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星飾りと燃えるケーキ



ネアはその日、イブメリア前の季節にしか楽しむことの出来ない特別な飾りを見に来ていた。

午前中の仕事を手早く片付け、昨日の事件ですっかり甘えたになってしまったディノと、今日はデートがないのでネア達とデートすると宣言したノアとの来訪だ。


「いました!淡い白金色にきらきらしていて、時々虹色にしゃりんと光る素敵な星飾りです」


リノアールの吹き抜けのホールの柵からうっとりと大きな飾り木を見上げるネアに、初めてその飾りを見たノアがふーんと呟く。


「凍った雪原に映った月とオーロラの結晶かぁ。シルに買って貰えばいいのに」

「昨年のディノにも同じようなことを言われた気がしますね……」

「ネアは、あのような場所に飾られているからいいんだよね」

「はい。こうしてみんなが楽しめる場所に飾られているからこそ、祝祭のものという感じがして、うっとりしてしまうんですよ」

「………弾んでる。可愛い………」



優美な蔓薔薇と孔雀の装飾に象られた鉄柵に掴まって、ネアは心華やぐ音楽と美しい飾り木の合わせ技に弾まざるを得なくなる。

ふんだんに使われた美しい結晶石や、今年の見どころである林檎の飾り、それらを取り巻くように雪の結晶の形をした氷の結晶が煌めき、オーナメントは飾り木の緑や林檎飾りの赤などの様々な色を映して万華鏡のようだ。

そんな華やかな飾り木を見上げた子供達が目を輝かせ、恋人達が微笑み合う。


(ああ、この感じが好きだな。世界が幸せだという顔をしていて、その中で仲間外れにならずに自分も幸せだと思えるなんて………)


しかも今年は、大切なもので賑やかですらあるのだ。

それは何という贅沢だろうと、ネアはノアにも微笑みかける。



「ノア。バベルクレアには、リーエンベルクでは美味しいローストビーフが振る舞われるんですよ」

「ありゃ、夜だよね………」

「さてはデートですね」

「そういや、リーエンベルクの、イブメリアの祝祭料理は食べたことなかったなぁ」

「クラヴィスのお食事ではエーダリア様がチキンの皮の亡者になり、私と戦うようになるのです。でも、ヒルドさんが私に皮目をくれるので、私の勝利になるんですよ」

「クラヴィスの夜ってさ、ふと思ったけどアルテアの誕生日やるんだっけ?」

「うむ。一応自己申告があったので、やるかどうかお問い合わせしているのですが、どうもイブメリアの日も少し遊びに来るようですので、懐き過ぎではないかというジレンマに陥っているらしく……」

