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24. 指輪の意味が非常に気になります(本編)


「どこで、私が仕組んだと思ったんだい?」


ようやく慰留衝動が落ち着いたのか、ディノが控えめに尋ねる。


「“望まないものは残していない”の下りでしょうか。元々、ディノが神経質になっていて、これは何かしでかすぞと思っていたので、あっ、何かするなと思いました」


「…………その魂の術式は、消せる?」

「消せません。消せないから、これは売れ筋商品なんですよ?」


そう答えたら、見ていて可哀想なくらいに落ち込んでしまった。

抱き上げられたまましゃがまれると、急な垂直落下がとても怖い。

地面にディノの髪が着きそうになったので、渋々持ち上げて防いでやる。



「…………ネアは、ほんとうに自分の命に執着しないね」


しみじみ言われ、ネアは首を傾げる。



「前にも言われましたが、していますよ。私が優先する望みが、たまたま自分の命の価値を上回るだけです」


悪辣な手段で殺されるようであれば、自決したい。

果たしてそれは間違いだろうか。

苦しみよりも安らかな終焉を目指すのは、人間ならばある程度馴染の欲求だと思う。



「それって、執着していないってことじゃないのかな」


「価値観の差でしょうか。私は、自虐でも諦観でもなく、自分より、とある物やとある存在を優先してしまう欲求を持っています。でもそれは、私自身の喜びであるので、きちんと強欲に生きていますよ?」


「例えば、以前の君の住んでいた屋敷のように?」



ネアは、ふっと目を瞠った。

この世界に引き落としたぐらいなのだから、知っていたのだろうか。

過去への追及の気恥ずかしさと、もう自分から切り離された世界への懐かしさと。

複雑な心の作用に触れて、何とも言えない顔になってしまう。


「あの家は、死んでしまった家族を象徴する、私の唯一の宝物でした。それを維持する為に人生を犠牲にすることに疑問を持たれた方もいます。まるで、家と心中するようだと。でもね、人の幸福はそれぞれ違うんです。私には私の生かし方があり、それを違えれば………それはもう私ではなくなってしまう」



どうしてわかってくれないのだろう。

大きく伸びた庭木が家を損なう可能性があるから、切ってしまえと言われた。

あんな古い家は売り払い、利便性のいい集合住宅へ越すようにと。

寝食を削ってまで旅行に行くのは愚かで、

ツリーのオーナメントを買う余裕があれば、爪を塗ればいいのにと。

でもそれは、ネアの愛し方で、ネアの人生だ。

その愛情や欲求を殺せば、ネアの心はひび割れてしまう。



「だからね、頑固だとか強欲だとか言われれば頷きますけど、執着がないと言われると否定せざるを得ません。…………うーん、ディノはきっと、私が掴み所が曖昧に思えて、不安になってしまうんでしょうね。どうすれば安心出来ますか?」


「……ずっと傍にいてくれる?」


「それはとても難しい要求なので、私も条件を付けてもいいですか?」



ネアの返答に、ディノは悲痛な顔になった。

瞠られた眼差しの澄明さに、ネアはついつい甘やかしてやりたくなってしまう。

だがいけない。ここできちんと躾けなくてはいけないのだ。


「ディノが私を不必要になったり、あまり大事にしなくなったら、私はあなたから手を引きます。あなたは物言わぬ家屋ではないので、心が変わることもあるでしょうし、私は望まれないものと寄り添う程、自虐的ではありません」


「いらなくなったりしない……」


不服そうなので、一度凝視して黙らせた。

経年変化がある可能性を挙げたのだ。理解して欲しい。

魔術は言葉そのものにも宿るものだから、安易にいいかげんな答えは渡せないのだ。



「そして、私が怖いと思うことや、酷いと止めたことをした場合、こちらも自衛手段を取らせていただきます」


「その術式を使うのかい?」


「これは最終防衛手段です。初動では、制裁を加えたり、逃亡したりする可能性が高いですね」


「制裁がいいな」


「ディノにとってはご褒美ですものね……」



また風が強くなってきたのか、ざあっと木々がさんざめく。

この夢はどこまで鮮明なのだろうと、後ろの方で、ちょっと不貞腐れ気味に置物になっているアルテアを見た。

もし夢での反映が可能な力があるのなら、南の島の海辺とか、一度は行ってみたい。

そちらを見ていたら、ディノがますます項垂れてしまった。



「ねぇ、ディノ。私は今、あなたが悪い魔物にならなければ。或いは、私を必要とするのであれば、ちゃんと傍に居ますよって話しているんですよ?何かを持とうとするならば、きちんと努力をして下さい。私もこうやって、あなたの手を取る為の努力を始めています」


