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ちびふわな夜と朝の惨劇




その夜、ネア達の部屋にはちびふわこと、地下の隠し部屋の箱によって合成獣にされた、ウィリアムとアルテアがいた。


握りこぶしより小さい真っ白な小型ムグリスのような外見に、足元までの垂れ耳にくるりと巻いた羊の角、そして体より長い狐の尻尾のある生き物で、その姿に慣れないせいか行動がもそもそとしていて何とも愛くるしい。



「フキュ…………」

「フキュフ」


「あら、そわそわして眠れないなら、撫でて差し上げましょうか?」



もぞもぞしているばかりで寝ないので、ネアは寝間着のまま凝視するのをやめて手をわきわきさせる。

すると、みっとなった二匹は寝床代わりに設置した塊タオルに隠れてしまった。

先程、お腹を撫で回した時には鼻を鳴らしてくたくたになっていたので、決して嫌ではないのだと思う。

嫌がっている素振りをしながらもあえて逃げ遅れてみせたりと、最後の方は撫で回しの虜になっていたくらいだ。


しかし、お風呂に入れてあげようかと持ちかけると、部屋の窓の上に逃げ込んでフーッと威嚇をしていたので水が嫌いなのだろうか。





「ほら、君がずっと側にいると眠れないんじゃないかな?」

「むむ。眠ったお顔が見たいのです」

「ネア、中身はウィリアムとアルテアだからね?」

「だからこそ、無垢なちびふわになってぐっすり眠っているところが見たいのに………」

「ご主人様………」

「堪らぬ愛くるしさです。本当は、一晩だってちびふわを抱っこしていたいのに、世知辛い世の中でした」


地下から連れて帰ってきた後、魔術の痕跡除去でお風呂に入ったネアは、濡れタオルで拭いて貰ったばかりの真っ白艶々のちびふわがあまりにも可愛いので胸元にきゅっと抱き締めたのだが、抱き締められたウィリアムなちびふわはへろへろになってしまった。

怒ったアルテアなちびふわに尻尾でばしばしされたので、ネアはきつく抱き締められ過ぎたのかと反省した。


ところが、そんなアルテアちびふわはその後、荒ぶるあまりネアの肩の上でバランスが取れなくなり、しゅぽんと胸元に落っこちてきた。

いつもディノが入っている胸元にむぎゅっと入ってしまったが、それはさすがにご遠慮いただくべく、ネアは尻尾を掴んで引き摺り出している。

ムグリスディノならともかく、アルテアを胸元に入れるのは少し気恥ずかしいし、アルテアちびふわも辛かったのかカチンコチンに固まってしまって可哀想だった。



しかし、その事故を見たディノはすっかり不貞腐れてしまったのだ。

晩餐以外の時間はネアの椅子になり続け、こうして今もお風呂を早々に切り上げてくる始末だ。


「ネアが、変な生き物に浮気する………」

「あらあら、中身はウィリアムさんとアルテアさんですよ?ディノのお友達でしょう?」

「こんな変な生き物なんて……」

「苛めっ子になってしまいましたね?」



荒ぶった魔物は、さっとご主人様を持ち上げると自分の腕の中に収めてしまう。

むがむがと暴れたご主人様は、ぎゅうぎゅうに抱き締められられてから、ぷはっと顔を出した。



「困った魔物ですねぇ」


そう呟くとどこか傷付いたような目をしてふるふるするので、ネアはくすりと微笑む。

手を伸ばすと真珠色の髪を優しく撫でてやり、そのまま首に手を回して顔を近付け、おでこをくっつけてやる。


「頭突き………」

「ふふ、明日はグレイシアに会いに行くお仕事なので、今日は早めに休みましょうか。ディノの言うように、ちびふわ達はゆっくり寝かせてあげましょう」

「ご主人様………」

「さて、歯磨きしましょうか」

「うん」

「それとディノ、今日はしょんぼりなので、寝る前に髪の毛を梳かしてあげますね」

「ご主人様!」



そんなことを言われた魔物はすっかりはしゃいでしまい、ネアを抱えて寝室に戻ろうとする。

そこでネアは視線を感じてはっとした。

タオルの塊の影から、ちびふわ達が目を丸くしてじーっと二人の様子を見ているではないか。

なぜか、尻尾がけばけばになっている。



(…………混ぜて欲しいのかしら?)



