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164. 恐ろしいあざとさです(本編)



「ネア、箱はそこにあるのか」


ネアが餅兎の呪縛に囚われたところで、通信を受けて駆けつけてくれたエーダリア達がやって来た。

餅兎に釘付けになっているネアの代わりに、ディノが振り返って応対してくれる。


「エーダリア、ここに屋敷の魔物がいるから、それ以上は近寄らない方がいいよ。それと、ゼノーシュ、アルテアを呼び戻してくれるかな?」

「うん。グラストも近付いちゃ駄目!」

「わかった。エーダリア様、俺の後ろに」

「…………まさか、ネアは見たのか?」


やって来てくれたエーダリア達の言葉にもネアが反応出来ずにいるのは、愛くるしい餅兎的な生き物と見つめ合っているからだ。

何とか守って貰おうと可愛いポーズを多用してくる餅兎もどきは、堪らないもちもち感で理性を突き崩しにかかってくる。



(こ、これが視覚的な魔術効果………!)



「もちうさ………何て可愛いもちうさ」

「ほら、ご主人様これは元々は屋敷魔物だよ?」

「し、しかし足を引きずっているのです。なでなでしてあげ……………し、白もふ……!」


そこでネアが絶句したのは、奥の茂みからぽそぽそと歩いて来た、憧れの白もふを発見してしまったからだ。


震える指先でディノの肩にぎゅっと掴まり、あまりのことに動悸で息苦しくなった呼吸を整える。


ゆったりとした優美な動きで茂みから出て来た白い雪豹姿の獣は、どこか投げやりな仕草で長く分厚い尻尾を揺らしてぴしりと近くの枝葉を叩く。

後方から現れた肉食獣に気付いた餅兎もどきが、ぴっとなって震え出した。


そんなもちうさもどきも愛くるしいが爆発して可哀想で可愛いが、もはや、ネアの心は白けもののものだった。

恐らく、呪縛が解けかかっているのだろう。



ネアは自分を抱えた魔物が荒ぶるかと思ったが、なぜかディノは、鷹揚に登場した白けものを指し示した。


「ネア、ほら君のお気に入りの獣だよ」


ネアはふるふるしながら、そんなディノの甘い言葉に心を揺らされ、ややあってから、とある決意を思い出してはっとすると、ぷいっと白けものから目を逸らした。


「私は行動で示す派です!白もふにはもはや興味などありません!」

「ネア?」

「その代わりに、ここには愛くるしいもちうさがいます。白もふさんは、飼い主さんの元へお戻り下さい。さらばなのだ!」



突然に別れを告げられた白けものは、ぶわりと尻尾を膨らませて呆然とした目をしている。

赤紫色の綺麗な目を丸くしているので、あまりの無防備さに、ネアは倒れそうになった。

ディノに持ち上げて貰っていなければ倒れていたかもしれないが、幸いにも体は固定されている。


「ネア、その兎は駄目だと言っただろう?………困ったね。その獣がいても魅縛効果に勝てないのか」

「白もふさんには、心は動かないのです。さぁ、森に帰るのだ!」


渾身の力で視線を引き剥がすと、ネアは震えている餅兎に視線を戻した。

正直、どう考えても白けものの方が好みなのだが、その獣はアルテアという飼い主がいるのだ。

あまりこちらに懐かせてしまうと、またアルテアが拗ねてしまうに違いない。

飼う見込みのない獣を、飼い主から引き離すなどという無責任なことは出来ないので、どうにか堪えてお引き取りいただこう。


しかし、我慢出来ずにちらりとそちらを見てしまえば、ネアに邪険にされた白けものは、耳がぺたんと寝てしまっている。

あまりにも可哀想でお腹を撫でてあげたくなるが、ネアはもう一度頑張って視線を逸らした。



「さぁ、もちうさ……………ふぁっ?!もちうさが!!!」



それは、一瞬のことだった。


もふもふアイドルの座を奪われて腹が立ったのか、単純に狩猟本能なのか、屋敷の魔物こと擬態中の餅兎は、ネアの目の前で白もふに狩られてしまったのだ。



ばっと飛びかかられて前足でくしゃりとやられた餅兎は、じゅわっと音を立てて消し炭にされてしまう。

どういう魔術展開なのかわからないが、そのまま何故か餅兎の形をした炭になってしまった。


しかし、餅兎を滅ぼした白けものは、まだ気がおさまらないのか、炭化した屋敷の魔物を容赦なく前足で粉々に叩き潰している。



「もちうさ…………っ!!」



悲鳴を上げた後、そのまま絶句してしまったネアの目の前で、炭化餅兎はげしげしと白けものの足で蹴飛ばされ踏み潰されて、あっという間にさらさらとした砂になってしまった。

