第一王子と第三王子
その日、ドリーは久し振りに胃の痛い思いをしていた。
この落ち着かなさは、夏の王都でのアリステル派の一件以来であり、今回関わるのもまたそのアリステル派の一端である元第三王子なのだ。
「…………ドリー様、ご無沙汰しております」
エルゼに、ヴェンツェルがまた勝手に来訪者を受け入れているので至急来て欲しいと呼び出された部屋に入るなり、立ち上がって丁寧に一礼したのは、元第三王子付きの騎士団長であるロギリオスだ。
まだ公にはなっていない事情だが、オズヴァルト第三王子が王位継承権を放棄した際に、彼も正式にはその役目を退き、騎士団長としての務めを果たしているそぶりをしながら、オズヴァルト王子の護衛として信頼する主人に付き従っている。
ただしドリーの契約の子供の言い分によれば、最近婚約者を取り戻したばかりのロギリオスは、主人の侍従としてのお役目は他の代理妖精に譲り、騎士団が存続している体裁を整える為という口実で王都に残っていることが多い。
アリステルを失くした主人を慮った配属とされているが、オズヴァルト元王子の目の前だと婚約者との再会を喜べないのが一番の理由だろうとヴェンツェルは考えているようだ。
妖精の愛し方は複雑で、ロギリオスが唯一人の主として認める元王子と、自分の伴侶として迎えた女性との認識や扱いはまるで違うものだ。
とは言え、そのどちらかを優先してどちらかを損なうという状況を、巧みに避ける為の妖精らしい処世術なのだろう。
ロギリオスが妖精であるからこそ、妖精の中では不器用とされる彼ですら、自分の主人との距離感を上手く調整しているのだ。
陽光のように淡い金髪に青空のような瞳を持つロギリオスは、こうして見ても王都に映える美麗の騎士だ。
深い紫色のケープがその動きで揺れ、ドリーはよく見知った妖精達にはない色彩の動きに目を向ける。
(ロギリオスが控えていると言うことは、オズヴァルト元王子が来ているのか……)
確かに、今日あたり訪問があるかもしれないとは聞いていたが、まさか勝手に会っているとは思わなかった。
ぐぐっと胃に痛みを感じ、ドリーはロギリオスに悟られぬよう、奥の部屋の気配を探った。
幸いにもその部屋の中には、エルゼの気配もあるので彼の大事な契約の子供は無事なようだ。
「ああ。随分と久し振りだ。王都にはいるのに、会わないな」
「ええ。我々はもう、王都でも表立った動きをすることは出来なくなりましたからね。公にされてはおりませんものの、あの方は既に王族ではない。目立つことをしてはくれるなというのも、中央の意向でしょう」
「そうか。出入り出来る区画も変わったのか」
「そうなんです。その上で、第三王子がいるように見せかけろと言うのですから、無理難題もいいところですね。…………ただ、あの方の継承権放棄を認めていただけたのは、正直意外でした」
「正妃が口添えしたのかもしれない」
「あり得ますね。あの方にとっては実に都合がいい。とは言え、そうであったことが俺の主にとっても救いです」
そうこうしている内に、隣室からヴェンツェルが出てきた。
付き添ったエルゼが青ざめているが、一体何の話をしていたのだろう。
そう考えていてふと、エルゼの隣に見たことのない男性が立っているのが目についた。
ふっと視界が揺らぎ、ドリーは目を瞠る。
「ありゃ。怖い顔しなくても、僕はエーダリアと契約してるからね」
しかし、ぐっと体に力を込めたのがわかったのか、男はすぐにこちらを向いてそう笑った。
「ドリー?あの娘が捕まえてきたのだそうだと話しただろう?」
「…………問題ないのは分っている。火の祝祭の時にリーエンベルクにいたからな。条件反射だ。すまないな」
つい警戒してしまったのでそう言えば、男は少しだけ不思議な微笑みを見せた。
以前、ネイという通り名で呼ばれ、はぐれの魔術師として王都で暗躍していた頃の眼差しとは明らかに違う瞳の明るさは、まるで憂いを晴らして伸び伸びと過ごしている近頃のエーダリアのようだ。
