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見回りと天秤



ネアは、リノアール帰りの足で禁足地の森を彷徨い歩いていた。

これは決して迷子になった訳でも、またしても事件に巻き込まれた訳でもない。


そして暫くすると、探していた色を見付けて微笑みを深める。

かりかりと乾いた冬の森に、鮮やかな緑と青の羽は鮮やかだ。



「ヒルドさん」

「ネア様?」


慌てたように駆け寄ってきたヒルドは、ネアの前で一瞬だけ躊躇い、本物のネア様ですねとすぐに手を繋いでくれる。


ネアはそんなヒルドを見上げて、微笑むべきかふにゅりと落ち込むべきか、少しだけ悩んだ。



「どうされましたか?」


そう尋ねてくれたのはヒルドの方で、ネアはきっと、ヒルドがこうして目下の者達を気遣い汲みあげる事に慣れている理由でもある、子供だった頃のエーダリアとの日々を思った。



ざあっと風が吹き、遠い空を金色の蝶が舞う。

秋風の魔物が全て去れば、今度は冬風の精霊達が舞い降り本格的な雪の季節となってくる。

時折はらりと雪のなり損ないのようなものが風に混じるが、本格的な雪はまだ訪れていなかった。


「エーダリア様から、ヒルドさんが見回りをし過ぎだと聞いたのです。森には色々な生き物がいますよ?それはきっと、いいものも悪いものも」

「おや、私を諌めに来て下さったのですか?」

「むむ、違います!そんな込み入った森のお世話などをしていないで、リーエンベルクにいて下さい。ヒルドさんがいないと寂しいのです」


ネアがそう言えば、ヒルドはかすかに目を瞬き、ゆっくりと唇の端を持ち上げた。



「それは困りましたね」

「お買い物から帰ってきたら、いつの間にか帰宅していた銀狐さんもムギムギ鳴いて寂しがっていました。今日はそんなに忙しくない一日だと伺ったので、ヒルドさんにもお詫びの記念品を受け取って貰いたいのです」

「…………記念品?」

「ふふ、新しい趣向なので、楽しみにしていて下さいね。さぁ、もう帰りましょう!」


繋いだ手を引いたネアに、ヒルドは静かな瑠璃色の瞳を向けた。



「ネア様、…………あなたは、ここを離れようとは思わないのですね」


びっくりしたネアが目を瞠ると、ヒルドは少しだけ苦く微笑んで目を細めた。

微かに傾げた首筋に一筋こぼれた髪の毛が美しく、ネアはやはり妖精はこうではなくてはとその色に見惚れる。


ネアは単純な人間らしく、魔物は凄艶な鋭さや仄暗さを美しく思うし、妖精は自然に沿うようなものに属する色鮮やかで美しいものが好きだ。

竜は格好良くて優しいものが好きで、精霊は今の所特に思い浮かばないので、もちうさと霧雨の精霊王でもふもふに固めておく。


つまりヒルドは、ネアが心を傾け易い妖精らしい妖精の美しさを極めてくれている妖精なのだった。



「ここにずっといたいです。………もしかして、…」

「ああ、不安にさせてしまいましたね。勿論私も、ネア様にずっとここに居ていただきたい。……ただ、このような場所ですから、やはり危険も集まり易い。特に今回の事件では、私に不手際がありました」

「ヒルドさん…」

「それはつまり、ただ不安定なばかりではなく、他者の行いが自分の足を掬う可能性すらもあるということです」

「むむ。しかしそう尋ねられてしまうと、ヒルドさんは本当は言い出せないだけで、私の巻き起こす厄介な事件にうんざりしていて、そろそろ空気を読んで出て行ってくれないかなと思っているのかもしれません」

