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210. クラヴィスでは儀式に参加します(本編)



再び、ウィームには今年のクラヴィスの夜が訪れた。

昨日までの日付のない日を挟み、今日のクラヴィスをやり直すことでの再出発となるので、日付が戻ってゆくほどのことにならず、渾身の花火を上げたばかりのエーダリアはほっとしたようだ。


そんな前夜祭の日の朝は、細やかな雪がはらはらと降り、情感もあるし行動にも支障がないという抜群のお天気になった。

じっとり重たい雪雲ではなく一層の雪雲の上に陽光を感じるような、仄暗く青く、そして明るいという、雪景色を美しく見るのに最適の明るさである。



「ニエークさんは良いお仕事をしたようです」


朝食の席でネアがそう呟けば、朝の儀式を一つ終えたばかりのエーダリアが半眼でこちらを見る。


「その、………下僕の会は問題ないのか?」

「見守る会ですよ!そのおかしな言い方はやめて下さい!」

「あまり変わらないのではないか………」

「私の精神を守る為にも、言い方は是非に適切な呼び名でお願いします。それと、その謎の会についてはディノやノア、それにヒルドさんやダリルさんでも話し合って下さったようで、目に余る活動がない限りは黙認する方針のようです………」

「……………ヒルド?」


困惑しきった声でそう名前を呼ばれたヒルドは、静かな眼差しでエーダリアを見返す。

決してヒルド達も、勿論ディノやノアも、その会の存在を好ましくは思っていない。

なので、どこかじっとりとしたような諦観の眼差しになるのだろう。


「…………大変遺憾な限りですが、もしもの時、或いは何らかの危機に見舞われた際に、いかなる助けになるかわかりませんからね。ダリル曰く、戦力になるものを敢えて手放すのは愚か者のすることだと言うことです。直接の接触などでネア様にご不快な思いをさせた者は、個別に排除してゆきますからご安心を」

「そ、そうか。それならいいのだが…………」


いざとなったら興味を失う禁術を貸すとエーダリアが言ってくれ、ネアも少し安心した。

見守る会などというおぞましいものを設立させてしまった自身の振る舞いには悔恨の念に苛まれるばかりだが、そんな会が何らかの形で自分の失態をフォローする機関になるのであれば存続を認めるしかない。

マイナスだけを残さないよう、上手く人生を運用する必要があるのだ。


「………きっと、少しそこで遊んだら飽きると思うのです。なので私は、そんなものはこの世に存在しないという姿勢で生きてゆくことにしました」

「………それはそれで、その種の者達を悦ばせるのではないか?」

「か、考えてはいけません!見守る会などこの世には存在しないのです!!」


荒ぶったネアは、今日は朝食にもご登場のクラヴィスの鶏肉を自分の取り皿にせっせと移す。


「ぜ、前菜をまだ食べてないではないか!」

「むぐぐ。エーダリア様が恐ろしいことを言うので、一刻も早く鶏肉を確保せざるを得ませんでした」

「そこはまさか………」

「アルテアさんが教えてくれた、一番美味しい部分です」


ネアがそう言えば、エーダリアはがくりと項垂れてしまう。

仕方なく、自分も前菜を食べ終えていないのに、ネアがささっと奪ってしまった首近くの皮に一番近いところと、ネアがこちらも容赦なく奪い取った足の付け根周辺の肉の残されたもう片方の部分を自分用に切り分けてゆく。


「エーダリア様………」

「今日は祝祭だからな。多少食事の順番が前後しても構うまい」

「そういう意味でお叱りしようとしたのではないですけれどね………」


ネアとエーダリアに美味しい部分を奪われてしまった筈のゼノーシュだったが、なぜか落ち着いているなと思ったところ、ゼノーシュの前には給仕があつあつの焼き立てチキンを一羽分どさりと置いていった。

一人で丸々一羽分食べれるゼノーシュは、最高に美味しい部分も独り占め可能なのだ。


ネアは美味しい鶏肉をいただくまえに、しゃきしゃきの細切りジャガイモにラクレットチーズのようなものをあつあつとろりとかけたものが冷めないようにと、はふはふいただく。

