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ブナの森の朝食会



夜明けのまだ森に朝靄がかかる頃、ネア達は朝食のバスケットを持ってブナの森を訪れていた。


なぜにこんな早い時間の訪問となったのかと言えば、決して寝起きドッキリを狙った訳でも、礼儀知らずな訳でもない。


とても早起きな森の賢者は、この時間に朝のお勤めを終えるのだ。

今日は午後からエーダリアに仕事があった為、朝食の会からのお茶会でお昼前の解散というスケジュールであった。


トトラは目を覚ますと、小鳥達の巣を見て回り、夜のうちに事故や事件が起きてないかを確かめるらしい。

森の賢者は決して森の管理人ではなく、いち住人だが、ディノ曰くこのトトラはとても心優しい森の賢者であるらしい。

自発的に森を見て回るそうで、毎日の日課なのだという。


人見知りであまり外に出てこないらしいので、今日ははしゃぎ過ぎて負担をかけないようにと、ネアはエーダリアに事前に注意をしておいた。



そして、ネア達が森の入り口に着くと、そこには首から水筒をかけて手を振る葉っぱがいた。

隣のエーダリアが歓喜のあまりに、小さく実在するのだなと呟いているのでやはり珍しいのだろうか。


もすんもすんと歩いてきたトトラは、身ぶり手ぶりで何かを説明してくれるのだが、ネアには葉っぱの舞にしか見えない。

幸いにも魔物達にはその言葉がわかるらしいので、今日は同時通訳でお願いしよう。


ディノから、朝靄と朝の光がとても美しい場所があるので、そこで朝食にしようと言っているのだと教えて貰い、ネアは笑顔になる。



「こうして足を踏み入れただけでも素敵な森ですのに、それ以上に素晴らしいところがあるんですか?」


そう言えば、葉っぱはもすんと力強く頷いた。


こうして、ネア達はもすんもすんと歩いてゆくトトラについて、爽やかな秋の朝の森を歩いてゆくことになった。



ご機嫌のエーダリアは、ノアに通訳して貰い、トトラから森の様々な要所を説明されている。

一応はこの森もウィームの領土になる。

人間の住居のない森の区画は森の人外者のものだが、とは言え人間側としての関わりはウィーム領主であるエーダリアが筆頭なのだ。


人間の住んでいないところにまで人間がでしゃばらない運用に、ネアはこの世界なりの柔軟性を見る。



そんなことを考えていたら、トトラのおすすめスポットがやって来た。


「あそこにあるのは、雨降らしの巣なんだってさ。最近ガーウィンから越してきたらしいよ。……ありゃ、それってもしかして、ミカエルかな?」

「むむ。ミカエルさんのような気がしますね」

「ボール持って来れば良かった……?あ、でも留守か………」

「ネイ、時間が限られているのですから、ボール遊びはやめて下さい」



そうノアを叱っているヒルドは、豊かな森の中を歩いているので気分が良さそうだ。

やはり森の系譜も持つ彼にとって、豊かな森の中にいることは様々なものを満たす幸福なのだろう。

ネアが尋ねてみると、自分の司る森ではないので直接に影響を受けることはないが、豊かな森であればある程に、美味しい水を飲んだような素晴らしい気持ちになるのだそうだ。


トトラも、高位の森の系譜のシーは好きなようで、ヒルドをちらちらと見ており、ノアに紹介されて嬉しそうにもすんと弾んでいた。

特にヒルドは、森と湖の資質に加え、この森の妖精にはない宝石を育む要素もあり、トトラ的にも珍しい森の妖精だと思ったらしい。

トトラの説明では、この森の妖精達が育てるのは健やかな風なのだそうだ。



「ディノ、そんな風に、森の妖精さん達が違う要素を持つのは当たり前のことなのですか?」

