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忘れられた一日




その日、なぜかディノは一日中そわそわしていた。



口元をもにょもにょさせ目をきらきらさせていたり、憂鬱そうに、そして魔物らしく窓の外を冷めた目で見ていたり、ネアが心配になってしまう程に色々な表情を見せ、極め付けには晩餐の後暫くしてからは溜め息しか吐かなくなった。



しゅんとして傷付いたように、部屋の隅っこで毛布妖怪になっている。

いつものように三つ編みの尻尾を出しておいてもくれず、完全に中に隠れてしまう、究極の不貞腐れスタイルだ。




「……………もう、終わるのに………」

「ディノ?今日は落ち着かない一日だったのでしょうか?もうすぐ日付が変わるので、厨房に温かい飲み物でも飲みに行きませんか?」

「ネアが虐待する…………」



すっかりめそめそしているので、ネアはすぼっと毛布の中に手を突っ込んで魔物の頬っぺたを撫でてやった。

実は、夕方くらいに随分と酷薄な魔物らしい目をしていたので、また言えないような呪いでも背負って来てどこかに行ってしまおうとしているのかと、とても心配になって沢山撫でてやったという経緯がある。


沢山撫でたところいつもの魔物に戻ったのだが、夜が深まるにつれて今度は落ち込み出した。

まったく謎めいているので、ホットワインでも作って飲ませてやろうと思っているのだ。



「ディノ、………どうしてしょんぼりなのか、私には教えてくれないのですか?…………まぁ、…………もしかして泣いています?」

「…………君はもう、…………やめたいのだろうか?」

「……………む?」



それは、静かで憂鬱そうな、とても美しく悲しい声だった。

毛布妖怪の中から聞こえてくるという謎はさて置き、その言葉だけで物語が生まれそうなくらい、胸が掻き毟られる程に美しく切ない声にネアは息を飲む。



「ディノ?………もしかして私は、何かディノを不安にさせるようなことや、酷いことをしてしまいましたか?」



ネアは少しだけ怖くなって、きゅっと苦しくなった胸を押さえた。

この大事な魔物がいなくなってしまったら困るので、少しだけおろおろしてから、意を決して魔物を巣から引きずり出すことにした。



「立て籠もって泣いていてはわかりませんよ!一刻も早く、そこから出てきなさい!!」

「ご主人様……………」

「巣材をひっぺがされたくなければ、今すぐに出てきて下さい。しょんぼりの理由を教えてくれないと、案外大雑把で短気なご主人様は、わぁっとなって暴れてしまいます!」



その言葉に怯えてしまったのか、魔物はそろりと巣から出てきた。

ネアは慌てて三つ編みを捕まえると、魔物がどこにも逃げないように腰紐も準備した。

紐を見てディノは目元を染め、少しだけもじもじする。

普段なら戦慄の光景であるが、今は逃げられたら困るので、本人の協力も得てしっかり紐で括っておく。



「ふむ。これでディノが逃げません。更には椅子にしておけば、もうどこにも行けないので観念して下さいね」

「………………可愛い。甘えてる」

「そして、どうして泣いてしまったのか、私に教えてくれますか?」



いそいそと椅子になってくれた魔物の胸に寄りかかり、そっと見上げたその先で、ディノは儚いまでに悲しげな顔をした。



「…………ネア、…………君は、私の婚約者でいるのは嫌なのかい?」



そしてそんな質問をされ、ネアは固まった。



ばさりと、重さに耐えかねて雪の塊が木の上から落ちる音が、窓の向こうから聞こえる。

雪明りの白さと、妖精達がぽわぽわと飛び交う不思議な灯り。

彩り深く魅力的なその森を覗かせた窓を背に、真珠色の長い髪をした美しい魔物は、どこか切実な眼差しでこちらを見ていた。



(…………不思議だ)



