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祝いならずの呪いと残念会




「ごめんね、僕はもう駄目みたいだ………」




その日の朝、というよりも早朝に、ネア達の部屋にはしょんぼりしたノアから連絡が入った。


あまりにも思い詰めた暗い言葉に何事かと思って飛び起きれば、驚いたことに、付き合っている精霊の女の子からもらったイブメリアのカードをうっかり開いたところ、祝い事ならずの呪いをかけられてしまったというのだ。



その呪いは、祝い事をすることでも祝われることでも呪われるという、若干無差別気味な精霊らしい呪いである。




そして今、早朝の会食堂ではその呪いの報告を受け、対策会議が開かれていた。

テーブルの上にはホットミルクのポットと、紅茶のポットが二種類ある。


楕円形の真っ白なお皿に盛られた小さな一口ハムサンドは、サラミハムを薄く一枚挟んだだけなのに、マスタードマヨネーズと合わせて極上のサンドイッチになっていた。

早朝過ぎるので、これと、濃厚なキノコのエスプレッソポタージュのようなもので本日の朝食となる。



なお、昨晩はあまりにも激しい橇遊びが開催され、ネアはノアから連絡があった時には飛び起きた直後に床に倒れて儚くなりかけた。

ご主人様が寝台からごすっと床に落ちたので、慌てた魔物が筋肉痛を一瞬で治してくれ、うっかり筋肉痛なご主人様を弄ぶ儀式を取り逃がしたことに気付いて落ち込む場面もあった。



(そう言えば、橇遊びの後の打ち上げで、ドリーさんとの飲み比べで撃沈された使い魔さんは、無事に家に帰れたのかしら………)



ネアはふとそのことが気になったが、無表情に近い酔い方だったもののへべれけに酔っていたヴェンツェルも無事にドリーに抱っこされて帰れたので、もっと頑丈な魔物はきっと大丈夫だろう。



それよりも、今は打ちひしがれているノアをどうにかしてやらなければだ。



「…………ノア、どんな経緯でそうなったのかという興味は尽きませんが、元気を出して下さいね」

「イブメリアのカードということは、祝祭を楽しめないようにしたかったのだな」

「むむぅ。どちらがノアにとって悲しかったのか、難しいところですね」

「若干、ネイの自己責任であることは確かですが、………今日でしたか……」

「……そりゃあさ、命を削るくらい頑張れば、解ける呪いだとは思うんだけどね」

「命を削るくらいの魔術を割くということは、その精霊は呪いに命を使ったのだね」

「そうみたいだけど、………今日は、僕の誕生日だったのになぁ」



ノアが何よりも落ち込んでいるのは、今日が初設定のノアのお誕生日だったからだ。

それなのに祝い事を禁じられてしまい、ノアはぺしゃりとテーブルに突っ伏している。



その精霊の女性とは、そもそもイブメリア周辺の日では約束をしなかったらしい。

気性の激しい女性でもあったので、うっかりイブメリアやその前夜祭などで約束してしまうと、期待をさせるのも怖いなと思ったのだとか。

ノアの見立てでは自尊心が高そうな女性だったので、そういう浮かれた祝祭は嫌いなのでと言っておけば気にしないだろうと考えていたのだそうだ。


しかしながら、その精霊は命がけで呪いをかけてくるくらいにはイブメリアが楽しみだったのだ。

或いは、他の誰かとは約束をしたことを知られてしまったのだろう。



(きっと、ノアとイブメリアの綺麗な街を歩いたりしたかったのだわ)


