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バベルクレアと雪映えの花火



いよいよ、イブメリアもカウントダウンの前々夜祭に入った。

バベルクレアの日は、美味しいローストビーフをいただき花火を見れるので、ネア的には一番好きな前夜祭になるかもしれない。

なので、アルテアの誕生日がクラヴィスに設定されて、いささか安堵もしていた。

万が一バベルクレアに設定されてしまうと、ローストビーフと花火をじっくり堪能出来ないかもしれない。

その場合、どちらを優先するかとなると、大変に難しい問題になるからだ。



「エーダリア様、今年の花火はどんな花火なのですか?」

「夜になったらわかる」

「む。秘密主義になりましたね。でも、去年の花火はとても綺麗でしたので、今年も楽しみです」

「…………去年は二度になったからな。今年はどうかこのまま一度で済んで欲しいものだが」

「さすがにもう、舎弟も脱走しないのでは………」

「ああ。そうであればいいのだが、ここまで本来の日程と誤差のないイブメリアは二十年ぶりくらいになる。安堵よりも不安を覚えるのはなぜだろうな」

「二十年ぶりだったのですね………」


だから街の人々も、カレンダー通りに近いのは嬉しいが何だか物足りないという表情なのかなと、ネアは頷く。

特にリノアールなどの高級商店では、イブメリア前の期間が長い方が、買うかどうか迷っていた商品を買ってしまうお客が増えるので、今回は売上がいまいち伸びていないようだ。

売り場の女の子からそんな情報を仕入れてきたノアが、そうなると年内にどこかで値下げになる品物があるかもしれないよと教えてくれた。



今夜は素敵なローストビーフなので、朝食のスープは素晴らしい金色のビーフコンソメのスープが出た。

ローストビーフに使ったお肉の骨などから抽出したらしく、澄んだ金色のスープには短くリボン型に捻った可愛らしい色合いのパスタのようなものと、小さな賽の目切りのジャガイモに糸のように細く切った人参が入っている。

あっさりしているが旨味が強く、ネアは何杯でも飲めそうな気分で上機嫌にスプーンを握る。


本来であれば、こんな牛コンソメに牛のレバーとパン粉を使ったお団子や、クレープの皮のようなものを入れたスープはウィームの伝統料理の一つでもあるが、今日は夜にしっかりローストビーフが控えているので軽めのスープになったようだ。

皮目をぱりっと焼いた白身魚にバターソースをかけたものが朝食らしい小さめサイズで出されていたりして、夜の料理とのバランスをうまく取ってくれる。


テーブルの上には、見事な薔薇を生けた花器があった。

しゃりりと凍ったような灰白に近い青い薔薇で、そこに白緑の香草の葉と柊、インスの真っ赤な実が合わされており、イブメリアのリースなどにも使う素材で素晴らしいアレンジになっていた。

