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お土産と半分の魔物



その日のネアは、仕事を終えた午後になると、魔物を連れて街に買い物に出た。



明日は、前から楽しみにしていたブナの木の森に遊びに行くのだ。


憧れの最高位の森の賢者に会えるとあり、エーダリアは、興奮し過ぎて今日は押印を二回も失敗したらしい。

ヒルドに怒られたらしく、午後からは真剣に仕事に取り組むべく面会謝絶にされていた。

よって、執務室から追い出された銀狐は、けばけばになってお部屋に帰っていったそうだ。



二人が歩く並木道は、金色の蝶が群れるような黄色と黄金色の秋の色に染まっていた。

時折混ざる鮮やかな真紅の広葉樹に、白緑みがかった赤紫に染まる針葉樹。


人々は秋の装いに身を包み、ちらほらと冬によく見かけた屋台も目立ち始めた。

こちらでのサーウィンにあたる収穫祭の準備の為に、飾り付けのセットが売られている商店も多い。

その日は大規模な死者の日でもあるからか、戻ってきた死者をもてなす為のお料理の注文予約も始まったようだ。


(………そう言えば確かに、死者の国の方達はかなりの薄味好み……)


そうなると、生者の食べ物を与えると倒れてしまうというのは、味付けが濃いからなのだろう。




「秋告げの舞踏会を終えて、街もすっかり秋になりましたね」

「あれは、属性の切り換えの儀式祭でもある。例えば、あの舞踏会を行わなかったり、中断してしまったりすると、その年はその季節の要素が失われてしまうのだそうだ」

「まぁ、そんな大切な舞踏会なのですね」

「会場となる基盤を、その季節の系譜の高位の者達で踏み固める為のものだからね」

「となると、気紛れに逃げ出した楓の精霊さんは、なんとも罪深いやつでしたね」


ネアがその話をすると、ディノはなぜだか少しだけ不安そうな顔をする。

おやっと思って覗き込めば、困ったようにもそもそとその事情を説明してくれた。


「君は、前の世界から楓の木に思い入れがあるだろう?その精霊のことは、気に入らなかったのかい?」

「私がですか?…………もしや、私の生まれた世界の家の、お庭にあった楓の木のことでしょうか?」

「………うん。君は、あの木をとても大事にしていただろう?雪の降った日の夜に、君が庭に出て、あの木の枝が折れないようにと雪を払っていた」

「ええ。私のお家の庭の木なので、とても大事にしていました。でもそれは、私が今はリーエンベルクを大事に思うようなものなので、見ず知らずの他のものには気持ちが動きません。楓の精霊さんは、ちくちくの毛が何だか苦手でしたしね……」

「そうなんだね。それなら良かった………」


目元を和ませて嬉しそうに微笑むディノだが、つぶつぶではないどこか仄暗い魅力を持つ葡萄の妖精よりも、楓の精霊を心配していたらしいのでネアは意外だった。

ディノであれば、楓の精霊の姿かたちは知っていただろうし、その場合、アルテアのように、美しい人型である方の妖精を警戒してもおかしくはないのだ。


(もふもふだからだろうか…………)


確かにネアも、一度は問答無用で拾い上げて抱っこしてしまったので、あながちその懸念も間違ってはいない。

しかし、本にされたら困るので近付かないで遠くから見ただけだが、本の竜の方がよほど可愛かったとネアは思う。


「他には、どんなことがあったんだい?」


ネアは昨晩、逃げ出した楓の精霊がもふちくだったことと、美味しいパイに出会った話しかしていないのだそうだ。

戻って来て少しお喋りをし、ディノにお土産を渡したネアは、お風呂に入るとぱたりと寝てしまったらしく、ディノはネアがどんな風に過ごしたのか聞きたがった。



「つぶつぶではない残念な妖精さんの話は、朝食の時にしましたよね?」

「そうだね。朝食の葡萄を見て、また悲しくなってしまったんだよね。可哀想に」


因みにその時、同席していたヒルドから、自分の方が階位が上なので、何かされたら羽をむしってくれると頼もしい言葉をいただいた。

複数要素を司るヒルドは、やはりシーの中でもかなり高位にあたるらしい。



「そう言えば、アルテアさんは途中で拗ねたんですよ」

「おや、アルテアがかい?」

「ええ。当分会わない的な苛めっ子になり、すぐに撤回しました。ディノの家出に似ていますね」


そう言えば、ディノは少し考え込む様子を見せた。

お誕生日周りでネアの周囲のお友達枠について話したように、守護の補填としての認識で落ち着いたのか、或いは美味しい食べ物にディノも籠絡されてしまったのか、秋告げの舞踏会から帰ってきても、ディノは前のように浮気だと主張してしょげなくなった。


