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212. イブメリアになったばかりの夜です(本編)



はらはらと、花の雨が降る。

その中で美しい魔物を見つめ、ネアは祝祭らしい心の震えにそっと胸を押さえた。


(ここにあるのは、優しいもの)



豊かで美しく、胸が潰れそうなくらいに切実なもの。

けれどもただ夢中になるには、ネアもディノも失うということの断絶を知っている。


はらはらと降り続ける花の雨は、祝祭の雪の形のよう。

その中でネアは雪の結晶のかけらを纏ったまま、輝くように満開に咲き誇る薔薇の花の下にいた。



「ディノに、イブメリアの贈り物で………ほぎゃ?!」


ふわりと口付けが落とされ、まさかのここでウィリアムとアルテアに囲まれたままそんな甘やかな行為に及ぶとは思っていなかったネアは、奇声を上げて固まってしまった。

おおーというように、銀狐が目を丸くして見上げている。


「ネア、真っ赤だね」

「…………こ、公開処刑です!恥ずかし過ぎて雪菓子を貪り食べたいくらいです!!」

「暴れてる。可愛い……………」

「シルハーン、さすがに今のは可哀想ですよ……」

「おや、こういう夜くらいは祝福を強めておかないとね」

「…………そういえば、イブメリアは愛情や信頼の祝福が強まる訳か……」

「むぎゅ?」


はわはわしたままのネアがそろりと視線を持ち上げると、こちらに微笑みかけてくれたディノが教えてくれた。


「イブメリアはね、祝福そのものの祝祭でもあるんだ。修復の魔物が崩壊した日としての向きが強いが、本来は世界が再生した日なのだからね」

「………世界が再生した日」

「そう。だから、特定の力が弱まり、繋ぎの魔術や愛情の祝福、施しの呪いが動きやすい特異日でもある」

「…………ディノが、弱ってしまったりするのですか?」

「私は問題ないよ。ただ、ウィリアムは一年で最も力を弱める日だ」

「なぬ」

「だから、少し君の守護を厚くしておかないとね」

「…………ぎゅ」


しかしながら、ネアは恥ずかしさのあまり、ディノの胸にぼふんと顔を埋めてしまう。


「可愛い、甘えてる…………」

「…………むぐぅ。そ、そしてディノに、イブメリアの贈り物があるのです」


みんなの意識を逸らすならばそれだと、ネアは慌てて贈り物をもう一度引っ張り出す。

艶々とした濃紺の美しい紙袋には、ネアがリボン専門店でラッピング用に購入したイブメリア柄のリボンを持ち手にくるっと飾り、これもまた迷いに迷って三種類も買ってしまったカードも入っている。


「…………これをくれるのかい?」

「前から予定はしていたのですが、今や、一刻も早くこちらと取り替えて下さいな贈り物なのです!カードの方は、お部屋に帰ってからゆっくりと読んで下さいね」

「一刻も早く…………」



不思議そうな顔をしたディノは、ネアの差し出した小箱をぱかりと開いた。

ベルベットのようなふくよかな濃紺の小箱には、雪の結晶石のようなきらきらと光る乳白色の宝石がおさまっている。

その宝石の煌めきを瞳に映して、ディノはほんのりと目元を染めた。


「君の気配がする…………」

「はい!私が手に入れた、氷の祝福を死ぬ程酷使して、毎日こつこつ結晶化させたものなのです!!因みに宝石の紡ぎ方は、ヒルドさんが毎日少しでもとつきっきりの指導のお時間を作ってくれて、とても丁寧に教えてくれたんですよ」


