庭園のプールとお客様
穏やかな風にネアは目を細めた。
この季節にはもうウィームを去ってしまった初夏の健やかさに、湖の水面を揺れる枝葉が美しい影を水面に広げる。
はらりとこぼれ落ちる満開の花の花びらに、ふくよかな花の香り。
この美しさと穏やかさは、なんと豊かなことだろう。
そう思う度に心が優しく緩んで、ネアは幸せな気持ちになる。
「こりゃいいや。シル、良かったね」
「うん……。でも、なぜノアベルトがいるんだろう」
「ありゃ。プール開きだから、僕はお客様だよ」
「そうなのかい?」
「ええ、今日は白けものさんもいますから、監視員の役割も兼ねてノアにも遊びに来て貰いました」
「………ノアベルトは、本当に泳げるのかな」
「僕は泳げるよ」
「泳げる…………」
「泳ぎ方を見る?」
ノアが泳げると知り、ディノはくしゃりと項垂れた。
そんな魔物の手を引いてやり、ネアはこれからも一緒に練習しましょうねと微笑みかける。
「それに、ムグリスディノは泳げますしね」
「………うん」
少しだけ誇らしげに頷き、ディノはちらりと白けものの方を見る。
プールサイドのベンチの上に寝転び、視線の先のけものは優雅に尻尾をぱたぱたさせている。
このプールはとても気に入ったのか、連れてくると少しだけ気分が上がったようだ。
今は穏やかな森の風を受けて、ふわふわの白い毛皮を揺らしてのんびりしている。
さらりとまた風が吹き、ネアは気持ちのいい風に目を細める。
今日は休日だが、白けものがいるのは午前中までなので、午前中に白けもの遊びを詰め込んでおいた。
(そして、プールに連れて来たのには、理由があるのだ!)
ネアがとあることを画策しているのは、先日お風呂上がりの銀狐を見た時に思ったことがきっかけだ。
毛が濡れてがりがり姿になった銀狐の切なくも可愛い姿にとても癒されたので、濡れ白けものを見てみようと思っている。
「ふむ。ディノはバタ足に余裕がある間しか浮けないのですね」
「どうして沈むのだろう………」
「シル、手も使ってる?」
「広げているよ。でも、かなり力を使ってもあまり長くは泳げないかな……」
「案外、水との親和性が低いのかな。万象と水の相性が悪いってこと………?」
「いや、属性としての相性の悪さは感じないな。それに今は魔術を封じるようにして魔術流出に鍵をかけているよ」
「だとすると、反発でも、魔術の保有量が高くて重い訳でもないね。親和性が高くて引き摺り込まれる系かなぁ……」
「怖っ!」
「ネア、そこで引かないで慰めてあげて!」
ディノはその後も頑張ってばしゃばしゃと泳ぎ、新しい専用プールが良かったのか一メートル程記録を伸ばして嬉しそうに微笑みを深めた。
案外ノアの教え方も上手く、基本を教えるネアの後から、言葉を補足したり、ネアが見えていない部分を指摘したりしてくれる。
「凄いですね、ディノ!またしても記録を伸ばしましたよ」
「うん。………でも、君みたいに泳げればいいのに」
「ふふ、ここはいつでもありますから、ゆっくり上達してゆきましょうね。それと、白けものさんはやはり泳げないのですね。こちらのムグリス用のプールで水遊びします?」
ネアにプールの中からそう声をかけられ、昨晩は腰砕けになるまでお腹を撫でられてしまったことをなかったことにするかのように、つんと澄ました顔で白けものが呆れたようにこちらを見た。
「澄ました顔をしていますが、うちの狐さんは素敵に泳げるのですよ!」
「…………泳げないのかな」
「へー、………本当は泳げないのかぁ」
しかし、ディノに期待の篭った眼差しで見つめられ、ノアには若干苦笑されてしまうと、白けものはざぶりと水の中に飛び込み優雅に泳いでみせた。
泳げない仲間ではないと知ってふるふるしている魔物の横で、ネアは力強い白けものの泳ぎ方に見惚れた。
銀狐のようにしゃばしゃば泳ぐのではなく、ざぶりざぶりとしっかりとしたしなやかな筋肉で優雅に泳ぐ。
そして、ネア達の横をゆうゆうと泳いでゆくと、反対側に上がってぶるりと体を震わせて水飛沫を飛ばした。
「むぅ。濡れた狐さんのようにがりがりになりません」
