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172. 誕生日会を開催します(本編)



陽が落ちると、会食堂には魔物のお誕生日会の準備が整った。


ふんだんに花を飾った部屋はそれだけで特別感があるが、それよりも参加者の方が美しいのでネアは眼福極まれりという心持ちである。


出来れば、ここに初代白もふか、次代白もふがいれば完璧なのだが。

もふ要員でちびまろも参加させようかと思ったが、慌てたノアからこの空間に入れたら可哀想だと言われて諦めた。




ローストビーフや各種お祝い膳が並び、ディノが好きなものは季節性を無視しても用意されている。

最近はまったガスパチョもあり、唐揚げやハジカミの魚のマリネなど、思い出の料理も並んでいる。


あえてのビュッフェ形式になっているのは、個性的が過ぎる参加者ばかりだからと、数少ない常識人のネアは考えていた。



しかし、今日のメインはお誕生日ケーキなのだ。



ででんとお部屋の中央に飾って貰ったケーキは、真っ白なショートケーキだが、ネアが師匠と仰ぐリーエンベルクの料理人から、クリームで素敵な薔薇を作る手法を会得していたので、ゼラチンで艶を出してつやつや輝く苺やベリーと一緒に、淡い紫色にブルーベリーで色を変えた生クリームの薔薇がデコレーションされている。


その真ん中のプレートは、あえてのシンプル路線でお誕生日おめでとうと書かれており、見るなりディノはくしゃくしゃになった。



「私の世界では、年齢の数の蝋燭に火を灯して吹き消すのですが、こちらの世界では呪いのお作法になってしまいますので、これです!」


ネアがさっと取り出したのは、エーダリアが特別にセラーから出してくれた祝祭用の薔薇と雪夜のシュプリだ。

淡い水色をしていて、細かい泡の立ち方が粉雪が降るように見える。

大きな泡は薔薇の花びらに見えるので、何とも美しくおとぎ話の宝物のようなシュプリだった。



「ネヴェアナハツか!」


アルテアもかなり食いついたし、ゼノーシュにいたっては檸檬色の目がきらきらなので、きっととても美味しいに違いない。


「これで、ディノの誕生日に乾杯します!」

「ご主人様……」

「僕それ大好きだなぁ。多めに注いで」

「ネイ、真っ先にグラスを差し出すのはおやめなさい」

「えー、ヒルドは融通がきかないなぁ」


このお酒を知ってる勢がはしゃぎ出してしまったので、ネアは慌てて全員分のグラスにシュプリを注ごうとした。

しかしなぜか、とてもいい笑顔のヒルドにお役目を取られてしまう。


「付与の祝福はとても曖昧で厄介なものですから、ネア様はディノ様の分だけになされて下さい。後のものは、私が」

「むむ、そうであればディノを贔屓します!」

「ありゃ、ネアが注いでくれないの?」


そつなく手助けをしてくれるヒルドに、ネアはその他の皆さんのことは任せ、ディノのグラスに一番にシュプリを注いでやった。



「はい。今日の主賓のディノに」

「…………ありがとう」

「あらあら」


恥じらってしまった魔物の隣では、ネアからボトルを預かったヒルドがエーダリアとノアにシュプリを注いでやっている。

しかし、アルテアとウィリアムはそれを断り自分で注いでいた。

そこにはやはり与える者と受け取る者側での、この世界なりのお作法があるのだろう。

そこは分かっているらしく、ヒルドはゼノーシュにはボトルを渡して、グラストのことは任せていた。


その代わりに、ネアの分は注いでくれる。


「ほわ、有難うございます」

「いえ、さてこれで全員に行き渡りましたね」

「あ!ヒルド狡い!!」

「女性に自分で準備させるなど、失礼にも程がありますよ」

「僕がやるつもりだったのに……」

「そしてその為にそちらで戦っていて出遅れたようですが、誰にいただいても、変わらぬ美味しいお酒です」

「わーお、ネアってば酷い!」

「ご主人様……」

「あら、ディノは今夜の主役なので大人しくもてなされるがよいのです。さて、長口上だとうんざりしますので、……みなさん、今夜は私の大事な魔物の為に有難うございます。ディノ、お誕生日おめでとうございます!」


