表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
492/980

ルドヴィーク



ルドヴィークは羊飼いだ。

山間にある草原に住み、羊達の世話をしながら家族と暮らしている。


魔術可動域は飛び抜けて高いとされるが、この島国ではそれはさしたる意味を持たない。

騎士こそが力とされるこの国では、魔術師達は貧しい土地や危険の多い土地を任される管理者という区分なのだ。



そしてルドヴィークは、今の暮らしがとても気に入っていた。

かつて、魔術可動域は低いものの騎士としての武勇に長けた兄は、国王の直属部隊にいたことがある。

その隊を指揮していたのが叔父なので、さもあらんという配属ではあったものの、兄はその出世を望まなかったのだ。



『俺は、薬師になりたいんだ。薬草を摘んだり煎じたりするのが好きだし、人を斬るなんてまっぴらでな』


そう笑って苦しげに空を見上げていた兄が不憫で、ルドヴィークは、ある日一つの魔術を行使した。




「兄さん、今日の雪割草の色はどうだい?」

「青みが強いな。これはいい薬になる。見てくれルドヴィーク、こっちの水晶花もいい蕾をつけただろう?」

「本当だね。あの稀人の君の魔物が来てから、たくさんの花が咲いたみたいだ」

「母さんも上等な神だと話していたし、あの雪のような白さだ。どれだけ高位のお方だったんだろうなぁ」

「でも、うちのブブさんを怖がってたよね」

「はは!そうだそうだ。あのお嬢さんに宥められて、ブブの頭を撫でさせられた時の顔ったらなかったな」

「ブブさんは流石だよね」

「ああ。ブブがいなけりゃ、母さんが元気でいてくれたかどうか。あいつは我が家の守り神だからな」



ブブは、砂小麦の魔物だ。

水に濡れてしまうと溶けてしまうが、テントの中で飼われるペットとしてこの国の高地では人気がある。

小麦を湿気から守る役目を果たす魔物で、飼い主によく懐き温厚なのだが、ブブはその中でもとりわけ忠誠心が強い個体のようだ。



一度、ルドヴィークの母親は岩蠍に刺されてしまって倒れたことがある。

それを見付けたのがブブだった。

ブブは大好きな飼い主が倒れていることに動転し、岩蠍を踏み潰して倒すと、溶けながらも雨上がりの草原を駆けてきてルドヴィークとプラードを呼びにきてくれた。


その日から、ブブは大切な家族であるだけでなく、ルドヴィーク達にとっての可愛い守り神でもあるのだ。

そして今回のことで、白持ちの魔物にも動じないところを見せて、更に家族達を感心させているのである。



(あの日、それでも僕達は神に祈るしかなかった……)



ルドヴィークは魔術師としての腕は超一流と評されるが、毒抜きは専門外だった。

ルドヴィークが得意とするのは天候の調整と、人々の心を調律する凪の魔術だ。

とは言え、前者は自然に身を任せる為にあまりやらないことだし、後者は兵士達が狂乱状態になった戦場で一度使ったきりである。

幼い頃より父親から、生き物の心を扱う魔術はむやみに使ってはならないと教えられてきた。

そして、決して我を忘れて人々の破滅を願ってはならないとも。



「あの日、母さんが元気になったのは、兄さんの雪割草の薬があったからだと思う」

「なんだ、どうした急に?もしかして、あの魔物の薬に興味が出てきたのか?」

「ううん。そうやって、家族を守ることが出来る手段を持てることに感謝しているんだ。あの日の母さんには兄さんとブブがいたし、この先は稀人の君に貰った薬がある。………僕達は、何と幸運なのだろう」


