合間の闇と打ち上げ会場
ラエタの影絵から出口の門に入ったネア達は、元の場所に戻るまでのあわいに佇んでいた。
「………することがないのでしょうか?」
ネアが半眼でそう仲間達を見回したのは、高位の魔物達が為す術もなく何もない空間に椅子だけ出してだらだらしているからである。
ここでの待ち時間は五時間ほどだそうで、ネアは先程までこそこそっとディノにカードで進捗を伝えていた。
「ないな。ほら、こっちに来い」
「なぜに椅子になろうとするのだ」
「お前は目を離すと事故るからな」
「ヨシュアさんにも言った方がいいですね」
「………ほげ」
椅子に座ったまま眠りかけていた雲の魔物は、がったんと体を揺らした。
慌てて体勢を立て直そうとして、そのまま後ろに倒れて転がる。
「………退屈は罪ですね。ヨシュアさんが死んでしまいました」
「………ヨシュアはまだ生きていると思うが……」
「そんなロサさんも死んでしまったら怖いので、何かしませんか?」
ネアがそう提案すれば、アルテアがふっと唇の端を持ち上げて艶やかな笑みを浮かべた。
「ほお、いい手段を提案してやろうか?何なら、俺とお前の周りだけ空間の遮蔽をしてやる」
「何をする気なのでしょうか。………は!アルテアさんはまさかキリンさん耐久実験を…」
「なんでだよ」
そんなこんなでネア達は、祝ラエタ脱出を祝い、打ち上げをすることになった。
居眠りから戻ってきたヨシュアが、お腹が空いたと暴れたからである。
「さて、こちらが私の手持ちのお酒です!」
ネアがまずじゃじゃんとテーブルに出したのは、首飾りの金庫に保管してあったシュプリと無難な葡萄酒二本である。
「………君は、葡萄酒が好きなのか?」
流石に淑女の首飾りの金庫からお酒が三本も出てきたとなると、オズヴァルトは若干引き気味だ。
ネアは誤解のないように説明した。
「いえ、これは謂うところのお礼の品兼袖の下ですね」
「………袖の下」
「はい。準備なくそのような状況に応じた品物が必要になった時用に、無難だけれど見目のいい葡萄酒を備えているのです。食事をしないような人外者の方もお酒は好きですしね」
「ほぇ、………僕にもくれるの?」
ヨシュアが身を乗り出し、目を煌めかせたのでネアは微笑みかけた。
「ええ、頑張ってくれたヨシュアさんもどうぞ。しかし、グラスなどの準備はないので、ご自身でどうにかして下さいね」
ネアはあえてそう言った。
有事用にグラスなどの蓄えもあるが、これは身内用なので温存したい。
しかし、このようにテーブルセットまでをも何もない空間に用意出来るくらいなら、簡単なものだろう。
「僕、白葡萄!」
「はい、どうぞ。開けるのもお任せしますね」
「えー。開けてくれないのかい?」
「力もいる作業なので、男性の方にお任せ……さては、自分で開けたことがない系の方々ばかりですね!」
ヨシュアに渋い顔をしようと思ったネアは、同じように困惑の表情をした、ロサとオズヴァルトによろめいた。
縋るような目でアルテアを見ると、アルテアもやれやれと溜め息を吐いた。
「ほら、貸してみろ。後で対価を取るからな」
「白葡萄を希望したヨシュアさんが払うそうですよ」
「………ほえ」
ヨシュアが悲しい目をしたところで、まぁそれも悪くないなとアルテアが悪い微笑みを浮かべた。
「………こちらは私が開けよう」
「開けられるのか?」
「アルテア………」
対価を取られることを恐れたのか、ロサが慌ててもう一本を取り上げる。
しかし、アルテアに不安そうに一瞥されて眉を顰めていた。
(あえて自分では開けない種族なだけで、開けられない訳ではないのかな……)
ロサの場合は、やはり高位の魔物らしく、普段は側仕えの者達がどうにかしてきたのだろう。
オズヴァルトに話を聞いたところ、彼は一人で外に出る時はあまりお酒は飲まないのだそうだ。
その結果、一度見てみないことには葡萄酒の瓶の開け方が分からないと言う。
深酒をしたことがないので、外で事故にならないように自分で警戒しているらしい。
「お前はこれを飲んでろ」
「ほわ。アルテアさんのポケットから、素敵な葡萄ジュースが!」
「お前がここで暴れると洒落にならないからな」
「む?」
そうして、無事に打ち上げが始まった。