「わーお、面倒臭いなぁ。まぁ、僕はデートだけどね」

「では、そんなノアからの贈り物は、預かっておきましょうか?」

「…………アルテアに?…………うーん、リードでもあげる?」

「白けものさんの運用になりました…………」



ネアは隣を見上げ、飾り木を見ているディノの瞳にオーナメントの煌めきが映る様に唇の端を持ち上げる。

昨日はグヤーシュをひっくり返してぬいぐるみを汚しただけですっかり怯えてしまい、どこかに逃げて行ってしまいそうになった困った魔物だ。


繋いだ手の温度にほっとして、そうしていることでディノが安心しているのが堪らなく安らかだ。



「ネア、今日は僕ともデートなんだから、シルばっかり狡い」

「むむ。ノアも手を繋ぎますか?右手は空いていますよ」

「右手…………」

「ディノには左手を開放しているので、一つで我慢して下さいね」


そう言われたディノは少しだけしゅんとしたが、その代わりにとネアがばすんと寄り掛かってやれば目元を染めて嬉しそうに口角を持ち上げる。


「外の飾りも見るかい?」

「はい!今日は雪が降っていて少し薄暗いですが、この青白い薄暗さに飾り木が映えますね」

「今回はイブメリアの遅れが短いから、ケーキの安売りはなしかぁ」

「まぁ、そんなものがあるのですか?」

「そ。五日以上遅れると、商品を入れ替えて新しいものを作るからね。本来はイブメリアに出す筈だったケーキが少し余るんだよ。よく女の子に買ってあげたなぁ」



今年の冬も、グレイシアは脱走してしまっている。

そのせいで雪の訪れが遅く、ウィームはいつもの冬よりは降雪量が少なかった。


しかし、今年の脱走劇には利点もあって、グレイシアの脱走の範囲がウィーム中央の周辺であったことも幸いし、まだ季節はあまり遅れていないのだ。

祝祭の魔術の高まりを見る限り、イブメリア当日までには一日遅れくらいのところまで追いつけるのではないかと言われている。


ネアはよく理解していないことだったが、グレイシアの脱走でイブメリアが延期になるのは、祝祭の魔術が乱れ、祝祭そのものが遅れると決まってからなのだそうだ。

その遅れが一定期間以上になると、今度は季節が冬の入り口まで巻き戻り始める。


今回は、ウィーム中央にグレイシアが潜んでいたことから脱走していても祝祭の魔術の高まりが崩れなかった為、日付のない日はまだ一日しか発生していない。


この日付のない期間を猶予として恋人を探していた者達は落胆しているそうだが、比較的順調にイブメリアが近付いてきている。



(と言うことは、私の誕生日も順調に近付いてくる………!)


持ち上げて振り回す儀式は怖いが、自分にとって意味のある日に大切な人達が側にいると実感出来る一日でもあった。



「ノアも、お誕生日は空けておいて下さいね」

「勿論。ネアが祝ってくれるんだから、僕は絶対にリーエンベルクにいないとだね。ヒルドやエーダリアも祝ってくれるみたいなんだ」



そう呟いたノアがとても嬉しそうだったので、ネアは家事妖精のちりとりの上で震えていた銀狐を思い出して嬉しくなる。

いつの間にか彼にとって、リーエンベルクや、エーダリアやヒルドは自分の領域になった。

そう感じられる言動に触れると、ネアは何だか嬉しかった。



(多分、ノアは私に似ている)



その似ている部分で触れれば、ノアがこんな風に家族のような関係性で寛げる場所があるということが、どれだけ驚くべきことなのか分かる。

彼は、ネアがちくちくのセーターを放り出していたように、とても厄介な戸口の狭い扉を持っていた人で、多分その戸口は、恋人よりも家族の区分の方が狭かったような気がするのだ。


(そう考えるとやっぱり、エーダリア様達がどれだけ凄いのかって話になる気もする………)


ディノがいるネアとは違い、エーダリアはいつの間にかすっかりノアに懐かれてしまっているではないか。

銀狐はよくエーダリアの部屋に泊まったりもしているようなので、どれだけ仲良しになってしまったのかが分るというものだ。



「ノアは、エーダリア様やヒルドさんには、イブメリアの贈り物をするのですか?」

「うん。こういうものを贈るのは初めてだけど、二人とも守護を切り分けてるから、贈れるんだよね」

「ふふ、嬉しそうですね!」

「初めてだからね。僕達は長く生きても変わらないものが多いから、こういうのは凄く嬉しいんだよ。ねぇ、シル」

「ネアがいるだけでいい」

「ありゃ」

「でも、昨日はノアがいてくれましたし、エーダリア様達がいてくれると、ディノも心強いでしょう?」

「…………うん」


昨晩、ディノは銀狐とたくさんボール遊びをしてやっていた。

其の場ではリーエンベルクに連れ帰ってくれたのはノアベルトだからねと言っていたのに、こうして言葉での確認となるとすっかり困惑してしまうのだから、ディノはまだこれも含めて大事なのだと言い切るだけの認識が曖昧なのだろう。


(慣れないものを少しずつ飲み込んで、当たり前にしていって……)