「ネア様?」


驚いたようにこちらを見たヒルドに、狡猾な人間はにんまりと微笑んだ。


「ヒルドさんは、そんな本音を言えずにいたのですか?それに気付いて欲しくて、そのような質問をするのでしょうか?」

「まさか。重ねてご不安にさせてしまったようですね。………私は心から、いささか困ったなと思うくらいには、あなたが必要だと思っておりますよ」

「では、その貰った素敵な言葉をひっくり返しますね。ヒルドさん、私にとってもヒルドさんはいてくれないと困る方なのです」

「…………逆手に取られてしまいましたか」

「ずる賢い人間でしょう?そして、ヒルドさんが落ち込まれてしまうくらいだと、もっと残念な私は、肩身が狭くて申し訳なくなってしまうのです。どうか、我が儘な人間の為に、適度にだらりと緩んでいて下さい」


そう言えば、ヒルドは微笑みを深めた。


「では、そうしましょう。ネア様の息が詰まってしまっては困りますからね」

「はい!これで午後にお昼寝していても、罪悪感で魘されません!」

「…………魘されてしまわれたのですか?」

「ヒルドさんが、今回の事件を教訓にして見回りを強化しているのに、私はお仕事を終えた後、おやつを食べて居眠りをするなんて……。なんと言う怠惰でしょう!しかし、やめられないのです………」


しゅんとしたネアに、ヒルドはふわりと優しく微笑みかけてくれた。

時折エーダリアにも見せる優しく愛情深い慈愛にも似たその微笑みに、ネアは大事にされているという安らかさで胸がいっぱいになる。


強欲な人間は、この美しい妖精に大事にされていることをよく知っているのだ。

気紛れに目をかけたり弄んだりする者が多い人外者の中、ヒルドや、或いは火竜のドリーなどのように、その好意がはっきりとしている人外者もいる。

ヒルドの優しさは純粋に好意に比例していて、その明確さはネアにとっては心安らぐ優しさであった。



「まだお戻りになったばかりです。ゆっくりされて下さい」

「それは、ヒルドさんも同じでしょう?しかもお怪我もされたのですから、私の二倍お昼寝をするべきですよ!」

「おや、自分に返ってきてしまいましたね」


森は穏やかで静かだった。

ネアはその豊かさと不可思議さに目を凝らし、思っていたことを言葉にする。



「ヒルドさん、私は我儘な人間です。やっと捕まえた自由で味をしめてしまった今、私はきっとその自由を手放せないでしょう。そして今回の事件の発端はどうであれ、そんな風に自由に生きる私の周りでは、確かにアルテアさんが予言したような事故が、またあるのかもしれません」


こちらを見た瑠璃色の瞳を真っ直ぐに覗き込み、ネアはせめて微笑みは途切れさせないようにと口角を持ち上げる。


「具体的に言えば、私はこれからも自分の時間に狩りをするでしょうし、お休みの日にディノと遊びに行ったりもします。不思議で美しいこの世界の生き物達と触れ合ったり、ただ私の為にその豊かさを享受します。…………勿論、私は守るべきものを最優先にはしますが、そんな私自身の気質で生まれてしまう、ささくれもあるでしょう。一人で暮らしているのであればそれは自己責任ですが、こうして、………大切な皆さんと一緒に暮らしている今、その私が私であることの不利益は皆さんにも降りかかってしまうのです」


(だから…………)


だから、その不利益が我慢ならないようであれば、少し距離を置けと言って欲しい。

それは決してさようならではなく、お互いの為に必要な距離ばかりでも。



「それは、そういうものですよ。どこにあっても」


けれどもヒルドは、そう答えてくれると変わらずに穏やかに微笑んだ。


「我々も、あなたが心配されているであろう、エーダリア様も、グラストも」

「…………グラストさんも?」

「ええ。………とある一族に歌乞いの子供が産まれると、その子供は偉人や聖人の扱いを受け、一族から除名されるのを知っていますか?」

「ええ。歌乞いさんは一般的にはとても短命ですし、契約の魔物さんが荒ぶるからですね?」

「そのようにして、グラストもまた、自身の一族からは除名されております。家名を失い、ただの歌乞いとしての彼に用意されたのが今の彼の屋敷であり、あの屋敷の家人達です。屋敷そのものは、彼が伯爵家の息子として相続したものですし、使用人には彼の一族の屋敷に仕えた者達も多いですが、彼等はもうその伯爵家には紐付かない。歌乞いのグラストに仕え、場合によってはその契約の魔物の犠牲になることも覚悟の上でのあの生活なのですよ」

