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187. ひとまず滅ぼしました(本編)



ネアが、出かけていったアルテアを待ち始めてすぐのことだった。

三時間程前から出かけていた、ロサが戻ってきた。


ネアはヨシュアとムグリスのお腹の素晴らしさを語っていたが、そこに就寝前に一度下に下りてきたオズヴァルトも参加している。

どうやらこの第三王子は、ロサとヨシュアには少し免疫がついたものの、アルテアばかりはどうしても馴染めないらしい。


理由やどこがというものはないが、お腹の中に吹き上がるように怖いという感情が芽生えるのだそうだ。

ネアも、この影絵の中のウィリアムに似たような恐ろしさを感じたので、解る気がすると頷いておく。

現在のアルテアは擬態をした上で魔術を押さえ込んでいる筈なのだが、その人間によって、本能的に怖いと感じる魔物はまた違うのかも知れない。


そんなオズヴァルトは、ロサのことはなかなか好きなようだ。

想像していた高位の魔物らしい魔物として、親近感が湧くわけではないものの対応が楽なのだとか。

ネアが見ている限りでは、ヨシュアもそこそこ懐いているのだが、時折気紛れに見せる魔物らしい酷薄さとのギャップで振り回されてしまい、オズヴァルトはどうしたらいいのか分らなくなるようだ。



そして、戻って来たロサは思いがけないことを口にした。


「外で、アルテアと合流した」

「む。アルテアさんはもうお戻りですか?」


ネアがそう見上げたのは、ロサの後ろから部屋に入ってきたアルテアだ。

擬態を変えたのか、今は淡い砂色の髪に鮮やかな青い瞳をしている。

全体的に淡い小麦色の服装にお色直ししているので、ラエタの街探索用の擬態なのかもしれない。

そう言えばロサも、外出するときは砂色か淡い小麦色の髪に擬態しているようだ。

銀灰色の色味だけを変えて、高位の魔物としての姿のまま、あまり擬態をしていないのはヨシュアくらいのものである。



「ああ。簡単な仕事だったからな」


そう言って微笑んだアルテアに、ネアの隣に座っていたオズヴァルトが小さく喉を鳴らす。

魔物としての精神圧が強いのだろうが、少し間を空けてしまうとまた慣れるまでに時間がかかるのかも知れない。

そう考えたネアは、あまり構うなと言われた二人とお喋りしていた罪悪感に、すすっと視線を逸らした。


「ロサは仕事が早いよね」

「そういうお前は、どこに居たんだ?」

「この子の見張りだよ。アルテアから聞いてないかい?」

「では、お前が割り振られた業務はそのままなのだな?」

「ロサがやった分でどうにかなると思うよ」


しれっと肩を竦めてみせたヨシュアに、ロサは淡い水色の瞳を細めた。

色味がほとんどないくらいなので、そうするとロサはひどく尊大で冷やかに見える。

しかしネアは、出かける前も何やら後ろ向きなことを呟いて項垂れていた彼を見ているので、もうあまり怖いとは思わなかった。


魔物らしく酷薄なこともあるだろうが、もしそういう部分でロサが脅威となったとしても、こうして苦労性な一面を見てしまった後であれば、その対処もしやすくなる。

まずは、魚か動物まみれにしてしまえばいいのだろう。


「アルテア、そちらはもういいのか?」

「………ん?ああ。余分をこなすだけの暇はないけどな」

「いざとなれば、ヨシュアがどうにかするだろ」

「ほぇ………」


こうして立ち並ぶ様を少し離れて見ていると、まさにアルテアとロサは光と影という感じがした。


善良だが人の思惑を超えたままならないものという感じの人外者に見えるロサに、人を魅惑し弄ぶ悪しき者風の人外者のアルテアだ。

同じような色彩に擬態をしていたからか、そんな気配の違いが顕著で面白かった。


ロサの深い青色の盛装服の装飾的なコートに対し、アルテアが着ているのは、いつものスリーピースにも見えるが上着の袖口が少し広く、その袖の折り返し部分に華やかで精緻な刺繍があるので儀式服にも見えるような不思議な装いである。

淡い色と暗い色のそれぞれの対比が、お互いの光と影めいた印象と反対なのも面白い。


「それと、こいつはどうする?」

「………ああ、ネアか。ひとまず、部屋に戻した方がいいだろうか。人間のことはよく分からないが、座ったままでも疲れるだろう」

「お前らしからぬ気遣いぶりだな」

「よくも今、自分からそう言えたものだな」

「は?」



(………………ん?)


