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216. 誕生日会が始まります(本編)




やがて夕方になり、ネアの誕生日会が始まった。

何かと祝い事の多い華やかな季節だったが、それでもやはり自分の誕生日は特別である。

うきうきしながらディノから貰った指輪を眺め、お誕生日会場となる冬の大広間に足を運んだ。



今日は主賓なので、遅れての登場なのだ。



「ほわ………」



そうして部屋に入ったネアは、あまりにも美しいその会場に目を瞠る。

元々この冬の大広間は大好きなのだが、今日はそこに魔術ではらはらと白い花びらの雨が降っていた。



真っ白な織り布のカーテンには青い影を落とす美しいドレープが重なり、光の加減で浮かび上がる織り模様が華やかで繊細だ。

雪の結晶のような素晴らしい雪と氷の結晶石のシャンデリアに、瑠璃紺の壁紙が複雑な光の色を映す。


こつこつと踏む床の結晶石は雪のように青く白く、窓の外の雪景色と合わせれば冬の美しさの全てを集めたような不思議で美しい大広間だ。



(でも、少しずつ内装を変えているのだわ)



ネアは前の冬の大広間も好きだったが、前の領主が売り払ってしまった調度品や、安価なものに入れ替えてしまったところを、エーダリア達は今、少しずつ修復している。

ディノやノアがいるので、リーエンベルクの影絵に気軽に入れるようになり、そこで学び、在りし日のリーエンベルクの巧妙な魔術建築を継承しようとしているのだ。


床石一つ、カーテン一枚にも、魔術の相性や効果がある。

エーダリア達が取り戻そうとしているのは、そういうかつてこの王宮で育まれた魔術の叡智であった。




「二度目の誕生日だな。今年も、無事にこの日を迎えられて良かったと思う。……おめでとう」



何だか少しだけ照れ臭そうに、エーダリアがそうお祝いの音頭を取ってくれた。

いつもの領主らしい服装ではなく寛いだ服装なので、本物の家族に祝われているような気がして、妙に嬉しくなる。



「おめでとう、ネア。今回は君の誕生日の方が先だったねぇ」

「おめでとうございます、ネア様」

「ネア殿、おめでとうございます」

「ネア、美味しそうなケーキがあるよ!」


ネアに守護を与えていないゼノーシュは、お祝いの言葉ではなく素敵情報でネアの心を弾ませてくれる。


そちらを見たネアは、花びらを広げた薔薇のようなほんわり色づく水色のケーキ台に乗せられた見事なケーキに頬を緩ませる。



ネアがディノの誕生日で頑張ったように、ノアの残念会で出されたケーキのように、その真っ白なケーキには、クリームを使った素晴らしい薔薇の花がデコレーションされていて、息を飲むような可憐な美しさだ。

透けるほどにクリームを薄く伸ばし、繊細で優美な花が咲き誇る。

果物で色付けしたものか、ラベンダー色の細やかな花も添えられ、食べるのが勿体無いくらいだ。



「もぎゅ………」



あまりにも綺麗でもにょもにょすると、そちらに立っていたアルテアがケーキの説明をしてくれる。


「お前の要望通り、中には甘く煮たさくらんぼが入ってる。甘さを控えた無花果のジャム、クリームチーズとの三層だ。生地にはさくらんぼの蒸留酒を塗っているが、まぁ、香りだけだな。装飾のクリームは、夜の雫と、幸福の祝福結晶を溶かしたシロップで色付けしてある」

