もふふわ戦争とプールの挑戦
それは、ネアの誕生日のことだった。
お祝いそのものは終わり、アフターパーティーめいた時間のことだ。
なぜか魔物達が、ネアが一番懐いているというか、ネアが最終的に一番頼るのは誰だという議論で盛り上がってしまい、謎にもしゃもしゃするではないか。
やれやれ何だか魔物らしい感じなのだなと、ネアはそんなご長寿さん達を、どこか遠い目で眺める。
これがお友達戦争であったり、一人の女子を巡る争いのような甘酸っぱいやつであればネアとてどきどきするが、その種の相互間愛情確認とはまた違う、違う種族の生き物が誰に最も懐いているか論争なので、ネアもあまり気にしない。
寧ろちょっと面倒臭いやつだ。
(しかし、ディノはなぜに混ざるのだ……)
ディノは婚約者なのでそこに混ざらなくてもいいのに困ったなと思いながら、ネアはミルクたっぷり紅茶を飲んでいた。
素敵な贈り物でネアの心を駄目にした魔物達は、その最後にやはり困った生き物な魔物達に戻ってしまったようだ。
しかしながら、そんな生態こそが魔物らしさでもあるので、ネアは深くは気にしないようにする。
「とは言えあなたは、時々揺り返しが来ますからね」
「おおよそのものの全てを、最終的には損なう奴に言われたくないな」
「…………何で君達が、その場を競うのだろう」
「シルハーン、アルテアが使い魔としての領域を超えないよう、もう少し規約を明確にしてもいいのでは?」
「何の契約もないお前が口を出すことか?」
「それにアルテアは、私生活も忙しいでしょう。使い魔として呼ばれていない時にまでリーエンベルクに入り浸っておいて、忙しいとぼやいても自己責任ですよ?」
「お前は最近、鳥籠の管理を緩め過ぎだ。いい加減、年末年始くらいはそちらに集中しろ。もう帰ったらどうだ?」
「ネアの誕生日に?やれやれ、そんな可哀想なことはしませんよ」
「妙だな。何であいつの要望かのような認識なんだろうな?」
「うーん、その意識が過剰だとしたら、アルテアの方かなと俺は思いますけどね」
そんなやり取りを見ながら、ネアは隣で食後のお茶を飲んでいたノアと顔を見合わせる。
もう今年も年の瀬である。
エシュカルが出回って酔っ払いが増える街の警備や、大晦日の怪物の襲来に向けて、明日の業務の打ち合わせをしなくてはならないというエーダリアとヒルド、グラストは退室した後の夜のことだ。
ゼノーシュはまだ残っていたお料理が厨房にあると聞き、追加注文を片付けてからお部屋に帰るのでまだ残っている。
絶賛、もぐもぐとトマトとチーズのニョッキ中で、一言で言うならただ可愛い。
「………僕からすると、ウィリアムとアルテアが二人だけで議論することじゃないんだよなぁ。どっちもどっちだよね」
「私はあくまでも例題のようなもので、あのお二人の問題として話されていますからね。ですので、困った魔物さん達ですがそっとしておくのが一番なのです」
ネアがそう言えば、ノアは小さく笑った。
酔うと少しずつ脱ぎたくなる系な塩の魔物は、腕まくりをしていて襟元も寛げている。
脱いだ場合は放り出すしかないと言い含めてあるので、頑張って着衣のままなノアでいてくれていた。
「君は、あれだけの贈り物を貰った後でも、そういうところではき違えないね」
「ふふ、人間は貰えるものに敏感な強欲な生き物なのですよ?お二人とも私にとっては大切な方ですが、今回の議論は魔物さんらしい獲物の分配の話ですので、さして魅力的ではないのでした」
「ありゃ。手厳しいけど、僕はそんな君が大好きだね!………うーん、確かに、議論されてるのは彼らの勝敗で、ネアの判断が置き去りなままだなぁ。ま、魔物はお気に入りに関しては支配欲も独占欲も強いから、この程度の言い合いで済むなら仕方ないか」
「………もっと荒ぶる時があるのですか?お誕生日の日に、誰かが死んでしまったら悲しいです…………」
「大抵は、お気に入りの意思の尊重なんて二の次で、自分達の領土争いで殺し合いかな。シルは許し過ぎなくらいだけど、いつもは、君の守護を厚くする為に必要なものは、必要なだけ、仕方ないと考えてるみたいだよ」
「そもそも、ディノが私の契約の魔物さんなのに、なぜにあちらの輪に加わってしまうのでしょう。会話の中から怪我をする前に、急いで連れ戻してきますね!」