そうして輪になってからのその揺るぎなさが続く時間にも、やはり限りがある。

だからネアは、少しでも長い期間をディノに安心して暮らして欲しいと思っていた。


(ノアの方が自分の必要なものを見付けるのが早いのかしら……)


後から入ったノアの方が一足先にその家の形を知り、時々ディノにもこういうものだよと教えてくれているのをネアは知っている。

そのようなやり取りはネアから出来るものではないので、ノアの存在はとても大きなものだった。



「リーエンベルクにノアが来てくれて、嬉しかったです」


ネアがそう言えば、ノアは驚いたように顔を上げて微笑みを深める。


「わーお。熱烈な言葉だね」

「ネアが浮気する…………」

「むむぅ。上手く言えないのですが、ノアがリーエンベルクの家族になってくれたことで、安定感がずしりと増したと思うのです。いてくれると楽しいですし、頼れますし、今や狐さんはみんなの人気者です」

「安定感…………」

「またしても、新しい言葉を欲しがり始めましたね!」


ディノは、それは何やら良い褒め言葉らしいぞと思ったのか、じっとネアの方を見るではないか。

しかし、安定感という意味では何だか違う気がする。

ネア個人の感情として一緒に居て安心出来る存在ではあるのだが、全体的な目で見ればディノにはやはりまだ、不安定な部分も多いからだ。


「それは、ノアベルトだけのものなのかな?」

「今の私が思って口に出した安定感は、みんなの天秤を釣り合わせてくれるような、調整者のような安心感のことですからね。でも、ディノもよくエーダリア様達や、リーエンベルクのことを考えてくれています。そう言う意味ではとても頼もしいのですが、そんなディノのことも案じてくれるのがノアなのです」

「まぁでも、僕は自分が居心地よく暮らしたいだけだよ。だけどその為には、リーエンベルクが平和じゃないといけないし、ネアとシルが元気でいて、ヒルドとエーダリアが元気じゃないとね。その為には、他のリーエンベルクの要素が安定しないといけないとは思う。グラストとゼノーシュも、よくボールを投げてくれるけど、あの二人はそもそもが調整に長けている感じがするから、心配したことはないかな」


珍しくそんなことを教えてくれたノアの横顔を見上げて、ネアはあらためてこの魔物の存在に感謝する。

きっと、こんな風に大局的な視点でリーエンベルクを眺めてくれているのは、ノアの大事なものは特定の個人ではなく、リーエンベルクの環境そのものでもあるからなのかもしれない。


「ほらね、ディノ。ノアは頼もしいでしょう?」

「頼もしい…………」

「その頼もしさはディノの助けにもなるものですので、私と一緒にノアが逃げないように大事にしましょうね」

「……………うん」

「あらあら、三つ編みも一緒に握らせなくても、大事な魔物だっていなくなってしまったら困るので、私は、ディノも逃げないように見張っているつもりですよ?」

「ご主人様!」


逃げないように見張られて嬉しかったのか、ディノはおもむろに片手を差し出してきた。


「………………む」

「昨日、久し振りに叩いてくれただろう?」

「むむぅ、あの時にはディノが脱走した後だったので、私も荒ぶっていたのです。腕をばしばししたのには、きちんと理由があったんですよ?」

「ご褒美…………」


しゅんとしていじましい目をするので、ネアは仕方なくディノの腕をばしばしと二回叩いてあげた。

そうするときゃっとなって、目元を染めて嬉しそうにするのだ。


「…………それってさ、どこでも叩いてくれるの?」

「なぬ。ノアを叩く理由がないのでやめるのだ。このようなご褒美を欲する魔物は、ディノだけで充分なのです」

「そうだよ、ノアベルト。ネアに叩いて貰えるのは私だけだから」

「何だか変な言い回しになった!」

「おかしいなぁ。そういうのも悪くないけど、君達のやり取りを見てると、妙に混ぜて欲しくなる時があるんだよね」

「……………ノアはどうか今のままでいて欲しいです」


変態が二人になってしまうと大惨事なので、ネアは心からの想いを込めてそう伝えておいた。

その場合ネアの手には負えないので、ヒルドかエーダリアに作業依頼をかけるしかないのも怖い。


(……………ん?その場合、ヒルドさんなら対応出来る可能性も………)