いかにもイブメリアの前々日の祝祭日ですという感じがして、ネアは見るだけで幸せな気持ちになってしまう。


「ノアは、今日の朝食はいてくれて良かったです」

「イブメリアは少し帰ってくるよ。折角だから、ここで食事もしたいしね」

「ふむ。後はお嬢さん達にふられてしまわなければ……」

「不吉なこと言わないで!」


今日はバベルクレアの食卓になるので、テーブルにはグラストとゼノーシュもついている。

ヒルドは通信を一本終えてから参加するので、先に食べていて欲しいとのことだった。



「ネア、今日は見回りを頼むが、バベルクレアなのにすまないな」

「いいえ。お仕事にはきちんと参加させて下さい。どこかでリース略奪事件が起きていないか、きちんと見回ってきますね」

「僕達が南側だから、ネアは博物館の方?」

「ええ。ゼノ達とは最後に中央で落ち合うのですよね。私達の行く側は公共施設が多いようです。素敵なものが多いので、荒らすような人達がいたら許しません!」


そう仕事の打ち合わせをするネア達の隣で、ノアがエーダリアに話しかけている。

朝はやはり苦手らしく、まだ眠そうで氷色の色味を持つ白い髪もくしゃくしゃだ。


「エーダリアは、花火の準備?」

「…………儀式などもあるのだが、…………最優先にするべきはそこだな」

「僕は不在にするけど、ネア達がリーエンベルクにいるから大丈夫だよね」

「ああ。確か儀式の時は大聖堂にいるのだったな?」

「うん。いるいる。女の子と一緒だけど、何かあったら僕もいるから名前を呼んでいいよ」


そんな仲良し二人を見ていたら、ヒルドがよろよろと部屋に入ってきた。



「ほわ!ヒルドさん!!」


いつもの服装ではなく、華やかな儀式用の礼装にネアは目を瞠る。

しっとりとした瑠璃色の服地は天鵞絨か滑らかな毛皮のようなあたたかな生地だ。

そこに硝子のような艶のある青緑色の糸で繊細だが華やかな刺繍がある。

しなやかで細身な礼装だが、ふわりと翻るケープの瑠璃色が美しく、妖精の王様のようで何とも艶やかだ。



「…………ダリルに着せられましてね。今年からは客ではないのだから、きちんと装うようにと」

「とても素敵です!見ているだけでも幸せになりそうなお洋服ですね。ヒルドさんの羽に刺繍のきらりとする糸が映り込んでとても綺麗です」


通信の前の朝早くに、リーエンベルクの外客棟に王都からお客があったらしい。

ウォルターの父親でもある宰相で、非公式の訪問だったこともあり、エーダリアではなくダリルとヒルドの代理妖精組と人間としてはリーエンベルクの騎士統括であるグラストが出席し、宰相との短い会談を持った。

その場でも有用なので、是非に礼服を着ておくようにと、ダリルから指示があったのだそうだ。



「短絡的な方ではないのですが、相手の身なりも評価の基準とする方ですからね」

「お前は王都でも接点があったからな。今回の訪問は、…………やはりあの件か」

「こちらに頼り過ぎの感が否めませんが、ウィームが最も力を持つのはイブメリアの周辺ですからね。祝祭の挨拶に立ち寄ったとのことでしたが、本題はそちらでしょう」

「頭の痛い問題だな………」

「ひとまず、ロクサーヌとも話をしておきました。やはり、一角獣のようですが、さて」



そんなやり取りが聞こえて来て、ネアは首を傾げた。

隣のディノを見上げると、事前に何か相談があったのか特に気にした様子はない。



「……一角獣さんが現れたのでしょうか?」

「王都に現れたらしいね。今回は馬の一角獣だそうだ。清廉さを好む生き物だからヴェルリアは風土的にどうかなと思うし、既に死んだものの名を名乗っているから、恐らく偽物なのだろう」

「…………偽物さん」

「君が狩ってしまった一角獣がいただろう?」

「なぬ。グリムドールめですね」

「ありゃ。ネアの認識はやっぱり獣なんだなぁ」

「そう、その名を名乗っているのだ」


こちらを見たエーダリアが苦い顔をしたので、ネアはそんな一角獣を滅ぼしてしまったことで困っているのかと思ったが、どうやらそうではないようなのだ。


「グリムドールは、白い一角獣だった。つまり王都の者達が言う通りであれば、白持ちに擬態出来る階位の生き物ということになる」

「………そうなると、厄介なのですか?」

「王都で持て余し、リーエンベルクで処分しろと言われるくらいだからな。だが、容易く処分するだけの能力があると公のルート上で知られるのも厄介だ。かと言って、こちらで委託された虜囚として管理すれば、王都との連携が密になり過ぎる。難しいところだな」

