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200. 謝罪はいらないと思います(本編)



柔らかな冬の日差しが揺らぐ。

今日は少し風があるようで、鮮やかに赤く色付いた最後の葉っぱが、枝から捥ぎ取られて飛んでゆくのが見えた。

すっかり葉の落ちた街路樹は雪の訪れを待ち、いつの間にかムグリスの飛来があったようだ。

枝にとまっているむくむくの姿に心がぽわりとしたので、ネアは後でムグリスディノと遊ぼうと心に書き留める。


門の周りには紫色のセージやサルビアが咲き誇り、イブメリアの訪れの前の短い時間を艶やかに彩っている。

そこに群がる小さな妖精達はいつも通りの無邪気さで、ネアは妖精の国の狂乱の区画との違いを不思議な思いでみつめた。



「ネア、お帰り!」


そう手を振ってくれたのは、ノアで、ネアもディノに抱えられたまま大きく手を振る。

下ろして貰ってぱたぱたと駆け寄ると、さっと持ち上げられてくるりと回された。

隣のウィリアムとアルテアが何とも言えない顔をしているが、そちらから出された手に飛び込むのはノアの後だ。

ここはやはり、家族相当からの順とさせていただくのを、ご容赦いただきたい。


「ただいまです、ノア。たくさん助けてくれて、有難うございました」

「なんだか最近、同じようなやり取りばかりだなぁ」

「むむぅ。面目もありません」

「ネア、よく戻ったな」

「エーダリア様!ヒルドさんを貸し出してくれて有難うございました。闇の妖精さんの特務隊の方々をこてんぱんにしてしまったそうなんですよ。ものすごく頼もしかったです!」

「ヒルド…………」

「おや、残ってないのですから、恨みも残りませんよ」



リーエンベルクの入り口で待っていてくれたのは、エーダリアとノア、そしてウィリアムとアルテアだった。

ダリルは今も闇の妖精被害の後始末の指揮を執っており、ゼノーシュとグラストは、念の為に屋内待機している。

もしネア達が無事に戻れないような転移事故があると、一度闇の妖精と交戦したグラストに影響があるかもしれないからだ。


ふっと髪の毛がすくわれて目線を上げると、アルテアがネアの髪の毛を手に取っていた。


「…………まともそうだな」

「なぬ。どこもおかしくなっていませんよ!アルテアさんが瞬間便で届いたので、元気になってユリウスさんと向かい合えました。あの時、来てくれて有難うございます」

「念の為に、あの術式は添付したままにするぞ。お前は多分、また同じような事故に遭うだろうからな」

「なぬ。不吉なことを言うのはやめるのだ」

「ネア、その妖精は持ってこなかったんだな」

「ウィリアムさんが、羽を毟る気満々でした………」


リーエンベルクの門のところで闇の妖精の魔術残滓チェックを受け、無事に入場となりながら、ネアはみんなにユリウスの正体と、今回の事件の顛末について説明をした。

後でゼノーシュ達も含めて説明するのでざっくりとだが、ある意味とても話し易い。



「誘拐犯なユリウスさんは少し齧っておきました。そして、正体はちびまろです」



その途端、しんとした沈黙が訪れる。

全員が黙ってしまったまま屋内への入り口に到着し、そこで待っていてくれたゼノーシュが表情を曇らせた。


「ネア、門まで迎えに行けなくてごめんね。何かあったの?」

「ゼノ、ご心配をおかけしました。大丈夫ですよ。私が、人攫いな妖精さんを齧ってしまったことと、その妖精さんが荒ぶったのはちびまろの復讐だったことをお話ししたのです」