そこでネアは、慌てて婚約者で契約の魔物なディノを呼び寄せると、この争いは決して真の懐き度競争ではなく、本当は仲良しの二人が、お互いに負けじと張り合ってしまっているだけのことなので、決して同じ場所で戦ってはいけないと言い含める。
「…………そうなのかな」
「ええ。あのお二人はそれなりに寂しがり屋さんですが、同時に、ある程度はご自身の為の時間を好む方でもあります。ですからあれは、魔物さん同士の、定型の威嚇のようなものだと思うのです」
「…………威嚇」
「私も、ちびグレイシアが教会の方と仲良くしているのを見た時、少しだけ寂しくなりました。とは言え、グレイシアは私の契約の魔物ではないので実はそんなに問題ではないのですが、なぜか私だって少しは仲良しなのだと謎に主張したくなるのです。きっと、そんな不思議な心の威嚇ですね!」
「………あの二人は、もう少し君に近しいだろう?」
「ええ。しかしながら、それはあのお二人のご好意あってのことで、決して手を離さないでと強請れる程の契約や約束ではありません。いなくなってしまったらとても悲しいですが、気紛れにいただいている助けであると認識もしていますので、一緒に暮らしているディノのものとは違いますからね?」
ネアがそう言ってやると、微かにひやりとするような、魔物らしい酷薄さに青さを増していた水紺の瞳がほわりと緩んだ。
(……もしかして、ディノもディノなりに、威嚇してみようとしていたのかしら?)
そうなると、少し荒ぶったかも知れないので、ネアは事前に認識を正せて良かったなと思う。
「………私は、君の特別なのかな?」
「あら、勿論そうなのに、また不安になってしまったのですか?」
「…………君は、あの二人が懐き過ぎていても、そちらの指輪に変えようとは思わないんだね?」
「なぬ」
思っていたより重症な感じで悩んでいたので驚いたネアに、ディノは、ウィリアムとアルテアが、自分にこそネアがとても懐いていると言っているので、取られてしまうのではと心配になったのだとぽそりと告白する。
ディノ的には自分の婚約者だと考えていたので、ウィリアムやアルテアがそんなことを大真面目に議論しているのを聞き、驚いてしまったようだ。
しゅんとしてそんなことを言うので、ネアはこの幼気な魔物が可哀想になってしまった。
丹念に撫でられてほっとしたのか、ディノは綺麗な目に安堵を滲ませて、ネアの手を両手で握る。
「そんなことは思いませんよ!ディノ以外の魔物さんを、私の大事な魔物にはしないのです。アルテアさんは現在は使い魔さんでいてくれますが、それとてあの方の暇潰しや気紛れのようなものです。だからこそアルテアさんは、時々うんざりして森に帰ると言い出すでしょう?」
「でも彼は、かなり君が懐いていると考えているようだよ?」
「そういう区分の仲良しさであれば、懐いてしまったのはアルテアさんなのでは………。ただ、お料理やお家造りなどは素晴らしいと思うのであれこれ手を伸ばしてしまいますし、一緒にいるととても楽しい方です。何度か頼もしく助けに来てくれたので、頼りにしている部分があるのも否めません。しかしながら、アルテアさん的には、与えるものを受け取るようにし、過分な期待はするなと思っていそうですよね。その部分においてはやはりアルテアさんもまた、契約をしていても尚、ディノやノアとは違うのだと思います」
「………アルテアが?」
「ありゃ。確かにネアはそう思うか」
ネアの言葉にそう笑ったノアに、ディノは綺麗な目を瞠って、そうなのかなとこくりと頷いた。
だからネアも、少しだけ苦笑を深めてディノの手を取ってやる。
「ディノやノアは、楽しみや嗜好という区分より深く、ご自身の願いや喜びとして、ここに一緒に暮らしていてくれる魔物さんです。それが即ち、お家の中の家族相当な方と、お外の仲良しさんと違いでしょうか。ディノはこのお家の中の、更には同じお部屋に暮らす婚約者なので、あちらで議論する必要はありませんからね?」
「ご主人様!」
「なぬ。なぜにそっちなのだ。婚約者っぽくして下さい」
「婚約者っぽく…………」
「そうです!そんな感じにきりりとして、手を握って…」
「ネアが可愛い…………」
「むぅ。くしゃっとなってしまうのはなぜなのだ」
