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南瓜祭りと赤い小人



「………南瓜を、叩き割る」



ネアがその日、そう反芻して遠い目になってしまっていたのは、本日の午後からウィームのごく一部の土地で行われるそんなお祭りの概要を聞いてであった。


都市部では行わないその祭りの為に、今日のネアとディノはザルツ近郊の農業都市に派遣されるのだ。


ウィーム近郊でも農業は行われているが、南瓜の産地となっているのが、本日向かうツダリの街である。

南瓜はとても美味しいが、魔物がつきやすいので、作るのに向いた土地と向かない土地がはっきり分かれる作物なのだそうだ。

このあたりは林檎や葡萄と同じだが、それらのように様々な人外者を寄せてしまうのではなく、南瓜にはある特定の魔物が寄ってくるらしい。


それが即ち、南瓜の魔物である。

即ち、昨年のディノが他国から狩ってきた懐かしい魔物であり、ネアの苦手な形をした生き物だった。


「ツダリは、畑の多い土地でもあるから、近隣の森からの害獣や妖精達に狙われやすい土地でもある。畑の作物を狙い、或いは畑に出てくる人間達に罠をしかける生き物は多い。ある程度その対応策とそれを可能にする力が備わってはいる。とは言え、今回は祭りの警備をする街の騎士団が先日の討伐で動けないものばかりでな……」


エーダリアがそう言うのは、先日そのツダリの街に現れた凝りの熊のことだ。

凝りの種類の中では比較的小さな方だが、とは言え一般人が襲われれば一たまりもない。

そんな生き物には一般の騎士よりは魔術師が有効であるのだが、その日に限っては別の作業で出払っていたのだとか。

その魔術師が駆けつけるまでの間に魔術より剣技な騎士達が立ち向かうことになり、ある程度の被害が出てしまった。


その結果、祝祭の警護をする人員が精いっぱいで、森の方から祝祭の気配を嗅ぎ取って忍び寄ってくる悪しきものを警戒する余力がなくなったのだ。



「騎士さん達は、ご無事なのでしょうか?傷薬を手配します?」

「リーエンベルクから、ディノが作ってくれた傷薬を薄めたものを、重症者には支給させて貰った。だが、それ以上となると難しくてな」


そう苦しげな目をするエーダリアに、ネアは頷く。

エーダリアは、その名前も立場も個人としての認識をされ難い。

ましてや、中央から目をつけられ易い立場の彼が、あまりにも不自然な恩寵を配り歩くことは出来ないのだ。

今回のように重症者には特別な手当として分け与え、軽傷者達には一般的な魔物の薬や、治癒薬での回復を見て貰うしかない。

騎士達は良くても、そんな騎士達にも家族がいる。

人々の口に扉を設けられない以上は、過ぎたる力を誇示し過ぎてしまうのも国が荒れる原因となるのだ。


(…………そういうところは、エーダリア様は分っていらっしゃるんだわ)


治世者となる場合、善人であることが必ずしも善行とは限らない。

多くの人々の生活と思惑が絡む場で、自己満足の為に調和を崩す訳にはいかないのだ。

そうすることで崩れたのが、ネアの前任の歌乞いのその最後であるという。


(確か、前の方の時には国境域での紛争だったのだとか)


国境域での隣国の少数民族との抗争があり、その戦闘はひどく激化した。

その少数民族は隣国への統合を認めておらず、事実上は独立国家としての認識でいた為、本国の方でも彼等を御しきれないと匙を投げてしまったのだ。

本国からの完全統合を逃れ続けただけあって、彼等は強かったのだそうだ。

独立を求め、大国同士が勝手に割り割いてしまった自分達の領土を守るべく、誇りをかけた戦いであったのもその戦線の苛烈さを高めたのだと言われている。


救いのない戦場だったと言ったのは、ヒルドだっただろうか。


本来であれば戦いを調停し、ほんの僅かであった少数民族達の領土分を内々に下げ渡すことで解決出来た問題でもあった。

とは言え、国家というものの都合上、そんなことは出来ないのだ。

どのようなやり取りがあるにせよ、国家が領土を小さな部族に切り渡したとなれば、それは今後の火種に波及する。


だからこそヴェルクレアとしては戦わざるを得ず、最後の一兵まで戦うと宣言した者達も引きはしなかった。

最も悲劇とされたのは、その押さえの最前線に出されたのがガーウィンの騎士団、戦いを挑んだ部族とは近隣住民として交友のあった者達だったことだ。

見知った間柄、友人や恋人だった者達もおり、その交戦は酷いものだったという。


そうして血塗れになった戦場に、ネアの前任の歌乞いであるアリステルが参入した。


元より、アリステルはその戦争を話し合いで収めようとしていた。

さかんに国の有力者や隣国にも働きかけ、国内外での紛争締結への気風も煽り、協力者を増やそうとしていたのだそうだ。

つまりのところ、その聡明で清廉だったという彼女が犯した罪は、そうして解決させてもそれは結局、それでは我らもと蜂起する次の火種を生み出すことだと理解出来なかった部分なのだろう。