そう微笑んだネアに、ディノは無言でこくりと頷いた。


「…………おい、その毎回の付きっきりの指導はいるのか?」

「素人の魔術稼働域六の私にはどれだけ有難いことか!なお、ディノのお風呂中が主な作戦時間でしたので、見張りは狐さんでした!」


そう紹介された銀狐は、胸を張ってふさふさ胸毛を見せるときりっとした。

尻尾をふりふりして、得意げにディノの顔を覗き込む。



「君の使える魔術では、これを紡ぐのにどれだけ時間がかかっただろう………」

「あの祝福を貰った次の週からですね!お誕生日にでも良かったのですが、間に合わない可能性があったのと、やはりその指輪の石を贈った日に合わせようと思いました」

「宝石で揃えてくれたんだね」

「ディノは、ニエークさんの用意してくれた祝祭の日の雪の結晶を、指輪部分にしているでしょう?頑張って似たような石に育てたつもりなのです………」


ネアが意気込んでそう言えば、アルテアがすとんと頷いた。


「確かに、あいつじゃあな」

「むぐぅ。前回のことがなければ、雪の宝石だなんてとっても素敵なものだったのですが……」

「これを指輪にしていいのかい?」

「最初は、何でもお好きなものにして貰おうと思って育てたのです。しかし、ニエークさんに出会って以降の私は、すっかり指輪にしてくれ給えな感じになっていましたが、ディノは宝石を装飾品に加工できるようなので、他のものにしてもいいですよ?」

「…………やはり、指輪だろうか」



そう呟いて嬉しそうにネアの育てた宝石を撫でると、ディノはほろりと無防備な微笑みを見せてくれた。

目をきらきらさせて、ぱかりと開くタイプの指輪の箱に似た天鵞絨の箱をきゅっと握り締め、誰にも損なえないようにと慌てて守護をかける。


「………それにしても、少し多色性の石じゃないか?」

「………お前が育てたんだよな?」

「ふふ。ヒルドさん曰く、私にはみっしりディノの祝福がありますし、宝石を育てた指にはディノの指輪があったので、魔術の質にディノの気配が滲んだのだろうということでした!つまりこれは、ディノの指輪を持つ私だからこそ、育てられる特別な宝石なのです」


ネアがそう言えばディノはきゃっとなってしまい、暫くは椅子の上でくしゃくしゃになってしまった。

ディノが動かなくなったその間にと、ネアは他の二人にもイブメリアの贈り物をしてしまう。

忙しい二人なので、ここで渡しておかないと、もうイブメリア中には会えないかも知れない。



「ウィリアムさんと、アルテアさんにはこちらです」

「俺にもくれるんだな。開けてもいいか?」

「はい」

「随分と小さくないか?」

「なぬ。アルテアさん、大きさと心遣いは等価値ではありませんよ!」



アルテアには小さいと文句を言われたが、ウィリアムは包みを開けて、嬉しそうに目を細めてくれた。

こちらの箱は、金貨などを入れるような天鵞絨の薄い箱だ。

あまり大きな箱だと中身が動いてしまうので、リノアールの宝石紡ぎの妖精と相談してこの箱にしてある。

なお、ウィリアムもアルテアも、入れ物は青みがかった灰色にして、ネアからの贈り物であるというサイン代わりにした。


「装飾型の金庫だな?」

「はい。ウィリアムさんのものは、その一粒石の金庫の中に二つ倉庫で、食糧保存庫と、雑貨用ですね」

「ん?食糧保存用なんだな?」

「今夜も思ったのですが、ウィリアムさんは、忙しいとお食事を抜いてしまいがちです。魔物さんは食べなくてもすぐには弱りませんが、やはり食べ物の力は偉大ですからね!まずはほかほかの紅茶と珈琲を大きなポットで、そしてウィームの美味しいお店の、各種サンドイッチが入っています。半分より右側の金庫は、その他細々としたものを適時ご利用下さいね」


ネアがそう言えば、ウィリアムはもう中身が入っているのかと驚いたようだった。

しかし、自分で補充するとなると忘れそうなので、こうして持たせておくのがいいのだ。


「ネアの手料理も入っていたら嬉しかったな」

「まぁ!では今度、張り切ってサンドイッチと暖かいスープでも作りますね!」

「……………おい、俺のは何なんだ」

「むむ。アルテアさんのものは、片方に脱出路が二つに、状態異常や獣化を解くお薬、そしてもう片方には、おまけに素敵なパジャマが入っています!」

「やめろ」

「脱出路はダリルさんから、狩りの獲物と交換で譲り受けたもので、お薬と合わせて、悪さをしてどうこうなっても逃げ出せそうなものの詰め合わせとなっています。アルテアさんに必要なのはこれだと思いました…………」