「……………ちょっと素敵すぎて、心の中の言葉が大混乱です」

「それと、鴨コンフィだ」

「使い魔様!」



くらりときたネアが喜びに弾み、アルテアはなぜか顔を顰めた。



「…………お前はまた、とんでもない服を手に入れたな」

「ふふ、リーエンベルクの皆さんから、イブメリアにいただいたのです!とってもお気に入りなので、お誕生日の今日に着るしかありません」

「…………その服で弾むなよ?」

「なぜなのだ」



そこで、遅れての到着だったウィリアムが部屋に入ってきた。

ふわりと翻った白いケープの裏が目の覚めるような真紅で、つい先程まで戦場にいたのだと分かる、凄艶な終焉の魔物の正装姿をしている。

ネアの大好きな軍帽もかぶっているので、ついつい目を輝かせてしまった。



「すまない、遅くなったな。誕生日おめでとう、ネア」

「ウィリアムさん、来てくれて有難うございます!」

「それと、友人からこれを受け取ってきた。シルハーン、ギードからですよ」


ウィリアムのその言葉に、ディノが驚いたように澄明な瞳を瞠る。

ネアも思いがけない名前に目を丸くした。

ばさりとケープを揺らして歩み寄ると、ウィリアムは何か小さなものをディノに渡していた。



「…………ギードからなのかい?」

「ええ。たまたま戦場を発つ時に出会いました。戦場を離れる理由を話したところ、是非にこれを、あなたからネアにと。直接彼の司るものとは紐付かないよう、魔術を調整しているのでご安心下さいと言ってましたよ」

「…………ギードが」



手を伸ばしてディノが受け取ったのは、ひやりとするような鋭い輝きを放つ、不思議な紫と淡い青緑の色合いの宝石のようなものだった。



ディノはそれを一度手のひらでそっと包むと、振り返ってネアの手に優しく置いてくれる。


「ギードが君にくれたそうだよ。祝福や守護が君と繋がらないよう、私を介して渡すようにしたのだろう」

「ディノ、この不思議に魅力的な色合いの宝石は、どんなものなのですか?」

「絶望の守護石だ。様々な使い方が出来ると思うよ。例えばこれに願えば、君を苦しめる相手に絶望を付与することも出来るだろうし、ギードの力を借りたり、彼を呼び寄せることも出来るだろう。また、彼の系譜の下の階位の者であれば、これを見せれば退けることも出来る。君に絶望を齎すことはないから、安心していい」

「…………まだお会いしたこともないのに、そんなに優しい贈り物をくれたのですね。きっとその方は、ディノのことが大好きに違いありません」

「……………ギードは、とても優しい魔物なんだ」

「ディノ、ウィリアムさん、もしその方にお会いする事があれば、どうかお礼を言っていたとお伝え下さいね」


ギード自身が司る絶望とは紐付かないようにしてあるので、これを持っているネアが絶望の影響を受けることはない。

何とも心強いものなので、ネアは大切にしまっておき、困った時に使おうと思った。



(と言うか、来年のディノのお誕生日に、これでその魔物さんを呼んであげられたらいいのだけど………)


その彼を呼んでも司るものが影響を及ぼさないかどうか、今度、ノアやウィリアムに相談してみようか。




「さて、始めましょうか」



ほんわりほろりとしたところで、ヒルドの合図で楽しいお誕生日会の晩餐が始まった。

まずは、なんとヒルドが作ったという杏の食前酒をいただき、美味しい甘さに口角を上げる。



小さな森結晶のグラスでいただくお酒は、可憐なピンク色の液体だ。



「ネア様は、果実水でも杏のものがお好きでしたからね」

「とっても美味しいです!いい香りがして、とっても瑞々しい杏の甘さがして。ヒルドさんは、お酒作りの才能もあるのですね!」

「我々森の系譜の妖精は、その実りの恩恵を薬や酒にすることにも長けておりますからね」

「この食前酒を飲んだ後のお口でいただくと、リーエンベルクの料理人さんが作ってくれた、前菜にもとても合います」


トマトとアスパラを使った可愛らしい色合いのゼリー寄せは、酸味の効いたレモンのクリームソースでいただくので、口に残った杏の香りが混ざり合い、とても贅沢な感じになる。



