にディノもふるふるしてしまい、慌ててネアに取り縋る。

そんなことをしているとあっという間に時間は過ぎてしまい、ネア達は去年にも行ったグラニのプールに遊びに行った後、星祭りに備えた。



星祭りは、その祭事の形を土地によって大きく変えるものの世界各地で行われている祝祭だ。

ウィームでは、流星の光を映し取った蝋燭を大量に作って支給し、街中にずらりと並べて温かな色の魔術の火を灯す。

この美しい蝋燭で流星をより多く招くそうで、遠景で見るウィームはイルミネーションのように煌めき胸が踊る。



「………二度目だと、驚きが落ち着いてじんわりと見られるので、ただただ美しくて感動してしまいます」

「ウィームの祝祭には、人外者の好む要素が多いようだね。私の目から見ても、とても美しいよ。………多分ね」

「多分?」

「今迄とは違うんだ。君がいるからね」

「ふふ。誰かと一緒に見ることで安心して楽しめますものね」



街中には、この星祭りにしか出ない限定の飲み物が沢山売られている。

しゅわしゅわ音を立てて燃える花火を刺した飲み物で、人々が星祭りではしゃぐその真髄が見えるのは、飲み物の味に芒果味があるところだ。


ウィームの特産でもなく、ウィームが仕入れ易い訳でもない果物を使ってしまうあたりに、この夜をどれだけみんなが楽しみにしていたのかが滲み出している。



「今年は、ノアがその飲み物を買ってきてくれるそうなので、後で飲んでみましょうね」

「街に出てみたいなら、私からエーダリアに言ってあげようか?」

「それはまたいつかでいいですよ。いつか、私がそうそう気安く歌で誰かを殺さないと理解してくれれば、ミサにも行けるようになる筈なのです!飲み物は、せっかくなのでディノと二人でもう少し星祭りの楽しみを味わいたいので、ノアの好意に甘えてみました」

「ご主人様…………」


もじもじした魔物は、そっと爪先を差し出してくる。

ネアは仕方なくきゅっと踏んでやり、魔物は目元を染めて嬉しそうに星屑狩りへの意欲を高めてくれた。



(なんて美しいのかしら………)



ウィームの街は、それこそが星々の集まりのように煌めき、銀河のように見える。

そのどこかに大事な家族のような人達がいて、みんながこの星空を見上げているのだろう。


優雅な貴族文化のこのウィームでも、新年の星祭りは鋭い狩人の目をした者達が、いつもとは違う俊敏な動きで街中を徘徊する。

そして、首から下げた星屑入れの鞄が膨らんだ競合を見ると厳しく眉を寄せるのだ。


例年、最も離婚率や別居率が高い時期の一つはこの星祭りで、特にイブメリアに伴侶となったばかりの新婚夫婦や、薔薇の祝祭の前に仲を深めているところの恋人達は注意が必要である。


この夜に不甲斐ないところを見せると、星屑で叶えられる願い事を取り逃がしたと言う思いは思いがけないくらいに深い禍根を残すらしい。




「今年も、星屑を集めるからね」


なのでディノも、どこか思い詰めたような表情でそう誓ってくれる。

ネアからすればそれは願い事が叶ってこそなので、どこか遠い目でこくりと頷いておいた。

すると魔物は、ご主人様は厳しい成果主義だと思ってしまったのか、慌てて空を見上げた。



しゃりんと、星の降る音が風の向こうから聞こえる。

もしかしたらそれは、空の上で準備されている流星雨の音だったのかもしれない。



「そろそろ、大聖堂では祝辞が終わる頃でしょうか」

「うん。空の端にオーロラが見え始めたようだ。今年も唱歌が歌われるから、君は他の魔物を捕まえないようにするのだよ」

「捕まえません………。なぜか皆さん、死んでしまうのです」


それはとても悲しい事実であり、ネアは少しだけ項垂れた。

するとディノが優しく抱き締めてくれたのだが、どこか嬉しそうにしているのでご主人様は渋面になる。

この大事な魔物以外の魔物を契約の魔物にしたい訳ではないが、自分の歌で多くの生き物達が儚くなってしまうということはとても悲しいことなのだ。



(………みんなも準備を始めたみたい)



