ネビア
ネビアは、白薔薇の魔物だ。
その美しさは白薔薇のようだと言われるが、植物の系譜の魔物はその司るものをどれだけ支配するかによって、魔物の中では珍しく姿を変えて成長してゆく魔物だ。
一般的なところでは、森の賢者などがそうと言えよう。
特定の一人がその全てを司るのではなく、同じ名前を持つ魔物が複数いる彼等は、まだ若い頃には土塊であり、やがて木の実の姿の賢者となり、そこから千年も経てば枝になり葉も茂る。
全身を葉に覆われた最上位の森の賢者は、世界にも片手程しか存在しない稀少な魔物だ。
成長や衰退を持つ高位の魔物という意味では、植物の系譜しかいないのは確かだ。
他の者達は、司るものに変動こそあれ、保有する魔術を多少変動させるくらいで、ネビアのように自身のありようを変えるまでには至らない。
そして、そんなネビアだからこそ、最近大きく階位を下げる事件があった。
事の起こりは、三百年ぶりぐらいにアイザックと対面したことだ。
会場で一緒になることはあったが、こうして正面から対面したのは久し振りなので、ネビアは思わず顔を顰めそうになる。
彼は第四席の欲望を司る魔物で、その夜までは、ネビアが第五席の魔物であった。
とある精霊王の舞踏会で偶然遭遇し、会場に向かうネビアに対し、アイザックの方は部下の精霊に付き添われ何やら足早に会場を出ようとしていたところだ。
「おや、ネビア。お久し振りです」
「…………アイザックか。久し振りだな」
アイザックとは、こういう魔物だ。
お互いにお互いを嫌っていることが分っている今でも、飄々としたいつも通りの得体のしれない微笑みを浮かべ、まるで親しい友人にでもするように頭を下げる。
彼が商売をするものであるからなのかもしれないが、慇懃な言動は時折不愉快な程。
そして、その時、ネビアがふと気になったのは、アイザックが手にしている黒い布をかけた箱のようなものだった。
彼がこのような場に商品を持ち込むのは珍しい。
大概、そのような目立つ動きをしている時は良くないことを画策しているので、ネビアは嫌悪感を隠すように目を眇めた。
そんな懸念に気付いたものか、アイザックが漆黒の長い髪を揺らして薄く微笑む。
「そう言えば、最近は非常に珍しい品が手に入りまして。………ほら、この通り。お気に召しましたら、アクス商会にご注文下さい」
白い手袋に包まれたアイザックの手が、黒い布をめくるところまでは意識があった。
次にネビアが目覚めたのは、その翌週であった。
城の者達から、その場に居合わせた同じ白い薔薇、ただし野薔薇の方の白薔薇の魔物と、白百合と麦が、慌てて意識のないネビアを城に運び込んだと知らされる。
アーチ状になった天井の壁画を見ながら考えた。
空間を広く取ったネビアの城は、淡い水色を基調にした柔らかな空間だ。
よく、城に他の者を招くと意外だと言われるのだが、ネビアはあまり華美なものは好きではない。
天上の壁画も、森の中にいるような空間を演出する為に描かせたもので、それ以上に装飾はない。
(…………ジョーイが、この城に来たのか)
白百合とまともに会話をしたのは、数百年前だ。
そんな彼が自分を城に運んだ一人だったと知り、ネビアは目を瞠った。
慌ててそれは本当かと従僕に確認してしまったのは、彼がそういう形で自分に手を貸すとは思っていなかったからだった。
「ええ。たいそう心配されておりましたが、ネビア様にはご不快になるだろうから、自分が来たことは言わないようにと」
そう伝えられ、ネビアは眉を持ち上げる。
「でも、お前は言ったのだな」
「はい。私は長らくこの城に仕えておりますから、ネビア様ならばそれを望むだろうと思いまして」
「………そうだな。確かに、自分の城を訪れた者を知らずにいるのは不愉快なものだ。よく伝えてくれた」
「そろそろ、ジョーイ様とお話しされてみては如何でしょう?」
見返した従僕の瞳は、気遣わしげにこちらを見ていた。
ふっと苦笑して、ネビアは小さく首を振る。
「お前が何を期待しているか知らないが、次にいつどこで会うと言うのだ。………彼がこの城を訪れたことを知らない私は、彼に話しかけることもあるまい」
そう言って部屋に帰り、穏やかな満月を窓から眺めた。
空は濃紺で星を散りばめて喧しく煌めいており、夜の精霊の歌う声が聞こえる。