「…………ネア、もしかして、闇の妖精が美味しかったの?」

「いえ。美味しくなかったんです!やはり、ヒルドさんの妖精の粉に勝るものは………、む。うっかりばらしてしまいました」


その途端にアルテアとウィリアムが激しく振り返ったので、ネアはしょんぼりする。

あの素敵な粉タイムが封じられたら、腹いせに闇の妖精の城に乗り込むしかないではないか。

アルテアにべしりと頭を叩かれ、ネアはむぐぐと眉を寄せる。


「………おい、詳しく聞くからな」

「ふぎゅう。ディノは知っていますし、今回は妖精の粉がイマイチだったので、ユリウスさんはそんなに魅力的じゃなかったのです。ヒルドさんのお蔭で、食欲に支配されて闇の妖精さんのお城に残ると言い出さなかったので、この運用は必要だと思うのです」


一生懸命言い訳をするネアの向こう側では、ヒルドとウィリアムがなにやら視線で会話をしていた。

心配になったネアが覗き込めば、おやっと眉を持ち上げたウィリアムが、今回はよく頑張ったなと頭を撫でてくれる。

気分転換に砂漠遊びの準備を整えているので、今度もまた素敵な光景を見せてくれるそうだ。


「それにしても、シルハーンが許しているのは意外でしたね」

「妙なところで緩め過ぎだろうが」

「今回はそのお陰で防げたものもあった気がするんだ。アルテアが以前に話していたように、空いている部分を埋めるという行為は、防壁として有効だったようだね」

「エーダリア様、大事なヒルドさんを、時々つまみ食いして申し訳ありません……」

「個人同士の問題だ。巻き込まないでくれた方が気が楽だな……」



談話室に入ると、そこには少しだけ疲れた顔のグラストも待っていてくれた。

以前にはなかった目元の影が気になり、ネアは目を瞠る。

するとすかさずその疑念と不安に気付いてくれたのか、微笑んで首を振ってくれた。


「私は大丈夫ですよ。実は先程、………オルの家族と会ってきましたので」

「オルさんは、…………その」

「ディノ殿が作り置きして下さっていた薬のお蔭で、暫く安静は必要ですが、復帰までの見通しも暗くなく、本人はほっとしたようでした。本来であれば障害が残らない筈もない事件でしたので、感謝の言葉もありません」


深々と頭を下げられ、ネアは慌ててしまった。


「いえ、謝らないといけないのは、私の方なのです!今回のユリウスさんの侵入は、私を攫う為だったのですから」



しかし、一概にそうでもないのだと重々しく切り出したのはヒルドだった。


妖精の国から無事に戻った安堵か、愛剣を長椅子の横に置き、珍しく疲れたように深々と座る。

家事妖精達が準備したお茶とお菓子がテーブルの上に現れれば、報告会の始まりだ。



「………実は、その闇の妖精がリーエンベルクへの復讐を決意したのは、餅兎の子供達の、渡りのさせ方がまずかったようで………」


そう言ったヒルドに、グラストとゼノーシュ、アルテアが反応する。

グラストの顔色がいっそうに悪くなり、らしくなく視線を彷徨わせた。



「ユリウスさんは、アルテア………さん、もご存知の………白けものさんに裏切られ、ご兄弟を食べられてしまったのだと言っていました」


ネアが恐る恐るそう尋ねると、アルテアは露骨に嫌そうな顔をした。

ネアもそうだが、それぞれの事実確認のレベルが違うので、この話は非常に議題に上げ難い。

下手をすれば、アルテアはウィリアムに刺されてしまう。



「白けもの?…………この前、地下道探索についてきた獣か?」

「ふむふ。しかし、白もふは餅兎を食べない筈なので、何かの誤解だと思うのです」


ネアは少し返答でまごついたが、ウィリアムはその因果関係を考える方を優先してくれたようだ。


「ヒルドは、何かを知っているみたいだな………」

「ええ。あの場におりましたからね………。決して傷付けようとした訳ではないのですが、餅兎という生き物の視点からであれば、そう見えてしまったのかもしれません」

「………餅兎。あいつが…………」

「…………ネアと見に行った生き物だよな?」


意外にこういう展開に弱い魔物達が困惑してしまったので、ネアはここであらためて、ユリウスはソロメオ王子派の陰謀により、餅兎にされる呪いをかけられ、リーエンベルクのお庭に住んでいたことを話した。