それはまるで、託宣や神託のように。

静謐でふくよかな人知を超えた不思議として、ネアには計り知れないその先に、途方に暮れる程の静けさがある。



夜を背景にした魔物らしい凄艶な美貌は、一枚の絵のように見慣れた部屋の風景に縁取られていた。



「……………それはもしかして、私から破棄したという体で、婚約をやめたいということですか?」



頭の中で様々な言葉や疑問が渦巻いたが、ネアはややあってから、ようやくそう言葉を返した。

すると魔物は、綺麗な瞳を瞠ってから、またぽろぽろと泣き出すではないか。



「…………君は、私には飽きてしまったのかな?」

「むむぅ。分かりにくいので、ぴしゃっと言って下さい!どうしてそんなことを言い出したのですか?……も、もし、またどこかへ行ってしまおうとしてるのだとしたら、この紐を離さないので簡単には逃げられませんよ!」

「…………それなのに懐いてくる。どうしてなのだろう」

「疑問符の交換をするばかりで、ちっとも答えが見えてきません!まずはディノが、どうしてそんなことを私に尋ねたのか、嘘や婉曲な表現なしで、私に教えて下さい」


痺れを切らしたネアが魔物の腰に縛り付けた紐をしっかり握ってそう尋ねると、ディノはどこか悄然としたままの目で、深く息を吐いた。



「………今日は、婚約の区切りの日だろう?人間は記念日に色々とするのだと聞いていたけれど、君はまるで興味がなさそうだったし、その話題を出さないようにしているのかなと思えたからね」



静かな声で、ひどく憂鬱そうにディノは言う。

ネアは目をしぱしぱしてから、どうやらこの前ちびふわをこっそり抱っこして寝たことや、その翌日にお膝の上に乗せたまま朝食を摂ったことで、愛想を尽かされてしまった訳ではないようだと安堵する。



(…………それにしても、今日?)



「……………ディノ、婚約記念日は、明日ですよね?」



少しだけ躊躇ってからネアがそう言うと、魔物は心から驚いたという顔をして、まじまじとネアを見つめた。



「…………婚約期間を、一日短くしただろう?」



そうして、その恐ろしい一言を呟いた。




「………………ほわ」



思わずそう声を上げてしまったネアに、ディノは、魔物らしい老獪で探るような表情を浮かべる。

細められた瞳の色があまりにも鋭く鮮やかで、ネアは言い訳をせずにぺそりと項垂れて素直に謝った。



「…………ディノ、ごめんなさい。一日短くしたのを忘れていました」

「……………ネア」

「明日だと思い込んでいて、ディノ用に小さなケーキを作ってしまったのです。ディノは多分、それで私が今日少しだけ姿を消していたので、誤解してしまったのですね?」

「…………私に、ケーキを?」



しかしディノは、怒るよりもそのことが気になったらしい。



「ええ。ディノにとっては初めてのことですから、記念になるようなことをしてあげたかったのです。なので、二人用の小さなケーキを作ってみたのですが、作っている間、ディノは待ちぼうけでしたものね」

