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トンメルの宴と秋の回廊



「今日はたくさん食べようね」

「はい!ゼノ、今日は宜しくお願いしますね」

「うん。ネアは僕から離れちゃ駄目だよ。アルテアにはほこりがいるからね」

「おい、何でその組み合わせなんだ。こいつを呼んだのはお前だろうが」

「だって、ほこりの保護者だもの」

「まったくなのです。それとも、ほこりと名付け親の私を組み合わせますか?」

「…………やめろ。事故の予感しかしない」



本日はお日柄も良く、前から楽しみにしていたトンメルの宴となった。

秋晴れの気持ちのいい日で、美味しいお菓子を食べたい放題の健やかな気持ちにもなるというものだ。



「今日の会場は、素敵なお庭なのですね」



そして、秋のトンメルの宴は、素晴らしい庭園の中で行われていた。

赤や黄色の美しくふくよかな色彩に染まった森を外壁扱いとし、その壁沿いの木々の根元には様々な秋の花々が咲き乱れ何とも華やかだ。


この秋のトンメルの宴のみ、主催者の氷竜の城の大広間ではなく、秋の回廊と呼ばれる庭で行われる。

それは何故かと言えば、秋の宴については屋内に入って来たがらないような、気体化した高位精霊も参加出来るようにという配慮なのだとか。


よって、前回ほどの正装姿は求められず、ネア達も適度なお洒落で参戦している。



「ご無沙汰しております」

「うん。今日もよろしくね」


入り口で招待状を確認している女性は、どうやらゼノーシュの顔見知りのようだ。


「招待状は二通でございますね」

「僕とほこりと、ネアとムグリスだよ。アルテアはネアの使い魔だから」

「はい。魔術認証で使い魔契約の確認が取れました。四名様でご入場下さいませ」

「…………おい、待て」

「アルテアは、ネアの使い魔なんだよね?」

「まぁ、使い魔さんどうしたのですか?ほこりのお世話をお願いしますね」

「…………お前ら」



アルテアは顔を顰めていたが、トンメルの宴の招待状は、二名一組で有効なのだ。

その代わり、使い魔は二匹まで同伴可能なので、一枚の招待状で最大四人までの入場が可能である。

今回はほこりからの熱烈なおねだりがあったそうで、ゼノーシュが事前に招待状をもう一枚貰って来てくれており、みんなで参加出来るようになっていた。


因みに二名一組の二名は公式上は恋人か夫婦限定だが、それはトンメルの宴に色恋沙汰を持ち込むなという暗黙の了解なので、実際には兄妹だったり、友達同士だったりもする。

なので、ゼノーシュはほこりとペアでも気にした風はなかった。



「ほわ!何て美味しそうなんでしょう!ほこり、楽しみですね」

「ピ!」

「………お前、シルハーンも連れて来たのか」


ネアがほこりと一緒に弾んでいると、呆れたような顔をしたアルテアにびしりとおでこをつつかれた。

おのれとその手をはたき落とし、ネアはムグリスディノ同伴の経緯を説明する。


「ノアと狩りに行って、大きな獲物を狩り過ぎたのです。すっかり警戒してしまったので、単独行動が禁止されてしまいました」

「何を狩ったんだ、何を。それと、不用意にノアベルトと二人になるな」

「まだあれこれ調整中なので秘密です。因みに、雲の魔物さんにも会いました」

「………ヨシュアに?……まさか、夜じゃないだろうな?」

「夜でしたので攻撃的な方でしたが、最後は号泣しながら逃げ帰りましたね」

「………何をしたんだ」


アルテアは慄いていたが、ゼノーシュがヨシュアは叱られたんだよと補足してくれたので、何となく事情が分かったようだ。

ウィリアムが後から躾けてくれたと聞き、少しだけまた嫌そうな顔をしている。