テーブルの上にはネアの手持ちの保存食が並べられ、葡萄酒とこの軽食で、ネアからの魂を削がれてご迷惑をおかけしましたのお詫びの品となる。
「僕、チーズ!」
「………これは何だろう?」
「こちらは、ご近所にいらっしゃる騎士さんのご実家産の、山羊の新鮮なチーズです。酸味があってクリーミーで美味しいですよ」
「………きちんと冷えているのだな」
「はい。私の魔物に、きりっと冷やして貰いました」
ネアの返事にロサはぎくりとしたようにチーズを見た。
そうなると、状態保持に働かされたのはディノでしかないので、ロサは少しばかり恐れ多いようだ。
「この組み合わせなら、これもだな」
「むむ、この食べ物は何でしょう?」
「豚肉と香草のリエットだ。それと、これはジャガイモを練りこんだパンだな」
「………アルテアさん、お弁当派なのですね」
「………は?」
アルテアが出してきたのは、これからピクニックにでも行けそうなセットで、ネアは大喜びした。
椅子の上でばすばす弾めば、その途端に椅子にめり込ませられる勢いで肩を押さえられた。
「むが?!」
「お前は弾むな」
「喜びの表現を禁止されるのは何故なのだ」
「………ほぇ、アルテアがいちゃいちゃしてる」
「彼女はシルハーンの指輪持ちだ。あの方の代わりに、世話を焼いているんだろう」
「………僕、前から思ってたけど、ネビアって意外に視野が狭いよね」
「…………な?!」
眉を持ち上げたロサに、ネアは一瞬口論にならないかとぎくりとしたが、ヨシュアは特に躊躇う様子もなく、笑って会話を続けた。
「だってさ、この前ジョーイが君に話しかけようとしてたのに、気付かなかったよね」
「………ジョーイが?」
ネアは、それは誰なのだろうかと首を傾げたが、ロサにはとても意味のある人物の名前なのか、体を強張らせていた。
「そう。僕はあれっと思って見てたけど、君は気付かないで通り過ぎたんだ」
「………ジョーイが?………い、いや、気のせいだろう」
ロサは、ネアが見ていて唖然とするくらいに動揺し始めた。
がたんと音を立てて椅子から立ち上がり、そわそわとしかけてはっとし、また座った。
澄ました顔をしているが、やはりかなり動揺している。
そして、手元にあったグラスをばっと掴むと、一気に飲み干してしまう。
「ほぇ、………ネビアは、お酒あんまり強くないよね?」
「……いや、葡萄酒くらいでは酔わない。それと、何故お前が知ってるんだ」
「ほらぁ、そういうとこ。それと、君が取ったのアルテアのお酒だから」
「…………なに?」
とてもゆっくりと視線を下に向けたロサを視界に収めながら、ネアはグラスを取られてしまったアルテアの肩をぽんと叩いた。
自分用のグラスに口をつけられてしまい、憮然としている。
すぐさま、付与の祝福をロサから剥ぎ取りながら、アルテアは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「うむ。一人だけずるをして、自前のお酒を出したのが運の尽きでしたね。酒乱になってしまったら、ロサさんのことはお任せします」
「何で俺が任されるんだよ」
「むぅ。一番の世話焼きさんではないですか。そして、私にはこの素敵なパンを食べる任務があるのです!」
ざわりと音がした。
ネアは少し気になってしまうが、これは呪いの戻り道の音なのだそうだ。
術式を辿り戻る正式な戻り方をしているので、本来は呪いから帰る道ではこのような音がするのが普通なのだとか。
ざわざわこつこつと、時折軋む音を立てながら帰り道を進んでゆく。
「みなさんがそれを知っているということが、なぜか気になるのですが」
「精霊はよく呪うからね。別の空間に閉じ込める系の呪いも好きだし。僕は、踏み潰しちゃった菫の精霊に呪われたことがあるんだ。あの時は、ルイザが一緒で叱られたなぁ」
「あの綺麗な妖精さんですね!アルテアさんの…」
「黙れ」
「………アルテアなんて、どこがいいのかなぁ」
どうやら一度ルイザにフラれたことがあるらしく、ヨシュアはテーブルに突っ伏してごろごろした。
その隣のロサがすっかり大人しくなってしまっているのが心配だったが、幸いにもノアのように脱ぐ系の酒乱ではなさそうなので一安心だ。
こちらの話を聞く余裕もなく、ロサを気に入ったらしいオズヴァルトが甲斐甲斐しく様子を見ていた。