ルドヴィークのその言葉に、プラードは小さく頷いた。



一昨日、近くの集落を巻き込むような大きな戦があった。

夜になっても空が赤く燃える程の戦いだったようで、王都の軍と合わせて五百人近くの犠牲が出たのだそうだ。

その戦いでは聖女様が危うく命を落としかけたが、幸いにも幼馴染の医師の手で救われたらしい。


そんな戦火の恐ろしさと無情さに触れれば、この平穏と、身を守ってくれた幸運に感謝したくなる。




稀人の少女を拾った日の夜、ルドヴィーク達の元には再びお客があった。


稀人の少女が助けていた魔物と、もう一人、見たことのない老人姿の魔物である。

叔父のアフタンがそちらの魔物のことも知っていたようで、港町の住人達と王女に手を貸したお方なのだと教えてくれた。


それを聞いた時、ルドヴィークはふと、まるで代理戦争のようではないかと思ったものだ。

恐らく、人間達がそれぞれに救いを求めた結果なのだろうが、それでも戦局はそこに力を貸す人外者達の意向を大きく反映する。

であればそれはもう、彼等の戦でもあるのではないかと。



『我々は協議の結果、あなた方兄弟を今回の盤上から外すこととしました』


そう話し出したのは老人姿の魔物だ。

闇夜のような暗い瞳には光が入らず、どこか得体の知れない恐ろしさがある。

それは、稀人の少女が助けていた魔物の惹き込まれるような眩い恐ろしさとはまた違う、毒と刃のような鋭さの違いだ。



『元よりあなた方は、兄上がこちらにいる彼の、そしてあなたは私の領域の守護を受けておりまして』


そう言われてぞっとしたのは、戦など関係もないと思ってきた、この土地から買い物以外の用事で出たことすらないルドヴィークですら、彼等の掌の上に乗せられていたということを知ったから。


(しかも、同じ陣営ではなかったということなのだ)


どうしてそこで線引きをされ、取り分けられてしまったのかは、人間でしかないルドヴィークにはわからない。

仲の良い家族だと思うし、思想が対立している訳でもない。

それなのにこの人外者達は、自分達を争わせるつもりだったのだろうか。



『しかし、今回のことで我が君とネア様があなた方に接触し、ネア様に至ってはあなた方を気に入られたようですから、我々としては禍根の残らないようにするべく、こうして手を引く決断としたのです』

『………あの稀人の方が、何か言って下さったのですか?』



そう尋ねたルドヴィークに、老人は人ならざる者らしい一片のぬくもりもない微笑みを浮かべた。



『いえ、あの方は我々の領域に口を挟む程、身の程を知らない愚かな方ではない。人間としての領域と、己の取り分を見極められる、とても愉快な方ですからね』

『では、今回のことは、彼女が僕達に接触したことが、あなた方にとって不利益であったということでしょうか?』

『まさにその通りですね。ネア様は聡明にも我々のすることに口を挟みませんが、その結果に心が動かないとは言えますまい。人間とは、理不尽で貪欲な恐ろしい生き物だ。ですから我々は、予測の出来ない反応から我が君がその意向を汲み、困った事態に陥ることを避けることにしたのです』

『ま、あいつは何も言わないだろうがな。不愉快だったと結論を出せば、無言で背を向けるだけだろう』


そう言ったのは赤髪の魔物だ。

ルドヴィークはふと、この魔物はそうしてあの少女に立ち去られることを恐れているような気がした。


それはもしかしたら、老人の魔物が話したような、魔物達が思う人間の恐ろしい部分であるのかもしれない。

彼は、あの少女がそんな風に自分を切り捨てることがあり得るのだと、そう考えているのだ。



(そんな感情があるのだと、僕は初めて知った)



人間達が彼等を恐れ崇めるように、彼等もまた、人間の心に未知の部分を認め、それを恐れるのだと。



『あなたにとって、彼女のありようは未知のものなのですね』


ルドヴィークが思わずそう言ってしまえば、赤髪の魔物は目を細めて冷ややかな微笑みを浮かべた。


『かもしれないが、お前が俺に問うことではないな』

『でも、彼女はあなたをそう簡単には切り捨てないと思いますよ?こちらのテントに来た時、彼女はあなたの怪我を案じていました。母が大切な知り合いなのかと問いますと、よく懐いている知り合いで、最近はあなたのパジャマがお気に入りなのだと…』


