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冬入りの羽と雪竜の戻り



その日、ウィームには淡い水灰色の羽がはらはらと降った。

降るのは一部の土地だけであり、その羽は地面に落ちるまえにきらきらと光って消えてしまう。

雪竜が戻って来たという報せなのだ。


(昨年は知らなかったことを、今年はゆっくりと知ることが出来る)


ネアはそんな豊かさを喜び、そろそろ初雪だなと呟くエーダリアの横顔を見ている。

昨年は余裕がなく、また視野も狭かったから楽しめなかったことがあれこれあり、それを知ってゆくのがこれからの生活になるのだろう。

知った上で選び、または関わり方を変えて、自分なりの一年の過ごし方が決まる頃にはきっと、ここはもっと豊かになっているのだろうとネアは思う。



「子供の頃、……雪竜の報せである羽を拾いたいと思っていた時期がある。雪竜の報せを見た者は幸せになると言われていたし、……上手くは言えないが、それを手に出来れば私も幸せになれるような気がしたのだ」

「そういうものってありますよね。私は、月明かりの綺麗な夜や、気持ちのいい風がびゅうびゅう強く吹く日は、何か運命を変えてくれるようなことが起こる筈だと期待をしていたことがありました」


ネア達がいるのは、リーエンベルクの冬の間だ。

冬をモチーフにした素晴らしい部屋で、ノアが安息日はこの部屋でだらだらしたいと、前もって申請していたのである。

よって今日はこの部屋でだらだらごろごろしている、素晴らしい休日だ。


午後の光は鋭く青白い。

雪の気配の訪れたウィームでは、曇りの日の陽光はこんな色になることが多かった。

その青白さに青緑や白緑の針葉樹が映え、イブメリアの華やかな飾りつけや、森の中に時折実っている真っ赤な木の実が目を惹く美しさに見えたりする。


鹿達が白い息を吐きながら駆けてゆき、アルバンの山の辺りにはまた雪喰い鳥が来るだろうか。

薄らと雪化粧した森の美しさは格別で、ネアはその訪れが近いことに胸を弾ませている。


「………お庭の木の足元に、風で落ちてしまった真っ赤な落ち葉が綺麗ですね。美しいものや豊かなものは、こうして幸せな気持ちで眺めているとそれだけでいいものに見えます」

「ネアが可愛い」

「むぅ。それは前述の定義に収まるものなのですか……?」

「どうだろうね。でも、ネアはいつも可愛いよ」


そう呟いて幸せそうにふにゃりとする魔物は、ネアの膝の上を占拠してしまっていた。

先程まではしゃきりとして紅茶を飲んでいたのだが、温もりがとろとろと体に染みてくると、何だか甘えたな魔物になってしまったようだ。


「………おや、ウィリアム様はすっかり?」

「ええ。眠ってしまっていますね。疲れているのでしょうし、こんな風に穏やかに過ごす休日は初めてだと話していたので、何だか見ていて嬉しいです」


うっかり安息日の今日も竜の姿のままになってしまったウィリアムだが、幸いにも今日も大きな仕事はないのだそうだ。

ノアがこっそり教えてくれたことによると、この衣の呪いは系譜の王であるウィリアムに絶対に解けない筈もなく、恐らくそこまでして元の姿に戻らなくてもいいやと思うくらいには、竜でいることを楽しんでいるのではないかということだった。


そして今は、窓際の床に敷かれたラグの上で、贅沢にふかふかのクッションを使ってお昼寝している。

先程までは色々な話をしていてくれたので、少し疲れたのかも知れないが、この穏やかさは何だか眠くなるなと笑っていたので質の良い睡眠を取れるといいなと思った。


安息日とは言え、昨日の祝祭の片付けなどでエーダリア達は午前中までは仕事をしていた。

ネア達も自主的に使われて減ってしまった薬の補填や、禁足地の森やリーエンベルクの近くで何か問題が起こっていないかを調べたりしている。

ダリルの予測では、今回はウィームに終焉の魔物がいた結果、この界隈では収穫祭の固有種や死者達も比較的大人しくしていたのではないかということだった。


この部屋でみんなで遅い昼食を食べ、その後解散の筈だったのだが何となく全員この部屋に残ったままごろごろしているのは、久し振りの冬の気配が連れて来た、家族みんなでごろごろしたいというような不思議な怠惰の影響だろうか。