ディノがくしゃくしゃになり、ネアはあつあつ保温の紅茶のパンにホイップバターを乗せて食べているゼノーシュから、一緒に食べないかと誘われた。
どうやら、ネアにも糖分が必要だろうかと考えてくれたらしい。
「有難うございます、ゼノ。でもお腹がぱんぱんなので、一口だけ分けて貰いますね」
「うん。あっちはまだ終わらないんだね。今日も泊まっていくのかな?」
愛くるしいクッキーモンスターですら、今回のやり取りには若干呆れているではないか。
ネアはもう一度そちらを見て、小さく息を吐いた。
噛んで振り回す玩具にはなりたくないので、あの会話に混ぜ込まれないだけマシだと思おう。
「………ネアとの知り合ってからの期間だったら、僕がディノの次に長いのにね」
「不毛な争いになりましたね。お互いがお互いに負けたくないあまり、よく分からない戦争になっています。仲良し度が深まると荒ぶるアルテアさんに至っては、ご自身でも言いながら微妙な感じの表情になってしまい、首まで傾げているではないですか」
「僕達魔物の独占欲って、あんな感じだったのかな。僕はグラストに会ってから、とにかくグラストがいないと駄目になったんだ。でもそれって、僕とグラストの問題だから、他の魔物とあんな風に競ったりはしないんだよ」
「それじゃあさ、もしグラストが他の魔物がいいって言ったらどうするの?」
「こらっ!ノア!」
「………その魔物は、こっそりどこかに埋めて捨ててくる」
「わーお」
「ゼノ!ゼノの可愛いお顔が荒ぶってしまっていますよ!ほら、このラムレーズンクリームを食べて下さい!!」
「…………捨ててくる」
「ゼノ、戻って来て下さい!」
愛くるしいクッキーモンスターが、世界を滅ぼす凄惨な目をしたので、ネアは慌てて甘いものを食べさせた。
途端にふにゃりといつものゼノーシュに戻ってくれるので、ネアはほっとして息を吐く。
「…………ディノ?」
そこでディノが、ぴゃっとなって羽織りものになってきた。
目を瞠って顔を上げたネアに、ふるふるしながら悲しげに項垂れる。
「私が泳げないから、水辺で君を守る守り手が必要だったのだね…………」
そう言ってしょぼくれた魔物に、ネアはまたろくでもない議論で大事な魔物をしょんぼりさせたウィリアムとアルテアに目を眇める。
「…………困った魔物さん達ですね。そんなことを言って、ディノを不安がらせたのですか?」
「私が手を伸ばせない部分を、彼等は切り分けようとしているのだろう。君が安心してくれるよう、守護を増やすのは構わないけれど、………泳げないことで君を不安がらせていたんだね」
「ディノ、私は一つくらい苦手なものがあってくれる魔物の方が、微笑ましくて好きですよ?ディノが泳げなくて嫌だと思ったことは、一度もありません」
「ご主人様………」
「ありゃ。あっちの議論でシルが貰い事故してくる訳か」
眉を寄せて腰に手を当てたネアがそちらを見ていると、何か不穏な気配を感じたのかノアがそろりと離れてゆく。
ゼノーシュは困った二人だねと、ネアを慰めてくれた。
「ふむ。………私の大事な魔物を怖がらせたお二人には、少しだけ反省して貰いましょうか」
「ネア……?」
「ディノ、仇をとってきますからね!」
そこでネアが、じゃじゃん!と取り出したのは、新しい使い魔の形を模索するべく、ディノがノアと共同開発した術符である。
それをぴらっと取り出すと、困った魔物達のところまでつかつかと歩いて行き、おやっとこちらを見たウィリアムの背中と、はっとしたように警戒の眼差しを向けたアルテアのおでこにべしんと貼り付ける。
「まったくもう、困ったお二人です!そんなお二人には、泳げないちびふわの刑ですよ!!同じ姿で仲良くして下さい!」
そんなネアの言葉が聞こえたのかどうか、ぽふんと煙がたち、すぽん、ぽこんと二匹のちびふわが床に落ちた。
転がった角なしちびふわ達は、顔を見合わせてお互いの姿を視認すると、驚愕に目を丸くする。
「フキュ?!」
「フキュフ?!」
ちびちびふわふわしている生き物達を、腰に手を当てて見下ろしたネアは、めっと叱りつけた。
「喧嘩はいけませんし、お二人の会話で私の大事な魔物がしょんぼりです!ちびふわの姿で少し反省するのですよ!!」
「フキュフ………」
「じっとりした目をしても許しません!この後、ディノへの罪滅ぼしにプールに行きますからね」