その途端、赤髪の魔物は片手で顔を覆ってしまい、老人の魔物が小さく笑い声を上げた。


『いや、誠に惜しい限りです。私はね、あなたのそのようなところを買っていたのですが』


そのようなところとは何だろうと首を傾げれば、魔物は、それは魔物というものを恐れ奉っても、決して不必要に線引きをつけない鷹揚さだと言う。


『でも、僕は普通の羊飼いですよ。この草原から外に出て暮らしたこともありませんし、この先もここで暮らしてゆくでしょう。ただ、国が変わって行商人が山まで来ないようであれば、買い物には苦労しそうですね』

『あなたは、現状に満足して多くを望まない人間だ。それでいて、必要とあれば理や戒律を捻じ曲げる魔術を行使することにすら、何の躊躇いも持たない。無欲と我欲の深さを巧みに使い分ける、人間らしく、人間らしからぬ愉快な生き物です』



その言葉にはっとし、この魔物は二年前にルドヴィークがしたことを知っているのだとわかった。



二年前の春の日、ルドヴィークは自身の魔術を行使して、とある難民の青年を兄プラードだと認識するような認知添付の書き換えを行なった。


元は羊達に山道を安全に移動させる為に、足場の悪い斜面などに美味しそうな草が生えていても、認識させないようにする為の魔術だ。

それを応用し、兄と他者を入れ替えたのである。



そうして今現在、国王の指揮下にいるプラードだとされている人物は、実は奴隷船から逃げて来てこの国で使用人として働いていた青年なのであった。

それは、剣の腕に長けてその才能に見合っただけの評価を得たいと切望していた青年と、どうにかして兵役から逃げ出したいと願っていたプラードの思惑が一致したから決行に至った作戦であり、当初は当事者の二人だけで秘密裏に進められていた作戦であったらしい。


しかし、残念ながら二人には魔術の知識が足りなかったのだ。

その青年は元々、兄の武具の手入れをする使用人で、二人から擬態魔術で入れ替わることを相談されたルドヴィークが手を貸したのだった。



自分の敷いた魔術が、禁術の領域に入るものであることはよく分かっている。

かつてこの国でも被害が出たが、悪名高い仮面の魔物のその行いに近しい、運命の理を損ない誤認させる魔術の底辺の一つ。


『あなたは、その心が鮮烈に願えば、手も触れず多くの人々を狂死させる程の感情調律の魔術も持っている』

『その力を、悪しきことに使うつもりはありません。持てる力の大きさではなく、僕はその力がどれだけの意味を成すかで選べる人間でありたい』

『そう願ってもそうはならないのが、普通の人間です。……とは言え、我々はもはやあなた方を手放したのだ。これ以上は詮なきことですね。今夜こうしてお話に伺ったのは、そのような事情ですので、今後はお二方がこの国の未来を占う騒乱に関わらないようにと、お願いに参った次第でして』

『そういう事であれば、僕達は元より戦には興味がありません。ただ、叔父については、王都に呼び戻したいという声を多方面から聞いています。他者の願いやそれにより生じる行動までは、僕達ではどうしようもない』

『お前の叔父は、戦場に戻るだろうな』


にべもなく言い切った赤髪の魔物に、ルドヴィークは眉を下げた。

心のどこかで、分かってはいたのだ。


望まなくとも、捨てきれない人がいる。

いつかきっとアフタンは、部下達の為に戦場に戻る羽目になるのではないかと。

叔父には、部下達を切り捨てるのは無理だ。



『…………そうですか』

『とは言えそれは俺達の手駒ではない。せいぜい上手く立ち回って生き延びさせてみろ』

『…………そうなのですね!……では、叔父にはいざとなったら身を隠せるような下劣な魔術を、沢山持たせておきましょう』


ほっとしたルドヴィークがそう言えば、魔物達は顔を見合わせてどこかネアに似ていると呟いていた。


(あの稀人の少女と僕が?)


