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202. 冬告げの舞踏会で踊ります(本編)



「そろそろ、ダンスが始まりそうだな」


ネアがディートリンデと美味しい杏のクリームケーキを食べながらお喋りしていると、ふわりと演奏されている音楽が変わるのがわかった。


その優雅な旋律に目を細めたウィリアムに、水晶のような鹿の角のある美しい女性達が歩み寄ってきて何かを伝えている。

短く頷いたウィリアムが、振り返ってこちらに手を差し伸べた。


彼やディートリンデは、王族相当や冬の系譜の筆頭として一足早く踊り出すのだ。



「ネア、出ようか」

「はい。少々お待ち下さいね。お口の中のケーキを食べ終えてしまいます」

「ああ。すまない、急かしたな。それは急がないでゆっくり食べてくれ」

「先程の方達が、今回の冬告げの精霊さんのお使いの方達なのですね?」

「ああ。冬走りの精霊達だ」

「あの鹿の角が綺麗なのですが、戸口に引っかかりそうで心配です………」

「うーん、確かにそれは心配だな………」



差し出された手を取り、舞踏会のホールの中央に出る。

唯一の王族の系譜の者の挙動に視線が集中するのが分かり緊張するかと思ったが、存外にただの脆弱な人間という立場は気が楽だった。

どう足掻いても彼等には敵わないのだから、せいぜい気楽にやれば良いのだ。



(…………わ、)



そして宣言通り、ウィリアムはダンスが上手だった。

よく分からないのだが、ネアが今迄に踊ったことのあるディノもアルテアも抜群に上手な中、その二人よりも何かが軽いという感じがする。


体がふわりと持ち上げられるような、まるで流れる波に乗るかのような。



「ウィリアムさんは、本当にお上手なのですね!」

「無理にでも踊らなければいけない時、妙な接触を避けられるようにしてたら、自然にな」

「なぬ。悲しい理由が背景にありました……」

「今日は楽しい。足を止めたくないくらいだ」

「私も楽しいです。ターンの時に体がふわっとするのが初めての感じでわくわくします!」


自分の技量よりも遥かに軽やかに踊れることに気を良くしたネアが微笑むと、こちらを見下ろしたウィリアムも微笑みを深めた。


ひらりと翻る純白のケープに、降る雪の淡い光を反射して細やかに光るウィリアムの王冠。


周囲には色とりどりのドレスが翻り、ネアはその美しさと奇妙さにまた魅入られる。

魔物がいて、妖精や精霊がいて、他にもおかしな生き物たちのいるこの場所に、いつの間にか顔見知りである人外者達がいるという奇妙さは何だか擽ったいものだった。



「もう一曲いいかな?」

「はい。またくるっとして下さいね」

「はは、勿論」



ネア達は四曲踊り、一曲休みまた踊り、最後にウィリアムは腰を両手で掴んでふわっと持ち上げてくれた。

思いがけず少し羽目を外した感のあるウィリアムの楽しそうな様子に、ネアも嬉しくなる。

ウィリアムの場合、こうしてただ穏やかに楽しそうにしているとほっとするのだ。

最近、リーエンベルクではそのような寛いだ表情もするようになったが、とは言えそれはずっと続くものではない。



(そういう不安定さは、やはり少しだけディノに似ている)



そう考えると、竜にされてしまって胸元に銀狐にへばりつかれて困惑していたウィリアムや、ちびふわになってお腹を撫でられてくたくたになっていたウィリアムの姿は、ほんの少しの間でも、彼がくたりと緩んでくれた時間のようで貴重なものだったのだと思う。


(アルテアさん達とわいわいしている時も、また違う感じで緩んでいて好きだけれど……)



「冬告げの舞踏会には、何かの審査のようなものはあるのですか?」


すっかり満喫したネアが会場の中央から離れながらそう尋ねると、ウィリアムは小さく微笑んで頷いた。

しゃらりとケープにつけた宝石のブローチが揺れ、きらきらと雪の色に似た光を落す。


「祝福の宝石を隠した雪を降らせるんだ。全員でその時に落ちてきた雪を手のひらに取り、その中に小さな宝石が入っていたら当たりになる。昨年は、ディートリンデが引き当てていたな」