女性としてその感慨は分るし、期待をしたくなるくらいにノアは魅力的だったに違いない。

その心に添いたいと思う女性は多いだろうが、ネアが考えるに、今のノアはリーエンベルクの家族を最優先しているのだ。


家族のように輪になって、お互いの事を案じ合う今の生活を、安堵と共に心から謳歌しているような気がする。

それなのに恋人達とも楽しみたいというのだから、これはもう罪な性分なのだろう。



「僕は今日、誕生日だった筈なんだ……………」

「相当に落ち込んでいるな」

「ええ、これは尾を引きそうですね」

「でも、お食事の手配などもある程度したのであれば、食べ物も勿体ないですし、残念会でもしますか?」

「そういうものがあるのかい?」

「あら、ディノはご存知ありませんか?であれば、どんなことでも盛り上がってしまおうではないかという、人間独自の大雑把さなのかもしれませんね」



ネアの言葉に、くしゃくしゃになった塩の魔物が悲しげに顔を上げた。

頭を抱えるような突っ伏し方だったので、とても悲しいという気持ちが精いっぱい伝わってくる。

ふすんと鼻を鳴らし、ノアは悲しい目でこちらを見上げる。


青紫の瞳が美しければ美しい程、そんな表情をしたノアは儚げにも見えるがどこか不穏さも併せ持つ美しい魔物だった。



「…………残念会?」

「ええ。お祝いできなくて残念だったねという、気持ちを盛り上げる為の頑張ろうな会です。お食事も無駄になりませんし、残念会であればお祝いにならないのでは?」

「………僕も誕生日をやりたかったなぁ」

「勿論、ノアのお誕生日は、振替日を作りましょう!振替誕生日を作って、今回はその日にお祝いすればいいのです」

「振替日……………」


やっと少しだけ元気になったノアがむくりと体を起こすと、エーダリアやヒルドも頷いている。

ネアがどうだろうと見上げたディノも、頷いてノアに重ねて提案してくれた。



「残念会というものにするのであれば、君であれば、祝わないようにし、それを可能とするように、精霊の呪いの魔術の道を調整できるだろう?」


ノアは、目を瞠ったまま小さく頷く。

窓からはしっかりとした朝陽が差し込み始め、部屋の調度品を宝石のようにきらきら光らせた。



「…………祝わないなら、出来そうだね」

「ではそれで決まりですね!今日は残念会です。そして、お誕生日は振替で、ノアが好きな日に振り替えましょうか?」

「…………また集まってくれるのかな?」

「また全員が揃う日にすればいいではないか」



そこで、ノアの希望日と、エーダリアやヒルド達との日程調整が始まった。


ゼノーシュとグラストもいるので、みんなで集まれる日をということであれこれ調整をかけてゆき、年明けの星祭りの翌々日にやることになる。

翌日だと祝祭の後の安息日とは言え、願い事の叶う星屑を巡ってのトラブルなどが残っているかもしれないからだ。

その後だとボラボラが訪れ始めるので、ゼノーシュ曰く、アルテアがまたボラボラに攫われて忙しくなるかもしれないらしい。


(………そう言えば、アルテアさんはボラボラ達に崇め奉られているのだった………)



もうアルテアを攫ってはいけないと約束して貰ったが、ボラボラ達も幾つもの集落があるようなので、別勢力からのお誘いがかかる可能性もある。




「良かった。僕の誕生日はなくならないんだね……」

「ふふ、みんなノアのことを大好きなので、そんな寂しいことにはなりませんよ」

「うわ、その言葉もう一度言って!」

「ネアが浮気する……………」

「あらあら、ディノに向ける大好きとは違うものですよ?」

「それならいいのかな…………」

「ディノだって、ノアとは仲良しですものね」

「うん……………」



不意打ちで選択を迫られたディノがこくりと頷いたので、びゃっと椅子の上で飛び上がったノアが、素早く周囲と視線を交わした。

ふつりと持ち上がる唇の端に、何だか嬉しそうな煌めきがある。

ノアと目が合ったヒルドが微笑みかけてやり、ノアはしみじみと驚きを噛みしめるように頷いた。



「………じゃあさ!僕はこれから、残念会を出来るように魔術を整えるから、昼くらいにはお祝………残念会をしてくれるかい?」

「ああ。最初の開始時間がいいだろうな」

「ええ。元々時間は空けておりますので、私も問題ありませんよ。グラスト達にも伝えておきましょう」



かくして、イブメリアの翌日の今日、ノアの誕生日会ならぬ、ノアのお誕生日が出来なくて残念な会が行われることとなった。

つい先ほどまで悲しげに呻いていた塩の魔物は、口角も上がってようやく澄んだ瞳になっている。

ぱたぱたとどこかに走っていったノアを見送り、ネアはディノにホットミルクを淹れて貰いながら、眉を寄せた。



「でも、お祝いしないようにしなければいけないのですよね?」



そう尋ねたネアに、ディノとゼノーシュが険しい顔で頷く。



「精霊の呪いだからね、君は特に気を付けるように」

「むぐぅ」

「グラストも、お祝いしたら駄目なんだよ!」

「ああ。忌み言葉の土地に一か月程滞在したことがあるからな、そういうのは得意だ」

「忌み言葉の土地……?」

「ええ、指定されている言葉を口にすると、呪われる土地でして。毎週の月曜日にその言葉が変わるので、変更された言葉が伝わらない土地では、何も喋れなくなってしまうそうですよ」