庭には騎士達も出てきており、星の川のように煌めくウィームの街からは、歌声が聞こえ始めた。

繊細でどこか物悲しさのある美しい唱歌で、森の人外者達もその歌声に合わせてバイオリンや笛などの楽器を奏で始める。


それはまるで、クリスマスの教会から聞こえてくる聖歌の響きで、不思議と心が清廉な水で満たされるような感覚に目を細めた。



「…………綺麗ですね。星屑の中で音楽を浴びているようです」

「そろそろ、空の準備が整いそうだよ」



やがて、空を鮮やかな水色のオーロラがざわりと薙いでいった。

それが始まりの合図で、空には次々とオーロラのヴェールがかかり、新月の暗さが艶やかに際立つ。

この上なく美しい夜空のショーをネア達に見せてくれるこのオーロラは、星々に連なる人ならざる者達の準備が整ったという証なのだ。


聞こえてくる唱歌と合わせて、まるで胎動のように夜空を揺らし、星屑を待つ者達の心をどんどんと熱くしてゆく。



「あ!ちかりとしましたよ!」


しゅわりと、最初の流星が夜空を横切る。

その流星は街の外れの方に落ちてゆき、街からは人々の溜め息のさざめきが聞こえてきた。


ネアはその流星を指を指してぴょいっと跳ねると、首から下げた星屑収穫用の鞄をしっかりと開いておく。




そうして、ウィームの長き歴史に残る星祭りが始まった。




まずは、ぽこんと足元に落ちてきた中くらいの欠片を拾い上げ、ネアが得意げに微笑むくらいで済んでいたのだ。

ディノはなぜかご主人様に出遅れたと思ってしまったのか、焦ったように周囲を見回す。



「一つ目です!」

「良かったね。私も君のものを拾っておくから、安心して探すといい」

「ディノにも一緒に楽しんで欲しいので、後で二人で山分けしましょうね」

「分けるんだね!」



最近は分け合いっこがブームの魔物は、その言葉にとても張り切ったようだ。

真珠色の髪の毛をきらきらにして、星屑を拾いに行く魔物は、ちびこい三つ編みをしゃきんとさせるムグリスディノを彷彿とさせ、ネアは何だか微笑ましくなってしまった。



「むむ!またしても…………黒焦げ星屑です」

「おや、去年もあったものだね」

「次こそは…………ほわ!大きいのを見付けましたよ!」

「ほんとうだ。それは大きいと思うよ」

「大事に星屑鞄に入れておきますね」

「弾んでる。可愛い………」



流星雨も徐々に数を増やしてゆき、ネア達がいるリーエンベルクの屋根の上の見張り台にもぽこぽこしゃりんしゃりんと、星屑が落ちてくるようになった。


あらためて拾い上げると、手の中でぼうっと光る星屑は一つだけでも堪らなく美しい。

それなのに、強欲な人間はそれをじゃりじゃりと音がするくるいに鞄に詰め込み、まだもっと欲しいと血走った目で周囲を見回すのだ。



(これは、薄桃色の光を宿していて、こちらはエメラルドグリーン………)



きっと、みっともない姿で駆けずり回っているのだろうなとは思うが、そんな風に強欲に星屑を拾い集めるのは妙に楽しい。

どこか童心に帰ったような無邪気さで、落ちてくる流星の尾を目で追いかける。



そして、とうとうその時がやって来た。



「ディノ、初めて色んな色の入った星屑を見付けましたよ。とっても綺麗ですね!それと、…………ぎゃ?!」




ネアは昨年にも、バケツをひっくり返したような星屑の大盤振る舞いに遭遇している。

うっかり歌ってしまい、星空の住人を儚くしてしまった時のことだ。



しかし、その時に起こったのは、まるで星屑の大洪水であった。




どしゃぁ!と降り注いだ星屑に飲み込まれ、ネアは一瞬で視界を奪われてしまう。

魔物の守護があるので怪我などはしなかったが、硬い星屑の波に攫われてしまうと地味に体のあちこちがごつごつした波に揉まれて痛い。



埋め尽くされ押し流されて一瞬だけ意識が朦朧としていたらしく、ネアはちかちかぺかぺか光る星屑の中ではっと目を覚ました。




「……………ほわ」



そこは、ひどく奇妙で美しい不思議な空間だった。



(星屑の中にいる……………)



