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模倣と友情



「今日はこれから、友人宅におりますので、何かあれば非常用端末の方へ」


アイザックがそう言うと、幹部達は弾かれたように顔を上げた。

今日は月に一度の幹部会であり、今後一月の主要取引品目などの議論をする。

時には世界中の内乱や戦争などの報告も持ち寄り、祝い事の気配や祝祭の嗜好の遷移なども議題に上がった。



「アイザック様、ご友人がいたんですか?!」

「ミンク……………」

「おい、代表にご友人がいたらしいぞ」

「知らなかった…………!!」


ヴォルフとローンも顔を見合わせて囁き合っており、アイザックは小さく溜め息を吐く。


「聞こえておりますよ。それと、私にも友人はおります」

「………それって相手は怯えて反論出来ないようなやつじゃありませんよね?」

「ヴォルフ………」


がくりときたせいで肩口からこぼれた長い髪を背中に払い、アイザックは少しだけ言葉を足した。


「最近、アルテア様が非常に興味深い共存関係を結ばれておりまして、私も試してみているのですよ。とある国取り盤で使っていた駒が、ネア様に似た気質の人間であることを思い出しまして」

「………アイザック様、その何でも試してしまわれる癖はやめた方がいいのでは」

「おや、ミンク。あなたは、賛成してくれると思っていましたが……」


そう言えば、ミンクははっと目を輝かせた。


「そ、そうですよね!ご友人を持たれるのは良いことですよ!」

「…………元より、私にも友人はおります」

「いやいや、ネア様を参考にされるのはわかりますが、あのような方はなかなかいませんよ?」

「おや、私の友人もなかなかのものですよ?」


ローンは一度ネア本人と会っているだけに、同じように特殊な人間が他にもいると簡単には認めようとしなかったが、アイザックは笑って言わせておいた。



不思議なことに、一度その人物にある程度の守護を与えると、そこから先は自分事としての認識が生まれる。


守護を与えられたその人間はアイザックではないが、その問題はアイザック自身にとっての問題でもあるという不思議な感覚に、成程これは新しい楽しみ方だなと目を開かされる思いだった。

新しい店舗を増やす感覚にも似ているが、やはり相手が生きた人間であるという部分での愉快さもある。


ウィームの歌乞いと違い、あの草原の魔術師は自ら問題を引き寄せることはないが、テントに飾られた骨から、羊を襲ったという咎竜を狩ってしまっていたことが知れたり、なかなかに想像を踏み越えてくれる逸材なのだ。

友人を自慢に思うという感覚はなかなか目新しいもので、それは同列の階位の友人ではなく、守護を与えてこその感覚なのだろう。



(あの日、手を打つのが遅ければ、接触不可の命を下されかねなかったところだ)


アイザックがそう思い出すのは、友人を国取り盤の駒から外したその翌日のこと。

大事な歌乞いを置いて、一人の魔物が訪ねて来たのだ。


あの島で会いたいと言われ、その前夜の、即ち当日の内に手を打っておいたことに安堵する。

彼の指輪を贈られた少女が助けられたという家族について話をし、ルドヴィークは既に国取り盤の駒から外し、アルテア共々不可侵とした旨を説明した。

さすがに抜け目ないねと微笑んだ王に、先見の明は商人としての嗜みだが、いい友人になりそうなので接触不可にされては困るのだと話せば、驚いたようにこちらを見る気配がある。


「ですので、こちらはご心配されなくても大丈夫ですよ」

「君がそういう判断をするとは思わなかったな」

「しかしながら、不可侵とした駒に個人的に接触していることは、アルテア様には秘密ですので、どうぞよしなに」

「それは、君達の定めた盤遊びの規約に外れないのかい?」

「駒から下した人物と、友人になってはいけないという決め事はありませんよ。あくまで今回の賭けの対象はこの国の行く先を舞台にしておりましたので、彼をその手の騒乱に巻き込まなければ良いのです」

「しかし、君は元々彼を観察したかったのだろう?随分と君にとっては都合の良い改変だったようだ」

「結果的には。しかし、目的が変わりましたから、アルテア様もどこかで飲みこんでいただけるでしょう。当初は観察対象とは言えやはりただの駒でしたが、今の私は一人の友人として彼と関わっておりまして」

「やはり、今回の君が持つ欲は珍しいね」


草原を渡る風を眺めながら、そう呟くのは万象の王だ。

豊かな白い髪を風に流しているのは、こうして立っていても誰の目にも触れさせない魔術を敷いているからである。

驚いた様子の王を見て、成程このような場面での爽快さもあるものかと得心する。


「私も、心のどこかで羨望を覚えたのかもしれません」

「羨望であれば不思議ではないかな。君は、欲を司る魔物なのだから」

「ええ。だからでしょうね、我が君にアルテア様、更にはウィリアム様までもが、ネア様に出会われて変わりました。精霊や妖精もそれぞれに愉快ですが、最も命数も少なく魔術的な弱者である人間の方が、豊かな個性を持っております。そのしたたかさや複雑さを己の領域として押さえ、あなた方が誇らしげに守るように、私にもそれがあるのだという状態を試してみたくなったのでしょうね」


その言葉に、王は少し考え込む様子を見せた。


「それが、あの人間だったと?君は、ほこりの方がお気に入りなのかと思っていたが」

「あの星鳥にはすげなくされてしまいましてね。とは言え、良いお取引をさせていただいておりますし、白夜の立場が羨ましいかと言われますと悩ましいところですが。まぁ、この先百年二百年と、また関わり方を変えることもあるでしょう。ただ、人間はあっという間にいなくなってしまいますから」