「ありゃ。ネア、狐と雪豹は体の作りが違うからね」
「しかし、尻尾はべしゃりとしていて可愛いですね」
ネアに尻尾を馬鹿にされたと思ったのか、こちらをじろりと見て、白けものはふわりと魔術で水気を飛ばしてしまった。
白けもの姿であっても魔術は使えるようだ。
(…………良かった)
少し事情があって、ネアはその事実に胸を撫で下ろす。
この姿でも魔術を可能とするのなら、無用心ではないだろう。
「物凄い自慢げにこっち見てるけど……」
「つんとしてますが、昨晩はあんなにしどけなかったのです」
「わーお、ネア何しちゃったのさ?」
「それはもう、尻尾の付け根を……もが?!」
そこでネアは、プールにもう一度飛び込んできた白けものにざばりと水に沈められた。
それは黙らせる程度の可愛らしいやり口だったが、怒り狂った心の狭い人間は水の中で犯人を絞め技の刑にしてから、ぷはっと顔を出して、同じく顔を出した白けものに水をかけてやる。
怒り狂うご主人様を、プールの縁に手をかけて体を固定していたディノがすぐに腰に手を回して支えてくれた。
しかしなぜか、白けものはそのまま水にぶくぶくと潜ってしまった。
「おのれ、沈めましたね!ゆるすまじ!………白もふ?!」
「ありゃ、………沈んだままだね」
「………ほわ、……白もふが死んでしまいました」
「ネア、何かしたのかい?」
「悪さをしたので、水中で絞め技をかけました!実は私は強いのですよ!」
「…………わーお。………ネア、水着で?」
「む?」
「………ずるい。ネアが水着で浮気する」
「かなりの修羅場な響きになりますので、その言い方はやめて下さいね」
「じゃあ、僕にもやって!」
「なぜ、ノアに立候補されたのだ」
ごぼごぼと泡の上がってくる水面を見ていると、ざばりとプールの反対側に上がってきた白けものは、よろよろと反対側の方にあるベンチの所まで歩いてゆくとぶわりと毛皮を乾かし、ベンチに飛び乗った。
そのまま、くたりと座り込んで頭を前足に乗せてしまう。
「…………まぁ、お顔を反対側を向けられています。嫌われてしまいました」
「…………ネア、僕が思うにあれは落ち込んでるんじゃないかな。そっとしておいてあげたら?」
「白もふ成分が………」
「それなら、僕が最高の白い獣に擬態してあげようか?」
「なぬ?!」
そこでノアから思いがけない提案があり、ネアは目をきらきらさせた。
ノアと言えばやはり銀狐でなければならないのだが、臨時白けものは大歓迎である。
「僕ので気に入ったら、もうあの獣に拘らなくてもいいしね」
「となると、今日で白もふさんは引退なのですね………」
「水着で絞め技なんかされたんだから、もう充分だと思うよ」
「むむぅ。あの抵抗しながらも撫で回し中毒になりかけている感じも好きだったのですが、嫌われてしまったのであれば致し方ありませんね」
「………私も、ああいう白い獣になった方がいいのかい?」
「あら、ディノはムグリスディノでいて下さいね。私は、ムグリスディノポーチを作ってしまうくらい、あの愛くるしい姿がお気に入りなのです」
「ご主人様!」
ネアとディノもプールから上がり、みんなでわいわいやっていると、音もなくこちらに歩いてくる白い姿があった。
ネアはちらりとそちらを見たが、まだ顔が上がっていないので、拗ねているのだろう。
その場合下手にプレッシャーをかけてもいけないので、ネアはあまり構わないようにした。
しかし、ずしんと足に体当たりされてネアはむぐっとなってしまう。
「………あら」
「どうしたんだい?」
「引退する筈の白けものさんが、なぜかこちらに懐いてきました」
「…………わーお」
こちらにやってきた白けものは、ネアの足にくっついてぺそりと耳を寝かせている。
顔はつんとそっぽを向いているが、尻尾もしょげてしまっていた。
そうなると可哀想で可愛いので、ネアはしゃがみ込んで耳の後ろを掻いてやる。
そうすると、寝てしまっていた耳が持ち上がるので可愛らしいものだ。
「ありゃ、分かりやすいね」
ノアが隣で、両手を耳に当てて上げ下げしてみせ、耳で内心がばればれだと呆れた顔をする。