そしてそれは、白くもなく黒くもない国というものを運営する側の者達からすれば、見過ごすことの出来ない棘だった。



運命のその日、調停の為に訪れる筈だった者達が訪れず、国の意志として差し向けられたのは国王軍であった。



裏切りだと激昂した部族長にアリステルは殺され、契約の魔物は主人の後を追って滅びたのだという。

その伯爵位の魔物の崩壊により辺り一面は焦土と化し、その国境沿いの紛争は終結を見せた。

伯爵位の魔物の崩壊を知っていたように、被害を防ぎきれる一定距離を保っていた国王軍の姿は、見る者が見れば折り込み済みの事件だったのだと分かるに違いない。



「エーダリア様は、あまり悩まずにもう少し腹黒くなるべきなのです。私は、自分至上主義なので、良く知らないもののことはよく知らないままで良いので、少しは見習って下さいね」


ネアがそう答えれば、エーダリアは目を瞠った後に薄く微笑んだ。


「………そうだな。ああ、傷を早く治してやれないことを悔やんでも仕方ない」

「最近のエーダリア様は軟弱になり過ぎなのでは……。前は素敵に冷酷な感じでしたのに」

「……………私は元々こういう気質だ。以前からよくヒルドやダリルには苦言を呈されてきたが、お前にも見抜けるようになっただけのことだろう」

「まぁ…………、であれば難しい判断を強いられたら、真っ先にダリルさんに相談して下さいね」

「よりにもよって、お前はダリルを筆頭に挙げてきたな……」

「勿論です。ダリルさんは、そういう部分では判断を間違われない方でしょうし、エーダリア様がごねても言うことを聞かせてしまう力を持っています!」

「………そうだな」

「それでも問題が起きてしまった場合には、私達に相談して下さいね。いざとなれば、エーダリア様はあの避暑地のお城に軟禁します」

「…………そうならないように、心して生活せねばだな」


微笑みに若干真顔の深刻さが重なるのは、その場合、まず間違いなく高位の魔物達が荒ぶるような展開になるし、閉じ込められた後は銀狐の専属ボール投げ職人にされてしまう可能性があるからだ。

以前にノアも、そうなった場合には全員あの避暑地のお城に放り込むと宣言しているので、エーダリア並びにヒルドは注意して行動した方がいいと思う。


「そして今回は、ひっそりとお祭りを見守り、悪さをする方がいればぺしゃんこにすればいいのですね?」

「ああ。こちらでも祝祭の式典準備の会合があって、人手を割けなくてすまない」

「いえ。どなたかと正式にお会いしてお受けするのとは違い、今回は隠密で見回りをするだけですから」

「では、宜しく頼む」



そう頼まれてリーエンベルクを出たネアは、ご主人様とのお出かけ任務にわくわくする魔物に、本日の概要を伝えた。


「本日は、南瓜を叩き割るお祭りの警護です。年に一度、早秋の収穫の後の畑に残った南瓜を、街の人々で叩き割るお祭りが催されます。因みにお祭りの趣旨としては、畑の悪いものをあえて残した南瓜に集約させ、叩き割って滅ぼしてしまおうということになるようですね」

「人間は凄いことをするんだね………」

「収穫後の畑のお掃除のようなものですね。その後でまた冬南瓜を育てるようですので、必要に駆られて始めた作業がお祭りになってしまったのでしょう」

「叩き割って滅ぼせるものなのかな」

「滅ぼしてきたということは、ものすごい剛腕なのでしょうか?」


少しだけそんなお祭りを見てみたかったが、市街地は人手が足りているようなので、今回負傷により欠員が出ている街の外を見まわるのがネア達の仕事だ。



「………まだ、少しだけ南瓜が残っていますが、エーダリア様の情報によるとあの小さな南瓜は、畑に住む生き物への御裾分けなのだそうです。ただし、よくないものが入っているようであれば、滅ぼしてしまって構わないとのことでした」