「………あの餅兎の子供が、…………闇の妖精だったのか。驚いたな」

「…………私も驚きました。そんなこともあるものなのですね」


ウィリアムの呟きに蒼白になって同意したグラストに一つ頷き、ヒルドは、ディノとエーダリアに視線で何かを伝えている。

グラストがすでに事情を知っているということは、ヒルドがわざわざ妖精の国からの通信でそのことを話したのだろう。

これはやはり、ネアには言えない事情があるのかもしれず、ネアは気付かなかったふりをした。

表情からすると、どうやらノアも何かを知っているようだ。



「その入り込みを、リーエンベルクの結界では弾けなかったのか?」

「ええ。自力では解けないような高度な呪いを受けた者が、脆弱な生き物に姿を変えて入り込むことまでは、常時警戒しておりませんでしたからね………。今後はそのような場合の準備もしておきませんと」

「ありゃ。結界で弾くようにしてないの?」

「勿論、一定のものはありますよ。ただ、それすら擦り抜ける状態だったのか、あえて緩めた時に入り込んでしまったのか、当人も正確な日付など覚えておりませんし、聞けば、眠っている間に風で飛ばされてきたようなので何とも……」



ユリウスのちびまろ記録は、容赦のない姉の妖精の女王によって聴取されて報告書としてまとめられたものが、霧雨の城に滞在していたディノ宛に霧雨の妖精王経由で届けられた。

詳らかにして秘密を無くすのが妖精の謝罪なのだとイーザが教えてくれ、ネア達は波乱万丈なちびまろ冒険譚を読み、ユリウスの身に何があったのかを知ることが出来た。


(だから時々、物語の中の妖精さんは、正体を隠していてごめんねと言って、皮を脱いで本当の姿を晒して逃げられてしまうのかしら………)



「そっかぁ、バーレンの事件の終わりの頃なんだ」

「あの頃だと、確かに結界の再調整を図っていたな。よりによって、その時だったのか……」


ノアとエーダリアがそう顔を見合わせ、ちびまろ記録を読んだヒルドが頷く。

ちびまろ達の訪れは光竜事件の直後なので、微かな結界などの異変は見逃されてしまった可能性があるらしい。

また、結界が異変を示したにせよ、あえてバーレンが忍び込みやすく結界を緩めていた日もあったので、正確な原因を見付けるのは難しいということだった。



そしてそんなちびまろは、まず最初はゼベルに拾われ、はぐれた末っ子だと思われて他の餅兎の子供達と合流させられたそうだ。

ネアが見たのはその後なので、仲良し四兄妹だとしか思っていなかった。



「そして嵐の夜に、そんなちびまろ達は、雪豹アルテアさんなぬいぐるみにくっついて眠ったのです。どうやらそれを、ユリウスさんは白けものさんに抱っこされて寝たと記憶しているようで…」

「やめろ」


渋面になったアルテアに、ゼノーシュが頷く。


「元は竜の毛皮だし、目の宝石もアルテアの守護のある宝石だから、魔獣だと思っても仕方ないかも」

「ちびまろの知能指数は、どれくらいなのでしょう?」


ネアのその質問に、ノアがその辺の小動物の子供と変わらないよと教えてくれた。


「餅兎同士の会話が出来るようになるのも、成長してからだっていうしね。知能指数って表現だと、限りなく低いかな。ネアの好きなムグリスは人間の言葉が分るけど、餅兎は分らないしね」