「まぁ、素敵ですね!」

「彼は、その祝福を他の小さな雪の妖精に与えていた。去年は冬の中での収穫を約束する祝福だったから、その妖精は大喜びしていたな」

「ふふ。ディートリンデさんらしいですね。あの方は、小さな生き物達にとても優しいんですよ」

「今年は何の祝福なのか、………雪竜がその祝福を選別する年だから、ジゼルは知っているんだろうが……」



そこでネアとウィリアムは、一緒に向かい合ってステップを踏むという可愛らしいダンスを終えてお肉を食べにいったジゼル達に視線を戻す。

子狐が美味しいお肉にキュンキュン喜んでいるので、ジゼルはすっかり優しい顔になってしまい、周囲の者達も可愛らしい二人の姿に頬を緩めていた。


その輪の中には、冬の祝祭では欠かせない赤い薔薇を司るロクサーヌもいるようだ。

ネアはウィリアムが気付かない程度に目を凝らしてみたが、その姿を見る事は出来なかった。

是非に会ってみたいのだが、ディノやヒルドからも、ウィリアムがいるとロクサーヌは近寄ってこないだろうと言われている。



「冬の系譜は古参の者も多い。ジゼルの過去を知っている者達が多いだけに、あの姿は微笑ましく思えるんだろう」

「妹さんのようで、娘さんのようで、子狐さん的には恋人のつもりなのだそうです」

「ああ。ジゼルに近付く女性を全員蹴散らしているから、よく分る」

「去年は小さな毛玉狐さんだったのですよ。夏眠している間に大きくなりましたねぇ」



会場を見渡したネアは、ヨシュアがいつの間にかいることに気付いた。

同伴者には、以前トンメルの宴で遭遇したルイザを連れてきたようだ。

そんなルイザは、アルテアの連れの女性と何か刺々しい雰囲気で会話をしている。



「………あちらは戦場のようです。違う意味でも近付きたくなくなりました」

「うーん、アルテアがああいう現場に巻き込まれるのは珍しいな」

「というか、ヨシュアさんが一生懸命に宥めていて、アルテアさんは完全に知らんぷりですね……」

「そうか、ヨシュアがアルテアを捕まえたからああなっているんだな」

「ふむ。ルイザさんの指令だったようですね……」


そんなことを話していると、ふっと誰かが近付いてくる気配があった。



「先日は世話になったな」

「まぁ、ロサさん!」


そこに立っていたのはロサで、艶やかな薔薇色のドレスを着た女性を同伴し、ロサ自身も華やかな青色の盛装姿である。

元々が正統派の王子様的な美貌の魔物であるので、そのような装いをすると実に麗しい。

胸元に飾られた白い薔薇がこれほどに似合う人も他にはいないだろう。


「ウィリアム、まぁ色々あったが、あの時はヨシュアを投げ込んでくれて助かった」

「………いや、あれは俺の早計だ。混乱させたな」

「だが、………上手く言えないが、ヨシュアがいて良かったような気がする。アルテアだけだと、……な」

「ふむ。確かにヨシュアさんが癒し系枠を押さえることにより、ぎすぎすせずに楽しく過ごせましたよね」

「…………あれは癒し系というのか?……………癒し?」

「帰り道の出口も見付けてくれましたしね」



(ロサさんの同伴者の女性は、恋人さんなのかしら?)


ヨシュアが癒し系かどうかで思考の迷路に入ってしまったロサからは、その同伴者を紹介をしてくれるような気配もないのだが、そこは色々と事情や作法もあるのだろうと気にしないようにした。

その後、ロサはウィリアムと他の魔物達の事情や領土争いなどについて幾つか会話をし、ロサからウィリアムに丁寧に一礼をして、去っていった。



「………ご一緒されていたのが、ロサさんの恋人さんでしょうか。綺麗な方ですね」

「いや、あれは系譜の部下だろう。同じ系譜の者として同列扱いではないから、彼もあえて俺達に紹介しなかったんだ」

「むむぅ。ほんわり微笑んでいる感じが優しそうで素敵でしたので、案外職場恋愛もいいかも知れません」

「…………そうか。ネアには優しそうに見えたか」

「む?」


眉を顰めたネアにウィリアムは微笑んで首を振っていたが、やはりリーエンベルクには女性を近付けないようにしないとと呟いているのが何やら不穏である。

ネアとて、ロサの同伴者の女性がしっかりと彼の手を掴んでいたことや、ロサが話す度に控えめに目をぱちぱちさせたり、いささかぴったりくっつき過ぎなところは見ていて分ったが、それはロサ本人が魅力的な男性なのだから女性が頑張ってしまうのも致し方ないと思うのだ。