ふと、ネアは何かが腑に落ちずに内心首を捻った。


もう一度ロサと話しているアルテアに視線を戻し、表情を変えないように意識しつつ、アルテアがお出かけになる際に自衛の為にと移動しておいた仕込み武器を探すべく、部屋着と体を包んでいる布団の隙間をまさぐった。

しかし、座っている座面に巻き込んでいる部分が邪魔になってしまい、蛹の中で暴れているだけのような感じになってしまう。


「む。………もこもこ過ぎて、収拾が付かなくなりました。一度立ち上がってしゃきんとしたいです」

「手伝おうか」

「有難うございます、オズヴァルト様。でも、魔物さんの方が腕力的なやつが規格外なので、ヨシュアさんにお願いしますね。これでもいち人間ですから、そこそこ重い筈なのです」

「はは、幼くても、そういう部分は気になるんだな」

「なぬ…………」


そう言えば、その問題がまだ解決していなかったようだ。

アルテアがネアの世話をあれこれ焼くのを、ロサやオズヴァルトが特に何も言わないと思っていたが、彼等からすれば子守にでも見えていたのだろうか。


「僕はどうすればいいの?」

「一度頑張って立つので、お布団を剥いでくれますか?」

「仕方ないなぁ!」


ヨシュアはそんな風にお手伝いを指示されたのは初めてなのか、妙にはしゃいで手伝ってくれる。

布団を一度剥いで貰うと、へなへなとなりながらも頑張って一人で立ったネアに、アルテアが呆れたような顔でこちらを見るのが分った。


見慣れない青い瞳の表情に、ネアはそれでもアルテアだと分かる不思議を思う。

しかし、アルテアはアルテアでも、先程までネアにチーズリゾットを与えてくれていた魔物とは、どうやら別人のようなのだ。



(…………うん。これはもう、間違いないような)