「フキュ?」
「フキュフ…………?」
「ちびふわが泳げないと知れば、ディノも少しは元気を出してくれるでしょう。決して、私がちびふわとプール遊びをしたい訳ではありません」
「…………フキュフ」
そうしてネアは、泳げないに違いないちびふわ二匹を捕獲して、颯爽とプールに向かった。
お食事の残りを全て片付けたゼノーシュはもう部屋に帰るということで、ちびふわが溺れないように気を付けてねとネアに言い含め、手を振って部屋に帰っていった。
部屋のある棟に併設されたプールに向かうべく、雪明りを見ながら廊下を歩く。
誕生日会場の片付けは家事妖精に頼んできたが、そのまま捨ててしまうのは勿体無かったので、ネアは床に降り積もった花びらを何枚か貰ってきてある。
押し花にして、今夜の記念にするのだ。
(綺麗なお部屋で、あんなに素敵な贈り物をたくさん貰って………。誰にも何も貰えなかった日々が嘘のよう……)
そんなことを考えてほこほこしながら廊下を歩いていると、隣のノアが、うーんと小さく唸る。
先程から、ネアが抱っこしたちびふわを見ているようだ。
「僕さ、その抱き方はどうかなと思うんだ」
「ノア?」
「だってほら、そんな持ち方するから二人共もう潰れてるしね」
「……………む?そんなに強く抱いていませんよ?ぎゅっとしていないので、痛くはない筈です」
どこか不服そうなノアの言葉に、ネアは胸に抱えたちびふわ達を見下ろした。
なぜかかちこちに固まったまま妙に大人しくしているが、抱き潰してもいない。
素敵な肌触りのセーターに触れて、きっと幸せな気持ちなのだとネアは思う。
「ほら、僕が持っていくから胸元から離そうか!」
「そうだね。ノアベルトに預けようか?」
「むぅ。ちびふわ………」
ノアにべりっとネアから引き剥がされて連れ去られたちびふわ達は、フキュフキュ言いながらノアと戦っていた。
見かねたディノが引き取り、またちびふわ達は大人しくなった。
「ふふ。ディノに抱っこされると、固まってしまうのが可愛いですね」
「まぁ、僕達が万象に抱き抱えられることなんて、まずないからね」
そんなノアは、よくディノに抱っこされている銀狐として、仲良しのディノがちびふわを抱いているのは少しだけ複雑なようだ。
そうしてあれこれお喋りしながらプールにやって来ると、ディノはどこか期待に満ちた瞳でちびふわ達をそっとプールのへりに置く。
ちびふわ達は厄介なことに巻き込まれたぞといった表情をするばかりで、幸いにも水やプールに対する恐れは見られないようだ。
怖がってしまったら流石に可哀想なので、ネアは少しだけほっとした。
「さて………」
「ありゃ。ネアも泳ぐの?」
「いえ、足だけつけて水でしゃばしゃばするだけですよ?ちびふわ達が溺れてしまったら大変なので、沈むようであれば、すぐに手で掬い上げますね!」
「…………ご主人様が虐待する」
「浅い方のムグリスディノプールに足だけ入るべく、靴下を脱いだだけではないですか………」
「まくってる………」
「スカートを少し巻き上げただけですよ?むむぅ。ふくらはぎより少しだけ上なくらいですが、はしたなかったでしょうか………」
「僕は大歓迎だよ。いくらでも持ち上げてくれてもいいのに」
ウエストのところで二巻きくらいして、スカートの裾が水に浸からないようにしたネアに、ディノはへなへなとなってしまった。
ノアはご機嫌だったが、ひょいと屈んで下からネアを眺めようとしたところ、ディノの腕からしゃっと飛び出したちびふわに腕に齧りつかれて慌てていた。
小さなふわふわに襲われて髪の毛をくしゃくしゃにして逃げてきた塩の魔物は、ネアに指先の小さな歯型を見せる。
「…………ネア聞いてよ。アルテアに噛まれたんだけど!」
「何とも扇情的な言葉ですね。おかしな誤解を受けそうなので、決してお外で言ってはいけませんよ?」
「わーお、アルテアの弱みを握った感じ?………痛っ!!」
「ちびふわは、俊敏なのですね!やはり、私の使い魔さんはちびふわでも………」
「ネア、泳げなかったらにしようか」
「…………むぐぅ。基準は絶対にそこなのですね」
ネアがそう呟いて足元を見ると、ちびふわ達は若干遠い目をしていた。