だとすれば、彼女も己の為であれば容赦の無い選択も出来るしたたかな人なのかもしれない。

守るべきものをわかっている女性という感じはしたが、ここで見る限りはまだ、寄る辺ない無防備さが際立っていた。


(でも、この魔物達を動かしてしまうくらいなのだから、強い人なのだろう)



その時にふと、稀人の伝承が蘇った。

草原では、出会った稀人にその時の問題を話せば、その問題を良い方向に転がしてくれると言う。



(叔父さんのことは心配だけれど、そのようになったという事なのかもしれない……)



あの稀人の少女と出会わなければ、ルドヴィークは兄と戦うことになっていたどころか、この国のこれからの混乱に巻き込まれていたのだろう。



あの、霧の流れてゆく草原で呆然としたように目を瞠って座り込んでいた、灰色の髪の少女。

白い肌に、見たことのない夜霧のような髪と瞳。

ルドヴィークは不思議な生き物には沢山出会ってきたが、あのような姿の人間と出会ったのは初めてだったのだ。

なので最初は警戒したものの、濡れたお尻が冷たいのだと眉を下げて悲しげにしていた彼女を見た時、妙に微笑ましくなった。

そして、心が沸き立った。


その時に少しだけ、ああ、自分は寂しかったのだなと理解した。



(今の生活は気に入っている。ここを離れたくないし、この土地を変えて欲しくもない。だけど、………それでも僕は、新しい誰かに会いたいという願いも持っていたんだ)



『…………もう行かれてしまうんですか?よければ、シチューでも食べていきませんか?』



気付けば、そんなことを口走っていた。

兄がぎょっとしたようにこちらを見たが、言ってしまってから、ルドヴィークは自分が本当にそれを望んでいることに気付いた。


(もっと、この世界中を見てきたであろう、未知の生き物達と話してみたい)



『…………はぁ?』

『おや、それは興味がありますね。こちらでは店のものは食べてみましたが、家庭の料理はまだ試しておりませんから』

『アイザック………、おまえその何でも手を出す癖はどうにかしろ』

『おや、経験を豊かにすることもまた、私の望む私の質でもありますよ』

『…………かもな』


諦めたように溜め息を吐いた赤髪の魔物に、ルドヴィークは、やはりこちらの魔物は少々苦労性なのかもしれないと考えた。



そしてその夜、本当にその魔物達はルドヴィークのテントで一緒にシチューを食べていった。

赤髪の魔物には味付けについて質問をされ、老人姿の魔物とは、織物の流通や貨幣などの運用について話をした。


母親も途中からは楽しげに話しており、アフタンは終始真っ青なままであったが、ルドヴィークとしてはこれから王都に戻るであろう叔父にとって、ここでその騒乱の要となる魔物を知っておくことは悪い事ではないと思う。




あの夜は楽しかったと思い出して微笑み、あの日は朝から楽しかったなと思い直す。



「あの子がまた遊びに来ればいいのだけど、きっと来れないだろうな」

「ん?稀人の君か?遠いから、そりゃ無理だろ」


兄が次に収穫しているのは、岩切の実だ。

この実を煎じて飲めば、熱冷ましになる。


「いや、あの婚約者だという魔物の方が夕食を共にした魔物の方達よりも高位なのだから、その気になれば簡単なことだろう」

「じゃあ、来れるのか?あちらの方は、なんと言うか………、母さんに褒められて嬉しそうにしていたし、穏やかな感じがしたものな」

「でも、あの稀人の方は赤い髪の魔物の方にとってもお気に入りみたいなんだ。だからきっと、もう来れないだろうな」

「………ああ、魔物は気に入った人間を、あまり他者に会わせたがらないという。だが、あの方はヘルディナ様の恋人なんだろ?」

「本当にそうなのかな?」

「………あー、まぁ、………人ならざる方々の本意はわからないからな。にしてもお前、高位の方の伴侶に手を出すな」

「はは、そんな訳ないだろ。あの子は可愛かったけれどまだ子供の魔術可動域だし、僕もそこまで命知らずじゃないよ。そうじゃなくて、あの子なら面白い話を沢山知ってそうじゃないか」