「ヒルドがね、君はいい火竜だよって言うんだ。僕の大事な子も君は格好いい竜だって言うし、シルも、君に貰った誕生日の置物を大事にしてる。それでも僕は火竜は嫌いなんだけど、今の雰囲気で少しだけみんなの言うことが分かったような気がしたよ」
「いや、夏の時には力も借りている。その上で、今の礼を欠く行動を詫びるのは当然だ」
「でも、昔の僕は君達にあれこれ酷いことをしたんだけどね」
そう笑った男は一瞬だけ刃のような残忍な魔物らしさを窺わせたが、すぐに飄々とした微笑みに隠してしまった。
ウォルター経由で、彼は相当に高位の魔物だと聞いている。
誰も明確なその称号を口には出さないが、塩の魔物に間違いない、そんな恐ろしい生き物だ。
「ヴェンツェル、彼はなぜ同席したんだ?今日は、久し振りに弟と話をしただけじゃないのか?」
ドリーが聞いているのは、オズヴァルト元王子が訪問するかもしれないというところまでであったので、てっきり継承権放棄に関わる問題だと思っていた。
しかし、なぜか隣で顔色を悪くしたロギリオスを見ても、そういうことではないらしい。
「数日前にね、誰かが僕の契約者のところに呪いの手紙を送ってきたんだよ」
「…………エーダリアにだな」
「そうそう。そうなるとそこは一応、僕の領域な訳だから」
「………まさか」
「いや、差出人はこの王子の名前だったけれど、呪いを添付したのはこの元王子様じゃなかった」
「………そうか。それは良かった」
説明を引き継いだのは、形式上以前の呼び名で示すしかないネイで。
そんなネイは、自分の背後に立ってどこか遠い目をしている一人の男の肩を気安く叩いた。
「本当に、君の意志じゃなくて良かったよ。少しだけ、ジュリアン王子が君を巻き込んだ風を装っただけの、君もぐるかと勘繰ったりしてたんだ。僕も統括の魔物も、エーダリアの兄弟をこれ以上減らしたくないからね」
「ジュリアンはまだ生きてるだろう」
すかさずそう口を挟んだのは、ヴェンツェルだ。
肩を竦めたネイは、恐ろしいことを平然と付け加える。
「生きてるけど死者の王の怒りに触れて半分死んでるし、煤顔の魔物を付けられてるから、死後は言わずもがな。それに、ヒルドには毛髪を剥ぎ取られた筈だから、あれって鬘だよ」
「……………ヒルド様」
思わずそう呟いて項垂れてしまったエルゼに、ヴェンツェルもどこか遠い目をした。
相変わらず、ヒルドの行いは相手を選ばず苛烈なようだ。
「弟だと思ったことはないが、弟として扱うしかない以上、聞くだけで虚しくなる羅列だな」
「よくもまぁ懲りないよねって話だけど、今回は自分の肉親を利用する方法で来たから、それなりに工夫はしているのかな?でも僕がきっちりお返しをしておくから、来年からジュリアン王子の誕生日は盛大に祝ってあげるといいよ」
「そうしよう」
ヴェンツェルがそう頷いたことと、それまでの会話の流れを整理するに、どうやらジュリアン王子がエーダリアに誕生日に纏わる呪い反転の祝いを送りつけたらしい。
「ヴェンツェル、エーダリアに呪いを送ったのは、ジュリアン王子なのだな」
「そうだ。とは言え今回は、オズヴァルトの名前でリーエンベルクに送りつけたらしい」
「兄の名前を騙ったのか………」
さすがに酷いやり口だと唖然としたドリーに、隣のロギリオスが事の流れを説明してくれる。
「実は先日、オズヴァルト様が、ウィームの歌乞いの方に偶然出会われたようでして」
王位継承権を放棄した後から、オズヴァルト元王子は国内のあらゆる土地を秘密裏に探索しているのだそうだ。
別に、何に生かす為だとか何かの策を敷く為ではなく、国内の様子を自分の目で把握し、市井に触れたりしてゆく中で己の未熟さを克服したいという意図によるものであるらしい。
少し前に彼がそうしていると知った時に、ヴェンツェルがただの現実逃避だと酷評していた行動だ。
