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193. それはとても嫌な話でした(本編)



「今日はね、統括の魔物の振り分けをしてきたんだ」



リーエンベルクの遮蔽空間の一つで、そう話し始めたのはディノだ。


その部屋に揃ったのは、エーダリアとヒルド、グラストにゼノーシュ、ノア、ウィリアムとアルテアに、今回はダリルもいる。

大きな会議用のテーブルは、鎮静効果もある湖水結晶の淡い白水色で、精緻で美しい彫り込みで模様をつけ、その上から水晶の天板を重ねてある。

水晶の天板で屈折した光が彫り込んだ模様に入り込むので、波紋を描くように水の上に記された模様めいた陰影が美しく、重たい内容の会議などをしていてもふっと心が和むのだそうだ。




「……んで、その統括の決め直しで問題発生?」


ディノの言葉に真っ先に反応したのはダリルだ。

そう言いながらも、そうではないのだと知っているかのように、どこか鋭い目をしている。

ネアは先程の逃げ沼の話を思い出し、むずむずする胸を宥めすかして、大人しく本題が切り出されるのを待とうと思った。


「いや、それは無事に済んだよ。任せる筈だった者ではなく、ほこりが統括になったけどね」

「ほ、ほこりが?!」


がたんと立ち上がってしまったネアに、エーダリアも腰を浮かせている。

さらりと語られたが、あんまりなことだったので、ネアはふるふるしてしまう。


「元はね、白夜がその土地を欲しがったんだ。祟りものが多いそうで、ほこりが喜ぶからだそうだよ」

「とはいえ、あいつは既に離れた場所に統括地を持ってるしな」

「そう。そういう訳で、アルテアが言い出したんだ。白夜を地に伏せるくらいの力があるのだから、寧ろほこりにやらせればいいんじゃないかってね。一応、ほこりも魔物だからね」

「ほわ………。ほこり、立派になって」



ネアがほろりときている横で、ヒルドが心配そうに、いきなりの大役で大丈夫なのだろうかと尋ねている。

どうでも良さそうにカップを傾けてお茶をしている放任型のアルテアとは違い、ネア達が時々過保護な保護者になってしまうのは、リーエンベルクでぽわぽわと弾む小さな雛玉を覚えているからだ。


「そうだね、ほこりはゼノーシュが仲良くなってくれてから思慮深くもなったし、頭のいい魔物だ」

「思慮深いか?あの大食漢が?」

「とは言え悪食が統括になった例はない。それに、慣れない仕事であるのは確かだ。そこで、今回のことで一度統括を退く白百合が二年程補佐に付くことになった」

「まぁ、白百合さんが!」


その二年の間に白百合が階位を取り戻せば、彼がもう一度その土地の統括となる。

しかし、白百合は元々大国域の統括の責務を辞退したがっていたこともあり、ほこりとの話し合いによっては、引き続きほこりが統括を続けることも出来るようにしたそうだ。



「しかし、その場合は白百合さんは、ほこりの補佐を嫌がりませんでしたか?」



魔物はどんな魔物であれ、各自がその司るものの王だという。

ネアが心配になってそう尋ねると、ディノは困ったように目を伏せ、アルテアが遠い目をした。

くすりと笑ったのはウィリアムだ。


「ネア、ジョーイは……白百合は、あのほこりという星鳥に恋をしたようだな」

「…………なぬ」

「ほこりが統括に相応しいかどうか、ほこりもその場に呼ばれたんだ。元々星鳥は伴侶と共に自宅に籠る、外に出たがらない魔物だ。本人に統括の意思がなければ、任せるにも無理があるからな」