「それはかなり大変そうなのです………。そんな土地で無事だったグラストさんは頼もしいですね」

「そう言えば、アルテアが一度そんな町を作っていたような気がするね」

「なぬ。アルテアさんの仕業だったかもしれないのですね………」



ノアはその後、部屋に閉じこもって精霊の呪いを調整していたようだ。

その間にエーダリア達は安息日だがやらなければならない領主様な仕事を片付けてしまい、ネアとディノは、万が一にでもグラスト達が参加出来なくならないよう、禁足地の森を見回りしておく。




お昼になる頃には、会場になる会食堂には着々と残念会な準備が整えられていた。



部屋の中にはお花をふんだんに生けて、お祝いを言えない代わりにノアが寂しくならないようにと、華やかな雰囲気だ。

元々ノアは、ウィリアムやアルテアなどの外部の魔物達は呼ばず、リーエンベルクの仲間内だけでお誕生日を祝いたいと言っていたので、今日が残念会になっても素早く会の趣旨を切り替えられる。




そして、テーブルの上には勿論、素晴らしいご馳走が並んでいた。


夜くらいしかしっかり食べないノアなのだが、銀狐によくお菓子をあげている料理人は、ノアの為に腕を振るってくれたようだ。



「ほわ!素敵なお料理がたくさんです!」

「ケーキが欲しいなら取ってあげようか?」

「い、いけませんよ!これはノアのお誕生日のケーキではなくなったノアの残念会ケーキです。むぐ……まずはノアが……じゅるり」

「駄目だよネア!僕も我慢する……」

「ゼノと一緒に我慢するのです…………」

「ノアベルト?」

「ありゃ。僕の残念会なのに、急かされてる………」




テーブルには、オードブル系の一口であれこれ楽しめるものが用意され、小さなパイ生地の中にシチューが入った丸い一口パイシチューや、小さな正方形にピックの刺さった可愛いゼリー寄せなど、実に目に鮮やかだ。

ハム類は薔薇のようにくるりと重ねられてピックに刺さっており、オリーブの肉詰めを衣をつけて揚げたものや、一口サイズに切った白身魚の蒸し焼きにバタークリームソースをかけて色鮮やかな香草と食べるものなど、目にもお腹にも楽しいものがたくさんある。


中でもノアを悦ばせたのは、ノアの好物だと言うパテ類と、様々な種類のバターに、リーエンベルクのふかふかのデニッシュパンだ。

万遍なく色々なものを楽しんで食べるので気付き難いのだが、バターや、レバーペースト、パテ類などと一緒に美味しいパンを食べてお酒を飲むのが、ノアの一番のお気に入りなのだとか。