荒れ狂う獣はまだ許せないのか、ばりばりと地面を掘るとその砂も埋めてしまった。


そして、その上にどすんと寝そべって、じっとりとした目でこちらを見ている。



「……………もちうさが、……滅ぼされてしまいました」

「…………うん。頭にきたのかな」



あまりの所業に呆然とそちらを見たネアに対して、白けものは恨みがましい目をすると、ぷいっとそっぽを向いた。

優雅に長い尻尾を揺らし、こちらのことなど、もうどうでも良さそうだ。




「…………祟りものは、無事に調伏が済んでしまったようだな」

「は!…………エーダリア様、失礼しました。なぜか今頃、もちうさは屋敷の魔物さんだということが腑に落ちて、あんまり可愛くない感じになってきました………」


ここでネアは、そんな驚くべき気持ちの変化に愕然としていた。

先程までも普通に正気なつもりだったのだが、餅兎が滅びた途端、すとんと餅兎もどきが可愛かったという気持ちが霧散したのである。



「それが、視認魔術の効果なのだ。やはり、お前には厳しい相手だったな」

「むむぅ。先程までも、あのもちうさが魔物さんであることは理解していたのですが、だがしかし愛くるしいという認識だったのです。思考に不自然さがなかったので、単純に外見が可愛いから仕方ないものだと考えてしまっていました」

「やはり、宿主として選んだ人間には餅兎に見えるものなのだな。ゼノーシュに教えられた通りだ………」

「む?………標的にされた相手にしか、もちうさに見えないのですか?」

「ああ。私には、黒い靄のようなものに見えていた」

「まぁ…………」


そこでネアは、ディノとゼノーシュから、屋敷の魔物の固有魔術としての視覚的な魔術は、逃げたり身を隠したりする際に、宿主と呼ばれる保護者として選ばれた人間にのみ、愛くるしい餅兎に見せる魔術なのだと教えて貰った。


人間を獲物として、人間にのみ寄生する魔物なので、屋敷の魔物は他の生き物にはその魔術を展開することはない。

ただし、その代わりに屋敷の魔物のその固有魔術は、先程ディノが解除出来なかったことから理に守られていたことも発覚し、中々に厄介なものであったらしい。



「それが理を動かす固有魔術であることは、ある程度想定されていたんだ。固有魔術には、そういうものが多いからね。とは言え、万が一のことがあれば、アイクを滅ぼして君をここから連れ去ればいいだけなのだけどね」

「でもほら、そうするとネアがディノを恨むかもしれなかったでしょ?だから、アルテアに…………だから、あの獣の方に注意を向けて貰おうと思ったんだ」

「そうだったのですね、ゼノ!ちっとも知りませんでした。それで今回はディノも、白もふさんに対して荒ぶらなかったのですね?」

「うん。私がムグリスになると、君を守る者がいなくて危ないから、仕方なく……ね。でも、あの獣では駄目だったんだね。……君は、悲しい思いをしなかったかい?」

「………もしかして、私が愛でているもちうさを滅ぼされてることで悲しむといけないので、白もふさんを招聘してくれたのですか?」


そう言えば、魔物はしゅんとして目を伏せた。

簡単に滅ぼせたのだろうに、嫌われるのが嫌で、こんな手の込んだことをしたらしい。


「ふふ、困った魔物ですねぇ。そんなことで、ディノを恨んだりはしません。それにこの通り、屋敷の魔物さんが滅べば、愛くるしいの呪いも消えるのです。ごめんなさい、不安にさせてしまったのですね」