自分が狐になっている間のことは、比較対象にないのだろうか。
一方でディノは、やはり知り合いが獣化し過ぎていると落ち込んでしまうらしく、何だか悲しそうに眉を下げていた。
「それとネア、その服装でアル……その獣の前で座るのはやめようか」
「む?水着だと駄目ですかね」
「うん、減るよ!」
「減ると思う」
「………減らないと思いますが、ディノが何やら本気な感じなので立ち上がりますね」
よいしょと立ち上がったネアに、ちょうどふわりと吹いた風が気持ちよく吹き付ける。
柔らかな風のある日の風景を移植してあるので、ここはいつも穏やかな風が吹いている。
はらはらと水面に散りゆく満開の花も、鳥が飛び立った名残なのか微かに揺れる枝葉も、そして軽やかな小鳥の鳴き声も、どこまでものどかな極上の休日だ。
そんな風景から足元で懐いている白けものに視線を戻し、ネアは一つ気になっていたことを話題に乗せる為に、まずは当たり障りのない会話から切り出すことにする。
「そういえば、ウィリアムさんは泳げるのでしょうか」
「ウィリアムは泳げると思うよ。前に、川に落ちた子供を助けた話をしていたから」
「ウィリアムらしいね。僕は、そういうのしないから」
「あら、ノアは素通りですか?」
「だって、知らない人間だからね。勿論、ネアやエーダリアが溺れてたら助けるよ?」
「世知辛い世の中ですが、現実はそんなものですね」
「僕、ネアのそういうところが好きだなぁ」
(だって、魔物なのだから……)
少し話したいことからは話題が逸れてしまったが、魔物のそういう思考は仕方のないものだとネアは思う。
これでもし、魔物達が姿形も人間に近しくなかったのであれば、きっと人間達も彼等の酷薄さに過敏にならないと思う。
よく似ているからこそ、その心の違いが曖昧になってしまい、自分がこう考えるから相手も考えるのだろうと思いがちだ。
最もそんなすれ違いに遭遇しがちなウィリアムと最近は何度か一緒にいたので、ネアはそんな誤解によって傷付いたウィリアムを少し不憫に思っていた。
ブナの木の森の隣にある針葉樹の森で出会った時、彼は自分がどれだけ暗い目をしていたのか知らないだろう。
「ネアは、ウィリアムのことが気になるのかい?」
「いえ、別件からウィリアムさんのことが気になったのですが、でもこの前の針葉樹の森の件で、少ししょんぼりされていましたからね。ウィリアムさんはいっそもう、羽を付けるとか角を生やすとか、少し外見に変化を持たせて人外者さんらしくされた方が、あんな風に擦れ違わないのでは」
「…………羽」
しかし、その提案にディノはしょんぼりしてしまい、ノアもどこか遠い目をした。
何だか問題発言をしてしまったようなので、ネアは首を傾げる。
「もしかして、羽を着けるのは問題があるのでしょうか?似合うと思うのですが……」
「うーん、魔物の場合はさ、姿形が異形に近いと階位が低く見られがちだからね。実際にはほこりみたいな変異種もいるし、狂乱する魔物は獣の姿になりがちだから、一概にそうじゃないけどね」
「とは言え、一般的には高位の方が人型を外れるということは少ないのですね?」
「そういうこと」
「………ウィリアムが羽をつけていたら、階位落ちしたと思われてしまいそうだね」
「そうなると、事件が起こりそうなのでその案は却下します!」
「うん。それが良いだろう。羽………」
三人は、プールサイドのベンチに腰掛けて飲み物を飲んでいる。
並びで座れるベンチもあるが、あまりへばりつかれたくない系のご主人様は一人一席のベンチを用意してある。
ごろりと横にもなれる素敵なものなので、ここでのんびりお昼寝するだけでも気持ちいいだろう。
「そして、今の階位落ち云々というところから思い出したことで一つ気になったのですが、アルテアさんのステッキは一つしかないのですか?」
ネアがそう尋ねると、ディノがこちらを見て目を瞠った。
白けものが尻尾で妨害してきたので、ネアは片手ではたき落としておく。
「欲しいのかい?」