「………最近は、すっかり君に懐いて落ち着いたと考えていたけれど、まだ抗うのかな。ネアは怖い思いをしなかったかい?」

「会場でとても気に入ったパイを、作ってくれると約束したのに嘘なのかと思って悲しかったです」

「守護を怠ったり、君を危ない目に遭わせてはいないね?」

「ええ、パイで私を翻弄したくらいですね」


ディノ曰く、覗き見道具をネアに装着していても、季節の舞踏会はディノとて中を覗くのは難しいらしい。

季節が入れ替わる理の魔術を踏み固めると言うことは、そこは理の基盤でもある。

そうなると、理の影響が強く、覗けたとしても一瞬くらいのものなのだとか。


「君はすっかり、アルテアの料理が気に入ってしまったんだね」

「美味しいものは正義ですからね!………それと、この前のエーダリア様のお誕生日の時にみんなでカードをしたのが楽しかったので、またやりたいと言った直後だったので、アルテアさんは楽しくなかったのかなと、何だかむしゃくしゃしました」

「むしゃくしゃ…………」

「あら、どうして項垂れてしまったのでしょう?」



ネアは、首を傾げてディノを覗き込んだ。

魔物は少しだけ拗ねたような目をして、さっと視線を逸らす。

ある程度を受け入れた上でも、引っかかる要素はあるようだ。



「アルテアさんにむしゃくしゃしたのが、ディノは嫌なのでしょうか?」

「………君は、私に対してはそういう感想は抱かないだろう?」

「あら、そんなことはありませんよ。でも、ディノはそもそも私から離れては駄目なのです」

「…………離れてはいけないんだね」


ネアの一言に目を瞠った魔物は、水紺の瞳をきらきらさせた。



「婚約云々につきましては、やっぱり嫌だとディノが思うこともあるでしょう。とは言え、いなくなったら怒ります!」

「どこにも行かないし、君との婚約を嫌だと思うことはないよ」

「なので、ディノが離れてむしゃくしゃすることはないのです。……もしかしたら、私に少し飽きてきたら、夜な夜な歓楽街で飲み歩いたりするのでしょうか?」

「そんなところには行かない………」

「綺麗なご婦人方と戯れたり、悪友さん達と悪い遊びをしたりもしません?」

「………しない」


魔物はあらぬ疑いが心外だと言わんばかりに、必死に首を振っている。

ネアは、老獪な人外者なので、さてどうだろうかと瞳を覗き込んだ。



「ご主人様が虐待する……」

「まぁ、さては後ろめたいのでしょうか?」

「酷い、ネアが疑う………」

「むむぅ、ご主人様が見てない隙に、どこかで乱痴気騒ぎをするつもりですね!」

「ほら、どこにも行かないから大丈夫だよ。ネア、どうして不安になってしまったんだろう」


そう言いながらも、ご主人様に荒ぶって貰った魔物は、疑われることでの悲しげな様子とはまた別に、何だか嬉しそうだ。

その様子をちらりと見て、ネアは繋いだ手をぎゅっぎゅっと握りしめた。


「………私を置いて、どこかを泊り歩いたりもしません?」

「しないよ。君から、一晩だって離れたくないんだ。今夜も隣に寝てあげるからね」

「………なぬ」


大の字で寝ることが出来なくなったと知り、ふかふか毛布を出したばかりのネアは愕然とした。

今晩は毛布をすりすりして楽しもうと考えていたのに、魔物にべったりされてしまうことになってしまった。

個別包装は守るとは言え、ディノはどこか触れていたい系の魔物なのでじわじわと張り付いてくる。



(しかし、求められている感を出してあげたばかりだから、ここは堪えるしかない!)