「その目をやめろ」


どうせまた事故るだろうなと労わり半分、呆れ半分の目でじっと見据えると、アルテアは嫌そうに顔を顰めた。


「なお、ウィリアムさんのものは、私がお庭で育てるのを手伝っていたラベンダーの中の色が淡く澄んでいたものから、アルテアさんのものはやはりお庭でひと鉢貰って部屋の窓際に置いて面倒を見ていた、発色のいい赤紫の薔薇から紡いで貰ったちび宝石です」


それぞれのチャーム型金庫は、小さな宝石のものだ。

ナスカン型の華奢な留め金の先に、ウィリアムはドロップカット、アルテアはラウンドカットの宝石が揺れ、本体部分には小さな宝石しかないので、控えめな存在感で装いの邪魔にならないようにしてあった。


「これなら、どこにでも留められるから使いやすいな。割れたりしないように、守護をかけておくよ」

「カチリと小さな留め金で何にでも留められるので、どこにでも合わせて下さいね」


喜んでくれたようなのでネアがそう微笑むと、ウィリアムは剣かなと呟き、アルテアは装飾品かステッキだなと呟く。

特に大喜び風ではないアルテアも、ステッキにつけてもいいくらいには気に入ってくれたようだ。

双方とも、カードは後で読むのかちらりと確認した後に頷いている。


「これは、俺からネアにだ」

「まぁ!ウィリアムさんからもいただけるのですか?」

「ああ。喜んでくれるといいんだが」


そうウィリアムが差し出してくれたのは、素敵な木箱に入った謎の紐セットだった。

何が入っているのだろうとわくわくと箱を開けたネアは、これはまさか、ディノの腰紐的なあれだろうかと慄きながら顔を上げると、ウィリアムは不安そうにしているネアに優しく微笑みかけてくれる。


「…………紐さん」

「今のブーツだけだと、日常的に履いているから、どこかで失うこともあり得るだろう?もし、何かで不意に連れ去られたり、どこかに落ちた時に、あのブーツが手元にない時に使うといい。一応は靴紐にしてるが、他にも何にでも使えるからな」

「なぬ。ものすごい心強い武器でした!」

「紐は、死の舞踏を専門の職人が紡ぎ直したものだ。祝福はヒルドがネアの為に紡いだものには劣るが、効果は劣らないように俺の守護で強化してある。ネア以外の者は基本使えない。落したり奪われたりした場合は、所有権の喪失として塵になるように指定してあるからな」