さくさく進行する主義のネアが仕切り、グラスが持ち上がった。

カチンとグラスを触れ合わせるのは、このような場ではマナー違反になるので、ネアは目を瞠っている魔物に微笑みかけ、グラスを傾けた。

身を以てお作法を教えられ、ディノもグラスを傾ける。



「まぁ、なんて美味しいのでしょう!」

「うん、美味しいね」

「ディノ、お誕生日を迎えた気分はどうですか?」

「ネアが可愛い」

「むむぅ。感慨的なやつはないのでしょうか」

「ネアが…………可愛い?」

「もう少し自分の為に生きて下さい」


そのいいお手本として、早速二杯目のシュプリを注いでいるノアと、これはもっと丁寧に飲めと叱っているアルテアの方を見た。


「ほら、何とも自由な方々がいますよ。どちらももふもふ要員ですね」

「………うん」

「その姿を重ねると、とても生温い気持ちで見守れるという不思議なのです」

「そうなんだね」


エーダリアはウィリアムと何かを話しており、ゼノーシュがそこにグラストを参加させて加わっていた。


「ところでディノ、一歳相当として認識すると私より年下になりますが、持ち上げの儀式をしますか?」

「…………ネアより歳下にはならない」

「あら、そこは譲れない一線なのですね?」

「君は歳下は嫌いなんだろう?」

「この世界でそちらを対象とすると、幼子しか残ってないからですね」

「歳下にはならない」

「ふふ、頑固さんですね。では、年齢はそのままで、持ち上げはなしでいいですか?」

「持ち上げ………」



ディノが悩ましげに眉を寄せたところで話しかけてきたのは、相変わらず絶世の美女に見えるダリルだ。


「へぇ、ウィリアムは人気だねぇ」


どこか面白そうにそう言った書架妖精に、ヒルドは眉を持ち上げた。


「ダリル、飲み過ぎですよ。何杯目ですか……」

「まだ乾杯したばっかりじゃん」

「だから聞いたのですよ」

「ダリルさんは、シュプリは苦手なのですか?」


ネア達の輪にいるのは、ダリルとヒルドだ。

二人とも目が醒めるような美貌の妖精なので、ネアは両手に花の気持ちでほくほくする。

シュプリは飲まず、ダリルは蒸留酒で乾杯していたというか、一足先に始めていた。

しかし、そういうことも気にしない自由な気風のお誕生日会なのである。



「だってぇ、すぐに帰らないとだからさ。強くていい酒から飲むよね」

「そう言えば、ウォルターの誕生日でしたか」

「正確には昨日ね。忘れてたら拗ねたから、今日やるって訳。ってことだから、早めに楽しんでるのさ。全く残念だよ、アルテアいじりもしたかったのに」


そうぼやいた美しい妖精に、少し離れた所からアルテアが声を張る。


「おい、聞こえてるぞ」

「アルテア、館の魔物の討伐について聞かせてよ!それと、首輪が好きなんだって?」


やめればいいのに声をかけてしまったせいで、自滅してゆく選択の魔物を眺め、ネアはローストビーフを頬張った。


「愚かですねぇ」

「アルテアは、ダリルとは相性が悪そうだね……」

「まぁ、ダリルですから……」

「ええ。さすがの手腕なので、もっと沢山学びたいです」

「ネア様、それはどうぞそこそこで止められますよう。武器を増やせば使いたくなるのが生き物の性ですから」

「………む。確かに、これ以上無敵になると、可愛げがなくなってしまいますね」