話の続きを引き取ってくれたウィリアムの説明によると、ほこりは最初、統括の役目を嫌がった。

しかし、祟りものの多い土地での統括の仕事というものは、困った荒くれ者が出た際にその場を調停し、鎮めることにある。

それはつまり、大きな祟りものを優先的に食べられるという事でもあるのだ。


それを知ったほこりは、たいそう悩んだそうだ。

そして、そんな風に食欲に目をきらきらさせて困り果てていた人型のほこりに、白百合の魔物は一目惚れしたらしい。

統括としての雑務は自分が全て引き受けるので、元々自分が不得手としていた有事の際の粛清などだけを引き受けてくれないかと言われたほこりは、大喜びでその仕事を引き受けた。



「ま、あとは想像の通りの大騒ぎだ。主に、白夜と白百合の間でな」

「と言うか、アイザックも笑ってたけどかなり不愉快そうでしたよ」

「ジョーイは、お前に似て面倒な奴だからな」

「うーん、ジョーイに似てると言われるのは心外だな。俺は彼ほど内向的ではないですよ?」

「言い換えてやる。お前程じゃないが、お前のやり口に似てるんだな」

「困ったな。アルテアとは、今度じっくり話をした方がいいかもしれないですね」



微笑みを交わしたまま、視線で殺伐とした会話をする魔物達は捨て置いて、ネアは隣のダリルにあれこれ登場人物の関係性を説明していた。



「ネアちゃんの説明だと、その白薔薇とやらも荒れないかい?」

「ああ、ネビアだね。彼はまだ白百合と話せてはいないようだけれど、新しい恋が訪れたのは良いことではないかと話していたよ。ただ、白夜が若返ったのは、ほこりによく齧られているからだと話したら胃を押さえていたが」

「………またロサさんは悩んでしまうのですね。白百合さんとも仲直り出来ていないようなので忠告も出来ないでしょうし、ほこりには、白百合さんは齧らないように言っておきます」

「僕が言っておいてあげる」

「ゼノ、お願いします!」

「それってさぁ、つまり、ほこりは白夜の要素も日常的に取り込んでいるってことだね」

「むむ!ダリルさんに言われて気付きました!それは確かに強い子に育ちますね」



ネアがふむふむと頷き、ディノはそうだねと頷く。



「だから、ある程度力をつけたほこりには、他者と交わり外を知ることも必要なんだよ。悪食は下手をすると敵を作りやすい。自分の餌場として多用するなら、そこを知ることが出来るのはいいことだよ」

「ディノは、ほこりのことをきちんと考えてくれているのですね………」

「君にとっても、大切なことなのだろう?」

「ディノ!」



しかし、ダリルはそのまま受け止めはしなかったようだ。

とんとんと指先で卓上を叩き、割れそうに青い瞳を眇める。


「でもさ、その白百合とやらがほこりの補佐をすると言い出さなかったら、成り立たなかった話だね」

「かも知れないね。けれど、本当はそれでも外に出したかったかな。知れば上手くやることも出来るが、知らない者を想像するのは難しい。統括の魔物達と知り合えば、ある程度はもう安泰だろう。それにヨシュアなどはね、自分が統括する土地の面倒を見るのは五年に一度もあればいい方だ。そのような関わり方も出来るものだからね」

「へぇ、アルテアは真面目なんだねぇ」

「と言うより、何を楽しむかの違いだろうね。統括の魔物はあくまでも抑止力に過ぎない」



静かな声は魔物らしく美しい。

そこに確かな万象としての魔物の姿を見て、ネアはその頬にそっと触れたくなった。

とても美しくて怖いけれど、どこか寂しく脆いものに思えたのだ。


ネアが教えた訳でもなくこんなことを考えられる魔物が、かつては一人ぼっちであのお城にいたのだと、あらためて感じてしまう。




「………問題は、他のことなのだったな。何が起きたのだ?」


話を戻してくれたエーダリアに、ディノは先程も見せた憂鬱そうな微笑みを深める。




「闇の妖精がね、妖精の国から出て世界各地で目撃されていたようだ」



その一言に、エーダリアの顔色がさっと悪くなる。

隣に座ったヒルドが、無言で瞳を見開いた。



「…………闇の妖精が」

「少し前から、自分達の城を離れてあちこちを彷徨っているようだ。今日の集まりで何人かからそのことを聞いてね」

「では、やはり………次はウィームに?」

「どんな目的があるのか知らないが、今度はウィームという訳だろう。……数日前に、私とアルテアが、ウィームの市場で香炉を買う彼らを見ている。見たのは騎士達だったが、噂では闇の妖精の王子も国を出ているらしい」