特にみんなで何かをしている訳ではないのに、何となく同じ部屋にいるこの感じがいいなと思いながら、ネアはノアの話す冬のサムフェルの体験談に耳を傾けていた。


(エーダリア様は本に夢中だけど、時々こうしてお喋りに入ってくる)


エーダリアが読んでいるのは、ネアがラエタから持ち帰った本だ。

題名と装丁で目星をつけて詰め込んで来たもので、やはりこちらに来ると形が不安定になりかけたので、ディノに頼んで固定して貰ったものだ。

崩れかけた輪郭を固定された本なので、時々透けてしまっているページがあるそうだが、概ね読書には不都合のない程度であるらしい。


ネアの持ち帰った本は四冊あり、一冊は小麦を育てる為の魔術などの農業指南の本であったが、当時のラエタの習慣などにも触れられており、また、ラエタの地図や気候などの図解が喜ばれた。

目論み通りの魔術書も一冊あり、貴族の屋敷のコレクションであったので専門書の写しであるようだがという前提つきではあるが、既に失われてしまった魔術などの表記もあるその本は、エーダリアのお気に入りになった。

更に一冊は読みやすいサイズの図鑑であったことが発覚し、これはエーダリアだけでなく、ダリルも含むあちこちの者達を喜ばせたようだ。


なお、最後の一冊は魔術を使ったレシピ集で、ラエタの人々がなかなかに激しい家庭料理を楽しんでいたことが明らかになっている。

中には長年食べていると体に毒の溜まる妖精の野菜を体にいいと勧めているページもあり、頑張って棘牛の棘にも挑んでいたようで、ヒルドは何事も挑戦してしまう時代があるものですねと苦笑していた。



「そう言えば、ディノ。収穫祭の夜に、ウィリアムさんの領域で名付けの危険を冒すという話がありましたよね?こちらでも、あまり好ましくないような名前もあるのですか?」

「うん。高位の生き物と同じ名前は基本的に倦厭されるし、その高位の者に紐付く要素も、場合によってはあまり好まれないね」


例えばこの場合、ゼノーシュなどは倦厭されるような魔物ではないが、まず同じ名前を子供に名づけることは許されていない。

その種族の中でも階位によるものだが、一定以上の人外者達の名前というものは、その本質に紐付くものである。

名乗ると言うことは不敬でもあるし、こっそり同じ名前をつけたとしてもその響きに魂が耐え切れずに、生後まもなくして死んでしまうことが多いのだそうだ。

また、見聞の魔物のゼノーシュを連想させる形で、檸檬色の賢き瞳などという通り名や身体的特徴を組み合わせた名称も恐れ多いとされる。



「では、ディノの場合は虹色の三つ編みという名前にしたら、いけないのですね?」

「そうだね。同じ要素のものを他の個体も持っていれば構わないが、そうでなければ難しい。私がそれを許さないのではなく、本来私に紐付くべき要素が誤って流れ込むことで、死んでしまうことが多い」

「でも、そうなるとその要素欲しさにあえて名前をつけてしまう方もいません?」

「うん。それが、ウィリアムの領域の名付けの線引きを冒す者が多い理由だ」


ディノやアルテアなど、真名やその生態があまり知られていない魔物の場合は、名付けの線引きを踏み越えられること自体あまりないのだという。

また、特にディノなどは、うっかり超えてしまうと即消滅というくらいに影響が大きいので、自分でどうこうしなくても勝手に世界から淘汰されてしまう。


しかしながらウィリアムの場合は、名前を知らない者達であっても、死や終焉に纏わる言葉は目立って使い易いのが難点なのだった。


(確かに、死のなんとかとか、終焉のなんとかという名前は、恰好いいと思って安易に名付けてしまう人もいそうな気がする……)


その結果死んでしまうのであれば、名付け親の責任は重大だ。



「例えば、ディノだけですとか、シルハーンだけでもいけないのですか?」

「私の場合、シルハーンとは元々万象を示す名前だ。ディノというのが、私だけに与えられた名前だからね。そのどちらでも難しいかな」

「まぁ、そうだったのですね。ウィリアムさんやアルテアさんは、ディノのことをシルハーンと呼びますよね?」

「そうする者が多いね。ゼノーシュのように、私が君の契約の魔物になってから出会った魔物だと、名前で呼んでくれたりもするよ」


そこもまた不思議なことだが、ゼノーシュはディノのことを、自身の王としての万象としても捉えつつも、同じ目線で話すときには同じ契約の魔物として名前を呼んでくれたのだそうだ。