「ご主人様!」

「では、気持ちを切り替えて、密書箱に取り掛かりましょう!…………エーダリア様?」



ネアは、どこか困惑したような表情で白けものを見ているエーダリアに気付いた。

白けものは、まだご立腹なのか尻尾でびったんびったんと地面を叩いている。



「その、………あれはいいのか?」

「むぅ。白もふさんへの憧れは消えました。私はもういいので、アルテアさんのところへ戻って下さいね」

「…………唸っているが」

「よほど、あの屋敷の魔物さんが嫌いだったのかもしれません。と言うか、白もふさんのご主人様はどこに行ってしまったのでしょう?」

「そ、そうだな。すぐに戻るので、心配しなくていい」

「エーダリア様?顔色が悪いですよ。この箱からもう少し離れますか?」

「いや、………そうだな、この箱を先に片付けてしまおう」


一つ頷いたエーダリアが視線を巡らせ、グラストが胸に手を当てて一礼する。

隣に立ったゼノーシュが、転がった箱をじっと見つめた。


「………わぁ、僕でも魔術が変質してるの、すぐには分からなかった。シーの呪いが、他の道具や魔術に触れて少しだけ書き換えられてるみたい。箱から剥がれかけてもいるから、触ると危ないよ」

「具体的には、どうなるのかわかるか?」


そう尋ねたグラストに、ゼノーシュはこくりと頷いた。


「変質してもう一度呪いが動いてるから、触るとその呪いが移ると思う。人間しか触れなくなると思うから、グラストもネアも、エーダリアも、絶対に触っちゃだめ」

「まぁ、そんな厄介なことになっているのですね!」

「………となると、やはり壊すしかないな。箱を所有していた教会側は気落ちするだろうが、このまま破棄しよう。頼めるか?」

「はい。ディノ、お願い出来ますか?」

「勿論だよ。君に触れたりしたら困るからね」

「………これを壊して、ディノに悪影響があったり、悪いものが飛散したりしませんか?」

「大丈夫だ。アルテアが選択を拒絶させているからね。このまま、壊してしまおう」

「………アルテアさんは、近くにはいるのですね」



ぼうっと、箱が燃え上がる。

しかし、そう見えたのは一瞬のことで、燃え上がるかに見えた青い炎は瞬く間に氷になり、その氷に包まれた箱は氷の中でばらばらに崩れた。


そのまま、真っ黒になると氷の中で灰になり、最後にはその氷ごと燃え上がって消えてゆく。



「…………隔離門と、封印魔術を同時にかけたのか」

「あの箱周りだけを別の世界として切り分けてから壊したんだ。………また、シーの呪いに振り回されるのは嫌だからね」

「ディノ………」


最初のシーの呪いについて思い出してしまって、ネアは大事な魔物をきゅっと抱き締めた。

目元を染めて嬉しそうにしているので、あの時のことを思い出して落ち込んだりはしていないようだ。



「思っていたより早く解決したな。皆、礼を言う。特にネア、内部探索は負担だったろう。良くやってくれたな」

「いえ、最後にもちうさに惑わされましたので、エーダリア様達が来てくれて心強かったです。…………む」


フーッという声が聞こえて、ネアは視線をこちらに向けた。

白けもの眼差しが、先程よりも遥かに荒んでいる。



「ディノ、白もふさんにもお礼を言うので、一度下ろしてくれますか?」

「もう惑わされる心配はないから、あの獣には帰って貰おうか」

「いけませんよ、ディノ。白もふさんにはもう興味はありませんが、とは言え祟りものさんを滅ぼしてくれたのはあの子なのです。せめてお礼くらいは言わせて下さいね」

「ご主人様…………」

「もう、さして興味はありません。本当ですよ!」



そこでネアは、地面に下ろして貰うと適切な距離を保ったまま、白けものにぺこりと頭を下げた。



「白もふさん、先程は悪いやつを駆除してくれて、有難うございました。こちらはもう大丈夫なので、おかえり下さ…………ふぁっ?!」


丁重に労って、かつ他人行儀な感じでお帰り願おうと思ったネアは、立ち上がった白けものが近付いてきても、きちんとその距離感を保っていた。

しかし、ふぁさっと見事な尻尾を爪先の上に置かれてしまうと、息が止まりそうになった。



「か、可愛く…………く、ありません!帰るのだ!」