「そうなるとやはり、白けものさんがお母さんだと思っても不思議はないのですね……」

「まず、ぬいぐるみという存在を知らなかった可能性もあります………」


ヒルドもそう呟き、室内は、早くもお馬鹿可愛いもちうさなイメージに統一されてゆく。

ぬいぐるみを生き物だと思っていたのだとすると、何とも不憫で愛くるしい。


「そんなぬいぐるみのお母さんが、子供達を裏切り兄妹を噛み殺してしまったのだとお怒りだったのです」

「ネアも可愛がっていたんだろう?それで、今回攫われたのか?」

「ご兄弟を亡くしたユリウスさんは、その結果呪いが解けて元の妖精さんに戻れたようで、その後は失意のままお国に帰ったみたいです。けれども、部下にウィームの歌乞いはとんでもなく強いというガセ情報を摑まされたソロメオさんが私を獲物指定していることを知り、慌てて注意喚起をしに地上に引き返してくれたのだとか………」


ゼノーシュがガセかなぁと呟けば、エーダリアが首を振りかけたので、ネアはむむっとそちらを見た。

しかし、己の評価について意見する前にウィリアムが小さく声を上げた。


「…………ん?じゃあ、その妖精は元々、ネアを花嫁にするつもりはなかったのか?」

「私はせいぜい、クッキーな恩人という認識だったみたいですね。しかし、夜……などこかでアル…………テアさんもご存知の白けものと一緒にいたところを目撃されたことで、裏切り者の仲間指定をされたようです。ユリウスさんの供述では、せっかくソロメオさんの訪れを知り忠告しに来てやったのにお前もかと、怒りが爆発したようでして………」


夜市でアルテアと一緒にいたところを目撃されたのだと言えば、二重の事故が待ち受けている。

アルテア自身に白けものの正体を知っていたこともばれるし、ウィリアムに白けものの正体もばれる。

ネアはなんと厄介な報告会だろうと思いつつ、説明の言葉を選んだ。

しかし、やはり一介の人間の技量には限りがあるのか、ウィリアムは訝しんだようだ。


「ネア、……………あの白い雪豹は、やっぱりアルテアの管轄なんだな?」

「むぐ………」

「最初は、アルテアが持ち込んだ愛玩用の獣かと思っていたんだが、この前の様子で魔獣だと判明しただろう?すぐにアルテアに素性を尋ねたが、知らないと言われていたんだがな………」

「ありゃ。アルテアは嘘つきだなぁ!アルテアの仲介で任務に参加したのが、ネアとの出会いみたいだよ」


しれっとノアが上手く誤魔化してくれたが、ウィリアムは頭を抱えているアルテアを不審そうに見ている。

ネアとしては、今後も白けものを大事にしたいので、是非にばれないで乗り切って欲しいばかりだ。



「アルテア、あの獣の素性と安全性について、あとで話しましょう」

「…………放っておけよ」

「まぁ、あの獣についてはさて置き、その時の状況をご説明しますね」



ヒルドは巧みに会話を流し、その時に何が起こったのかを説明してくれた。



話は、ちびまろ達が冬の訪れを前に渡りをした、風の強い日に遡る。


実はその頃、ネアには内緒でヒルド達はとあることに困り果てていた。

即ち、後先考えずに人間達が餌付けしてしまった獣が、野生を忘れた問題である。


ゼベルの相談で発覚したようだが、最後の季節風も間近になってもなお、餅兎達に渡りの気配が見られなかったのだそうだ。

どうやら人の与える食べ物と立派な家をすっかり気に入ってしまい、渡りをしないつもりであるらしい。

小屋に手を入れても奥に逃げ込んでしまうので悩んでいたところ、グラストが、餅兎の子供達が、いつも白けものにちびちびした手を振っていることを思い出したのだそうだ。



かくして、その当日うっかり居合わせてしまった白けもの協力による、ちびまろを小屋から引っ張り出す作戦が決行された。



作戦とは言え簡単なもので、たまたまリーエンベルクに来ていてグラストに頼み込まれた白けものは、小屋に頭を突っ込んでちびまろを咥え、ぽいっと季節風に放り投げて乗せただけなのだそうだ。