「今日は体当たりはしないのかい?」

「なぬ。前のめりになってきましたね」

「ご主人様…………」

「仕方がありません。少しだけですよ?」



こうしてネアは、ディノと一緒に歯磨きをし、その後でディノの長い真珠色の髪を共用のブラシで丁寧に梳かしてやった。

緩やかな横結びにし、頭頂部に口付けを落としてやるのがお決まりの流れだ。

こうするとディノは、しょんぼりしていても悩んでいてもきちんと眠るので、ネアはおまじないのようなものだと考えている。



「今年のリースは、出来がいいそうですよ」

「天候が良かったから、インスの実がよく実ったそうだね」

「ええ。それと、川沿いのイブメリアの並木道の飾り付けが綺麗みたいです。今度、お散歩がてら見に行きましょうか」

「君が好きな暖かい葡萄酒の屋台も出始めたから、飲みながら歩こうか」

「もう少し冬が進むと、またあの川でスケートが出来ますね」

「それと、靴下の謎が解けたよ。何百年か前に、ウィームで右側の靴下を両足で履くと運が良くなるというまじないが流行ったそうだ。それで、残されたり捨てられたりした左足の靴下が、ある朝に一斉蜂起したのだそうだ」

「…………靴下の一斉蜂起とは」



いつものように色々な話をする。

それは契約の魔物としてのお互いの境界線を引き直す為の認知活動のそれから、今は家族のようでただの家族とはまた違う、不思議な距離感になった。


居るのが当たり前のようで、どこか切実でもあり、会話は当然として存在することが多いが、ふとした折に二人で会話をしていることが堪らなく幸福に感じる。

多くのものを二人で共有したいと願うそこには、ネアにもわかる他のリーエンベルクの住人達とは違う執着があった。



「さて、寝ましょうか」

「今日は隣に寝るよ。いつもとは違う一日だったから君に何かあると困るからね」

「むむ。あの地下室に行った日だからですか?ディノは心配性ですねぇ」

「そうだね。でも、君にまた怖い思いをさせたくはないからね」

「じゃあ、お隣に寝て下さい。ただし、個別包装は引き続き運用します!」

「ご主人様…………」



妖精の国から帰ってきた日、ネアはまだ不安の抜けない魔物の為に個別包装を一晩だけ解除した。

その翌日からちらちらと期待を込めた目で見られるようになったので、昨晩は容赦なく巣で寝かせていたところだったのだ。


(とは言え、自分も巣で寝るのが大好きなくせに!)


隙あらばご主人様も巣に連れ込もうとするので、ネアはご主人様の巣への持ち帰りは厳しく禁じなければならなかった。



「おやすみなさい、ディノ」

「うん、おやすみ、ネア」



照明を消し、窓から漏れてくる夜の光だけの室内となる。

淡く光る森の向こうがカーテンの隙間からぼんやりと見え、ネアは、就寝前の僅かな時間にその夜の光を眺めてこの世界の夜の美しさと豊かさを思いながら寝るのが大好きだった。



ふうっと深く溜め息にも似た、ディノの吐息の音。

眠りに落ちる前のすっかり寛いだ時の癖なので、ネアはこれを聞くのも大好きだ。



程よく寝台の上でも離れているし個別包装なので、寝返りを打っても少しもぞもぞしても、お互いの邪魔にもならない。

広い寝台と個別包装には、このような利点があり気に入っている。


(それでも、背中がなんだかごそごそして痒いとか、足が筋肉痛で変な方向に曲げて寝たいとか、寝台を独り占めしたい理由もたくさんあるけれど………)


そういう意味で、ディノが自分の巣を気に入っていて良かったなとネアは思う。

一緒にいるけれど一人でいたいことも、やはり一人上手なネアには多々あるのだから。



(実は、事件続きでディノを甘やかしたい反面、一日ぐらい一人でだらだらしたいような気もしているけれど、今は秘密だ……)



好きな本を心ゆくまで読み、その辺にあるものを食べながらだらだらしたいので、今度うまく理由をつけて実行しようと思っている。

魔物をどう説得するのか考えたのだが、まだいい考えがまとまらない。

そしてこんなことを考えてしまう時、ネアは自分が何とも歪な人間であると自覚せざるを得ない。

それは、少しだけほろ苦く悲しいことだった。



(………………ん)



多分、少しだけ眠っていたのだろう。

ネアはふと気配を感じ、ぱちりと目を開く。

眠りの淵は青く静謐な夜の森のように安らかで気持ちよかったが、誰かが怯えているような悲しい心の音が胸の中に落ちた気がした。



(……………ディノじゃない)