お尻を向けてネアの爪先に尻尾を乗せていた白けものは、その言葉にまた綺麗な赤紫色の瞳を丸くした。

尻尾を置いた瞬間はどこかこちらを弄ぶような眼差しだったのが、驚愕に見開かれている瞳が何とも可愛らしい。


「ごめんなさい、人間はとても飽きやすい生き物なのです。もう二度とお会いすることはないでしょう。…………むが?!」


次の瞬間、体がふわっとなったネアは、自分に何が起きたのか分からなくて目を瞬いた。

一拍置いてから、白けものが強引に足の間に潜り込んでネアを背中に乗っけてしまったことに気がついた。


もふもふの背中に乗せられ、あまりの至福に理性が崩れてゆくようだ。

後ろ向きに背中に乗せられたまま、ネアは目の前にある尻尾の付け根のあたりに手を伸ばし、こしこしと撫でてやった。

この背中の端っこのところは、犬だとご機嫌スポットなのだが、雪豹的な生き物の場合はどうなのかわからない。



「………ッュ?!」


しかし、その途端に白けものは腰砕けになってしまった。

危うく振り落とされそうになったネアを、荒ぶった魔物がさっと抱き上げる。


「ご主人様!」

「むぐ、ごめんなさい、ディノ。あまりの熱烈な懐きように、ひと撫でしてしまいました」

「アルテアを撫でても仕方ないだろう?」

「…………む?アルテアさん?」


びっくりして顔を上げたネアに、ディノは、はっとしたように視線を彷徨わせた。


「………雪豹アルテアに似ているんだろう?」

「まぁ、ディノもとうとう、雪豹アルテアさんの名前を受け入れてくれたのですね?」

「………………うん」

「これで心置きなく、あのぬいぐるみをアルテアと呼べます!…………あら、尻尾が」


ふと振り返れば、白けものは尻尾を毛羽立たせている。

それに、よく見ればエーダリアとグラストの姿がないようだ。



「ゼノ、エーダリア様とグラストさんは、もう行ってしまったのですか?」

「うん。修羅場になりそうだから、先にガレンの魔術師達を帰らせるって」

「あらあら、白もふさんを撫でてしまったからですね。でも、ディノはそこまで怒っていませんよね?」

「…………ネアが虐待する」

「それと若干気になったのですが、封鎖魔術そのものはエーダリア様が張っていたそうですし、ガレンの魔術師さん達はいなくても良かったのでは………」

「外観を剥いで封じてたんだよ!」

「しかし、外壁はそのままありましたよ?」

「それは、屋敷の魔物の壁なんだ。祟りものの黒い靄がなかったでしょ?あれがあると、ネアが入るのに良くないからね」

「まぁ!そういう事だったのですね。素人めが失礼なことを考えてしまいました。皆さんがいてくれて良かったです!………あらあら」


視界に入ったのは、尻尾がけばだったまま、ぺたんと座り込んでしまっている白けものだ。

ネアに変なところを撫でられてしまったまま、まだ立てないらしい。

かなり恨みがましいというか、いささか打ちのめされている眼差しなので、ネアはあまりの可愛さに目眩がした。



「ディノ、もう下ろして下さい」

「ご主人様……」

「ほら、お仕事中ですからね」


渋々とご主人様を地面に下ろした魔物は、ぎゅっと手を繋いで貰って少しだけ口角を上げる。

しかし浮気がちなご主人様のもう片方の手は、腰砕けの白けものの耳の後ろをわしわしと掻いてやり、白けものはふにゃんとなってから我に返り、また目を丸くしていた。


「ご主人様が浮気する………」

「これは懺悔なのです。白けものにはもはや興味なしですが、立てなくしてしまったことに罪悪感を覚えています。早く元気になって、さよならしましょうね。ふぁ?!」


ネアがそう言った途端、白けものはびったりとネアの足に体を寄せてしまった。

どうだと言わんばかりにこちらを見上げているのが悪どいのだが、心配そうにぺたんと寝てしまっている耳がえらく愛らしい。


「………むぐ。可愛…………可愛くないです。もう、私は白もふに心は動きません!むぎゃふ?!何をするのだ!!」


ネアが頑張って何とか追い払おうとし続けた結果、白けものは頭をネアのお腹にぐりぐりと擦り付け始めた。

あまりの愛くるしさにとうとうネアも理性が崩壊し、我慢出来ずにぎゅっと抱きしめてしまう。


「おのれ、あざといやつめ!大好きです!!」

