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怪談と行方不明者




その晩、リーエンベルクでは怪談大会が催された。

これは、避暑地で盛り上がったことを前提にした一部参加者のリベンジの会でもあり、ネアとしては主にエーダリアが、ディノとノアを自分だって驚かせてみたいという感じなのではないかと考えていた。



「では、私からまいりましょう」


素敵な微笑みでそう切り出したのは、ヒルドだ。

本来であれば執務があって参加出来ない予定だったのだが、思いがけず問題が早く片付いてしまったらしい。

本日の仕事で厄介な討伐にあたった騎士がいるのだが、その騎士の婚約者兼ご主人様が駆けつけ、あっという間に解決してしまったと聞き、ネアは竜の血を引く騎士のことを思い浮かべた。



そして、リーエンベルク怪談大会の席には、エーダリアとヒルド、ネアとディノ、白けものとゼノーシュが参加している。

残念ながらグラストはその手の話が苦手なのだそうで、本日はお部屋で心ゆくまでのんびりするのだそうだ。

お気に入りの本を持ち込んでいたので、ゼノーシュも安心して怪談に興じられるらしい。


と言うのもグラストも、ネアと同じ一度はまると読みやめられない系の人種だからだ。

とは言え、グラストは実は読書が苦手なのだそうだ。

読み進めるのが苦手な分、お気に入りに出会うと拙い読み進めで長時間はまるタイプなのだとゼノーシュは分析している。

そして読み終わった後は疲労困憊して寝てしまうそうなので、根が素直な人なのかなとネアは微笑ましく思う。




「私が存じ上げているのは、リーエンベルクの禁足地の森に住む霜食いの亜種についての怪談です」



そうしてヒルドが語ったのは、霜食いに見える霜食いではない祟りものの話であった。

エーダリアは途中から蒼白になってゆき、見付けた騎士がちょっとした財政難だった為に、海老みたいな味かもしれないと思い立って茹でて食べてみたあたりで、ディノと白けものもくしゃくしゃになる。


ぎゅっと羽織りものになってきた魔物を撫でてやりつつ、ネアは、げに恐ろしいのは空腹なのだなと頷いた。


「………お味は海老だったのでしょうか?」

「お前は、よくそう尋ねられたな?仮にも祟りものだぞ………」

「あら、エーダリア様はやはりもやしっ子ですね!美味しければ、新たな珍味としてウィームの財源に…」

「そのような野趣溢れるものを食材として広めるつもりはない。そもそも、食べたがる者がいると思うか?」

「どこの世にも、人様より少しでも変わったもの、話題性のあるものを食べてみたいという困った食通さんがいるものですよ」


そう指摘すれば、ヒルドが語った霜食いに見えるけれどひっくり返してみると真っ赤な海老のような生き物の話に顔色を悪くしていた面々は、さっと固まって恐ろしいものを見るようにネアを見るではないか。


「僕はあんまり食べたくないけど、ほこりは喜びそうだね」

「ほこりは祟りものが大好物ですものね」

「ゼベル曰く、あまり美味しくはなかったようですよ。祟りものの毒抜きをしないといけませんし、淡白な鶏肉のような味なので塩だけでは物足りなかったと」

「………ほわ、挑戦者はゼベルさんでした」


あまりにも身近な被験者に、ネアは財政難の理由とは、以前の狼投資だろうかと遠い目をする。


「…………ゼベルだったのか」


エーダリアも遠い目をしているが、こちらは何か思い当たるところがあるのか、前に竜も食べていたしなと付け加えているので、討伐対象を度々食卓に上げていたようだ。

リーエンベルクの騎士寮では騎士達に食事が出るが、森深くの滞在型任務や遠征などで外に出るときは支度金が渡される。

恐らく、ゼベルはそういう時にお金を狼投資に使ってしまい、食糧難になっていたのだろうということだった。




「じゃあ、僕が次の話をするね」



そうしてゼノーシュが話してくれたのは、とても脆弱だが物凄く恐ろしい、麦粒の精の怪談だ。

麦粒の精はとても困った性質があり、お気に入りの麦蔵を見付けるとキャイキャイ笑いながら激しく増える。


真夜中に子供の笑い声を聞いて不審に思っていた蔵番が、さらさらと扉の隙間から溢れる麦粒の精を見付けると慌てて蔵主を呼びに行ったものの間に合わず、爆発した蔵の残骸に押し潰されて死んでしまったそうだ。