「王子か………。そりゃあ、救いではあるね。闇の妖精は女王が治めている一族だ。あの一族は女達の方が邪悪なんだ」


そう呟いたダリルも、酷く陰鬱な眼差しをしていた。

そのダリルと視線を交わし、静かな声で話し出したのはヒルドだ。


「………と言うことはやはり、闇の妖精の行進、なのでしょうか。五百年に一度とも、千年に一度とも聞いておりましたが、もしそうであれば厄介ですね」

「君は、夜市場で見かけたことを話した時から、その懸念を抱いていたね」

「ええ。………闇の妖精は本来、妖精の国から出ない種族です。それが他国でも見かけられたなら、その可能性が高いですからね」

「ヒルドさん、………行進とは何なのでしょう?」


ヒルドの言葉に全員が頷いたので、ネアは重苦しい沈黙を割って入り尋ねてみた。

するとなぜか、こちらを見たヒルドの眼差しはどこか奇妙な切実さを孕んでいるではないか。

そのことに、背筋がぞくりとした。



「闇の妖精は、魔物で言えば万象というものでしょうか。滅多に表の世には姿を現さず妖精の国を治めておりますが、妖精という種族の王にあたります」

「………それは、かつての光竜さんのような?」

「ええ。種族ごとに区分される竜の方が分かりやすかったですね。その通りです。……そして、闇の妖精はごく稀に表の世に現れて王族を筆頭に世界各地を巡り歩き、伴侶狩りをするのですよ。それは闇の妖精の行進と呼ばれています」

「………単純な恋人探しという感じではないのですね?」


ネアの言葉に、ヒルドは深く頷いた。

しかしその続きを躊躇ったところで、ダリルが明快な言葉でずばりと教えてくれる。


「闇の妖精は、咎竜と伴侶探しが似てるんだ。異なる種族の伴侶を好み、攫ってきて逃げられないようにして無理やり子供を産ませるのさ」

「嫌な奴等でした。無理強いなど最悪なのです!」

「ところが、一概にそう言えない。彼らが選んだ獲物はみんな、その闇の妖精に夢中になっちまうのさ。それはもう、余興に殺し合いをしろと言われれば笑って頷くくらいにね。だからこそ、伴侶候補を出したその周囲が最たる被害者となる。妖精の執着ってもんは大概が陰険だが、闇の妖精の場合は、伴侶候補が自分を選んだかどうかの証を立てさせる為に、伴侶候補に自分の家族や友人達を殺させるのさ」