「ふむ。そんな獣さんは、ウィーム領ではない搬送途中のどこかで逃げてしまって、そのまま行方不明になってくれればいいのにと思わざるを得ませんね」


ネアが身も蓋もなくそう言えば、エーダリアを目を瞠った。



「………その手があるのか」

「しかし、悪いやつであれば逃げた後のことを考えないで言っていることなので、少し心苦しいのですが……」

「性質は穏やかだと聞いている。ただ、なぜヴェルリアの王都に現れたのか、どのような経緯で捕獲されたのか、曖昧な点が多くてな」



そう言葉を濁したエーダリアが、ちらりとディノの方を見る。

おやっと首を傾げたネアに、ディノが淡く微笑んだ。



「そのような固有魔術を持つ者なのだろう。屋敷の魔物を覚えているかい?」

「むむ。可愛いもちうさ魔術を発動しましたあやつですね」

「そのような魅了の系譜や、誤認の系譜の魔術だろう。その一角獣のものは、見た者が美しいと思い捕らえたくなるもののようだね」

「そうなると、困った騒ぎになったりはしないのでしょうか?」

「そうそう、僕もそれを懸念したけど、手放して離れるとそんな気分がなくなるみたいだよ。だから、どういう経緯で捕縛されたのかが曖昧なんだろうな。でも、こっちにはネアがいるから心配だなぁ」

「…………なぬ」


ネアは踏み滅ぼしてしまうかもしれないからかなと考えたが、ノアが言っているのは、ネアがそんな一角獣に籠絡されないかどうからしい。

固有魔術云々ではなく、獣型なのが気になるようだ。



「………きっと、綺麗だなと感動はすると思いますが、それくらいでしょうか。もちうさのような愛くるしい生き物とは違いますしね」



大きな馬は美しいが、体格がいいので少し厳めしく見えて怖いこともある。

屋敷の魔物の擬態したもちうさのように、抱き締めて守ってあげたいという感じではない。



「ネアは、馬には特別な興味がないんだよね」

「はい。大きな獣さんなら、やはり雪豹さんですとか、狼さんや獅子さんが好きなのです」

「そっかぁ。だからシルは落ち着いてるんだね」

「………心配していたのだが、大丈夫そうだな」

「ええ。安心しました」



エーダリア達もそのことを心配していたらしく、ネアは馬は遠くから愛でる系の魅力なのだと話しておく。

草原や雪原を自由に駆け回る馬は美しいだろう。

また、正装の騎士達を乗せた軍馬も凛々しくて素敵だ。

しかし、ネアの守備範囲としてはそのくらいの認識なのである。



「今回は、ウィリアムは来るのか?」

「ウィリアムさんは今回、アルテアさんのお誕生日会とイブメリアの夜に遊びに来るので精一杯で、今夜は来れないそうなのです」

「………そうか。まぁ、祝祭の夜も近いし、忙しいのだろうな」

「さてはエーダリア様、花火を見て貰えなくてがっかりしましたね!」

「ほら、でも僕は初めてだから楽しみにしてるよ」

「ノア、エーダリア様の花火は素敵なんですよ!」

「ああ、実は複雑な魔術式を十六も重ねていてだな…」

「エーダリア様?」

「…………す、すまない。つい」




その後も和やかな朝食の時間が流れ、やがてネア達は仕事をするべく街に出た。


エーダリアとヒルドはこの後も花火の仕上げをして、その後はバベルクレアの儀式の一つをお昼から執り行う。

祝祭まわりの儀式はその冬の濃度によって時間を調整されるので、バベルクレアやクラヴィスの儀式の時間は毎年違うらしい。

今年のバベルクレアは、お昼の儀式となった。



「一般観覧席もあるので本来であれば観たかったのですが、レイラさん達を刺激してまたイブメリアが先送りになってしまうといけないので、儀式の時間に大聖堂の横を歩きましょう。エーダリア様が儀式魔術を読む声が届いて素敵なのだそうです」

「ネアは、大聖堂の司祭の詠唱も好きだよね?」

「はい。深くて強くて、どこか物悲しい響きがとても素敵なのです」



そんな詠唱の声が聖歌のように殷々と大聖堂の高い天井に響き、聖なるもののように降ってくる音がネアは好きだった。



さくりと雪を踏めば、青白い白さが滲み、表層の細やかな雪が砂糖のように零れ落ちる。

さらさらと崩れてまた降り積もり、普遍的な祈りの何かにも似ている。



「………昨年は、まだこの世界が綺麗なばかりで、少し焦っていました」

「焦っていたのかい………?」

「ええ。見たことのない美しいものばかりで、私はそんなものが欲しくて堪らなかったんです。こんな不思議で美しいものの沢山ある世界で暮らしている人々が羨ましくて、知ることが最大の喜びでした」

