215. お誕生日の日になりました(本編)
その日は、イブメリアのように朝から細やかな雪が降る静かな一日だった。
信仰にもにた静謐さで雪は降り積もり、清らかな白で世界をそっと包み込んでいる。
こうしてお伽噺のような雪景色を見せてくれる世界を見ていると、この世界で白に特別な価値があるということが腑に落ちるような気がする。
その日ネアは、晴れてこの世界で二度目の誕生日を迎えた。
イブメリアが延期になったり、祝い事が出来ない呪いでノアの誕生日が延期になったりしたのだが、色々あった割には本日は健やかに訪れたような気がする。
昨晩、真夜中の遠い鐘の音が聞こえた後、ディノはこの土地の祝福を自分もしなければと思ったのか、ご主人様を一生懸命に持ち上げてくれた。
以前廊下でやった振り回す遊びの持ち上げ版で、ネアはディノのお祝いの仕方は何だかとても楽しかったのではしゃいでしまい、二人でわいわいしている内にくたくたになってしまったくらいだ。
そうして、まるで儀式のように切実で、どこか崇高な口付けを落され、ネアは微笑みを浮かべる。
そうすると魔物は、ご主人様が口付けを嫌がらなくなったと感動してしまい、なぜか勝手にくしゃくしゃの羽織ものになってしまった。
「………これを君に。幾つも考えたけれど、誕生日というのは生まれてきてくれたことを祝うものなのだろう?そう考えたら、君にあげたいのは、こればかりだった」
暫くしてからやっと生き返った魔物は、そうネアに小さな小箱を渡してくれる。
ディノが選ぶには珍しい鮮やかなエメラルドグリーンの天鵞絨の小箱をぱかりと開くと、中には繊細な葉っぱと七芒星型の小さな星のモチーフがある、華奢で美しい乳白色の指輪が入っていた。
「まぁ!なんて美しいんでしょう。葉っぱの部分に葉脈まで綺麗に再現されているので、何とも繊細で美しい感じが堪りません!」
淡く淡く、夜の光を反射した指輪は細やかに光る。
乳白色に深みのある藍色と、エメラルドグリーンの淡い色艶が揺れ、ネアはうっとりとその小箱を持ち上げる。
そっと指先でつまみ上げてみると、指の内側にあたる部分はリングが細くなっており、微かな曲線などの動きが実に指にしっくりなじみそうな形だ。
「私も初めて知ったのだけれど、女性は装飾品に飽きることもあるのだろう?だから、これからは、君の誕生日に毎年新しい指輪か、首飾りをあげるよ。君を私の婚約者にしている指輪は、魔術の循環上外せないものだけれど、その指輪をどこかの指に嵌めると、今の指輪は見えなくなるからね」
「そんな凄い事が出来るのですか?…………では、この可憐な指輪でお洒落をしたいときには、今の指輪は隠れていてくれるのですね?」
「うん。君は装飾品を増やすのは苦手だと言っていたから、一つずつ楽しめるようにしてあるからね。首飾りも、新しいものを着けても中の金庫は連動するようにしておくから、心配しないでいい」
「どうしましょう!今の指輪も首飾りもお気に入りなのに、こんな素敵なものが増えてしまうなんて、ディノはそんな素敵な予告をくれるのですね?」
「ネア………」
シンプルな指輪はとても気に入っている。
しかし、やはりネアも女性の端くれであるので、繊細で美しい装飾品に憧れもある。
今のものが大事過ぎて入れ替えが出来ないので、少し寂しく思っていたのだ。
「今年は、君は森で沢山狩りをしたし、トトラにも出会ったからね。だから葉を表現したものと、ほこりの生まれた年だから、星の形を入れたんだ。初めて君と海に行ったから、箱は海の色だよ」
「ほわ………。そんな素敵な思い出を私の指輪にしてくれたのですね!こんなに素晴らしいものを貰えたので、暫くはこの指輪や指輪の箱を見る度に、頬が緩んでしまいそうですね」