贅沢なお祝い料理ならぬ、残念会料理も嬉しそうだが、何を一番好むのかを分っていて出してくれる心遣いにぐっときたらしい。



「わーお!リンチェルの実が入ったパテがあるよ」


特にノアが喜んだのは、ほろほろになるくらいに柔らかな猪肉とローズマリー、そしてそのリンチェルという胡椒くらいの大きさの赤い実が入ったパテだった。

リンチェルはぷちりと噛むと、じんわり辛いのだが、不思議な旨味があってこのようなパテ類には時々使われるのだそうだ。

この実が入ったパテが大好きだというノアは、嬉しそうにそのパテを美味しいブリオッシュと一緒にいただいていた。


ネアも真似をして食べてみて、あまりの美味しさに身震いする。

白ワインと熟成チーズで煮込んだ仔牛の煮込みに手を出した隣のディノも、美味しいものに出会った時に見せる目をしていた。

ぴりっとするくらいに胡椒をきかせており、少し甘味のある薄くて小さなパンケーキと合わせて食べるので、いつまでももくもく食べていられる永久運動の主役になる。



「ノア、とっても残念でしたね」

「ええ、自らの意志で関わりながらもこの有様とは。友人として心配の種が尽きませんね」

「その、………精霊はもうやめた方がいいのではないか?」

「何でいつも襲われてしまうんだろうね」

「次からは、僕が手紙調べてあげようか?」

「しかし、ゼノーシュは危なくないのか?」

「うん!僕なら見るだけで分るから、大丈夫だよ、グラスト!ノアベルトは、どうしてカードの呪いに気付かなかったのかな?」



それぞれに残念さを労われ、ノアはどこか複雑そうな顔でパテを齧る。



「僕、もしかして苛められてる?」

「あら、純然たる残念会ですよ?」

「うーん、じゃあさ、ネアがあれこれして励ましてくれたら、元気が出るかもなぁ……」

「ネイ?」

「ごめんなさい………」



しかしネアは、その申し出にこてんと首を傾げて思案した後、凛々しく頷いた。

どどんと仁王立ちになり腕を組んだネアに、ぎょっとしたようにノアが振り返る。



「ふむ。励まして差し上げるのです!」

「え、ネア…………」

「ディノ、こういう会ですので、少しだけ我慢して下さいね」

「わーお、何かいい事をしてくれるのかい?」


うきうきして歩み寄ってきたノアは、突然ネアに背中をばしりと力強く叩かれ、目を丸くした。

ノアの背中を叩いたネアは、良い仕事をしたとふんすと胸を張る。



「……………もしかして、今の?」

「はい。気合を入れ直すべく、ばしりと励ましの一発をお贈りしました」

「………なんか考えてたのと違うなぁ」

「ずるい、ネアがご褒美をあげてる……………」


叩かれてしまったノアに荒ぶる魔物をちらりと見て、ノアはどこか困惑の滲んだ視線をネアに当てる。

顎に手を当てて考えるノアに、残念会でもはしゃぐ心は押さえきれなかったのか、綺麗な黒紫の艶のあるリボンで一本縛りにした髪が揺れた。



「もしかして、シルのご褒美と勘違いしてない?」

「まぁ、違いますよ!壮行会などでは、人を励ます為に背中や肩をばしばし叩くではないですか。あれなのです」

「ありゃ。僕は今の、ただ力いっぱい叩かれたのかと思った」

「なぬ。やり方が違うのでしょうか?二度叩きにしてみます?」

「ではネア様、頭にしてみますか?」

「ヒルドが苛めるんだけど!」

「残念会なのですし、今後の為に、少しくらい反省をしてもいいですからね」

「……………ノアベルトなんて」

「むむぅ。叩かれたい系のうちの魔物が荒ぶってしまうので、どうやらここまでのようです…………」

「うん。主賓の僕も、一度でいい気がするな」

「では、私がネア様の代わりに叩いて差し上げましょう」

「え、…………ヒルド?ちょ、笑顔が怖いんだけど!!」


その後ノアは、ヒルドに容赦なく背中をばしりと叩かれてしまったが、何だかまんざらでもない様子で首を傾げていた。

さかんに困惑の眼差しで自分の背中を振り返っては首を傾げているので、ネアはそんなノアをつついてみる。


「ノア?背中に異変が発生したのですか?」

「…………何でだろう。叩かれたのに、大事にされているような気がしたんだ。もしかして、シルが喜ぶのってそれでかなぁ………」

「なぬ」


ネアはまたしてもここで変態の可能性が上がってしまったのと慄いたが、エーダリアはなぜか微笑んで頷いている。

ゼノーシュにパンケーキと仔牛の煮込みを取ってやっていたグラストも、まるで子供を見る父親のような目で微笑んでいた。



「身内だからこそ与えられる行為だからだろう。ヒルドは、受け入れ口が狭いからな」

「愛情故の形だと伝わるので、そう感じられるのでしょう」



二人にそう言われ、ノアは目を瞬く。




窓の向こうには午後の光に煌めく雪のお庭が見え、小鳥型の妖精達が枝から雪を落としてはしゃいでいる。

ノアのケーキはシンプルな白いクリームケーキだが、上にはホワイトチョコレートのクリームが乗っており、美しいお花の形に整えられていた。

花弁の部分は葡萄クリームを使い、どこか排他的だがリーエンベルクの面々にとっては親しみを感じる青紫の美しい花弁が、ノアの雰囲気にぴったりだ。



「…………僕はさ、ずっといい加減に生きてきたんだよ」



ふいに、ノアはそんなことを言い出した。



「楽しいのが一番で、その場をどう楽しく過ごすかを考えて悪い事も沢山したし、シルのことだって傷付けたのに、僕にはそれが良くないことだっていうことすら、長い間ずっと分からなかった」