ネアは、野生度が高い同士の領土争いがあるのだろうと、微笑んでおいた。



「こっちから回ろうっか」

「ええ。ではまず、あのテーブルですね」

「ピ!」


ネアはぱすぱすと胸元を叩き、うつらうつらしていたムグリスディノを起こした。

顔を出せば涼しいので、ちびこい三つ編みをしゃきんとさせてムグリスディノも臨戦態勢になる。


「ディノ、まずは一口サイズのケーキの並んだテーブルですよ。やはり生菓子は華やかですね」

「キュ!」

「あら、新鮮な木苺がお皿に山盛りになっています。お口直し用でしょうか?」

「ネア、それもケーキみたいだよ」

「なぬ?!」


ネアは、慌ててその木苺にしか見えないケーキを一ついただいてみた。


「ほわ!」


表面は飴のような食感で、かりかりっと食べれてしまい、その中には香りの良いムースと苺ジャムが入っている。

一口目から至福の境地なので、ネアは頬っぺたを緩ませてはわはわした。


「キュ?!」


ムグリスディノのお口にも入れてあげれば、しゃくしゃくとろりと美味しかったのか、ふくふく顔で身震いしている。

ムグリスディノの時は、美味しかったり嬉しかったりすると、ちびこい三つ編みがぷるぷるするので分かりやすい。


「気に入ったものを幾つかお土産にも出来ますからね」

「キュ!」

「あら、ほこりはそちらのキャラメルケーキなのですね。酸味がない方が好きでしたものね」

「ピ!」


本当はお皿ごと食べたいほこりは、小さな一口ケーキを既に全種類食べてしまったようだ。

じっくり目で形や材料も見てから食べるアルテアとは行動速度が違うようで、ゼノーシュが自分の食べる早さに合わせて、ほこりの口にもケーキを放り込んでいる。


「ピ!」

「む、それは何でしょう?可愛い色のケーキですね」

「夜摘みの秋葡萄と、夜の雫のケーキみたい。銀色のは何だろう?」

「流星の祝福を映した砂糖だな。流星雨の夜に、バットに砂糖を敷き詰めて外に出しておくんだ」

「アルテアさんは物知りですねぇ」


ネアもそのケーキをぱくりと食べてみた。

瑞々しい葡萄の味だが、じゅわっと滲む特別なお砂糖と夜の味わいに気持ちが穏やかになるので、秋の夜長の読書のお供にでもしたいケーキだ。


端っこを貰ったムグリスディノも、またしても三つ編みをぷるぷるさせていた。


「これは、梨とキャラメル、………豊穣の妖精の粉か」

「………僕、これ注文する」

「これは、………杏のお菓子ですね。ほわ!ほくほくお芋のパウンドケーキと合わさると、とても美味しいです!」

「キュ!」

「ピ!」


玄人っぽい感想を言えるアルテアと、ただひたすら美味しくいただく、ネアとゼノーシュ。

そして、重々しく弾みながら喜びの舞を踊るほこりは、菓子職人達の受けがいい。

専門的な工夫を分かってくれる上に、ただ純粋に美味しくいただいてくれるという構成が、職人達の心にも優しいようだ。


ひたすらに批評ばかりする、作り手の心に厳しいチームもいるので、こちらのチームはバランスがいいのだろう。



「カフカフの実があるな」

「カフカフ………?」

「キュ?」


お菓子の宴も後半になると、行動速度的にネア達は二チームに自然分離していた。

食べる速度が早い、ゼノーシュとほこりのペアに、ネアとその下僕達というじっくり派のチームだ。


「岩竜にしか収穫の出来ない、高山にだけ実る果実だ。夏の終わりから、秋の始めの満月の夜にしか収穫出来ない。その花は、逆に新月にしか咲かないがな」

「……もしかして、この中央に飾ってあるのがお花ですか?水晶細工のようで、装飾かと思っていました。……む!噛み応えのあるゼリーのようで、中にぷちぷちする甘いものが入っています」

