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176. 上司の誕生日が封鎖されました(本編)



その日ネアは、衝撃の事件に遭遇していた。



ある意味この世界らしい、何とも理不尽な事件である。

その報告を受けて、ネアはがくりと床に膝をつきたくなってしまったくらいだ。



「エーダリア様のお誕生日が、封鎖された…………」



本日は本来ならば、エーダリアの誕生日だったのだ。

しかしエーダリアは、まさかのお手紙爆弾ならぬ、呪いのお手紙を開いてしまい、お誕生日を封印されたのである。


領内にはすぐさま伝達がなされ、エーダリアの誕生日を知る者達にはその祝いを封じることが徹底される。



エーダリアのように要職に就く者達は皆、呪いや魔術の攻撃を警戒して、本来の誕生日を公にはしない。

しかし、政治的に誕生日の公開が必須となる王族や領主などは、通り名ならぬ通りお誕生日が設定されたりもするのだが、エーダリアについては特別な通りお誕生日は設定していないようだ。


一応ふわっとしたお祝いを勝手にされることもあるが、それはあくまでも領民に愛されているからであり、勝手にやってくれ給えだがしかし有難うな雰囲気なのだ。



「そう考えると、最初からお誕生日を教えて貰えた私は、信用はされていたのですね」

「…………お前は魔術稼働域も低かったしな」

「…………むぐぅ」


暗に呪えないからだと言われ、ネアは渋面になったが、とは言え今は落ち込んでしまっている上司を慰めることに専念しよう。



「そのお手紙を開いてしまっても、お誕生日が封鎖される以外の障害はないのですか?」

「………ああ。だが、その呪いを受けた後で誕生日を祝われてしまえば、その祝福が身に跳ね返るのだ」

「…………まぁ。……今年のお誕生日は、とっておきの魔術本と、竜さんを用意していましたのに」

「……………くっ」


その途端、エーダリアはがくりと膝を突いて蹲ってしまった。



(そうなのだ…………)


今年の誕生日は、エーダリアにとっても期待値の高まるばかりなとっておきのお誕生日だった。

なぜならば、エーダリアにとってのこの一年と言えば、やたら高位の素敵なお友達や知り合いが増えた収穫の年であった。

どれだけ素敵なものが貰えるのかと、術式オタクなエーダリアの期待値が上限突破していても不思議ではない。


(ましてや、気紛れな人外者さん達だからなぁ……)



人外者の恩恵は気紛れなものだ。

場合によっては儚く失われてしまったりもするので、エーダリアは貰えなかった分の品物や好意を惜しむのだろう。



「ありゃ。僕もいいものを用意してたのに」

「………ネイ、それ以上言うと、倒れてしまわれますので」

「あまりにもお気の毒なので、第四王子様には私から箱一杯の豆の精を匿名で送りつけておきます」

「…………ああ。宜しく頼む。あの報復方法は、かなり精神を抉るとダリル伝手で聞いたからな」

「ふむ。お任せ下さいね!因みに、ジュリアン王子のお誕生日はいつなのですか?ご存じだったりします?」

「…………過ぎたばかりだ。まさか、このような子供染みた嫌がらせをさせるとは思わなかったからな」

「…………被害甚大な感じですが、子供染みた嫌がらせなのですか?」



こてんと首を傾げたネアに、ヒルドが教えてくれた。



「ええ。面倒ではありますが、そこまでの危険はないですからね。祝福の跳ね返りと言っても、すぐに無効化可能のものですから」

「むむぅ。しかし、大きなお祝いもあるのではないですか?」

「いえ。あくまでも跳ね返るのは、誕生日としての祝福であり、貰い受けたものが反映される訳ではないんです」

「むむむぅ。…………であれば、強行してしまっても良いのでは?」

「………そ、そうだな」


エーダリアもぴくりと生き返りかけたところで、ヒルドは微笑んでかつての生徒を見下ろした。

その微笑みの冷たさに、エーダリアだけでなく、座ってエーダリアを慰めていたノアまでぴっとなる。



「エーダリア様、領主としての責務を、己の欲の為に安易に放棄されませんよう」

「………あ、ああ」

「ネア様、これでもエーダリア様は領主であり、ガレンの長ですので、微量な魔術の跳ね返りが思わぬところで影響を出しかねません。そうなるといけませんので、やはり自重いただくしかないかと」