「いや、古くからある豊かな森に限ることだ。そういう場所で育った妖精達は魔術が潤沢にあるから、隣り合う要素の資質も育ってしまうからね」

「何だか素敵な相乗効果ですね。……ディノ、ほら、トトラさんが指さした方にルリカケスの巣があるそうですよ。………む。ルリカケス?」

「おや、立派なルリカケスだね」

「こちらの世界のルリカケスさんは、羽が四枚あるのですね………」


ネアの見つめる先で、美しい瑠璃色の頭をちょこんと出したルリカケスは、こちらを見て不思議そうに首を傾げている。

見たことのない奴らが森に入って来たぞと思ってはいるようだが、あまり警戒心がないところを見れば、ここに人間が入ってくることはあまりないのだろう。



「む………」


ネアがここで立ち止まってしまい、気付いたノアがトトラと一緒に振り返ってくれる。


「ネア、もう着くみたいだよ!疲れてない?」

「はい。とても素敵な森を見ているだけで幸せなので、疲れてはいませんよ。ただ、不思議なキノコを発見したので、なにやつだろうかと思って見ていたのです」


しかし、ネアが見付けたのは猛毒の硝子キノコだったので、慌ててトトラがすっ飛んできて立ち塞がってくれた。

硝子キノコはとても美味しそうで、尚且つ実際に美味しくいただけるのだが、お腹の中に入ると鋭い硝子片に転じ、その上猛毒を纏うのでとても危険なのだそうだ。

そうして硝子キノコで死んでしまった生き物の体を苗床に、また新しい土地で育つたくましい生き物である。



「…………こんなに硝子感満載なのに、美味しそうに見えるのですね」

「堅そうに見えるけれど、食べるんだね」


ネアとディノは不思議のあまりに顔を見合わせたが、森の獣などには鉱石を食べる狼や栗鼠もいるし、若い妖精や竜なども光る宝石を見るとついつい食べてしまうのだそうだ。

エーダリア曰く珍しいもののようで、そんなキノコを見れたことを喜んでいた。


(こういう時、森を守っているトトラさんが一緒だからと、珍しいキノコを採取しないあたり、エーダリア様は優しいな……)


またこんなところで上司を見直しつつ、ネアは最後の大きな木の枝の下をくぐる。

そして、広がった景色に目を瞠った。



「まぁ!」



そこにあったのは、ほぼ真円に近い不思議な泉だった。


深い深い瑠璃色をしているが、あまりにも透明なので水底までをも鮮明に見せてくれる。

水底には不思議な鈴蘭が咲いていて、風もないのに水の流れでさらさらと揺れているのだ。

泳いでいる魚は澄んだ銀色をしており、湖の色を映したような青く見事な尾びれがひらひらと揺れる。


そんな泉を囲むのは見事な大木ばかりで、その瘤のある幹や枝には森の結晶が育ち、ぼうっと輝いていた。

朝日を映した泉は光をたたえ、その光が水面で流星のようにしゅわしゅわと弾けて煌めく。

泉を囲んだ木々の内の一つには、枝が下がるくらいに重そうな満開の花が咲いていた。

藤に似たその花は、魔術の潤沢な土地にしか育たない宵森の木という種類のものなのだそうだ。


「陽が昇ってくると、この花が一斉に散るんだって。綺麗そうだね」

「きっと素敵でしょうね!朝食の準備をします!!」


ディノとヒルドが持ってくれていたバスケットには、エーダリアが魔術をかけてくれて、素敵なリーエンベルク特製の朝食が入っている。

とはいえしつこくない程度のお料理で、こんな風に美しい森の中で食べるのには最高のメニューだ。


ノアが素敵なテーブルセットを出してくれたので、ネア達はさっそく料理を広げて並べ始めた。



「ふふ、これはホイップバターなんですよ。赤いのがスパイスの効いたバターで、そのお隣が鶏レバーのペーストです。奥の白い入れ物には、ふわふわ卵のタルタルソースがありますから、これをお野菜のゼリー寄せと一緒にいただいて下さいね!」