(きっと、こんな素敵な舞踏会に一緒に来られて、嬉しかったのだと思うし……)


それなのに、ロサはと言えば視線を投げては白百合の魔物なお友達をかなり意識しているようなので、きっとやきもきしていることだろう。

寧ろ、何だか怖い雰囲気を隠し持っていたりもせず、普通の可愛らしいお嬢さんなのだとネアは思う。



「あ、ネアだ!」

「まぁ、ヨシュアさん………。さては、逃げてきましたね?」

「ほぇ。ルイザがね、僕に、アルテアが落ち込むくらいに格好良くしてしゃんとしろって言うんだ……」

「ふむ。女性のほとんどは、同じ立場に立たされれば同じことを言う筈ですので、頑張ってきりりとしていてあげて下さいね」


こちらにぱたぱたと駆け寄ってきたのはヨシュアだ。

自棄食いをするルイザに恐れをなして逃げてきたと聞き、ネアは厳めしい顔をして、いかに自棄食いをしているとはいえ、ルイザを一人にしてはならないと厳しく言い含める。

しかしヨシュアは、すっかりルイザの剣幕に怯えてしまっていた。


「ルイザは、怒ると僕の足を踏みつけるんだ」

「まぁ、気が合いそうですね」

「ふぇ。君も踏むんだった………」

「とは言え今日のルイザさんは、きっと何だか寂しくて悲しい気持ちもあるでしょう。ヨシュアさんが側にいてくれるだけでも本当は嬉しい筈です。食べ終わって一人だと気付いてしまう前に、お隣に戻ってあげて下さいね」

「………ルイザがね、アルテアは君と一緒にいた方がいいって言うんだ。君と一緒にいると、なぜかほっとして、腹が立ったりしないんだって」

「…………それは、今回のお相手の女性は恋人さんで、私は使い魔さんのご主人様だからですね」

「少しだけ、ウィリアムとアルテアで、ネアの相手を交換したりしない?」


そんな提案をしたヨシュアに、ウィリアムが酷く静かにその名前を呼んだ。


「ヨシュア?」

「…………ふぇぇ、お、怒ってる!」

「ネア、ここに守護をかけて場を固定するから、一瞬だけ待っていてくれ。これを、あの妖精の女性の所に返してくるからな」

「…………ほわ、襟首を掴んで持ち上げられてしまったので、恰好良さは皆無になりました」



怯えてわぁわぁ言うヨシュアを引き摺って、ウィリアムは数メートル離れた位置で丸鶏を解体して自棄食いしているルイザの元に返還しに行ってしまった。

ネアは、売られてゆく子羊のような目をしている雲の魔物に手を振り、迷子のお届けに来た終焉の魔物に恐縮してヨシュアを叱っているルイザを見て、少しだけ微笑みを深める。

ヨシュアと霧雨の一族の関わり方は、大きな家族のようで微笑ましかった。


(あ、逃げた……)