手を突いた地面は、星屑が散らばっているものの雪が降り積もった普通の地面である。

しかし、上下左右はどこを見ても星屑なので、どうやらネアは星屑で埋められてしまったようだ。


大量の星屑の中で押し潰されてしまいそうなのに、守護の何かがネアを守っているらしい。

なので、視界の一面を星屑が埋め尽くしているのに、ネアの体の周囲だけ結界で蓋をされており、空間が空いているという不思議な状態になっていた。

星屑がぺかぺか光るので、万華鏡の中に閉じ込められたような眩さで、ネアはしぱしぱと瞬きをしてからふきゅんと困惑の溜め息を吐く。



「ここは、どこでしょう………なぜ雪の上に」



思わずそう呟くのも無理はない。

今のネアが尻餅をついているのは雪の地面だったが、先程までネアがいたのはリーエンベルクの屋根の上だったのだ。

どう考えても地面は遥か下の方にあったので、こうして地面にお尻をついているのはおかしい。



首を傾げっ放しのネアは、そろりと立ち上がってみた。

しかし、そうすると頭の上の星屑がじゃりっと音を立てて、ネアは真っ青になる。

どれだけの質量があるものか、崩れて来たらと思うとかなり怖い。



「…………ほぎゅ。ディノ………」



大事な魔物はどこにいってしまったのだろう。

心細くなったネアがそう呟いたのと、じゃりじゃり音を立てて、星屑を掻き分けてディノが現れたのはほぼ同時だった。



「ディノ!」

「………良かった。怪我などはしていないね?」

「ふぁい。ここは、どこでしょう?」

「………まずは、あまりにも多いこの星屑をどこかに移動させよう。………あの併設空間の広間でいいかな」



ディノは手を伸ばしてネアを腕の中に収めると、小さく息を吐いた。

それと同時に周囲にあった星屑が消え失せれば、そこはリーエンベルクの裏庭の一角だ。

星屑に押し潰されてしまっていたらしい草花も、ディノの魔術なのかぽわりと淡い金色の光の粒子を帯び、ゆっくりと立ち上がって元の姿に戻ってゆく。



腕の中のネアをそっと抱き締めて、ディノはくしゃりとその肩口に頭を埋めた。

相当驚いたらしく、深く吐いた息がどこか切実だ。

胸元にこぼれてきた真珠色の髪の毛に、ネアはこてんと頭を寄せて安心させてやった。



「………君が流されていってしまって、驚いた」



聞けば、ネアは突然空から濁流のように降り注いだ星屑に押し流されていってしまったのだとか。

そしてここは、驚くべきことにリーエンベルクの裏庭なのだ。

つまりネアは、屋根の上から地上まで流されていってしまったのだ。



「ほわ…………私も、一瞬で押し流されてしまったようです。……押し潰されなかったのは、ディノが守ってくれたのですか?」

「うん。でも、君を押し流されないようにするのには少し間に合わなかった。怖かっただろう?」

「一瞬、何が起こったのか分からなくて困惑しましたが、周囲を見たら守られているのが分かってほっとしました」



それでも少し声に心細さが滲んでしまったのか、ディノはネアの頭を丁寧に撫でてくれた。

ふわりと持ち上げられて空を見上げると、そこにはしゅんしゅんと流れてゆく、昨年と変わらない流星雨の姿がある。



「………上で何かをひっくり返してしまったのでしょうか?」

「あの量からすると、そうとしか思えないね。添付された魔術の質は祝福ばかりで、悪意などは感じられなかった」

「そのようなことが分かるのですね?」

「この星祭りの星屑は、単純に祝福だけが滲んだものだからね。他の要素が加わると祝福の色がくすむんだ」

「まぁ。そんな風になるのですね…………」



ネアはその星屑豪雨な一件で少しだけ毒気を抜かれてしまい、開始前の星屑の亡者めいた必死さが消え、屋根の上に戻った後は普通の善良なお嬢さんと変わらない感覚で星屑集めが出来た。



なお、星屑濁流騒ぎに気付いて駆け付けてきた騎士の一人には、ディノが事のあらましを伝えてくれて、エーダリア達が戻ってきたらひとまずは他の場所に移動させた大量の星屑の場所を伝えるということになる。



「そうだったのですね。突然、光る星屑が滝のように流れ落ちてきて驚きました。お二人がご無事で良かったです」


そう、ほっとしたように微笑んでくれるのは、まだ五年目の見習い騎士だ。

リーエンベルクの騎士には、十席までは階位が設けられているが、一般的に王宮や領主館などの特定の土地の騎士は、騎士になって九年目までの騎士には階位がつかない。

騎士の魔術というものは、一つの土地に長く仕えることで、その土地の魔術との親和性を高める特徴がある。

特にこのような王宮などがあった土地の魔術は気難しく、騎士達には、それぞれの実力以上に勤続年数が有利となる期間があるらしい。


そしてこの騎士は、まだ見習い騎士ではあるものの、いずれの上位階位候補とされている将来有望な青年だった。

優しい墨色の髪をゆるく一本結びにし、水に墨色を薄く伸ばしたインクにぽつんと深紅を落としたような特徴的な瞳が鮮やかだ。



(確か、妖精さんの血を引いているとか……)