「………だから、ノアベルトを膝の上に置いていったのかい?」

「ええ。狐さんに見張っていて貰ったのです」



ネアは少しだけここにいて下さいと言い残し、銀狐を見張り番に二時間程姿を消した。

勿論厨房に入ることは伝えてあり、身の危険などの心配がないようにはしたのだが、どうやらそれを、ディノは避けられていると誤解してしまったようだ。

ネアからすれば、明日の準備であることはバレバレなつもりでいたので、全く心配していなかった。



「ふぎゅ………。びっくりしてしまいました。その上ディノは、今日一日中寂しい気持ちでいたのですよね。そんな思いをさせてしまって本当にごめんなさい」


やっと事情が分かってほっとしたので、ネアはほにゃりとしてディノの胸元に顔を埋めた。


「…………ご主人様」


しかしそうすると、ディノはあまりにもご主人様が甘えてくると弱ってしまったので、暫くは胸元に顔を埋めてやるご褒美を与えることになった。

ネアがぼすんと胸元に顔を埋めたまま抱き締められているのは、魔物的には助け出された時や危ない時だけの、特別な運用であるらしい。

何でもない時にその特別なものを貰えるとなり、すっかり大はしゃぎだ。

この際、今日のことで嫌になってしまったりしないように、しっかりとご褒美で殺しておこう。



「もうすぐ日付が変わりますね。今年ももう終わりだなんて、どれだけ時間はあっという間に流れてしまうのでしょう………」



あたたかな魔物の胸に顔を埋め、ざわざわと夜の風に揺れる木々の枝葉の音や、きぃんと音を吸い込む冬の夜に、ぴきぱきと音を立てる氷の声を聞いている。

溜息のようにしゅんと音を立てるのは、魔術仕掛けで保温されているポットの音だ。

時々こうして、冷めないように魔術が動く。




「やはり、君は掃除がしたかったのかな?」

「ふふ。そんな恒例行事がないと、そわそわしてしまいますね。でも、リーエンベルクは家事妖精さん達が綺麗にしていますから、こちらでお掃除が必要なのは、私達で増やしたお部屋だけでした」


こちらの世界では、大晦日は夕方からお家に籠り、怪物達を避けながらのんびり過ごす一日だ。



なので、大掃除などはそれまでに済ませてしまうものである。

とは言えリーエンベルクでは、毎日家事妖精達がぴかぴかに磨き上げてしまっており、年末だからといって特別な掃除は行われない。

庭木の剪定や外壁の補修なども、職人達が忙しくならない時期に行うので、この時期ではなかった。



「………ディノ、厨房であたたかいものでも飲みますか?悲しませてしまったお詫びに、好きな飲み物を淹れますよ?」

「………ケーキを食べようかな」

「ふふ。今ならまだ、当日のお祝いになりますからね。そうしましょう!でも、それだと少ししか楽しめないので、今日忘れていた時間の分は明日に振替えましょうね。昨年の思い出を辿るのも楽しそうですし」

「仕事はもういいのかい?エーダリアと話し合っていただろう?」



朝食の後、ネアはエーダリアと大晦日から新年にかけてのお仕事の話をした。


まず、年末年始には怪物の出現で人の行き来が困難になる時間帯があるので、現場に予め配給しておく用のお薬を多めに作った。

他にもネアの狩りの獲物から、使えそうなものなどを幾つか賞与支払いで買い上げて貰い、お仕事扱いにして貰う。

例えば封印庫にはカワセミを扉の強化に使うのだが、ネアはそういう事なら一つくらい差し上げると言ったのに、エーダリアは意外に真面目に買い上げてしまうのだ。

今回は完全に仕事のものであったが、もし、エーダリア自身にとって必要なものにもお金を出そうとしたら、ネアは怒らなくてはと考えている。


とは言えそんなことをしたら、ノアやヒルドも叱ってくれそうなので、みんなから叱られてしまうだろう。



「もし、夜の怪物さんの出現で事件が起きたら、こちらにもお仕事が入るかもしれません。その場合は忙しなくなってしまいますが、お願い出来ますか?」

「勿論だよ。そういうことがなければ、もう仕事はないのかい?」

「ええ。明日の朝にエーダリア様達が、新年にリーエンベルクを閉じる準備をお手伝いして、それで仕事納めになります。年明けは、ノアはエーダリア様達と一緒に、王都に行くそうですよ」

「季節や時間の切り替えの祝いの場だから、やはり境界が曖昧になるところもある。心配なのだろう」

「ええ。今迄が大丈夫だったから、今年もとは限らないからと、ノアが話していました。…………もう、かつてのような思いはしたくないと言っていて、でも、そうして守れるものがあるのは幸せなことなのだそうです」



ネアがそうノアの言葉を教えてやると、ディノは不思議な微笑みを浮かべた。

どこまでも透明に澄み渡っていて、そっと指先で拾い上げたい素敵な花びらのように、繊細で尊いものに似ていた。



「そうだね。その思いはよく分かる」



(…………あ、)


