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毛皮の会と居眠りの会


その日ネアは、迎えに来てくれたウィリアムに手を振り、待望の毛皮の会に参加しようとしていた。

けれども出がけになぜか、ディノから番犬を渡され、困り果てていた。



元々、もふもふにはなるが、生きたもふもふには興味がないと判断され、ディノは本日の参加の禁止をウィリアムより言い渡されている。

本人は毛布が好きだと言い張ったのだが、それは生きた毛皮の生き物ではないという審判が下され、ディノは昨晩よりしょげてしまっていた。


その代わりにと、出かける間際になって渡されたのがこの番犬である。


ウィリアムは、ディノが連れて来た真っ白な雪豹を見つめ呆れた顔になった。



「シルハーン、どこから連れてきたんですか?」

「よく躾けてあるから大丈夫だよ」

「………ほわ、よく躾けられているとは……」


ディノの肩に乗った銀狐も、本日は参加禁止を言い渡されて荒ぶっていたが、今は尻尾を振り回してどこか威勢のいい表情になっている。

しかし、対する番犬こと白けものは、酷く遠い目をしていた。


「白もふさんとお会いするのは来週の予定だった筈ですが………」

「ネアは、この獣を知っているのか?」


呆然と呟いたネアに、ウィリアムはおやっと目を瞠る。

ネアは仕方なく、白けものの紹介に入った。

ノアの擬態には気付いてしまうウィリアムだが、今回アルテアの擬態は見破れないらしい。

銀狐が妙に得意げな顔をしているので、この発案に手を貸したのだろうか。


「はい。私にとてもよく懐いてしまったけものさんです。何度か心ゆくまで撫でまわしたことがあり、尻尾の付け根をこしこしすると死んでしまいます」

「………うーん、懐いてるにせよ、捕食者側の生き物だからな」

「獲物は狩ってしまわないと思うのですが、若干移動の邪魔ですよね……」


ネアにも冷めた目で見下ろされて、白けものは暗い目をした。

この様子の場合は、本人の意志ではなかったのだろう。


ウィリアムはあまり乗り気ではない番犬を見下ろし、腰に手をあてた。

このようなポーズをするとウィリアムはとても恰好いいので、ネアはさり気なく凝視しておく。


「ネア、番犬は置いていこうか」

「ふむ」


そう結論を出したウィリアムに、ディノは慌ててご主人様の手を掴もうとし、銀狐がムギーと鳴く。

しかし、けばけばの尻尾を振り回した銀狐のせいで、ディノは目に尻尾が当たって視界を塞がれてしまう。

その隙にと思ったのか、ウィリアムはひょいっとネアを抱え上げた。


「観測時間が過ぎると困るから、出ようか」

「と言う訳ですので、ディノ。白けものさんにはお引き取りいただいて下さい」

「ずるい、ネアが虐待する」

「ウィリアムさんは頼もしいので、心配はありませんからね。それに、他の素敵な毛皮生物と戯れるのに、白もふさんの存在は若干邪魔です」


荒ぶる魔物達を置き去りにし、ウィリアムはふわりと転移を踏んだ。

淡い薄闇を踏んで目的地に飛ぶ筈のその瞬間、事故は起きたのだ。



「………っ、」


ぎょっとしたようにウィリアムが息を飲み、ネアもずしんと足場が揺れたのでぎくりとする。

そのままぶわっと地下から湧き上がるような風に飲まれ、ずしゃっと濡れた地面に着地するような衝撃があった。


ネアの語彙力ではこんな感じだが、とにかく、事件が起きたのはよくわかった。




「………ネア、予想外の負荷がかかって転移がずれた。大丈夫か?」

「むが。首ががくんとなりました………」


流石に異変を察知してウィリアムにしがみついたのだが、落下の衝撃は考えておらず、ネアは首をさすってムチウチの症状がないかどうか慎重に調べる。

何だか少し痛いような気もすると言えば、ウィリアムがすぐに治癒をかけてくれた。


「………この番犬のせいだな」

「………むぅ、番犬さん………」


ウィリアムがそう振り返ったのは、転移の瞬間に飛び込んできたらしい、白けものの姿であった。

つんとそっぽをむいているが、尻尾はネアの足に絡めているので、これは自由意志での参加の様だ。