「…………まぁ。それでお誕生日の贈り物も貰えない上に、とっておきの鶏肉料理も食べれないなんて」

「……………言わないでくれるか」

「ほわ。…………お祝いでなければ良いのでしょうか?」



ネアがそう言えば、ヒルドは頷いた。

しかし、今回の料理はお祝いとして作られてしまったので、扱いが難しくエーダリアを除くみんなで美味しくいただくしかないのだそうだ。



そこでネアは、もしょもしょとノアに内緒話を始めた。


「うわ!何これもっとやって!」

「ネアが浮気する………」


しかし、耳打ちされたノアが大喜びする隣で、ディノがへなへなと床に崩れてしまったので、ネアは潰れた魔物を引っ張り起こしてから、ノアに言ったのと同じことを伝えようとした。



「………ご主人様が虐待する」



ところが今度は、この魔物には刺激が強過ぎたのか、びゃっとなって逃げられてしまった。


「おのれ、待つのです!私の話を聞いて下さい!!」

「………ずるい。可愛い」

「ほら、じっとして下さいね。逃げたら許しませんよ!」

「可愛い。………ずるい」


捕まえられて内緒話をされた魔物は、その後でくしゃくしゃになって床に倒れた。


「わーお。ネアがシルを殺した」

「むぅ。今は死んでしまいましたが、まだ時間があるので良しとしましょう」

「………これ、生き返れる?」

「私は私の魔物を信じています!」



死んでしまった魔物の頭をひと撫でして駄目押しをしてしまってから、ネアはヒルドにも同じことをしに行った。


「申し訳ありません、もう一度宜しいですか?」


ところが、ヒルドは聞こえなかったらしく、申し訳なさそうにそう言われてしまう。


「むむ。ディノが死んでしまったので、若干控えめになってしまいましたね。もっと近付きます」

「あ!ヒルド狡い!!」


なぜか荒ぶるノアを無視して、ネアはもう少し唇を寄せて戦略を伝えた。

あまり唇を寄せると、唇が触れてしまいそうだが、妖精の耳は少し先が尖っているので内緒話には向かないのだろうか。


何とか伝えきれば、ふっと目を瞠ったヒルドが、口元を綻ばせ小さく頷いた。


「…………成る程」



ヒルドも同意してくれたので、ネアは晴れてその準備にかかった。

肝心のエーダリアは蹲ったまま鶏肉を惜しんでいるので、何とか誤魔化せそうだ。

そちらを見てほくそ笑むネアに、なぜかノアはヒルドの影に隠れて慄いていた。





「エーダリア様、そのまま篭っていると心が荒んでしまうので、カード遊びをしましょう!」

「…………いや、結構だ」



夕方になり、ネアがそう上司を呼びにいけば、部屋からは既にそこそこ荒んだ返答があった。


困ってしまったネアが隣のヒルドを見上げると、ヒルドは素敵な笑顔で頷き、魔術で無理やり解錠し、ばりっと容赦無く扉を開いた。



「ヒルド?!」


長椅子の上に膝を抱えて座っていたエーダリアが、突然の武力介入に飛び上がる。

一人でお気に入りの魔術書を読んでいたのか、危うく祟りものになりそうな部屋の暗さだ。



「やれやれ、あなたはまたそんな篭り方を。ほら、行きますよ」

「ま、待て!………な、なんだ?!どこに行くつもりなんだ?!」


つかつかと歩み寄ったヒルドに、さっと肩の上に担ぎ上げられたエーダリアは動転したが、その様子を見ていたネアも、思わぬヒルドの力強さに呆然としてしまった。


(エーダリア様を軽々と………!)