ネアはその夜、中々寝付けなかった。
葉っぱのデザインや星の形はあるものの、繊細な心遣いが随所に見受けられ、洋服や髪の毛に引っかかるような部分はない。
そのお陰で、ネアはその夜、貰った指輪をつけて寝たのだ。
毛布の端っこから指先を出し、指に添う美しくロマンチックなデザインの指輪を見る度に胸がいっぱいになっていたので、隣の魔物もその度にきゃっとなってしまい、二人で夜更かししてしまった。
そうしてそんな翌朝、ネアは晴れてその指輪をつけ、リーエンベルクのみんなにお披露目したのだ。
「見て下さい、こんなに綺麗なんですよ!」
朝の清廉な光にきらきらとする指輪は、気温がぐっと下がった日の森に積もった雪のようで、表面が凍りざりざりっとした中に、森の色彩が映り込んだようにも思えた。
あまりにも綺麗で指先を見ているとにやけてしまいそうになる、何とも危険な逸品だ。
「わぁ、綺麗だね」
「ふふ、ゼノ、有難うございます。自慢の指輪です!」
「…………どうしよう、ご主人様が可愛い」
「そしてあの通り、私が指輪ではしゃぐと、ディノがどこかに隠れてしまうようなのです……」
またしてもきゃっとなったディノは、窓際の方に逃げていってしまっていた。
朝食になるからと手招きされても、恥らってしまって、どんどんカーテンの奥に隠れていってしまう。
その隙にと、ゼノーシュとグラストは、ネアに誕生日の贈り物をくれる。
「ネア、屈んで!」
「はい!」
ネアが微笑んで屈めば、ゼノーシュが可愛らしく頬に口付けしてくれる。
可愛らしい祝福にネアがぽわぽわしている間に、グラストが、失礼しますと前置きをくれてからネアの頭を撫でてくれた。
「ネア殿、誕生日おめでとうございます」
「グラストさん、有難うございます」
「よし、次は私だな」
「むむ、出ましたね、エーダリア様!」
その直後、ネアはさっとエーダリアに捕獲されると、ぐいんぐいんと振り回された。
覚悟して挑んだ筈なのだが、なぜか昨年よりアトラクションの難易度が上がっているような気がする。
「なぬ?!なぜに激しくなっているのだ!」
「お前はシュタルトのブランコも楽しかったようだからな、少し派手にゆくぞ」
「むぎゃ!」
謎に高度な魔術を踏まれ、ネアは屋内でアクロバティックな降り回しの刑に処された。
様々な魔術を組み合わせ、危なくないがスリル満点に仕上げてくれたそうなのだが、ネアは心臓がばくばくしてしまう。
さすが、あのシュタルトのブランコを気に入っているだけある、高度な荒業ばかりだ。
ネアにお勧めしてくれたので勿論そうなのだとは思っていたが、エーダリアはあのブランコの愛好者だ。
悩んでいる時に乗ると、視界がぱっと開けて気持ちがすかっとしたりするのだとか。
「…………むぐ。目がちかちかするのです。なぜに一回手を離したのだ……」
「お前は、やはり意外に子供っぽいのだな。全力で楽しんでいたではないか」
「あれは、必死に掴まっていたと言うのですよ!」
エーダリアは意外にしっかりと持ち上げてくれるのだが、屋内で振り回されると調度品を傷付けてしまいそうでひやひやするのだ。
荒ぶったネアが床を踏み鳴らせば、まったく分ってなさそうなエーダリアは、楽しかったかと笑っていた。
今日は外に出る仕事がないらしく、内勤用の少し寛いだ服装だ。
そのせいか、昨晩は遅くまで魔術書や、ネアがイブメリアに贈った稀覯本を読み漁っていたらしい。
「………むぐる」
「はい、ネア。僕もやるよ!」
「なぜにこの時間に元気に起きているのだ!」
「ありゃ、大はしゃぎだなぁ………」
「解せぬ」