「いきなり負荷が加わった結果、魔術の地盤が崩れたようだが、………この獣の魔術域がそこまで広いのか?」

「謎めいたけものさんですが、それはつまり、飛ぼうとしたところ白もふが重くて、どこかに不時着したということなのでしょうか?」

「ああ、そんな感じだ。やれやれ、ここはどこなんだろうな………」


ネアが不時着と表現した理由は、二人と一匹なのか三人なのか分らないが、そんなネア達がいる場所が明らかに地下洞窟であるからだ。

ウィリアムは極北の素敵な森に飛ぼうとしていたようなので、明らかにここは目的地ではない。



「………魔術遮蔽地になってるみたいだな。ガゼットカルナか、スーフィのどちらかだろう」

「どちらも初めましてのお国の名前ですが、もしやガゼットの跡地でしょうか」

「ああ。旧ガゼットから、旧ロクマリア公国の西北部の中間地帯にあたる」

「ロクマリア公国………?」


ウィリアムの説明によると、ロクマリアの公爵家が本国の滅亡の後に興した国であったそうなのだが、早々に潰れてしまい今は小さな三つの自治政府により治められているようだ。

国家と呼ぶには小さな代物だが、その内の一つの自治政府にはなかなか優秀なのだとか。


「……やはり、スーフィよりは西側の、ガゼットカルナ沿いだな。この辺りは、かつてロクマリアを支えただけの潤沢さを持つ、地下資源の宝庫なんだ。魔術を多く含む鉱石や地下水脈も多いから、転移は向かないな。どこかに移動して、足場を整えた方がいい」

「ウィリアムさんでも難しい土地があるのですね」

「アルテアやノアベルトなら可能かもしれないが、俺はあまり微調整は得意じゃないんだ。……ネア?」

「いえ、白もふさんが暗がりが怖くないかなと思って、じっと見てしまいました」


ネアにじっとりと見つめられた白けものはどこかに視線を彷徨わせていたが、ふいに顔を上げると尻尾をぴしりと立てて目を丸くした。

そちらを見たネアとウィリアムも、ぎくりと体を強張らせる。


そこには、いつの間に忍び寄ったのか、洞窟のカーブの向こうからこちらを覗いている奇妙な生き物がいたのだ。



「…………魔術が濃密な訳だな。土竜の巣か……」

「もぐら、ではないのですね?」

「いや、これが土竜だ。ネアは見るのが初めてなんだな」

「むぐぅ。棘だらけで激怒したおじさまの顔のような岩生物です………」


あまり直視して気持ちのいいものではなかったので、ネアはぎゅっとウィリアムに掴まりなおす。

大丈夫だからなと頭を撫でて貰ったが、あまり表情が明るくないので、ある程度は厄介なものなのだろう。


「………よし、短い転移をかけつつ走るが、この番犬は置いていってもいいか?」

「むむ。白けものさんは、大事な白もふなので失われたら困ります」

「そうなると、強引に抱えるか。………首を振ってるみたいだな」

「白もふさん、それが嫌ということは、自力で付いて来れますか?」


ネアがそう尋ねれば、ウィリアムの提案には渋い顔で首を振っていた白けものがこくりと頷いたので、ウィリアムはこの生き物はやはり魔獣なんだなと呟く。



かくして、地下洞窟での壮絶な逃亡劇が始まった。


詳細は割愛させていただくが、棘紳士はたいそう執念深く、なおかつ作業小屋ぐらいの大きさはあるので岩壁を崩しながら突進してきてしまい、ネア達は何度か絶体絶命の場面を迎えた。




「………もう追ってこないな」

「あのお姿で無言で追い回されるのは、かなり辛いですね………」

「ああ」


幸いにも、尻尾に落石が当たって白けものが一回びゃっとなった以外には被害なく、無事に逃げ切ることが出来たようだ。

半刻くらいは逃げ回っていたので、ネア達はすっかり迷子の極致である。


ネアを抱えたままのウィリアムが見上げたのは、まるで渓谷のような深さの洞窟の切れ目だ。

光が射すはずもない地底だが、結晶化した様々な魔術や祝福が、ランタンのようにあちこちを照らし上げている。



「………だいぶ地下深くまで追い込まれたな……」

「もぐらめは、強いのですね」

「地下に余分な生き物が入り込まないよう、山や大地の守護の下で侵入者を排除する存在なんだ。ある意味、特定の姿を持つ魔術の理そのものに近いかな。俺はさすがに損なわれはしないが、かといって壊したり殺したりすることは出来ない」