「ヒルドさんが仰りたいのは、………そうして、危険や不利益が見込まれても、手を取り合っている人たちがいるということですか?」

「それもありますが、その上でのことも。実際に今回、闇の妖精との交戦で警戒を強めたゼノーシュは、グラストにかかりきりで、ネア様のことを案じる余裕はなかったように思います。もし、自分の歌乞いに不利益が生じるのであれば、彼とてそちらを優先し、非情な決断を出すかもしれない」

「しかしそれも、闇の妖精さんが来訪してこそのことですよね?」

「いいえ。闇の妖精の行進は、やはりそこに彼等の思惑が絡むとは言え、自然の摂理のようなもの。理不尽に、けれども定期的に訪れる災厄のようなものです。そしてグラストは、リーエンベルクの歌乞いになったその日から、その災厄を祓い、主を守る為にであれば命をも捨てる覚悟をしている。……つまり、グラストにとってもこの場所は、そういうものなのです」


ヒルドの話は、彼が教師であった頃のその言葉の流れのようなものであった。

事実を丁寧に語り、考えさせ、その目を覗き込む。

声は穏やかだが語るべき内容は決して揺るがず、教えてくれるのは真実の多様さだ。


「私という存在に不利益をもたらす側面があるように、それはそもそも、この場所そのものでもあるということですね………」

「あなたはリーエンベルクの歌乞いとして、そして高位の魔物と契約をした力のある歌乞いとして、市井で暮らしていれば決して触れることのないような危険に手を伸ばし、それを収める義務がある。そして同時に我々にも、あなたを利用する代わりにあなたを御すという責任がある。今回のことは、あなたがリーエンベルクの歌乞いでなければ、或いはヴェルクレアの歌乞いでなければ、その最初のあの餅兎とすら巡り会わないものでした。極論を申し上げれば、私という妖精が、そして家事妖精達がリーエンベルクに住まいを持たなければ、全ての妖精を排除する魔術を敷くことも出来るのです」



木々の間を駆け抜けてゆく鹿を眺め、ネアはかすかに霧を這わせた森を歩く。

ぽわぽわの毛玉妖精が枝葉の影からこちらを覗いており、そんな毛玉を狙っている栗鼠姿の精霊がいる。

森は豊かで混沌としていて、くるくる回る輪のように良いものも悪しきものもその全てが循環し、この美しさを構成していた。



「私は、その利益と不利益の天秤の角度が心配だったのです。ヒルドさん、私の天秤は、不利益に大きく傾き過ぎていませんか?」

「おや、どうしてそのようなご心配をされるものか。あなたの天秤は、最初の幾つかの行いで、ほぼ永続的に利益の方に傾いていますよ。そして我々は多分、そこに更に、自身の好意や関わる者達の好意の分の分銅を乗せ続けます」

「…………ヒルドさん」

「そしてあなたのその天秤も、同じように利益に傾いているといいのですが。私もエーダリア様も、制約の多い身の上です。それでもあなたが、これまでと同じようにリーエンベルクに留まりたいと言い続けていただければと、私は願ってしまうのですが………」

「むぐ!ヒルドさんが泣かせてきます!!勿論私は、ここで皆さんとずっと一緒にいたいのです………」



目がしわしわして涙が出そうになったネアに、ヒルドは良かったと呟いて頭を撫でてくれた。



「すみません。私が変に自責の念に駆られたせいで、あなたを悩ませてしまいましたね」

「ラエタからの立て続けだったので、少し心苦しくなってしまいました………」

「けれども、我々は知り得る筈もなかったラエタの滅亡の真実を知り、あの一件以降、オズヴァルト様はどこか吹っ切れたように穏やかな目をするようになったとか。白薔薇の魔物に、ネア様とこのウィームに害を為してはならないと知らしめ、雲の魔物にはネア様の手助けをするべきだという認識が生まれました。加えてエーダリア様とガレンは、ラエタから持ち帰られた本に夢中ですよ。そう考えますと、ネア様ご自身は苦労されておりますが、我々には得るべきものばかりでしたね」