「中のものが、カフカフの果実だ。……ほお、これはあえて熟す前のものを使ってるな」

「充分に甘いのに、また熟すとお味が変わるのですか?」

「熟す前は林檎のような味だが、熟すと林檎の香りの蜂蜜のようになる。甘味が強い分、一粒で食べる果実だな」

「まぁ!」


今日のアルテアは、ほこりがいるからか、青みがかった艶のある白いスリーピース姿であった。

あえて高位さを隠しもせず、ほこりが問題を起こした時には周囲を見た目から威圧していく方式となるようだ。


「むむ!このつぶつぶくしくししたやつめも、かなりの美味!!」

「何だその表現……」

「ふわとろの指先大のチーズケーキのようなものが、氷の串に刺さっているんですよ。濃厚、さっぱり、果実風味の三粒を合わせて食べると、味が混ざって美味しいのです!」

「………ん」

「むむぅ、ほこりのお世話をしているので致し方ありませんね」


ちょうどほこりが、発見したほこり的最高のお菓子の報告に来ていたので、アルテアの両手は弾む大雛玉を押さえるので塞がっている。

お菓子を寄越せと言われたので、ネアは仕方なく串を差し出し食べさせてやった。

その途端なぜか、隣のお客がばっと駆け出してゆく。


「………む?」

「僕が追い払おうとしてたけど、大丈夫だったね」


そこにやって来たのはゼノーシュだ。

お気に入りお菓子をアルテアにプレゼン中のほこりの横にいたのだが、なぜか慌ててネアの方にぱたぱた駆け寄ってきてくれたところだった。


円卓で他のお客様もテーブルを囲んでいるので、わざわざ大回りでこちら側まで会いに来てくれたともなれば、何かあったのだろうか。


「………ゼノ?」

「今ね、ネアの右隣にいた妖精が、一生懸命にネアの気を惹こうとしてたんだよ。赤い羽の妖精だから、追い払わなきゃって思ったの」

「まぁ!お菓子の方しか見ていなかったので、気付いていませんでした。ムグリスディノも、くしくししたお菓子に夢中でしたしね」

「…………キュ」

「ふふ、可愛いのでそれでいいんですよ。どうやら、ゼノが気付いてくれて、使い魔さんが追い払ってくれたようです」

「お前はいつも、妙な奴ばかり寄せやがって」

「自身にも返ってくるのでは………」

「やめろ」



後見人へのお菓子推薦が終わったようで、ほこりはまた焼き菓子のテーブルに去って行く。

ネアはお腹がいっぱいになってしまうので、なかなか手の出せない菓子パンや、大ぶりな焼き菓子のテーブルだ。

一緒にそちらに行くゼノーシュからも、人外者は高位の誰かのお相手を奪うのは極力避けるので、もし不穏な気配があればアルテアからお菓子を奪うか、アルテアにお菓子を食べさせれば最大の牽制になるからと助言を貰う。



(ムグリスディノだと、ムグリスの階位的にあんまり効果がないみたい……)


かと言って、ディノを本来の姿にするとまずい理由が一つある。

この会場には、万象の魔物大好きで有名な星の系譜の人外者達がちらほらといるのだ。

星の系譜は、噂好きで美しいものと高位のものが大好きという気質らしく、ゼノーシュからも、ディノを人型で連れて行くと騒ぎになると言われていた。


アルテアもその範疇だと思ったが、彼は不用意に近付くと災厄も齎すので、そんな選択の魔物の悪意の盾になれる階位の星の魔物がいない時は敬遠されるのだそうだ。


本日は粛々とお菓子を食す日なので、ネアとしても心穏やかにただ食べられるように環境設定したい。

よって、同伴のディノはムグリスディノとなったのである。



「キュ」

「ふふ、このお菓子が気に入ってしまったのですね?」

「キュキュ!」


若干、人型の時との味覚の違いが気になるが、ムグリスディノのお気に入りとなったのは、お花の形をしたお菓子だった。

素朴な砂糖菓子を花蜜や、果実で味付けしてあり、可愛らしい小花をむしゃむしゃ食べているような見た目も可憐な素朴なお菓子だ。

ムグリスディノが食べていると十割増しで愛くるしいので、ネアはすぐにそのお菓子を注文した。


素朴なものだが、見た目の可憐さがお菓子の装飾にもいいと、かなり注文殺到しており、人垣の後ろ側でぴょいぴょい弾んでいたネアの代わりに、背の高いアルテアが注文書を渡してくれる。

