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210. 空飛ぶ橇に乗車します




雪の魔物のお城からの戻り道は、オルガの橇に乗せて貰うことになった。

お城のバルコニーに置かれているのをネアがしつこくじっと見ていたところ、色々迷惑をかけたのでその橇でリーエンベルクまで送ろうかと申し出て貰ったのだが、なんとこの橇は、雪のトナカイが牽く空飛ぶ橇なのである。


お詫びに橇をくれないかなと思ってたネアは当てが外れたが、その代わりとても素敵な体験が出来そうだ。




「トナカイさんが現れました!」



オルガが御者席に座れば、はらはらと降る雪が凝って見事な純白のトナカイが現れる。

待ちきれない様子で前足で床をかくあたりなど完全に生き物にしか見えないのだが、これは命や心があるようなものではないのだそうだ。

でもあまりにも見事なので撫でてみたかったネアだが、うっかり崩れてしまったりすると怖いのでぐっと堪えた。



バルコニーは白に藍色がかった雪結晶石で、そこにずしりと控えている雪結晶の白藍色の橇は、お伽噺の乗り物そのものだった。

橇の下側についている刃の部分は、青く透明な氷の結晶石だ。

御者台や座席には深い葡萄酒色のクッション張りになっていて、背もたれまでついているのでかなり乗り心地は良さそうである。



「しかし、こんなに大人数で乗ってしまって大丈夫ですか?」

「動作が不安定になるなら、ノアベルトは自分で帰ればいいだろ」

「なんでさ。アルテアが一人で寂しく帰ればいいのに」

「お前も余分の余分だろうが」

「ありゃ…………」

「アルテアさん、帰ったら一緒にお茶でも飲みましょうか。なぜだか、とても優しくしてあげたい気分になりました」

「なんでだよ」


そちらは家族相当なのだと未だに認識していない使い魔に、ほろりときたネアはアルテアの腕をぽんぽんと叩いておいた。

たいそう不審そうにこちらを見るが、これは労わりなのである。


「大丈夫だ。十人までは乗れる。雪菓子も問題ない」

「まぁ!でも確かに、大きな橇ですね。普段は何に使うのですか?」

「冬を司る者に仕えていると、厳しい季節の中で人が行き来することが多いので、その送迎が主にだ。また、冬の系譜の品物をどこかに譲り渡したりするときも、やはり大きな質量のものが多いし、侵入者や不審者を狩るのにも使うので、獲物を積んで帰ったりもする」

「今でも、冬を脅かすものが多いのだろうか?」


そう尋ねたのはディノで、人間と高位の魔物達を乗せた橇は、ふわりと浮かび上がるところであった。

目を輝かせて橇の縁に掴まるネアの腰に、ディノはしっかりと腕を回し、ご主人様には三つ編みを持たせている。

ノアもアルテアも落ちやしないかとハラハラしており、何とも過保護な魔物達だ。



「昔ほどではありませんが、今でも時折現れます。冬は厳しく、祝福のあるものや恩寵を欲する者が多いからでしょう。殆どは、祟りものや悪食などですね」

「それを軽減する為に季節の舞踏会をやっているのだけれど、やはりまだ動くものがいるんだね」

「………そのような理由で始まった舞踏会なのですか?」

「季節の祝福をより多く切り出す場を舞踏会の日に変えることで、その季節を狙う悪しき者達を祓う事が出来るんだよ。同じ季節の者同士や、その季節の問題に関わる統括の者達などの交流にも生かせる。多くの者達の希望で催されるようになった舞踏会だからね」

「ほら、ダンスを踊るでしょ?そうすると、その場に踏み固められた季節の魔術が出来上がる。そんな足場が堅ければ堅い程、その季節は安定するんだ」


ノアにそう補足して貰い、ネアはふむふむと頷いた。

ただのお祭り騒ぎではなく意味のある舞踏会だからこそ、冬走りの精霊が逃げた時、ディートリンデ達は焦っていたのだろう。



「狙われるというのは、襲撃的なやつなのでしょうか?」

「そっか、ネアは季節の舞踏会に出てるのに、アルテアやウィリアムが説明してなかったんだね」

「あのなぁ、俺は子守じゃないぞ」

「ってことで、使い魔は優しくないから僕が説明するね」

「はい!ノアに教えて貰いますね」



ネアはふと、この時アルテアの表情が気になった。

先程、ニエークと戦ってしまった時にも、最後はこんな表情をして黙ってしまっていたので、そろそろ悪さを始めるか、森に帰る風な言動が始まりそうな予感である。


せっかく祝祭が近いしネアの誕生日もあるのでがっかりしたが、ディートリンデの助言を思い出して深追いしないようにしよう。

野生の獣は、撫で過ぎると嫌がったりするあれなのだ。



「祝福や恩寵を狙ってくる奴等は、あんまり自我がないんだ。だから、祝祭や恩寵を取り込むと、魔術が満ちて苦痛や空腹が和らぐみたいだよ。ま、一時凌ぎなんだけどね。そんな感じであまり自我がない奴等だから、季節の舞踏会を開くとその気配に誘き寄せられてやって来る」