グラスの中では、シュプリの細やかな泡がゆれている。

お祝いにならないようにと、ネアが新しく買ったシュプリの毒味をノアに押し付けるような形で、美味しく飲んで貰っている特別なお酒だ。



「……………でもさ、初めて僕が欲しいのはこういうものだったのかなって思ったものが出来た。今迄のものとは形が違ったんだ。……それなのに、どうすれば手に入るのかが分からなくて、いつもとは勝手が違って困惑している内に、…………そんなものが欲しくないってふりをして遊び呆けてる内に、このウィームは焼け落ちていたんだ」




(…………ああ、)




それは、今でもこの魔物が火を怖がるその物語だ。

愛するものを統一戦争で失った、とても有名で悲しい塩の魔物のお話。



(初めて心で欲したものを無残に失ったのなら、それはどれだけの絶望だったろう)



人間を愛し、人間の戦でそれを奪われ、人間嫌いな魔物になった塩の魔物。

ネアはその苦しみの全てを知りはしないが、愛する者が突然失われた時の、胸が引き裂かれるような慟哭は知っている。



「…………でもさ、ここにネアがいた。………シルもいて、ヒルドが友達になってくれて、エーダリアは契約して僕をここに紐付けてくれた。グラストは僕とボールで遊んでくれるし、ゼノーシュも散歩に連れて行ってくれる。………他の騎士達も、いつもジャーキーをくれたり、紐で遊んでくれるんだ」



ほろりとくる暖かな話なのだが、若干後半が銀狐の心になってしまっているのが惜しい。

とは言え、そうして無垢な生き物としてただ甘やかされる喜びもまた、ノアを幸せにしている大きな要因なのだろう。



「僕はさ、こうしてここにいられるようになって、…………良かったなぁ」




しみじみそう呟いたノアに、ネアはぐすんと鼻を鳴らす。

そうして救われてここでぬくぬくしていてるのはネアも同じなので、よく知るその安堵に泣いてしまいそうだったのだ。



「好きなだけ、リーエンベルクにいるといいでしょう。あなたがどれだけ女性関係で問題を起こしても、我々がここに住む仲間であることに変わりはありませんから」

「ヒルド………」

「そうだな。私も、契約をした者として、飽きずにここに留まってくれることを願いたい」

「エーダリア、僕はさ、人間とそんな風に契約するのは初めてなんだよ?……でも不思議だよね。君を守るのは僕の仕事だと思うと、楽しいんだ」



ほろりほろりと、ノアが言葉を重ねてゆく。

その言葉の温度に胸が苦しくなり、そしてこうしてここにみんなで一緒にいられる日常の尊さと美しさに、ネアは心から感謝した。



「…………今日は、呪われた僕を見捨てないでくれて有難う」

「私もよく事故に遭います。そんな時、ノアはたくさん助けてくれますよ?」

「そう言えばそうだね。ネアはよく事故に遭うもんなぁ……」

「むむ。言葉通りに受け取られました。いつも申し訳ありませんなことなのですが、何故か今の話の流れでは解せないのです」

「でも僕はさ、ネアが事故であのラベンダー畑に落ちて来なければ、こうしてここに住んでいないんだからね」

「…………ノア」



悪戯っぽく、魔物らしい満足げな目をして微笑んだノアがそう締めくくってくれ、ネアも、ほわりと微笑みを浮かべる。



「みんなノアが大好きなのですから、これからも宜しくお願いしますね」

「…………うん」

「そんなノアが怪我をしたりしたら大変なので、あんまり呪われないで下さいね」

「………うん。そうだった」

「そもそも、あなたの場合は…」

「え、ここからお説教なの?僕、結構いいことを言った直後なんだけど……」

「残念会ですからね」

「ありゃ………」




なお、そこから本気で叱られたノアは、涙目でディノの背中に隠れてしまう。

しかし、残念会が終わって部屋に帰る道中、ネアとディノには、ああいうのって家族みたいだよねと満更でもない様子を明かしてくれたのだった。




今でもまだ、統一戦争でウィームを焼いたヴェルリアへの塩の魔物の呪いは続いている。

ヴェルリアの民は、海路でも陸路でも、ウィームを通してしか塩の購入を出来ないのだ。


かつては憎しみと絶望で続く呪いであったそれが、今は大切なものを守る為の保険となって、今日も続いている。



ネアは、やっと大切なものが出来たノアが、このリーエンベルクで一日でも長く幸福な日々を送ってくれるよう、強く強く、願っておいた。









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