菓子職人も、随分と白い魔物から注文書が来たので、かなり丁重に受け取ってくれていた。


「アルテアさん、有難うございます」

「この造形は大したものだな。妖精の仕事らしい」

「妖精さんが作ったものなのですね!」

「それと、右奥はあまり見るなよ?」

「………困った方がいるのですか?」

「ジーンだ」

「…………ほわ」



懐かしの因果の精霊の登場に、ネアはささっとアルテアの影に隠れた。

ネアの位置からは姿は見えないが、アルテアが言うのだから間違いないだろう。

しかしその直後、眉を顰めて不審そうにアルテアを見上げる。



「どうした?」

「お知り合いのアルテアさんがいると、ジーンさんはこちらに来るのでは………」

「…………近寄らせないから安心しろ」


「あら、アルテア!」


その時、背後から柔らかな声がかかった。

ネアが振り返れば、銀色の髪の美女が妖艶に微笑んでいる。

青い瞳は理知的で、妖艶な容姿とは相反する上品なドレスがその美しさを引き立てていた。



「一昨日はすぐに帰ってしまうのだもの」


そう微笑んだ美女にちらりと見つめられ、ネアはこてんと首を傾げた。

アルテアの影からぴょいと抜け出し、すすっと距離を取ろうとしてみる。


「おい、離れるな」

「むが!恋人さんとの語らいを邪魔する程、野暮ではありませんよ」

「勝手に邪推するな」

「あらあら、照れ屋さんですね!むぎゃ!」


びしっと頭をはたかれ、ネアは恨み骨髄の眼差しでアルテアを睨む。


「キュ!」


ネアの胸元に入ったムグリスディノも抗議の鳴き声を上げ、三つ編みをいきり立たせている。


「まぁ、可愛らしいお連れさんだこと。あなたが人間を連れているのは珍しいわね。人間は脆いのだから、暴力はいけないわ」

「そうでもないぞ」

「………随分と魔術可動域が低いのね。私が近付いても大丈夫かしら。……付き人さん?それとも、部下の方かしら?」


尋ねられたネアは、ふるふると首を振った。

女性の問いかけは柔らかくて嫌味のない響きであったし、恋人達の邪魔はしたくないが、言葉の魔術が存在する世界なので、不当な肩書きを負うのも危ういのだ。


(しかし、恋人さんの前で使い魔さんだと言うのも不憫なようで……)


とは言え、不用意にただの友達だと言えば、この感じのいい女性を不安にさせやしないだろうか。

恋する女性は繊細なのだ。


困り果てたネアが眉を下げていると、また誰かがこちらに来たようだ。



「ルイザ、勝手に離れるんじゃ………」


アルテアの恋人であるらしい女性を追いかけてきた男性を見た途端、ネアは目を丸くした。


(…………なんて綺麗な妖精さんなのかしら!)