エーダリアが用意してくれた夜想のピアノが魔術を糧に優しい曲を奏でてくれ、シュプリの金色の泡がシャンデリアの光に煌めく。


ノアは珍しく前髪をオールバックにしているので、ラベンダー畑で出会った時のような雰囲気がして、ネアは懐かしさに胸がいっぱいになった。

あの時の雰囲気でねと話しているので、あえてその髪型にしたのだろう。



「ネア、これはね、僕とグラストから。魔術が絡まないように、グラストからってことで受け取ってね」

「有難うございます、ゼノ。グラストさん。………開けてみてもいいですか?」

「うん!」


グラストとゼノーシュがくれたのは、妙に嵩張る塊のようなものだ。

ぱりぱりと檸檬色の包み紙を剥がして、ネアは歓喜のあまりに三度も弾んでしまった。



「し、新刊です!新刊がここに!!」



はしゃぎ回るネアの横からその贈り物を覗き込み、ディノとノアの表情がさっと強張る。

特にディノの落ち込みは顕著で、かくりと項垂れてしまった。


「…………本」

「………わーお。僕、まだ転落するんだ」

「塩の魔物の転落物語の新刊だなんて!しかも五巻もありますよ!」


ゼノーシュは、ただの素敵な贈り物であれば他にたくさんくれそうな人がいるので、今年は何かネアが探しているようなものを見付けたいと思ってくれたのだそうだ。

そこで、かの焼肉弁当の現在の店舗を探しながら世界各国を色々見ていたところ、この本が目に止まったのだと言う。


塩の魔物の転落物語に惚れ込んだどこかの王様が、作者に頼み込んで書いてもらったこの世に十セットしかない続編なのだとか。

あまりにも貴重な人気シリーズの続編なので、これ欲しさに殺人も起こっていたのだそうだ。



「本に欲や呪いがかかってないように、アクス商会で古書掃除して貰ったから大丈夫だよ」

「そんなところまで気を遣ってくれたのですね!ゼノ、グラストさん、素敵な贈り物を有難うございます!!」

「…………ご主人様」

「ふふ、今度からディノは、私が読書中は腰紐を着けるのでしょう?」

「…………うん」


悲しげな顔をしたディノは、そう言われてその運用を思い出したのか、途端に目元を染めてもじもじする。

ご主人様としては戦慄を禁じ得ない恐ろしさであるが、紐で固定されるとご主人様がとても懐いている感じがして嬉しいのだそうだ。



「…………ねぇ、ヒルド。何で僕の転落物語が続編が五巻もあるんだろう」

「あなたが、その作者に何をしたのかの方が気になりますね。本当に心当たりがないんですか?」

「…………ないし、知るのも怖い気がするなぁ………」



ノアとヒルドがそんなやり取りをしている時、むしゃむしゃと鴨のコンフィを食べていたネアは、アルテアにとんでもない意地悪をされていた。




「お前、少し増えただろ」


何をとは言わなかったが、淑女はその意味が分かる恐ろしい発言である。

ネアはぎくりと肩を揺らすと、自分のお腹をじっと見つめた。

幸い、まだぷくぷくはしていない。


「……………なぬ。どこでそう思ったのですか?」

「イブメリアの日に乗られた時だな」

「…………ウィリアムさん、アルテアさんが虐めます」

「よし、叱っておこう。だが、アルテアに乗ったのか?」

「よく覚えていませんが、お膝に乗ってお酒を飲ませようとしたようです」

「ネア、それも気を付けないと駄目だぞ?危ないから、アルテアには乗らない方がいい」

「ディノも荒ぶってしまうので、アルテアさんはもう椅子にしません…………」

「君の椅子は、私だけだからね」

「おい、俺が椅子志望みたいになってるぞ。やめろ」



子供に与えるご褒美を切り出すのが風習なお誕生日だからか、魔物達はとても過保護だった。

アルテアはひょいとお口に食べ物を入れてくれるし、ウィリアムは口元についたクリームを拭ってくれる。

ノアが頭を撫でてくれたり、ハグをしてくれると思えば、しかしながら婚約者な魔物だけはいつも通りなのだ。



「ネア、ほら三つ編みを持っていていいからね」

「………むぐ。お食事中ですよ?」

「じゃあ、椅子にするかい?アルテアはもう椅子にはならないのだから、私に座るといい」