選んだ伴侶候補の心を奪い、殺戮を望むのが闇の妖精の愛し方なのだという。

それを聞いて、ネアはぞっとした。

健やかなものが歪められるのだとしたら、そこにはどれだけの悲劇が生まれることか。



「その、………伴侶候補ということは、複数名の被害が出るのですか?」

「かなり古い話だが、闇の妖精の女王が伴侶を探した時は、百人は連れ帰ったという話だからね」

「その辺りは、ウィリアムが詳しいぞ。熱心な誘いを受けてたからな」

「うわ、思い出したくもないですね」


思わずそちらを見てしまったネアに、ウィリアムは欠片も嬉しくなかったのだと教えてくれた。



「やり口は最悪な妖精さんですが、ウィリアムさんなら、言われるがままに周辺被害も出さず対等なお付き合いが出来そうです。上手くいかなかったのですね」

「…………ああいう女性は嫌いなんだ」

「こいつは、周囲をうろつかれることに苛ついて、あの女王の羽を捥いだ奴だからな」



アルテアの証言に、ネア達は思わず顔を見合わせてしまった。

女王の羽を捥いだウィリアムがいれば、王子なんて恐れずとも良いのではという無言の会話だ。



「ウィリアムさんがいてくれれば、心強いです!」

「勿論、俺がいればどうにかするが、厄介なのはその妖精が獲物の心をどうやって操作するのかが、知られていないことなんだ」

「…………まぁ」



女王の誘いを手酷く断ったウィリアムの場合、そもそも司るのが終焉であり、魔物の中でも王族位にあたる。

階位なのか、属性なのか、何がその能力を退けたのかが分からないのだとか。

問題は妖精の粉なのではと警戒をしていても籠絡されてしまった者もいたそうで、闇の妖精特有の固有魔術のようなものがあるのだろうと噂されているのだそうだ。


「かつての女王の婿取りではね、伯爵位の魔物も妖精の国に入った。決して低くない階位の魔物だったよ」

「ディノ、その方も周囲の人達を傷付けてしまったんですか?」

「いや、二代目の剣の魔物は、孤独を好んで友人などもあまり持たなかった。ただし、彼の統括する国の王族や、彼によく仕えていた使用人達は皆殺されてしまったそうだ」

「そ、そうなると、……ディノやノアに、アルテアさんも危ないのでは!」


ぞっとしたネアが慌てて魔物の三つ編みを掴むと、ディノは困惑したように目を瞠った。

ノアとアルテアも、何とも言えない顔をしている。


「…………ネア、今回出てきているのは、王子なんだよ?」

「はい。それでも、時に恋は性別を超えるのです!うっかりディノに恋をされたら大変ではないですか!」

「ネア、やめようか」

「しかし、こんなに素敵で、こんなに綺麗な魔物なのです!油断は出来ません」

「ご主人様………」


ディノはとても複雑そうにおろおろしたが、ご主人様に魅力的だと言われて目元を染めてしまう。

うっかり進行役が脱落したので、続きはアルテアが引き取ってくれた。



「…………俺とシルハーンは問題ない。あの女王には会ったことがあるし、影響もなかったからな。恐らくは原因は特定出来ないにせよ、その固有魔術を回避出来る階位なんだろう。それに今回の獲物は女だ。持ち帰らせる訳にはいかない奴と、どうでもいいが迷惑なことになる奴がいるからな」

「………確かに、この国の中枢にも女達はいくらでもいる。仮に、あの正妃が狙われでもしたら大変なことになるね」


ダリルがうんざりしたようにそう言えば、アルテアがひらりと手を振った。


「ああ。ひとまず、ヴェンツェルの奴には伝えてある。とは言えその後は、本人達に自衛させるしかないがな」

「どうでもいいけれど大迷惑になること間違いなしの最たる例だね。とは言え、あの王妃の周囲の契約者達が、まずそんなことはさせないだろうけどね」

「精霊は妖精よりも陰湿だからな」

「俺も、妙な土地で鳥籠案件に発展するのだけは避けたい。今回の場合、リーエンベルク内部に余分な女性がいなくてせめてもの救いですね」

「その代り、一番厄介な奴がいるぞ」


わいわいと言葉を交わしているアルテア達から視線を外し、ネアは自分の内側で今回知り得たことを噛み砕く。

自分の言葉にして理解し直せば、それはやはりとんでもないことなのだ。



(もし、その伴侶として選ばれた誰かを中心にしてその周囲が滅びた場合……)



同族の妖精は好まないのであれば、それは例えば誰が該当するのだろう。



(まずは、一般的に異性がお相手だとして………)