その男性は、まるでおとぎ話に出て来るような美しい妖精だった。

ヒルドが森と湖を司る宝石の妖精ならば、この妖精の印象は繊細で儚いに尽きる。

歩くだけでふわりと広がる青みがかった灰色の豊かな髪に、大きな羽は淡い水色で、銀色の細い筋が雨のようで何とも絵画的だ。


しかし今、その長い睫毛に縁取られた瞳は、驚いたようにネアを凝視していた。



「…………ご主人様」

「ほわ?」

「お兄様?」


呆然とそう呟いた妖精は、唖然とした様子の女性二人にはっとすると、慌てて首を振った。



「………いえ、申し訳ありません。ルイザ、他の方にご迷惑をおかけしてはいけませんよ?」

「あら、またお説教かしら?恋人の連れなのだもの、お喋りするのは当然でしょう?」

「………恋人?そちらの方は、魔物ではありませんか」

「困ったわ。うちは多種族の大家族なのに、お兄様は種族至上主義?」


羽は見当たらないが、妹だという女性にそう言われ、美しい妖精は小さく溜め息を吐いた。

呆れたような溜め息だがどこか暖かいその仕草に、ネアは仲の良い兄妹なのだなと感じる。


「あなたが取替え子でも、あなたは私の大事な妹ですよ。ただ、そちらの魔物の方は、随分と高位の魔物のようですからね」

「心配ないわ。彼は楽しい魔物だもの」


妹にそう言われて妖精はアルテアを見たが、少し困ったように目を細めた。

兄の目線からは違うものが見えたようだ。


「高位の魔物は、享楽的で酷薄なものですよ。あまり深入りしないように」

「心配性ね、まったくもう!弟のモスモスだって、パンの魔物じゃない」


その単語が飛び出した瞬間、ネアはムグリスディノと顔を見合わせてしまった。

何とも言えない荒ぶった気持ちになったが、ルドヴィークのテントにいた砂小麦の魔物のようなものだと思い込むことにした。


「モスモスは生まれた時から家族なので、そちらの方とは違うでしょうに」

「お父様だって精霊だけど、短気でもなく穏やかだわ」

「それは父上が特殊な気質だからですよ。それと、そちらの女性はその魔物の方のご主人です。ご迷惑をかけてはいけませんよ」

「…………ご主人?」

「ええ。あなたの、……恋人?は、そちらのお方の使い魔なのだそうですよ。ヨシュアが言っておりました」

「……………使い魔?」


愕然とした面持ちで視線を戻した女性に、アルテアはなぜか嫌な顔をせず、片眉を持ち上げてふっと唇の端を微笑みに切り替えた。



(………い、嫌な予感が)


ネアは危険を察して逃亡しようとしたが、時遅し、がばっと抱き寄せられてじたばたする。


「おのれ!離すのだ」

「その通りだ。悪いが、俺はこの主人にかかりきりでな。特定の女と関係を深めるつもりはない。お前の都合で、勝手に恋人とやらにされる筋合いはないな」

「むが!男女の面倒な揉め事に巻き込まないで下さい!もういい大人なのですから、一人で対処するのだ!」

「ったく、お前はいつもつれないな」


「アルテア?」


その時だった。


まさに鈴の音を鳴らすような可憐な声が割り込み、騒然としかけた現場は、しんとした。


そこに立っていたのは、くるりと艶のある巻き毛が美しい、絶世の美少年だ。

白いドレスシャツに真っ白なショートパンツ姿で、仄かにピンク色の太腿がやけになまめかしい。

とは言え、少年だと分かっているネアとは違い、傍目には恐らく絶世の美少女に見えるだろう。



「ほこり!」

「ネア、苛められたの?」

「いいえ。アルテアさんがまた騒ぎを起こしたので、自分で対処するよう叱ってたところなのです。あらあら、お口の横にパン屑がついてますよ」


ネアにパン屑を取ってもらい、頭を下げなでなでされたほこりは、ふわっと微笑む。

その途端、正面にあたるネアの背後で、複数名がばたばたと倒れる音がした。

あまりにも美少年あらため美少女容姿過ぎて、破壊力が大きいのだ。


そしてほこりは、ルイザと呼ばれた女性に向き直った。


「アルテアは駄目だよ。ネアのものだから」


振り返った女性に目も向けず、アルテアはほこりに向かって肩を竦める。


「………おい、その姿をどうにかしろ。また殺し合いが起こるぞ」


かなり嫌そうな顔をしたアルテアに、ほこりはなぜか、にっこりと微笑んだ。



「お父さん、あっちに美味しいお菓子があったよ」

「………ふざけるな」



たっと駆け出してゆく足音に、ネアはあっと思って振り返ったが、ルイザと呼ばれた女性は、まさかの恋人から恋人じゃない宣言を受けた上に、その相手にはご主人様がおり、尚且つ絶世の美少女風子持ち疑惑に耐えられなかったようだ。