「………なぬ」

「でも、あの季節の舞踏会は参加者以外の者達が入れなくなってるから、その排除魔術に滅ぼされる」

「それは賢いですね!」

「シルも入れないのは、その誘き寄せて排除する魔術にも触れるからだね」

「そう。一つの理の形なんだ。理にすることで、悪しきものを排除するからね」

「季節の舞踏会には、そんなご事情もあったのですね。お勉強になりました!」



お喋りしている内に、橇は雲を抜け空高く舞い上がっていた。


御者席のオルガは、行き交う雪竜達がぶつからないようにと、雪に紛れないよう、上品な葡萄酒色のケープを羽織る。

赤い服を着て空飛ぶ橇にのる誰かを彷彿とさせ、ネアはますます嬉しくなった。



「壮観ですね!風がふわっとするのに、ちっとも寒くありませんし、耳がきーんともしません」

「怖くはないかい?気温や気圧の調整はしているだろう。それがないと、仕事に支障が出るだろうからね」

「はい。寒くないので、思う存分空の上から雪景色を堪能出来る素敵な乗り物です!」

「可愛い、弾んでる………」

「ネア、くれぐれも落ちないようにね!」

「ふふ。こんなにしっかり掴まっているので、逆さまにでもならない限り…むぎゃ?!」


ネアが心配性なノアを嘲笑ったその時、天罰が下ったのか橇がぐりんとひっくり返った。

ネアは心臓が止まりかけたが、魔術で謎の固定がされているらしく、逆さまになっても落ちる気配はない。



「…………ほわ、不思議な設定ですね。逆さまになっている筈なのに、床は足元だという感じがしてどっしり座ったままなのです」

「アルテアの系譜の選択の魔術の一種だ。橇の椅子を下面として認識するように、選択の魔術を敷いている。その座席から立ち上がって身を乗り出せば落ちるが、逆さまになっても落ちることはない」