次は、エーダリアの隣に控えていたノアだった。
しゃっきりとしており、白いシャツに深みのある藍色のだぼっとしたセーター姿で両手を広げている。
身構えたネアをいとも容易く捕獲してしまうと、拍子抜けするくらいにただの楽しい振り回しをしてくれた。
「…………ほわ。ふわっとして楽しいやつです。…………む」
すとんと床に下してくれ、ふわりと唇に口付けを落される。
ネアが目をぱちぱちして見上げると、どこか満足げに微笑むノアが青紫の瞳を細めた。
「ネアはもう、僕の家族みたいなものだからね。役得だなぁ」
「………むぐる」
「ありゃ。何で唸るのさ?」
「なぜでしょう。何か、………本能的なものでしょうか?」
「ありゃ」
「でも、ノアが家族相当なのは間違いないですし、ふわっと持ち上げは素敵でした!」
ネアがそう言えば、ノアは鮮やかな瞳を見張ってから、よろりと一歩下がった。
「………ノア?」
「…………僕、リーエンベルクに来て良かったなぁ」
先日のお誕生日会延期でしょげていたが、その時のエーダリアやヒルド達からの気遣いにもぐっときたらしく、こんな風に大事にされたのは初めてだと、暫くはご機嫌だったようだ。
はしゃぎ過ぎて銀狐が毎朝ボールを咥えて走ってくると、ヒルドがぐったりしてしまっていた。
「………ってことは、僕はエーダリアの誕生日の時も、持ち上げるべきだったのかな?」
「…………いや、私にはしないでくれ」
「まぁ、エーダリア様、遠慮しないでノアに持ち上げて貰えばいいのに。ノア、エーダリア様は危険な振り回しが好きなんですよ」
「お、おい…………」
「わーお、そりゃ考え甲斐があるね」
そこでネアは、ぎくりと固まった。
背後に気配を感じたからなのだが、いつもは安心と信頼のその気配に、今日ばかりはびくりとなってしまう。
「では、参りましょうか」
「ヒルドさん…………」
ネアは美しいシーに手を引かれ、会食堂の窓側から、外の中庭に繋がる扉を抜けた。
ひやっと雪混じりの風が吹き込んでくるが、その風は何か窓辺に敷かれた魔術があるのか、屋内に一歩程踏み込んだところで弾き返されてゆく。
「あの、………今年は控えめに」
「おや、ご遠慮なさらずとも大丈夫ですよ?」
「ふぁっ…………!!」
ひょいっと抱き上げられたネアが息を飲む間もなく、そこは屋根より高いところだった。
勿論、目で見えて分るヒルドの羽が羽ばたく浮力だけではないのだろうが、それでもネアは、ヒルドの腕にしっかりしがみつき、決して落ちないようにと踏ん張ってしまう。
「決して落ちることはありませんからね」
そう微笑んでくれたヒルドの眼差しは柔らかい。
しっとりとした温度に、慈しみ深さのようなものを感じ胸が温かくなったが、ネアはそれよりもこれからの空中降り回しに不整脈になりがちなのだった。
「ふぁい。…………ふきゃ?!」
やはり今年も、張り切って何周も回しにかかるエーダリアとは違い、ヒルドは気を使って二度の振り回しで済ませてくれた。
しかしここは空の上で、足の下にリーエンベルクの屋根が見えるのだ。
「ほら、落ちなかったでしょう?」
「…………ふぁい。……………っ、」
唇の端を持ち上げて微笑みを深めたヒルドは、そっと柔らかにネアの唇に口付けを落す。
先程のノアよりは身内感が強いのに、なぜか誰よりもどぎまぎしてしまうのは、相手がどこか清廉な雰囲気のヒルドだからだろうか。
「これからも、私の羽の庇護が、あなたを守れますように」
「ヒルドさん、有難うございます」
ネアが空中振り回しの刑でまだぜいぜいしてる息を整えてそうお礼を言えば、ヒルドは滅多に見ないような晴れやかな微笑みを見せてくれる。