「…………そもそも、私が椅子にするとしたらせめてディノだけですし、椅子になってくれる魔物さんは必須ではないのです」

「ご主人様…………」

「椅子に採用するのはディノだけにするので、ご機嫌を直して下さいね」

「君は、椅子にするのが好きだからね」

「解せぬ」



ネアがやけに椅子になりたがる魔物を頑張って躾けていると、可愛らしい小花柄の箱を持ったノアがやって来た。

リボンがかけられており、丈夫そうな箱だ。

シルプルな小花柄だが、一目見てセンスのいいお店なのだろうなと感じるその箱に、ネアはわくわくする。



「ネア、これは僕から君への贈り物だよ。これでたくさん遊びに行こうね」

「箱だけでもう可愛いです!中身は、一緒に遊びに行けるようなものなのですか?」


箱は思っていたよりは重くなかったが、振ってみることが出来るほどにも軽くはなかった。

何だろうとリボンを解いて箱を開けてみると、しっかりとした葡萄酒色のスエードの袋が出てくる。その巾着結びの紐を解いて中を見たネアは、あまりの可愛らしさに顔を声を上げた。



「まぁ、何て可愛いスケート靴なんでしょう!有難うございます!」

「おや、スケート靴だね」


覗き込んだディノにネアは頷く。

ウィームでは大きな川を凍らせてスケートが出来るので、素敵なスケート靴は大歓迎である。

ネアは既にスケート靴を持っているが、暫定でリーエンベルクから支給されている機能性重視のものだった。

ウィームの民はスケート靴のお洒落も楽しむので、きちんと自分用のものをいずれ購入しようと思っていたのだ。



「うん。これからの季節はスケートなんだろう?みんなで遊びに行く時用にって、安全な効果を沢山添付したんだ」

「普段履いている靴とは違うので、これくらい華やかでもいいですよね!お伽話に出てくる憧れの靴のようで、一刻も早くスケートに行きたくなってしまいます………」



そのスケート靴は、深みのある薔薇色に淡い灰色で凝った模様が刺繍されているものだった。

靴紐も刺繍と同じ灰色で、刃の部分は切っ先だけが微かに水色の透明なものだ。

さぞかし氷の上で映えるだろうと思えば、爪先がむずむずするではないか。


「爪先が冷たくならないように、保温魔術をかけてあるからね。それと、足首が痛くならないように疲労緩和の魔術刺繍なんだ。騎士達のブーツの知恵を拝借したんだけど、意外に賢い仕組みだよね。靴紐も、死の舞踏には及ばないけれど排除魔術がかけてあるよ」

「………ノア、みんなでたくさんスケートに行きましょうね」

「うん。年明けにみんなで滑ろうよ。実は僕、初めてなんだよね」

「はい!私はなかなかの腕前なので、このスケート靴のお礼に教えてあげますね」



スケート靴の入った袋を抱き締めたネアに、ノアは青紫の瞳を嬉しそうに細めた。

銀狐姿の彼が、本当は塩の魔物なのだと露見したら姿を消してしまいそうな気がしたのは、いつのことだったろう。



今はもう、ノアの目の下に疲弊したような翳りはない。



(こうして、みんなで過ごす為のものをくれるのが、ノアらしいな)


そう思うと家族のように過ごすこの場所の尊さを実感し、その贅沢さに幸せを深める。

そして既に心がいっぱいのネアに次にプレゼントをくれたのは、ウィリアムだ。



「ネア、これは俺からだ。ちゃんと、エーダリアには許可を取ってあるからな」

「…………エーダリア様に許可を?」


微笑んだウィリアムが、視線で箱を開けてみるようにと促してくる。

その期待を高めてくれるような瞳の色に小さく頷き、ネアは、ウィリアムが重いからと言ってあえてテーブルに置いてくれた幅広の箱を、ウィリアムに手伝って貰ってかぱっと開けた。



「ほぎゃ!」



思わず悲鳴が漏れるのも致し方あるまい。

その箱から出て来たのは、精緻なリーエンベルクの模型だったのだ。

ただし、そのどれもが青みがかった乳白色の霧の結晶石で出来ていて、溜め息が溢れてしまう美しさだ。



(模型というよりも、景色そのものを小さくしてテーブルに移設してしまったよう!)