まるでトートバッグでも肩にかけるように持ち上げたので、ネアはあらためて種族の違いにおける肉体の神秘に触れる。


ヒルドはエーダリアよりは背は高いが、決してグラストのような武人めいた厚みのある体ではない。

持ち上げられた時などには鞭のようなしなやかな筋肉は感じるものの、それでも魔物達よりは華奢に感じるものなのに。



「ほわ。ヒルドさんが格好いいです」

「おや、それは役得ですね」

「わかった!わかったから降ろしてくれ!!」

「せっかくネア様もお気に入りのようですので、このままお運びしますよ」

「ヒルド?!」



かくして、エーダリアはお誕生日会場あらため、死の賭け場に招待された。

肩に担がれて登場した主賓に、ノアが拉致されたみたいだねと、しごく真っ当な感想を言う。


「………な、何の集まりなのだ?」

「あら、エーダリア様がお部屋で祟りものにならないように、エーダリア様がうじうじ出来ないくらい過酷な賭け遊びをしようの会です」

「…………ネア、過酷な賭け遊びにする必要はあるのか?」

「勿論ですよ!お誕生日のことなどを頭から吹き飛ぶくらいの命懸けの賭けカード大会です。死なないよう、ご注意下さいね」

「…………部屋に…」

「さぁ、エーダリア様、私も参加しますので早く座って下さい」

「ヒルド……………」


力尽くで招き入れられ、エーダリアは震え上がる。




「さぁ!始めましょう!!」


ネアが仕切って、そこで始まったのが、第一回リーエンベルクカードバトルである。



「………アルテアも呼んだのか」

「はい。よりエーダリア様の危機感を煽るために、ぼこぼこにしてくれそうな強者を呼び寄せました」

「ネア、もう一度聞くが、なぜその前提なのだ?」

「僕も強いよ!」

「ふふ。そうでした。ゼノもかなりの強者のご様子!これは楽しみですねぇ。さて、第一回戦は、エーダリア様とヒルドさん、ゼノにノアです!」

「お、おい。私はやるとは……」


エーダリアは最後まで抵抗したが、ヒルドにもう一度無理やり座らせられ、顔色を悪くしたままちょこんと椅子に腰を下ろして固まった。


これはもう、攫われてきて無理やり地下闘技場などで戦わされる、良家のお坊ちゃん的な絵面だ。



「因みに、ウィリアムさんはカードは壊滅的な腕前だそうで、無念の辞退をされています。一回戦に参加しない使い魔さんは、素敵なおつまみを用意してくれますからね」

「おい。お前は使い魔を何だと思ってるんだ」

「…………お料理上手さんでしょうか?」


ネアがそう答えると、本日はカードバトルらしく、カジノに出入りする悪者のような素敵な服装で来てくれたアルテアは露骨に嫌な顔をした。


「何でそれにした………」

「パジャマもつけます?もが?!」


余計なことを言ってしまったネアは手のひらで口を塞がれ、怒り狂って使い魔の手に噛み付いた。

指先を容赦無くがじがじとやれば、隣のディノが慌てて排除してくれる。


「ネア、使い魔を噛むのはやめようか」

「むぐぅ。私のお口を封じようなど、愚かなことをしたものです」

「お前なぁ。本当に人間なのか?レインカルの血でも引いてるんじゃないのか?」

「むが!あの目つき最悪な生き物に例えましたね!許すまじ!!しかも、わざとらしく指先を舐めなくても、血は出ていませんよ!」

「ずるい…………。ネアがまた使い魔を噛もうとしてる」

「なぜに羨ましさでいっぱいなのだ」

「ご主人様………」

「ディノにまで指を差し出されるのが謎めいています………」



そんなこんなでネア達の方が少々カオスになりかけてしまい、カードバトルはノアとグラストが華麗に仕切ってくれていた。



「さーて、やるのは男なら誰でも知ってるような普通の賭けカードだよ。ただ、負けると罰則が発生するから気を付けてね」

「…………なぜ誕生日にこんな目に…」

「エーダリア様、ご安心下さい。あくまでもカードだけの勝負ですので、いつも通りの御点前なら申し分なく勝てるかと……」

「私の側に立ってくれているのは、グラスト、お前だけか……」


そう呟いたエーダリアに、ヒルドが隣で薄く微笑みを深める。


「おや、何か問題がありましたか?」

「い、いや。…………集中することにする」

「それが宜しいでしょう。あなたは、顔に出ますからね」

「ヒルド…………」


いよいよの試合開始に、ネアも観覧席から身を乗り出して成り行きを見守る。



まずは、皆一様に綺麗な手さばきで、カードを切り分けた。

イカサマなどがないようにとエーダリアにカードを切らせたが、エーダリアも魔術師の長なだけあり、何とも鮮やかな手さばきだ。



「僕、メイア」


しかし、一周半回したところで、早くもゼノーシュが数枚のカードをテーブルの真ん中に置いてしまう。



「………ゼノが格好いいですね」

「ほお、あいつはなかなか見通しに長けてるな」

「属性の当たりが良いのだろう」



こちらの世界のカードのお作法はネアも学んだばかりだが、中々に複雑で面白い。


ラフィアとメイアという闇と光の属性があり、そこにチェスのように王や騎士がある。

さらに面白いのは、各王や騎士には妖精や魔物、精霊に人間という種族もあるのだ。


(…………と言うか、カードでは人間はジョーカー扱いで、なぜか魔物には強いんだ)