ヒルドがこのように微笑むと、美貌というよりは美人寄りになるので、ネアはまたしてもどきどきした。
すっかり周囲に女性がいなくなってしまったので、美女的な微笑みに免疫がなくなりかけているようだ。
「…………良かった、今年は他の者を叩いてないね?」
ようやく地面に戻って来たネアに、よれよれと寄ってきた魔物はよりにもよってその心配を真っ先にする。
あれはご褒美ではないのだと昨年再三言ったのだが、ディノの目には抵抗しているネアがはしゃいでいるように見えたのだそうだ。
「それにしても、なぜにこのお祝い方法に、線引きがあるのかが分りません。みなさんは、エーダリア様も振り回すべきです!」
「成人していてもこの祝福を受ける者は多いようだよ?地位の高い者だと振り回せる階位の者が周囲にいなかったり、男性で体が重くなったり、老齢で体が脆くなったりすると危ないのでやらないのだそうだ」
「……………ということは、私は……」
「ずっと回すのかな?」
「むぎゅう。お年寄りになったら、控えて下さいね?」
「…………そんな日は来ないんじゃないかな」
「あらあら、自然の摂理に逆らっても仕方ないでしょう?」
ネアはそこで、なぜか頑固な目をした魔物を見上げても、そこまで先のことを考えるのは怖いのだろうということしか考えていなかった。
この世界での魔術可動域の低い者達が妙に長命であること、魔物の指輪を貰ってしまった者が更に寿命を延ばすと知るのは、もう少し後のことだった。
ネアの老後は、人間としては寿命の長くなる、魔術可動域の高いエーダリア達が壮健でいる予定だった。
老後に何か困っても、同じ人間の領域に力強い男性の知り合いがいるのはいいことだなと考えており、その老後計画が狂って大騒ぎすることになるのだが、今はまだ、怖がっているかもしれない魔物を撫でてやることを優先する。
「ずるい…………ネアが甘えてくる」
「ささ、テーブルに着きましょうか。………ディノ?」
「………昨年の、雪喰い鳥の祝福を覚えているかい?」
「ええ。……あの、とびきり厄介でという一節のものですよね?」
「………………うん。………その、あの祝福は…………」
もじもじした魔物が無防備で可愛かったので、ネアは思わず微笑んでしまう。
「あら、私はもう随分前から、ディノが大好きだと言っている筈なのですが?」
「…………恋」
「む。………………恋。………大好きな魔物なので、…………恋という言葉の響きとは何かが違いますが、きっともうディノでいい筈なのです」
「………………ご主人様」
ご主人様が雑に締めくくったせいで、ディノはしゅんとしてしまった。
とびきり魅力的で、とびきり厄介な生き物で大好きの内側に入れる余地がある者なんて、そうそういないと思うのだ。
そう説明すると、ディノはじっとりとした目で、こちらを見る。
「ウィリアムやアルテアは違うんだね?」
「…………前半二つの記述には合致しますね」
「……………浮気」
「むぅ。しかし、私はもうディノで手一杯なので、他の誰かになんて恋をする余裕はなさそうなのです」
「ご主人様!」
「万が一恋をするとしても、白けものさんやちびふわの愛くるしさや、竜さんのもふもふにする恋ですので、一般的な男女のそれとは違うでしょうね」
「…………ネアが虐待する」
「なぜなのだ。毛皮生物にする恋は、ディノの取り分を奪ったりしませんよ?」
「アルテアやウィリアムなんて………」
ここできゅぽんという音がすると、ちょっとだけお久し振りなムグリスディノが、まるで生贄の子羊のように、床にお腹を出して横たわっていた。
「………まぁ!」