しかし、ヨシュアは隙を見てびゃっと逃げてゆき、ウィリアムが慌てて追いかけてゆくではないか。




「…………あの」


脱走したヨシュアを呆然と見ていたその時、ネアは、何者からかおずおずと声をかけられ、振り返った。


そこに立っていたのは、淡い緑色の髪にくすんだ水色の瞳をした男性だった。

容姿を見る限り成熟した男性なのだが、どこか年齢不詳な雰囲気だ。

人外者らしい繊細な美貌なのだが、若干挙動不審なので迷子のような気配がある。



「…………はい。私に御用でしょうか?」

「君は、恋人はいるのかな?」

「……………恋人。…………婚約者ならおります」

「婚約者…………。別れる予定があったり、嫌な部分があったりしない?」

「……………いえ」

「じゃあ、増やす予定はあるかな?」

「………………婚約者を、でしょうか?」

「うん」

「ありません」

「多い方が楽しいとは思わない?人間は、派手好みだし」

「ふむ。様々な人間がいますが、私は婚約者も伴侶も一人で充分という嗜好なのです」


きっぱりそう言えば、男性は少し困ったような顔をした。

ネアは人外者にナンパされたのは人生二度目なので、高圧的な泉の妖精よりはましな方かなと内心頷いておく。

今日は美しいドレスを着せられているので、なかなかに見れるのかも知れず、あらためて装いの力を知る。


「結婚して下さい」

「ごめんなさい」


そんなやり取りをしていると、誰かがゆらりと横に立ったので、ネアはウィリアムが帰ってきたのかなと思ってほっとした。

しかし、そちらを振り向くと立っていたのは見知らぬ青年だった。

優しい青紫色の髪をしており、ゆるやかに波打つ長い髪を銀色の髪飾りで一本に結んでいる。



「その、私ならばどうでしょう?」

「………なぬ」

「流氷の系譜で可能なことであれば、何なりとお手伝いさせていただきます」

「流氷…………の可能なこと」


その提案を断ることよりも、流氷の系譜で可能なこととは一体何なのだろうと考えかけて固まっていたネアは、誰かにぐいっと後ろから抱き寄せられた。


「………ほわ、ディートリンデさん」

「申し訳ないが、この子供には婚約者がいてな。そなた達の要望には応えられぬ」

「ディートリンデ殿、これは当事者同士の問題ですので」

「そうです。私はまだ、満足にお話も出来ておりません」



流氷な系譜の青年が拳を握ってそう熱弁し、ネアは頭が真っ白になった。

これは一体どういう状況なのだろう。

後ろからネアを腕の中に収めて守ってくれているディートリンデを見上げ、ネアは目を瞬いた。

困惑した様子に気付いたディートリンデは、安心させるように力強く頷いてくれる。

いかにも救援の為に駆けつけてきましたという風なディートリンデに、ネアは申し訳なくなって眉を下げた。


「彼女は、私の守護する土地の子供でな。私にも保護者としての役目がある。それに、この子の婚約者は高位の魔物なのだ。魔物は、愛する者を他者と分け合うことは好むまい」

「しかし、人間と魔物はあまり相性が良くないでしょう。精霊の方が、人間の女性を大事にしますよ」

「魔物とて、伴侶は大事にする。いい加減なことを言わないでくれ」


そう言うのだから、後からきた流氷の何某かは精霊で、最初に来た男性は魔物であるようだ。

二人がネアの手を取ろうとするのを止めるディートリンデも合わさり、何だか分らない三つ巴戦争になりかけネアが困り果てていたその時、横から頼もしい声がかかった。


「すまない、戻るのが遅くなった」

「ウィリアムさん!」

「ディートリンデ、助かった」

「まったく、守護は与えているとしても、このような場でネアを一人にしてはならんぞ」

「その通りだな。返す言葉もない」


ぜいぜいしながら戻って来たウィリアムの後ろに立ったハザーナが頷いたので、どうやらディートリンデはハザーナに頼んでウィリアムを呼び戻してくれたらしい。

ウィリアムが戻ってくると、最初に声をかけてきた男性はいささかたじろいだようにする。

ネアはこれ幸いと、ウィリアムが伸ばした腕の中に避難した。


「ネア、大丈夫だったか?」

「ドレスが素敵過ぎるようで、生まれて初めての猛攻に遭いました。作っていただいた方には、ドレスが凄過ぎたとお伝え下さい」

「うーん、ドレスよりはネア自身かもしれないな。君の容姿は冬の系譜には受けが良さそうだからな……。それなのに、一人にしてしまってすまない。最初から、ディートリンデに預けてゆけば良かったな」