ロサ本人は辛いだろうが、自損事故なので地味に具合が悪くなるだけの方向のままでいて欲しい。
(そして、オズヴァルト様は仲良くしたいみたいだけど、ロサさんは特にそうでもなさそうなのが残念だわ……)
そこばかりは相性なので、ネアが無理やり勧めるものでもない。
縁とはなかなかに難しいものだ。
「ヨシュアさんは、お付き合いをご存知だったのですね」
「………僕が紹介しちゃったんだ。綺麗な子だから自慢したのに、ルイザは、アルテアなんかがいいって」
悲しげに目を瞠ったヨシュアはふすんと鼻を鳴らし、思い出すとむしゃくしゃするのでと話題を変えた。
「アルテア、ぬいぐるみにするのにいい毛皮ってどう手配すればいいの?」
「………は?」
「ネアが言うんだ。アルテアなら、いいぬいぐるみの作り方を知ってるって」
「………おい」
「まぁ、変な意味ではないのですよ。ヨシュアさんは、ムグリスのぬいぐるみが欲しいそうなので、私には生産ルートが分からないとお話ししたのです」
「ふかふかのお腹を再現するから、生半可なぬいぐるみは作らない」
「そんなものを作ってどうするんだ?」
「抱き締めて眠るんだよ」
「…………は?」
アルテアはかなり不審がっていたが、結局ヨシュアの熱意に負けて、良い職人を紹介してやっていた。
ヨシュアは大喜びで、この情報の為だけにでも影絵に投げ込まれた意味があると話している。
「僕ね、最近苦瓜が食べられるようになったんだ」
「………その自慢はいるのか?」
「食べられるようになったんだよ!」
「まぁ、食べられるように練習したのですか?」
「イーザが苦い珈琲が好きだから、一つぐらい同じ苦いものが好きになれるようになるんだ」
「気になる部分があるのですが、イーザさんがお好きなのは珈琲であって、苦瓜も好きだとは限らないのでは?」
「…………ほぇ」
「珈琲は苦手なのですか?」
「…………に、苦いんだよ」
「お砂糖と牛乳を入れてみました?」
「そんなものを入れたりするのかい?」
ヨシュアが目をきらきらさせたので、ネアは牛乳とお砂糖を入れて味をまろやかにする方法を教えてやった。
ただし、温かい珈琲に冷たい牛乳を入れ過ぎると珈琲が冷めてしまうので、牛乳も温めておくといいと伝えておく。
「他にも、お砂糖の代わりに蜂蜜や、上にホイップクリームを乗せたりですとか、色々工夫出来ますよ」
「ほぇぇ!」
「寧ろ、なんで今迄知らなかったんだよ」
「有名な飲み方なのかい?」
「………お前はもう少し下界に降りろ」
「でも、外に出ると問題を起こすから、あんまりうろちょろするなって、イーザが言うんだ」
ヨシュアはそう大真面目に言うので、アルテアは遠い目をした。
高位の魔物である筈なのだが、その世話役に近い妖精の目から見れば、手のかかる子供のような部分が強いのだろう。
「………ロサさん、大丈夫ですか?」
「………ああ。問題ない」
ネアはここで、何とか強いお酒の効果を乗り切ったロサに声をかけた。
まだ少し表情が暗いが、意識は普通にあるようだ。
「ネア、こちらにある果物を貰っていいか?」
オズヴァルトがそう尋ねたのは、ネアの備蓄から切り出した新鮮な葡萄だ。
「ええ、勿論。オズヴァルト様は、案外お世話好きの人なのですね」
「そう………なのか?」
「ふふ。意外に自分では気付かない部分もありますからね。案外オズヴァルト様は、誰かを大事にすることに向いているのかもしれませんよ」
そう言ったネアに、オズヴァルトは果物を酔い覚ましの口直しにとロサの方に置き換えてやりながら、目を瞠る。
手つきといい甲斐甲斐しいものなので、このような作業には向いているのだと思う。
「………私が」
「ええ。与えたい系の方も多いでしょうが、何かをしてあげたい系の方も検討してみて下さいね」
「してあげたい系………」
オズヴァルトはそちらのお相手について考えたようだが、すかさずヨシュアにムグリスは可愛いよと言われてたいそう困惑していた。
「ムグリス………ですか」
「奥さんになると、一緒に眠る時に幸せなんだ」
「そ、そうなのですね」
「そう言えば、ネビアは伴侶を取らないの?前に付き合ってた女の子、殺しちゃったでしょ?」
それは人間的にはお喋りの範囲ではなく事件に等しいものなのだが、魔物達は当たり前のようにそんなことを話題に乗せた。