「ネアはずっと可愛い………」

「ふふ、ディノにそう言って貰えるところで止めておきますね」



食事が軽く進んで会話が弾むと、ディノお待ちかねのケーキを食べてみることになった。

ひとまずナイフを入れて、待ちきれない様子のディノに食べさせ、みんなはまだまだ食事を続ける方式だ。

行きつ戻りつつが出来るビュッフェ形式のいいところである。



「さて、ナイフを………ディノ?ナイフを持っていても怖くないですよ?」

「…………切られる」


ケーキナイフを持った途端、ゴールキーパーな魔物が生まれてしまった。

ケーキの前に立って決死の面持ちをするディノに、ネアは眉を顰める。


「む。なぜにケーキを守ろうとしているのだ。切り分けないと、食べられませんよ?」

「ネアが虐待する…………」

「端っこのクリームをスプーンでつまみ食いしていたので、待ちきれないのかと思ったのですが………」

「切ったら、減ってしまうのだろう?」

「まぁ………。美味しく出来た自信があるのですが、お口に入れてくれないのですか?」

「…………ずるい。可愛い」


悪辣に微笑んで首を傾げてみせたご主人様に、魔物はがくりと崩れ落ちた。

お労しいと呟くゼノーシュに、さっとディノを慰めに行ってくれた優しいノアがいる。

アルテアは呆れ顔で、その他の者達はさもあらんという遠い目をしていた。


ネアはその隙に、容赦無くケーキをカットしてしまう。

薔薇と苺にブルーべリーが乗っている素敵なところをディノ用にし、お誕生日おめでとうのチョコプレートも添えてやり、解剖されてしまったケーキを悲しい目で見ている魔物に持って行ってやった。



「はい、ディノのケーキですよ。頑張って工夫したので、お味の感想を教えて下さい」

「…………ずるい」

「特別に愛情たっぷりの部分を持ってきました。きっと、お誕生日の主役の大事な魔物が美味しく食べてくれると信じています」

「…………愛情たっぷり」

「はい。この辺りはクリームのお花がありますので、愛情たっぷりの部分です」

「…………食べる」



またしても悪い人間に転がされてしまい、ディノは慌ててケーキをぱくりと一口食べた。

食べてからもそもそとしているので、ネアは心配になってその顔を覗き込む。



「む。……美味しくありません?」

「…………愛情」

「さては、噛み締めてるのですね。問題なしと判断します」

「すごく美味しい………」



さてこれで一安心とネアが振り返ると、なぜか背後にはひと騒動あった気配がする。

今はもう何ともないが、何か諍いがあったようだ。



「…………ノア?」

「うん、大丈夫だよ。僕も、クリームの花のある部分を勝ち取ったからね」

「………クリームのお花」


ホールケーキは、全ての部分に平等にとはいかない。

偏りが生じる食べ物なので、切り分けた段階で美味しい部分の争奪戦争が行われていたのだろうか。


見た所、そんなに多くに行き渡らなかったであろうクリームの花の部分は、ノアの他にウィリアムとヒルドが手に入れたようだ。

さては隠れ食いしん坊だなと微笑ましく眺めていると、自分の分をちまちまと食べている魔物が、悲しげにぽそりと呟いた。


「…………愛情たっぷりの部分」

「そう言われたら、勿論譲れないよね」



(あらあら…………)