紫色の人参のようなものの酢漬けにはスモークサーモンがかかっており、上に乗った香草が爽やかだ。

バターでソテーした林檎の細かい角切りが乗ったサラダに、クリームブリュレのように上のカリカリを割って食べる卵の殻に見立てた器の一口卵料理。


「このカリカリは、カラメルとかではなくチーズなのですね。チーズなのにスパイシーで美味しいです。中の卵の部分はとろりとしていて、やみつきになる味でした……」

「これは美味しいね」


ディノも気に入ってしまったのか、小さな卵立てに置かれた卵のような容器を手に持ち、中のとろりとした卵料理をいただいている。

お味はとろとろスクランブルエッグに似ているが、色合いがもっと優しいのでクリームなども入っているのだろう。



「ネア様は、昼の儀式に出られるのでしたね」

「はい。今年はもうレイラさんも脱走するまいということで、お昼の儀式には参加させていただきます」

「昨年で実感しているだろうが、前夜祭の儀式中は境界が曖昧になる。くれぐれも用心してくれ」

「今年は、ディノが夏至祭で行った、何かを下でこっそり繋いでいる方式を取るそうですので、どこかに吹き飛ばされる場合はディノも一緒です」

「そうだね。だから君は安心していいよ」

「………出来れば、どこにも飛ばされないでくれ」


どこか切実な様子でエーダリアがそう言い、ネア達はこくりと頷いた。

この和やかな朝食が終われば、いよいよお昼の儀式に向けて、大聖堂に移動することになる。


「ネア、今年は僕達も大聖堂の近くの護衛だから、安心してね」

「はい!ゼノ達もいてくれるなら、安心して儀式に望めますね。そう言えば、グラストさんは朝食はご一緒ではないのでしょうか?」

「グラストは、リーエンベルクの警備をするリーナ達に新しい結界の説明をしてるんだ。だから、もっと早い時間に朝食は食べたの。僕も一緒にパンとサラダを食べたよ」

「まぁ、それならグラストさんも、一緒の朝食で楽しかったでしょうね」

「うん!」


昨年のイブメリアとは、やはり深められた絆やお互いの想いが違うのだそうだ。

白いケーキを食べれるようになったゼノーシュは、明日のイブメリアでは、グラストの手作りの白いケーキを食べるのだと張り切っている。

こんなに嬉しそうにイブメリアを楽しみにしているクッキーモンスターがいるのだから、グラストがイブメリア用、カレンダークッキーなる特別缶を買ったのも分るというものだ。

カレンダークッキー缶は、小さな抽斗がいっぱいついた箱型のクッキーボックスで、日付のところを開けると、毎日味の違うクッキーが出てくるという素敵なものだ。

予備で日付のない日用のちびクッキーの詰め合わせも用意されており、中々に洒落たお菓子になっている。


おはようの挨拶の時に、ゼノーシュから、今日は丸鶏を意識したのか、ローズマリーのクッキーだったよと教えて貰い、ネア達は、きっと明日はケーキ味のクッキーに違いないと推理を重ねている。


そんな楽しくて幸せな祝祭を控え、ゼノーシュの髪も瞳も、いつもより艶々していた。

よってネアは、本日もゼノーシュが可愛いという気持ちでいっぱいなのである。




そうして、無事に朝食を終え、身支度を終えたネア達は久し振りに檀上に上がる大聖堂に足を運んだ。

公なイブメリア関連の儀式への参加は、去年のバベルクレアにここからガゼットに落ちて以来なので、少し緊張するが、そんなドキドキ感もイブメリアへの期待を高めるスパイスのようなもの。