ふわりと視界が翳り、鮮やかな水紺の煌めきが揺れた。

ふっと緩んだ唇の色が妙に艶かしく、胸がどきりと音を立てる。



「…………っ、」



深い口付けに指先がぞわりとする。

切実な慈しみのそれにも滲む欲が、今日は少しばかり深く甘い。

頬に添えられた手の温度はネアの体温より低いのに、なぜかいつも暖かくも感じるのだ。

しかし今は、そんな安らかさよりもいつもより深い色合いに目を奪われた。



祝祭のそれとは違い、婚約をしたその日のものは個人に属する欲求なのだからだろうかと思い、ネアはその暗さにぞくりとする。

それはまるで、大きな暗い奔流の中でその恐ろしさと美しさを感じるような、人間とはまた違う生き物の凄艶さなのだ。




「…………来年の今頃は、君は私のものだ」



魔物らしく艶麗に、そして恐ろしく美しく微笑んで。



きっと、いつもはほんわりとしているディノのその瞳や声に、この魔物が一番恐ろしいのだと思う他の生き物達が見るのは、こんな表情なのかもしれない。



「………やはり君でも、私を恐ろしいと思うかい?」


そんな感慨に気付いてしまったのか、ディノにそう尋ねられた。


先程の騒ぎでくしゃりと乱れた前髪には、虹色の煌めきが揺れる。

照明から逆光になり翳ったとしても、魔物の瞳は光を孕むように美しく光るのだ。


うっとりとその色を見上げ、自分を抱き締めている魔物のしたたかな問いかけに微笑みを深めた。



「いいえ。確かに怖さのような気配がその綺麗さに見えますが、私はそういうものも好きなのです。だから私は、その種の要素は怖くありませんよ?」


そんなネアの言葉にふっと微笑みを深めたディノは、やはり男性としての満足感のようなものを滲ませる。


「………ごめんね。また確認してしまった」

「ふふ。幾らでも。………ところでディノは、私が顔を洗う時に前髪を持ち上げるのが好きではないのでしょうか?いつも複雑そうに見ているので、実は気になっていました」



いい機会だからとネアがそう尋ねると、魔物は大真面目に、いつもと趣きが違うご主人様が公開されていて、何だか嬉しいのと可愛いのと、最終的には出していると勿体ないという気持ちになるのだと教えてくれた。


勿体ないとは何だろうかと少し怖くなったので、ネアは曖昧に頷いてそれ以上追求しないようにする。

ゆくゆくは伴侶になるかもしれない魔物とは言え、知らない方が心に優しいことは沢山あるだろう。



厨房に入ると、そこにはイブメリアの飾りで余っていたものを貰ってきたお花が生けてあり、ふわりと薔薇の香りがした。


ベルベットのような質感の深い深紅の薔薇で、そんなお花が少しあるだけで空間がぱっと華やぐ。

甘い香りがするのは、この薔薇がただの花ではなく、祝福の濃い祝祭用の薔薇だからだろう。


こうして再利用して引き続き楽しめるものがある一方で、きちんと片付けなければならない祝祭のリースがあるのだと思えば、ネアはやはり世界は不平等でもあるのだと感じた。

祝祭が終わっても大事にされるものであれば、リースの魔物は生まれなかっただろう。



(生まれないことが、幸福かどうかは分からないけれど)



それでも人間は短絡的に、苦しむものや壊れたものは悲しいと考えてしまう。

あの霊廟のところでどこか寄る辺ない孤独さを見せたディノを思い出し、ネアは手の中の紐をしっかりと握った。



なぜここで手を繋いでいないのだろうと、決して深く考えてはいけない。



厨房に入ると、ネアは保冷魔術の箱から二人用の小さなケーキを出した。

かけてあった水晶の蓋をかぱりと外せば、スポンジとクリームの甘い香りがする。



「…………これを、作ってくれたのかい?」

「はい!何だか分かりますか?」

「………君が買ってくれたリボンだろうか」

「ええ。緑は色になるものを厨房に発見出来ませんでしたので、ラベンダー色のリボンを再現しました」



今回のケーキは、アルテアが作ってくれたネアのお誕生日ケーキを真似して、ブルーベリークリームで作ったリボンのデコレーションを真ん中に配置したものだ。

クリームなお花の飾りなどはなくシンプルなケーキだが、これはディノに初めて買ってあげたリボンをイメージしたものなので、特別なケーキとなっていた。



「ディノ、これで一年目ですね。どうか、次の一年もよろしくお願いします。仲良しでいて下さいね」

「………あと一年」

「むむぅ。そうなると、来年はまた違うお祝いになるのでしょうね」



二人は厨房の椅子に向かい合わせに座って、そのケーキを見ていた。

このケーキを崩したくないと魔物はしょんぼりしたが、ディノに食べて欲しいなと狡猾な人間に言われてしまい、悲しげにフォークを入れると、その後は嬉しそうに食べてくれた。