「むむ。では、今日はお隣に寝て下さいね」

「勿論だよ!」


そう言えば、魔物はきゅっと口角を上げてご機嫌になったので、こんなに喜ぶならいいのかなとネアは苦笑した。




「さて、今日はトトラさんへのお土産を買いますね」


そう提案したネアに、繋いだ手を引かれてディノは、ご主人様が引っ張ってくるのだと幸せそうにうっとりとする。

幸せなのは良いことだが、喜び方に背筋が寒くなるのでどうか普通にしていて欲しい。

特に最近はこの手の悦びが高じて、腰紐で引っ張って欲しい病が生まれたばかりだ。


うっかり好意で貰ってしまったディノ引き用のベルトもあるので、ネアは既に何度それを使わされたことか。


幸いにも、それで公道に出る欲求はないようだが、いつかウィリアムやアルテアにも自慢したいらしいので、ネアは公開処刑の辱めを回避するべく、日々努力していた。



「海で拾って来たものも、あげるのだろう?」

「それは海のお土産ですからね。今回はエーダリア様がきっとはしゃぐので、そのご挨拶も兼ねてトトラさんが喜びそうなものを買って行ってあげましょう!」

「リノアールではないんだね?」

「ええ。トトラさんの喜んでくれそうなものと考えて、あのお店がいいかなと……」



そうしてネアが向かったのは、ウィームに古くからある妖精の飴玉屋だった。



ウィームの中央通りの、リノアールより一本手前の通りに位置しており、ゼノーシュ御用達のクッキー専門店の二店舗隣にあるのがこの飴玉屋だ。


可愛らしい冬煉瓦の造りの建物で、二階部分が工房になり、一階が店舗となっている。

なので、換気の為に開けた二階の窓からはちょきんちょきんという、伸ばした飴を一口サイズに切る音が聞こえてくるのだ。



「冬煉瓦の淡い青に、赤い扉が可愛らしいですね」

「飴をあげるんだね」

「ええ。このお店の飴は、舐めている間だけ素敵な風景を見れるんですよ!」

「視覚魔術のあるものなのかい?」

「蜃気楼と目の祝福をかけたお砂糖を使うことで、材料となるものがあった場所の風景を見ることが出来るのだそうです」

「成る程、祝福を組み合わせて視覚効果を作り出すのか。面白いことを考えたものだね」



ディノも感心していたが、基本的に新しい技術や工夫というものは商売から発展しがちだ。

このようなものがあればと自由闊達な発想と要求をするお客様の心を捕らえるべく、商売人達は新しいものを沢山生み出してゆく。



お店の内部は可愛らしい赤い棚が特徴的で、その棚にびっしりと色とりどりの絵柄が描かれた飴の缶が並んでいた。



「見て下さい、海辺の休日というこの缶、海のお土産と一緒に渡したら喜んでくれそうですね」

「色々な土地のものがあるんだね」


ネアが目をつけたのは、初心者にも買いやすいように様々なテーマでセットになった商品が並ぶ棚にある、海の情景を集めたものだ。

様々な海のものがあり、ネアは、雨の日の海の飴があるのが、なかなかに洒落てるなと思うのだ。


缶に貼られたラベルの絵も、色鮮やかで精緻で可愛らしい。



「むむ、でもこちらの歌劇場のものも捨てがたいですね………」

「………シュタルトのブランコがあるよ」

「あら、懐かしいですね。あのブランコも楽しかったです!これも入れます?」

「………これはやめておこうか」

「ほわ、………龍の巣や、死霊館のものまであるんですね……この辺りは避けましょう」



あれこれ悩んでネアが手に入れたのは、自分の好きなものだけを選ぶお好みセットで、イブメリアの歌劇場の夜と、竜騎士が竜の背中から見る雪の山嶺、南洋の海、虹の出る夜の海に、雨の海の五種セットにした。