何しろ、この儀式を終え夜になれば、ネア達は歌劇場のロージェで前夜祭からイブメリアに変わる瞬間までを過ごすのだ。

控えた楽しみのことを思えば、自然にネアの口元も微笑みの形に緩んでしまう。



「この舞台に立つと荘厳な雰囲気に、どこか厳かな気持ちになります」

「気負わなくていいよ。儀式的なものであれ、君が用意された言葉を音にするだけで動かせる魔術だからね」

「ふふ、隣にディノもいますしね」

「君の手を離さないようにするから、安心しているといい」

「はい!」



相変わらず、大聖堂の中には遥か高みの天井の方から吊り下げた香炉が揺れていた。

もくもくと立ち昇る香木の煙は、胸に沁みるようないい匂いだ。

深い深い、おとぎの国の森のクリスマスの香りがする。


まずは、クラヴィスの日への感謝と祝福を、司祭が朗々と述べる。

韻を踏み、聖歌のような音階を持つその詠唱にネアは聞き惚れた。

指先までそのふくよかな音が響き、体の中からイブメリアの準備が整うような気持だ。


司祭は深い瑠璃紺のローブ、その斜め向かいのエーダリアは白にも銀色にも見える、輝くような水色のローブだ。

ステンドグラスの窓からの光が淡く入り込み、その水色のローブを清らかな雪のように光らせる。


ガオン、ガオンと、吊り下げられた香炉の鎖が音を立てる。

その響きはまるで教会の鐘の控えめなもののようで、それすらも趣きがあった。



(以前に参加したバベルクレアの儀式にとても良く似ているけれど、少しだけ教会音楽や教会内の飾りつけが華やかになっているんだ………)


それがまた、高まる祝祭への思いのように胸を打つ。

パイプオルガンのような音を立てる楽器の音楽に、エーダリアの詠唱が重なった。

足下の床石に落ちた音が跳ね返り、殷々と大聖堂の中をこだまする。


密かにとても有難いことがあるとすれば、香炉からたなびく煙が直に届かないところにいるので、前回のバベルクレア程煙たくないことだ。

そんなことを思っていたら、ネアの順番がやってきた。


(無様な失敗をしないようにしないと!)


ネアが担当する一節は、その言葉がネアに相応しいと特別にエーダリアが分けてくれた一節だ。

ネアの羽織ったケープは雪のように白く、領主や司祭の装いとは違い、明らかに異質である。

そしてそんな美しい贈り物の純白のケープを羽織ったネアを、ウィームの領民達は誇らしげに、そしてこの土地だけの秘密の存在に微笑みを深め、見つめてくれるのだ。



「其は、暗く青白き祝祭の灯火。魔術の火より豊かなものの名前。夜の静寂より温かきものの名前。その祝福の眼差しに映すは、万象の理」


幸い、喉はかさかさしなかった。

声がひっくり返ったり、ひび割れもせずにしっかりとその言葉を読み終えることが出来る。

大聖堂の高い天井に吸い込まれていった詠唱は、ネアには見えない魔術の織りの一本の糸になってゆくのだろう。



(うん、上手く言えた)


何て事はない一節を声に出すだけなのに、そこには魔術が流れるのだと思うと一仕事終えたような誇らしい気持ちになる。


白茶の髪を真っ直ぐな耳下で揃えたレイラの横顔にも、それでいいと言いたげな頷きが揺れる。

相変わらず男装の麗人めいた凛とした美貌の魔物だが、そんなレイラが一生懸命オルガに恋文を書いていたのだと思えば何だか微笑ましいかもしれない。

昨年は残忍な部分も見てしまったが、今年のレイラはどこか可愛らしい魔物にも思えた。

その鶯色の瞳に落ちるステンドグラスの光で、レイラの瞳は時折金色にも見えた。


(そしてなぜ、観覧席に号泣している人がいるのだろう………)