「むむむ。そう言っていただけると、エーダリア様にお土産を渡すのにも気合が入ります!」

「しかし、一つだけお伝えしておきたいことが」

「………はい」


神妙な顔をしたネアに、ヒルドは悪戯っぽく微笑みを深めた。


「今度から有事の際には、もっと我々には弱音を吐いて下さい。頼っていただき、寄り掛かっていただいて構いません。でなければ我々は、ネア様にお渡しした守護のどの部分があなたの身を助けたのか、各自分り難い得点計算をしなければなりませんからね」

「ヒルドさん!」


感激したネアがぱっと笑顔になると、ヒルドはどこか眩しそうに、けれども安堵したようにこちらを見てくれる。


「王都のガヴィレークから、ネア様とディノ様に感謝の書状が来ておりますよ。彼の主人の一族の女児が一人、闇の妖精に目をつけられていたそうです。今回のことが幸いし、妖精達はヴェルクレアから去りましたからね」

「けれどまだ、闇の妖精さんの行進の期間は続くのですよね」

「ええ。王弟派の者達は一足先に地上に出たようですので、昨日を以って妖精の国から出なくなるそうです。しかし王子派の者達は行進の期間が今暫く残っておりますから、今月いっぱい程は地上に上がる者もいるでしょう」


それは決して阻止された被害ではない。

ここで生まれるべき悲しみを、どこか見知らぬ国や土地に振り分けただけの話なのだ。

けれどもネアは、自分勝手な人間らしく、知らないものの苦しみは知らないままとする。

正しさなどを犠牲にしても守りたいくらい、ここには大事で特別なものがあるのだ。

そうして、その為に切り捨てるものがあるからこそ、きっと守り切れると信じて。



「そう言えば、今度ヒルドさんが剣を使っているところを見たいです」

「おや、ご希望とあれば披露しなくてはなりませんね。以前にお誘いしていた出張がそろそろ決まりそうですので、ご一緒しますか?」

「ええ、行きたいです!………しかし、戦う会談なのですか?」

「実は、あちらは嵐の時期の後になると、蝶の姿をした悪しき妖精の群れが大量発生するようでしてね。王都のものを少し減らしてくれれば、交渉ではこちらの条件を全面的に飲むと言われております」

「なぬ。ヒルドさんは危なくありません?」

「勿論ですよ。ネア様も守護の厚さ的には問題ありませんでしょう。ただ、その土地の人々は魔術を扱うことに長けておりませんからね。住民達にとっては厄介な災厄なのです」

「では、ヒルドさんが来てくれたらきっと心強いですね」


その蝶が発生するのはもう少し後になりそうだが、ネアは華麗に戦うに違いないヒルドの剣さばきが見れると決まってわくわくする。

闇の妖精のお城では、立ち去り際にこちらに合流した文官が、通ってきた廊下の惨状に震え上がって号泣していたので、余程激しい殲滅戦をしてしまったのだろう。


(みんな、ヒルドさんのことを凄い妖精だと話していた………)



或いは妖精の国にゆけば、彼はその一族の名前と実力でそれなりの地位を築けるかもしれない。

種族の個体数が少なくても、霧雨の一族のように他の一族と混ざり合いながら暮らしてゆくことも可能なのだ。

けれどもヒルドはそうせず、今日もリーエンベルクの面倒を見てくれている。


ここに彼の大事な子供がいる限り、それはヒルドにとっての天秤を傾ける分銅なのだろう。



(愛するもの)