このリーエンベルクの近くなら、ゼベルの夜狼な奥さんは妖精なので大丈夫だ。

しかし、第三席の騎士のリーナには婚約者兼ご主人様がいる。

どこまでを断つべき繋がりとして認識させるかによっては、あの小さな婚約者の家族にも祖母や母親という女性がいるではないか。

グラストにも屋敷には女性の使用人達がいるし、歌乞いになってある程度の距離を置いているとは言え、親族もいる。



(………確かに、これは物凄く厄介で怖いことなんだ……)



闇の妖精は気紛れで、いつ誰を選ぶのか分からないそうだ。

そして彼らが妖精という種族の頂点となる妖精であるが故に、ただ危険要因として滅ぼす訳にもいかない。



「悪しきものだとしても、世界の調和の一つだからね。その種族の頂点のものが滅びると世界の均衡が揺らぐ。それもまた、あまり良いことではないんだ」

「わーお、シルは何かあればその王子を滅ぼす前提で話すんだね」

「そりゃそうなるだろ。こいつの引きの強さを思い返してみろよ」

「…………む?なぜに私を見るのだ」

「ネア、言いたくはないが、ネアが一番危ないんだぞ?」

「ウィリアムさん?」


よく見れば、ウィリアムだけではなく、なぜか全員が頷いているではないか。



「…………私でしょうか?しかし、女ったらし風な泉の妖精さんに軟派な声がけをされたくらいで、妖精さんに好かれた記憶は特にありません。あくまでも伴侶探しであれば、やはり妖精さん自身の好みを反映するでしょうし、そこで危険度は下がりそうですが………」

「…………ありゃ。そっか、ネアの認識はそうだよね!」

「ノア?も、もしや、実は私に夢中になってくれている、素敵なもふもふ妖精がいるのですか?!」

「おい、なんでその括りにした」

「これ幸いと、撫で尽くす所存だからです!良い獲物になりそうなやつでも構いませんよ!」

「おまけに狩るのかよ」


知らないところで需要があるのかなと安直に目を輝かせたネアだったが、なぜかひやりとした微笑みのヒルドから、ネアが危険視された理由を告げられる。


「ネア様は、因果の精霊も良からぬ思いを向けましたからね」

「…………ストーカーなジーンさんですね。少しも嬉しくない気質の方だったので、もうそういう方には出会いたくないです」

「そうだね。そういう者だと困るから、君は不用意に縁を増やしてはいけないよ?」

「ふぁい。勝手に監禁屋敷を用意するようなストーカーはとても嫌なのです………」


意気消沈したネアが静かになり、話はその先に続いた。

陰でこっそりもふもふ妖精に好かれているという夢は潰え、ネアには闇の妖精が面倒だという厄介な現実だけが残された。


最初から頭痛の種しかないエーダリアは、さかんにこめかみを指先で揉んでいるので、既にもう頭が痛いのかも知れない。

今回は特に妖精事であるので、ヒルドとダリルもかなり深刻そうだ。



「魔術に長けたウィームの民は、古くから人外者の気を惹き易いのも確かだ。領民には注意喚起をしておこう」


更にいくつかの議論の後、エーダリアはそう締めくくる。

と言うか、そう締めくくるしかないのだ。

他国などでは予め用意しておいた生贄を捧げるそうだが、ヴェルクレアには幸いそのような風習はない。


「雪竜達にもしておくべきでしょう。異なる種族となれば、後は魔物ですが………」

「ある程度の魔物達には、統括のアルテアから話をさせるよ。ネアの守りをどうするかは、もう少し彼女と話してみよう」

「ネアちゃんがどうにかなるのが一番まずいね。ネアちゃん、くれぐれもこの問題を軽く見るんじゃないよ。あんただって、自分の手でディノを傷付けるのは嫌だろう?」

「…………絶対に嫌です!」


そんなことになったらとぶるぶるしたネアに、ディノは、ネアが一度リリースした三つ編みをそっと膝の上に置いてくれた。

大事な三つ編みをにぎにぎして、ネアは、もし闇の妖精などに出会ったら、出会い頭で殺してしまおうと暗い決意を胸に目を鋭くする。

今回はディノも過激思考であるようなので、証拠となる遺体はこっそり海にでも捨ててくればいいのだ。


(ディノはせめて私なんかには傷付けられないだろうけれど、万が一エーダリア様や銀狐さんだったら怪我をしてしまったり、或いは………)