「では、良くないものが入り込んでいたら壊してしまおう」

「南瓜の魔物さんがいるでしょうか?」

「ネアは、あの魔物が苦手だったようだから、南瓜の魔物は既に排除してしまったよ」

「ほわ………」



二人の目の前に広がったのは、広大な南瓜畑だ。

作付面積が広いその畑は、森の一画を切り開いたのだと分かる、森に直接面した場所になっている。

勿論森との間には結界を張ってはあるが、それでも入り込む生き物は多いという。


「む。………ちょろちょろしている生き物がいます!」

「あれは、畑鼠だね。害のない生き物だと思うよ」

「さては良く知りませんね?」

「…………うん」


街の方では、わぁっという歓声が聞こえる。

恐らく誰かが南瓜を叩き割っているに違いなく、ネアはどんな様子なのだろうかと考えた。

見渡す畑は広大で、きっとここには大きな南瓜が実っていたのだろう。

そんな大きなものを叩き割れるとなると、さぞかし迫力のお祭りに違いない。


そして、そんなもの音に惹かれたのか、森の方から何かが駆け込んできた。


「なにやつ」


慌ててネアが走り寄ると、可愛らしい丸狸のような生き物がいる。

駆け寄ってきた人間に怯える素振りをみせたが、ネアはその生き物が素早く片手を背後に隠したのを見逃さなかった。


次の瞬間、丸狸は飛び上がると愚かな人間に襲い掛かり、そのまま真っ直ぐに地面にくしゃっと落ちた。


「………愚かなやつですね」

「これは精霊の一種だね。狩ってみるかい?」

「むぅ。丸くて毛皮のお姿に少し心が痛むのですが、高く売れそうですか?」

「毛皮が売れるのかな……」


ディノの結界か何かで地面に押し付けられている丸狸は、その会話に震え上がってしまったようだ。

キィキィと鳴きながらもがいているので、試しに一度その拘束を緩めて貰うと、念の為にとディノの背中に隠れたネアには見向きもせずに、一目散に森に逃げ帰っていった。


「さらばなのです、狸さん。………そして、また新たな生き物が出現しました」


次に見付けた生き物は、少しだけ異様な風体の真っ黒な藁人形のような生き物だ。

立ち上がった熊程の大きさで、かっくんかっくんと揺れながら歩いており、全身が小刻みに風に揺れている。

動き方がもう異様なので、ネアはディノにしっかりと寄り添う。


「案山子食いのようだ。あれは少し困った生き物だから、ネアは目を瞑っていてくれるかい?」

「む?」

「視覚からの魔術浸食をする生き物なんだ。妖精の一種だが、祟りものに近いからね」

「わかりました。ディノは困ったことになりませんか?」

「大丈夫だよ。魔術階位が上だから」


ネアはディノに持ち上げて貰い、しっかりと目を瞑った。

最近はどうも見てはいけない系の生き物が多いなと思いつつ、ディノがその案山子食いという生き物を排除するまでの間、しっかりと肩に掴まっている。


「終わったよ、もう目を開いていいからね」

「…………あら、くしゃくしゃになった案山子さんが……」


ネアが目を開くと、そこには積み上がった案山子の残骸があった。

ディノの説明によると、案山子食いは、飢饉などで食べ物を得られず餓死した者達の怨念から派生する魔物で、畑の魔除けである案山子を食べてより大きくなってゆくのだそうだ。

恐怖や苦痛などから派生する魔物らしく、あまりじっと見てしまうと心に損傷を受けると言われている。


積み上がった残骸は、ディノがその案山子食いを斃したので、案山子食いが今迄に食べてきた案山子が残されたのではないかということだった。

よく育った案山子食いの場合、簡単に人間の魔術師も食べてしまうことがあり、またその生態や派生の瞬間などがよくわかっていないので、得体のしれない魔物という扱いで恐れられているのだそうだ。