愛情たっぷりの部分ということはつまり手が込んでいるという事なので、その言葉を美味しいところという脳内変換をしたのだろう。

ネアは一度作ったものは自由に食べてくれ給え精神で手放しているので、特にどう食べてくれようと美味しくお腹に入れてくれれば文句はない。



「アルテアはさ、ダリルと話してて出遅れたんだよね」

「ゼノがしゅんとしているのが可哀想ですね。お花のところにだけブルーベリークリームがあるので、先に渡してあげれば良かったです」

「ま、愛情たっぷりの部分だから仕方ないよね」



しれっとそう言ってケーキを頬張ったノアは、すぐに美味しいと褒めてくれた。

スポンジ部分に刷毛で塗った、杏のお酒を少しだけ香りづけで入れたシロップが効いているらしい。

目論見通りなので、ネアはほっとした。



「いい奥さんになりそうだね、シル」

「あと、一年と少しかかるそうだよ。でも、いつでも短縮していいからね」

「あら、大切な魔物とのことなので、私は丁寧に進めたいのです」

「だから、誕生日なのに短縮はしないんだね?」

「ええ、ディノに特別に優しくする日ですが、そこを縮めると結果としてディノの為になりませんから」

「いくらでも教えてあげるのに」

「……………鎮まり給え」



そこで、アルテアとウィリアムをからかってとても良い気分転換が出来たと話すダリルが、一足先に会場を出ることになった。

これからヴェルリアで、ウォルターのお祝いがあるのだとか。

ガヴィから、坊ちゃんが衰弱死する前に来て欲しいと言われており、行かざるを得ないのだそうだ。



「で、これが私からの贈り物ね」


そう言ってダリルが渡してくれたのは、とても書架妖精らしい贈り物だった。

高位の妖精もあまり他の高位者には贈り物をしないのだが、ダリルはその種の種族的な風習を気にしない妖精だ。



「素敵な絵本です………?」


目を丸くして受け取った贈り物を広げてみたディノの手の中にあるのは、一ページごとに複雑な模様の絵がある絵本のようなものだった。

見るなりディノは唇の端を持ち上げて、何とも言えない魔物らしい目をする。



「禁式の本だ。この模様が全てのまっさらな迷路になってるんだよ。本に書き込めば条件付け出来るから、報復や嫌がらせに使うのも良し、ネアちゃんと二人きりになるのに使うのも良し」

「固有魔術を分け与えられたのは初めてだ」

「だと思ったよ。固有魔術は本来、他者に与えられるものじゃないからね。でも私の迷路は、切り分けてもまた書き直すだけだから、分け与えられるのさ。ま、手札は多い方がいいってね」

「………ず、狡いぞダリル!!」


そこに割って入ったのはエーダリアだった。

珍しくぷるぷるしており、ヒルドが片手を額に当てる。



「ん?ああ、あんたも欲しいって昔から言ってたもんね」

「私には一度も、触れさせもしないではないか!!」

「あんたにあげても、何も得るものがないからだね。ディノにあげときゃ、こっちで手を貸す回数の省略にもなるし、どう活用するかで新しい可能性も測れるし、いざって時はネアちゃんの脱走防止にもなるしね」

「ダリル………」

「なんでヒルドが項垂れるんだろうねぇ」

「…………逃げないので、迷路はやめて下さいね。一緒に冒険するのは構いませんが、一人で閉じ込められたら怒り狂います」

「ご主人様………」



ともあれ、貰った迷路の入った本をディノは喜んでいたようだ。

自分にない手段の術式であるし、ご主人様が一緒に冒険してくれると言ったので、いつか試してみるつもりであるらしい。



「せいせいしたな」


ダリルが帰るとアルテアはすかさずそう言ったので、相当虐められたのだろう。

少しだけ不憫になったので、ネアは白もふさんを撫で撫でしたいですねと言っておいた。

物凄く嫌そうにされたが、きっと照れ隠しだろう。



「ふぎゃ?!」


そう思って微笑んでいたら、おもむろに頭をばしりと叩かれた。


「ウィリアムさん………」

「可哀想にな。後で、アルテアを剣で叩き返しておいてやるからな」

「剣で叩くとなると、アルテアさんの頭は斬れてしまうのでは……」

「安心していい。これでも多少は丈夫なんだ」

「ほわ……………アルテアさんが禿げませんように」

「やめろ」



そこでウィリアムは視線をディノに向けると、どこか感慨深そうに微笑む。


「シルハーン、おめでとうございます。俺は、系譜の響きが慶事には向かないので贈り物は出来ませんが、これからもネアに何もないように手を尽くしますよ。今度、ムクムグリスを見せに連れて行きますね」