そう言いながら、ウィリアムはちらりとネアを囲んでいた男性達の方を見る。

その眼差しを正面から受け止めてしまった流氷の精霊はよろめいて蒼白になったが、最初に来た男性はなにやらぐっと堪えてみせた。


「………いける。ウィリアム様がお相手なら、まず間違いなく破綻する……」

「ウィリアムさん、相当失礼なことを言われています………」

「ああ。季節の舞踏会で流血は禁忌とされるが、さすがに俺も今は剣を出そうかと思った」

「そして、この方は魔物さんなのですか?」

「よく尋ねて下さいました。俺は、霙の魔物でして…」

「む。会話に滑り込んできましたね。そして、霙はべしゃっとしていて、せっかくの綺麗な雪の地面が水っぽくなるので、あまり好きではありません」


ネアにそう言われてしまった霙の魔物は、ぎゃっと呻くと目を覆ってよろよろと後退してゆく。

そのまま膝をつき、さめざめと泣き始めた。


「むぐぅ。なんと面倒臭い魔物さんでしょう。じっとりべっしゃりです。みなさんの通行の邪魔になるので去るのだ」

「まぁ、霙の魔物だからな」

「ふむ。ネアは意外に容赦なく断るものなのだな」

「お知り合いの上で好意を向けて下さった場合は、有難うございますとまず言わなければなりませんが、全くの初対面で求婚するなど、いい加減にも程があります」

「そうだな。俺がきちんと排除しておこう。…………ニエークに預けた方が良さそうだな」



ウィリアムがそう呟いた途端、蹲って泣いていた男性はしゅばっと立ち上がり、走っていってしまった。



「…………そのお名前を出した途端、逃げてゆきました」

「ニエークは系譜の者達には恐れられてる。雪の系譜王となる、白持ちの魔物だ」

「そう言えば、ダイヤモンドダストを見に行ったとき、ディノにその方のことを聞いたような」

「ニエーク様は厳しい方でもありますからね。まったく、年若い者達は礼儀がありませんわ。恋を囁くなら、人目を忍ぶ情緒がありませんと」

「ハザーナ、そもそもこの子には、婚約者がいるのだからな」

「あらあら、存じておりますよ。とは言え、女性は少々ちやほやされた方が、殿方は真剣に向き合いますからね。浮ついていらっしゃらない方でも、お役目や自分のことばかりにかまけていらっしゃる方が多いですもの。ねぇ、ウィリアム様?」

「……………ハザーナ」

「ふふふ。私の系譜から、薔薇に嫁いだ者がおりますのよ」


そうにっこりと微笑んだハザーナの様子に、ネアはさてはロクサーヌとのことを知られているのだろうなと考える。

ウィリアムもそう考えたのか、柔らかく苦笑してはいるが少しだけ弱っている気がした。


「そなたには敵わんな………」


ディートリンデがそう呟き、ウィリアムと男性同士の視線を交わす。

なので勿論、ネアはハザーナと、古来より女性達が交わす眼差しで頷き合っておいた。

ディノの場合はネアが色恋沙汰でちやほやされたりしたら弱ってしまいそうで可哀想なのだが、この場では大人しく同性の年長者と同調しておくのが社交のコツだ。



「それにしても、人生初の賑わいでした。少し雑な感じでしたのであまり嬉しくはありませんが、綺麗に着飾っている状態を評価されたという意味では、少しだけまんざらでもない気分でもあります」


二人きりになってからネアが素直にそう言えば、ウィリアムは片方の眉を持ち上げて魔物らしい瞳をきらりと光らせる。


「ネアでも、そういう気分になったりするんだな」

「人間は単純な生き物ですので、褒められるのは嬉しいんですよ。ただ、あんな風に極端な遊び人ではなく、もっと普通に褒めて貰えたなら、もっと嬉しかったのですが……」

「ん?遊び人だったのか?」

「よく知りもしない相手に求婚出来るのですから、きっと普段からそんな感じの方々なのでしょう。穏やかそうな感じであったり、気弱そうに見えても、表面的な印象ではわからないものですね!」


ふんすと胸を張り、困ったものだと言うネアに、なぜかウィリアムは不憫そうにどこか遠くを見る。

ウィリアムのような男性にも、ああいう浮ついた男性を憐れに思う気持ちがあるのなら、男性というものはやはり厄介なものなのだろう。


(でも何だろう。そういう感覚もあるのなら、ちょっと安心でもあるような……)



「さて、もう少ししたら祝福の結晶を隠した雪が降る。その前に、何か少し食べるか?」

「じゃ、じゃあ、もう一度ケーキのテーブルの側に行って、チーズクリームのケーキをもう一つ食べてもいいですか?」


実はそのケーキをもう一個食べておけば良かったと後悔していたネアは、思わぬ申し出にぱっと笑顔になる。

ディノやノアからは、社交の場でのウィリアムは常に大勢の人達に囲まれていると聞いていたので、今日はもういいのかなと気になってしまって、ケーキに戻りたいと言い出せずにいたのだ。