「ディノ、それと何やら小さな生き物達がわらわらときました……」

「おや、案山子食いの残骸を食べに来たのだろう。この案山子の山は、冬籠りする生き物達にとっても使える祝福があるのだろう」

「……ほわ、もふもふの行進が!」


ディノが案山子食いを滅ぼすのを見守っていたらしく、森から出てきたのは小さな毛皮の生き物達だ。

その中には冬毛の狼や狐もおり、みんな案山子食いが残した案山子の残骸を拾っては満足げに森に帰ってゆく。

ディノ曰く、案山子食いが人里に下りて討伐されるのを見越して、そのおこぼれに与ろうと追いかけてきたのではないかとのことだった。


小さな栗鼠や、手の短い兎なども、せいいっぱいの残骸を抱えてゆき、家族で収穫に来たらしいモモンガの群れは、共同作業で枝などを拾い集めてゆく。

ぽわぽわ毛玉のような妖精も、糸切れのような手で麦の茎を拾い上げ、ふらふらしながら飛び去った。



「悪いものを退ける呪いがあるのなら、確かに巣材としてはいいかもしれません。ただ、案山子食いさんに食べられた後のものでも大丈夫なのでしょうか?」

「本体が滅びたので、そのままのものに戻ったようだ。祝福の煌めきも見えるし、問題ないだろう」


そんなおこぼれ貰いの行進が途切れた頃には、もう案山子の残骸は欠片も残っていなかった。

この案山子の山の報告をしなければと考えていたネアだったが、杞憂で済んだようだ。


「そして、………ディノ、少し先の畑の横に立っている赤い人はなんでしょう」

「………何だろう。困ったものでないといいが、…………精霊のようだ」


ネア達が恐る恐る近付いたのは、全身が真っ赤な小人のようなものだった。

ネアは怖いので魔物の後ろに隠れさせて貰い、命綱として三つ編みも握り締めたので、ディノは嬉しかったようだ。

ご主人様が頼ってくるとご機嫌だが、果たして大丈夫だろうか。


しかし、息を殺して近付いたところで、その赤い小人はものすごく驚愕の表情を浮かべるなり全速力で森の方に逃げていった。

ネアは見上げて魔物がしっかり擬態していることを確かめつつ、首を傾げる。


「…………むぅ。一目散に逃げてゆきました」

「ネアの靴を見ていたようだから、ウィリアムの系譜のものかもしれないね」

「となると、少し怖いものだったのかもしれませんね」

「病の系譜に近い気配がしたから、疫病の精霊のものかもしれないよ」

「………追い払えて良かったです!」


疫病などもっての他なので、ネアは無事に先方が引いてくれたことに感謝した。

念の為に、ディノには疫病の系譜が嫌うというヤドリギを入手して貰い、見かけた辺りに千切ってばらまいておく。



そんなこんなで見回りを終える頃にはいい具合に陽が落ちたので、無事に仕事を終えた二人は、お祭りの後で屋台で売られている粉砕南瓜のチーズ焼きをいただいてからリーエンベルクに戻ることにした。



「あの南瓜の台を見ました?岩盤に穴が開くということは、下の岩を叩き割る力で南瓜を粉々に出来る方がいるようです」

「………欠片も小さいようだしね」

「ええ。こんなに素敵に粉砕していただけた結果、チーズがうまく絡んで美味しかったですね!悪い南瓜は粉砕して燃やしてしまうそうですが、こうして余興で砕いた南瓜を振る舞って下さるのは、何だか素敵なことだと思うのです」

「…………あの人間が」

「ふむ。今年の粉砕自慢は、あの粉屋のおかみさんだそうですね。あのような華奢な腕で、南瓜を粉々にするなんて勇ましいです」

「岩まで……………」


延々と畑の向こうに広がる森を警戒する仕事だったので、歩き疲れていないかを心配する魔物に、ご主人様はもっと自分の足で歩けるのだと説明しておく。

お祭り気分は味わえないと思っていたが、こうして少しだけご相伴に与れたことに感謝しよう。




なお、その後のツダリでは、隣街を襲った咳病がツダリには訪れなかったことと、森境の畑の外側にいつの間にか播かれていたヤドリギの欠片を見て、畑を守る精霊がいるのだと噂になったそうだ。

大事にしている畑には精霊がいるそうで、その精霊が疫病を追い払ったということになったようだ。

実際にその畑にも畑の精霊がいたのだが、眠そうな目をしたもしゃもしゃの子犬だったので、ネアは何となく悔しい気持ちになる。

とは言え、祀り上げられた精霊は本当に良いものになるのだと知り、あの子犬の成長を祈っておいた。



祭りの日、街の外周を警戒していた騎士達は、いつもなら森の方から来る悪しきものが一匹もいなかったことに驚いたのだそうだ。

今年は人数が少ないからと、多少の怪我を想定済みで待ち構えていたので拍子抜けした反面、これ以上の怪我人が増えなかったことに安堵の息を漏らしたらしい。

その夜は騎士達もみんなで美味しく粉砕かぼちゃをいただいたそうで、ネアは良い仕事をしたと嬉しい気持ちになった。











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