真夜中の食料庫や蔵から、子供のような声の囁くのほどの笑い声が聞こえてきたら、早急に手を打たないと、大切に品物や食料を蓄えてきた蔵を失ってしまうので注意が必要である。



「……居心地がいいということは、きっと大事にされているような蔵なのでしょうね」

「それが爆発してしまうんだね………」

「そう考えると、蔵主さん達の恐怖はとてつもないものでしょう………」


ネアと顔を見合わせたディノがこくりと頷き、白けものは大して怖くなかったのかつんと澄まして尻尾をぱたぱたしてる。


「あら、他人事ですね白もふさん。もし、そんな麦粒の精めがお家で増えたらと思うと、怖くなりませんか?」


しかし、ネアにそう脅されてしまい、白けものも耳がぺたんと寝てしまう。

対する銀狐は、何だか楽しそうだぞと尻尾を振り回していた。



「………以前、ダリルがその麦粒の精を、邪魔な商人の家の蔵に放り込んでいたな………」

「なぬ。さすがのダリルさんです………」

「おや、もしかしてアルビクロムのハナハン邸でしょうか?」

「…………ああ。あの商人の商品保管庫が爆散したのは、有名な話だからな……」


ヒルドも知らなかったのか、誰かがそのダリルの行いを真似しなければいいのですがと呟いている。

これには、管理するべき施設や領土を持っているエーダリア達の方が現実的な恐怖を感じるようだ。

怪談とは少し趣きが違うところで青ざめている。


「ネアは、麦粒の精は怖くないのかい?」

「ディノが居ますからね」

「しかし、麦粒の精となると私に見付けられるかな………」

「ゼノも見付けられないくらい、最初の一粒は小さいのですよね。でも、私のお部屋には度々ムグリスディノが出現するので、きっと居心地の良い生息地にはならないのかと……」


ネアのその言葉に、エーダリアとヒルドは顔を見合わせた。

麦粒の精を投げ込まれては困る施設には、麦食いの魔物やムグリスなどを定期的に訪問させるという予防策に発展してゆくようなので、ネアはウィームの素敵な建物が爆散しないで済みそうだぞと一安心だ。