ネアはふと、観覧席に号泣している一団を見付ける。

何でそんなに感動しているのか不思議だったが、そちらを見ると妙にぞくりとしたのでさっと視線を逸らした。

きっと、最近少し様子のおかしな変態に出会ってしまったので、人とは違う反応をしている人達を見ると心が警戒してしまうのだろう。

単純に、今詠唱をしている司祭の熱狂的な信者か、イブメリア大好きっ子に違いないので、温かく見守ってやるべきだ。


勿論、観客の中にはディノを熱心に見ている人達もいた。

ネアと同色の白いチェスターコートのような上着は、全く同じ刺繍を入れてあるという周到さだ。

しかしそこに、擬態した青みの強い灰色の長い三つ編みとその三つ編みの濃紺のリボンが加わると、不思議にディノの装いはまた少し違う雰囲気に思える。

ディノの場合は、白に微かな水色や灰色、ラベンダー色を隠してあるという、ネアのケープの素材よりも遥かに稀少な布地である。

この上着を作った魔物の仕立て屋は、ディノにしか誂えられない色合いの衣装に泣いて喜んだのだとか。


擬態をして、周囲にはこの色合いには見えないように隠してしまうが、今夜の歌劇場への訪問もこの上着を着てくれるのだそうだ。

ネアの目にはこの素晴らしい色合いに見えるので、いつもとは違う装いに心が弾んでしまう。



ゴーンゴーンと、大聖堂の鐘が鳴った。

わぁっと控えめな歓声がおこり、ネアは目に見えないなりにも、何やら美しい魔術が結ばれた気配を感じる。


「何だか素敵な感じがします」

「祝祭の結びの魔術だね。これでもう、あとはイブメリアになってゆくばかりだ」

「ほわ、妖精さんの中には羽が光っている方もいますね」

「喜ばしいものだよ。特にイブメリアは、祝うことを主とした祝祭だからね」

「では、今夜はしっかり幸せな夜にしないとですね」

「ご主人様!」

「歌劇場で素敵な歌劇を鑑賞し、美味しい晩餐をいただきます!」

「ご褒美は…………」

「…………では、ロージェを押さえてくれた優しい魔物の為に、観賞を終えてリーエンベルクに戻ってから何か一つだけ」

「うん」


前回の反省を踏まえ、ネアはご褒美の個数を厳しく指定した。

しかし、目元を染めて微笑んだディノに、ネアも笑顔になる。

イブメリアのカードや贈り物を渡す時、この魔物はどんな表情を見せてくれるのだろう。

そう考えたら、そわそわするではないか。




「さて私達は一度、リーエンベルクに帰りましょうか」

「そうだね。夕方までは仕事なのだろう?」

「ええ。エーダリア様達はこれからお外で懇親会という名のお仕事や、また領内の別の土地でも小さな儀式参加などがありますので、その間のリーエンベルクの守護者となるお仕事です」


勿論、騎士達もいるのだが、領主とその護衛の者達が外に出ているとあきらかに分かることで、誘発される事件もあるかもしれない。

少しでもそんな手薄な時間を減らすのが、ネア達の役目であった。



「そして、正面門に向かうあのお部屋から、唯一外部のお客様が入れる場所を警戒するという名目で、リーエンベルクの飾り木を堪能します!」

「うん、そうしようか」



わやわやと教会関係者達に囲まれているエーダリア達に目で合図をし、ネア達は退出しようとした。



「我が君…………」



そこで控えめに声をかけてきたのは、どこか生真面目な顔をしたレイラだ。

ふわりと翻った床に引き摺る長さのケープの裾には、小さな妖精達や精霊達が傅いている。



(こうして見ていると、やはり魔物らしくてとても魅力的な人だわ)



レイラの美しさは、しなやかな雌鹿のような中性的な美貌だ。

華奢な肩だが決して脆弱には見えず、清廉だが潔癖という雰囲気である。

手に持つ錫杖が彼女を象徴するものであるが、ネアは書物で万象もまた錫杖を持つ魔物だと読んだことがあった。


(そう言えば、ディノが錫杖を持っているのは見たことがないかも………)