「頭に血も上らないし、何て素敵な仕組みなんでしょう」


なお、急に逆さまになったのは、雷雲をくぐったからなのだそうだ。

雷が頭に落ちないよう、橇の底を屋根にするのだ。


雪の魔物の城があるのはウィームの最北端にあたる場所の、更にその奥に併設された魔術空間で、そこからリーエンベルクまでは半刻程の時間がかかる。

それだけの距離があるので勿論、道中には天候が怪しいところもあったりするのだった。



風がびゅうびゅうと吹きすさぶ。


素晴らしい白灰色の雪雲を抜けて、ネア達を乗せた橇は疾走してゆく。

風にばたばたと揺れる衣服も、座っているのが苦痛なほどには風の影響を受けない。


ふかふかの座席に座り、巧みに雪のトナカイ達を操るオルガにその進行を任せ、尚且つ隣の席や前後の席には頼もしい魔物達が座っているのだ。

ここまで安心して楽しめるアトラクションもないだろう。



「ディノ、見て下さい。真っ白に樹氷になったモミの木の森がありますよ!」

「このあたりは氷の祝福が強い土地なんだよ。ほら、あそこに見えるのが氷竜達の国だ」

「とっても綺麗です!こんな風に見えてしまうものなのですね」

「ここは一種の魔術の道だからね。地上からは見えないものも見えるんだ」



初めて乗ったらしく、アルテアも興味深げに橇から下界を見下ろしている。

肘を橇の縁にかけ、何とも寛いだ様子だ。

先程までの思案深げな眼差しの翳りはなくなり、ネアは少しだけほっとする。


「冬の系譜だけだろうが、こうして特殊な道を敷く運用はいいな」

「他の季節の者達は敷かないのか?」

「考えてもみろ。地上を歩くのに苦労しそうなのは、冬だけだろ」

「ああ、他の季節の者達はそうなのか」


久し振りに再会したらしい二人はそんな話をしており、ネアは確かにこんな風に空を飛ぶ乗り物だと、夏は熱射病になってしまいそうだなと考える。

雪に閉ざされ地上が歩きにくくなる冬だからこそ、こんなに素敵な橇で行き来する空の道があるのだろうか。



ちかりと視界の奥で光るものがあった。



「ディノ、あちらのトゲトゲしているものは何ですか?」


ネアがそう指差したのは、水晶のクラスターが集まったような不思議な塊だった。

かなり大きく、近付けばリーエンベルクくらいはあるだろう。

そちらに視線を向けたディノが、ああと頷く。



雪混じりの風に靡く真珠色の髪が、思わず触れたいような美しさに煌めいた。


(ディノは、どこかに帰ってしまわない魔物で良かった………)


大事な魔物の横顔を見つめ、ネアは胸を撫で下ろす。

二度家出はしたが、この前のノアとのお出かけで、ディノもまた、自分の家はリーエンベルクの二人の部屋だと考えていてくれることが分かり、ネアは深く安堵したのだ。


みんなでわいわいしている仲間の輪が減るのも寂しいものの、もしディノが少し距離を置きたいなどと言いだしたらネアの寂しさはその比ではない。



「氷の魔物の城だね。毎年位置を変えるようだけれど、今年はウィームにあるのか」

「とげとげしていて、どこから入るのか謎なお城です」

「彼は、………少し排他的なんだ。氷の魔物らしい城だと思うよ」

「まさか性格も………」

「おい、ニエークで懲りただろうが。絶対に関わりを持つなよ?」

「むぅ。なぜか、使い魔さんにそうやって得意げに言われると、そんなことはなかったと証明したくなるのです」

「ネア、氷の魔物には会わなくていいんじゃないかな」

「ふふ、ディノがしょんぼりしてしまうと困るので、やめておきますね」

「ご主人様!」


嬉しそうに微笑んだディノに、オルガが驚いたようにちらりとこちらを振り返った。



「君がご主人様であるのは、間違いないのか……?」

「ニエークさんのあれとは、だいぶ違いますよ!でも、ディノは私の契約の魔物ですしね……」

「…………万象を契約の魔物とし、選択を使い魔としているのか。君は、凄い人間だったのだな」

「言っておくけど、そんなこんなで賑わってるから、ご新規様は歓迎しないよ?」



そう言ったノアベルトに、また橇に乗るのは望めないようだぞとネアは内心悔しがった。

この様子であれば、もう一度くらい乗せて貰う機会を設けられそうだと思っていたが、こっそり育てる前にその芽を摘まれてしまったようだ。



「そう言う意味であれば、その輪に入ろうとは思わないから安心していい。僕は常人だから、ご主人様に平伏するのは色々と難しそうだ」

「私の要素を、そちらのみとして認識されたようです。解せぬ」

「アルテアにもそんな趣味があるとは思わなかった。暫く会っていない内に、君も変わってしまったんだな」

「おい、やめろ。こいつらと一緒にするな」

「だが、使い魔なんだろう?」


そう言われたアルテアが、また不愉快そうに一瞬黙ってしまったので、ネアは落ち込ませないようにと、アルテアは美味しいパイやタルトを捧げてくれる系の使い魔なのだと説明しておいた。