しかし、驚くべきことはそれ以外にもあった。

じっと見ていたネアは、てくてくと歩いてきた生き物の姿を発見し、息を飲む。



「し、白けものさんがいます!動いていますよ!!」

「………ん?………そうか、ちょうどその獣が来た時だったのか。ほら、俺もいるだろう?」

「ほわ!ウィリアムさんもいます!………まぁ、ディノが!!」


あまりのオプションにネアがふるふるしていると、ウィリアムがその絡繰りを教えてくれた。



「これは、魔術的な空間模写を結晶にしたものなんだ。指定された一、二分の間の時間と姿を写し取る、特別な魔術だな。ただし、保安上リーエンベルクからは持ち出せないから、ネアがここで暮らしている間に楽しんでくれ」


とは言え、それでもきっと長い間持っていられるだろう?とウィリアムは微笑む。


聞けば、王宮などの防衛会議に使われる技術であるらしく、人間に擬態をして王宮勤めの騎士などをしていたこともあるウィリアムが使える、数少ない精緻な魔術なのだそうだ。



「…………何でもない一日ですが、皆さんのいる尊いこの一日が、リーエンベルクにいる限りはずっとここにあるのですね」

「ああ。祝祭や祝い事の日を使うことも考えたが、ネアは普通の日がいいかなと思った」



ネアが、ここで暮らしてゆく上で今、現実的に起こり得ることとして一番恐れているのは、誰かが死んでしまったりするような苦しく大きな事件がなくとも、時の流れによる変化で今の大切な家族の輪が崩れてしまうことだ。


勿論、いつかはここから離れて行く人もいるだろう。

でもきっと、それがどんな祝い事の結果であれ、その時自分は悲しいのだろうなとネアは思う。



(だけど、この模型を覗けば、全員がいるその瞬間が、いつまでもここにあるのだわ)



「…………ウィリアムさん、有難うございましゅ」

「はは、涙目だな」

「私の宝物が、全部ここにあるのです。見て下さい、お庭のここに、狐さんが隠したエーダリア様の靴があるんですよ」

「………あの靴が見付かる前のことだったか………」


エーダリアがどこか遠い目をし、ノアがさっと目を逸らす。

しかし、そんな悪さの証拠もまた、大事な思い出の一頁なのだ。



「………ほぎゃ?!」



しかし、しんみりしていたネアは、次の瞬間ふわりと持ち上げられた。

そしてそのまま、若干腕がもげそうな勢いでぐるんと振り回される。



「……………みぎゃふ」

「ウィームの風習のようだからな。祝福はまた後で」



人差し指を唇に当て、そう意味深に微笑んだウィリアムに、ネアは自分の体を抱き締めたまま目を丸くしてこくりと頷いた。

とても素敵な贈り物だったし振り回しも好意なので、とは言え勢いが強過ぎて腕がもげそうだったとは決して言えない。



「………まったく。あいつは相変わらず締めが雑だな」


気付いたアルテアが小さく溜め息を吐き、ディノがさっとネアの腕に触れてくれて何かの魔術をくれたのか、ぎしぎししていた腕はすっと楽になった。



ウィリアムは今、ネアより模型に興奮してしまったエーダリアから質問責めにされている。



「腕は大丈夫かい?」

「腕にも遠心力がかかるということを、ウィリアムさんはきっと忘れてしまっただけなのです。首は支えてくれましたので、幸い、もげて無くなったりはしませんでした」

「あの模型がとても気に入ったんだね」

「ふふ、分かりますか?あれは、私にとって一番大切なものの形なのです。ほら、少々動いている自分を見ると心がもぞもぞしますが、こうしてディノが私と一緒にいるのが素敵でしょう?」