しかしその際、小屋から引き摺り出されたちびまろ達は怯えて悲鳴を上げており、それがユリウスの勘違いに繋がったのではないだろうかということだった。


「………もう少し……………丁寧にやれば良かったのですが、実はあの時、夕方に思いがけず最後の季節風が早めに吹き始めてしまったこともあり、焦って風に乗せたんです」


申し訳なさそうにグラストはそう言う。

ちらちらとヒルドと視線を交わしては項垂れているので、白けものにその仕事を任せたことを後悔しているのだろうか。

一緒にいたというゼノーシュも、どこか困惑したような面持ちで、確かにちびまろは何が起きたのかわからずに泣き叫んでいたと教えてくれる。



「そ、それで、ユリウスさんは、白けものさんに復讐を決意………」

「おい、こっちを見るな」

「アルテア、その獣は今どこにいます?」

「…………悪いが知らんぞ」

「それは困ったな。一緒に探しますよ?」

「ウ、ウィリアムさん、白けものさんは私の癒しの白もふなので、失われたら困ります!」

「ネア、他にいい生き物はいないのか?怨みを買うような悪辣な生き物だと危ないだろう」

「ウィリアムさんが竜さんになってくれるなら、素敵な毛布になる白もふで素敵なのですが、あの時は呪いでしたしね………」

「ほお、ウィリアムが竜になったのか?初耳だな」

「俺とネアの間のことなので、アルテアに話す必要はないと思いますよ?」


なぜだか会場は白もふ対決の様相を見せてきたので、遠い目をしたエーダリアがそつなく話題を変える。



「………それにしても、よく乗り越えたな。その妖精はもう、問題ないのだな?」

「はい。エーダリア様もみなさんも、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。闇の妖精さんには、ディノが色々約束してくれましたので、もう大丈夫そうです」

「闇の妖精の行進は、今後、ウィームやウィームを脅かす国内の要所を巻き込むことを禁じている。何か問題が起きた場合は、ヘレナが対処するよ」

「……その、ヘレナというのは闇の妖精の…」

「女王だ。困ったことがあれば、申し入れを出来るようにしてある。その訪れについては拒絶出来ないように魔術の道を敷いてきたから、彼等もあまり愚かなことはしないだろう」


もし闇の妖精が約束を破れば、ディノはその道を使って闇の妖精達を懲らしめてくれるのだそうだ。

そんな特別クレーム通路が設置されたと知り、エーダリアは驚いたような喜びの表情を見せてくれた。


「それはこの上ない朗報だ。問題のないところだけ、周知しても構わないだろうか?」

「そうだね、その約束があることを多くの者が知っていれば、彼等が約束を反故しようとした時の監視の目になる。既に失われた者を取り返すことは出来ないが、少しは君の役にも立つかい?」

「勿論だ。闇の妖精に何か不穏な動きがあれば、約定違反という形ですぐに報告を集められるようにしておこう。今回の行進は終わったと見做して良いのだろうか」

「俺が前に見た時には、期間としてはもう少し長かった気がするな。だからもし、この後も彼等に不手際があるようであれば、…」


一度そこで言葉を切ると、ウィリアムは穏やかに微笑んだ。


「シルハーン、次回は俺が行きましょう。今回の件では、ずっと裏方でしたからね」

「ほわ、女王様の羽が…………」

「血族だけで成り立っているから、最悪、王弟や女王の羽がなくても機能するだろう」

「しかも、全部毟られる前提です………」

「これ以上はもう、こちらに害を為すことはなさそうでしたよ。幸いにも各所で余分な戦力を削がれておりますし、ディノ様の言葉を、かなり重く受け止めているようでしたから」