「彼女は、市場で美味しいブルーベリーを探していてね。その数日前に、商人から果物の買い方や選び方を教えられたばかりだったから、つい声をかけてしまった。私は名乗りはしなかったが、一緒にいた契約の魔物が私が誰であるか気付いたらしい。私の履歴も含め、彼女に近付くのは得策ではないと、エーダリアから苦言を呈されてね」
「そりゃそうだ。君が失くしたものと同じものを、肩書き上あの子は持ってる。指輪持ちにした歌乞いが、そんな相手と出会うことを喜ぶ魔物はいないよ」
「まったくその通りだな。私が、軽はずみだった。………その謝罪も含め、個人的に兄上に詫び状を送ったのだが、それをジュリアンに悪用されたらしい」
そう苦笑したオズヴァルトは、継承権を放棄してから顔色が良くなったようだ。
一時は国に対して反意を翻しかねないという暗い目をしており、ヴェンツェルもドリー自身もだいぶ警戒をしていたものだが、なぜかダリルだけは、そうはならないと断言していた。
彼がこのように自分の思いにけりをつけ、新しい生き方を模索することが、ダリルには見通せていたのだろうか。
「それにしても、オズヴァルト様の手紙を掠め取るなど、第四王子も相変わらずどこからその手札を拾い集めてくるのでしょうね」
そう呟いて項垂れたロギリオスに、彼もまたかつての仄暗さを消し去ったのだなとドリーは得心する。
それを理解した途端、すとんと気持ちが楽になった。
さすがのヴェンツェルも、自分を殺すかも知れない相手と勝手に会っていた訳ではないようだ。
(誰も口には出さないが、後継者争いのその中で、第三王子派からのヴェンツェル暗殺の動きもあった。あの頃のロギリオスは随分と刺々しかったが、ある意味彼も継承争いから解放されて自由になったのだろう)
ヴェルクレアの王族の中で、最初から最も立場を弱くしていたのは第二王子派だ。
最も潤沢な力を持つ王子でありながら、その力と血筋故に、翼を伸ばすことが最初から禁じられ鎖にかけられていた統一戦争最後の抵抗地の末裔。
しかし、国家転覆の旗印に担ぎ上げられれば厄介だとされ、そんなエーダリアですら暗殺の対象になり続けていたある日、ヴェンツェルは自分の意志でその弟を拾い上げてきた。
どうしてそこまで気に入り、どうして取り込もうとしたのかは定かではないが、ヴェンツェル曰く、最初から肉親として認識していたのはエーダリアだけなのだそうだ。
そして、そんな風にエーダリアを取り込んだ第一王子派に対し、信仰を基盤とするガーウィン派の第三王子の派閥は勢力拡大を懸念して手を打とうとした。
まだヴェンツェルの足元も盤石ではなく、エーダリアも己の椅子を持たない無力な王子であった為、国を二分する対抗勢力と目されたのが、第一王子派と第三王子派であったあの頃。
まだ、婚約者になる歌乞いの少女に出会っていなかった頃のオズヴァルトを、ドリーはあまりよく知らない。
人となりを知るよりも、身内の中に潜む敵として警戒しなければならなかったからだ。
「あの王子には、因果の祝福があるからじゃないかなぁ」
「だが、エーダリアに聞いたところによれば、因果の祝福を、成就から終焉の順でかけられているそうではないか」
「そう。だからさ、一瞬成功しかけて全部ひっくり返される運命なんだよね。とは言え引き当てる力はあるから、偶然その手紙を手に入れられたのかもね。使ってた魔術郵便の鳥を損なわれた分は、きっちり仕返しするといいよ」
「………ジュリアンはいつもどこから手札を見付けてくるのかと思ったが、そのような祝福があったのか」
「でも最後に全部仕損じるんだ。まったく、いい順番にしてくれたよね」
ジュリアン王子の祝福に纏わる事実は知らなかったのか、オズヴァルトは目を瞠っていた。
そういうこともあるのかと驚いたように頷き、何一つ成就しない呪いのようなものであると聞けば、澄んだ青色の瞳を気の毒そうに曇らせる。
こうして自分に害を為す他者にまで心を傾けてしまうので、彼は善人過ぎる王子として信仰を司る者達の絶大な支持を得たのであった。
(…………だが、本当にそうなのだろうか?)