「環境にも優しい紐さんです!ウィリアムさん、心強い贈り物を有難うございました」


この贈り物は、ネアだけではなくディノも喜んだようだ。

基本、ディノはご主人様を守ってくれる武器は大歓迎なのである。

ネアの足元でじっとりした目でウィリアムの贈り物を品定めしていた銀狐も、これは良いではないかと、褒めてつかわすぞ的に尻尾を振り回している。

その流れでそのまま渡してくれることにしたのか、アルテアがどこからともなくずしりと重い紙袋を出した。


「俺からだ。無駄使いするなよ?」

「無駄遣いしてしまいそうなもの……?」


紙袋の中にはずしりと重い箱が入っていて、美しい飾り木の絵柄の包装紙を丁寧に開くと、中からは精緻な金水晶の細工の箱が出てきた。

透かし細工の小さな物入れのようで、観音開きの扉をぱかりと開くと中には優美な硝子瓶に入ったボディソープのセットが現れた。


「こ、これは………!!」

「知っているのか?」


ネアが感動に打ち震えると、横から覗き込んだウィリアムが首を傾げる。

やっと会話に参加出来るくらいに心が復旧したディノも、覗き込んであれだねと頷いた。


「ヴェルリアにあるアルテアさんのお家で、ディノと一緒に使わせて貰った、地肌が素敵な感じになるシャンプーです!」

「お前が髪に使っただけだ。ボディソープだからな」

「は!そ、そうでした。夏場に使うと、お肌がすっきりひんやりするものでしたが、こちらの瓶には、ほかほかと書いてありますよ!」

「効果は十時間だ。気温管理をするものが冬用と夏用の二種。浸透や影響を避けるものが、水と虫の二種だ」

「ほわ、水と虫を遮断してくれるのですね?………む?水?」

「主に海水などの影響を遮るのに使うが、毒や酸などの影響もある程度は遮断するな。重ね付けは出来ない。契約販売だから、減ったら契約を解除するまでは補充される」

「だから、無駄遣いしてはいけないと仰ったんですね。これもとっても嬉しいです!大事に使いますね」


これでご主人様の肌が守られると知り、ディノはこちらの贈り物も喜んでくれたようだ。

ネアも、これで熱帯雨林にも容赦なく狩りにゆけると笑顔になる。

体を温めてくれるボディソープなどは、冬場のドレス着用にも良さそうだ。

この透かし細工の入れ物といい、かなり高価なものなのだろう。


「良いものを貰ったね」

「はい!これでもう、あれこれ安心です!!」

「私からのものは、帰ってから渡そう」


贈り物交換ではしゃいでしまったので、すっかり歌劇場は閑散としていた。

まだボックス席などに残って話し込んでいる人達もいるが、一般席のお客は皆帰ってしまったようだ。


「………不思議な感覚ですね。誰もいなくなってしまった観客席にも、花びらがたくさん積もっているので、何だかまだ最後の場面のお祝いの余韻があるのです………」

「来年は、どんな演出なのだろうね」


そう呟いて贈り物を抱えたネアの羽織ものになった魔物は、ふうっと寛いだ息を吐いた。



(来年となると、婚約期間終了まであと少しになっているんだわ………)