珍しくヒルドがウィリアムを宥めた。

その様子を、なぜかノアがにやにやしながら見守っている。

普段はヒルドも過激な保護者なので、それでだろうかとネアは横目で眺めておく。


「妖精の王子様も、にゃんこ羽にしてしまいましたしね!」

「そう言えばネア、闇の妖精の王子は無力化しちゃったんだったよね」


ゼノーシュが何が起きたのかを知りたがったので、ネアはソロメオの身に起こったことを全て説明した。


あの後の女王からの報告にも明記されていたが、ソロメオは先遣隊の騎士達の情報提供で最初からネアを狙っていた悪い奴なのだから、決してやり過ぎではないことも主張する。


「…………しかし、おでこと羽の両方となると、やり過ぎでしょうか?」

「そんなことないと思う!」


ゼノーシュが嬉しそうににこにこしているので首を傾げると、グラストを傷付けた騎士は、ソロメオの特務隊の一人だったのだと教えて貰った。

リーエンベルクの騎士の一人に滑り込もうとしてみせ、それを防ぐために駆け付けたグラストを襲ったらしく、すぐさまゼノーシュが羽を剥ぎ取って駆除してしまったものの、その騒ぎで部下の一人を庇ったグラストは、その妖精の仲間の騎士に腕を折られたらしい。

そのことに、ゼノーシュは今でもお怒りなのだ。


「その妖精はね、リーエンベルクなら魔術を潤沢に蓄えられる女の子がたくさんいると思っていたみたい。女の子がいなくて頭にきてて、グラスト達を傷付けようとしたんだ……」


そう教えてくれたゼノーシュの表情は凄惨で暗く、ネア達はその妖精達がどうなったのか容易く想像出来てしまう。

愛くるしいクッキーモンスターを荒ぶる神にする唯一のボタンを、その妖精達は押してしまったのだろう。



「だから僕、リーエンベルクを襲う計画を立てていたその王子は嫌い」

「安心して下さい、ゼノ。直後の報告しかありませんが、お城で自分のお部屋に籠って泣いているそうです」

「うん!ネア、やり返してくれて有難う」

「ヒルドさんにも酷いことをした嫌な奴ですしね!」

「じゃあ、死ぬまで猫の羽でいいと思う」


そんなネアとゼノーシュを眺め、エーダリアは青い顔をしている。

そもそも、ネアに壮大な復讐をされるか、ヒルドに切り刻まれるくらいしか選択肢がなかったのではと呟いており、そういう意味では生きているだけ有難いと思って欲しい。



その後、ネアは今回の事件で知り得た闇の妖精の魔術についてエーダリアに報告し、とても喜んで貰えた。

アルテアが人の悪い微笑みを浮かべているので、闇の妖精達は厄介な魔物に固有魔術について知られてしまったことになる。

その話で暫く盛り上がり、そこで報告会は終わったかに思えた。




「………あ、僕思い出した。渡りをさせる時、餅兎の尻尾が取れたよね」



一息ついたネアが、喉が乾いたなと思っていたその時、ゼノーシュがとんでもないことを呟いたのだ。



紅茶を飲もうとしていたネアはがばっと顔を上げ、なぜかヒルドとグラストが深く項垂れる。

カップを持った手がふるふるしているネアに、グラストは両手で顔を覆ってしまった。



「…………尻尾が取れた」

「うん。怖がって……あの獣にしがみついてたんだ。そこから引き剥がす時、べりってなって鳴いてた」

「…………ヒ、ヒルドさん………」

「………申し訳ありません。少々、刺激の強い話に聞こえますが、餅兎は丈夫ですから」

「しかし、尻尾が…………!!」



「申し訳ない!!!」


そこで耐えきれなくなったのか、グラストががばっとテーブルに手をついて頭を下げた。

がしゃんとカップが揺れるくらいの激しい謝罪に、ネアは目を丸くする。


「グラストさん?!」

「申し訳ない!あの時のことは、………弁明のしようもない」

「グラスト、ですからその報告は後でいいと………」

「しかしヒルド、あれは俺たちが悪い。会議の後で時間もなかったし、季節風が途切れてしまう前に乗せなければと、無理矢理引き千切ってしまったのは………」

「ひ、引き千切って………!」


あんまりな発言にネアはきゅっとなって、隣のディノにへばりついた。

涙目になりそうなご主人様に、慌ててディノが抱き締めてくれる。


「………ヒルド?」

「ディノ様、あの時のことが今回の事件に繋がったのであれば、私の手落ち以外の何物でもありません。このようなご報告になるので、あまりネア様にはお話したくなかったのですが……」