「ディノ、もし私が闇の妖精さんをうっかり殺してしまったら、隠蔽に付き合ってくれます?」

「それよりも、君がそんな生き物に会わないようにしよう」

「はい!」


とは言え、安易に危険期間を家籠りしてやり過ごすという訳にもいかないのだ。

何しろ闇の妖精がどれだけの期間をうろうろするのかは定かではなく、この地に訪れているということはある程度の収穫を得ないと立ち去らないということでもある。

そう考えれば被害が出ないということもないので、エーダリアは尚更頭が痛いだろう。


「うーん、ガーウィンかアルビクロムに誘導出来ないもんかねぇ。あっちだったら、いらない奴も結構いるだろうに」

「闇の妖精ですから、アルビクロムなども好む珍しい妖精ではありますが……」

「住んでいる生き物が魅力的かどうかは、圧倒的にこちらが不利だろうな」


そうアルテアが締め括り、エーダリアは深く溜め息を吐いた。


「謎な部分も多く、残忍な妖精だ。気象性の悪夢などと同じように災厄の一種として、警戒を怠らず通り過ぎるのを待つしかないだろうな」

「ディノ様、かの妖精と同じ系譜の魔物の方はいらしゃらないのでしょうか?」

「闇を司る魔物はいるが、彼女では闇の妖精の方が階位が上になってしまうね。それに、闇の妖精の系譜である狂気を司る魔物は、特定のものが存在しないんだ。魔物は狂乱しやすい生き物だからね。そのどの個体にも狂気の片鱗を持っているということで、あえて狂気、或いはそれに近しいものだけを司る魔物はいない」

「…………そうですか」

「ディノ、ダナエさんはどうでしょう?春闇の竜さんです!」

「私もそれを少し考えた。ダナエはあまり他者と関わらなかったようだから知り合いである可能性は低いけれど、念の為に今回のことを話しておくといいだろう。何かを知っているかもしれないからね」

「ええ、お部屋に戻ったらすぐにカードにメッセージを書いてみますね」



(ずっと、その妖精の国の中にいることは出来ないのかしら?)


妖精の国は、死者の国がそうあるように、この世界の中でも切り分けられた別の空間なのだという。

この世界の中に隠されている小さな別の世界であり、妖精達にしか見えない特別な出入り口がある。

取り替え子などはその妖精の国に連れ去られてしまうことが多く、迷い子とされる時間を飛び越えてしまった人間達も、そんな妖精の国に迷い込んだ者が多いのだそうだ。

そこから出なければいいのにと考えて、ネアはむぐぐと眉を寄せる。



「ヒルドの一族も妖精の中ではかなりの上位なんだけどねぇ。妖精の国じゃない、こちら側に領土を持っていた珍しい妖精だから、闇の妖精達とは交流がないんだろうね」

「彼等は同族を襲いませんので、注意するようなこともなかったですしね………」

「闇の妖精さんは、どんなお姿をしているのですか?見分けがつくといいのですが……」



ネアのその質問に、ダリルがそうだったねと呟く。

闇の妖精の資料は少なく、ネアはそれがどんな生き物なのかも知らないのだ。


「中央が銀色に透ける黒曜石のような羽をしているから、すぐに分るよ。多くの者は黒髪で、光を放つような独特の蓄光の瞳を持つ。闇の妖精の女王は、鮮やかな黄色の瞳をしていたね」