「ご主人様?!」


慌てた魔物が、胸に白けものの頭を抱き込んでしまったネアを揺さぶると、抱き締められたままの白けものもがくがくと揺さぶられる。

振られたことで我に返ったのか、突然、白けものはびゃっとなるとネアの腕から逃げ出した。


「に、逃げました!」

「ほら、あの獣は懐かないよ。すぐ毛皮に浮気をする悪いご主人様だね、こちらにおいで」

「むぐぅ!甘えてみせたり、つんとしたり、なんという白もふなのでしょう!頭にきたので、今度会ったらチーズボールで弄んでくれる!」


走り去ってゆく白けものにそんな呪いの言葉を投げつけ、ネアは魔物に抱えられたままじたばたと暴れた。

荒れ狂うご主人様を抱えた魔物も荒んだ目をしている中、唯一冷静な観客でいてくれたゼノーシュが、森の中に消えてゆく白けものにバイバイと手を振ってやっていた。





「……ということがあったのです!白けものは、なんともあざとい狡猾な毛皮生物でした!」

「うーん、そこまで懐くものなんだな」

「あ、それには理由があったみたいで、屋敷の魔物さんの中で触ったクッキー缶のクッキーに、実は厄介な獣媚薬が付着していたようなのです。獣使いの持つクッキーだったようで、その粉がどこかに付着していたらしいと、ゼノが気付いて教えてくれました」

「……………それでか」

「むむ、そちらの使い魔さんは、さもお前の所為だ的な目をしてはいけませんよ!あのクッキーは、獣の持つ本来の欲求や、可愛さを引き出すだけのものなのだそうですよ。ですので、私のことが大好きなくせにわざとつんつんする、困ったけものでした!」

「はは、それは困ったな。今度叱っておこう」

「まぁ、ウィリアムさんは白けものをご存知なのですか?」

「と言うより、アルテアが良く知っているのは間違いないけどな」

「むぅ。あやつの性格は、飼い主さんの悪いところが似てしまったのでは……」

「アルテアに似てたのか?」

「素直ではありませんが、よく懐いています!」


ネアがそう言った途端、テーブルの向かい側で咳き込む気配があった。

恨めし気にこちらを睨む目線は、やはりあの白けものの荒ぶるときの姿にそっくりだ。

テーブルの上に置いたネアの手のひらでは、荒ぶるムグリスディノがキュッキュと鳴いて異議申し立てをしている。

たいそう可愛いので、ふくふくのお腹を撫でると蹲って恥らってしまうのが堪らない。


「それにしても、シルハーンはすっかりその姿が気に入ってしまったんだな」

「白けものの話をすると、ムグリスディノになって対抗してくるようになりました。あまりの可愛さに、つい頬擦りしてしまうふかふか魔物です」

「キュ!」

「これからの季節は心配ないだろうが、熱い土地にいる時には注意させた方がいい」

「そうですよね。弱ってしまったら困りますから。……あらあら、こちらも甘えん坊になりましたね」


ムギーと声が聞こえ、ウィリアムと話しているネアの膝をたしたしと肉球で叩いてきたのは、反対側の椅子の上にいた銀狐だ。

銀狐も冬毛に戻る日が近付いてきており、自信を取り戻し始めたのか、ふさふさ尻尾を見せつけてなんとか気を惹こうとしてくる。

今日は、ウィリアムが毛皮の会の打ち合わせでリーエンベルクに寄ってくれたのだが、荒ぶるもふもふ達は、各々の魅力でネアの毛皮ツアーを阻止しようと必死の形相だ。


なぜか、別件の報告でエーダリアを訪問していたアルテアも加わってしまい、ネアは絶賛魔物達に囲まれている。

アルテアはアルテアなりに、ウィリアムとの毛皮ツアーに反対のようだが、こちらには明確な理由はないのでただの意地悪だろう。



「アルテアも、ネアの為に何かに擬態してやったらどうですか?」

「黙れ」

「まぁ!アルテアさんも、もふもふになってくれるのですか?ココグリスになって下さい!」

「やめろ。何でココグリスにした」

「悪い魔物さんが、愛くるしいちび毛皮になると、その意外性で胸がきゅっとなりますから」

「キュ!」

「あらあら、荒ぶらなくても、ムグリスディノが一番ですよ?」

「キュキュ!」

「そして狐さんは、爪先に全体重をかけて膝を踏みつけるのはやめて下さい。狐さんはそもそも大事な家族なのですから、すかすか毛皮の夏毛の時だって大事な狐さんのままなのです」