今度、本当にそんなものを持っていたのか尋ねてみよう。

ネアがそう考えている間に、レイラはディノと話し合えたようだった。


ちらりとネアの方を見たが、やはりネアのことはどう扱ったらいいのか分からないようだ。

すっと失礼に当たらない程度に露骨に視線を逸らされたが、レイラがとても困っているのが分かったのでネアも気にしない。



「帰ろうか」



こちらを見てそう微笑んだディノが、ネアを抱き上げる。

レイラとの会話がこの距離で聞こえなかったのは、音の壁の魔術を使っていたからなのだろう。


勿論、魔物としてのあれこれがあるのを知っているので、ネアはそこで何故聞かれたらまずいのかなどということは尋ねない気質の人間だ。


ネアだって、実はもう一度ちびふわ達と一緒に寝台で寝たいという野望を持っているが、決してディノには言わないのである。



転移の薄闇を抜けて、再びリーエンベルクに戻ってきた。

すぐに騎士棟に連絡を入れて戻ったことを報告すると、ネア達がいなくなった後に冬籠りの魔物による、リーエンベルクの保冷室襲撃事件があったことを知る。



「そやつは、保冷庫の魔術でかちこちになっていたそうです。悪いやつですが、愛くるしい不憫さですね」

「秋のうちに、食べ物を備蓄しておかなかったのかな」

「そのようです。しかし、あまりにもお腹を空かせてぐーとお腹が鳴っているので、騎士さん達は袋いっぱいの木の実やお菓子をあげたそうです。ここで貰ったことを公言すると取り上げてしまうと約束させたようですので、模倣犯が出ることもないでしょう」

「困ったものだね」



はらはらと、窓の外には穏やかな雪が降り続けている。

窓枠に手をかけてそんな景色を眺めていると、背後からそっとネアを抱き締めたディノがまるで独り言のように呟いた。



「レイラはね、私に新代の犠牲の魔物に会ったかと尋ねるんだ」

「…………まぁ、ご自身で会われたらいいのではないでしょうか?」



その魔物について語る時、いつもディノは水のように澄んだ儚げな眼差しをする。

声はとても静かで、吐息のようなその囁きに、ネアは思いの深さを知るのだった。



「自分で接触するのは恐ろしいようだ。………失われたものに似ているが、それは決して彼本人ではないからね」

「ディノは、新しく生まれ変わった魔物さんはもう、別の個体として認識するべきだという考え方なのですよね?」

「…………うん。自分ではないもののことを問われるのは苦痛だろうし、変えられないものや選べないものを抱えるには、私達は長く生きる。せめて次の世代になるのであれば、新しい心で生きたいだろう」

「ディノはとても優しい魔物さんなのですね」

「どうだろうね。それは私の我が儘なのかもしれない。今代の犠牲の魔物がどれだけグレアムに似ていても、それはどうしても、私の知る彼そのままだとは思えないだろう。…………であれば、新しいものであって欲しいからかもしれないね」