ヒルドは、丁寧に頭を下げた。


ディノは予めそれを聞かされていたようで、困ったようにネアと顔を見合わせる。

何やら嫌な予感がするネアは、怖い話が出てきた時の為に魔物の三つ編みを握り締めた。



そうしてようやく明かされた真実によると、その日は小さな事件続きの一日であったのだそうだ。


なお、最初ヒルドとグラストが証言をぼかしていたのは、凄惨な表現もあるのでネアの前では話したくなかっただけで、後で他の者達とは共有するつもりだったらしい。

だから、さかんに視線での会話が飛び交っていたようだ。



「まずあの日は、風の知らせをする楓梟が飛んでおりましたので、最後の季節風の日になるのは分かっておりました。ですので、それにあの子供達を何としても乗せなければと思ってはいたのです。雪の祝福の強いリーエンベルクには置いておけませんし、下手に屋内に入れ成体になると、暴食の祝福が厄介ですからね……」



しかしその日は、リーエンベルクではその数日前から続く騎士会議の、最後の会議が行われていた。

最終日なので午後早くには終わる予定だったのだが、ちょっとした調整だが手がかかるというような議題が頻発し、餅兎の渡り強行は遅れに遅れた。



「ですので、小屋からの回収も、かなり荒くはなったんです。それと………」


グラストの言葉を引き取り、ゼノーシュが教えてくれた。



「蛇口で遊んでた狐がね、蛇口を外しちゃってすごい事になったんだ」

「……………あの日か」


そうエーダリアが遠い目をするのは、通りかかった廊下からその光景を見て、ヒルド達に声をかけようと顔を出したエーダリアは、まさに大惨事のその瞬間の水の直撃を受けたからなのだそうだ。

二階の窓まで水飛沫が届く大事件だったのだが、ネア達は、後から話を聞くまで気付かなかった。


「狐さんびしょびしょ事件となると、予防接種の後の、アルテアさんがお土産なお茶の飴を持ってきてくれた頃では…………」

「ええ、あの日の夕方のことなのですよ」

「アルテアさんが来ていたから、白けものさんもいたのですね!」

「風も吹いてきて、狐もびしょ濡れだったから、ヒルドも焦ったみたい」


ゼノーシュはそう教えてくれる。

全てのことが一度に起きてしまい、取り急ぎヒルド達は、白けものにへばりついていた餅兎の子供達をべりっと剥がして風に乗せた。

焦っていたので手荒くなり、白けものの歯に挟まった尻尾が千切れた餅兎が悲鳴を上げたのだとか。

元々怯えて鳴き叫んでいるところだったので、かなり大きな悲鳴になったらしい。

更に、するりと逃げ出した一匹を、白けものがべしりと前足で踏みつけて捕獲したとき、少し圧が強かったのかくしゃっとやってしまい、ぺらぺらぺたんこになった兄妹の姿に、他の餅兎達が殺されてしまったと思って大騒ぎしたという。



尻尾はつけなおし、潰れたものは膨らませて風に乗せたと言うが、グラストはその晩は胸が痛くて眠れなかったそうだ。

ヒルドはというと、水浸しの銀狐がその状態で土を踏まないように慌てて捕まえ、水浸しになったエーダリアを見に行っての大忙しだったそうで、その後はすっかり餅兎のことを忘れていたそうだ。