思わずそう考えかけ、そちらはもっと激しいやつだったのだと慌てて首を振った。



「ネア、そろそろ移動するかい?」

「そうでした!ノアのお勧めの、燃えるケーキのお店に行くのでした」

「歩いていくなら、途中でリボンの店にも寄らない?」

「リボン専門店は大賛成ですが、ノアの時間配分だと足らなくなりますよ………」

「ありゃ。時間かかりそう?」

「ノアはお買い物で迷わないですものね。こちらは、私もじっくり品物を見ますし、ディノもリボンは真剣に選ぶ派なのです。ケーキを食べた帰り道で寄るのはどうでしょう?」

「じゃあ、そうしようか」



今日の三人デートでお目当てにしたお店は、ノアの行きつけのケーキ屋さんだ。

気難しい妖精のご夫婦が経営しており、選ばれしお客しか入れない秘密のケーキ屋さんなのだ。

ウィームの川沿いの方の道をゆき、幾つか細い路地を抜けたその先にお店がある。

小さなお店は個人経営の宝飾品店のような店構えだが、綺麗な深緑色の扉をからりと開けば、甘い匂いに期待が高まる。


磨き抜かれた木の床は琥珀のように煌めき、真っ赤なインスの実を飾ったシンプルなリースが壁に飾られていた。


「いらっしゃいませ」


まずはそう優しく出迎えてくれた店員は、視線をノアに戻すとなぜか厳しい眼差しになった。


「やあ、モンド。予約のケーキは残ってるかい?」

「………今度こそ、真剣な相手を連れてきたんだろうな?」

「嫌だなぁ。今度こそ間違いないよって言ったのに」


ネア達を出迎えたのは大柄な男性で、剣闘士めいた筋骨隆々とした体形に背中の檸檬色の羽が可愛らしい。

淡い金髪の髪は短く刈り上げており、奥から小柄で可愛らしい女性も出てきた。

二人ともお揃いのコックコートを着ており、ベレー帽のような不思議な帽子をかぶっている。


(真剣なお相手………?)