(あの夜も、こんな風に賑やかな夜だった)
それは、ジョーイの伴侶が殺された夜のことだ。
ネビアは、アイザックとたわいも無いことを話しながら、自分はある程度理知的で冷静な魔物だと思っていた。
白薔薇の系譜も力を蓄えつつあり、ネビアは白持ちの魔物としての地位を少しずつ上げていた頃。
アイザックと過ごす日々は刺激的でもあり、事象の魔物と懇意にするということは、当時の植物の系譜にとっては誇らしいことだった。
その頃のネビアは、まだ十の階位にも満たないただの白持ちであったからだ。
公爵の地位を得て、統括の魔物となった今からすれば言葉の通り若輩であったといえよう。
(そして、………私は、シーレが嬲り殺されたその森を、知らずに呑気に歩いていたのだ……)
あの夜。
何度も思い出し、途方に暮れ、後悔した。
林檎の魔物のシーレは古くから見知った魔物であるが、決して友人であった訳ではない。
女としての魅力を感じた訳でも、魔物としてより深く知りたいと思ったこともなかった。
魅力的ではあるが、自分にとっての関わりはない誰かのままで、ネビアにとっての林檎の魔物は、かつての友人の伴侶でしかなかった。
そして、その友人だったジョーイとは、ラエタを去る前夜に決別したのだった。
『そうか。………君は、この国に愛想が尽きたのか』
『共にラエタを出ないか?お前にも、この国は居心地が良いとは思えない』
ラエタを棄てたあの日。
ネビアは、友人も共にここを出るとばかり思っていた。
享楽のそれすら超えてしまい、死を遠ざけたことで生にも怠惰になったラエタは、落ちる前の果実の腐臭のようなものに満ちていた。
そしてそんな醜悪な人間の国を、ネビアはヤドリギの魔物と共に、終焉の魔物に告発したところであった。
世界は再生したばかりでとても幼く、当時のウィリアムは、まだ不安定で歪だった世界を見て回り、その歪んだ部分を切り捨てる仕事もしていたのだ。
『もう少ししたら、世界も落ち着くだろう。今はまだ、皆幼いからね』
丁度その時、ウィリアムと一緒に居たのは万象であった。
ちらりと視線をこちらに向けて、そう微笑んだ王に、ネビアとヤドリギは深く頭を垂れる。
ネビアを含むすべての魔物達の王ではあるが、各自己の司るものの王でもある魔物にとっては、傅き従う王と言うよりは、畏怖し心酔する信仰にも似ていた。
『ジョーイ、来ないのか?』
『ああ。君は行くといい。私はこの国に最後まで寄り添おう』
そして遠いあの日、ネビアはラエタを棄て、ヤドリギと共に他の地に去った。
派生した頃より友人だった白百合と道を分かち、林檎の魔物には、守護を与えたラエタの人間達を見捨てた裏切り者と言われていたのを知っている。
(育んだものを殺すのかと、そう言われていた………)
しかし、更生の余地などないくらいに深く歪み、そしてあと少しでも枝葉を伸ばせば厄介な災厄になるくらいには、ラエタは瀬戸際まで来てしまっていた。
残せば禍根が残り、残せば未練も残る。
だからこそ、全てを滅ぼすしかなかったのだと、ネビアは思う。
終焉の怒りを買ったのも確かではあるが、あの国はそうなるしかないと最初から決められてもいたのだ。
全てが終わった後、更地になってしまったラエタの土地の、燃えた砂の上を歩いた。
何とも言えない物悲しさが湧き上がったが、己のしたことを後悔したことはなかった。
でも、だからこそ、林檎の魔物が殺されたあの夜の後、その日に至るまでの全ての決断や分岐に含めたネビアのことを、ジョーイは呪うのだろうかと考えたのだ。
滅ぼしたのは、他に手段がないと考えたからだと。
救わなかったのではなく、救えなかったのだと。
そんな身の内に降り積もる言葉を古い友人に伝えることはない。
ただ、ただ、その微かな痛みのようなものは降り積もって凝ってゆくばかり。
そんな感傷に囚われたその日、ネビアはアルビクロムの地のとある博物館を訪れていた。
実は、ラエタの国にはたった一組だけの生き残りがいる。
それは、名もない街とされたその街の門番をしていた若い夫婦であった。
たまたま国外の親族が病に倒れ、出てしまったら二度と戻れないのを覚悟の上で、その看病に離れていたところで、祖国が滅びたのを知ったのだとか。