この仕組みを考えたのは誰なのだろう。

そんな種族の有利不利が面白く、ネアは四人の勝負に見入ってしまう。



各種族ごとの優劣の中では、やはり魔物のカードが不利がなく使いやすい。

しかし、決して上がりのないジョーカー扱いの人間のカードが回る限り、そのカードに出会えば一撃で無力化されてしまう。

人間のカードは、美しい儀礼服を身に纏った歌乞いの絵柄なので、案外あっさり捕まえられて契約の魔物になってしまうのかもしれない。



「ラフィアで女王だ。僕の上がりだね」

「…………ノアベルトに負けた」


しかし、断然勝ち抜けると思っていたゼノーシュは、それまで飄々とゲームを進めてきたノアに最後の最後で逆転された。

ノアはさらりと微笑んで退席しているので、予めこの流れを狙っていたらしい。



「僕が一番だよ、ネア。褒めて」

「ノアは強いのですねぇ、驚きました!」

「でも、ゼノーシュもかなり強いね。ヒルドだってかなりのものだけど、上手く躱してるんだ」

「そんな勝者のノアには、使い魔さん特製のピンチョスです!オリーブに詰め物をして衣をつけて揚げてあるんですよ」

「…………うわ、これ最高に美味しいね」

「ですよね。私はこのお料理に恋をしたので、またお願いしたんですよ」

「ネアがオリーブに浮気する……?」

「まったくもう、疑問形なら荒ぶってはいけませんよ」




ここでゼノーシュが上がり、僅差まで追いついたヒルドも続けて上がった。

テーブルには、散らばったカードに囲まれてなぜ負けたのかもまだ分からないエーダリアが取り残されている。



「………エーダリア様、目が虚ろですよ」

「…………お前には分からないだろうな。これでも私は、ガレンではカードで負けたことはないんだ。今は、……なぜ負けたのかすら分からない」

「あらあら、世界は残酷なものですねぇ。使い魔さんの美味しいおつまみをどうぞ」

「…………ああ。……いつの間に魔物の王のカードが向こうに渡ったんだ?……いや、私も妖精のカードだったので、悪い引きではなかった筈なのだが」


すっかり考察に入りかけて、エーダリアはお口の中に入ったものがとても美味しいことに気付いたらしい。

はっとして手元を見たが、もう木の串しか残っていない。



「さて、第二回戦です。指先と頭が温まれば、きっと勝てるかも知れません」

「後半から疑問形に入ったな………」

「今回は、うちの魔物とアルテアさん。そして勝ち抜けの王のノアとの勝負になります」

「…………辞退させて貰おう」

「これは、エーダリア様の心をお誕生日から逸らす為の儀式なので、エーダリア様は全戦強制参加なのですよ?」

「な、何だと…………?!」



ぎょっとしたエーダリアが周囲を見回す猶予もなく、空いた席にアルテアが座った。

いかにも賭け事に長けていそうな色めいた微笑みできゅっと唇の片端を持ち上げ、何とも残酷な目をする。


白いスリーピースに暗めの赤紫色のシャツが艶やかだが、決して軟派な感じに見えないのは、そのどちらもがアルテアの持つ色彩だからだろう。



「さて、もう一度負ける覚悟をしておけよ」

「………お手柔らかに頼もう」

「ありゃ、何でアルテアが一番に勝ち抜けるつもりなのかな?」

「……………カード」

「ディノ、その持ち方だとお隣に見えてしまいますよ!ノアの持ち方を参考にして下さいね」

「うん…………」


お友達とのカード遊びが初めての魔物は、少しだけ不器用にカードを取り上げ、隣のアルテアからすかさず、それは前の試合のカードだから使わないと叱られていた。



「まるで本職の賭け場のようですね。一戦ごとにカードを変えるのですか?」

「魔術で巧妙に印を付ける可能性があるからでしょう。……それにしても、カードは自信があったのですが、良いところが見せられませんでしたね」

「ふふ、ヒルドさんもとても凄いのが分かりましたよ。皆さん格好良かったです」

「僕ね、賭けカードでお城を貰ったことがあるんだよ」