ディノの話ぶりでは、そのことがよく分らないけれど少し嬉しかったらしい。



「元々、私とウィリアムは無名の魔物なんだ」

「……………無名?」

「そう。万象はシルハーンと、そして終焉にはまた別の呼び名がある。……この言葉は、強い死の気配を纏うから、ここでは口に出さないけれどね。殆どの魔物が自分の名前を持って生まれてくる中、私とウィリアムは役目をまず先にと派生する種類の魔物らしくてね、最初は持って生まれた名前がなかったんだよ。精霊の話によれば、在らねばならないから在る者は司るものの名前しか持たず、無名の者が多い。逆に、在るからこそ在る者達には最初から名前があるそうだ」


その先の、世界が安定し始めてから生まれた魔物達には、皆生まれた時から名前がある。

ただし、初代が滅びて次の代の同じ魔物が生まれた時、特に資質を大きく変えないと同じ姿や名前で生まれてきてしまうのは、ディノやウィリアムに名前がなかったようにオリジナルという認識を曖昧にし、二代目の何某という要素を強く持つことになる。


「ディノは、一度滅びて次の代になった方は、違う名前で違う人に生まれてきた方が幸せだと感じるのですね?」

「そうだね。我々は長く生きるだろう?同じ者として派生するということは、顔の見えない前の自分の生涯を背負うということだ。何とも思わない者も多いが、私はあまり………いいことには思えないんだ」

「………そうなると、ディノのお名前はどなたがつけたのでしょう?ウィリアムさんのお名前は?」


ネアの質問に、膝の上に頭をぐりぐりした魔物は、少しだけ唇の端を持ち上げた。


「私とウィリアムの名前は、先代が残したものだ。………だから前に君に、いるとすれば母のようなものなのかもしれないねと話したのは、そういう訳なんだよ」


先代の万象は女性だったのだそうだ。

同じように、先代の終焉もまた女性であったらしい。

彼女達も同じように誰かから名前を貰ったのか、その名前を自分で考えたのかは定かではない。

ただ、後に生まれるであろう後継者達が名前を持たずに生まれることは分っていて、世界の片隅にその名前を残していってくれていたのだそうだ。


「むむ。後任さんの性別も分っていたのでしょうか?」

「どうだろう、難しいね。今の私にはよく分らないけれど、或いは自分の終焉が近くなるとそのようなことが見通せるようになるのかも知れない。ただ、前の崩壊を生き延びたとても高位の精霊達によれば、先代と私達の名前は少し似ている響きなのだそうだ」


だとすれば、そんな繋がりを思い、いるとすれば母のようなものだろうかと考えるディノは、何だか微笑ましい気がした。

その繋がりを決して事務的なものではなく、血の通った者として認識しようとしたのは、無意識であれこの魔物が寂しくも心豊かな生き物であった証拠なのだろう。


「とは言え、名前を持って生まれてくる者達も、己の名前がどこから来たものなのかは知らない。案外、前の世界の誰かの名前を引き継いでいるのかもしれないね」

「………だからディノは、所謂二代目という方々のお名前や姿が変わるのが、尚更いい事に思えるのですね?」

「そうだね。受け継いだものが決して荷物だとは言わないけれど、まっさらになって生まれた者という感じがするからね」



思いがけずディノの名前の話や前の世界の話を聞けてしまい、ネアだけでなくエーダリアやヒルドも不思議そうに目を瞠った。

ノアだけは元々知っていることなのか、そう言えば目を覚ました時にはもう自分の名前を知っていたよねと笑っている。


「そうそう、精霊の大御所によると、前の世界も万象は魔物だったけれど、更にその前には精霊が世界を治めたことがあったって話もあるみたいだよ。ほら、水竜の創生話の件もあるから、よくある調子のいい伝承の類かもしれないけど、案外その前は精霊が主軸になる世界だったのかもね」