「まぁ!そういう存在もいるのですね。謎に満ちた世界です」


ごつごつとした岩肌は、暗い灰色の表面に地下水が結晶化して青白く輝いている。

足元には濡れているところも多いが、白けものの毛皮が汚れていないので汚くはないようだ。

あちこちにぼうっと光る鉱石や、結晶化して淡く燃えている塊が見え、ネアはその不思議な光に見入った。


静かな静かな洞窟の闇の中、水滴が落ちる音が遠くまで響くのだが、話し声は響く様子がない。

ウィリアムが音の壁を展開しているからだと知り、ネアはそんな音の効果の差にも目を瞠った。



「海や川、森や風にもそういう存在がいる。どれだけ高階位の人外者であっても、世界の土台を崩すことは出来ないようになっているらしいな」

「なかなかに、上手く出来ているものなのですね」

「ああ。………だから、先代の万象が滅びた時にも、この世界の大地や空は何とか残された。殆どのものが失われ、言うなら、役者は全員死んだが舞台だけが残っていたような状態だな」

「…………ウィリアムさんは、その次の時代が始まる前くらいの、まだ閑散とした最初の方からいたのですよね」


ネアは少し切なくなってウィリアムの頭を撫でてしまい、それはディノ仕様だったと慌てて手を引っ込めた。

頭を撫でられてしまったウィリアムは驚いたようだったが、ふっと微笑みを深めて頭を撫でられたのは初めてだなと感慨深く呟く。


「すまないな。せっかくの外出だったのに、こんなところで時間を使ってしまった」

「いいえ。今日が冒険に費やされるなら、それはそれで楽しいお出かけにしましょう。そして、また別の日にムクムグリスを見に連れていって下さい!」

「ああ。約束するよ」


そう言ったウィリアムに頭を撫で返されて、ネアは微笑む。

しかし、ぴしりと足に打撃があったので下を向けば、白けものに尻尾で足をばしばしされてしまった。


「むぅ。白もふさんは、後でお風呂に入れてあげるので大人しくしていて下さい」

「あんまり汚れてないんじゃないか?………というか、今更気付いたが随分と白いな」

「この白さが素敵なけものさんなのです」


ネアは頑張って誤魔化したので、後は白けものの努力に任せよう。

アルテアが飼い主なのだというようなヒントを与えてもいないので、これで正体がばれてしまうようであれば、もう諦めて貰うしかない。


ここでやっと、ネアにも自立して地面に立つことが許され、見事な洞窟の天井を見上げた。

青白い輝きを纏った宝石のようなものが垂れ下がっており、鍾乳洞のようなものの宝石版だと思えばいいだろうか。

グレイシアを探して彷徨ったシュタルトの地下坑道よりは野性味があって、遥かに暗く、尚且つ空気には水の匂いがする。


「不思議な空間ですね。……でも、このようなところに来たのは初めてなので、何だかわくわくもします。狩りが出来るような獲物はいるでしょうか」

「土竜がいるとなると、生き物はあまり望めないかも知れないな。その代り、この上にある旧ロクマリア公国の丘陵地には、秋山羊や夜燕がいた筈だ。ムクムグリスは月が昇り切ると眠ってしまうから、もしそちらの時間が間に合わないようであれば、そういう生き物を探してみよう」

「山羊さんがいるのですね!」


山羊と聞いてももふもふ感はあまり感じなかったが、ひとまず触れ合えそうな生き物の方を喜んでみる。

そこでネアは、少し離れたところに、するすると上の方から糸が垂れてきたことに気付いた。

細く絹糸のような素材で、ネアとしてはあまり深くを考えたくないような見た目だ。


「…………ウィリアムさん」

「あれは、………宝石蜘蛛だな」

「くも………」


ネアはさっと顔色を悪くし、両手を持ち上げて地面から離して欲しいの意思表示をする。

幸いにも、ウィリアムはさっと抱き上げてくれ、白けものは暗がりに潜む敵に向かって低く唸り声を上げた。


「随分と大きいな」

「ま、まさか、………あの塊は全て蜘蛛なのでしょうか?」


(…………今、がさっと動いたような)


ネアが恐怖に打ち震えた宝石蜘蛛のサイズは、まさかの大岩サイズの大きさのようだ。

先程まで大きな岩が崩れ落ちかけて岩壁に挟まっていると思っていたのだが、その大岩ごとがまるまる一匹宝石蜘蛛だったらしい。


「ああ。宝石蜘蛛は、魔術を溜め込んだ宝石を食べる生き物だから、巨大化しやすいんだ。………ネア、後方には土竜がいるし、魔術の濃度も濃い。あの下を通り抜けて反対側に行くから、目を瞑っているように」