ネアがじっと覗き込んだトトラにそう説明すれば、もすもすと弾む音がするのではしゃいでいるようだ。

大きなバスケットの中には一人一つの箱が入っており、自分のものを自分で好きに食べられるのでこのように外のお食事でも煩雑にならない。


パンとスープは別に配られ、ジャムの瓶が開けられると甘い匂いが漂う。

焼きたての状態で状態保持をしたパンに、トトラは葉っぱの両手に乗せたまま、うっとりとそのいい匂いを嗅いでいるようだ。


こうしてここで素敵な朝食をいただきながらお喋りをし、その後はまた素敵な森を散策しながら、トトラのお宅へ案内して貰えることになっている。

お土産はお家に着いてから渡す予定だが、ネアはブナの木の奥にあるという森の賢者のご自宅に興味津々だった。



「その後、お変わりはありませんでしたか?」


ネアがそう尋ねると、通訳を介してトトラが教えてくれた。


「森狼の家族に子供が産まれたらしいよ。それと、今年はまだ秋竜は飛来していないみたいだ。……あと、この森のずっと奥にある、小さな針葉樹の森に最近はよく枝削ぎが来るみたいだね…………」


ディノが通訳してくれたその一言で、のどかな朝食の席に僅かな緊張が走った。

よく分らずに首を傾げたネアに、ディノは、枝削ぎの役割を説明してくれる。


「名前の通り、木々の枝を削ぐ生き物なんだ。妖精だとされているけれど、精霊の気質の方が強い生き物で、高位の生き物が訪れる前に、その土地を清めに来る予兆を司るものだよ」

「………と言うことは、枝削ぎさんが来るその場所には、いずれ高位のどなたかがいらっしゃるのですね?」

「そういうことになるね。枝削ぎが現れるのは、妖精の場合はシー、精霊の場合は貴族、魔物だと伯爵位以上に限られる。数回に分けて訪れているとなると、その中でもかなり高位の者が来るのだろう」

「お忍びで森に遊びに来るとかではないのでしょうか?」

「いや、あまりいい予兆ではないんだ。悪しき者、荒ぶる者の予兆とされるから、気を付けておいた方が良さそうだね」


トトラの説明では、既にその針葉樹の森との境にあたるところでは、森の精霊や妖精達が魔術の防壁を築き始めているそうだ。

とは言え、近くには森熊の巣や、小鳥たちの集合住宅になっている大きな木もあるので、トトラはとても心配しているらしい。


「僕が後で見ておいてあげるよ」


ノアがそう請け負い、ほっとしたのか、もすもすと葉っぱが鳴る。


「その、枝削ぎさんを捕まえて何者が来るのか吐かせてはどうですか?」

「いや、枝削ぎ自身は何者が来るのかを知らないんだよ。予言の魔術の系譜の者だと言っただろう?自分でも分からないまま、枝を削ぎに行くのだそうだ」

「…………そうなると、来るまでは分らないのですね」

「枝削ぎが現れたのは、いつからだい?」


ディノの質問に、トトラは三日前からだと答えた。

枝削ぎは孔雀に似た華やかな鳥なので、とても目立つのだ。

その代わり、枝に見えるものは何でも削ぎ落としてしまうので、人型の生き物が近付くと、腕を切り落とされてしまったりもする。


(もし見かけたら、腕が無くなる前に激辛香辛料油鉄砲で撃とう……)


ネアはそう心に誓い、魔物達は三日前という数字になぜか顔を見合わせる。

ネアが首を傾げていると、カルウィの王弟の息子と第五王子で、土地の利権をめぐる大きな内戦があったのだと教えてくれる。

王はどちらを立てもせず、武力交戦で勝ち抜いた方にその土地を治めさせるとしたので、かなり激しい争いになったということだった。


「その戦いに決着が着いたのが、三日前なんだよね。ウィリアムが呼ばれていたから、かなりのものだと思うよ。因みに、ジュリアンがカルウィとの繋ぎを取っていたのが、その王弟の正妃からだから、僕達も少しだけ注視してたってわけ」

「………そんなことが起こっていたのですね。それと、なかなかに重大なお話のようですが、トトラさんに聞かせてしまうと、トトラさんが狙われてしまったりしませんか?」

「森の賢者は、海の賢者と同じように中立の存在だ。問題ないだろう」


ディノはそう言ってエーダリアの方を見てくれ、エーダリアも頷いた。

一緒にトトラも頷いたのだが、二人がまったく同じタイミングで頷いたので、ヒルドが少しだけ微笑みを深める。


「その結果さ、王弟の息子、……えーと二番目だったかな?が負けて、どこかに失踪したみたいなんだよね。こっちのジュリアン王子とは血族関係にあたるから、そこを頼られると困るよね」