「………そう考えると、気が遠くなりそうですが何だか不思議ですねぇ!」

「因みに、因果の系譜の精霊も最初は無名だった筈だったかなぁ。下位の者達は最初から名前がないことも多いけれど。ほら、パンの魔物には名前がないしね」

「霧雨のシーな妖精さんのお家の弟さんには、お名前があるらしいですよ!」

「わーお。もしそこで名付けされたなら、霧雨の加護のあるパンの魔物か………」


ノアの言葉に、ネアは少しだけ想像してみる。

霧雨の加護のあるパンの魔物だと、果たしてカビてしまわないのだろうか。

そして、脳裏に収穫祭の夜に見た直立で素早く駆けていったパンの魔物の姿がよぎり、ネアは慌てて首を振った。


「パンの魔物の場合は、変化を特性とする魔物でもあるからね。そうなると、普通のパンの魔物とは違うかもしれないよ」

「…………もしや、私が見かけた直立全力疾走なパンの魔物さんは………」



ネアはそやつに違いないとすっきりした表情になったが、その話を聞いたノアは、やはりパンの魔物は直立しないだろうという意見だった。

ぐぬぬと眉を寄せたネアに、なぜか今回ばかりはエーダリアが肩を持ってくれる。


「お前のことだからな。案外、パンの魔物かもしれない」

「言い方が解せない感じではありますが、同意見として歓迎します!」


そんなことを話していたら、ヒルドがとあることをネアに尋ねた。



「ネア様のお名前は、あちらの世界で何か意味のある名前だったのですか?」



窓の外を穏やかな風が吹いている。

暖かな屋内から見ればそれは穏やかな風だが、外に出ればきりっとした冷たい風なのだろう。

朝の土砂降りの雨が上がり、澄んだ空気が冬の光に薄く薄く色づく。


そんな凛とした透明さに遠い景色を思い出しかけ、ネアは膝の上でこちらを見上げている魔物の頭を撫でた。

手のひらに触れる真珠色の髪の艶やかさに、そしてずしりとした重さに命の温度を感じ、なぜだか少しだけほっとしながら。



「私の名前は、父の一族が暮らした土地の森に住む、古い女神、或いは古い聖人の名前をとってつけられたものなのです。両親はその森で出会い、その森で仲を深めたそうなので、思い出の名前だったのでしょう」

「おや、そうなりますと、ネア様のお名前は森の領域のものなのですね」

「ありゃ、ヒルドが勝手に喜んでる」

「塩の領域の名前というのは、あまりないのではないか?」

「………あれ、僕苛められてる?」



ネアはその森を見たことがあった。

古い森であったがある程度は開発の手も進み、観光地にもなっている古い教会や、観光客を意識して少し手を入れて景観を整えてある湖の周りなど。

ネアの両親が出会ったのは、その森を管理維持するための理解を促す大学の催しだったようで、その次の夏にも同じグループセミナーで再会したのだとか。


そして、ネアの名前の元になった、ネアハーレイという名前の女性は、森の教会に属する聖人であるとか、或いはその教会に下り立ち、人のふりをした天使であるとか、はたまた掘り下げてゆけば森の始まりの頃よりある古の女神の伝承が変化したものだとか、諸説あったようだ。



「………私の正式な名前は、本当はもう少し長いのです。でも、この世界に落とされてネアと名乗れた時にもう、残りの部分は手放してしまいました。本当は正式な名前を名乗るのが怖かったのですが、暫くして私がただのネアになってきたとき、私はもしかしたらこの名前になりたかったのかなと思ったのです」


さりさりと撫でる真珠色の頭に、こちらを見上げている魔物の瞳は静かだ。

あの頃のネアを見ていたのなら、ディノは最初から本当の名前を知っていたのだろう。



「名前の元となった伝承に諸説あるせいか、私の名前には様々な側面がありました。一般的には、良き森の聖人として森を育み修復し、こちらの世界で言うイブメリアのような祝祭で森の木々に祝福を与えます。………ただ、古い伝承にあるその名前は、大事な家族を古い森に住む悪い者達に奪われてしまい、それ以上の悲しいことが起こらないようにと豊かな森で身を包みその中でひっそりと生きる女神でした」