「では私からだな」



次にエーダリアが話したのは、常人のネアには分からない魔術陣のとんでもない歪さの話だった。

ごく稀に、魔術を元々持っては生まれない人間らしく、魔術を持ち合わせた者達が失神してしまうくらいに狂気的な魔術陣を組む素人が現れるらしい。

所謂、死ぬ程センスがないというようなやつで、その術式を見てガレンの魔術師の使い魔が失神してしまったそうだ。


その組み合わせを聞かされたディノとゼノーシュは、どこか暗い顔で俯いてしまっている。

銀狐と白けものもけばけばになっているし、ヒルドも深い溜め息を吐いているので、かなりの破壊力だったのだろう。


「その組み合わせだと、体調にまで影響があるものなのですか?」

「金属などで床を掻くと嫌な音がすることがあるだろう?視覚的なものだが、あのようなものだな」

「ほわ………。魔物さんが失神するとなると、かなりのものなのですね………」



ネアも神妙な面持ちでこくりと頷き、暗い顔の魔物達を落ち着かせるべく、次の話をする前にまずは美味しいお芋のバターケーキをいただくことにした。


ネアは白けものも食べるだろうかと千切って口に入れてやったが、もすもすと食べているのでこちらの姿でも飲食は問題ないようだ。

銀狐の時に毎回思うのだが、獣に擬態している時に味覚はどうなっているのだろう。



「次は私ですね!」


意気込んでネアが話したのは、隙間の手の話だった。

山で仕事をしている人間に、木々の隙間から作業の進捗を尋ねてくる不思議な影がある。

そういう時は決して、安易に一人だと明かしたり、了承したと受け取られる言葉を発してはならない。

また、相手の目を真っ直ぐに見てもいけないのだそうだ。


男はそれを知っていたので、作業で持っていた鉈に影の姿を映しながら距離を図り、相手が忍び寄って来たと見るや、鉈でその手を切り落としてしまった。

切り落とされた手は、毛むくじゃらのおぞましい化け物の手だったのだそうだ。


知略で難を避けたかに思えたが、その日以降何かが映り込むようなところには必ず、切り落とした手が映るようになってしまった。

男は徐々に精神的に追い詰められてゆき、今度はあらゆる隙間にその手が詰まっている幻を見るようになる。

そしてとうとうある晩、何時ものように出現した隙間の手に、意を決してこれは幻だと証明する為に触れたところ、触れた途端がしりと掴まれてしまう。

その時男が思い出したのは、切り落としたのは片手のみだったという事だった。



「つまり、その手は怪物さんが見せる怨念めいたあやふやなものではなく、物理的に付け狙う系の怪物さんが隙間から入って来てその男性を捕まえようとする手だったのです!」

「…………充分に恐ろしいが、お前の怖がる箇所はどうも違うような気がするのだが……」

「勿論、恐ろしい怪談にはあやふやなものの恐怖を描いたものが多く、その怖さもとてもよく分かるのですが、その怪物さんが戸の隙間や箪笥の引き出しの隙間に頑張って詰まって待っていたのだと思うと、その待ち時間を思ってぞくりとしませんか?」

「…………そういうことか」

「侵食系の生き物なのでしょうね。視覚呪詛などを持つ、因果の系譜のものかもしれません………」


専門的な見解を述べるのはヒルドで、人外者の中には、あえて相手に傷付けられることで呪詛などを発揮する生き物が多いのだそうだ。

煤顔などもその一種にあたり、付き纏いを嫌がった獲物が煤顔の魔物を何度も排除しようとするその動きを恨みとして溜め込み、その対価として死後に獲物を捕まえてしまう。


「雪喰い鳥の試練や雨降しの謎かけもそうですが、相手との交渉によりその対価を支払わされる生き物がたくさんいますからね」

「むむ。そう考えると、一方的に襲えないという、健気な生き物に思えてきました」

「………お前の感覚なら、その種の呪いも乗り越えられそうな気がしてきた」

「まぁ、エーダリア様、理由があれば何だかお相手の事情も考えられるというものなのですよ。ただし、こちらに不都合なものであれば、容赦なく排除します!」

「そう言えば、ネア様の世界の怪談や害をなす人外の生き物達には、行動理由のないものが多いですね」



ヒルドに言われて、ネアは確かにそうだなと首を傾げた。


「………行動理由があると、その回避や、排除方法も明確になりがちなので、皆さんが飽きてしまったのでしょうか?結局のところ、意味なく行動に規則もないものが一番怖いような気がします」

「その場合、祟りものに近いのか………」


そこでふと、ネアはゼノーシュが心配そうにこちらを見ていることが気になった。



「ゼノ、怖すぎましたか?」

「ううん。僕は大丈夫。その怪物はきっと、食べても美味しくない系の獣だったんだね」

「言われてみれば、猟師さんが持って帰らなかったので、美味しそうではなかったのだと思います」

「じゃあ、置いて行っても仕方ないのかな。それとね、ネア。みんなが震えてるよ」

「む?」



そこでネアは、羽織りものになったままのディノと、ディノの膝に乗った銀狐、そして白けものまでが目を瞠ったまま小刻みに震えていることに気付いた。



「…………そこまで怖がって貰えるとは、少し驚いています」



(確かに隙間の手は、ストーカー的耐える系怪物さんがとても恐ろしいけど………)


ネアがそっとけばけばになった銀狐を撫でてやると、後回しにされたディノから悲しみの声が上がる。

慌ててディノの羽織りもの状態で体に回されている腕も撫でてやり、長椅子で隣に座っている白けものも撫でてやった。


「みなさん怖がりですねぇ」

「僕は多分、その獣の姿が怖かったんだと思う」

「………猿の体に人間の頭ですか?」

「…………ネアが虐待する」


その途端、魔物達はびゃっとなってしまい、白けものはネアとの間隔をぎゅっと詰めてきた。

またしてもの魔物まみれに、ネアは眉を顰める。



「エーダリア様、私には魔物さんが怖がるものの特徴が今一つ分からないのですが……」

「私も、今の獣は問題ないな。……人面魚はさすがに厳しいものがあるが」

「なんだろう、僕も猿はちょっと苦手かも」

「まぁ、ゼノもそう思うとなると、きっと種族的な嫌悪感のようなものがあるんですね」



そこでネアは、この世界では一般的に言われる合成獣の恐ろしさについて疑問を呈してみた。

ヒルドの見立てでは、その線引きは現存しているものにその組み合わせがあるかどうか、そして人面魚や今回のネアの怪談の生き物のように、異種族間の組み合わせでないかどうかが重要になってくるのではとのことだった。