それは或いは、慈しむものであり、欲しいものである。

居心地が良く、自分を守るもの。



森の切れ目からリーエンベルクの屋根が見えてきた。

その壮麗さと美しさに、心がほろりと綻んで蕾開くよう。


あの屋根の下やそしてここに、それぞれに必要な時間をかけて育て上げた失い得ないものがあるのだと思えば、それはまるで宝石箱のようなものだろうか。



「……………む」


そう考えて心がきらきらしていたネアは、禁足地の森からリーエンベルクの裏庭に繋がるその場所に、じっとりとした目のお出迎えを見付けた。


尻尾をけばけばにした銀狐が、森との境目のところにまるで選択肢を並べるように、ボールやブラシやリードを並べて置いていたのだ。

因みにボールは四個も並んでいて、弾むボールや紐が付いているものなのど、選べるようになっている。



「ほわ、何かの儀式のようです」

「…………成程。放っておいた分、これで構って欲しいということですね」



呆れたように額に手を当てたヒルドだったが、その瞳はどこか優しい色をしていた。

銀狐は、くるくるっと回ると尻尾を立ててムギーと一声鳴いた。

デートは無事に終わったのか、失敗して戻ってきてしまったのか、どちらにせよヒルドに遊んで貰いたくて待っていたようだ。


「あの目をしているときは、絶対に譲らない時なんですよ」

「ええ。覚悟をした方が良さそうですね。………そう言えばネア様、ディノ様はどちらに?」

「ここに入って、寝ています」



ネアが胸元を指し示せば、ヒルドは少しだけ驚いたような顔をした。

アルテアとウィリアムとお喋りをしてから帰ってきた後、お部屋で一時間ほど火織りの毛布にくるまって眠ったせいでやや冬眠モードになってしまったムグリスディノは、ずっとそこですやすや眠っていたのである。

この後、銀狐のボール遊びでも見ながら外に出しておけば、きりりと冷たい夕暮れの冬入りの風に目を覚ましてくれるだろう。



「それはそれは。妙な気を起こさなくて幸いでした」

「ヒルドさん?」

「いえ」



謎めいた微笑を浮かべ、ヒルドは銀狐のボールを取り上げる。

尻尾を振り回してムギムギと弾む銀狐に、ネアは長い戦いになりそうだぞと二人を見送った。


案の定、ヒルドがボール投げから解放されたのは、その二時間後だったという。




なお、ネアはその日の晩餐で、みんなにお騒がせしましたの記念品を贈った。

二十センチ四方の朝陽の結晶のケースに入ったもので、エーダリアにはネアが食べてしまったユリウスの羽の残骸の一部、そしてヒルドとアルテア、ウィリアムにゼノーシュとグラスト、そしてダリルには、霧雨の妖精のお城で分けて貰ってきた霧雨の宝石の谷の霧雨の音を閉じ込めた青い結晶石が入っている。

これはとても貴重なものなのだが、ネアが感激して褒めたところ、イーザがばこんと崩してとある岩ごとくれたのだ。


霧雨の宝石は、水をお酒を割るのに向いた極上の柔らかな水に変え、または、お部屋に感傷を育てる優しい霧雨の音を響かせる。

ケースを開けて好きなように使って貰えるようにしてあった。



「これはいい。砂漠で夜を過ごす時に、一人で飲みたくなることがあるんだ。霧雨の水は深酔いを防ぐと言うしな」

「ええ、イーザさんにもそう教えて貰いました」

「霧雨の城は居心地の良い場所でした。読書の時など、あの土地の霧雨の音が聞こえたら良いでしょうね」

「ゼノーシュ、今度これで水割りを作ってみようか」

「うん!ネア有難う」

「ふふ、ゼノとグラストさんが二人で一つなのは、以前二人のものが欲しいと仰っていたからなのです。その代わり、一番大きな塊ですからね」

「………二人のもの」


ゼノーシュが感動にふるふるすると、グラストがそんな檸檬色の瞳の魔物を可愛くて仕方ないという顔をした。


「ネア殿、有難うございます」

「グラストさん、ちびまろの捜索依頼を出してくれて有難うございます」

「その餅兎達が見付かればもう、こちらには貸ししかありませんからね」

「ヒルド………」

「エーダリア様、一応ユリウスさんの羽はお口に入れてしまったので、石鹸で洗ってありますからね!」

「石鹸で………」

「なお、エーダリア様だけ特別にこちらもおつけします!」

「や、闇の妖精の蔵書か!」

「と見せかけて、闇の妖精さん印のただの豪華なメモ帳です!」

「メモ帳…………」


エーダリアはがっかりしたが、これもネアが闇の妖精のお城から略奪してきたものだ。

とはいえただのメモ帳なので、特に誰も止めなかった。


「だが、闇の妖精の羽はガレンの良い所蔵になる。このような土産は、いつもとても助かるな」

「ふふ。ですから私は、今回から転んでもただで起き上がるものか精神で、おかしなところに行ってしまうのなら、その度に皆さんに使える陳謝の品として、その土地からの収穫物を入れたこの展示ケースを増やしてゆこうと思ったのです。飾ってよし、使ってよし、転売してよしですので、どうぞよしなに」