「美味しいですか?あえて、手の込んだものではなく味が分かりやすいものにしたのです」

「そうなのかい?夜葡萄のジャムとブルーベリーのケーキだね。とても美味しいよ」

「良かったです。………ゼノがよく、グラストさんの白いケーキのことを話すでしょう?なので、私達にもお決まりのケーキが出来るようにと、リボン印のこのケーキにしたのでした」

「………これが、私達のケーキなんだね」



そう呟き、ディノは嬉しそうに目をきらきらさせる。

日付の変わる鐘が聞こえてくる前だったので、何とか間に合ってくれたようだ。



「ええ。あえて簡単なケーキにすることで、食事の嗜好が変わっても、これからも長く作ってゆけるように。そして、他にどんな果物が入っていたのかなと思い出せなくなったりもしない、記念日のケーキです」



ディノはもう悲しげに項垂れることもなく、あの宝石のように光る涙もしまってくれた。

こくりと頷くと、お皿の上のケーキをまた嬉しそうに口に運ぶ。



「…………君が、これからも沢山のこれからをくれるように、私は何をしてあげればいいのだろう」

「では、幸せでいて下さい。そして、私とずっと一緒にいてくれると嬉しいです」

「…………ネアから求婚された」

「む?求婚ではありませんよ?場合によっては、伴侶ではなく契約の魔物としてでも構いませんから、それでもずっと仲良くして下さいねというお願いですからね」

「ネアが虐待する……………」

「なぜなのだ。私からすると、精一杯の大好きのお知らせなのに」

「ずるい。可愛い……………」

「むぅ。そして今度はまたくしゃりです!ほら、髪の毛がクリームについてしまうので、お顔を上げて下さいね」




二人であれこれお喋りしながら深夜のお祝い兼おやつな時間を終えると、その夜は同じ寝台で眠った。



最近は何かと一緒に眠ることが多くなってきたので、ディノも隣で眠るお作法を覚えつつある。


個別包装や寝返りの邪魔さえしなければ、ネアは、隣にディノが寝ていても気にならないようになった。

淡く感じるその体温に安堵し、すぐ近くに眠る大事なものの存在を噛み締めれば、寧ろ穏やかな気持ちで眠れるくらいだ。

そんな気持ちになり始めたのは死者の国の後からなので、あのような時間にもきちんと意味があるらしい。




(………ゆっくり眠って、明日に備え…)



「みぎゃふ?!」



ネアはそこで、今日は一日気が張って疲れていたのか、いつの間にかすやすや眠っているディノにぎゅうと抱き締められた。

しかも困ったことに、抱き寄せられた際に体の接着面がおかしなことになったので、口に髪の毛が入るし、鼻がひしゃげそうである。



「むが!何をするのです!離すのだ!!」



ネアは必死にもがいたが、なぜか逃げようとすると余計に抑え込まれるシステムらしい。

結局、手足の全てを使って、ディノを全力で寝台から蹴落とすしかなくなった。



どすん!という激しい音がして、床に落とされた魔物は澄明な瞳を瞠る。



「…………ご主人様」

「むぐ!私のお鼻が曲がったらどうすればいいのですか!許すまじ」

「可愛い。甘えてる……」

「解せぬ」



結局その夜、魔物は初めて寝台から蹴落とされたことに喜んでしまい、ネアは余計なご褒美を増やしてしまう羽目になった。




これは、この先もずっと記念日の特別ご褒美として運用されることになる、最終奥義なご褒美が誕生した、恐ろしい事件の顛末である。







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