困ったなと思いながらそう確信を深め、ネアは手に持った水鉄砲をアルテアに見せた。

誰かにこそっと伝えている余裕はないかもなので、自分一人でやるしかあるまい。



「アルテアさん、これにお水を入れて洗髪する方法を編み出したのですが、どうでしょう?」

「……………は?」


不審がられてもいけないので、あえてそう言ってみよう。

幸いにも、このアルテアはまだ、見ず知らずの人間が獰猛なのを知らないので、当たり前のように話しかけられたことへの不快感と興味を押し隠しつつ、こちらに体を向けた。


「手に力があまり入らないので、打開策をと思ったのです」

「………おい、何で俺に聞いた」


妙な相談を受けてしまい、アルテアは片方の眉を持ち上げた。

視線があらためてきちんと絡み、魔物らしい深く鮮やかな色の瞳がこちらを覗き込む。

でもその瞳にはまだ、ウィリアムに遭遇した時のような氷塊のような背筋の寒さは感じなかった。

それは彼が演じているからなのか、或いは、そういう遊び方をする魔物だからなのか。


だとしても、こちらを窺い、残酷な微笑を滲ませるその瞳は鋭い。

やはりこういう顔をする魔物は美しいなと思い、もう少しこのままでいたくなったが、しかし鑑賞継続の為に好機を逃す訳にもいくまい。



「それは勿論、アルテアさんが現状一番の保護者さんですからね。お水を入れて、ぷしゅっとやればいけそうですよね。………とりゃ」


次の瞬間、ネアに容赦なく激辛香辛料油の攻撃を受けたアルテアは、声もなく悶絶した後、両手で顔を覆ってばたりと床に倒れる。

まさかそんなもので撃たれるとは思ってもいなかったのだろうが、あまりにも無防備だ。


「ネア?!」


ぎょっとしたように声を上げたのは、ネアの布団剥ぎを隣で手伝ってくれていたヨシュアだ。

少ない体力で頑張ってそちらを見上げ、ネアは渋い顔で首を振る。


「このアルテアさんは、影絵のアルテアさんです。危ないので殺しておきました。本物のアルテアさんに帰って来て貰います?」


ネアがそう言った途端、ロサとヨシュアは驚いたように目を瞠った。


「………このアルテアが?」

「ええ。先ほどまでこちらにいたアルテアさんではありませんでした」

「……………ほぇ、し、死んでる………」

「いや、………死んではいないだろうが、呼吸が弱いな…………。何をかけたんだ?」


床にもびしゃびしゃと零れた深紅の液体を見つめ、慄いたロサは数歩後ずさった。

幸いにもかからなかったが、立ち位置的には巻き添えになってしまいかねない位置にいたのだ。

勿論ネアも、背に腹は代えられないので、いざと言う時は巻き添えで負傷して貰う覚悟である。


倒れたアルテアから流れた赤い液体は、まるで本物の殺人現場のようではないか。


「とある魔術道具で効果を上げた、激辛香辛料油です。千倍からさらに一万倍にされ、以前にもアルテアさんを殺しかけたことがあるんですよ。………今回は、綺麗に目とお口に入りましたね……」

「げ、激辛香辛料…………」


ロサはなぜか片手で胃を押さえているが、辛い香りで胃が刺激されてお腹が空いたのだろうか。

しかし、ロサが立っている辺りにもぷんと刺激臭が立ち昇っているので、少し目も痛いようだ。

よろよろとその場から離れ、窓際の方まで逃げてくると、長椅子にくしゃっと座り込み途方に暮れたような目をしている。

香辛料が目に染みたのか、涙目なのが無防備な感じだ。


「……ヨシュア、拘束しておけるか?」

「…………もう二度と動かないんじゃないかなぁ」

「動き出したら、お前には太刀打ち出来ないだろう」

「そうだった」


いそいそと何やら白いっぽいものを取り出したヨシュアは、綿のような糸のようなものを手先で器用に絡め編むと、銀灰色の瞳を煌めかせ、えいっと床の上で動かなくなったアルテアの上に放り投げる。

その様子を怖々と見守り、ネアは大切な武器を丁寧にしまう。

武器使用した後も、自滅しないよう、液だれが出ないように改良に改良を重ねてある便利なものだ。



「………このアルテアさんを持ち帰ったら、私は、アルテアさんを二人も懐かせてしまうことになるのでしょうか?」

「…………お前には、どこでこれが、こちらの世界のアルテアだと分かったんだ?」


そう尋ねたのは何やら弱ってしまっているロサだ。

植物の系譜なので激辛臭気が辛いのか、何か結界のようなものを立ち上げると、それで部屋の一画をすっぽり覆っている。

空気の対流が無くなった分こちらには優しいが、中に閉じ込められたアルテアは更に辛いだろう。


「上手く言えませんが、眼差しの雰囲気や言動でしょうか。最近のアルテアさんはとてもよく懐いているので、ちょっとしたことで違いが分るのかもしれません」


正確には、今のネアが一人で立ったときにも興味がなさそうに見ているだけだったので、これは別人のようだぞと分かったのだが、ネアはアルテアの評判があんまりなことにならないよう、それは言わずにおいた。

お母さんのようだと噂が立ったりしたら可哀想なので、これはささやかな優しさである。



「…………凄いな。高位の魔物だと思うのだが、一瞬で……」

「オズヴァルト様、私はそこそこ以前からとても心配なのですが、高位の魔物さん方は、何やら無防備ですよね。この無防備さは、恵まれていてこその油断だと思うのです。現に、このアルテアさんも、初対面の可動域六ぽっちの人間めに、簡単に殺されてしまいました」

「あ、ああ。………その武器そのものも凄いと思うが」

「こういうこともあるので、オズヴァルト様も用心して下さいね。魔物さんではなく同族であれ、私のような一般人から見れば、オズヴァルト様にも無防備なところがありますよ?」