彼等は、終焉の系譜の者達の守護や友情を得ていたこともあり、終焉の魔物の手助けを得て、他国での安定した住まいを得たのだそうだ。
あの街を救えなかったことの贖罪を、終焉はそこに見出したのかもしれず、終焉の人間贔屓はその二人から始まったとも言われている。
(ウィリアムは贖罪の機会を得た………)
聞けば、死者の国には、彼が救えずに大火で命を落とした墓犬達が新しい魔物となって派生し、死者達の管理にあたっているのだとか。
それはもう死んでしまったものとは違う生き物だが、そうすることで救われる思いも少なからずあるのだろう。
彼等に、今度こそ失われず管理するものを。
ウィリアムがそう願ったのだろうと話していたのは、麦の魔物だっただろうか。
(そう言えば、リザールは私を責めることはなかったな……)
小麦の、……いや、今は麦の魔物となったリザールは、多くの国や集落が栄えては落ち滅びてゆくのを目にしている魔物でもある。
豊かに実った麦穂は時には騒乱の引き金になり、実りの悪い年はまたその貧しさで他国に攻め込む理由となる。
故に、リザールは言うのだ。
それはきっと、芽吹いてから咲き誇り、枯れてゆく花のようなものだと。
国とは、丁寧に手入れされ維持出来る茂みもあるが、そのような幸運に恵まれるものは稀である。
気にしていては、つまらぬ日々になるだけだと。
こつこつと博物館の石床を踏みながら、かつてはアルビクロムの王宮であった場所を思った。
アルビクロムの王家は、遥か昔にあの名のない街の最後の二人であった夫婦の血脈を継ぐ一族である。
ヴェルクレアとの統一戦争で失われたものも多いが、やはりその記憶や、或いは終焉の庇護を受けた頃に得た知識の一部は継承されていたのだろう。
(墓犬は、確かにこのような姿の獣だと聞く……)
その隣にある兎耳の女性の彫像も、噂に聞く死者の国の管理者の姿だろう。
誰かが見聞きし、誰かが引き継いだものがここにあると聞き、あまり相性の良くないこの土地を訪れてでも、そんな美術品を見たいと思ったのは、ジョーイが自分を介抱したと聞いてからだった。
影絵から逃れたあと、ネビア達は影絵からの戻り道を繋ぐ僅かな時間で、ささやかな祝杯を上げた。
最後の襲撃を見事に潜り抜けたことによって、少しだけそんな浮かれた気分になったからだった。
そしてその席で、どうやらネビアはそんな経緯を零してしまったらしい。
「では、そんなロサさんに、きりんさんの絵を贈呈しましょう」
そう言い出したのは、万象の指輪持ちの少女だ。
「…………いや、私には過ぎる代物だ」
「ふふ。嫌がらせではありませんよ。前回は白百合さんがロサさんを介抱してくれたのならば、次はロサさんが白百合さんを介抱すればいいのです。白百合さんと遭遇しても不自然ではなく、尚且つ白百合さんしかいないような現場で、うっかり落とした風できりんさんの絵を見せてしまって下さい」
「……………ジョーイに?」
「そして、倒れたところを介抱して差し上げ、ここぞとばかりに話しかけるのです。お話に聞いたように、倒れたロサさんを介抱して下さった方なら、うっかり風の落し物はうっかり拾ってしまうのではないでしょうか?」
初めて見るような種類の人間だった。
強欲で我が儘だが、見合っただけの力もあり、どこかその強欲さは清々しい。
多くの人間の強欲さが隠されたものが多いところ、彼女はそれを隠さずに手のひら一杯だけ力強く捥ぎ取ってゆく。
「私は確かに強欲ですが、一人の人間が、その強欲さを美味しくいただける分量を知っています。また、そんな我儘を叶えるだけの力は、私の大事な魔物がくれたものでした。幸運なばかりなので、せっかくの幸運は美味しくいただく所存です!」
そのしたたかさと頑強さを見ていれば、ネビアはふと、どうやってジョーイにその絵を見せるのかを考えている自分がいることに気付いた。
「…………影絵の中でも、ジョーイに出会った」
「あら、お話は出来たのでしょうか?」
「いや、擬態して近くを通っただけだ。彼等は、よく人間に擬態して屋外に座席を作ってあった店で葡萄酒を飲んでいたからな」
そして、近くに擬態したネビアがいるとは知らず、ジョーイは白薔薇の魔物の話をしていたのだった。
“白薔薇にはがっかりだわ。どうして、ここの人間達の可能性を、伸ばしてやれないのかしら?”