イブメリアや誕生日だけではないお祝いも控えているのかなと、ネアは心の中がもぞもぞする。

その時のネアは、どんな気持ちでこの特別講演を見るのだろう。

腹黒い少年春の王も面白かったが、そんな時期であればあまり捻らずに、是非に一般的な演出だといいなと少しだけ考えた。



「さて、帰ろうか」

「………俺は、そろそろ鳥籠に戻らないとだな。ネアの準備してくれたサンドイッチが、早速明日あたりにでも助けになりそうだ」

「ふふ。紅茶と珈琲もあつあつですからね。ウィリアムさん、髪の毛をこんなに素敵にして下さって、有難うございました」

「ああ。いつでも呼んでくれ」


ウィリアムはそう微笑むとネアの頭をふわりと撫で、この素晴らしい夜に相応しく優雅にお辞儀をして退出していった。

それを見送って、アルテアも一つ溜め息を吐く。


「さて、俺もそろそろか。…………くれぐれも、明日のミサまでに事故るなよ?」

「今なら、悪い方が来ても、ウィリアムさんの靴紐で滅ぼせますね」

「そもそも事故るな」

「アルテアさんも、事故にはどうぞ気を付けて下さいね。使い魔さんがいなくなってしまったら寂しいのです。何かあったら、金庫に迷路が入っていますから。むがっ!」


むぎゅっと鼻を摘ままれ、ネアはその手をべしりとはたき落そうとしたが、その時にはもうアルテアはいなくなった後だった。


「むがふ!ウィリアムさんと同じように、優しい感じでの退出には出来なかったのでしょうか!」

「ネアが手袋に気付かなかったからかな………」

「…………手袋?」

「君が誕生日に贈った手袋をつけていたようだよ。今日の服装に合わせた色に擬態させていたけれどね」

「なぬ………」


だからあえて手袋の手で鼻を摘まんできたのかと、ネアは眉を寄せた。

せっかく使ってくれているのに可哀想なことをしてしまったので、今度会った時にでも、さらりと気付いていたのだアピールをしておこう。

オルガの事件の時に感じた森に帰る感を思えば、ちょっとしたことでも拗ねてしまうかもしれない。


視線を感じてそちらを向くと、銀狐がふかふかの絨毯の上からじっとこちらを見ている。

ネアは微笑んでしゃがみ込むと、大事な家族相当の魔物と視線を合わせた。

冬毛の銀狐は素晴らしい毛並みで、ずっと抱っこしていたいくらいの美狐だ。


「狐さんへの贈り物は、明日の会えた時に渡そうと思って、お部屋に用意してあったのです。今夜は会えないと思っていましたから」

「今夜も何かあったんだね………」


ディノのそんな不思議そうな言葉に涙目でけばけばになった銀狐は、ネアとディノ足に交互にすりすりすると、ムギーと鳴き、お家が一番と言わんばかりに尻尾をふりふりした。


「ふふ。では今夜は、リーエンベルクで少し夜更かしして、美味しいホットワインでも飲みましょうか」

「ノアベルト、帰りは馬車だから、君が乗るとなると狐のままだけれどいいかい?」


しかしディノにそう尋ねられると、銀狐はそこは分っていると言わんばかりにディノの足をたしたし叩き、くるんとお尻を振ってぽふんと消えてしまった。


「ほわ、消えました」

「先にリーエンベルクに戻っているそうだよ」

「では、帰りもディノと二人で素敵な夜景を見ながら馬車に乗れますね」

「ご主人様!」


二人は手を繋いで歌劇場を出ると、正面につけてくれた素晴らしい馬車に乗り込んだ。

乗る前にディノが御者に何か言っていたようなので、ネアはふかふかの椅子に座ってから首を傾げる。


「ディノ、契約のお時間がまずかったりするのですか?」

「祝祭の気配の濃いいい夜だから、少し街を走ってくれるように頼んだんだ。ノアベルトが待っているだろうからあまり待たせることも出来ないから、十五分程余裕にね」

「その十五分で見ることが出来るイブメリアの街を思うと、わくわくしますね!」


ふっと視界が翳った。


(…………あ、)


こうして並べると分かる。

今度の口付けは、先程の口付けとは違い、甘く深い。

先程のものは守護の重ねであって、今回のものが心によるそれなのだと、はっきりとわかるくらい。


微かに顔を離し、覗き込む視線を感じて目を開けば、鮮やかな水紺の瞳は光るようで、魔物らしい貪欲さと容赦のなさがちらりと覗いた。

ゆっくりと唇に刻まれるカーブに頬の熱が上がり、ネアは目をぱしぱし瞬く。

何かしていないと、くらりとその深みに落ちて酩酊しそうなくらいな秘密めいた艶やかさだ。


「……………祝福の祝祭らしい夜だね。君が、今回のイブメリアも私の側にいる」

「去年もいましたし、来年もその先も傍にいますからね」

「うん。でも、去年は、まだ逃げてしまうかもしれなかったからね………」

「むむ。ディノがしょんぼりしてしまいました………」


悲しい過去が蘇ったのか、ディノはネアの側の椅子に滑り込んでくると、ご主人様を膝の上に抱え上げた。

一度ぎゅうぎゅう抱き締めてから、そうするとネアの視線が窓から外を見るには高くなってしまうことに気付いたのか、足の間に座らせることにしたようだ。

しかし、慣れない姿勢にネアがおっかなびっくりでどこに体重をかけていいのか分らないでもたもたすれば、小さく唇の端に愉快そうな微笑みを刻んだ。


「ごめんね、少しだけ我慢しておくれ」

「さては、面白がっていますね!この場合、どこにもたれたらいいのか分らないのです。ディノのお腹に寄り掛かろうとすると、体がぐでんとしてしまいますし、ドレス姿なので嵩張って邪魔ではありませんか?」