「ディノ、取ってきてあげるという風な目をしてはいけませんよ。大事なものだと聞いているのです!」
「基本は一本じゃないかな。でも、偽物が二つくらいあるね」
ミントとラズベリーのたくさん入ったアイスティーを飲みながらしれっとそう断言したノアに、ネアの足元に丸まっていた白けものが目を丸くする。
尻尾がぴゃっと伸びてしまっているので気付かれていないと思っていたようだが、ノアにはお見通しだったようだ。
「む。偽物ステッキがあるのですね……」
「沢山あるように見せているけど実は一本で、だけど実は回避用で数本の替え玉があるって感じかなぁ」
「ウィリアムさんは、実は一本しかないとお話しされていましたよ?」
ネアの言葉に小さく頷いたのはディノだ。
飲んでいるのはドライフルーツで甘みを出したアイスティーで、ヴェルリアのものを貰ってきたからとヒルドがお裾分けしてくれた紅茶だ。
以降、ディノはすっかり気に入ってしまっている。
「ウィリアムには、本当のものしか見せてないのだろう。それを持たないと、ウィリアムの手を掻い潜るのは面倒になるからね」
「まぁ、ウィリアムさん対策だったのですね」
「アルテアが、よくウィリアムを怒らせているからだと思うよ。でも、どうして急にステッキの話をしたんだい?」
「一本しかない大事なものだと聞いて、悪夢の時にディノが一本取り上げてしまったことと、ほこりが舞踏会で食べてしまったことを思い出したのです」
そのことを思い出した時、ネアは少なからずひやりとした。
魔物というものは、あまり自身の損傷を明かさないものだ。
知らずに弱っているのだとしたら、大問題ではないか。
「………わーお、だからほこりは強いのかぁ」
「なぬ。もしやそれが本物で、アルテアさんとほこりは一心同体に……?」
「あはは、そうだったら楽しい事件だけど、そうじゃないよ。偽物でも、本物に似せて整える為に血の一滴は使ってるだろうなってこと。ほこりは、微々たるものとは言えアルテアの欠片を取り込んでいるから強いのかもね」
「ほこりは、立派な子に育ちましたね。何だか、名付け親として感動してしまいました!」
「私を斬った仕込み杖は、良いものだったけれど破棄してしまったよ。幸いにも、アルテア自身の要素はなかったし、材料が稀少なものの上に私の血を浴びたものだからね。念の為に」
「……破棄してくれて良かったです」
厳しくそう宣言したネアに、ディノは微笑んで、そうやって気を付けているから大丈夫だよと頷いてくれた。
やはり、レーヌの件であれこれあってから、足をすくわれるということには慎重になったらしい。
「…………それと、ネア、足の上にその獣に座られてるけれど、いいのかい?」
「むむぅ。これはほこりを褒めた途端からですので、確実に嫌がらせですね。後で、百倍返しで撫で回します!」
百倍返しに慄いた白けものは離れて行ったが、ネアはどちらにせよ後でまた撫で回してくれるとほくそ笑む。
(そして、ディノにウィリアムさんが白けものを虐めないようにお願いしておきたいのに、また話題が逸れてしまった………)
あえてこの場で自然に口にしたかったのは、白けものことアルテアにも聞かせたかったからだ。
それなのに自ら他の質問を優先してしまい、会話運びに失敗したネアは、困ったなと内心少しだけ焦る。
洞窟冒険のあの日、枕で止まり木に転生させられかけたネアが問答無用で立ち上がった時、ウィリアムとノアの間に不幸な事故があった。
落ち込むウィリアムはその後ふらふらで、白けものとも事故を起こしたのだ。
帰り際に既にディノに平べったくされていた白けものの尻尾を踏んでしまい、悶絶する白けものの尻尾に治癒と祝福を与えてお詫びをした一幕があった。
とは言えそれを、ネアは事故としては認識していない。
なぜならば、見ていた角度的にどこかしたたかな魔物らしい目をしたウィリアムが見えてしまい、今回の事故は作為的なもののようだぞと認識していたからで、ウィリアムもネアには気付かれたと分かっていたようだ。
『どんな生き物だかわからないからな。悪さをしないように、念の為に』