微かにディノを残念そうに見上げているので、ちびふわなりに、例えどんな姿になろうとも、自分が泳げない筈もないと考えているようだ。
「………アルテアさんなちびふわは、絶対に自分は泳げると考えていますね?」
「フキュフ」
当然だとでも言いたげに一声鳴いたアルテアなちびふわは、なぜか先程から、じーっとネアを見上げていたウィリアムなちびふわにばすんと体当たりして、ムグリスディノ用の浅いプールではなく人間用の深いプールにばしゃんと落とした。
「フキュ?!」
「ほわ!ウィリアムさんなちびふわが!!」
そしてその直後、アルテアなちびふわも自らていっとプールに飛び込み、短い手足でばしゃばしゃと水を掻く。
小さな体は、ばしゃばしゃしただけ、すいーっと水の中を動いていった。
ウィリアムなちびふわも、なんとかバタ足で浮かんでいるようだ。
「…………む。泳げているのでは」
「ありゃ。泳げそうだね」
「アルテアなんて………」
涼しい顔で水を掻くちびふわにディノはすっかり荒んでしまったが、ネアはふと、ちびふわの見事なふさふさ尻尾が気になった。
(尻尾がかなり大きいから…………)
しゃばしゃば水を掻いていたアルテアちびふわが、そんな尻尾の重さで徐々に沈み始めているような気がしたのだ。
「…………むむ」
「…………おや、やはり泳げないのかな」
「こりゃ沈みそうだね」
涼しげだったアルテアちびふわは、必死にしゃばしゃばしながらぶくぶくと沈んでゆく。
途中で尻尾が重いと気付いたのか、尻尾も器用に動かしていたが、水を吸った尻尾の重さに敵わなかったようだ。
ざぶんと頭が沈んだところで、プールの縁にしゃがんだネアが、手を伸ばしてさっと助け上げた。
同時にもう少し頑張って浮かんでいたウィリアムなちびふわも掬い上げ、ふきゅんと手の上でへばったちびふわを、慌ててディノに取って貰ったタオルに包んでやる。
「大丈夫ですか?お口に水が入ってしまっていません?」
「……………フキュ」
「こちらのぜいぜいしてるちびふわは、仲間のちびふわをプールに突き落とすなんて、悪いちびふわですね!」
「…………フキュフ」
いきなり落とされた割には頑張って泳いでいたウィリアムなちびふわをタオルで拭いてやり、タオルの反対側に同じように包んだアルテアなちびふわにそう言えば、目を丸くした驚愕の表情のまま耳をぺそりとさせて固まっている。
「まぁ、…………泳げなかったことが受け入れられないようです」
「みたいだね………。毛皮を乾かしてあげようか」
「むむ。ちびふわが泳げないと知り、ディノがとてもちびふわに優しくなりましたね」
「ご主人様………」
ディノが魔術でふわっと乾かしてくれたので、びしょ濡れなちびふわは達はすぐに真っ白なふわふわに戻った。
ほっとしたようにネアの肩に逃げてきたウィリアムなちびふわに対し、アルテアなちびふわはまだ茫然自失の体である。
しかし、おもむろにぷいっと人間用プールから顔を背けると、ムグリスディノ用のプールに向き直って何やらきりっとした後、尻尾をぶわりと膨らませる。
「ありゃ。また泳ぐつもりだね」
「あら、負けず嫌いですねぇ」
「…………泳げないんじゃないかな」
「フキュ」
その後ネア達は、何としても泳いでみせる!と強い意気込みを見せたアルテアちびふわに付き合い、一時間ほど泳ぎの練習を見ていてやった。
途中からはご機嫌のムグリスディノがお隣でぷかぷか浮いていたりしたので、アルテアちびふわは、余計に諦めがつかなかったようだ。
その晩はすっかりやさぐれちびふわになってしまい、泳げなかったことが余程に悲しかったのか、術符の効果が切れても元の姿に戻らずに、ちびふわなままじっとりとした目で丸くなっていた。
結局ウィリアムちびふわも帰る様子がなく、二匹はまたネア達の部屋に泊まることになった。
翌朝には荒ぶった銀狐がボールを咥えて走ってくる羽目になるので、ネアの誕生日の周囲は、思いがけずもふふわ戦争のようになってしまったことになる。
柔らかなちびふわを抱っこして眠る幸せと、朝風呂でふかふかになって駆け付けてきた銀狐のお尻を撫でる幸せを堪能出来たので、結果としてはとても良い時間を過ごせたネアは、翌朝の朝食にはご機嫌の微笑みで向かうことが出来た。
最後に思いがけない流れから幸せな誕生日の締め括りにしてくれた毛皮生物達には、心から感謝しようと思う。