この騎士は、灯台の妖精の血を引いているのだそうだ。


灯台の妖精は、人々が在るべきところに帰るための魔術を持ち、それを可能とする為の祝福を持つ。

なので彼は、その部隊にいると必ず家に帰り着けるというとても稀少な幸運の魔術に恵まれているのだ。


そのような者は指導者や部隊長に向いており、組織ではとても重宝される。

ネアは、かつてウィームにいた一人の女騎士が、遠征先で力を借りた灯台の妖精と結ばれたという、彼の祖父母の馴れ初めもかなり気になっていた。


彼の祖母は、かつてのリーエンベルクに二団あった騎士団の一つで、騎士団長として名前を馳せた猛者だったのだ。

可憐で小柄だが竜より強いと言われた豪傑で、彼女には沢山の叱られたい系信奉者がいたのだとか。


残念ながら統一戦争で亡くなってしまっているが、自らの血の特権で生き残れるよう、敗戦が決まった直後の戦火の中で、命懸けで一人娘をパーシュの小径に迷い込ませて占領下での粛清から守り抜いた。



「エドモンさんは大丈夫でしたか?」

「…………ええ。俺達の方には、流れてこなかったんです。お気遣いいただき、有難うございました」


ネアが名前を知っていたことに驚いたのか、彼は目を瞠ってからほんの少しだけ嬉しそうに瞳を煌めかせた。

ネアは、灯台の妖精の孫という肩書きに興味津々過ぎて、この騎士のことはよく覚えていたのだ。



(ヒルドさんも、灯台の妖精は人間の生活圏の側に住みながらも、滅多に人間と関わらないと話していたし………)



なのでネアは、屋根の上に戻ってからも少しだけその騎士のことを考えた。

必ず家に戻れる祝福というのは何だか素敵だなと思ったし、成就の因果の祝福を貰っているグラストといい、リーエンベルクの騎士はかなり頼もしいのかもしれない。



「そろそろ、流星雨も減ってきたね。星屑は集められたかい?」

「先程の星屑の土砂降りのお陰で、あの星屑の山を片付けてもなお、この屋根の上にも沢山残っていましたから、こんなに集まってしまいました!」

「君の願い事が叶うといいね。きっと、今年も美味しいものを沢山食べられると思うよ」

「……………む」

「それとも、狩りの成果を願うのかい?」

「……………むぐぐ」


ネアは願い事は決まっているのだと地団駄を踏んだが、その時だけ魔物はなぜか熱心に星屑を拾っていてこちらを見ていないようだ。



(持てる力の全てを、同性のお友達が欲しいという願い事に回したい!)