「………そう言えば、お前の世話役は妖精だったな」
「そうそう。君のお相手は、シーだったからね」
「私の相手というものでもない。あの妖精は、妖精の粉を使って私に近付いたのだ」
「でもさ、妖精が自分の妖精の粉を使うのは普通のことじゃない?それだけでもう駄目なんだ?」
「少なくとも、私は好まないな」
話を聞けば、どうやらロサ自身もその妖精には好意を持ったらしい。
しかしそれは、ロサに好意を持って妖精の粉を落とすお相手の妖精の粉の影響なのかもしれず、煩わしくなって殺してしまったのだとか。
(魔物さんは、時々大雑把になり過ぎなのでは……)
ネアはそう考えてしまうが、特別に珍しい思考回路ではないようで、魔物達はそこに至る経緯を好き嫌いで簡単に仕分けする。
そして壊してしまうのだ。
「そういうお前も、言い寄られたくらいで一国の王妃を殺すのはやめろ」
対するヨシュアも、アルテアにそう叱られていた。
「僕、そんなことしたっけ。………王妃ってなると、いつのどこだろう?」
「つい最近だ」
そう言われると思い当たる節があったのか、ヨシュアは魔物らしい酷薄な目でふっと微笑みを深める。
「ああ、あの子か。だって、僕を迎えに来たイーザを部屋の外で待たせたんだ。それに、何だか飽きてきていたしね」
「お陰で、あの国を崩す算段が狂った。三日も余計にかかったぞ」
「三日くらいいいと思うけどなぁ。それに、塔から落としただけだよ。串刺しにして吊るしておくネビアとは違って、死ぬとは限らないよね」
突然猟奇的な手法が飛び出し、思わず真顔でそちらを見てしまったネアとオズヴァルトに、ロサは真面目な顔で教えてくれた。
切り捨てる時はきちんと片付けておかないと、後々面倒なことになるからだそうだ。
「私の場合、統括もしているので公の場への出席も多い。以前に一度問題が起きて苦労をした。また騒ぎを起こされては堪らないからな」
「まぁ、ネビアは人気があるから、そうかもね」
そう笑ったヨシュアに、ネアは考えてみる。
(それも、魔物さん的には一種の誠実さという認識なのだろうか……)
そう考えてしまえば、トンメルの宴の時のようにルイザを好きにさせておくアルテアは穏健派なのか、或いは目に余るような程には荒ぶらないような女性を好むから安心なのか。
(ルイザさんの時は、森の木をへし折るぐらいの発散で済んでいたみたいだし、第三者を巻き込んで好きだった人を困らせるようなことはしなさそうだし……)
そう思いながらフォークとナイフを構えると、ふいに手を伸ばされて、アルテアに鼻をつままれた。
「むがっ!何をするのだ!許すまじ」
「お前は、何度言ったらわかるんだ。他人の皿に手を出すな」
「これは、ヨシュアさんがチーズをまさかの一個丸ごとお皿に移設したので、切り分けて一部を奪還しようとした正義の行いなのです!」
「祝福付与の云々を何度説明させる気だ。これでも食ってろ」
「ほわ!とろとろチーズ様!!」
アルテアがどこからか、とろとろカマンベールチーズのようなものを取り出してくれたので、ネアは目を輝かせてヨシュアのお皿のチーズは忘れることにした。
「ほぇ、………アルテアが、めろめろになってる。ぎゃあ!」
「お前は黙ってろ」
「む!アルテアさん、ヨシュアさんの爪先潰しはやめるのだ」
「そうだな。次回からは目にしておいてやろう」
「食卓ではやめて下さいね」
「……食卓でなければ良いのだな……」
「ロサさん、私は魔物さん達の危険な遊びには関わらない主義なのです。しかし、例外もあります。私の大事な魔物に何かをしたら、体からべたべたするきのこが生える呪いを授けた上、きりんさんの絵を体中に転写しますからね!」
「…………ぼくはなにもみていない」
「………あら、また後遺症が」
そこで少しの間を挟み、ネアはロサにどうしてアルビクロムの博物館にいたのかを尋ねてみた。
すると、ラエタの件で道を分けた友人のことを思い出して感傷に駆られたからだと言い、ネアはまたしても意外に純情な魔物の一面を見ることになる。
もう一度その友人と話す機会が欲しそうなロサに、ネアはきりんの絵でそのご友人の意識を奪う作戦を提案し、ポケットにたくさん備蓄してあったきりんの絵を一枚差し上げておいた。