何か約束があるのだろうかと、ネアは首を傾げてディノと顔を見合わせる。

しかし、そんなネア達を一瞥して、その妖精達は僅かに眼差しを和らげて頷き合った。


「………大丈夫そうだな」

「ええ、あなた。やっと落ち着いたみたいですね」


首を傾げっ放しになっていたネア達に気付くと、妖精のご夫婦はくしゃりと微笑んでくれた。

似た者同士なのか、顔全体で微笑んでくれるような、輝く程の笑顔の持ち主だ。


「お連れさんには話してないのかい?」

「言わなくても分っているからいいんだよ」

「不思議そうな顔をしているわよ。説明してやんなさいな。さて、私はケーキを作ってくるから、あなたはお客様をテーブルに案内して」

「はいよ」


どうやら、このお店は一組しかお客を取らないらしい。

店内には、ネア達以外のお客の姿はないようだ。

ますます不思議なケーキ屋さんだぞと思ってきょろきょろしている内に、ネア達は優美な曲線を描く木の椅子のある、素敵な一枚板のテーブルに案内された。

木の天板は使い込まれて深い飴色になり、端や年輪の一部が結晶化していて美しい。


ネアはふと、このお店の中に流れる穏やかで豊かな森の気配に、ブナの木の森に住むトトラを思い出した。



「こちらにどうぞ。………ネイは、お連れさんにきちんと事情を説明するんだぞ」

「はいはい」

「飲み物は、水が十種類、紅茶が五種類、珈琲が三種類あります。食前に一杯と、食後に一杯お選び下さい」

「はい。有難うございます。素敵なメニューの冊子ですね」

「魔術を蓄えた小川にのみ茂る、水樫の木の皮を薄く削いで作るんですよ」

「まぁ、宝石か何かだと思いました。こんなに綺麗な木の皮があるなんて、見付けたら全部毟りたくなりますね!」

「はは。毟りきったら枯れてしまいますので、どうぞお手柔らかに」


手渡されたメニューの表紙は落ち着いた水色にきらきら光り、雲母などのような素材に思えるのに、実は木の皮だと聞いたネアはそっと指先で撫でた質感にまた目を瞠った。

ひんやりと冷たくてつるつるしている。


「私は、冬結晶の水と、雪菓子の紅茶にします。ディノとノアはどうしますか?」

「雪明りの水と、祝祭の紅茶かな」

「僕はね、氷河の水と、雪花の珈琲だね」


まずはお店の人を待たせないように飲み物の注文を済ませてしまい、ネアは椅子の上で体を捻って、じっくりノアの話を聞く体勢になる。

ディノにもじっと見つめられて、なぜかノアは微かに目元を染めた。


「さて、白状するのだ!」

「いや、…………昔ね、モンドの奥さんに手を出そうとしたことがあって……」

「いきなり爛れたお話から始まりました………」

「ちょっと違う方向性かな。その当時の僕は燃えるものがあまり好きじゃなくて、そんな時にここの有名な燃えるケーキの噂を聞いて見に行ったら、可愛い妖精が作っていたから、壊してしまおうと思ったんだよね。勿論、ここの夫婦はあんな感じだから、すぐにモンドに言いつけられて、その時に、妖精の呪いをかけない代わりにって約束をさせられたんだよ」


それは、統一戦争の数年後のことだったそうだ。

その頃のノアはあまり良くないこともしており、そんな中で知り合ったのがこの夫婦だったのだそうだ。

伴侶を殺そうとした対価として、先程のモンドという妖精は一つの約束を塩の魔物に科した。

それは、いつかきちんと長く付き合う相手をこの店に連れて来て彼等に認めて貰えたら、特製の燃えるケーキを振る舞って貰い、過去の罪を清算したものとみなす。

しかし、そういうお相手が出来るまではこの約束は魔術契約として残るので、その契約によって何かが損なわれることもないが、未完のまま終わる契約は魔術の傷になるのであまり好ましくないのだとか。


なぜシーでもない一介の妖精がそんな約束を取り付けられたかと言えば、彼等は炎の系譜の妖精なのだそうだ。

当時のノアが最も嫌い、そして最も不得手としたものだったので、何かと分が悪かったらしい。


「それだけじゃないけどね。………モンドはね、僕にまたきっと大切なものが見付かるって言ったんだ。だからこの約束は、賭けのようなものでもあったんだろう。その時はそんな言葉はあまり響かなかった気がしたけど、壊してしまうよりはその賭けに乗ってみようかなと思ったってことは、期待もあったんだろうね」

「まぁ、そんなに特別な機会なのに、私達で良かったのですか?」

「一緒に暮らしてるからね。……そりゃ、僕は他にも城だってあるけど、今はもう、そっちにはほとんど帰ってないよ。家に帰るって感じがしなくなったんだ。シルだってそうだろう?」

「あの城で暮らすことはもうないだろうね。ネアが住みたいのなら考えるけれど、今はリーエンベルクがあるから」

「うん。僕もそんな感じ。新しい家族がみんなこっちにいるのに、一人で城に帰ってもつまらないでしょ」

「ノアにあらためて家族だと言って貰えると、何だかうきうきしますね!」


すぐに、きりりと冷えたそれぞれの特別な水が並べられ、ケーキの前に出される季節の果物の一口ゼリーが振る舞われた。

イブメリア前のこの時期のケーキは、林檎を使った白いケーキなのだそうだ。

それを、この妖精達の特別な火で燃やし、あつあつじゅわりという食感にしていただけるのが、秘密のケーキ屋さんの特別なケーキであるらしい。


「お口の中が火傷してしまったりはしないのですか?」

「スプーンの上に乗せると、火が消えるんですよ。食べるのが遅くても、クリームがなくなったり、生地や果物が焦げることもない。最良の状態に温めているだけだと思って下さい」