「ウィリアムさんは、誰かお話したい方はいないのですか?ディノやノアから、ウィリアムさんはこういう場所では人気者なのだと聞いていたのです」


そう聞いてみたネアに、こちらを見下したウィリアムは小さく笑う。

前髪を上げているので白金の瞳はいつもよりも硬質で鮮やかだが、その瞳の色はどこまでも柔らかい。


「今日は、ネアと一緒に過ごすだけで充分に楽しいから、俺としては、このまま静かに二人で楽しめたらいいと思っている。………そうだな、ヨシュアを捕まえるために走っただけで随分疲れた」

「そんな風に言っていただけると嬉しいです!そして、ヨシュアさんは大丈夫でしたか?」

「連れの妖精に叱られたヨシュアが、俺を盾にして逃げ出してな。思ってたよりすばしっこくて、捕まえるのに少し苦労した」

「逃げたら余計に叱られるのに、困った魔物さんですね」



戻ってきたケーキのテーブルのところには、ジゼル達がいた。

ネアがぺこりと頭を下げて挨拶すると、ジゼルは少し困惑した様子で、契約の魔物を変えたのだろうかと尋ねてきたので、ディノはリーエンベルクでお留守番をしていると説明する。



「………終焉の魔物も捕まえたのか」

「なぬ。ディノのお友達からのお友達なので、狩りの獲物ではありませんよ」

「キュン!」

「ああ、すまない。お前を放っておいている訳ではないんだ。このような人間でも、一応はウィームの歌乞いだからな」

「言い方が解せない感じですが、狐さんが不安になってしまうと困るので、そんな感じに運用して下さって構いません。むむ。爪先を踏まなくても、私にはもう婚約者がいるので、ジゼルさんは奪いませんよ?」

「ギュウ…………」

「あらあら、大好き過ぎて心配になってしまうのですね?でも、お二人はとてもお似合いですし、仲良しなのが見ているだけでよく伝わってきます。きっと、誰も割り込めないのではないでしょうか?」

「キュン!!」


その言葉に恥じらってしまったのか、氷の精霊でもある純白の子狐は尻尾をブリブリにした後、ぼふんと手のひらサイズの毛玉に戻ってしまった。


「ちびこいふわふわになりました………」

「困ったやつめ。元の姿に戻っているぞ?」

「グゥ?!」


慌てた子狐はジゼルの体に駆け上がり、けばけばになって襟巻になっている。

ジゼルは初めて見るような優しい目でそんなふわふわの子狐を撫で、そろそろ雪を降らせる準備をしなければと言って、ウィリアムには慇懃に頭を下げるとその場から立ち去っていった。



「愛くるしいですね。あんな小さなふわふわが、舞踏会だからと大人な狐さんに化けていたようです」

「先程までの大きさだと人型にもなれるだろうが、今の大きさだと、あと二百年はかかるな……」


(肩乗りの方が、くっついていられるような気がするのだけれど)


ネアはそう思わないでもなかったが、複雑な乙女心があるのだろう。

とりあえず、今日もまた愛くるしい白ふわを愛でられたので、可愛いの極みであると満足した。

そうして二人は、一息吐いてケーキに取り掛かることにする。


「ネア、こっちも食べるか?」

「むむ!それは、何のケーキですか?」

「うーん、俺はあまり詳しくはないんだが、カラメルと果物のケーキだな」

「カラメル…………。一口貰ってもいいですか?」

「ああ、どうぞ」

「……………すごく美味しいです!」


ケーキを食べながら結晶入りの雪を待っていたネアは、付き合って食べてくれていたものの、お腹がいっぱいになってしまったらしいウィリアムにケーキを分けて貰う。

フォークで一口分を貰おうとしたらぱくりと食べさせてくれたのだが、周囲がざわざわしたので、美しい王冠をかぶった終焉の魔物のお皿からケーキを奪う意地汚い奴だと認識されてしまったようだ。

しかし、貰ったケーキはカラメルクリームと梨の組み合わせが素晴らしく、ネアは幸せな思いでむぐむぐする。


ウィリアムも、残しかけていたケーキが幸せに昇華されてほっとしたのか、口元を綻ばせてネアの頭を撫でてくれた。



「わ、雪が降って来ました!」

「ああ。始まったな。好きな雪片を選んで、手のひらに落とすといい」


やがて、先程までも降っていた雪とは明らかに違う、青白く輝くような雪が降ってきた。

会場にいる美しい男女が、目を輝かせて雪を手のひらに落とす様は、何だか無垢で愛おしい。

その様子を満足げに見守るジゼルの肩には白いふわふわが跳ね回っており、少し離れたところに、ディートリンデとハザーナ、ヨシュアとルイザ、そしてロサや、白百合の魔物の姿も見える。