「今年は、変わったのかな?」

「………私の中にある言葉では上手く言えませんが、食べることの喜びが少し落ち着いて、あれもこれも食べたいと焦ってしまうのではなく、お腹がいっぱいの幸福感が加わりました」

「…………それなら、私も分かるような気がするよ。君が隣にいるんだ。……最初は逃げようとしていた君が、今は私に手を差し伸べてくれるだろう?」

「ふふ。それはね、私にとってディノが絶対に必要な宝物になったからです。だからディノ、もしどこかや何かで選択を強いられることがあれば、私にとってディノが必要不可欠だということを決して忘れないで下さいね」

「……………ネア」

「私も……ふぁ?!」


いきなり持ち上げられてぎゅっと抱き締められ、ネアは心臓がばくばくした。


「どうしよう、ネアが可愛い」

「いきなり持ち上げられると、心臓がきゃっとなるので禁止です!一言、事前申告を下さい!」

「じたばたしてる。可愛い…………」

「そしてほら、見回りは大事なので、お仕事中にはしゃぎ過ぎてはいけませんよ!」



ディノはすっかりはしゃいでしまい、ネアを抱えたまま、見回りの続きを始めた。

最初は叱っていたネアも、魔物がご主人様をしっかりと持ち上げて目をきらきらさせているのを見ると、何だかあまり叱れなくなってしまう。



(…………ディノの、このきらきらが降り積もるように)