「…………君も?」


「なぜ驚くのかわかりません!依存心を育てる為にと、殺人犯と二人きりにされたんです。なんてひどい仕打ちでしょう。私の聖母の様な寛容性と、たゆまぬ努力がなければ、とっくに解散宣言ですからね!」


少し怒りがぶり返してきたので、ディノの胸をばしばし叩けば、あろうことか喜ばせてしまった。

しょんぼりしていた口元に微かな微笑が浮かんだので、ネアは己の軽率さを後悔する。

お仕置きとご褒美の線引きが難し過ぎではないか。



「………で、俺はもう帰っていいか?」


何本目かの煙草を灰にしたところで、こちらもくたびれた顔のアルテアが声をかけてくる。

先程の生き生きとした様子が嘘のように、とても疲れた表情だ。



「ネア、これはどうして欲しい?」


ディノがきちんとお伺いを立てた。とてもいい傾向だ。


「どうもされなかったので、どうもしません。でも、アルテアさんは、ある予測を元に私を殺そうとしたみたいなので、今後の問題にならないよう、そこは話し合って下さいね」


「予測ねぇ……」


打って変わって魔物らしい眼差しと口調になったディノが、友人を見据える。

やっと立ち上がってくれたので、ネアは持ち上げていたディノの髪の毛から手を離した。



「お前の求愛行動に利用されてやったんだ。もう帰らせろ」

「利用された意識もなく、随分と積極的だったようだけど」

「お前は王だ。場を乱すようであれば、整地もするだろ」

「君が?まさか。自分の欲求をこっちに押しつけられては堪らないな」

「そっとしておいて欲しいなら、やり方を精査しろ。エマの件は荒れるぞ?」



(あんまり聞きたくないな……)


自分の心に素直なネアは、そう思って遠い目になる。

まずは一度、自分を下ろして貰えないだろうか。

こんな風に耳元で会話しないで、話し合いはどこかで二人で済ませて欲しい。



「荒らす者などいるだろうか。彼女は、私の指輪持ちに手を出したんだよ」


「…………指輪持ち?」



なぜだろうか。

アルテアが驚愕の表情で、こちらを見ている。

大変に不可解で背筋が寒くなるので、即刻余所を向いて欲しい。


「ネア、私があげた指輪をつけているよね?」

「大事にお守りにしています。今は夢の中なので、見当たりませんが」

「おや、意識してみれば大丈夫だよ」

「む。また人間に、高度な技術を要求しましたね………」



意識してみる、とやらを試してみたが、正解がわからないので難しかった。

あれこれ脳内で試行錯誤したのが面白かったのか、ネアの顔を見たディノが微笑む。


「ずっとそこに在るから、どんな場所でも在ると思って動けばいい」


「じゃあ、そうしますね」



(ってことは、引き続きこちらの手は、魔物を鷲掴みにすることが出来るらしい、と)




「……………指輪を与えたのか。幾つだ?」


「二回目だ」


「…………なら、問題ないだろう」



ちっとも問題なくはないだろう有様で、アルテアは額に手を当てている。

眉間の皺を深くしながらその様子を見ていたネアは、

指輪問題は至急詳細を確認の欄に、大きくチェックを入れた。



「ディノ、私は、一つの指輪しかしていませんよ?」


「うん。それで構わないんだよ」


「…………しかも言ってないのか、最悪だな」



(ここは駄目だ。明日、ゼノか、エーダリア様達に聞こう……)



空気を読んで、ネアは押し黙った。

今日はさすがに心が疲弊しているので、早く部屋に帰って、七時間は眠らせて欲しい。

恐らくディノとはもう少し話す必要が出てくるだろうし、既に有効時間がマイナスになっているので、早々に終わらないだろうか。


そんなことを考えていたネアだが、小さく交わされた会話の内容は素早く拾い上げた。



「エマの件も、お前わざと隙を作ったな?」


「何事も、周知は大事だからね」



(…………なんですと?!)



これはもう、精神的苦痛の慰謝料として、リノアールでフィンベリアを買って貰おう。

手元にあるものと同サイズの、夏の夜の雨に薔薇が咲いているものだ。

そう考えると、ネアは何やら穏やかな気持ちになった。



ネアが、自分は強欲だと思うのはこんなときだ。

自分に執着しない人間は、決してこんなことを考えない筈だから。




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