ネアはしゃがみ込んでそんなもふもふの魔物を抱き上げると、せっかくなのでむくむくのお腹をたっぷり撫でさせて貰う。
「………キュ」
そのまま食卓の席に着き、最初のジュースが出てくる頃までには、ムグリスディノはちびこい三つ編みをへなへなにして、こてんとなってしまっていた。
「さぁ、ディノ。とっても素敵な撫で回しの贈り物も堪能させて貰ったので、一緒に朝食をいただきましょう?」
「ありゃ。これ、元に戻れるまでに時間がかかるんじゃないのかなぁ………」
「なぬ」
「………ネア、撫で過ぎちゃったの?」
「ゼノ、しかしムグリスディノが、自らお腹を出してくれたのですよ?お誕生日の贈り物だと思って、撫でまわしてしまったのです」
「………シル、生きてる?あ、無理そう………」
そんなこんなで少し朝食の開始は遅れたが、グラストとヒルドも参加してくれての賑やかなものになった。
ゼノーシュ達はこれからザルツの近郊の森で起きた小さな事件を解決しにゆくのだそうだ。
それなのに、お誕生日休暇になるネアの為に、お仕事前の朝食を一緒に摂ってくれたのである。
帰ってきてから、遅れてお祝いに参加するねと言ってくれたクッキーモンスターに、ネアは微笑んで頷いた。
「ゼノ、アルテアさんのケーキは残しておきますからね」
「やった!僕、アルテアのケーキ好き」
「何かさ、もう、アルテアは料理人に転職すればいいんじゃないかな」
「そうすると、きっと大人気になってしまってなかなかお料理を作って貰えなくなるので、専属のパイ職人にするくらいの勢いで、誰にもお料理上手の秘密を明かしたくありません」
食後のお茶の席でそんなことを話していると、背後の空気がゆらりと動くのが分った。
あれっという顔になったノアの視線を辿り、ネアが振り返れば、妙に早く到着したアルテアがいる。
微かに青色がかった灰色のスリーピース姿で、ジレのボタンホールの周りに、紋章のような形の細やかな銀灰色の刺繍がある。
ジャケットの上着の前を開けているので、転移の風にひらりとなった時に見えたのだが、ジャケットの裏地は鮮やかな赤紫色のようだ。
「なぬ。お約束の時間より八時間も早いのはなぜなのだ」
「野暮用があって夜通し出てたからな。エーダリア、一部屋借りるぞ」
「やれやれ、リーエンベルクは宿泊施設ではありませんよ」
「その分の借りは充分に返しているつもりだがな?……それとお前、また何かろくでもないことを話してただろ」
「む。アルテアさんを独り占めにしたいというお話ですか?」
「………………は?」
それはさすがに相当嫌だったのか、アルテアはずざっと後退すると、頭を振ってからさっさと部屋を出て行ってしまった。
適当な外客用の棟にゆき、少し仮眠をとるのだろうということだ。
「……………むむぅ。私のケーキはちゃんとあるのでしょうか」
「ネア、今の一言は誤解させたんじゃないかなぁ………」
「む?パイ職人を失いたくないということがでしょうか?やはり、パイだけではなく、普通のお食事も素敵ですし、あの素敵なお家造りも教えて欲しいと言うべきでしたか?」
「それよりも更に、圧倒的に言葉が足りなかったんだよなぁ………」
「ネアがアルテアに浮気する……………」
「なぜなのだ」
リーエンベルクからのケーキはお昼に出して貰うことになり、そんなケーキ目当てで短い時間だけ遊びに来るのがほこりである。
ほこりは、今日の為に昨日まで祟りものをたくさん食べてお腹をぱんぱんにしてきてくれるそうで、リーエンベルクのみんなに会うのも楽しみなのだそうだ。
ネアも勿論楽しみにしているので、ほこりの為に祟りものを狩っておいた。
とってもおいしいパン屋さんの竜などの体が大きな者達に売る用の塊パンも購入してあるので、溜め込んだ数々のお土産と一緒に渡すのだ。