「なぬ?!ゼノがかなりの猛者で驚きました。こうなると、グラストさんはもう、カードで困ったらお隣にゼノがいるだけで百人力なのですね」

「ゼノーシュが、カードを得意としているのは知らなかったな。今度教えてくれ」

「うん!」



小さなグラスに入ったエビと人参のムースを食べながら観戦していると、始まった第二戦は早々に膠着状態に入ったようだ。

アルテアとノアがかなり火花を散らしており、マイペースなディノに、既に真っ青なエーダリアとなる。



「エーダリア様、負けたら罰ゲームですからね!」

「…………わ、わかってる」

「既に一つは決定しておりますけどね」

「…………ヒルド」



そんなことを話しながら、二回戦は賑やかに進んだ。


途中まで余裕だったアルテアが、ノアに何かをしかけられたのか、後半より渋面になる。

エーダリアは背中を丸めて必死に戦略を読んでいたが、その横ではばんばんノアがカードを切り替えてゆくのだ。



しかし、決着は突然ついた。



「上がりかな」

「…………は?」

「ありゃ。シルに負けた」

「…………もう、精霊の戦争がどこで終わったのかすら分からない………」


人間のカードをひらりと振って、ディノは華麗に勝ち抜けたようだ。

不慣れなディノを気にかけていなかったアルテアが、そのカードで一回戦分無効化された結果である。


「でも、アルテアが無効化されてるから、僕が次の上がりだね」

「…………くそ、お前にもか。後でもう一戦やるぞ」

「いいけど、返り討ちにするよ?」

「言ってろ。シルハーンのカードがなければ、お前には勝てただろうしな」

「でも僕は、シルが人間のカードを取ったなぁと思ってたけど」


やりあう選択と塩の魔物の横では、またしても最下位になったエーダリアが、精霊の戦争がどこで終わったのかを必死に考えている。



「では、三回戦ですね!アルテアさんとゼノと、ヒルドさんとエーダリア様です」

「…………ま、まだ続くのか」

「はい。そしてその次が最終戦になりますから」

「その次も……」



顔色を悪くしたエーダリアは、その後も二回負けた。

あまりにも必死なので、三回戦ではヒルドが一手負けてやったのだが、とは言え最下位は嫌なようで後半で追い抜かれてしまった。


アルテアとゼノーシュの壮絶な戦いは、かなり本気で戦い抜いたアルテアが辛勝し、最終戦への出場を決める。



「では、最終戦はディノとノアとアルテアさん、そしてエーダリア様です」

「ま、待て。負け続けている私が、なぜ決勝に出るのか分からない」

「皆さんの息抜き枠ですね」


なかなかに残虐なネアにさっくり切り捨てられつつ、エーダリアは決勝でも惨敗した。

初回大会で優勝したのはノアで、アルテアはディノにもう一度人間のカードで負けて三位となっている。



「…………お前な、頑なにそのカードを狙うのはやめろ」

「歌乞いのカードだからね」

「まぁ、ディノのカードは拘りがあるのですね」

「ご主人様………」

「なぜに三つ編みを渡されたのだ」

「ありゃ。もしかして、人間のカードで勝って、ネアに褒めて貰いたいんじゃない?」

「むむう」



そこでネアは魔物の頭を撫でてやりつつ、罰ゲームのお知らせをする。



「さて、エーダリア様、これから罰ゲームのお知らせをしますね。なお、この会場は魔術制約で縛られているそうですので、罰ゲームから抜け出すことは不可能です」

「…………だろうな」

「まずは一回戦の負けですが、ノア!お願いします」



一回戦の勝者から発表されたのは、あまりにも不甲斐ないゲームだったので、これで勉強するようにと教本を渡されることだった。

来週末にテストがあり、きちんと読んだかどうか調査されるのでとても大変だ。



「………この本は」



エーダリアは、渡された本を見た途端、目を丸くする。

そのまま、ヒルドが探し出してきた魔術書を抱き締めて固まったエーダリアに、二回戦の勝者であるディノから、ネアが狩ってきてしまった獲物の処理を一任する旨が伝えられ、テーブルの横にばすんと竜のご遺体が乗せられる。