「アルテアが………」

「こいつがあれこれ注文をつけるからだ」

「なぬ。美味しいものを献上する代わりに使い魔さんになると言い張ったのはどちらなのだ」

「お前な、いい加減にその認識をそろそろ改めろよ?それと、呼べばいつでも来るとも思うな」

「………むぅ。やはり、ご負担にならないよう契約を解除した方がいいですか?」


ネアがそう尋ねると、アルテアは美しい目を眇めた。

視界のほとんどが雪混じりの風の色なので、赤紫の瞳はその色が尾をひくくらいに鮮やかだ。


「それで?お前は竜を飼うのか?」

「あら、竜さんよりも素敵な使い魔さん候補がいるので、そちらを勧誘しようかなと思ってます!」




ネアがそう言えば、アルテアは露骨に顔を顰めた。

なお、そんなネアの使い魔候補については、先日の晩餐の席でちらりと口にしているので、ディノとノアは事前に知っているのだ。

そちらが何も言わないのを確認して、アルテアは剣呑な眼差しになる。




「……………ウィリアムか?」

「ウィリアムさんな竜さんは捨て難いですが、もっと素敵な使い魔さんになりそうなんですよ」

「ネア、アルテアが落ち込んでしまうから、出来ればこれからも彼を使い魔として使ってやって欲しい」

「…………オルガ」

「しかし、やはり魔物さんとは自由を好まれるものでもあります。ご自身でも発言されていたように、ご負担となっているなら……」



ネアは少しだけ悩んでいた。

このオルガとの出会いで魔物と人間の思考の違いをまた新たに考えたこともあり、ある意味、変化がとても飲み込みやすいタイミングだった。

誕生日ケーキを作って欲しかったなと残念に思うが、ここは、本気で辟易とされてしまわないよう、あえて引き止めず好きにさせるべきところなのだ。

それに新使い魔候補は、心も体も癒してくれる万能選手である。



「…………まさか、オルガか?」

「む?」

「是非に僕ではないといいのだが………」

「若干オルガさんが失礼なのはさて置き、オルガさんではありませんよ。因みにディノは、そちらの使い魔候補さんの方がお好きなんですよね?」


ネアがそう言えば、ディノはこくりと頷いた。

奥でノアが首を振っているのは、ノアは今のアルテアの方がいいと思っているからだ。



「その使い魔なら、きっと泳げないと思うよ」

「むむ。ディノはやはりそこ重視なのですね」

「余計なものを取り込むな。お前はすぐに事故るだろうが」

「アルテアさんに言われたく………アルテアさん!」



会話の途中だったが、前方に見えたものにぎょっとしたネアは、一人だけ振り返って進行方向に背を向けてこちらを見ていたアルテアに、慌てて注意喚起を促した。

片方の眉を持ち上げて体を正面に向けたアルテアが、ぴくりと体を揺らす。



「オルガ、………あれはなんだ」

「祟りものだろう。この橇には高位の魔物が何人も乗っているし、雪菓子も積んでいる。惹かれてやって来てしまったのだろう」



ネア達を乗せた橇の進路上に現れたのは、もくもくとした歪で巨大な怪物だ。

先程の精霊の女性に落とされた雪原の空間でもそうだったが、害意のありそうな者が出現してもオルガはあまり慌てないらしい。


冷静にそう分析すると、ひらりと手を振ってトナカイ達の手綱を小さな葉っぱのついた御者席の端にあるレバーのようなところにくるくるっとかけ、立ち上がって金色の槍を手にしている。




「万象の君、揺らさないように排除しますが、ネアが怖がるようであれば転移されますか?」

「ネア、転移でリーエンベルクに戻るかい?」

「くしゃっとやれるのであれば、もう少しこの橇に乗っていたいです。ただ、ご負担をかけるのであれば、失礼しましょうか」

「ではオルガ、あまり揺らさないようにね」

「はい」



そのまま、橇は真っ直ぐ怪物に突っ込んでゆくようだ。

ネアは隣に座った魔物の袖をくいくい引っ張り、そっと耳打ちする。


「我々がいなければ、引き返すことも出来るのです。お手間ではないでしょうか?」

「彼は、君を困らせたのを忘れてはいけないよ。このくらいのことはさせて構わない」

「むむ、変態さんのお世話だけでも充分な罰のような気もしますが、きっと魔物さんの感覚では、そのように調整を取るのですね」

「それに彼は、角も折られなかっただろう?」

「ふむ。どうか健やかなままで、ニエークさんを見張っていて欲しいですからね。ニエークさんを防ぐ為の砦が弱ってしまったら困るのです」


こちらを見た静かな瞳の深さに少しだけぞくりとした。

今回は、珍しく怒っていたディノだ。

ネアの判断のどこかに、好意による罰の軽減があると思えば、ディノはオルガを許さないかも知れない。

ふと、そんな事を思う。



「私が心で緩めてしまうのは、ディノやリーエンベルクに住み、或いはよく訪れてくれる皆さんだけです」

「うん………」

「それと、白けものさんと、ウィリアムさんな竜さんと、ちびふわと……」

「ネア…………」

「ちびまろは巣立ってしまいましたし………」

「ネアが毛だらけの生き物にばかり浮気する………」

「なぬ。頭数は増えていませんよ。………それと、もくもくが………」



がきんと音がした。

ネアの言葉の直後、オルガの槍がもくもく怪物の伸ばした手を斜めに切り裂いたのだ。

ばらりと腕の一部が崩れ、怪物は悲鳴を上げる。


頭部は山羊に似ているが牙があるし、手は羆の手のような怪物だ。

灰色の雲で作られたような造形だが、オルガの攻防を見ている限りはずしりと重い質感なのだろう。



(…………あ、)