それぞれの缶に十個の飴が入っているので、色々楽しみながら食べてくれればいいと思う。



「ネアは買わないのかい?」


あれこれはしゃいで選んでいたからか、お店を出る時に、ディノにそんなことを言われた。


不思議そうにする水紺色の瞳を見返して、ネアは微笑んで首を振る。


「私は、きっとこれからもディノが色々なものを見せてくれるので、その時に初めてのものだと驚きたいのです。だから、これはいつか私が歳をとって、一度は自分の目で見てきた色々なものを思い出す時に楽しんで食べる予定なんですよ。その時は、一緒に買いに来ましょうね」

「…………うん」


ディノは目元を染めて嬉しそうに微笑むと、隣で商品を選んでいたご婦人を不整脈にしかけた。

一応、こうして街に出る時はあまり注意を引かず、目に止まらないような魔術を展開しているのだが、喜びすぎて何かの要素がそこから漏れ出てしまったらしい。


慌てて場の調整をし直したディノの横で、ご婦人は一緒に来た友人に、何だか分からないけれどとても素敵な王子様の夢を見た気がするとさかんに話していた。


その様子を横目で見ながら、ネア達は慌ててお会計をしてお店を出る。



「びっくりしました。ディノも、いつもより煌めいてしまったんですね」

「………ネアが凄いことを言ったから」

「なぬ。普通にしていただけなのです」

「老後までずっと一緒にいてくれる……」

「あらあら、それなら前から言っているでしょう?どんな関係で固まるのであれ、ディノはずっと側にいて下さいね」

「…………ずっと」


もじもじした魔物は、ぽいっと三つ編みを投げ込んできてネアを遠い目にさせると、どこか誇らしげに周囲を見回した。


「ディノ……?」

「ああして、街を共に歩いている人間達は、幸福なのだろう?」

「………ええ、あのお二人はご夫婦でしょうね。あら、あちらは恋人同士かもしれません」

「前に、包丁の魔物に言われたんだ。そのようにして、ずっとという言葉の下に共に居られることが一番の幸福なのだと」

「ふふ、では私は幸せ者ですね。その幸せが壊れたら困るので、ディノは外泊を繰り返して歓楽街を彷徨うような悪い魔物にはならないで下さい」

「勿論だよ、ご主人様」



その後、ディノはネアが生きて動いているのを見ているだけで何年も楽しいといささか背筋が寒くなる発言をして、密かにご主人様を慄かせたが、本当の恐怖はその後に待っていた。



「……………これは」



商店の立ち並ぶ一角で、一斤パン的なブロックを半分に削られた姿でもそもそと歩いているパンの魔物に遭遇したのだ。


新種か何かと思ってまじまじと見たのだが、どうやら人為的に上部をスライスされてしまっているようだ。



「…………パンの魔物だね」


これにはディノもすっかり怯えてしまい、ご主人様にへばりついてくる。


「明らかに四分の三くらいになっていますが、元気そうですね………」

「うん………」


ネア達があまりにも驚いていたからか、ちょうど商品棚の確認で出てきた花屋の店主が、ああそれねと事情を教えてくれた。



「そのパンの魔物はね、この前の嵐の時に、湿り茸の胞子が付着して黴てたからね。靴職人のサーミア爺さんが、菌糸の入った部分を切り落としてやったのさ」

「ほわ………切り落とされても平気なのですね?」

「おや、知らないのかい?パンの魔物は丈夫で、馬車に轢かれた時なんか、自分で潰れた方を切り落として逃げていくよ」

「………なんと」


因みに、本体の方が小さくなると、その小さくなったかけらを牛乳に浸けておくと数日で元の大きさに育つのだそうだ。


「育つのだね…………」


ディノはその事実を知らなかったらしく、すっかり落ち込んでしまった。

よろよろと歩く魔物を励ましながら二人は辛うじてカフェに入り、世界は何と不思議なものだろうと暫く語り合った。



なお、リーエンベルクに戻ってその話をすると、ウィームの子供達はこっそりパンの魔物のかけらを拾ってきて、部屋で隠し育ててしまうので親達は家の牛乳が不自然に減っていないか調べるのだそうだ。


パンの魔物は大人しくてあまり鳴かないし、小さな子供の枕代わりにもなるので、好意的に育ててくれる家庭もあるらしい。



パンの魔物が生存戦略を見直さずとも絶滅しない理由は、その頑強さと、増やしたくなる魔性の魅力によるものだったようだ。





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