名前を切り上げて隠した時、ネアは無意識にその女神の名前を棄てたのだった。

森の聖人はネア、或いはネアハーレイと呼ばれ、森の古き女神はハーレイ、或いはネアハーレイと呼ばれる。

恐らく、細かいことを古い本まで引っ張り出してきて調べてしまうネアとは違い、両親は森の教会に名前のある聖人の伝承しか知らなかったのだろう。

そして、ネアが自分の名前の古いもう一つの伝承を知ったのは、両親を亡くした後のことだった。



「では、君はこの世界ではそういうものなのだろう。私が欲した君はそのどちらの響きも持っていたけれど、こちらの世界での君は私のネアなのだからね」


伸ばされたディノの手が頬に触れ、ネアは微笑みを深める。

名前の話は自分の中の小さな感慨ではあったが、こうして誰かに話したのは今も昔も初めてのことだ。



「森を育む資質のある由縁であることは、私としてみれば、同じ領域のもので嬉しいですよ」

「ふふ。同じ森のものとして、ヒルドさんと同じ陣地なのは、何だか頼もしいです!良く考えたら、こちらにはトトラさんもいますしね」

「じゃあ僕は、あれこれ育んで貰おうかな!」

「おや、森を人の手で管理する場合は、光を通すように悪い枝葉は伐採するのでしたが……」

「ネア!ヒルドが苛める」

「あらあら、ノアは今度絨毯を爪でばりばりやると、どこかを伐採されてしまうのでしょうか」

「どうしてだろうね。狐になると、絨毯がすごく魅力的に見えるんだよね……」

「ノアベルト………」

「ほら、ディノが落ち込んでしまうので、最低限の魔物さんらしさを、どうぞ失わないで下さいね」



そんなことを話していたら、ネアはこちらの会話をすっかり聞いていなかったエーダリアが、窓辺から戻ってきたことに気付いて顔を上げた。

実はネアの名前の話を途中まで聞いていたところで、謎に窓辺に走っていってしまい、何事だろうかと気が気ではなかったのだ。



「これが雪竜の戻る日に降る羽だ。今年はリーエンベルクにも降ってきたようだ。この羽を見た者は、幸せになるらしいからな」



エーダリアはかざした手の上で特別な魔術で浮かせているらしく、ゆらゆらと舞う羽を見せてくれる。

地面に触れると消えてしまう水灰色の羽は淡く光を纏い、まるで天使の落し物のような美しい羽だった。



「まぁ!エーダリア様、有難うございます。ほら、ディノ。きっと今度の冬もいいことが沢山ありますよ!」

「うん。そうだね」

「ウィリアムさんも起こしましょう!エーダリア様、もう少しだけ維持して下さいね」

「な、もうあまり保たないぞ?!」

「ノア、お手伝いしてあげて下さい!」

「いいよ。あとで、ボール投げしてね」



ネアは慌てて魔物に起き上がって貰い、窓辺で眠っているウィリアムを起こしに行った。

叩き起こされて謎の羽をしっかり見るように言われたウィリアムは目を瞬いていたが、ひらひらと揺れる雪竜の報せの羽をみんなで見ることが出来て、ネアは嬉しくなる。



この日、ウィームの上空には冬の城から出てきた雪竜達が翼を広げて飛んだのだそうだ。

その雄姿の美しさに、偶然空を見上げていた者達は歓声を上げたと言う。




晩餐の支度の為に部屋に戻りながら、ネアはこっそりディノにだけもう一つの名前の秘密を明かした。

みんなに共有するものもあるが、ディノだけ知っていて欲しい小さな偶然を、実は嬉しく思っていたから。


「ディノ、私の前の世界での姓は、薬になる植物の名前が由来なんですよ。強い薬効があるので危ない効果もあるようですが、心の不安を取り除くお薬にもなるのです」


悪戯っぽくそう告白したネアに、魔物は目を瞠ってから嬉しそうに微笑んだ。


「私にとっての、君のようだね」

「あら、ディノが薬の魔物さんなので、私は、私を安心させてくれるディノとの出会いを予言していたようだと言いたかったのですが……」

「………ずるい。ネアが大胆過ぎる」

「もはや、狡いに引き続き、大胆の線引きも分りません」



少し他の棟の廊下も遠回りをして、手を繋いでのんびりお散歩しながら二人が部屋に戻れば、部屋の前には銀狐用のボールが、何かのご神体のようにどどんと鎮座していた。











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― 新着の感想 ―
何回も読んでて、ぼんやり思ったのが、終焉以外は万象の初めての心の動きに合わせて、事象系の魔物が生まれたのかなって思う。1番初めは心の動きがある生き物がいない世界で欲望や選択なんて無理だもん。
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