そうは思うのだが、せめて一度くらい願い事が叶うところを見たいのも確かだ。

ネアはその悩ましさに小さく首を振り、掻き集めた星屑をじっと見つめる。



試しに一つ、手に握り締めてみた。




「……女性のお友達が出来ますように」



そう唱えてみたものの、星屑はばりんという悲しい音を立てて粉々になってしまう。

へにゃりと眉を下げたネアは、歯止めが効かなくなって、その後も何度か願い事をかけてみた。




「むぐるるるる」

「ほら、その願い事に固執しなくても、君には沢山の友人がいるだろう?」

「し、しかし、女の子の……」

「それに、ゼベルの伴侶もいるのだから、あの夜狼と仲良くしてみたらどうだろう?」

「意思疎通が………。同性のお友達とは、お泊まり会で夜通しお喋りしたりするのですよ?」

「それは危ないね」

「なぜなのだ」



夜空を流れてゆく流星雨は、随分と少なくなった。

星祭りの最後に薄っすらと現れる神秘的なヴェールのようなオーロラも、もう少ししたら消えてしまうのだろう。



「………音痴が治りますように」



ネアは願い事を変えてみたが、やはり星屑はばりんと音を立てて粉々になってしまった。

しょんぼりしてディノの方を見ると、困ったように微笑んだ魔物が隣に来てくれた。



「ネアと一緒にいられるように」


お手本を見せてくれたらしく、そうすると星屑はディノの手の中でぺかりと光ってからしゅわしゅわと音を立てて消えていった。



「……………綺麗ですね」

「そうだね。君と一緒にいられるように、何度も願っておこう」

「むむ。それなら、私もお願いします!」


そう意気込んだネアは、手の中に一際大きな星屑を握り締めた。



「ディノと、今年も仲良しでいられますように」



すると手の中の星屑は、ぺかりと綺麗な水色の光を放ち、しゅわりと手のひらの中で溶けてなくなってしまった。



「ご主人様…………」


ネアの願い事に感動して目元を染めている魔物の隣で、初めて成就の瞬間を楽しめたネアも、ぱっと笑顔になって小さく弾んだ。


「叶いました!叶うととても気分がいいので、もっとやってみたいです!!」

「うん。少しでも多くの願い事を叶えてごらん。星屑なら沢山あるよ」

「それなら、次はこれです!」



また大きめの星屑を取り出すと、ネアはしっかりと握り締めた。



「今年はもう事故りませんように!」



するとどうだろう。

星屑はばりんと音を立てて、再び粉々になった。

ネアとディノは顔を見合わせ、お互いに悲しげに目を瞠る。



「い、今のは見なかったことにします。……星屑さん、何があっても必ずディノのところに帰れますように!」


すると今度は、星屑はぺかりと光ってからしゅわしゅわと消えた。

あまりの安堵に崩れ落ちそうになりながら、ネアはディノの腕をきゅっと掴んで寄り添った。


「…………良かったです」

「…………うん。私は、君が無事に帰ってくるように願っておこう」



ディノもすっかり怯えてしまったのか、ネアが無事に帰ってくるように何度も星屑に願いをかけていた。


その度に星屑がぺかりと光っているので、ネアは胸を撫で下ろす。

自分が不安になる以上に、ディノが怖がってしまうのではらはらしたのだ。



「………使い魔さんが悪さをしませんように」


出来心でそんなことも願ってみたが、あえなく星屑はばりんと粉々になった。

気を取り直して違う願いをかけてみる。



「ウィリアムさんな竜さんにまた会えますように」



すると今度は、星屑はぺかりと光ってくれた。


「ディノが、ムグリスではなくても泳げるようになりますように」


今度は、星屑は砕けてしまった。

ネアはぎくりとして今の場面をディノが見ていなかったことを確認し、慌てて違う願い事をかけてみる。



「今年も美味しいものがたくさん食べられますように」



すると、星屑は一際強く光ってからしゅわしゅわと消える。

美味しいものがたくさん食べられるのは間違いないようだ。



「ちびふわをたくさん愛でられますように」



すると星屑はまたしても強く光ってくれた。

光ることが楽しくなってしまったネアは、調子に乗って身近な人達の幸せや健康を片っ端から願ってしまった。




「………………む」




ふと我に返ると、手元に残してあった星屑はあらかた使ってしまったようだ。

勿論、先程の星屑の山はどこかに残っている筈なのだが、それはやはりエーダリアに渡してウィームの為に使って欲しかった。



手の中に残った最後の星屑をまじまじと眺め、ネアは有意義な願い事を考える。

暫く考えてからいいことを思いつき、ぱっと笑顔になった。



「見守る会とやらが、荒ぶりませんように!」




しかしその直後、ネアの手の中の星屑はばりんと粉々になった。

手のひらから粉々になった星屑の粉がぱらぱらと落ちてゆくのをふるふるしながら見つめ、恐ろしくなったネアはぱたぱたとディノのところに駆けてゆく。



「ネア?」

「むぎゅう」


不思議そうに抱き締めてくれた魔物の腕の中で、ネアは恐ろしい予感に震えるばかりだった。




なお、エーダリアに降り注いだ星屑の山を見せると、ひどく青ざめながらウィームの為に活用すると頷いてくれた。



リーエンベルクにどしゃっと星屑が降り注いだ一瞬は街の方からも見えたらしく、領民達の間ではリーエンベルクには伝説の星呼びがいるという噂が囁かれた。



山のような星屑はあちこちに配られ、エーダリアは領民達からの評価をまた一つ上げたらしい。

星屑一つで別れてしまう夫婦があるくらいなので、星屑を丁寧に選考した施設や組織に公平に配布したエーダリアが賞賛されるのは決して不思議なことではない。



それが続く恩恵ではなくとも、人々の心にその喜びが一つ刻まれるだけでいいのだと、ネアはダリルに褒めてもらった。

ネアの肝入りの願い事が叶わなかったことを知ると、女子会的なお喋りがしたい時は付き合ってくれると言われたが、ネアは何だか望んでいたものと違う気がすると思いながら悲しげに頷くことしか出来なかった。






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