本来であればイブメリアに渡す筈だった、白い粉砂糖を振ってお酒をたっぷりと染み込ませた巨大なフルーツケーキもあるのだが、こちらは同じ商品に目がいったらしいエーダリアからも同じものがあるので、二個食べて貰う方式となった。
「見て下さい、みなさんに貰ったセーターを着たのです!家事妖精さんに相談しつつ、……とはいっても身振り手振りですが、……このスカートを合わせました」
お部屋に帰ってお誕生日用の洋服に着替えたネアは、あれこれ華やかな装いも考えたものの、やはり今日はこの素敵なセーターを活用するのだと考えた。
ふくよかなフォレストグリーンに白みがかかったような素晴らしい色合いなので、スカートは裾がけぶるような朝霞めいた色合いになる青みがかった灰色のレースのスカートを選んでいる。
こうして合わせて着ると、まるでイブメリアの朝のようなえもいわれぬ色合わせで幸せな気分になった。
指輪のデザインとも合うのでますます嬉しくなったネアは、早速ディノに自慢しにゆく。
「……………ネアが虐待する」
「なぬ?!あまり似合いませんか?」
「……………すごく可愛いよ。…………でも、可愛い」
既に要領を得なくなっているので、本日のディノは弱りがちなのだと思ってネアは頷いた。
廊下でノアも見付けて見せびらかしたところ、謎に家に持って帰りたい感じという褒め言葉をいただいた。
(きっと、セーターがあまりにも手触りが良さそうなので、みんな触ってみたくなるのかな)
そんなセーターが自分のものだと思えば、イブメリアの贈り物で既にネアはご機嫌である。
ノアに散々自慢した後で部屋に戻って来ると、いなくなったご主人様を求めてうろうろしていた魔物が、またしてもびゃっとなって長椅子の影に隠れてしまった。
「……………ネアが可愛くてずるい」
「むむぅ。セーターへの想いをそう変換してしまったのですね?ディノであれば触って構わないので、一緒にこの素敵なセーターを楽しみましょうね?」
「………………ずるい」
気を抜けばディノが死んでしまいそうになるので、ネアはかなり奮闘し、途中からはノアにもディノが死なないように手伝って貰った。
何とかほこりが来るまでは生き延びて貰って会食堂に行くと、すでに到着してゼノーシュと何かをお菓子を食べていたほこりがこちらを向いて弾んでくれた。
「ピ!」
「ほこり!元気にしていましたか?」
「ピ!!」
「そして、ゼノのお仕事はもう終わってしまったのですか?」
「退治する筈だった悪食の山羊は、ほこりが食べちゃったんだ」
「まぁ!ほこりはゼノのお仕事を手伝ってくれたのですね?」
「ピ!」
ほこりは、ネアにディノまで一気に来たので、喜びのあまりにばすんどすんと弾んでいる。
やはりリーエンベルクに来るときには、雛大玉仕様なので、どれだけ大きくなっても可愛いばかりだ。
まずはほこりの様子を窺って、お腹が空いてないかどうかを確かめてお互いに頷き合うと、ネアは駆け寄って行ってほこりの体を抱き締めた。
そこにやって来たエーダリアも、喜ぶほこりの姿に微笑みを深めている。
「ほこり、また少し大きくなりましたね。真ん丸真っ白でなんて可愛いんでしょう。世界一可愛いほこりですね!」
「ピ!!!」
「ほんとうだ。少し大きくなったかな」
「ピギ!!!」
「そして、そんな可愛いほこりに、イブメリアの贈り物と、旅先でのお土産と、後ろの禁足地の森で狩っておいた祟りものがいます」
「ピ!ピ!ピ!」
名付け親と初恋の魔物に声をかけられて喜びに跳ね回るほこりは、まずは鮮度が命な祟りものをお口に入れてしまうと、むぐむぐしながら幸せそうに引き続き跳ね回った。