「…………手を繋いでいるね」

「更には白けものさんがいるという、希少価値の高い一瞬なのです」

「…………くそ、よりによって………」



アルテアはぐったりしていたが、ネアはもふりとした分厚い前足でてくてく歩く白けものに頬を緩める。

長いもふもふ尻尾を揺らしながら歩くのが、何とも可愛い。



「ネア様、これは私からです」

「まぁ、ヒルドさん、有難うございます!」



アルテアがぐったりしている間にと、次に贈り物をくれたのはヒルドだった。

これまた可愛い緑色の箱を開いたネアは、ぱっと目を輝かせる。



「指輪…………」

「違いますよ、ディノ。これは指抜きです。お裁縫セットではないですか!見て下さい、この針を。きらきらしていて、使い易そうでとっても綺麗です!!」

「森竜の鱗から作った針ですよ。糸は妖精が紡いだものが幾つか。そして鋏は、鋏の魔物が作った金花水晶と氷結晶のものです。針刺しは、糸紡ぎの妖精が作ったものですね」

「この、お裁縫セットが入っている藍色の結晶石の箱は何で出来ているのですか?くすんだ藍色がなんとも言えない素敵な色です!」

「曇り夜の結晶石ですよ。穏やかな眠りの効果を与え、使わない道具を状態良く保つのに向いたものですから、様々な道具の収納箱に使われるようです」

「…………こんなに素敵なお裁縫箱があったら、何でも作れてしまいますね。どうしましょう、早く縫い物をしてみたくなってしまいます………。ヒルドさん、素敵なお道具を有難うございます!」

「ネア様は、最近、きりんの縫いぐるみを作っておいでですからね」



微笑んだヒルドがそう言うと、魔物達はぴっとなって顔色を悪くする。

量産したとしても、くれぐれも世の中にばら撒かないようにと、ネアはその後、真剣な顔をしたウィリアムとアルテアから言い含められてしまった。



「全てに私の持ち物としての魔術の指定をかけて貰って、取り戻しの魔術や祝福で回収出来るようにしてあります。ねぇ、ディノ?」

「…………うん」

「シルハーン、よく魔術指定をかけられましたね?」

「布をかけて貰って、形を見ないようにしているからね」

「悪いやつを囲って滅ぼす系の魔術の開発も相談しているのですが、そもそも、開発をしようとする魔術師さんや騎士さん達が倒れてしまうので、諸刃の剣のようです…………」


ネアは、これ程に己の魔術可動域のなさを口惜しく思ったことはない。

自分で再現可能なら、きりんと人面魚で敵を囲んで輪になって踊る系の最終殲滅魔術を構築出来ていただろう。

ほこほこのんびりな日常を過ごすのに、それ程頼もしいものもない。


試しに禁足地の森で精霊の祟りものにきりんの絵を見せたところ、こてんとお亡くなりになってしまったので、効果はほぼ全種族といっていい、万能の武器なのだ。



「ありゃ。ネア達のところに遊びに行く時は、作りかけのものが部屋にないかどうか、予め聞いておかないと危ないね」

「大丈夫ですよ。ディノが弱ってしまうので、決して出しっ放しにはしません」


魔物達の顔色がぐんぐん悪くなるのでまずいと思ったのか、話題を変えようとして次にエーダリアが渡してくれたのは、水晶の小枝のような不思議な杖だった。



「まぁ!綺麗な枝ですね。これはどんなものなのですか?」

「道示しの小枝だ。その土地にある魔術を編み上げて作るもので、直接的な効果はないが、どんな困難に見舞われても必ず家に帰れるという、紐付けの魔術を敷いた旅の守り魔術の一つなのだ」