「心とは、そのくらい我が儘でいいものです。私は、そんな風に大切なものを大切にし続けてくれるディノが大好きですから」

「ネア……………」



ほっとしたように微笑んだディノの三つ編みに口付けしてやれば、幸せそうにふるふるしてくれる。

明日はそんなディノと、雪白の香炉の舞踏会にゆき、たくさん踊るのだ。



「でも、君が冬告げの舞踏会で、彼らしい者がいたと話してくれて良かった。彼は相変わらず、優しい男のようだと分かったからね」

「もう違う方でも、そうして印象を崩さないような雰囲気の方だと嬉しいですよね」

「うん」


ディノが嬉しそうにしてくれて良かった。

ネアはそう思いながら、ケープを脱いでハンガーにかけると、結い上げていた髪をピンを抜いて崩した。

一瞬だけ髪の毛がくしゃくしゃになるが、ブラシを手元に取り寄せるのを忘れていたので、そのくしゃ頭のままきょろきょろする。



「ネアが虐待する…………」

「なぜなのだ」

「ずるい、可愛い」

「もしや、くしゃ頭に……」



振り返ったネアが遠い目をした頃には、魔物は少し弱ってしまっていた。

むぐぐと眉を寄せて困っていると、ふわりと背後の空気が揺れた。



「ネア、可愛いことになってるな」

「ウィリアムさん?!」


ぎゃっとなったネアが慌てて両手で頭を隠そうとしたが、ウィリアムはくすりと笑ってそんなネアの頭を撫でてくれた。


「ほら、シルハーンも気に入ってるみたいじゃないか」

「………ネアが可愛い。ずるい…………」

「むぐ!なんたる屈辱!こんなくしゃ頭を見られてしまうだなんて………」

「儀式の時は、かなりきっちり編み込むんだな」

「編み方に儀式に見合ったものがあるそうなのです。髪結いの魔物さんが来てくれました…………むぐ」

「…………嫌なことでも言われたのか?」



今夜のイブメリアの歌劇にご一緒してくれる予定のウィリアムは、ノア曰くのアルテアの見張り役なのだそうだ。

万が一アルテアが来なくても、その場合はウィリアムはネアとディノの邪魔をしないから良いらしい。

そんな理由で呼び出されてしまって嫌ではないかとネアは思うのだが、快諾だったそうだ。

今はまだいつもの服装だが、夜までには歌劇場に相応しい服装に着替えてもくれるらしい。

冬告げの舞踏会でとても素敵な姿を見たので、ネアは密かに期待していた。


(それに、疲れている筈なのに、髪の毛もやってくれるんだわ)


おまけに、今夜の歌劇の終わりまでは鳥籠はローンに任せてあると、朗らかな微笑みでウィリアムは早めに来てくれ、何と、ネアの髪の毛を歌劇場にお洒落してゆく用にふわっと素敵にアレンジしてくれるのだ。

感謝しかないので、ネアは美味しいお茶と疲労を癒す為の甘いお菓子を用意しておいた。


「……………髪結いの魔物さんは、私に何の興味もないようなのです。お仕事の最中にはとても事務的に頷き続け、お仕事が終わるとさっと窓から逃げてゆきます。私は、あの魔物さんがとても好きなのですが……」

「髪結いの魔物はとても賢い魔物だね」

「なぜなのだ」

「ああ、相変わらず聡明な魔物ですね」

「ウィリアムさんまで!」


そこでネアは、女の子のお友達が出来たらしてみたいことをあれこれと二人の魔物に教えてやった。


鏡台の前に移動し、くしゃ頭はウィリアムが丁寧に梳かしてくれる。

本当は編み込みの上の方から崩さなければならなかったのだそうだが、大雑把なネアは全部を一気にほどこうとして、大変なことになったのだ。

次回からは、キャベツを剥くように上から剥がしてゆくようにと指導を受ける。


「………そして同性同士であれば、一緒にお買い物をしたり、お泊まり会だって!」

「うーん、あまり良い文化ではなさそうだな」

「ネアが虐待する…………」

「なぜなのだ…………。ディノだって、女友達の一人もいないご主人様では、情けないでしょう?」

「ネアには私がいるから充分だと思うよ」

「ぞくりとしました」

「………………ネアが虐待する」

「確かに同性の友人がいたら楽しいだろうが、ネアにはもう余裕がないだろう?」

「ウィリアムさん………?余裕とは………」

「シルハーン以外に誰かと過ごすとしても、既に友人が一定数いるからな。アルテアでも外すか?」

「なぬ。となると、パイやタルトを作れる女友達で、尚且つちびふわになってくれる人を見付けないとです…………」

「………そうか、要素が一致すれば入れ替え可能なんだな」



ウィリアムは微笑んで頷いたが、なぜかその微笑みは背筋が寒くなるような不穏さが潜んでいる。

ひやりとしたままこくりと頷いたネアに、ウィリアムは珍しくアルテア推しをしてきた。



「いいか、ネア。それならアルテアにしておいた方がいい。女性同士の会話で変に耳年増になっても、シルハーンの喜びが奪われそうだし、アルテアの要素は守護に向いてるからな」

「女の子のお友達…………」

「やめておこうな」

「ふぎゅ…………」




ネアはぞっとして魔物を振り返ったが、ディノもきりりとした顔で厳かに頷いた。

お泊まり会でお家を空けるのは特にいけないらしく、もし外泊するのであれば、決してネアを攫って逃げない特定の人としか許されず、尚且つお泊まり会の最中にどんな敵が来ても守れる者に限定されるのだそうだ。



(これからドレスを着て歌劇場に行くのに、何だか世知辛い気持ちになった………)



ウィリアムは勿論、素晴らしい髪型にしてくれ何倍増しかで綺麗に見えるようになったネアだったが、とても悲しい気持ちで過保護すぎる魔物達のことを恨めしく思った。



窓の外には、祝祭の気分を盛り上げる粉雪が降っている。

薄暗くなってきたウィームのクラヴィスの夜を、飾り木の明かりが美しく照らしていた。







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