不思議なもので、もう充分に大きくなった筈のほこりなのだが、こんな雛玉がいるだけで小さな子が遊びに来たような賑やかさでなんとも楽しい。
「ほこり、良かったね」
「……………騎士から報告のあった祟りものが見えなくなったのは、お前が狩ったからなのか」
「あら、エーダリア様。ほこりの為にここ数日で狩りをしていました!悪いやつばかりですよ?」
「ああ。その熊の祟りものは、獰猛なのでどうするべきか悩んでいたところだ。お前が狩ってくれていたなら有難い」
「ピ!」
「ふふ。そうですね。そしてほこりが、美味しく食べてくれるのです」
「その熊、凄い美味しいみたいだよ。また出たら連絡して欲しいって」
「その上美味しかったなら、狩れて良かったです。エーダリア様、またこやつが現れたら、ほこりを呼んであげて下さい」
「何とも頼もしいな」
エーダリアにも褒められ、ほこりは自慢げに跳ね回る。
そこに、リーエンベルクの給仕達が美味しそうな昼食を持ってきたので、目をきらきらさせて垂直跳びをした。
「ほこり、お誕生日ケーキを、一緒に食べてくれますか?」
「ピ!」
「おや、ほこりはまた大きくなりましたね」
「久し振りだな。大きくなって元気そうだ」
そこに、仕事を終えたヒルドとグラストも駆けつけてくれた。
ほこりはまた喜びに弾み、忙しなくテーブルの上のお料理と視線を行き来させる。
「…………そうでしたね。食べながら話しましょうか」
普段は礼儀作法に厳しいヒルドだが、ほこりには優しい。
挨拶もそこそこに昼食会が始まり、ほこりは喜びのあまりに頭の羽が少しだけ逆立ってしまったくらいだ。
みんなを食べたくなってしまわなければもっと遊びに来られるのだそうだが、最近は統括の仕事でお腹いっぱい祟りものを食べたり、白百合の魔物が仕事の引き継ぎであちこちに連れていってくれたりして、忙しい日々でもあるのだそうだ。
「ほこりは、白百合さんは如何ですか?」
「ピ……」
「あら、少しもじもじしましたね?」
「ピィ」
「ほこりはね、ジョーイと話すのが楽しいんだよ。白夜みたいに土下座したりしないで、普通にあれこれお喋りしてくれるし、ほこりを可愛がってくれるからね」
「ピ」
「ふふ。そうして、お喋りを楽しめるような方と一緒にお仕事が出来るのは、きっと楽しいことでしょうね。良い方と一緒で良かったですね」
「ピ!」
ほこりは、ネアに素晴らしい宝石をくれた。
透明度が高い青みがかった灰色の宝石で、太陽の光が入ると、その宝石を置いた床に波紋のような素晴らしい光と影が浮かぶ。
真っ白な床に置けば雨の日の海の優しい色の欠片のようで、ネアはすっかり気に入ってしまった。
「見て下さい、この綺麗な影を。これはもう、ずっと窓辺に置いて置いて毎日眺めるしかないですね」
「ピ!」
そんなほこりは、ネアとエーダリアから贈られたイブメリアのフルーツケーキがかなり気に入ったようだ。
一口齧ってから歓喜の舞を踊っていたので、ゼノーシュの通訳によれば、一日に全部を食べてしまわず、頑張って三日くらいに分けて食べたいとのことだった。
最後に、外客用の部屋で眠っているアルテアに会いにゆき、定型の微笑ましいどたばた騒ぎをやってから、ほこりはお土産をいっぱい持って帰っていった。
テーブルの上に置いたほこりの宝石を眺めて、ネアは微笑む。
この暖かな場所に暮らすようになって得たものの一つとして、ほこりの成長や幸福はとても嬉しいものだ。
この宝石よりも、ほこりが喋らないシャンデリアの伴侶以外に好ましい人を見付けたのなら、名付け親としては素晴らしい誕生日の贈り物に他ならなかった。