慌てたように、兄だと言う連れの妖精も追いかけてゆく。



「修羅場です。あの女性の方は、とてもいい雰囲気の素敵な方でしたのに………」

「キュ………」

「僕ね、ほこりのこと止めたんだけど、今はもう恋じゃなくても、アルテアの恋人を見ると腹が立つみたい」

「ゼノ。………きっと、父親が恋人を連れてきたような、複雑な気持ちになるのでしょう」

「あ、アルテアが戻ってきたよ」


アルテアはかなりご立腹のようで、ほこりの頭髪を鷲掴みにして引き摺ってこちらに戻ってきた。

ネアは、ほこりの登場と共に駆けつけたゼノーシュに避難させて貰い、少し離れた観覧席的な位置に移動していたのだ。



「おい、勝手に離れるな!」

「あら、騒ぎを起こした方の側で、美味しくお菓子が食べられるでしようふか」

「口の中のものを食べてから喋れ」

「むぐふ。我が儘ですねぇ。……あら、ほこりは元の姿に戻るのですね?」

「ピギ!」

「もう仕事は終わったからいいんだって」

「ふざけるな。この会場には星の系譜の奴らがいるんだぞ?お前のせいで、妙な噂が広がるだろうが。余計なことをしやがって」

「ピギャ?」


つんとそっぽを向いて、ほこりは近くにあったパウンドケーキをむしゃむしゃ食べていた。


「おい、聞いてるのか?」

「ピ?」



なぜかそのやり取りは、素敵に家族めいた感じに見えたので、ネア達は顔を見合わせてこそっと離れてみた。



「ふふ、本当の親子のようですよね」

「うん。僕、仲良しだと思う」

「アルテアさんも、……ほら、何だかんだでほこりが食べ散らかしたケーキ屑を拾ってますし」

「キュ……」

「まぁ、ディノはしょんぼりなのですね?もしかして、お友達にいつの間にかお子さんがいるようで、複雑な気持ちなのでしょうか?」

「キュ」



(…………あら、)



そこでネアは、隣のテーブルに先程の妖精が戻って来ていることに気付いた。


(一人でいるようだけど、妹さんはどうしたのだろう?)


巻き込まれた形であったし、とても礼儀正しい妖精だったので、申し訳なくなった。

その上、是非にお知り合いになりたいくらい綺麗なのだ。



「………あの、」


せめてお詫びしておこうかなと声をかけると、男性は驚いたように飛び上がった。


(………目の錯覚でなければ、今、垂直跳びしたような……)



「先程は、使い魔さんが失礼いたしました。お気遣いいただいたのに、お礼も言えず…」

「い、いえ!とんでもありません!……その、………光栄です」


不思議なくらいに慌てられてしまい、ネアは内心首を捻った。

美貌の妖精は、異国風の水色の装束で、それが何ともエキゾチックで麗しい。


「………光栄?」

「ええ。私などに声をかけていただくなど、そのお声が勿体ない。どうぞ、お気遣いなく。私どもなど捨て置いて下さい」

「………妹さんは大丈夫ですか?」

「ええ、妹は妖精と精霊の取替え子で気性が激しいものですから、今は少し離れた森で木を殴り折っているでしょう。あの子は恋に不器用で、いつものことですから」

「………ほわ、木を……」

「ああ見えて、取替え子になる前は、灰色熊の精霊でしたから」

「灰色熊さん……」


(………駄目だ!気になり過ぎる!!)