「君が腕の中にいるのは気分がいいよ。好きなようにもたれて構わないけれど、君にこれをあげようと思ってね」

「…………まぁ。………開けてみてもいいですか?」

「工房で作らせたから、包装紙のようなものはないんだ。がっかりしたかい?」

「でも、こんなに素敵な白い天鵞絨の箱に入っていますよ?水紺色のリボンがかかっているので、ディノのような色合いでとっても素敵ですね」


ディノが渡してくれた箱は、シャンパングラスくらいの高さがあり、プレゼント包装のように、水紺色のしっかりとしたリボンが箱に縫いとめられていた。

天地左右で箱にリボンがくるりと回された、普遍的な贈り物縛りである。

箱に縫いとめられているリボンの上の部分をはらりと崩せば、箱の上の部分がぱかりと開くようになった。

ネアがはわはわしながら中身を取り出すと、出てきたのはスノードームのような素晴らしい飾り木の置物だった。


「………………何て綺麗なんでしょう」


うっとりと見惚れてしまってから、ネアは気付いた。

これは、ネアがお気に入りになったあちこちの飾り木のいいとこ取りをした、ネアが大好きになるしかないような飾り木ではないか。


「水晶の入れ物に、魔術効果と飾り木の装飾が入っている。フィンベリアに似ているけれど、あれは化石だから新しいものを作ることは出来ないんだ」

「………はらはらと雪が降っていて、夕暮れなのですね。飾り木の灯りがとても綺麗で、下の部分に積もった雪が夕暮れの空の色に青く輝いています……………。ほわ…………」

「君は、装飾品やドレスより、こういうものが好きなのかなと思ったんだ。季節の中では、一番イブメリアが好きなのだろう?」

「………ふぁい。胸がいっぱいで、この綺麗な置物をずっと眺めていたいです!こんなものが、ずっと欲しかったのでした………」


実は子供っぽいかなと思って言い出せずにいたのだが、ネアは飾り木を見るのが何よりも大好きだった。

華やかに飾り付けられたクリスマスツリーを見ていた子供の頃の憧れなのか、それともこちらの世界の飾り木が美し過ぎるのか、何時までも飽きずに見ていられそうなくらいに大好きだった。


(綺麗…………)


ミニチュアの飾り木が入っているのは、長方形の角が優しく丸くなった変形スノードームのようなものだ。

真ん中に立派な白緑系の飾り木が入っていて、魔術の火や、赤い林檎を模した結晶石の灯り、そして歴史を感じさせるような美しいビーズ刺繍とタッセルのオーナメントがかかっている。

そしてもちろん、飾り木の上にはネアの大好きな、リノアールの飾り木と同じ星飾りがあった。


「………ディノ、この置物がとっても気に入ってしまったので、イブメリアを過ぎてもずっと見える場所に飾っておいていいですか?夏になっても飾ってあったりして、うんざりさせてしまうかもしれません………」


ネアにそうお願いされ、ディノはひどく幸福そうに微笑んだ。

その微笑みにすっかり浮かれてしまい、ネアは伸び上がるとディノにそっと口付ける。

ディノが目を丸くしたので少しだけ冒険したい気持ちになって、もう一度口付けた。


(これで、どれだけ感激したのか伝わっただろうか!)


無垢に無防備に喜ぶ魔物に、どうか幸せをいっぱい受け取って欲しい。

欲しくて堪らなかったような素敵なイブメリアの贈り物に、ネアはディノにももっとはしゃいで貰いたかった。



「私の欲しくて堪らないものを贈ってくれて、有難うございます。……………む。死んでいる」



しかし、喜びに顔を輝かせたご主人様に口付けられてしまい、魔物はあっけなく沈んでしまったようだ。

両手で顔を覆ってじたばたしているので、ネアは大事な飾り木の置物を落してしまったりしないよう、慌てて箱にしまった。

落としたりしないように、ウィリアムやアルテアからの贈り物のように、一足先にディノにお部屋に移動させておいてもらおうかと思ったが、嬉し過ぎてまだ手を離せないで、その白い箱を大事に抱え込む。



窓の外には、街灯と飾り木やショウウィンドウの装飾の光を受けた粉雪が、はらはらと降り続けている。

静かに街を駆けてゆく馬車の窓から、イブメリアまでの日々で、ネアが隅々まで堪能してきたウィームの街のイブメリアの装いが見える。


ネアは、死んでしまった魔物の足の間から抜け出し横並びに座ると、肩にもたれさせてやり、窓からの美しいイブメリアの夜を楽しんだ。

その間、ディノに意識があったのかは定かではないが、リーエンベルクに馬車が戻る頃までには、ご主人様に甘やかされたとすっかり艶々になっていてくれたので、幸せだったのだと思うことにした。



なお、ウィリアムやアルテアと同じ、ネアが手をかけたお花から紡いだ青紫の宝石の金庫を貰ったノアは、銀狐のまま首輪にそのチャームをつけようとして、合流してきたヒルドに、正体がばれてしまうからと叱られていた。



「私も入れてくれ。………ダリルのところに顔を出したせいで、酷い目に遭った………」

「まぁ、エーダリアさまがくたくたになっています。……狐さんを抱っこしますか?癒されますよ?」

「ああ、借りるとしよう…………」



やっと仕事を終えたエーダリアも部屋にふらふらと入ってくる。

ネアは、白い琺瑯のポットに入ったホットワインをカップに注いでやり、みんなで少しだけ祝祭の夜のお喋りをした。



そのお喋りは思っていたより長く続き、ネア達は優しいイブメリアの祝福に身を浸したのだった。













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