「…………もしや、その交流のきっかけになったという王弟の正妃様は、ヴェルクレアの方なのですか?」

「いや、ジュリアンの母親は、亡命した王族で元はロクマリアの姫でな。カルウィの王弟の正妃は、その妹なのだ」


そのエーダリアの補足に、ネアはふむふむと頷いた。


非常にややこしいのだが、ジュリアンの生母は、まだ統一戦争前のいち国家であったガーウィンに亡命した王族だったのだそうだ。

そこから妹姫はまだ幼い内にカルウィに嫁がせてしまい、姉はガーウィンの公爵家に養子とされた。

姉妹を連れて逃げ延びたという世話係が、その血筋を残す為に手を尽くしたのだろうと、エーダリアは言う。

亡命王族の扱いは色々と難しい問題もあり、万が一ガーウィンでの立場が変わって命を繋げなくなった場合を見越して、妹姫は違う国に出されたのだ。



「ガーウィンは血筋に重きを置く国だった。そういう意味では、公爵家の養女となれたのは運がいい。更に言えば、そのガーウィンがもっとも血筋にこだわらないヴェルリアの統治下に入り、その王の側室にと望まれたのも豪運としか言いようがないな」

「ロクマリアは既に滅びておりますから、血の繋がりを辿って権力のある者を頼るのなら、ジュリアン王子は妥当な線かもしれませんね。元々、カルウィとは繋がりがありますし……」

「しかし、国境域からこの森は離れていませんか?どうして、その問題が波及するのかもしれないと思うのでしょう?」


寧ろ、カルウィにより近いとすればそれがガーウィンではないか。

ネアがそう尋ねれば、トトラもハムをもぐもぐしながらもすんと頷いた。


「針葉樹の森は、ザルツ寄りだよね。ザルツは国交のない国からの留学も受け入れている大学のある、ヴェルクレアの中でも手薄な拠点の一つなんだよ。かくいう僕も、何度かザルツを経由してあれこれしたかな。……まぁ、この国の面白いところは、他国との接点が一番多いのは、港町でもある王都なんだけどね」

「しかし、ガーウィンにも同じような制度があるのではないか?」


そう疑問を呈したのはエーダリアだ。

しかしその質問には、ディノが首を横に振った。


「ザルツの転移門の方が、遥かに精度が高い。もしその人物に人外者の同行者がいれば、その違いを重視する可能性は高い。不安定な転移や、質の悪い転移門でも届く確率が高くなるからね」


ネアはここで、いつも自分がディノ達に連れていって貰っているように、どこでもぴょいっと飛べる転移は稀有なものなのだと、あらためて思い知らされた。

そういえば、ディノがほぼどこにでも転移が可能だと知り、驚いていたようなことが最初の頃にあったような気がする。



「むぅ。厄介ごとを背負った方が入り込んで、この綺麗な森の近くでばたばたしたら嫌ですね」


ネアがそう低く唸ると、トトラも深く頷く。

ノア通訳によれば、災厄を滅ぼすような最終手段はあるにはあるのだが、周辺にも被害が出るので出来れば迷惑をかけるようなことをして欲しくないのだそうだ。


「追い詰められた者というのは、何をするかわからないからな。森の賢者殿、情報をいただけてとても助かった。知らずに奥まで入り込まれ、領民に被害が出てからでは遅かったところだ。その代わり、こちらでも何か手を打とう」