低く美しく、詠唱のようなものが聞こえた気がした。



その直後、ぼうっと火を灯した金色の槍が、金色の光の奔流のようになって投じられる。

目がしぱしぱするくらいの強い光が弾けると、そこにはもう何もなかった。



「対象を削除した」


そう言ったオルガの手に、どこからか金色の槍が戻ってくる。

一度握った後できらきら光る金色の粒子にしてそれを消してしまうと、よいしょといった感じで手綱を再び手に取り、御者台に座った。



「ほわ、悪い奴はもういなくなったのですか?」

「オルガが壊したから、もう安心していいよ。どうやら、知識を司る系統の祟りものだったようだね」

「知識を………」

「………どこかで書庫が焼かれたり、国と一緒に滅びた文化があるのかもしれない。そのようなところから派生する生き物だ」


そう教えてくれたオルガの言葉に、ネアは先程のもくもく怪物を思った。


「そう考えると、少しだけ不憫な感じがしてしまいますね」

「ウィリアムも今頃、どこぞの国で死者の行列を率いている頃だろうな。この時期は多く死ぬ時期だ」

「そうすると、またあのもくもく怪物が生まれたりするのですね………ていっ!」


ネアはそこで、手を伸ばして空中にふよふよしていた金色の綿毛のようなものを掴んだ。


振り返ったアルテアが渋面になり、オルガも振り返って目を瞠っている。


「わーお、それ雪の祝福だね。持っていると、その年の雪から守られるんだ。大雪の兆しがわかったりして、人間には喜ばれるやつだね」

「なぬ。となれば、結構大事なやつなのですね」

「また狩りをしてる………」

「素手で捕った人間は初めて見たな………」

「こういう奴なんだ」


なんだか群れでふよふよしていたので、ネアはその後も手を伸ばすと、金色綿毛を七匹程捕獲した。

手に取ると水晶の塊のようなものの中に金色の輝きがある宝石に変わるので、その宝石を膝の上に乗せてしばし考え込む。


「ディノ、何だか目立つような赤いハンカチなどを五枚程手に入れられたりしますか?」

「簡単なことだよ。ほら、これでいいかい?」

「有難うございます!それと、これを橇の上から地面に落としても割れないようにして欲しいです」

「いいよ。上から投げるのかい?」

「はい。私にはディノがいるのでこれを使う必要はないでしょう。祝祭も近いこの時期ですので、通りすがりの贈り物の善行を、まったくの自己満足で積もうと思います」



収穫した雪の祝福を真っ赤なハンカチに包んでお土産包装にすると、ネアは橇の縁から身を乗り出して、ちょうど上空を通過中の小さな村の広場にしゅばっと落下させた。

ディノが魔術で手助けしてくれたので、風などに影響されることもなく真っ赤なハンカチの包みは、狙ったその場所にぽとりと落下する。

オルガがその上空で旋回してくれたので、近くにいた村民が、なんだなんだとやってきて拾っているところまでが見えた。

思わぬ贈り物に喜ぶ村人たちを見て、ネア達の臨時サンタクロースは道中にある次の小さな街でも同じことをする。



道中の街や村の数が足りなかったので、最後の一個は深い森の側にある山小屋の軒先に落としておいた。

薪を割る作業台の上なので、見過ごされてしまうこともないだろう。

昨晩の大雪で何だか大変そうな埋もれ方をしているので、あの明かりの灯った窓の向こうの誰かにとってはある程度実用的な贈り物になるに違いない。


(これでまたオルガさんに尽力いただいた訳だし、ディノも落ち着いただろうか……)


狡賢い人間はそんなことを画策していた。


「オルガさん、思いつきの我儘に付き合ってくれて有難うございました」

「いや、僕は君の嫌がることをしてしまった訳だから、このくらいはさせてくれ」

「ま。この程度で角が折られずに済むんだから、寧ろ感謝して欲しいね。ねぇ、シル?」

「そうか。角は折られないで済むのか……………」


そう聞いてほっとしたように息を吐いたオルガに、ディノが淡く微笑む。

まさに万象めいたその微笑みに、オルガが背筋を伸ばすのが分った。


「この冬の間、ニエークが仕事をするように、そしてこの子を煩わせることのないように、しっかりと見張っておいで。今回の君の行いは、季節の未来を憂いてのものだ。その発端となったニエークには、後で仕事に支障をきたさない程度の何らかの償いをさせよう。だから、君の償いは、そんなニエークを管理することだからね」