そう投げやりに呟いた林檎の魔物に、ジョーイはグラスを傾けながら淡く微笑む。
“彼は、私とは違って、感情に目隠しされて自分の意見を曲げない人だ。酷薄にも思えるかも知れないが、それは、自分の気持ちを切り離して客観的に考えられるということでもある”
その言葉に、ネビアは体が揺れそうになってしまった。
(こんなことに巻き込まれてしまった、己の感傷の浅はかさを笑ったものだ)
見ず知らずの人間達と影絵に落とされ、あまつさえ万象の指輪持ちを損なわずに戻さなければならないという、重い責務を背負ってしまった。
途中で、驚くべきことに選択が自分の意志で、そして終焉に遣わされたという雲が彼女の守護を引き受け、役目からは一歩退いたと安堵していたところで、今度はそんな少女が影絵の中の終焉に魂を削られる事件があり、重ねるように最後の襲撃事件が起こった。
何でこんな目に遭わねばならないのかと、うんざりしてもいいところだ。
しかし、ネビアが例えどんな目に遭おうと、この場所に落とされた意味はあったのだと思えたのは、そんな古い友人の一言を聞くことが出来たからだった。
その時のことを思い出し、ネビアは薄く微笑み、視線を今はもう立ち去ったラエタの記憶に投げる。
かつて自分が見切ってしまった、疎ましいばかりの高慢の国。
そして、一人の友人と決別した苦い思いのある国であった筈なのだが、今はかつてその国の成長を喜び、美しい国にしようと希望を持っていた頃のことを思い出す。
そのような若き頃もあったのだと。
ただの思い出として。
「あの一言が聞けたそれだけでも、私はラエタに落とされて良かった」
そう考えれば、ネビアには良い事ばかりであったのだろう。
苦労しているような気もしたが、目の前の少女のお蔭で早々に出口の糸口は掴め、不必要に場を荒らすこともなかった。
その結果、影絵の中のジョーイ達と、再び望まない形で関わり合うこともなく、望ましいものを得ただけで帰れるのだとすれば、それは恩恵と言っても良いものなのではあるまいか。
「そんなことを考えると、………最初にラエタに落とされた私達は、皆、一度は己の手で何かと決別することを選択したことがあるのかもしれないですね」
そう呟いたのは、オズヴァルトという人間の王子だ。
ガーウィンを出身とするヴェルクレアの王子で、探索中に交わした会話によれば、実際にはもう継承権を放棄し王族から除名されているのだそうだ。
林檎の魔物の姿を遠くから見かけたその時、美しい方ですねと言うその男に、ネビアはどういう訳か言わなくていいことを言ってしまった。
“あの魔物は、私が救えずに死んだ魔物だ。元の場所に戻れば、もう次代の者になっている”
そう呟いたネビアに、その人間の元王子は淡く微笑んだ。
苦痛を削ぎ落とすような終焉の気配をかけて微笑めば、ああこの人間も終焉の子供なのだなとネビアは思う。
今になって思えば、出会ってしまったのはネアという少女の方であったが、この男もウィリアムに出会えば気に入られた可能性もあったのだろう。
終焉は終焉の気配のあるものを好み、自分を良く知る者であるからこそ、自分を受け入れるだろうかと手を伸ばすことが多い。
そうしていつも壊してしまうばかりなので、終焉の抱える苦痛はネビアには想像を絶するものに違いない。