「………お前のその趣味は、時々大したもんだと思うよ」



兄をすっかり呆れさせつつ、ルドヴィークは赤髪の魔物が傷付いて座り込んでいた瞬間のことを思い出す。

あの時、あの魔物はあんな酷い怪我をしながらも、真っ先にあの少女のことを案じたのだ。

それを見たルドヴィークは、どれだけ驚いたことか。


それまでのルドヴィークにとって、高位の魔物はあくまでも自然の脅威にも似た雲の上の存在で、良き隣人であれ、一定の距離以上に近付こうとは思わなかった。


それなのに、あの魔物は血に濡れた手をすぐに差し出し、己の傷のことも後回しにして、彼女を自分の腕の中に引き寄せて守ろうとしていた。

口ではあれこれ言っていたものの、眼差しがその本音を吐露してしまっていたとルドヴィークは思う。



(あの光景を見た時に初めて、僕はあのような高位の方々とも心を通じ合わせることが出来ると知ったんだ……)




「ところで、また次の満月の夜に、あの方が来るのか?」

「うん。母さんがとびきりのチーズを食べさせるって、山葡萄と杏と一緒にチーズを漬け込んでいたよ」

「俺はどうも苦手だが、母さんとブブが気に入っちまったからなぁ」

「ブブは、偉い魔物の方々に会えるのが嬉しくて堪らないんだと思う」



次の満月の夜に、羊毛を月光と夜の冷気に当てて青みをつける。

その作業があると聞いて、老人姿の魔物はとても興味を持った。

見に来てもいいかと言われ、ルドヴィークは微笑んで頷き、どうぞと答えたのだ。





それから、ルドヴィーク達の家族の元に、時々アイザックという名前の魔物が遊びに来るようになった。

あなたは欲望の質が面白いと言われてルドヴィークは苦笑するしかなかったが、友人が出来たことはとても嬉しいことだった。

ただし、この訪問は赤髪の魔物には内緒であるらしく、アイザックは来る度に姿を変えている。

あの少女も話していたが、色々と約定があるそうだ。




冬が深まると、こちらにも王都の様子が漏れ聞こえてくるようになった。


聖女様は加護を失い恋に破れたとのもっぱらの噂だが、その時に身を案じてくれた、兄の身代わりになっている青年に最近はべったりのようだ。

魔物達が手を出したのか、その青年はいつの間にか兄の名前のプラードではなく、彼本来の名前で認識され、それでも正当に評価されていた。



やがて、元奴隷の青年を将軍に冠した王家は、時代の移り変わりを受け入れられる寛大さを示したことから港町の商人達とも和解し、王女も、望んでいた隣国との同盟交渉を始めることを条件に家族の元へ戻った。



国を開きたいと思う者達と、国を閉じたままで権力を振るいたいと思う者達との戦いだったのだとルドヴィークは結論付けたのだが、赤髪の魔物との代理戦争を終えたアイザックは、微笑んで首を振る。



「元々は、あなたという興味深い逸材をどちらが手駒にするかで始めたものですから」

「…………僕を?」

「アルテアは、あなたを騒乱の立役者にして近隣の国々を狂乱に追い込みたかった。私は、久し振りに見た愉快な人間のその生き様を、ただ心ゆくまで観察したかった」

「………アイザックに勝って欲しいけれど、今回の勝敗は引き分けに近いのかな?」

「いえ。今回はアルテアの勝ちです。しかし、あなたを盤上から下ろしてしまった段階で、アルテアは勝負に勝ちましたが実質負けたようなものですね。どうせなら諸共勝ちとしたかったのですが、いやはや、やはり彼は賭け事には強い」

「わざと負けてあげたんじゃないのかい?」

「いいえ。新しく賭けたのは、この島の織物業の権利です。こちらに関しては、私は流通を望み、アルテアは個人の嗜好として多く出回ることを嫌いました。だいぶ前から目をつけておりましたので、これを取られたのはいささか手痛い」

「君は、商人みたいなことを考えるんだね……」



そう言うと、アイザックは商人でもありますからねと微笑んだ。

やはり、魔物というものは謎に満ちている。



(じゃあ、今夜はその商売の話を聞いてみようか)



雪の草原の夜はとても静かだ。

ルドヴィークはバター茶を淹れ、小さく息を吐いて微笑んだ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