中立の立場であるという森の賢者には、エーダリアも丁寧な話し方になるらしい。

かしこまった呼び方にトトラはあわあわしていたが、丁寧にお礼を言ったエーダリアにどこか誇らしげにもすんと頷く。



「やれやれ、カルウィの辺りで育った方は、あの国に適応した結果、気質が過激になりますからね……」


そう言ったのはヒルドだ。

高慢で残虐とされるカルウィの気風があり、人間というものはそのような資質に影響され易いそうだ。

元の気質がどうであれ、一般的には短気で残虐な性格の者が多いらしい。



「大きく荒ぶるような方が入り込むと、何だか心配ですね………」

「大丈夫だよ。後でノアベルトが、そちら側の結界を補強してくれるから」

「ありゃ。僕がやることになった」

「私がかけると、森ごと閉ざしてしまうからね」

「そっか。盾とは違って、事が起こるまでは出入り自由にしておかなきゃなんだっけ……」


高位の魔物達が手を貸してくれると知り、葉っぱは感謝に震えているようだ。

しかし、美味しい鶏肉のトマト煮込みにも感動しているので、どちらでも震えてしまい、終始揺れっ放しとなってしまう。



朝日が満ちたのか、ざあっと音を立てて満開の花が散る。

その儚い美しさに見惚れ、一同は言葉を収めた。

夜明けの光に消えてゆく花は、また夜になると満開になるのだそうだ。



良いタイミングだったので難しい話はそこまででひとまず区切り、その後もネア達は色々な森の話をした。



「そうか。その水筒にはそういう経緯があったのだな」


エーダリアが感心していたのは、トトラが首から下げている水筒だ。


森で拾ったものらしいが、とても良い品物なので、百年程は持ち主が探しに来るのを待っていたらしい。

しかし、森の妖精から、持ち主の騎士はトトラが水筒を発見する数年前にその場で亡くなっていると聞き、せめて水筒の寿命が尽きるまではと、それから二百年あまり丁寧に使い続けてくれているのだとか。


「持ち主の騎士さんも、こんなに丁寧に使って貰えて嬉しいでしょうね」

「森の賢者は派手好みが多いけれど、君はこういう暮らし方が好きなんだね」


感慨深く呟くのはディノで、トトラはその言葉にも大きく頷く。

お屋敷を建てるよりも、ブナの木の奥に小さな家を作る方が好きだし、清貧な暮らしが性に合っているのだそうだ。

森や川で拾った小銭でお弁当も買えるし、一応は森の賢者の為の祠もあるのだと話すトトラに、ネアは森の入り口にあった、森鉱石とブナの木の結晶石で建てられた、小さな木の形をした彫刻のようなものを思い出す。


「でも、祠を大きく派手にする方じゃないけど、地味かな?だってさ」

「森に入る前にみんなでその祠を見たんですよ。木に囲まれていて、素敵に苔むした感じが、どこか優しい感じがして私は好きです」


ネアがそう言えば、トトラはゆっくりと頷いた。

ノア曰く、感極まったそうで、本人も今の祠が気に入ってはいるらしい。

唯一、焼肉弁当にはまったときにだけ、もう少しお賽銭が入る祠が良かったかなと後悔したのだとか。


(恐るべし、焼肉弁当………)


そしてその焼肉弁当のお礼で、リーエンベルクの騎士の一人が大きな塊のチーズを送ってくれたのだそうだ。

ネアが森の賢者のお蔭で知ったお弁当だと布教したこともあるが、その騎士はよほどお弁当にのめり込んだのか、それをもたらしてくれたトトラへの感謝も深かったらしい。

そして今、トトラはそのチーズにはまっている。


しょりしょりと削ってお料理にかけたり、薄く削ってもすもすと齧ったりするだけで、とても幸せな気持ちになるらしい。

興奮してチーズへの愛を語るトトラに、エーダリアとヒルドは顔を見合わせて微笑んでいた。


「ロマックの生家は、牛飼いでな。そのチーズも実家から送られてきたものだろう。喜んでいたと伝えておこう」

「彼はあのチーズの愛好家を増やすことに、生き甲斐を見出しておりますからね。きっとまた送ってくれますよ」

「………もしや、緑がかった砂色の髪の方ですか?初対面でチーズを貰ったので、うちの魔物が浮気だろうかと荒ぶったことがあります」

「ロマックの悪癖だな…………」



みんなで美味しい朝食を食べた後は、トトラのお気に入りの森の要所を案内して貰った。



見事な椿の大木や、森の中にぽっかりと広がったお花畑に、森の結晶石がとても立派なブナの大木。

小さな滝が穏やかな水の流れを作り、小鳥達や小さな妖精達の遊び場となっている木が斜めに生えた斜めの森。

特別な華やかさはないが綺麗なところばかりとトトラは言うが、ネアにとってはどれも素晴らしく美しい景色だったので、都度喜びに弾んでいたところ、すっかりディノも弱ってしまった。