「むぐぅ。目を瞑っているので、蜘蛛めが消え去ったら教えて下さい。でも、ウィリアムさんが怪我をしそうだったら、頑張って協力するので声をかけて下さいね」

「大丈夫だ。安心していいからな」

「白もふさんも、はぐれたら声を上げて下さいね。一人で迷子になってはいけませんから」


そう、白けものにも注意喚起をし、目をぎゅっと閉じたネアは、頭を守るように手を乗せてくれたウィリアムが何やら複雑な動きをして洞窟を駆け抜けてゆくのを肌に当る風で感じた。

体が斜めにされた瞬間があったので、恐らくそのタイミングで蜘蛛の下を通ったのだろう。

ぞわっと体中の毛が逆立つような感覚の後に、ネアは空気に含まれた水の匂いが遠ざかるのを感じる。


「もう目を開けていいぞ」

「………危機は去ったようです。………ほわ」


そこでネアの目に飛び込んできたのは、満天の星のような、地下深くの洞窟に光る結晶石の天井だった。

驚くほどの高さに広がった空間で、ちかちかと光るその瞬きに目を奪われる。


「かなり大きな空間だが、魔術の気配も抜け落ちている。魔術の溶け込んだ地下水脈を汲み上げられて、崩落して出来た空間かもしれない」

「なんて綺麗なんでしょう!こんなに神秘的で美しい洞窟を見たのは初めてです」


素晴らしい星空の様だが、ここが洞窟で地下にある空間であるからこそこの美しさは稀有なものなのだ。

息を飲んだまま見入ってしまい、ふっと気付いて視線を落せば、ウィリアムがこちらを見ていた。


「気に入ってくれたなら良かった」

「ええ。夢中で見上げてしまいました。重たくありません?」

「ネアが?」


不思議なことを言うなと笑われてしまい、ネアはやはり人外者の腕力は別物なのだろうなと判断する。

人間が考えるように重さを感じていないのであれば、お腹の上に乗るな問題もさほど重くも苦しくもないのだろう。


「………とは言え、ムクムグリスはもう寝てしまっただろうな。ネア、今日はすまない」

「ふふ。こんなに素敵な空間に連れてきて貰って、ちょっぴり冒険もしました。とても素敵な夜を有難うございます」

「そう言ってくれて助かった。………それと、ネアの番犬にさっきから足を踏まれてるんだが、嫌われたかな」

「まぁ、白もふさんいけませんよ!しかも、爪先に力を入れて全体重をかけて踏んでますね!」


幸いにも、この空間は魔術の織りが希釈されているので転移も簡単になるそうだ。

散々駆け回っていたネア達は、ウィリアムが出してくれた敷物に座って、その素晴らしい空間で暫くお喋りをした。

そうして、少し休憩を挟んでからの、地上に戻って旧ロクマリア公国の丘陵地での、秋山羊との触れ合い回となる。



「…………もふもふしています!」


ネアが驚いたことに、秋山羊という生き物は羊によく似た顔をしている手のひらサイズのもふもふな生き物だった。

素晴らしいふわふわ具合にネアもはしゃいでしまい、手のひらに乗せた秋山羊に頬擦りしようとして、白けものに体当たりの嫌がらせをされたくらいだ。

仕方なく白けものの首回りも掻いてやれば、くしゅんとなって気持ちよさそうに目を細めてからはっとしている。


「この秋山羊から糸を紡いで、秋露の妖精達はレースを編むらしい」

「きっと素敵なレースに違いありませんね」

「糸を紡がれた後の秋山羊は姿が変わってしまうから、今ぐらいがネアの好みだろうな」

「そうなると、この子達は冬に向けて薄着にされてしまうのですね……」

「そういうことになるな………」


何だか不憫になったので、ネアはキュウキュウと鳴いている秋山羊を丁寧に撫でてから草むらに戻してやった。

とは言え、その直後に少しだけ狩りをしてしまったので、秋山羊達は、それ以降草むらから出てこなくなってしまった。


「そう言えば、この前大物を狩ったのです」

「ネアが言う大物なら凄そうだな。何を狩ったんだ?」

「真っ白な一角獣さんでしたが、尻尾が蛇だったのです。綺麗な獣だなと思って眺めていたところ、いきなり呪いをかけようとしたので成敗しました。ノア曰く、咎竜さんの亜種だそうですね」