「…………そうなのか?」

「そうです!あんな風に旅をするのでしたら、アルテアさんくらい殺せる武器を所持していませんと!」

「ほぇ、…………君も、そんな武器を持つの?」

「………恐らく、彼女にしか扱えないだろうな」

「………良かった。こんな怖い人間は、ネアだけでいいや…………」

「むむ?」

「ふぇ、ご、ごめんなさい………」



そして、そうこうしている内に、ロサが謎の魔術無線で呼びかけ、アルテアを呼び戻してくれた。

少し慌てたように部屋に入ってきたアルテアは、真っ先にネアの方を見る。

そういうところが違いなのだと、やはりネアは言わずに黙っておいた。


本物のアルテアは、引き続き黒髪に淡いシャンパン色の瞳の擬態をしている。


「………お前は、何をしでかしたんだ」

「アルテアさんが入り込んだので成敗しました」

「その言い方をやめろ。それと、……………この匂い、……あの香辛料油か」

「目的も何も判明していませんが、まぁ、アルテアさんですので殺しておくべきかなと」

「おい、ウィリアムの時と随分違う反応だぞ……」

「寧ろ、こんな風にお知り合いのふりをして入り込んできたアルテアさんが、悪さを企んでいないことなどあり得るでしょうか」


ネアがそう言った途端、ヨシュアとロサが大きく頷いたので、魔物達の中でもアルテアはそういう括りの認識なのだろう。


そしてそんなロサは、窓際に避難したままではあるが、口惜しそうにアルテアに一言詫びた。


「すまない。私が最初に出会ったのだが、違いに気付けずに、招き入れてしまった」

「………僕も分らなかったよ。だって、アルテアはアルテアだもんね」

「アルテアさん違いがないように、アルテアさん専用の合言葉を設けましょう。合言葉は、白もふですよ!」

「やめろ」


意識を失っている自分を見るのは初めてなのか、アルテアはあまり気分が良くなさそうだ。

ましてや、そんな自分の写し絵は、激辛香辛料油まみれで隔離結界の中に倒れている。


「……………一体、どこで我々のことを知ったのだろう」

「そっか。ネビアが訝しまなかったってことは、今のアルテアに成りすますだけの知識を持っていたってことか……」

「………と、皆さん疑問に思われていますが、ご本人としては如何なのでしょうか?」


ネアにそう問いかけられた時のアルテアは、ちょうど大股に部屋を横切ってきて、頑張って椅子の背に掴まり立ちしているネアを持ち上げて座り直させてくれているところだった。

たいへんに甲斐甲斐しいのだが、少し怒ってもいるようだ。


「まず間違いなく、お前達が外で迂闊に内情を話していたんだろうな」

「むむぅ」

「…………それと、少しだけ時間が余分に動いている。俺がラエタにいるということは、アイザックも来ているぞ」

「………………彼が来ているのか」


途端に顔を顰めてしまったロサに、ヨシュアも震え上がってなぜか腕を庇っている。

オズヴァルトが不思議そうにしているので、ネアは彼もまた高位の白持ちの魔物なのだと説明した。

よく分らないままに頷いたオズヴァルトに、ロサが注意を重ねた。


「人間にも馴染の深い魔物だが、最高位に近しい一人だ」

「そういうものなのですね。用心しましょう」

「こちら側のアルテアは、………その、排除したが、アイザックも勘が鋭いからな。こちらの動向に気付かれると厄介だ」

「おい、まだ生きてるだろうが。…………だが、十日程飛び越えたお蔭で、ウィリアムの再訪問が近い筈だ。あの街が焼け落ちたのは、昨晩ということになっている」


どれだけ面倒見が良くても、アルテアはやはり魔物なのでその言葉を躊躇いはしない。

ネアは目を瞠って、小さくふすんと喉を鳴らした。


「……………ここは、影絵だ。切り取られ繰り返し続ける模写のようなものに過ぎない」

「ええ。存じております。………それでも、ああして言葉を交わした方が亡くなってしまうというのは、やはり悲しいですね」


ほんの僅かな時間しか会えなかったが、あの名前のない街で出会った獣耳の女性の姿は鮮明に思い出せた。

好感を持てるような相手だったということと、死者の国での墓犬が仲良しだったからだろう。

けれども多分、こうして外側の人間から勝手に惜しまれるのも、何も知らない彼女からすれば迷惑な話なのかもしれなかった。


(私が寝込んでいる内に、あの街がもう焼けてしまっただなんて……)