その言葉に王は憂鬱そうな顔をしたが、とは言え、ネア様は伴侶になされるのでしょう?と尋ねれば、短く頷いていた。

伴侶になればその寿命は格段に延びる。

魔物の伴侶は短命だと言われているが、彼女については妖精の庇護も取り入れているようなので問題はないだろう。


つまり、そういう手を加えないアイザックの友人は、そんなに長くは生きない存在であった。



「彼には、命数を足してやるつもりはないのかい?」

「彼らしい生き様を見届ける為に友人になったのです。であれば、彼の人間としての寿命をまっとうさせるのが、私の務めでしょう。それに彼はまだ、私の守護を受けていることすら知りませんからね」

「知らせないままでゆくのかい?」

「ええ。その方が良いものかと。聡い人間ですのでいずれ気付くかもしれませんが、驚きもせずにそういうものかと受け流してしまうかもしれませんね」


そう言ったこちらを何と感じたものか、万象の王は唇の端で淡く微笑んだ。

その微笑みすら凄惨なまでの無関心さだが、それはここに彼の歌乞いがいないからだろう。


「………成程。随分と気に入っているんだね」

「ネア様に似ておられますよ。昨年斃した蛇の精霊の骨を見せて貰いましたが、どう見ても咎竜の骨格でしたしね」

「我々ですらあまり関わりたくない生き物なのに、どうして人間は咎竜を斃せてしまうのだろう……」

「まったく、不思議なことですね」



高位の魔物程、変化に見捨てられた存在はいない。

妖精や精霊ですら最高位でも変化をし続けるのに、魔物は派生したその時から己を変えられない者が多いのだ。

そう言う意味では、同じように長きを生きる他の種族より、人間というものの刹那さの方が魔物を変えるには適しているのかもしれない。




それから暫くしてからのある日、陽の落ちる前に羊達の見回りをしていたルドヴィークに会いに行った。

山間部での陽はだいぶ短くなり、黄昏の藍色の光の中で民族衣装がぼうっと浮かびあがっている。

この地方に伝わる羊飼いの術歌を口ずさんでいた友人は、久し振りだね、また会えて嬉しいよと振り返って笑った。


母親と兄は、砂小麦の魔物の冬支度に向けて、近くの集落にある女達のところに泊まりに行っているのだという。

どんな冬支度をするのか尋ねれば、専用のセーターがあるのだと教えて貰い、アイザックは驚いた。

おおよそのことを知り得ていると思った自分にも、知らないことがまだまだあるものだ。

ルドヴィークは、そんな砂小麦の魔物のセーターを、自分も編めるようになりたいと言う。



(ああ、やはり、この人間の知識や欲は面白い)



夜半過ぎ、地酒を振る舞われたこともあって気分よく会話に乗せたのは、とある伝承の怪物についてであった。



「ところで、ルドヴィーク。人面魚という生き物を知っていますか?」

「人面魚?人の顔を持つ魚のことだろうか?」


首を傾げた友人は、かなり度数の高い地酒を水のように飲んでいたが、一向に酔う様子はない。

あまり酔いはしないが、味が好きで飲むのだという。


「ええ。あなたの以前に拾った稀人の少女が、そのような話をしていたのだそうです。我が君がたいそう警戒されておりまして、人間はそういうものを見付けてくるので用心した方がいいと言われましてね」

「我が君ということは、そのように心配してくれたのはアイザックより地位の高い魔物なんだね」

「我々にとっては、王にあたるような方ですね」

「それなら、その……人面魚という名称であることは初めて知ったが、その生き物であれば時々捕れるから、王様に持って行ってみるかい?」

「……………この辺りで?」

「あの西側の谷の底に流れる川で、たまに釣り上げるよ。釣られると酷く騒ぐから、兄さんはすぐに捨てて来いというけれど、罵り言葉がなかなか斬新で面白いんだ」

「それはそれは………」



それもまた知見の一つであるので、翌朝、その人面魚探しに同行してみた。

ルドヴィークはいとも容易くその魚を釣り上げ、細い糸と羊の骨の釣り針で釣り上げられた生き物に、アイザックは絶句する。

その生き物は老女の顔面を持つ鱒のような生き物で、釣り上げた人間を思いつく限りの言葉で罵っていた。


(…………ほんとうにいるとは驚きだ)


王がその話をしても、ある程度は伝承の域を出ないものであると考えていた。

人間は魔物ですら眉を顰めるようなおぞましい生き物を考えつくのだなと感心していたのだが、まさか実物を見る羽目になるとは思いもしなかったのだ。



「アイザック、持って帰るかい?」

「…………いえ、大変興味深いですが、………やめておきましょう」


釣り針を食わせたままひょいとその魚を持ち上げたルドヴィークは、少し離れたところから動こうとしない魔物を見て、小さく微笑んだ。

成程、人間とはこういうところが未知のものなのだと、しっかり見てしまった人面魚のおぞましさとはまた別に、愉快な気持ちになる。


「欲しかったらいつでも」

「そうですね。必要であれば、部下に回収に行かせましょう」

「君の部下には会ったことがないな。来るときは言ってくれれば、もてなし料理を用意するよ」

「では、その際には事前に連絡を入れましょう」

「うん。楽しみにしているよ」



見渡す限りの草原は、ところどころが雪に覆われていた。

この川は地熱に暖められて凍らないそうで、このあたりには温泉も湧いているのだそうだ。

歌乞いの少女が何ともひたむきな美しさだと称したというこの土地は、この先もずっと変わらずにこの情景を残してゆくだろう。


つい先程も、稀少な絵の具の流通確保の為に、とある歴史深い小国が戦火に飲まれるよう手配してきた自分らしからぬ感傷だが、いつか自分の守護する羊飼いがいなくなっても、自分はそうするような気がするとアイザックは思った。











アルテアのお仕置き編の続きは、夕方更新します!

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