「おや、これだけのものを作るには、本来なら数年かかる筈だよ」

「なぬ!エーダリア様、………お忙しい中なのに、ものすごく時間がかかったのではありませんか?」

「短くはなかったが、私はその土地や場にある魔術の調整は得意だからな。それに、お前はよく何処かへ飛ばされるだろう?まずは、これを与えておかないとと考えた」

「ふふ、この小枝があればもう安心ですね!エーダリア様、私に帰り道の切符を手配してくれて有難うございます」



ノア曰く、この道示しの小枝の精度はとても高く、これがあればまず間違いなく、どんな行程を経るにせよ、必ずリーエンベルクに帰れるだろうということだ。


「帰れることが確定してさえいれば、後は僕達も安心して迎えに行けるよね、シル」

「そうだね。その土地の所有者や支配者にしか作れないものだから、とても助かるよ」

「きらきらしていて、持っているだけでも綺麗な小枝さんです」



ネアはその小枝をしっかりと首飾りの金庫にしまい、またしてもこの大事な場所に纏わる贈り物を得たことにほくほくする。



そこでふと、ウィリアムがとあることに気付いた。



「そう言えば、アルテアは何を贈り物にしたんですか?」



珍しく自己主張をせず、アルテアは静かにグラスを傾けていた。

ネアはケーキだけなのかも知れないが、ケーキだけでも充分に嬉しいのでそれでもいいかなと考えていると、素知らぬ顔でシュプリを飲んでいたアルテアと目が合った。



「アルテアさん、こんなに素敵なケーキを有難うございます!あまりにも美味しくて、たくさん食べてしまいました!!」

「俺からはこれだ」



ふっと唇の端にどこかしたりな微笑みを浮かべ、アルテアがそう差し出してくれたのは、リボンをかけられた一枚の紙だった。

ぱりっとした上等な紙で、賞状のようにくるくるっと巻かれて、深い赤紫色の見事なリボンをかけられている。



「………………これは」




その紙を広げたネアは、絶句した。

あまりにも思いがけない、そして初めて貰うような贈り物だったのだ。



「お前が、いつろくでもない場所を手に入れてくるか分からないからな。そこにしておけ」

「ほわ……………」


ネアが目を丸くしてふるふるしているので、ディノが横からその紙を覗き込む。

反対側から覗き込んだノアも、目を丸くした。



「わーお、これって…………」

「……………土地の権利書です」

「土地………………」

「シル、僕の方を見ても僕も驚いてるから、何て言えばいいのか分からないよ」

「…………しかも、小さな森と湖までついた、ウィームの土地です」

「ウィームなのか?!」


驚いたエーダリアも覗き込み、高位の人外者達だけが手にすることの出来る、影絵の中の土地のような特殊な場所であると教えてくれる。



「…………これはもしかして、老後のお家用に」

「お前は妙なところで思い切りがいいからな。下手な土地を見付けてきて購入してからだと遅いだろうが。そこなら、一定階位以上の立ち入りが難しく、周囲の土地も保有者が分かっている。お前のお得意の事故も起こさないだろう」

「………と、土地を貰ったのは初めてです!この図解を見ると、お隣さんのお宅がここにあるのですね」

「ああ。俺の屋敷の一つだ」

「……………お隣さん」


ネアが思わず見上げると、アルテアはなぜか厳しく目を眇める。



「お前が事故る度に呼び出されていたら、堪らないからな」

「苦言を呈している風ですが、お隣さんになってくれる素直ではない使い魔さんでした…………」

「ずっと隣にアルテアの家があるのかな………」

「そしてふと気付いたのですが、ここがアルテアさんのお屋敷ということは、アルテアさんはウィームにもお宅があったのですね?」

「……………一応な」

「なぬ!それならもっと早く言ってくれれば、みんなで遊びに…」

「来るな」



すげなく却下されたウィームのアルテアのお宅訪問だが、ネアはお隣に自分の家を建てた後は、ひょいひょいと遊びに行けるのではと遠い目になった。



「上物は来年まで待て」

「なぬ。お家もくれるようです…………」

「ヒルド、僕は思ったんだけどさ、ネアは一生リーエンベルクに住んでくれればいいんじゃないかな」

「とは言えご厚意ですので、時折泊まりに行く別荘程度にご利用なさればいいのでは?」

「ヒルド…………」

「俺もそれがいいと思うぞ。ネアにはやはり、リーエンベルクがよく似合うからな」



他の参加者達は、アルテアのお隣のお家は危ないという事だったが、ネアはこのまま使い魔を懐かせ続けて、最終的には素敵なお庭と内装も手がけて貰おうと企み、強欲な人間らしく素知らぬ顔で微笑んでおいた。



引退後のお家でもいいし、別荘でもいいが、きっとお庭で白けものを走らせたりと楽しく過ごせるだろう。





なお、この一件でなぜかネアが一番懐いているのは誰か闘争が勃発し、老獪な魔物達がわしゃわしゃして面倒臭くなったネアが全員をもふふわにしてやるという一幕があった。


自分は家族だからねと荒ぶらなかったノアと、傍観者だったゼノーシュと一緒に、もふもふを連れてプールに行き、その年のお誕生日はお開きとなった。




その日の夜、ダリルからは、心を抉る系の呪いの詰め合わせが届き、実はこれがかなり嬉しかったのだが、使う機会はあまりない方が幸せなのだろう。













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