「こ、この竜は、名残りの竜か?!」

「ディノのお誕生日に、諸事情から狩ってしまいました。エーダリア様に押し付けるのです」

「それとね、アルテアは罰ゲームを出さないから、代わりに二位で抜けた僕からの罰ゲームは、残飯処理だよ。食べ物は大事にしないとだから」



ゼノーシュがそう言って出してきたのは、エーダリアの分だけ残されたお祝い膳だ。

本当は綺麗なまま残してあげたかったが、誕生日祝いのお料理なのであえて先に手をつけて、このようなお渡しとなる。



「で、僕からの最後の罰ゲームは、これね」



ノアがそう言って差し出したのは、一枚の手帳サイズの絵のようなものだった。



「………術符、……か?」

「さて、罰ゲームだから言えないなぁ。後で飲んでおくこと」

「おや、どんなものなのですか?」


わざとらしく尋ねてくれたのはヒルドだ。


「扉になった術符なんだよ。五回まで、僕が繋げたところに強制的に飛べる。命の危険に晒された場合、あの避暑地に飛ばされるからね。カードがこれだけ弱いんじゃ、最後まで前線で戦う資格はなしだ」

「…………ノアベルト」



ぽそりと塩の魔物の名前を呟き、エーダリアは自分が契約した高位の魔物を見つめる。

その瞳に何を見たのか、ややあってこくりと頷いた。



「本当は、ヒルドにも飲ませたいんだよなぁ……」

「自分の身くらい、自分で守れますよ」

「同じものを作ってあげるから、エーダリアが避難したら追いかけて面倒を見てよ」

「………ネイ」


呆れたような目をしているヒルドに、ノアはどこか満足げに微笑んだ。

失いたくないと思う者に対して強欲なまでに守りをかける気持ちはわかるので、ネアはそんな二人と、食べられることになった特製の鶏肉料理に目をきらきらさせているエーダリアを微笑んで見守る。



「ネア殿の機転のお蔭ですね」


そう言ってくれたグラストは、ゼノーシュからアルテア特製のサンドイッチを恐縮しつつ受け取っているところだった。

こうして抜け目のない人間もまた、使い魔が悪さをしないように、彼の庇護のある食べ物を毎度みんなに食べさせていたりするものだ。

分け与えることが当たり前になれば、大きな輪の結束力が増すと信じて。



「お誕生日のお祝いでなければいいのです。だいぶ減ってしまいましたが、少しくらいはいい思いをして欲しいですからね。それに、これだけ凄い魔物さんがいるので、どうにかなると踏みました」

「そう言えば、お前はやらないのか?」

「む。カードですか?こちらのカードゲームのお作法が分らなかったので、本戦には出ませんでしたが、私に潰される覚悟がおありなら、受けて立ちますよ?」

「ほお、良く言ったな」

「アルテアさんの手札は、何だか分りやすいですしね」

「…………お前、本気で言ってるのか?」



幸せそうに晩餐をいただくエーダリアの奥で、ネアは酷薄な微笑みを浮かべたアルテアの瞳を見返す。

隣のディノがハラハラしているが、使い魔が己を過信していて困ったものだと肩を竦めてみせた。




その後にもネアが参加してカードゲームは続いたが、今はともかくエーダリアのお誕生日を心の中で祝うこととしよう。


ネアは、何とか少しばかりのお誕生日感にありつけ、やっと瞳に光が入ったエーダリアの姿に、達成感に溢れた表情で厳めしく頷いた。




なお、この日以降魔物が指を噛んで欲しいと強請るようになったが、ネアは厳しく規制している次第だ。




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