「ほわ、なんて素敵なケーキでしょう」


ノアから、一緒に暮らしている家族のようなものだとネア達を紹介され、モンドは微笑んで頷くと、ばしばしとノアの背中を叩いて去っていった。

これでもう約束は果たされたことになるらしく、ネア達は、もう美味しいケーキを楽しむだけとなる。



「ケーキが来ました!」

「本当に燃えているんだね………」

「不思議な光景ですね。優しい火がゆらゆらしていて、燃えているのにとても美味しそうだなんて」

「僕も初めて見た時には驚いたなぁ。でも食べたらみんな、こういう美味しさは初めてだって言うんだ」


ネアはまず、燃えているものをこんなに近くで見ても大丈夫だろうかとノアの方を見たが、気付いたノアはこういうのはもう平気になったんだよと笑って頷いてくれる。


深い藍色のお皿の上には、雪景色のような白いケーキが乗せられ、優しく燃えていた。

まるでイブメリアのキャンドルのような美しさに見入りながらも銀色のスプーンでケーキをすくうと、ちらちらと燃えていたケーキの炎がふっと消える。

スプーンの上には優しい白いクリームを乗せたスポンジケーキと、煮林檎がとろりと乗っていて、燃えていた火の熱で少しだけ溶けだしたクリームがスポンジケーキにじゅわりと染みている。


(……………美味しい!)


そんなケーキをぱくりといただき、ネアはじたばたする。

あつあつの紅茶の中に浸したスプーンのように、舌の上に残るのは確かに燃えていたという熱だ。

しかしそこに、ふかふかのスポンジケーキと冷たくてじゅわりと溶けるクリームが合わさると、何とも言えない舌触りになる。

林檎はとろとろのジャムのような食感だが酸っぱさも残っているので、その全てが口のなかでしゅわっと溶けてなくなると、幾らでも食べられそうな爽やかな甘さだけが残るのだ。



「美味しいです!あつあつと冷たいものの組み合わせが最高ですね!」

「口の中でなくなるんだね」

「わーお、こりゃ美味しいや!」


ネアはあっという間に素敵なケーキを食べ終えてしまい、物欲しげに空っぽのお皿を見ていたせいか、自分のお皿を押し出そうとしたディノに厳しく首を振った。


「せっかくのケーキなので、一緒に一皿を食べて、同じ想い出の量にしましょうね」

「ご主人様!」

「シルはお揃いが結構好きなんだね。僕は、少し多めにして貰うのが好きかなぁ」

「うちの魔物のケーキはあげませんよ!」

「ありゃ。僕もシルのケーキを盗んだりしないよ!配分の話だからね」



やがてみんなのケーキ皿は空っぽになり、ネア達は美味しい食後のお茶をいただいた。

妖精のご夫婦も入って少しお喋りをして、それぞれにイブメリアの予定等の話をする。

ノアは、最後の飾り木を燃やす送り火の儀式だけはやはり苦手だそうで、その間はどこかに隠れていて、一緒に橇遊びには参加してくれるそうだ。

それまでに、恋人の誰かに刺されたりしてしまわないよう、ネアは必ずの生還を約束させる。



(橇遊びはかなり怖かったけれど、今年はノアも一緒なら頑張って参加しよう………)



ネアは笑顔だったので、魔物達はそんな悲壮な決意には気付かなかったようだ。

その年の橇遊びは、かなりの白熱したバトルになったのだが、その時のネアはまだ激しい戦いが控えていることは知らずにいた。

知っていれば、もっと前から体を鍛えておいたかもしれない。





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