アルテアの姿は見えないようなので、もう帰ってしまったのだろうか。


ネアは綺麗にケーキをお口の中に放り込んでしまい、空になったお皿を置くと、そっと手を差し伸べて落ちてくる雪片を手のひらに落とした。

えり好みすると外れた時に悔しいので、自分に一番近いところに舞い降りてきた雪片を選ぶ。



「むぅぅ」



しかし、ネアの手のひらの雪片は、ぽわりと淡く光った後、手のひらの温度で溶けてただの水になってしまう。

結晶は現れなかったなとがっかりしていたネアに、隣のウィリアムがひょいっと何かを摘まんで手のひらに乗せてくれる。



「…………ほわ!」

「内緒な」


唇に人差し指をあてて悪戯っぽく微笑んだウィリアムは、自分の手の中にある結晶も見せてくれる。

もう一個がそちらに残っているということは、がばっと何欠片か手に取ってしまったらしい。

当たりの雪片は一つではなかったようだ。


淡い水色のダイヤモンドのように綺麗にカットされた宝石を眺め、ネアは嬉しくなって小さく弾んだ。

こんな宝石が雪の中から出てきたとなると、お伽噺のようで何だか楽しいではないか。



一体どんな祝福があるのだろうと楽しみに発表を待っていると、会場が落ち着いてから、美しい雪竜の女性が良く通る声で今回の冬告げの舞踏会の贈り物を説明してくれた。



「今回は、繋ぎ石の祝福とさせていただきました。繋ぎ石は一組でふたつ。石を分け合えば、その相手と強い縁で結ばれます。本日は、五組の繋ぎ石を降らせておりますので、お受け取りになった方は、想うお相手や大切なご友人に差し上げて下さい」



思わぬ贈り物にざわざわし始めた会場で、ネアは貰ってしまった宝石を手のひらに乗せたまま、思わずウィリアムの方を見てしまう。



「ウィリアムさん……」

「そういうものだったから、二個出てきたんだな。ネアが持っていてくれるか?」

「私でいいのですか?一度しか使えないなら温存しておくですとか、大好きなお料理を作ってくれる料理人さんや、仲良しの竜さんにお渡しする方法も…」

「いや、ネアが持っていてくれると嬉しい。これがあれば、もしまたネアがどこかに落ちても安心だろう?」

「事故回避な感じが申し訳ないですが………。この素敵な宝石でウィリアムさんと繋がっていると思うと、とても心強いですね!有難うございます」


手のひらの宝石をぎゅっと握りしめて、ネアは微笑んでウィリアムを見上げる。

霧雨の妖精達の暖かなお城のように、種族や立場が違くとも、しっかりと結ばれた仲間になれたら、きっと素敵なことだろう。



「…………ウィリアムさん?」


しかしなぜか、ウィリアムは片手で目元を覆ってしまっていた。

心なしか目元が薄らと赤いようで、またしても様子のおかしな終焉の魔物に、周囲はざわついている。

その上に不思議なことに、ネアはいつの間にかウィリアムの腕の中にいるではないか。


「…………ネア、シルハーンへの対応と間違えただろう?」

「む。うっかり、有難うございますな気持ちで体当たりしてしまいました」

「…………おい、勘違いだったなら、さっさと離れろ」

「むぎゃふ!何者かに頭をはたかれました!」


いつの間にか近付いてきたものか、ネアは本日は見えてもおらず近寄ってもいけない使い魔にばしりと頭を叩かれる。

しかしご主人様は使い魔の私生活を慮るので、決してここで反応してはいけないのだ。

背後に感じる気配は一つではないので、きっと恋人同伴で近付いて来てしまったに違いない。



「ウィリアムさん、見えない何ものかが攻撃をしてきます。ここは危険ですので離れましょう」

「ああ、そうだな。悪いものがいるんだろう」



そう言ってそそくさと離れてゆけば、ネアは、背中に唖然としたような強い視線を感じた。



使い魔の私生活にまで気を使ってあげる慈愛に満ちた人間の尊さには、いつか気付いてくれれば良いと思う。

お礼の品にはチーズがけのほかほかミートパイを貰おうと、ネアは心の中で企んでおいた。














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