ディノは隣でぐっすり眠っている。

呼吸の深さと微かに上下する体の動きから、つついても起きない時の熟睡具合だと分かった。

どうやら、怖い夢を見てもいないようだ。



(…………となると、)



ネアは、ディノを起こさないようにそろりと体を起こして、隣室へ続く戸口を見てみる。

扉を少しだけ開いてあるのだが、その隙間に白っぽいものが微かに覗いていた。



よいしょと起き上がり、室内履きを履いてそこまで歩いてゆくと、扉の隙間のところにちびふわの一匹が丸まってぶるぶると震えながら眠っている。

眠ってはいるのだが、あまり質の良い眠りだとは思えず、ネアはしゃがみこんでそっと抱き上げた。



(………まるで、泣いてるみたいだわ)



じんわりと暖かいその毛皮を撫で、室内を覗いてみれば、作ってやったタオルの巣ではなく、きちんと自作の寝台を作って眠っているちびふわが一匹見える。


長椅子の角地にクッションを寄せ、その上に天井代わりにタオルを乗せた簡易穴倉を作ったようだ。

その穴倉の中にもタオルを一枚引っ張り込み、すやすやと眠っている。



そちらは大丈夫そうだと判断し、ネアは抱き上げた一匹を自分の寝台に連れ帰った。

まだ魘されているのか時折びくりと震える体を撫でてやり、小さな体を潰さないように寝台の端っこに特設区画を作ってやる。

夜中に起きた時用に寝台の横に置いてあった上着を丸め、絶対に寝返りを打たないと自負している方の枕の横に設置する。


そして、震えながら眠っているちびふわが落ち着くまでは、首元に乗せてよしよしと撫でてやった。



(どんな夢を見ているのかしら……)



二匹とも眠ってしまっているので違いが分からないが、こちらはウィリアムではないかという気がした。

色々な経験を経ても自分を丁寧に管理しているアルテアと違い、ウィリアムにはどこか危うい部分がある。

だからこそ、ネアは時々そんなウィリアムが見せる脆さは良いことだと考えていた。

それもまた時々見せるように、変に拗れると厄介な人だが、手を差し伸べて抱き締めてあげられる程度の脆さであれば、こうして少しでも助けになれればと思う。



「…………フキュ?」

「ゆっくり眠って下さいね。ここにみんないますから」

「フキュ…………」


びくっとなって一度目を覚ましたちびふわは、やはり白金色の瞳をしていた。

驚いている小さな体を丁寧に撫でてやってから、枕の横に作った上着の巣にそっと入れてやる。

目を丸くしているその頭を指先で撫でてやり、微笑むとネアは毛布をかけ直した。



あまり意識させないようにこちらは寝てしまうように見せたのだが、案の定暫くすると自分も寝ることにしたのかフキュンと息を吐いて丸くなる気配がした。



(…………む)



すると今度は、寝台の反対側のディノがもそりとくっついてくる気配があり、ネアは仕方なく個別包装の上から手を回されるのを許す。

万が一、実はちびふわを連れて来たことに気付いて拗ねているのだとしたら可哀想なので、今回はやむを得ない。



そう思って寝ようとしかけて、またはっとした。



(いけない、寒くなってきたんだった)



そこでまたもそりと起き出し、ネアは毛布から手を出してこちらに転がってきている魔物が風邪をひかないように、投げ出された腕を毛布の中に戻してやる。

眠っているようだが、万が一を引き続き警戒して、双方の毛布の端を重ねて個別包装の一角を連結し、手を伸ばしてくる場合は内側からくるのだぞと少しだけこちら寄りにディノの手を入れておいてやった。


その際に、指先が少しだけディノの指に嵌められた指輪に触れた。

そのことがなんだか擽ったくて、唇の端に少しだけ微笑みを深める。



そうして寝ようとしたその時、今度はまた隣室の方でカシャンと音がした。



「むぐぅ…………」



渋面になってむくりと起き上がると、ちびふわ貸出中の隣室の戸口にぶら下がっているちびふわが一匹見える。

こちらは寝惚けているのではなく確信犯なので、ネアはじっとりとした目になった。

恐らく、全員がこちらの部屋に固まってしまったのが悔しかったに違いない。


仕方なくネアはちょいちょいと手招きをしてやり、アルテアなちびふわを呼び寄せる。

すたたと走ってきたちびふわがお腹の上に乗ったところで、またもそもそと毛布の中に戻った。


「寝返りで潰されないところに、上手く寝ていて下さいね」

「フキュフ」


どこか恨みがましい目でウィリアムなちびふわの巣を一瞥されたが、そちらは魘されていたからの措置なのだ。

とは言えそう言うとウィリアムが恥ずかしいかもしれないので、アルテアさんが巣から追い出したからですよと言っておいた。


(そして、なぜに私の上で寝るのだ)