「むむぅ。なぜにディノが弱るのだ」

「ご主人様が弾んでる。………可愛い」

「そして、ほら、トトラさんのお家に着きましたよ。まるでお伽噺のようなお家です!なんて可愛らしいんでしょう!!」


とりわけネアが感動したのはトトラの家で、ブナの木の大木の奥に魔術で併設された可愛らしい扉がぽつんと現れる。

その扉を開けると、優しい森の色をした玄関があって、そこから家の中に入るのだ。

玄関に置かれた陶器の鉢には、落ちた花を拾ってきたという可愛らしい飾りがあった。

今は秋なのでリンドウが飾られているが、風などでまだ見ごろなのに落ちた花を集めているので、嵐の後は山盛りの花を生けることになるのだとか。


その横には川で拾ったという綺麗な翡翠が置いてあった。


「ふふ、この川の綺麗な小石を拾ってしまう感じは、私にもわかります」



ネアのその言葉によって引き起こされた、ついつい拾ってしまうものトークが広がりを見せ、トトラのお家でのお茶会も和やかに進んだ。


ネアは、あの海辺の町で買った檸檬色の巻貝が丁寧に飾られていることに、胸の奥が温かくなる。

みんなで贈ったお菓子もまだ残っているが、小さなお客さんが略奪犯になるので今は厨房の上の方の棚に隠してあるのだそうだ。



「そして、そんなトトラさんに、お土産なのです。今日は、美しい森を案内してくれたばかりか、こんなに素敵なお家に招いて下さって、有難うございました」

「やはりお前の方でも持ってきたか、これは私とヒルドからだ。是非これを機に、親交を深めさせて貰えば嬉しい」


森の賢者という名前を冠するだけあり、トトラは物知りだ。

高位の魔物であるディノ達も大概のことを知っているが、そんな高位の魔物達が見ていないようなちょっとしたことや、低階位のささやかな魔術だがかなり歴史の古い貴重なものを知っていたりするので、エーダリアはトトラと話をするのが楽しそうだ。


ウィームの森に昔から住んでいる、団栗落としの魔物の話にも食いついていたので、ネアはこんな素敵な縁が繋げて良かったと心から思った。



エーダリア達から贈られたのは、ウィームの名産である祝福の込められたジャムセットだ。

マロンクリームも入っていたりと、これから冬になる森を見越して、備蓄食料に使えるようになっている。

祝福が込められているので、手足がぽかぽかしたり、安眠の効果があるらしい。


ネアの贈った飴はお楽しみ用なので、上手く役割分担出来たようで嬉しくなる。


しかし、トトラが最も喜んだのは、ネアが海遊びで拾って来た貝殻や、海の結晶石だった。

飾り棚に丁寧に設置して、海コーナーの充実をはかっている。



「また遊びに来ますね。針葉樹の森の枝削ぎさん問題はノアが見てくれるそうですから、きっと困ったことにはならない筈です」



別れ際、トトラはネア達に木彫りの可愛い鳥の置物をくれた。

エーダリアは大喜びで、ネアも可愛らしい丸雛の置物に目を輝かせる。

ヒルドもそうだが、ディノやノアの分もあったので、過保護な保護者達も荒ぶることはなかったようだ。



豊かな豊かな森の入り口で手を振っている森の賢者に手を振り返し、ネア達は森を出た。

帰り際に祠の賽銭箱にこっそり小銭を入れていると、エーダリアも同じことを考えていたのか小銭を握り締めている。




振り返れば、そこは太古からある深い森。

ネアは、トトラがいつまでも穏やかに暮らせることを願って、その森を眺めた。












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