帰り側にそうネアに耳打ちしていったウィリアムの後ろ姿を、ネアは対アルテアの嗅覚の鋭さは流石のものだなと感嘆しながら見送ったものだ。
(白もふがアルテアさんだと気付いてなくても、何だか気になってしまうくらいなのだから………)
その点については、ノアの擬態能力の高さも凄いものだと思う。
対ウィリアム用にはノアが魔術を補填したらしく、結果見事に白けものの正体をウィリアムから隠し切っていた。
なお、ウィリアムからの不注意の踏みつけを受け、こんな風に事故続きだと番犬としては何だか心配だなと、守護強化を兼ねて口付けの祝福を尻尾に受けてしまった白けものはけばけばになって固まっていたので、アルテアの方がウィリアムの警戒に気付いているのかは定かではなかった。
その場では微笑ましく眺めていたネアだったが、昨晩あたりから祝福を与える体で捕捉し、狩ってしまうのではと急に不安になり始めた。
だからこそ、本人にも注意喚起する為にここで会話に上げたかったのだが、あまりウィリアムの話に固執すると、アルテアが違和感を覚えてしまいそうなので無理はするまい。
(正体を知っているとバレたら、好きに撫で回せなくなりそうだもの………)
ネアは白けものの正体がアルテアだと気付いていないことになっており、だからこそ安易に白けもの出動依頼を出せる部分が大きい。
なので、今回のことは後でディノを通して注意喚起して貰おう。
(うっかり、白もふな時にウィリアムさんに狩られてしまったら大変だから)
なので先程、ネアは白けものが魔術を使えると知って一安心したのだった。
ウィリアムからの不意のお仕置きがあった場合、是非に生き延びて欲しい。
「さて、もうそろそろいい時間じゃないのかな」
「むむぅ。では、時間切れになる前に白もふさんを撫で回さなければ」
「わーお、まだやるんだね」
「公的に撫で回せる機会は、意外に少ないのです。容赦なくやらせていただきます」
「ご主人様…………」
「ネア、目が怖いって!」
慄くディノとノアの向こう側では、ぎくりとしたように白けものがこちらを振り返っていた。
ネアは手をわきわきさせて近付き、背後からさっとディノに捕獲される。
「ネア、まずは着替えてからにしようか」
「むぐぅ。大変に遺憾ですが、昨晩は怖がってしまっている白もふさんを慰めるのを許してくれたので、着替えてから撫で回しますね。その間、白もふさんが逃げないように捕まえていて下さい」
「じゃあ、僕が捕まえておいてあげるよ」
「では、ノアお願いします!」
その後、プールに併設された更衣室で着替えたネアが戻ってくると、なぜか魔物達はびしゃびしゃで戦っていた。
ディノ曰く、ノアが白けものを冷やかして反撃にあってプールに落とされたようで、ノアも勿論反撃に転じ、白けものをプールに落としたのだそうだ。
なお、ディノはプールサイドに立っていただけなのに、その交戦の煽りを食って水をかぶったらしい。
「ふふ、仲良しですねぇ」
しかし、ネアがそう笑うと、魔物達はぴたっと動きを止めてふるふると首を振った。
どれだけ否定しても三人で楽しく水遊びしていたに違いないので、ネアは口元に手を当ててうふふと微笑んでおいた。
白けものが帰ってから、ネアはディノにウィリアムが白けものを狩ってしまう可能性について相談してみた。
すると、実はあの場ですぐにノアもそのことに気付いており、既にノアからディノに忠告があったようだ。
アルテア自身も身の危険には気付いており、ウィリアムとの間に魔術証跡が残らないよう丁寧に祝福の痕跡を削ぎ落としてあるのだそうだ。
とは言え、正体がバレる以前の問題として狩られてしまう可能性があるのは、ディノも心配していた。
良い機会があるので明日までにはウィリアムに釘を刺しておいてくれると言ってくれたので、ネアは白けものが亡き者にされてしまう心配から解放されたと思っていいだろう。
まったく世話の焼ける使い魔なので、あの美味しいパイはまた近日中におねだりしてもいいと考えている次第だ。
しかし後日、そんな出来事が自分の命運を分けるのだと、ネアはまだ知らなかった。