窓の外で、庭木が風に揺れている。

言われてみれば確かに、昨日まで窓近くで咲いていた赤い薔薇がもう見当たらない。

代わりに、新しい蕾が膨らみ、金木犀に似た木の花も満開になっていた。

その美しさと平穏さが妙に寂しく思えるのだから、人間はなんと勝手な生き物だろう。



「…………とりあえず、このアルテアはどうする?」


現実的な問題に話題を戻したのはヨシュアだ。

ヨシュアが上手く拘束してくれているものの、それは即ち、このアルテアが目を覚ました時にはヨシュアが真っ先に報復されかねないという状態になっている。

やはり自分が対象なので複雑そうに、アルテアは肩を竦めた。


「庭に出して、そのまま選択結界ごと離れた土地に飛ばすしかないな」

「箒さんを使いますか?」


ネアがそう言えば、アルテアは戸外の箒を一度調べると言い出した。

何だろうかと思いながら渡してみれば、どうやら使用回数の上限を調べているらしい。

差し出した箒を丹念に検分され、ネアは設置された椅子からそんな鑑定を見上げていた。



(そう言えば、一度で壊れてしまうものもあれば、複数回使えるものもあるって……)


とは言えどちらにせよ使い捨てのものなので、ネアは早急に二本目の入手を心に誓う。


「箒の劣化はなさそうだな。次の一回が最後ってことはないだろうが、念の為に温存しておけ。………これは、俺がどうにかしておく」

「むぅ、今のアルテアさんには、あまり負荷をかけたくないですね。えいっ」

「おい?!」


幸い、そちらには倒れているアルテア以外の者は誰もいなかったので、ネアがささっと掃いてしまった戸外の箒は、素敵に影絵の中のアルテアだけを認識してくれたようだ。

ざあっと床に魔術の光が走り、隔離された結界ごとふわっと消えてしまう。


「…………お前な。温存しろと言っただろうが!」

「勿体ぶって何かがあるよりも、最後の一回でなければ出し惜しみはしないようにします。アルテアさんが無理をする必要はないですし、早くみんなで無事に帰って、ローストビーフを食べるのだ!」

「ほとんど、お前の私用だな」

「人間の生きる理由なんて、そのくらい簡単なものですよ。………ウィリさんにも早く来て欲しいですね。さくっと、消してしまいましょうね」

「おい、今のお前は走ることもままならないんだぞ。大人しくしてろ」

「失せ物探しの結晶にお仕事をして貰った後、書き増しておいたきりんさんの絵で囲んでしまいます。そして、ヨシュアさんに教えて貰ったのですが、特定の魔術陣を肌に刻む呪いがあるそうですよ。私の魂に悪さをした方であれば、よく目に入りそうな手の甲にきりんさんの形を刻印してしまっても……」


邪悪な報復方法を編み出した人間に、アルテアは無言でヨシュアの方を見た。

ヨシュアも、まさかそんな風に使うつもりだったなんてと涙目になっている。

ネアはロサくらいは好意的に反応してくれるだろうかと思ってそちらを見たが、巧妙に目を逸らされているようで、顔はこちらを向いているのに一向に目が合わなかった。


(そんなに過剰反応することだろうか………)