アルテアちびふわは、ネアのお腹の上で寝るらしい。

潰さないように気を使うので、ネアはあえて完全に寝ていないうちに寝返りを打って落としてやろうと心に誓う。

ちゃんと、圧死の危険のないところで眠って欲しい。



なお、本日はちびふわ達を部屋に連れ帰ったネアに荒ぶったノアは、銀狐姿でエーダリアの部屋にお持ち帰りされた。

ふわふわになって大事にされたい気分らしかったが、最初にせがんだヒルドには自立するようにと却下されてしまったのだ。




「…………ネア?」


少し眠そうな、頼りない声が聞こえた。



「…………むふぅ。ここにいますよ」

「………うん。ここにいるね」



寝惚けたのか確信犯か、ディノが少しだけ目を覚まし名前を呼ばれる。

応えてやれば、ネアが作った毛布の接続部分から手を伸ばし腰に手を回された。

ディノは、こうして触れられる時はご主人様を捕まえて眠るのが大好きだ。


毛布の上のお腹に乗っていたアルテアちびふわはきちんと避難したらしく、振り落とされる生き物の気配はない。



お腹に回されたディノの手に自分の手を重ねて、ネアもやっと深い眠りに落ちた。



途中何度か、顔まわりでふわふわもこもこされてむがっとなったが、それが作用したのか、ムグリスディノと、白もふと白もふなウィリアム竜に囲まれて過ごす素敵な一日の夢を見た。

老獪な魔物達が無邪気に目を輝かせてもこもこ遊んでいる夢で、いつもは心に抱えるものが多い彼等がそんな風に緩む姿に、ネアはなぜかエーダリアとヒルドと一緒にほろりとしてる夢だった。




「ぷは!」



そしてネアは、夜明け前に窒息しかけて目を覚ました。

口元がもしゃもしゃするのでむがっとなると、ちびふわのお尻が乗っているではないか。

どうやら一匹が顔の上に乗っかって寝たらしく、ネアはそのちびふわを掴んで枕の横に突っ込んでおく。

しかし、それでももぞもぞするので顔周りを探れば、更にもう一匹のちびふわが首元に乗っかっていることが判明した。

そちらは毛布を剥いでも首回りから風邪をひかない襟巻仕様だったので、なかなかのものだなとそのままにしておく。

ネアはそのまますやすやと寝てしまったのだが、夜明けと共にもう一度災難に見舞われることになった。



「うわ、しまった」

「っ、!」

「むぎゃ?!」


ぼふんと呪いが解け、枕元のちびふわは人型になって寝台から落下していったようだ。

ネアに被害をもたらしたのは首元にいたちびふわで、突然ずしりと体の上に人が出現してしまい圧縮されかけたネアは悲鳴を上げた。

ぱちりと目を開くと、触れる程の近さに動揺しているウィリアムの顔がある。

覆いかぶさるような体勢にぎくりとしたのは一瞬で、慌てて飛び退ったウィリアムもすぐに寝台から転がり落ちていった。


「おっと」

「おい、ふざけるな!」


しかもその際にアルテアを踏み潰したらしい。

寝台の下の方で揉める二人の声がしたが、ネアはごろりと寝返りを打ち、何事だろうと目を開いたディノの腕の中に転がり込んで外界をシャットアウトした。



「ネア?」

「ぐう」

「………どうして、ウィリアムとアルテアがそこにいるのかな?」

「えっと、シルハーン、これには色々と事情がありまして……」

「おい、さっさと俺の上からどけ!」


その後に何があったのかは知らないが、ネアが起き出す頃には寝室はいつもの穏やかな部屋に戻っていた。

ディノからちびふわを寝台に入れたかどうかの確認があったので、夜中に震えて魘されていたり荒ぶって扉に引っかかっていたりしたので、寝台に乗っけたと告白しておく。



その結果荒ぶったディノは、その日は一日中ご主人様から手を離そうとしなかった。

あのよく分らない変な生き物は、二度と寝台に持ち込まないようと厳命されている。



なお、グレイシアはまた脱走したようだ。

冬告げの舞踏会が終わって、ディノとのお泊まり会が終わったら、舎弟を捕獲しに行かなければならない。


忙しい冬になりそうだ。











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