「それは…」

「ディノ、まずは何と言うのでしたっけ?」

「…………ありがとう」

「はい、よく出来ました!」


ネアにまたしても誘導されてしまい、魔物はさっと三つ編みを投げ込んできた。

しかし、ご主人様の両手はグラスとお皿で塞がっていたので、三つ編みは物悲しくぱさりと落ちてゆく。


「ネアが虐待する」

「困りましたね、食事中なのです。ではこうしましょうか、えいっ!」


ぱすんと体当たりし、狡猾なネアは魔物に寄りかかる方式で食事を楽しむことにした。

満足したかなと見上げれば、ディノは目元を染めつつも、どこか誇らしげな顔をしている。

みんなに見せつけるように体当たりされたと思っていそうだが、これはあくまでも寄り添うという行為の範疇である。



「ネア、僕たちからの贈り物だよ」

「まぁ、ゼノ、有難うございます!ディノ、グラストさんとゼノが贈り物をくれましたよ」

「…………これ」

「ディノは毛布がいくらあってもいいんだよね?この毛布、ザルツで見付けたんだけど、ネアの瞳の色にそっくりでしょう?」

「有難う」

「ふふ、お返事の早さにお気に入り感が滲み出ていますね」


リボンをかけた琥珀色の油紙に包まれ、その中の木綿の袋から出てきたのは、最高級毛皮のようなしっとりとした手触りの、もふもふ毛布であった。

淡い灰色と紫みがかった灰色のまだらになっていて、その色味の混ざり合いが毛皮っぽい効果を与えると共に、確かにネアの瞳の色によく似ている。


ディノはすっかり気に入ってしまったらしく、きゅっと毛布を抱き締めて口角を持ち上げていた。



「それと、これは部下達からなのですが……」


続けてどこか気まずそうにグラストが出したのは、とある高級革製品のお店のロゴの入った紙袋だ。

目を瞬かせて、ディノは毛布を部屋に転移させ、その紙袋を開いてみる。



「…………ベルト」

「…………その、縄だと結び目を解くのにいつもネア様が苦労されているとかで、……そのベルトを使えばやり易かろうと……」

「ご主人様」

「…………今はやりませんよ!」


騎士達が贈ってくれたのは、さぞかし上等なものであろうという、革のベルトだった。

柔らかな革だが頑丈そうで、青みがかった淡い灰色のネアカラーだ。

繊細で優美なデザインの革ベルトには、縄やリードを固定する用の金具がついており、そこにリードの留め金をかけても、縄を通してもいいような作りになっている。


ネアはたいへん慄いていたが、魔物はとても嬉しかったようだ。

外出用にとお揃いのリードもついており、かなりの玄人仕様である。



「おい、まさかそれを使う気か………?」

「ネアは縄で縛るのがお気に入りなんだよ」

「なぬ………」

「隣で青ざめてるぞ」

「おや、照れてるのかな………」

「解せぬ」


ネアが視線でさっと助けを求めたからか、次はエーダリアがプレゼントを持ってきてくれた。



「ディノ、………これは私からだ」

「……… 区画権利?」

「ああ。ネアがいずれ老齢になってから家を作ると聞いてはいるが、それは先のことになるだろう。その前にこの施設があればと聞いてな」

「施設、……かい?」



エーダリアが差し出したのは、リーエンベルクの敷地内の一部を改装する権利であった。

本来、リーエンベルクは領主の権限だけでなく、諸々の不可侵不変の魔術で強化されている。

そこに手を出すとなると、エーダリアの協力が不可欠になるので、ネアは少し前から相談していたのだ。


「そしてこれが、私からの贈り物の一つになります」

「ネアからの贈り物でもあるんだね?」

「ええ。リーエンベルクの魔術基盤の一つにある四季の要素を生かし、廊下を挟んで反対側にあるお部屋に、魔術空間の併設をさせて貰いました。ヒルドさんやノアにも手伝って貰って、………なんと、ちびプールを作ったのです!!」

「プール!」


最近ムグリスになると泳げる魔物は、ぱっと喜びに顔を輝かせた。


「いつも行く温泉プール程の広さはありませんので、あくまで気分転換と、練習用のプールですが、ムグリスディノにとってはかなり広いのです。それに、ヒルドさんが森と湖の祝福を分けてくれたので、何とも素敵なプールなんですよ!」


設計開始前の企画図を見せられ、ディノは目をきらきらさせる。

一緒に覗き込んだアルテアとウィリアムも、ほほうという顔をしていた。


「テーマは、森の中の温室プールなのです!」


ネアがそうなぞらえたのは、深く豊かなかつてのウィームの森の豊かさを垣間見せてくれる魔術基盤から、初夏の瑞々しい森の風景を引用し、花の咲き乱れる温室の中に小さなプールを作ったからだ。