しかし、ここまで影響力を持つものを世に出すのは好ましくないということで、アルテアがその目的にしか使えず、一度使ったら紙ごと塵になって消えてしまうような魔術をかけてくれた。
「………ふむ。少し酔っ払っていたようですね。きりんさんの絵をしまい、また少しだけ白百合さんの良さを語った後、ロサさんは寝てしまいました。少し無防備なのです」
「おい、触るなよ」
「むむぅ。睫毛がばさばさで綺麗だなと思っただけで、勝手に頬っぺたに悪戯したりはしませんよ?」
「どうだかな。お前は何をするか分からないからな」
そう言ったアルテアにまた鼻をつままれそうになったので、ネアは悪い魔物の指にがぶりと噛み付いておいた。
ぐるると唸った人間に、アルテアが目を眇めて微笑む。
「ほお、俺と遊ぶつもりなら、お前も少しは身を切る覚悟をしておけよ?」
「アルテアさんこそ、私のお鼻をつまむつもりなら、指先を失う覚悟をするべきでふ!」
テーブルの向こうでは、ヨシュアがオズヴァルトにムグリスな嫁の良さをプレゼンしていた。
かなり真剣に語られているので、オズヴァルトも慄きながらも差し向かいで必死に話題についていっている。
こちらは、オズヴァルトがいささか苦労しそうだが、根本的な相性は悪くはないように見えるので、今後のご縁に期待したい。
「もうすぐお家に帰れますね」
「まぁ、もう少しいても良かったか……」
案外、このチームが気に入っていたのか、アルテアはなぜかそんなことを言った。
「ウィリさんを何度殺せばいいのか分からないので、早くお家に帰ってディノの三つ編みをしてあげたいです」
「それと、………そのポケットは何なんだ」
「お屋敷にあった本を詰めて来ました!どうやら、このようなものは持ち帰れそうですよ。本当は、エーダリア様から復活薬を持ち帰れたら私用の保険にすると言われていたのですが、ウィリさんのお陰で手に入れに行くような余裕がありませんでしたから」
それなので、せめてもののお土産にと難しそうな本を掴んで詰め込んできたのだ。
しかし、それを言われたアルテアは、おもむろに手首をひらりと返すと、虚空から紫色の華奢な瓶を取り出した。
「考えることは同じだな。安心しろと言っておけ。俺が幾つか持ち帰ってきてある」
「ほわ………。いつの間に」
「まぁ、ウィリアムも今回のことがあった以上、お前の使用分くらいは見逃すだろう」
「………エーダリア様に言われた時にも思ったのですが、なぜに皆さん、私がうっかり死にそうな認識でいるのでしょう?」
ネアがそう言えば、アルテアは珍しく曖昧に微笑んだ。
澄明な瞳の鮮やかさに、それが擬態されたまたの姿であっても、やはりアルテアらしい淫靡さはある。
しかしそこに、奇妙な切実さのようなものが垣間見えたような気がした。
(…………この生き物達は、やはり皆どこかで孤独なのだろうか)
だからネアは、あの青いお城で見たウィリアムの鋭い孤独を思う。
アルテアにも、もしかしたらそんな部分があるのかも知れない。
(ディノやノア達とのお喋りに加えて、リーエンベルクとの縁も、………確かにそういうものは、私が引っ張り込んだことで関わっている部分もあるからなのかしら)
なんだかんだで、銀狐の面倒も見ているし、エーダリアやヒルド達ともあれこれお喋りをしている。
彼には彼なりに、同居型のノアとは違う寄り添い方を楽しむ気持ちがあるのだろうか。
「…………お前は危なっかしい」
そう呟いて頬に触れた手に、ネアはリーエンベルクに帰ったら、ディノとノアに、自分がいなくなってもアルテアとも定期的に遊んであげるように伝えておこうと心に留めた。
「それと、耳をわしゃわしゃするのはやめるのだ!」
「……お前の情緒のなさも飛び抜けてるな」
「背中をぞわっとさせる虐めですね!ゆるすまじ!!」
爪先を踏んでやろうとしたネアは、立ち上がって回り込んできたアルテアに抱え上げられてしまった。
「むが!捕獲もゆるすまじ!」
「さて、そろそろか。……おい、ヨシュア。ネビアを起こせよ」
「えー、面倒臭い」
「ヨシュアさん、きりん…」
「僕、ネビアを起こすの得意だよ!」
ふわりと、最後の大仕事なのかそこそこに大きくぎしぎしと音を立てていた闇が解ける。
ぱかりと開いた眩しい空間の向こうに、懐かしい大事な魔物の顔を見て、アルテアの肩に担がれたままのネアは、笑顔で手を振った。