ドリーはふと、オズヴァルトの瞳の影に疑問を持つ。
もしかしたらそれは、婚約者を失い、それによって引き起こされたアリステル派の離反も含めた陰りであるのかも知れないが、少しだけ気になったのだ。
「今回のことは、相手が魔術に長けたウィームだったからこそ、手紙に付随した魔術からジュリアンが懇意にしている民間の魔術師のものだと知れたので良かったが、あまり迂闊に足を取られぬようにするのだぞ」
「兄上、お気遣いいただき有難うございました。こうしてウィーム側の使者とも話を通していただき、釈明の場を与えていただいたことも感謝しております」
「この者からも、一度お前に会って人となりを見ておきたいと言われたのでな」
退出間際に丁寧に礼を言ったオズヴァルトに、そう首を振ったのはヴェンツェルだ。
視線を受けて薄く微笑んだネイは、さぞかし得体のしれない生き物に見えるのだろう。
高位の魔物というものが皆そうだとは思わないが、高位の魔物には魔物の質として心を波立てるような不穏さというものがつきまとう。
それは妖精を見ると、おぞましいものであっても少しだけ心が沸き立つという効果と同じ、魔物だけが持つ効用のようなものだが、下位の魔物にはその力はない。
人間達は畏怖という言葉をよく使うが、ドリーが実際に遭遇して感じたものを言葉にするのであれば、それは不穏さという一言に尽きる。
人間という生き物は、よくそんな魔物を契約の相手に選んだものだ。
「複雑な男だが、策を弄する気質ではないだろう?あれは、いい意味では愚直な男だ」
「ありゃ、それって褒めてないんだね」
「王族の気質としては、不甲斐ないばかりだからな。実際にあれは、その方策の手薄さで自身の婚約者を損なったではないか」
オズヴァルトとロギリオスが退出した後、ヴェンツェルはそう弟を評価した。
しかし魔物は、さてどうだろうと首を傾げて、珍しくヴェンツェルを困らせている。
「ネアがね、言うんだよね。………ほら、君が命じた訳だから知っているだろうけど、ヒルドはアリステルとやらが死んだ時に直接関わっている訳だから、前任の歌乞いの死ぬ理由に加担したってことを、ネアがどう感じるのかずっと気になっていたみたいなんだ。ネアがさっきの元王子に会ったって聞いて、また少し心配して、少しみんなで話したんだよね。そしたら、ネアが言うんだ。彼は、分っていたんじゃないのかって」
その言葉に瞠目したのは、エルゼもだ。
エルゼもまた、あの争乱の裏で糸を引き、アリステルが戦場に向かうように画策した者の一人。
第一王子派と、ガレンの中でも、そしてその外側でも。
自分の王子を守る為にロクサーヌも手を貸し、恐らくは王と宰相に、正妃も関わっている。
アリステルは、国に殺された歌乞いなのだ。
「オズヴァルトが、…………分っていたと?」
だから、ヴェンツェルがそう尋ねるのは当然だ。
清廉過ぎるが故に国家の毒となりかけた歌乞いと、その理想に同調した王子を封じるのがかつての事件のあらましである。
もしその流れをオズヴァルトが理解していて止めなかったとあれば、また彼の見方は変わるだろう。
そして、驚く者達を一瞥して、ネイはどこか得意げに語るのだ。
「ネアが言うには、あの人間の目にある諦観は、自分で何かを壊したことのある人間のもののような気がするそうだよ。汚れた水を飲むことを受け入れて何かを見捨てたか、何かを選び、愛するものを殺したことがあるんじゃないかってさ」
「…………オズヴァルトが?いや、まさか…」
否定的なドリーの契約の子供に対し、ネイは魔物らしい目をして笑う。
長命老獪とされる高位の魔物の中でも、ここ数百年あまりは人間に好意的ではなかった魔物の残滓が確かに覗き、ドリーはもう問題はないのだと理解していても、やはりその暗さに身構える。
「僕は、こうして直に会うのは初めてだったけどね、ネアの意見に賛成だ。僕とあの子は良く似ている部分があってね。その要素を彼も多分に持ち合わせている。だから、彼はきっと分っていたと思うよ。………まぁ、つまり、人間達が盛り上がる程に善良な王子なんていなかったってことだね」
「…………しかし。…………いや、そうか。オズヴァルトは、選択したのかも知れないな」