森の中にある宝石のような湖と隣り合っており、プールながら森深くの湖で泳いでいるような贅沢さを味わえる。


湖にしだれ落ちる枝葉には真っ白な花が満開に咲き、湖面には花びらが浮いている。

鈴蘭や百合、そして紫陽花にカップ咲きの白薔薇や淡いラベンダー色の薔薇など、夢のように美しく心が安らぐ空間になっていた。



「………美しいところだね」

「ええ。後で見に行きましょうね。森の色合いや、湖の透明さに輝き、そしてお花にはヒルドさんの手助けを、空間の併設や形の構築、固定をノアが助けてくれました。デザインと内装のテーブルセットなどは私です!」

「…………有難う」


そっと、デザイン画を撫でて、ディノはほろりと表情を緩ませる。

目を煌めかせて、嬉しそうに嬉しそうに、その絵を撫でた。


この贈り物にしたのは、ディノが好きなことでもあるし、二人の時間というものに重きを置く魔物に対し、ここでこれからも一緒に過ごしてゆく時間を示したものでもあった。



(それに、民営のプールだとムグリスディノには大き過ぎるし、浴槽や洗面台だと物足りないようだから)


このプールには一段高くなっていて水深の浅い部分があり、その区画はムグリスディノ専用のゾーンになっていた。

プールサイドで読書などをするネアの隣で、ムグリスディノがぷかりと浮かべる造りなのだ。



「……喜んでくれたみたいで、……ほわ?!」

「ご主人様!」


ここでネアは感激した魔物に持ち上げられてぎゅうぎゅうと抱き締められてしまった。

取り出しかけていたもう一つのプレゼントがくしゃっとなりそうだったので、ネアは慌ててじたばたする。


「まだ終わっていませんよ!離すのだ!」

「暴れてる。可愛い」

「くっ、逆効果だった!」

「シル、それとね、これは僕からのもう一つの贈り物」


すかさず割り込んでくれたのはノアだ。


「…………チケットかい?」

「そ。ザルツにある動物園のだよ。ネアの好きな生き物がいるし、君達は二人ともまだ行った事がないだろう?」

「ど、動物園!もふもふ!!」

「ほら、ネアは大喜びだし、彼女にとって初めての経験だからさ。ザルツにある僕の隠れ家を貸してあげるから、今度泊まりで行ってきなよ」

「有難う、ノアベルト」



ご主人様の喜びを受け、ディノは素直にお礼を言った。

やっぱりネアが基準なんだねと、ノアも笑って頷いている。



「そして、これが私からのもう一つの贈り物です」



やっと下ろして貰え、息も切れ切れのネアが差し出したのは、素敵な術符ケースだった。

極薄の夜の結晶製のカードケースのようなもので、螺鈿細工のようにほこりの出してくれた雪結晶石を薄く切り嵌めて、ネアの印章を背面に象ってある。

表面には、夜の虹と雪原のインクでリーエンベルクの絵柄を刻み、年号と誕生日おめでとうの文字が入れられていた。



「ディノは形のあるものを持って喜ぶ型の性質もありますので、こちらの品物にしました。中には特別な術符が入っています」

「………召喚魔術かな」


術符ケースを両手で持って呆然としたまま、ディノはその灰色の術符紙に青いインクで描かれた魔術の織りを眺める。

そこではっとしたように、顔を上げた。



「…………ネア」

「はい。これは、ご主人様を問答無用で呼びつけられる術符になります。元々は迷子防止の市販品ですが、ノアにも仕上がりを確かめて貰い、お墨付きを得ました!」

「幼児用の迷子防止術符だけどほら、ネアの魔術可動域だと特別に使えるんだよね………」

「むぐ…………。誘拐防止の為に、当人の承認がないと発動しませんが、三枚分承認をかけましたので、私が出かけてしまったりした時にどうしても寂しい時は、年に三回まで許可します」