「………その、ご家族にパンの魔物さんがいるのですか?」

「……ああ、不思議でしょうね」


微笑んで教えてくれた妖精のあまりにも儚げな微笑みの美しさに、ネアは惚れ惚れとしかけてしまった。


「私の一族は、かつての統一戦争で一族の大多数を喪った者達の寄り合いなのです。父の一人は、霧雨の妖精王を、もう一人は霧雨の精霊王をしております」


ここでもネアは、父親が二人というイレギュラーにさもありなんという顔で頷いた。


「人間の家族はおりませんが、様々な種族の家族がおりますよ。実際の血族は、私と霧雨の妖精の系譜だけです」

「素敵なことですね。私も今は様々な方々と暮らしていますが、家族のように感じるのです」

「………類似点があるのですね!」

「ええ、何だか似ていますね」



そこでネアは、一瞬はしゃぎかけた目の前の妖精が、じっととある場所を見ていることに気付いた。

どうやら、胸元に設置され、警戒態勢に入って妖精を睨みつけているムグリスディノを見ているようだ。



「………妖精ではありませんね」

「ふふ、このムグリスは、こう見えて私の大事な魔物なのです」

「成る程、姿の割に妖精の気配がありませんでしたが、これも調教の一環なのですね」

「………調教?」

「やはり、あなた様は私の想像などを超えて、何とも無慈悲で素晴らしい」

「無慈悲………」

「やはり、私などがこうして向かい合って良い方ではありません。どうぞ、これ以上お時間を無駄にされませんよう」



ネアが謎に包まれている内に、少しだけの挨拶を許してくれたゼノーシュが迎えに来た。

ぺこりとお辞儀をしてそちらに戻れば、ほこりは、お皿ごとケーキを食べた罰で強制送還してしまったというアルテアが、疲れた様子でグラスを片手に壁にもたれかかって立っている。


あまりにも不穏な表情だからか、一人でいても誰も声をかけようとはしていなかった。

とは言え、元々トンメルの宴は二人一組の参加規定なので、夫婦や恋人同士の参加が多いこともあるのだろう。

参加者などには興味がなく、お菓子しか見ていない者も多い。



「あいつは、どう見てもお前の気に入りそうな妖精だな」


かなり不機嫌そうにそう言うアルテアが見ているのは、今は少し離れたところに移動している先程の妖精だ。


「ええ。この世界でヒルドさんに次ぐ綺麗な妖精さんに出会ったのですが、すっかり怯えてしまっていまして残念です………」

「………は?」

「ゼノの推理では、雲の魔物さんの相談役の妖精さんらしいので、私がヨシュアさんを狩ってしまったことを聞いているのではないかと……」

「……ああ、ヨシュアのところの相談役か」



儚げな美貌の妖精から、暗に関わらないでくれと言われてしまったネアがしゅんとしていると、胸元のムグリスディノが、もさもさと動いてくれた。

素敵な毛皮にすりすりされ、ネアはほわりと笑顔に戻る。


「あんなに怯えてしまっていては、お友達にもなれませんね。お菓子に専念しましょう!」

「注文はもう済んだのか?」

「は!そう言えば、入り口のところの一口ケーキのテーブルにも、欲しいお菓子があったのでした!」

「まとめて買っておいてやる」

「ほわ!使い魔様!」


ネアが落ち込んでいたからか、アルテアはケーキを買ってくれるようだ。

恐れていたジーンももう帰ってしまったようで一安心となり、ゼノーシュは手を繋いでくれたので、ネアは笑顔で残りの菓子博を楽しむことが出来た。



何度か先程の妖精の視線を感じたが、ネアが振り返るとさっと隠れてしまうので、余程怯えているに違いない。


無事に、同伴者の妹さんも会場に戻り、今はむしゃむしゃとチョコレートをやけ食いしている。

そんな姿を見ると、親近感が湧いて可愛い女性だなとネアは思った。

きっと、狩りの女王などが近付いてはいけない穏やかな世界の人達なのだろう。



(雲の魔物さんに威嚇してしまったことで、失うものもあったという事だわ……)


得るものもあれば、失うものもあるということだ。

ネアはそんな諦めに微笑み、たくさんのお土産を持って帰路に就いた。



なお、食べ過ぎで強制送還されたほこりは、これから後見人によるお説教タイムになるらしい。







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