「ってことは、これからも順調に増えるんだな」

「あら、使い魔さんは意地悪を言ったつもりでしょうが、増えるということは無事に帰ってくるということですからね!」


あえて謝罪の粗品とせずに、記念品と名付けたのは、展示ケースらしく収集鉱物のようなラベル付きだからだった。

展示ケースの魔術でケースの中でふわりと自立している妖精の羽や霧雨の結晶石の下には、事件が解決した日と事件の題名が書かれている。

なお、今回は、荒ぶるちびまろ闇の妖精事件とした。


(これなら、お詫びの品物だと受け取ってくれない、ヒルドさんやグラストさんも、記念品感覚で受け取ってくれるから………)



工夫をすることで、そのようなものは辞退してしまう人達にも楽しく揃えて貰うのが狙いなので、ネアはあえてこのようなふざけた感じを付加している。

頭のいい年長者達には目的までお見通しだろうが、ご迷惑をおかけしましたのお菓子以上のお返しを出来るようになりたかった。



(大事な人たちに心配をかけるのだから、無事に戻っただけのプラマイゼロではなくて、こうして何かを得て欲しい………)


つまりこれが、ネアの天秤の上での、罪悪感に傾かない為の分銅なのだ。

エーダリアが、ダリルと共に妖精の乗り換え魔術を防ぐ為の研究を始めたことや、グラストがちびまろへの罪滅ぼしに、ちびまろ達が発見された時に持たせるお菓子を用意していることを知っているから。

同じ歩幅でここから先の風景を眺め、守られるだけではなく、せめて戦利品を得てきたぞと胸を張れるように。



「じゃあ、頑張ったネアにもご褒美をあげないとだな」

「なぬ?!ウィリアムさん、それではお世話になりましたのお礼が相殺されてしまいます」

「いや、俺がしてやりたいだけだから気にしないでくれ。今回のことでは、ネアも疲れただろう」

「確かに、無事に戻られたネア様を甘やかすのも、我々の楽しみですからね」

「むぐ!」


すっかり主導権を奪われてしまい、ネアは慌ててディノの方を見た。

しかし、ご主人様の切実な思いを知っている筈のこちらの魔物も、なぜか目をきらりとさせて頷いているのではないか。


「じゃあ僕、ネアに美味しいクッキーを買ってきてあげるね」

「ゼノまで!そして狐さん、尻尾は大事にして下さい!!」


自分は何を出来るだろうと考えたのか、銀狐はふさふさ尻尾をそっとネアの膝の上に置いてくる。

そんな銀狐の前にも、今回の事件の記念品が置かれていた。



なお、最後の一つは騎士棟に置かれ、非番の騎士達に自由に使って貰った。

騎士達はその霧雨の結晶石の水を使って、非番の者同士で美味しい水割りを飲むのだという。



残ったかけらは、特殊な結界を張って貰ってディノの宝物部屋に置かれていた。

その隣には、モスモスが持ってきてくれた白い花が状態維持の魔術をかけられ置かれており、優しく迎え入れてくれた霧雨の妖精達と過ごした一日の思い出の品となっている。


お世話になった霧雨の妖精達とヨシュアには、ウィームの特産品の硝子細工と、ザハのお菓子のセットに美味しいシュタルトのメゾンから取り寄せた葡萄酒をセットにして贈っておいた。

その出費の分、ネアは夜の禁足地の森で狩りをしたのだが、良い獲物が取れたとだけ言っておこう。

そうして自分を富ませることの出来る自由さを、ネアはとても気に入っている。

















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