「…………ご配慮いただき、有難うございました。ニエークのことは、どうぞお任せ下さい」


魔物らしく優美に頭を下げたオルガは、ネアが一発命じてくれたので、きっとニエークは、宣言した通り馬車馬のように働くだろうと保障してくれた。

古くからの知り合いだが、あれは本気の目なのだそうだ。


「ご主人様呼びも止めるだろう。禁じられて嬉しそうだったからな」

「なぜか、ぞわりとしました。しかしやめてくれるのであれば安心です………」

「ご褒美…………?」

「ご褒美ではありませんよ。ディノは、禁止事項を増やされたら嫌でしょう?」

「どうだろう。まだそういうご褒美は貰ったことがないからね」

「では試しに、………今後、体当たりを禁止しますと言われたら、どんな気分ですか?」

「…………それはやめようか」


それは嫌だったらしく、びゃっとなった魔物は慌ててネアを抱き締める。

先程の万象らしい姿からの落差に、空気の読めるオルガはそっと視線を前方に戻した。



眼前には、ウィームの街が見えてきた。


見慣れた大聖堂も、こうして空の上から見るとまた違う景色に思えて感動してしまう。

美しいリーエンベルクの佇まいに、冬の森らしい彩りの禁足地の森。

美しい宝石箱のような街を見下ろし、ネアはうっとりと微笑みを深める。



「………………儀式関連を終えたら、暫くは忙しくなる。お前は、妙な騒ぎを起こすんじゃないぞ」


橇を降ろす前にふと、アルテアがそんなことを言った。

振り返りもせずに言われた言葉に、ネアはきちんと頷く。


「はい。ではお呼びしないようにしますね。………使い魔さんの契約はどうしますか?」

「……………それはそのままでいい。お前はどうせ、ろくでもないものを後任にするだろうからな」

「なぬ。ちびふわは、愛くるしくてもふもふな、素晴らしい使い魔になりそうでしたのに」

「……………は?」


顔を顰めて振り返ったアルテアは、暫く無言でネアを凝視した。



「ちびふわ契約であれば、アルテアさんが懐き過ぎを気にすることもないですし、休暇だと思って来て貰った時にだけ、私は、ちびふわをなでなですればいいのです。きっと泳げないであろうちびふわは、ディノも気に入っていますしね」

「やめろ」

「ディノも、その為にアルテアさんをちびふわにする魔術を覚えたのですよ!」

「いいか、やめろ。絶対にだ」

「うん。僕もリーエンベルクには、時々ウィリアムな竜が来るくらいでいいと思う」

「おい………お前はなんであいつ推しなんだ。ウィリアムのことは嫌いだったんじゃないのか?」

「もう嫌いってほどじゃないけど、あの竜の毛皮は凄いからね………。僕も抗いきれなかった」

「うん………」


ディノまで頷いてしまったので、アルテアは少し嫌な顔をしたが、気を取り直したようにネアに向き直る。


「とにかく、暫くは呼ぶなよ」

「ふぁい。お誕生日のケーキは、ザハにでも頼みます…………」

「それまでには戻るぞ?甘く煮たさくらんぼのケーキがいいんじゃなかったのか?」

「なぬ。そうなると、ほんのちょっとだけの不在ではないですか!勿体ぶって脅かさないで欲しいのです!!」


森に帰る詐欺は何だったのだと、ネアはアルテアの背中をぽかりと叩く。

すると、ディノがずるいとしょげてしまったので、リーエンベルク到着まで、なんやかんやとばたばたになってしまった。



「送っていただき、有難うございました」

「こちらこそ、騒がせてしまってすまない。ニエークをやる気にさせてくれて助かった」


「………こ、これは!橇の後方にも、特殊な魔術があるのか!」

「エーダリア様………」

「ありゃ、エーダリアは橇に夢中だなぁ」



お迎えに出てきてくれたヒルドと、トナカイの魔物の橇を見たくて執務室から飛び出してきたエーダリアと共に、ネアは、雪の魔物のお城に帰ってゆくオルガに手を振る。

歌乞いはもうこりごりだなと呟いたオルガには、何だか申し訳ないことをしてしまったような複雑な気分になったのだった。



なお、その年のウィームの冬は、この上なく冬らしい天候に恵まれた。

冬晴れの一日や、大雪の日、吹雪の日や粉雪の日と、バリエーションに富んだ素敵な冬を演出して貰う度、ネアはニエークとオルガが頑張っているのだなと思った次第だ。














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