「…………君を、呼び戻してもいいのかい?」

「はい。ただし、ご主人様にも私生活があるので、場合によっては怒り狂います。もふもふの会の時など、使い所を誤ると叱られてしまうので、そこは上手く活用して下さいね」

「ご主人様…………」



案外我が儘な使用制限を突き付けられ、魔物は少しだけしゅんとしたが、術符ケースにお祝いの言葉とネアの印章があるのが相当嬉しかったようだ。

大事そうに手で包み、伏せ目がちに輝くような微笑みを浮かべた。



「有難う、ネア」

「お誕生日おめでとうございます、ディノ」



そう微笑み合った二人に、部屋の中は何とも優しい空間になる。



「俺も同じものでいいぞ」

「む!なぜに使い魔さんに呼びつけられるのだ。逆のものを下さい」

「イブメリアの前日だ、準備しておけよ」

「………その日がアルテアさんのお誕生日となると、ウィリアムさんとノアも同じ日なのですか?」

「ん?………ああ、俺もアルテアと同じ日にはなる訳だし、そういうことになるな」

「ふむ。合同誕生会ですが、祝祭日でもあるのでさくっと開催しましょうね」

「わーお、祝祭日の方が順位が上なんだ」

「むぅ。明確にそちらを優先する程冷酷ではありませんが、気がそぞろになります」


そう白状したネアに、ノアはぽんと手を打った。


「じゃあ、僕はイブメリアの翌日ってことにするよ。その日に二人でお祝いしよう」

「何でお前と二人きりなんだよ」

「アルテアは使い魔だし、祝祭の片手間でいいんじゃないかな」

「そうだな、俺も祝祭日周りは忙しいかもしれないから、別の日にじっくりとやって貰おう」

「おい、ウィリアム………」

「むむぅ。誕生日が自己設定の文化となりました。そして、誕生日と言えばもうすぐエーダリア様もお誕生日ですね」

「………去年はお前に追い回されたな」

「あら、逃げるのでディノに捕獲して貰ったまでです。あの頃のエーダリア様はディノに夢中でしたので、良い体験だったと…」

「やめてくれ」

「ネア、やめて………」



わいわいしながら、宴は和やかに続いていった。

途中でウィリアムが騒乱の気配を感じて眉を顰めていたが、まだ放っておける段階だと知り無視する方針となったようだ。



ふっと視線を感じて見上げると、無防備な喜びに彩られた魔物の瞳がある。

ネアの視線が合っただけで嬉しそうに微笑む魔物は、まだ手の中に術符ケースを握り締めたままだ。


(きっと、………もっと高価なものや希少なものだって、幾らでも貰えた筈なのに)



それなのにこの魔物は、バースデーケーキが切られないように守ろうとしたり、可愛らしい贈り物にはしゃいだりする。

その無垢さに胸が打たれ、ネアは微笑みを深めた。



(私の、大事な魔物。あの日この魔物に出会えて、本当に良かった)




「ディノ」


ちょうどみんなはあれこれ話しているので、こそっと名前を呼ぶと、魔物は綺麗な目を、ん?と瞠ってこちらに寄ってきた。


手招きをして少し屈ませると、ネアはひょいっと背伸びをする。




「………ディノ?!」



そして口付けてやった途端、魔物はばたりと倒れてしまった。



「ありゃ、ネアってば何したの?」

「…………些細なことですが、死んでしまいました」

「おい、何で殺したんだよ」

「これは、完全に伸びてますね。ネア、何かしたのか?」

「おや、外が騒がしいですね。………オーロラが出ているようですよ」

「お前が、ろくでもないことしたな?」

「ネア、誕生日に気絶させちゃ駄目だよ」


ゼノにまで窘められ、ネアは、倒れた魔物を置き去りにして外のオーロラを見に行きたいという衝動もあって地団駄を踏んだ。



「むぐ。解せぬ」

「あ、逃げた」

「………オーロラを見に行ったな」

「そちらの方が優先されるのだな」




こうしてディノは最初の誕生日の夜の一部を、意識不明で過ごすこととなった。

二人が出会ったその時になる深夜までには何とかして起きて貰う予定だが、なぜかアルテアとノアが飲み潰し対決になってきたので、無事にその時を迎えられるだろうか。



「でも、何だか賑やかで楽しい一年がここにありますね」



そう呟いて膝枕した魔物の真珠色の髪を撫でると、ネアはお誕生日会場に視線を戻した。






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