「…………蓄光の瞳」


人外者達の瞳は、暗闇でも明るく鮮やかなことが多い。

宝石の裏側から光を透かすように夜闇でも色を損なわないのだが、そんな瞳を持つ人外者から見ても、闇の妖精の瞳は独特なのだそうだ。

深海に住む魚や夜に光るキノコのように、光を蓄え発光するような色合いなのだという。


目を丸くしたネアに、ディノが続けて教えてくれた。


「けれど、普通の闇の妖精達の瞳は、くすんだように光るんだ。澄んだ強い光を放つのは、その中でも、王族の特徴だよ」

「…………王族の」


であれば、パライバブルーのあの煌めきは、そんな誰かのものの可能性もある。

ネアはふと、そんな色合いがダリルの瞳にも見えることに気付いた。


「ダリルさんも、光って見える瞳の色ですよね」

「ダリルは、シーではないのに蓄光に近しい瞳を持つ、特別変異体の一人です。単独派生で、しかも人工の施設で生まれた妖精がここまで力を持つのは、そのような理由ですね。ある意味、ほこりと似ていますよ」

「………ヒルド、ほこりに似てるって言われると微妙なんだけどね……」

「おや、そうですか?」



ディノが重ねて教えてくれたのだが、種族ごとに最高位の特徴というものがあり、妖精の場合はその蓄光の澄んだ強い光なのだそうだ。

魔物は白に虹持ちのディノが王となるが、同じく白を稀色とする文化はあれど、闇の妖精の女王は白い色を持っていない。

妖精は白持ちよりも、闇の妖精達だけが持つ蓄光のぺかりと光る瞳を、同族を治める支配者の証とするのだ。



「………世界の共通認識として白を尊び、更にはそれぞれの種族の個性もあるのですね」

「そうだ。竜は大きさで、そして精霊はいかに気体に近付くかといった具合にね」

「ディノが精霊さんではなくて良かったです。見えなくなってしまうところでした………」

「うん………」





そしてそんな話合いをした日の三日後、懸念していたことが起きてしまった。




ネアはその日、リーエンベルクの内側にいた。


闇の妖精警報が出されたばかりであったし、一人で外に出るようなことは勿論せずに、遠征から帰って来たばかりのゼベルに、狐温泉のお土産を届けに騎士達の寮の方へ歩いていた時だった。


「…………む?」


人の争うような声が聞こえ、ネアは驚いて顔を上げる。

聞き慣れない響きだが、喧嘩の声に近いのかもしれない。

そう思って慌ててそちらの棟の方に行けば、そこには一人の騎士にナイフを振りかざす女性と、その女性を取り押さえようとしている騎士達が見えた。



「ネア、下がって」


それまで肩に乗っていた銀狐がぼふんとノアの姿に戻り、すぐにネアを後ろに下がらせる。


「ノア?」

「…………嫌な予感がするんだ。シルに迎えに来て貰おう」

「わかりました。ですが、その前に、てりゃ!」

「わーお」


ネアが暴れている女性に投げつけたのは、アクス商会の新作でもある失神ボールだ。

事故に巻き込まれた際に手早く危険を回避出来、尚且つ見知らぬ人の命を奪わない優しい商品である。

暴動などの鎮圧用のグッズであるらしく、ラエタで使ってしまった災害用品などの買い足しで訪れた際にお勧めされたのだ。


そんな失神ボールを投げつけられた女性はばたりと倒れたので、ネアは意識を失っているだけだと身振り手振りで伝えておく。

騎士達は安堵した面持ちで丁寧に頭を下げてくれた。


すぐにネアには魔物のお迎えがあり、その場から連れ出される。

騎士達の方に向かったノアは、何が起きたのかを聞き出すようだ。



「すぐに部屋に戻ろう」

「はい、ディノ。あの女性の方が、落ち着くといいのですが」



転移の薄闇を踏む直前に、ふわりと魔術の風に髪が翻る。



その髪の毛の隙間のどこか遠くに、鮮やかなパライバブルーが揺れた気がした。












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