白いケーキじゃないケーキ
「……白くない」
その日僕は、初めてグラストの手作りケーキを目の前にしていた。
紅茶とフォークが添えてある。
これは僕のものだ。
でも白くない。
見事なくらいに、茶色いケーキだ。
「ゼノーシュはチョコレートが好きでしたので、チョコレートクリームにしました」
ここまで色が違うのがショックだったけれど、グラストは頑張って考えてくれたみたいだ。
向かいの席に座ってこちらを見ているので、フォークを取ってぱくりと食べてみる。
白いのと同じように不恰好だけど、グラストの手作りだと思うと凄く嬉しかった。
「………美味しい」
「そうか!良かったです。久し振りに作ったので、少し不安だったんですが…」
「甘いのも入ってる」
「ええ、ヒルドからジャムを挟むといいと聞きまして。ゼノーシュは、甘酸っぱいのが好きですよね?」
「……知ってたの?」
「菓子も、果物が入ったものが好きなようでしたから」
「美味しい」
クリームも柔らかくてスポンジが軽いケーキなので、あっという間に食べ終わってしまう。
紅茶を挟んで食べる早さを調整したけれど、すぐにお皿は空になってしまった。
手にとって眺めてみたけれど、お皿の模様以外はもう残っていない。
「まだありますよ、食べますか?」
「食べる」
お皿を差し出せば、グラストはすぐに取りに行ってくれた。
この王宮の厨房は離れているので、戻ってくるまで少し時間がかかるだろう。
(美味しい、けど……)
美味しいし、凄く嬉しかった。
でも、あの白いケーキはまだ食べれていない。
ずっとずっと憧れていた、あの白いケーキ。
(すぐにはお願い出来ないなぁ………)
折角このケーキを作ってくれたのだ。
違う種類のケーキを強請るなんて、とても出来ない。
どれくらい時間を置けば、また作って貰えるだろう。
(一年…………かなぁ)
そう考えると悲しくなる。
このケーキを作って貰えるまでに、二年もかかってしまったのだ。
次のケーキは早くても一年くらいはかかるだろう。
足をパタパタさせながら、残されたフォークを握り締める。
勿論このケーキも好きだ。
くれるなら、八皿くらいは簡単に食べれてしまう。
明日も明後日も、毎日貰えればもっと嬉しい。
だが、そうなると、白いケーキへの切り替え時期がもうわからない。
グラストに嫌われるのだけは嫌だ。
(まだ、縫いぐるみも持ってないのに)
あの子供は、色々なものをたくさん貰っていた。
そのどれも、グラストが必死に考えて買いに行き、満面の笑顔で手渡したのだ。
(頭も撫でてくれてないし)
時々、グラストがこちらの頭を見ていることがある。
撫でるのかなと思って、気持ち頭を下げておくのだが、すぐにいなくなってしまう。
悲しい。
「ゼノーシュはたくさん食べるので、多めに持って来ました」
しばらくすると、グラストがお代わりを持って来てくれた。
銀色のトレイに三皿あるので、全部僕の前に置いて貰う。
少し足りないけれど、ゆっくり食べれば時間を引き延ばせるかもしれない。
手に持ったままだったフォークで食べ始めると、白いケーキではないのに頬が緩んでいってしまった。
三皿目になると、もう紅茶を飲むことも忘れてしまう。
黙々とケーキを頬張った。
ふと、 頭の上に、ふわりと何かが触れた。
「……あ、すみません、つい」
びっくりして顔を上げると、手を引っ込めるグラストが見えた。
驚き過ぎて何も言えないまま、口の中のケーキを食べ終える。
「…………もっと」
「ゼノーシュ?」
「もっと撫でていいよ」
思わずそう言うと、グラストは驚いた顔をしてから、そうっと頭を撫でてくれた。
「ふわふわですね」
「………嫌い?」
「……いえ、いい手触りです」
答えるまでに時間があったので、僕は後でリノアールに行くことを決意する。
クリームを買ったお店に、髪の毛を柔らかくするものが売っていたからだ。
とりあえず何種類か買ってきてから、ネアに使い方を聞こう。
「ゼノーシュ、美味しかったですか?」
「また食べる」
「わかりました」
そう言って笑って、グラストはもう一度頭を撫でてくれた。
その夜、魔力の補填で張り切り過ぎて、またグラストを若返らせてしまった。
ほんとうに気を付けようと思う。