“私は、愛する者をこの手で死地に追いやったことがあります。その選択をすれば彼女は殺されるとわかっていて、私はそれを迷わなかった。迷える人間であればと思いましたが、そうあるべきことを選んでしまえる、心のない人間でしたから”
ネビアは、林檎の魔物が白百合の伴侶だとは言わなかったので、彼は、シーレがネビアの想い人だと勘違いしたのかもしれなかった。
ネビアは敢えて訂正もせず、ただその言葉に頷く。
“そう選択をしたのであれば、それはお前にとって必然だったのだ。もし戻れるならば必ず違う選択をするというのでなければ、迷わぬことだ”
そう言われた元王子は、目を瞠ってから頷いた。
ネビアから返答が得られるとは思っておらず、ただ言わずにはいられなかったのだと。
そう言われたネビアも、自分が口を開いたのも同じような理由だろうと返しておいた。
失われたものに触れるとき、人はこうして感傷的になるものだ。
「お前は、何を手放したのだ?」
ネアという少女が渡してくれたおぞましい獣の絵には、選択の魔物から、彼女が指定したような目的にしか使えないということ、目的を達成した後には塵となって崩れ去るという誓約魔術が付与された。
確かにあまりにも恐ろしいものなので、不用意に出回らせない方がいいのだろう。
幸いにもネビアは、折り畳んだ紙の端に透けている形を見ただけであったが、なぜだか震えが止まらなくなった。
そんな流れを終え、彼女にそう尋ねたのは、もうこのような形で会うことはないだろうと理解していたからだ。
元より、魔物は己の領域を他者に許すことは少ない。
そう考えると、万象だけではなく、選択や終焉にも庇護を受ける彼女には、二度と近付かないのが賢い選択だ。
だから、最後にとそう思い尋ねてみたのだった。
「………恋をしていたひとを。でも、詳細は言えないのです。それはやはり、大事な方だけに打ち明けるようなことですから」
そう言って微笑んだ少女は、万象の色をした指輪をそっと撫でる。
やはりこの人間は明確に線を引くのだなと思い、ネビアはなぜだかほっとした。
その数か月後、ネビアはあのおぞましい絵をジョーイの前に落としてみた。
想像していたよりもの凄い音がしたので慌てて振り返れば、特殊な舞踏会の会場に続く階段から落ちた白百合の姿があった。
駆け寄って助け起こしたものの、意識を失って魘されている。
この程度の階段から落ちたぐらいで損なわれる魔物ではないので、完全にあの絵の力なのだろう。
(きりん、とはそこまで恐ろしい生き物なのか………)
ネビアは慌てて周囲を探ったが、階段の途中で塵になって崩れた紙片があるばかりだった。
回収の際に見てしまえば自滅するばかりなので、アルテアのかけた魔術の処置に安堵する。
意識を失ったジョーイが目を覚ますまでは、三日かかった。
まさかの一階位落ちまでしてしまい、ネビアはひたすら頭を下げたが、その紙片をわざと落としたということは言わずにいた。
それは、ジョーイの城を知らないので運び込んだ自分の城の従僕による助言であり、真実であれ言わずにおいた方がいいこともあるのだそうだ。
勿論、目を覚ましたジョーイには、拾いものが及ぼした悪影響を心から詫び、以前に自分を助けてくれたことにも感謝をした。
今回のことを受け、従僕が明かしたのだと言えば、ジョーイはこの状況じゃ口も滑るだろうと苦笑する。
その晩は、ジョーイと懐かしい話をいつまでもしていた。
お互いがお互いを躊躇わずに再び友人と言えるようになるのは、更にその数か月後のことである。