「…………全身が白い場合は、グリムドールだな」

「む?………それはまさか、グリムドールの鎖と名高いものと、同じ名前でしょうか?」

「ああ。月花獣という種族で、様々な高位の生き物の要素から派生する亜種だ。その中でも尾が蛇になる馬のものは、咎竜の系譜になる。………純白の個体がそうそういるとは思えないから、恐らくグリムドールだろう」

「…………お亡くなりになったと知ったら、月の魔物さんは怒るでしょうか?」

「今は違う月花獣を飼っているから、大丈夫だろう」

「ほっとしました。実は秋告げの舞踏会でお会いしたので、内心どきどきしていたのです」


そう言えばウィリアムは眉を持ち上げ、秋告げの舞踏会はどうだったのか尋ねる。

足元に圧をかけてくる白けものがいるので、ネアは当たり障りのない答えをしておいた。

アルテアから森に帰る詐欺があったことは、ディノには報告済なのでウィリアムにまで言わなくてもいいだろう。



結果ネアは、リズモを二匹と、白いふさふさの麦穂のような謎生物、そして谷転がりという新種の石ころのような生き物を狩った。

谷転がりは素早く転がり抜けてゆくので、幻の生き物とされているそうだが、ネアはブーツで踏みつけ無事に確保出来た次第である。

転がってゆく谷転がりを捕まえると、大きな収穫の祝福が得られるらしく、ネアは満足しきってリーエンベルクに戻ることが出来た。



「ディノ、ただいま戻りました!白もふさんが転移の時に飛び込んできて事故りましたので、今日はムクムグリスではなく不思議な洞窟体験をしてきました」

「………ご主人様が、また勝手に冒険する」

「まぁ、拗ねてはいけませんよ。番犬こと白もふさんを派遣したのは、ディノではありませんか」

「ずるい。楽しそうにしてる……」

「ええ。素晴らしい洞窟を見れたので、毛皮の会ではないにせよ大満足です!毛皮の会は、また今度決行しますね。なお、その際には白もふさんは結構ですよ」

「ご主人様………」



それなりに冷えたので、温かいお茶を飲んで解散とすることになった。

ネアが厨房でスパイスティーを作り、ディノもお気に入りのマグカップでほこほこすることになる。

長椅子に座ってあれこれ話しながらお茶をしていると、ふと肩に頭がこつんと当った。


「…………まぁ。お疲れなのでしょうか。それなのに、今日はムクムグリスを見せに連れて行って下さろうとしたのですね」

「ネアが浮気する………」

「あらあら、これは居眠りなだけなので、荒ぶってはいけませんよ」

「ウィリアムの枕になるなんて……」

「肩にもたれて眠ってしまっただけなのです。少しだけ寝かせてあげましょう」


今夜はもう特に用事がないと話していたので、ネアはあえて少しの間だけ寝かせてやることにした。

こうしてみんなで寄り添ってお喋りする空気に、心が緩んでしまったのだとしたら、もう少しこの空気の中に置いておいてあげたかったのだ。




「なぜにこうなったのだ」



半刻後、ネアは渋面で周囲を見回していた。

ウィリアムがもたれて眠ってしまったことで、ディノがすっかり荒ぶってしまい、現在膝の上には拗ねた魔物が頭を乗せて眠っている。

爪先の上には白けものの頭が乗ってじっとりとした目をしているので、ネアは体を動かすことが出来ずにいた。

唯一起きているのが白けものだけなので、ネアは時々爪先を動かしてやるのだが、てこでもどかないつもりのようだ。


更に遊びに来た銀狐まで楽しい遊びだと勘違いしたのか、僅かな隙間を縫って膝の上に頭を乗せてお腹を出したまま寝ているではないか。

まさに、魔物まみれである。



「…………疲れたウィリアムさんを労うだけで許可を出したので、私は止まり木に転生した訳でも、枕に転生した訳でもないのです」



ネアのそんな怨嗟の声は、半数以上の者には聞こえていないだろう。

これだけ高位の者達がぐっすり寝ているというのも珍しいに違いない。



ネアはその後もしばらく我慢し、限界が来たところでわあっと立ち上がった。

その結果どんな惨事が起きたのかは、想像にお任せしようと思う。






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