ネアは最終的には、きりんと人面魚が囲んで輪になって踊るくらいの邪悪な幻影を生み出せる武器が欲しいと思っているので、まだまだ手ぬるいと思っている。

こちらについては、ぜひにダリルに相談してみよう。



「魔物さんは、苦手なものが多過ぎるのです。人面魚さんだって…」


がしゃんと、もの凄い音がした。


「…………む」


ネア達がそちらを向けば、長椅子から落ちて後ずさりしたらしいロサが、背中が窓硝子に当ってしまいながらも、まだ後ずさろうと足をばたばたさせている。

なまじ気品のある美貌なだけに、あんまりな光景だという感じで驚いてしまった。



「人面魚…」

「や、やめてくれ………」


優しさの足りない人間に、確認の為に復唱されてしまい、ロサはほとんど聞き取れないくらいの声で懇願した。


「ほわ、………色っぽいですね」


ネアが思わずそう呟いてしまうのは、どこか超然とした余裕を崩さずにいたロサが、目元を染めて涙目で必死に顔を背けているからだ。

悔しそうな眼差しのせいで、何やらいけないことをしている気持ちになる。


「お前、趣味が悪いぞ………」

「むぅ。苛めっ子になってしまいましたか?」

「これ以上、余計な魔物に妙な興味を示すな」

「そちらであれば、目に映ったものの感想を言ったまでなのです。お綺麗な方なので、こんな風になると素敵に艶やかですよね」

「お前には不似合いだがな」

「むぐぅ。この中ではロサさんが一番正統派の綺麗な方なのに、不似合いだと苛められました」


ネアがそう言えば、アルテアは珍しいくらいに嫌な顔をした。

ネアが我が儘を言う時よりも遥かに剣呑な、ぎくりとするくらいに冷やかな顔だ。

ネアの側にいたヨシュアが、内緒話をする風に、ちっとも潜めていない声で呟いた。


「………ネア、アルテアが拗ねてるよ」

「お前は黙れ」

「ぎゃあ!」


アルテアに虚空から取り出したステッキで足を払われたヨシュアは、すてんと見事に転んで悲鳴を上げた。

脛を押さえて呻いているので、ステッキが当たったところも相当痛かったのだろう。


「………アルテアさんも、ロサさんを褒めます?」

「なんでだよ」

「では、どうして拗ねてしまったのでしょう?」

「やめろ」


いつもなら簡単に聞き流してしまう筈なのに、アルテアの表情は剣呑なままだ。

ネアはまた少し考え、はっとして体に負担がないよう心の中で頷き、相応しい推理を導き出した。


「さては、ご自身では、我こそが正統派だと思っていたのですね!残念ながら、世間の認識との相違が見受けられますので、己の魅力について再検討して下さい」

「やめろ。何でそうなるんだ」

「む?………正統派のご容姿とはなんぞやの一悶着なのでは?」

「………ネア、君個人だったら、ネビアと、アルテアの容姿ならどっちが好み?」


首を傾げたネアに、まだまだ不機嫌そうなアルテアをどうにかしようと思ったのか、ヨシュアが床に蹲りながらそんな質問を挟んでくれた。

ネアは何で突然そんな質問になったのかなと眉を顰めたが、そんなことが問題だとなった場合は、意外に評価の順位などを気にしてしまう繊細な魔物だったのかも知れない。


「失礼を承知で個人的な嗜好で言えば、アルテアさんが好きです」

「……………ほぇ。即答した。僕とアルテアだったら?」

「アルテアさんの方が好きですよ?」

「…………ふぇ。何だかむしゃくしゃする………」

「あらあら、困った我儘さんですねぇ。人間だけでなく、皆さん誰だって、単純な色の好き嫌いのように好みの造形くらいあるでしょうに」


個人的な好意が云々という話ではないのだ。

単純に容姿の好き嫌いであれば、ネアにだって明確な好みがある。

そういう意味では、アルテアの容貌は魔物らしく、凄艶な雰囲気やはっきりした色彩なども好きだなとは思っていた。


(ドリーさんも好きだけど、どちらかと言えばそれは人柄も込みかしら。竜としてだけ見るなら、ダナエさんの方が好き。妖精さんなら、ヒルドさんが一番綺麗に感じるし、魔物ならやっぱりディノが一番好きだろうか……)


「ネアは、彼の容姿はかなり好きなのだな?」

「オズヴァルト様?………そうですねぇ、ご容姿とその方を好きかどうかというのは、また別問題ですが、アルテアさんはかなり好きなご容姿なのです」

「……………成程」


頷いたオズヴァルトは、先程から無言の魔物の方をちらりと見て、慌てて顔を逸らした。

そのまま窓際の方を見たところ、良く知りもしない人間から、好みの容姿はあっちだと言われてしまったロサが複雑そうな顔をしている。


そんなオズヴァルトに視線で促され、ネアは固まったままの使い魔を見上げた。



「………アルテアさん、帰ったらローストビーフを作って下さい」

「ん?ああ」

「白もふさんにも会いたいです」

「今回のことが落ち着いてからにしろ」

「ほわ。とても優しい魔物さんが生まれました」



やはり案外繊細だったなと言ったネアは、すぐさまアルテアに頭をはたかれた。

現状とても弱っているので、その勢いで椅子から派手に落ちたネアは、暫くの間はアルテアを威嚇して唸り続けていた。


悪いと思ったのか、その後のアルテアは優しかったと付け加えておこう。









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