ネアが、空っぽのちびまろ館に気付いたのは、その後日のことである。

渡りをするなら見たいと思っていたので、かなりがっかりしたのを覚えている。



「…………ほわ。それはもちうさになってもちうさな頭脳しか持たなかったユリウスさんにとっては、さぞかし恐ろしい出来事だったでしょうね」

「ネア殿、その妖精は、近くにはいなかったのですか?」

「ご兄妹なもちうさに逃げろと言われ、花壇の方に隠されていたみたいです」

「…………成る程。花壇からは声は聞こえますが、何をしているのかは見えないでしょうね」

「千切れたり潰されている声や様子が聞こえてきてしまったら、虐殺があったのだと考えてしまっても仕方ないような………」



そこで、ずっと気になっていたんだと一言を加えてくれたのはゼノーシュだ。


「それと、ヒルドが風に乗せてた中に、餅兎じゃなくて土兎が混ざってた」

「…………ゼノーシュ様、出来ればその場で指摘していただければ………」

「うん。でももう風で吹き飛ばされていったから、言っても仕方ないかなって思ったの」

「土兎さんは、渡りをさせられても大丈夫な子なのでしょうか?」

「土兎そのものは問題ないが、こちらの花壇には問題が出そうだな………」


エーダリアによると、土兎は花壇の土をふかふかにする生き物なのだそうだ。

餅兎に体型がそっくりで、種族的にも共存が可能な生き物なので、ちびまろ館を間借りしていたのだろうということだった。

リーエンベルク内の花壇の管理の為に、どこかから新しい土兎を勧誘してくる必要があるらしい。



「だから、四匹いたって思ったのかぁ………!ヒルドらしくないね」

「どこかの狐が、蛇口を壊して泣き叫んでいましたからね」

「…………う、うん」


罪悪感にすっかり弱ってしまい、頭を抱えてしまっているグラストと、ノアを叱った後は額に片手を当てて項垂れているヒルドに、ネアは困ったなと思いディノの方を見る。

霧雨の妖精のお城に滞在している時にヒルドが顔色悪くディノと何かを密談している姿を見たのは、こういうことだったのだ。


その内の一匹を踏み潰したアルテアは、素知らぬ顔なのだが、ここで動揺するとウィリアムに勘付かれてしまうかもしれないので、ぜひに知らんぷりのままでいて欲しい。


「…………ディノ、とは言えこちらにも被害が出たので謝罪の必要はないと思いますが、ユリウスさんの主張も正しくはあったようです………」

「…………千切れたり潰れたりしても大丈夫なんだね」

「パンの魔物のモスモスさんも、爆発しても元気そうでしたね……」



ここで、愛くるしいちびまろの悲劇にすっかり参ってしまったグラストは、ゼノーシュに兄妹達の捜索を依頼してくれた。

根が優しいグラストは、悪意はないとはいえ酷い思いをしたであろうユリウスが荒ぶってしまった原因が自分達にあるのなら、そのままにしてはおけないと言い、兄妹が再会すれば恐ろしい記憶も和らぎ、優しさを取り戻すだろうと考えたようだ。



「グラスト、安直過ぎませんか?」

「だが、人外者というのはそういうものだろう?無慈悲に荒ぶるならば、それを鎮めるべきだ」



そんなグラストの率直な言葉に、全員が目を丸くした。



「………確かにそれが、祟りものや荒ぶるものを鎮める術でしたね」

「ありゃ。グラストのやり方が一番の王道か」

「はは、人間はやはりいいな」

「言っておくが、お前は鎮められる側だぞ」

「アルテアには言われたくありませんね」

「僕、頑張るからね!」


ゼノーシュは、大好きなグラストのお願いに張り切ったようだ。

こういうことで頼ってくれるのは珍しいそうで、嬉しそうにぴょんと立ち上がる。




この二週間後に、無事に三匹のちびまろがとある南の島で発見された。

ゼノーシュと一緒に回収に出かけたほこりが通訳をしてくれ、ちびまろ達は、実は呪いにかけられた妖精だった末っ子が寂しがっていると知り、妖精の国への移住を決意したらしい。

随分な別れ方をしたので、彼等も末っ子が心配でたまらなかったのだそうだ。


ネアは、そうなるとユリウスには暴食の祝福がもたらされるのではないかなと思ったが、幸せな再会を祈り、そのことには触れないようにした。



闇の妖精の王弟が餅兎の精霊を伴侶にしたという一報が妖精の国を駆け巡るのは、その三年後のことである。













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