「………成る程、こちらの世界には存在しない組み合わせが怖いのですね。そうなると、一般的な動物さんでも怖いものがあるかもしれません」

「………変わった生き物がいるのかな?」

「むぅ。………シマウマさんはいますか?」

「しまうま」


ネアがシマウマとはの説明をすると、こちらの世界ににも似たような生き物はいるそうだ。

ただし、赤と橙の組み合わせになっており、火を吐くらしい。

そちらの方が余程謎めいているとネアは思うのだが、続いて例に挙げた動物の破壊力があり過ぎたらしく、とんでもない事件が起こってしまった。



「あとは、キリンさんとか……」

「きりん?」

「ええ。口では上手く説明出来ないのですが、こういう風に首がみょっと長くなっていまして……」


ネアは説明の手間を省くために、エーダリアが術式陣の怪談で使った紙とペンでキリンの絵を描いてやった。


その瞬間、魔物達は飛び上がって逃げ出してゆき、ディノと銀狐はカーテンに包まって震えてしまい、ゼノーシュも珍しく長椅子の向こう側に逃げていた。

唯一白けものだけは残っていたが、目が紙に釘付けになったまま固まっているので、怖くて腰を抜かしているのかもしれない。



「むぅ。謎めいています」

「ネア様、申し訳ありませんがその紙を畳んでいただけますと……」

「ヒルドさんまで!すぐに畳みますね」

「お前がその絵を普通に描けたことが、一番の衝撃だ………」

「エーダリア様までも………」


そこでネアは、その紙を折り畳んでそっとエーダリアに持たせてみた。

真っ青な顔でふるふると首を振るので、もし悪い奴に襲われたら、これを広げて見せてやるといいのだと言い含めれば、術符よりも余程効果があると頷いてくれた。



「首が伸びるということが、異質ですからね」

「確か、高いところの葉っぱを食べる為に進化したようですよ」

「魔術で落とせばいいだろうにな………」

「だからこそ、こちらの世界にはない形状なのですね………あら、」


ここで、ネアは長椅子の下から白い布が覗いていることに気付いた。

何かが挟まっているようなので、ずるりと引っ張り出す。


「どなたかの手袋ですね…………ほわ?!白もふさん?!」



しかし、ネアがその手袋を引っ張り出した直後、白けものはもの凄い早さで飛び出して行ってしまった。



「…………どうしたのでしょう?」

「お前の話の後で、よく隙間から何の躊躇いもなく手袋を引き抜けたものだな……」

「ふむ。隙間の手の怪物さんが出てきそうに思えたのですね」


幸いにも、ディノ達はキリンの恐怖でカーテンに隠れていたので、この様子を見ないで済んだようだ。


「………あの方でも、苦手なものがあるのですね」

「アルテアさんが、走って逃げるのを初めて見ました」

「その手袋は、私のものですね。ネイが狐の時に盗まれたままでしたが、このようなところに隠してあったとは」

「そして、この長椅子のクッションと下板の隙間のところから、ボールも出てきました」


ネアの発掘により、どうやらそこが銀狐の宝物置き場の一つだと判明した。

カーテンの方から顔を出した銀狐は、怖い絵がしまわれたと思ったら宝物置き場が暴かれていることに気付き、再びけばけばになっている。



涙目で震えている銀狐は、手袋をひらりと振って見せて、とても怖い微笑みを浮かべたヒルドのところまでぽそぽそと歩いてゆくと、項垂れてきちんと座った。


銀狐のお説教タイム開始にカーテンの方から戻ってきたディノは、開け放たれた扉を見ながら不思議そうに首を傾げる。



「……獣……アルテアはどうしたんだい?」

「恐怖が爆発して、逃げてゆきました」

「アルテアが………」



その後、白けものはしばらく行方不明となり、夜半過ぎになって昼間に撫で回しをしていた部屋の中から発見された。

ディノ曰く、ゲームの罰としての白けものなので、実行に移した段階から魔術契約の状態に置かれ、丸一日経つまではネアが許すと言わない限り人型に戻れないのだそうだ。


すっかり怯えてしまった白けものがあまりにも荒んだ目をするので、ネアは仕方なくその夜は客間で寝てやることにして、ディノと一緒に白けものの側に居てやる羽目になってしまった。



とは言え、怖くて眠れないと可哀想なので容赦のない撫で回しでくしゃくしゃにしてやった結果、夜は悶絶から気絶するように眠ってくれた。

翌朝の目覚めで呆然としていたが、よく眠れたようなので良かったと思う。










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