「だろうね。彼は自分の大切なものよりも、恐らく国を選んだんじゃないかな。そういうネアからの評価も聞いてたから心配したんだけど、今回のことは本当に利用されただけみたいだね。って言うか、自由になった以上は、二度とそういう問題に関わりたくなんてなかったみたいだ。うんざりしてたよ」
「…………うんざりしていたか?」
「ありゃ、気付かなかったの?だとしたら、彼はかなりの手練れなんだろうなぁ。………そう、かなりうんざりしてた。もう少しして継承権放棄が公になれば、あの人間は少し変わるかもしれないよ。あの子の好きそうな気質の男だから、ウィームには関わらないようにして貰わないとだ」
最後に魔物らしくそう釘を刺して、ネイも帰っていった。
ひらりと姿を消してそのまま転移で帰ったようだが、あまり安易にこちらに入り込まないように、念の為に契約の子供の周囲の魔術の道を調べておこうと、ドリーは考える。
こちらに悪意を向けることはなさそうだが、とは言え勝手に入り込まれるのも考えものだ。
「…………はぁ。あの魔物も、最初に現れた時は少し不機嫌で、ひやりとしましたよ」
「そうだったのか?」
「だから、ドリー様をお呼びしたんです」
「そちらの問題で呼ばれたのか」
「ヴェンツェル様は、問題ないと仰るばかりで。しかし、前回のアリステル派の騒ぎの時に、ヴェンツェル様の問題ないは信用ならないと身に染みて分りましたからね。念の為にドリー様を呼んだ次第です」
「エルゼ…………」
ヴェンツェルは少し不愉快そうに目を細めてみせたが、エルゼは気付かないふりをして視線を逸らしている。
そんな自覚の薄い契約の子供をじっと見つめてから、ドリーは小さな溜息を吐いた。
「ヴェンツェル、エルゼが警戒したくらいなら、自分でも分った筈だ。どうしてすぐに俺を呼ばない?」
「お前は外の仕事に出ていただろう。あれもこれも自分でどうにかするのは、悪い癖だな」
「それは、………ヴェンツェル自身に向けられる言葉じゃないのか?」
「聴取するべきことがあった火竜を、焼き尽くしてしまったお前に言われたくないぞ」
思わずドリーとエルゼは顔を見合わせてしまい、契約の子供はまた少し嫌な顔をした。
最近は自分であれこれしたがる時期なのか、過干渉を厭う傾向にあるが、そもそも過干渉の線引きが間違っている。
誰かを傍につければいいのではなく、いざとなれば相手を排除出来るドリーがいるべき場合をより的確に判断するよう、そろそろ叱った方がいい気がしてならない。
「ヴェンツェル、今夜少し話そう」
「………今夜は、……………ウォルターと約束がある」
「ウォルターは、お気に入りの窯元を訪ねてヴェルクレアを離れている筈だろう」
すぐに嘘を見抜かれたヴェンツェルは、子供のように顔を逸らした。
対外的には完璧な王子のように振る舞っているが、こういう部分があるので放っておけないのだ。
(そうか。………きっとそれは、誰にでも言えることなのだ)
ふと、ドリーはそう理解した。
それはこうして契約の子供が、自分や代理妖精達にはそう見せてしまうようなものから、恐らく先程のオズヴァルト元王子のように、傍仕えであるロギリオスとの間にも一定の線引きを持ち自身を開かずにいる者もいるのだろう。
人間とは何とも奥深く、複雑で繊細なことか。
(…………ロギリオスにも、その一面を見せてやればいいんだが)
だからドリーは、そう思わずにはいられなかった。
そんな脆弱で複雑な人間を庇護すると決めた人外者達は、その者がどんな本性であれ、最後までその者に仕えるのが常だ。
本音を語ってやれば、きっと頼られたと喜ぶだろうにと少しだけ気の毒に思う。
愛する者を得た今のドリーだからこそわかることだが、愛する者を失うのは酷く辛いだろう。
それがどんな愛であれ、人間であれ、竜であれ。
或いはその他のどんな生き物であっても。
だから、もし、暗殺を見込んだ策の内の一つでも成果を上げていれば、自分がこの手で殺していたであろう相手であっても、ドリーはそれを失くしたオズヴァルトを哀れに思う。
(もう二度と、王都の問題などに煩わされることなく、どこか遠くへ行ければいいのだが)
何のしがらみもなくなった今ばかりは、そう願ってやることにしよう。
そしてドリーは、さりげなく部屋を出て行こうとした契約の子供を捕まえ、お説教に入ることにした。