雪のように、星屑のように。

きらきらしゃりしゃりんと降り積もり、ネアはその喜びや幸福感に色づくように、この美しく無垢な生き物に心を染めたのだった。


美しさだけでもなく、ネアが好きな魔物としての鋭さだけでもなく、心を奪われるだけでなく手を繋いで共に歩いて行きたいと願ったのは、この心の色に動かされたからだった。



「あちらの博物館は問題ないようだよ。ほら、君の好きそうな飾り木がある」

「まぁ、淡い青色に見える木なのですね。そこに銀色に光る魔術の火と、真っ赤な林檎の形の……あれは何でしょう?」

「紅玉石の中でも魔術が潤沢な土地に育ったものは、ああして光るんだよ。光らなくなると、その土地の川や湖に浸けておくといいんだ」

「なんて素敵なんでしょう。林檎型にカットしてあるのですが、それが少し無骨な形なのが暖かい感じがしますね」


ネアはそう言うと、ご主人様のお気に入りを発見出来たことに嬉しそうに口角を持ち上げた魔物の頭を丁寧に撫でた。


「ディノがあの飾り木を見付けてくれたお陰で、また新しく素敵なものを見付けてしまいました。ディノがとても優しいので、幸せいっぱいです」

「…………ご主人様」


ここでは、ご主人様ではなく名前を呼んでほしかったなとネアは思ったが、ディノがとても嬉しそうなので、まぁいいかと微笑みを深める。



「あちらの小さな家にも、可愛らしいリースがかけられていますね。……むむ、あちらの立派な建物は、リースはどこでしょうか?」

「………リースがないみたいだね」

「…………まずいです」



視線を巡らせていて、ふと一つの建物の扉にリースがかけられていないことに気付いた。

この季節、たとえ無人であれ、開け放しでない全ての建物にはリースがかけられている。

無人の建物が、良くないものの隠れ家にされても厄介だからだ。



ネア達は、素早く該当の建物に駆け寄った。

とは言え、ネアはディノに持ち上げられているのでしっかりと捕まっていただけだ。



「…………ここは、何の施設なのでしょう?」

「……これは、美術品などの修復をする施設だね。その中でも保管庫の一つのようだ」

「それは、………何かあったら困りますね」


ネアは慌ててディノに下ろして貰い、二人はそのリースのなくなってしまった灰色の石造りの建物の、外周に張り巡らされた冬結晶の柵を超える。


ふかふかの真新しい雪を踏めば、ネアはふと、その雪の上に点々と小さな足跡を見付けた。

とても小さな足跡で見落としてしまいそうなのだが、たまたま雪の上に落ちる飾り木の装飾の煌めきが反射して見えたのだ。



「ディノ、なにやつかの足跡が……」

「うん。………これは、妖精かな」

「妖精さん………」

「時折足跡が途切れるだろう。力を入れて雪を踏んでいる様子はないから、羽がある生き物だろうからね」

「ちびこい妖精さんが、リースに悪さをしたのでしょうか?」

「かもしれないね。リースは…………おや」

「むむ…………」



しゃくしゃくという音が聞こえ、顔を見合わせたネア達は、そっと建物の左側に回り込むと、その影を覗いてみた。

するとそこには、赤い木の実をつけたリースを齧る小さなもふもふ妖精がいるではないか。



「……ネアが浮気…」

「先に切り出しましたが、………こやつは、……何というかあんまり……」

「あんまり………」


そこにいたのは、毛皮感を台無しにする造形の生き物だった。

確かに妖精の羽と毛皮は素敵な金小麦色なのだが、立派なお髭のあるご老体な感じの生き物なのだ。

ちび仙人とでもお呼びしたいその生き物は、目を爛々とさせてリースのインスの木の実を貪り食べている。



「………ディノ、確かインスの実には少しだけ毒が……」

「うん………」



その直後、ちび仙人はぱたりと倒れた。





「そんな事があって、お亡くなりになったちび仙人の姿に、野生の獣さんの罪深さを知ってしまいました。ノアも、狐さんの時には気を付けて下さいね」

「ありゃ。僕はリースなんか食べないってば」

「でも、恋人さんにふられて、荒ぶってしまったりもしかねませんから」



ネアがそう言えば、ノアはがくりとうな垂れた。

今夜のデートのお相手は、何とノアとのデート中に割り込んできた幼馴染に告白されてしまい、堅実なそちらのお相手を取り、ノアはデートを途中解散されたのだった。


しょんぼりしてリーエンベルクに戻って来たノアは、あなたが不誠実だから仕方ありませんねと言われつつも珍しくヒルドに慰めて貰い、リーエンベルクの屋根の上から花火を見る組に入る事になったのだ。



「でも、一緒にローストビーフを食べられるのは嬉しいです」

「………複雑だけど、そうだね。君達と過ごすのが一番だね」

「やっとノアが笑顔になってくれました!」

「もうさ、ネアが僕の伴侶にもなってくれれば…」

「ノアベルト?」

「ごめんなさい」



今年のローストビーフも、素晴らしい仕上がりだった。

内側のジューシーなお肉の色にとろりとしたソースがかかり、そんなローストビーフの乗った白いお皿は、いつもとは違う色合いのアイリスブルーのテーブルクロスと、霧水晶の燭台の蝋燭の炎に輝いている。


柔らかなお肉を切り分けて口に放り込めば、じゅわっと美味しいお肉の旨味と、香草の香り、ちりりっとした胡椒の風味と複雑な味わいの濃厚なソースが絡み合う。


ネアが一口食べてじたばたしている向かいで、ゼノーシュも無言で一度、天井を仰いでいた。



「うわ、これかなり美味しいね。僕も色々と食べてきたけど、これはかなりいいなぁ」

「バベルクレア特製のローストビーフは、至福の味わいなのです!」

「………美味しい。僕幸せ」

「良かったな、ゼノーシュ」

「エーダリア様は、晩餐では温かいローストビーフを食べて、花火の後でローストビーフなサンドイッチも食べるのですよね?」

「どうしても花火の前は、冷静ではいられないからな。終わった後でもう一度、味わって食べるようにしている」


その運用は料理人へのフォローというようなものではなく、祝祭に纏わる料理は大切に食べるのと食べないのでは、得られる恩恵も変わってくるからだ。


今年はネアもそんな運用の恩恵に与り、ローストビーフサンドイッチを予め予約しておき、ディノの状態保存の最高級魔術で祝祭後のお昼ご飯にするという贅沢な二段階堪能とすることにした。

ローストビーフサンドイッチの存在を教えてくれて、欲しいかどうか尋ねてくれた料理人には感謝しかない。




ネア達はその後、素晴らしいバベルクレアの晩餐を平らげ、エーダリアとヒルドは花火の準備に消えてゆく。

ネアとディノは、昨年花火を見たお気に入りスポットにノアを案内すると、綺麗な雪の夜を見渡した。



びゅうと風が吹く。

天候的な風ではなく、これは雪竜達の期待の羽ばたきなのだそうだ。


街は明るく祝祭の色に染まり、ウィームの森も妖精達や精霊達の煌めきであちこちが明るくなっている。

森に住む魔物達は、期待に身震いして背の高い木に登っているようで、木の上がわいわいしている。



雪の積もった屋根の上の見張り台には、昨年と同じように魔術の無尽蔵さでぽいっと出された長椅子がある。

そこに座り、魔術で風情が失われない程度に気温を調整し、あたたかな膝掛けをかけ、ほかほかのホットワインを用意したら準備は万端だ。



「楽しみですね」

「ありゃ、シル、ぬいぐるみも持って来たんだ」

「この前は酷い目に遭わせてしまったからね」

「ふふ、それなら、三人と一匹ですね!」



去年のバベルクレアの夜は、ウィリアムとアルテアがいた。

今年は家族が増えて、ノアがいる。

しかし、家族のような人達なのだと呼べるようになったのは最近のことなので、 家族で見るのは初めてだと言うべきだろうか。



雪景色のウィームは、白く青く、素晴らしい夜の清廉さでその瞬間を待っている。




そして、どぉん、と、最初の花火が上がった。




「………綺麗ですね」

「そうだね。ネアと見るのは三回めだ」

「昨年は二回上がりましたものね」

「僕は一回目だけど、回数で数えると先々混乱しそうじゃない?」

「多い方がいいかな」

「ありゃ」


柔らかな金色の花火が次々と上がり、優しい金色の雨をウィームの街の上に広げる。

途中から淡い藤色の花火に切り替わり、最後にはウィームらしい水色の花火に変わる。



「そろそろかな」

「エーダリア様の花火ですね!」

「アイリス花火は毎年あるんだね」


お花の香りのするアイリス花火が終わり、とうとう領主の作った花火が上がる時がやってきた。




「……………ほわ」




どぉんと、花火が打ち上がりぱっと開く。



冬のウィームの雪景色に咲いたのは、淡い淡い金色の花火に、様々な色の混ざった上品な虹色の花火だった。

混ざり合う色彩がとても淡く色合いが柔らかいので、何とも上品で麗しい。


そしてその色が雪景色に映れば、それはまるでディノの髪の色のように煌めいた。




「ディノっぽいです!」


ネアが喜びに弾み、隣の席でディノも目を瞠る。


「こりゃいいや。シルがリーエンベルクにいるからこそ、使える色合いだね」

「だからエーダリアは、似た色合いのものが使われても嫌じゃないのか尋ねたのかな……」

「むむ。事前許可を取ってあったのですね。……こんなに綺麗なディノめいた色合いが、きっとこの花火を見た皆さんに褒められるのだと思うと、なぜか得意な気持になってしまいます」

「…………可愛い。弾んでる…………」



なお、その花火はきらきらとした煌めきの最後の余韻が消える頃には、その煌めきの幾つかが、透明度の高い水色の初氷の結晶石になったのだそうだ。

限定百個程のその結晶石は、冬の守護のある石なので領民達は大喜びしたらしい。

その翌日のクラヴィスの日には、眼差しも鋭く下を見ながら、取り損ねられた結晶石がないか探して歩く人々が多発したのだとか。



ネアは、こうなると来年の花火へのハードルがぐっと上がったのではと心配だったが、持てる技術は最新のものを発表したいのが魔術師の気質なのだとか。

大盛況で終わりほっとして戻ってきたエーダリアは、美味しいローストビーフサンドに舌鼓を打ったそうだ。







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