「うーん、意外性か………」


そう呟いて顎に手を当てたあてたウィリアムにひたと凝視されて、アルテアは眉を顰めて酷く嫌そうな顔をした。


「…………なんだ?」

「いや、意外性があった方がいいそうですよ、ネアは」

「そのわざとらしい笑いをやめろ」




「意外性と言えば、この前アルテアさんの夢を見たのです」


ネアはここでふと、避暑地で見た夢のことを思い出した。

何だか寝起きでディノに注意をされた気がするが、多分夢だったのだと思う。


「へぇ、アルテアの夢を見たのか」


ウィリアムはそう苦笑したが、目があまり笑っていない。

あくまでも夢ですよと念を押し、ネアはその時のことで唯一覚えていることを口にした。


「その時、アルテアさんが意外にもきちんとパジャマを着て寝台にいたのです。どこか艶っぽい雰囲気の魔物さんでしたので、良家の箱入り少年のような姿にぐっと好感度が増しました。夢だったのが非常に残念です」

「……………わかったぞ。お前のそれは、わかっててやってるな?」

「む?アルテアさんは、どうしてテーブルと一体化してしまったのでしょう?お酒でも飲みましたか?それとも貧血でしょうか?」


あまりにも綺麗にテーブルに突っ伏してしまったアルテアに、銀狐がていっとテーブルに飛び上がると、とことことアルテアの傍まで歩いてゆき、前足でアルテアの頭をつんつんしている。

反応がないので死んでしまったようだ。

ムグリスディノもそこに集まり、死んでしまったアルテアを銀狐と眺めている。



「ウィリアムさん、アルテアさんが死んでしまいました」

「無防備な姿を見られてしまったのが、かなり恥ずかしかったんだろう」

「あら、魔物さんは繊細なのですね。実際にその姿を見られたなら確かに恥ずかしいかもしれませんが、あくまでも私の夢の話なのですが………」

「自分でも、似合わないと分かってたからかもしれないな。俺も、アルテアがそういう恰好で寝ているのは想像もつかない」

「そう言えば確かに、魔物さんは就寝時に裸の方が多いですものね」

「………ん?その統計はどこで取ったんだ?」

「ディノも最初はそうでしたし、ノアもそうです。死者の国でのウィリアムさんも、上は着ていませんでした。ちなみにゼノは可愛い寝間着を持っています」

「ノアベルトも見たのか………」

「寝過ごし犯を起こしに行ったことがあるからですね。ディノと一緒でしたよ?」

「だとしても、寝起きだからな、気を付けるようにな」

「むぐ」



ここでネアは、あまりにもアルテアが死んでいるので、そっと手をのばしてアルテアの後頭部の後ろ毛にたまたまお菓子の箱についていた赤い色の毛糸を結んでおいた。

ぴよっと尻尾のようになり、ちび結びになって可愛いので、そのままにして拝んでおく。


「……………おい、何をした」

「何もしていませんよ。それと、ムグリスディノに踏まれています」

「おい、頭から下りろ」

「キュ」

「あらあら、苛められてしまったのですね。可哀想に」

「キュ……」

「お前は外見に騙され過ぎだ」

「あら、ディノはいつものままのディノでも、ムグリスディノでもあまり性格は変わりませんよ。温かくなると眠ってしまって、泳げるようになるくらいです」

「それでいいのか………」


また違う理由で遠い目になってしまったアルテアだったが、その後、ネアはもう白もふには興味がないという話を蒸し返され、どうせ口先だけだろうといびられたので、美味しいアップルパイを作るの刑に処しておいた。



しかしその日の夕方、ネアはリーエンベルクの廊下でまたして白けものに遭遇してしまう。


なぜか、いじめっ子な感じの悪どい表情で尻尾を見せ付けられたのだが、ネアは、それどころでない衝撃に愕然としていた。

見事な白い毛皮の首筋に、赤い毛糸のちび結びを発見してしまったのだ。



(………それも込みで、同じチームだったんだ)


視認魔術が厄介な餅兎こと、祟りものになった屋敷の魔物。

そして、その任務の周りで出現した白けもの。



色々と察してしまったネアは天井を仰いだ。



とても大人に裏切られた子供の気持ちになったので、白けものには、匂いを嗅がせたチーズボールを遠くに投げるという罰を与え、あの日の呪いの通りにチーズボールを追いかけてゆく魔物を見送った。


たまたま後ろに挙動不審気味のエーダリアがいたので、信じられないかもしれないがあれはアルテアなのだと告げ口をしておけば、最初から知っていたと言われてしまってがっかりする。

どうやら高位の魔物には、もふもふ動物に変身したくなるという病気が蔓延しているようだ。

ウィリアムは何になるのかを尋ねてみたが、どうやら動物に変身出来る程の精巧な擬態には向かないらしい。



白けものと一緒にお風呂に入らなくて、本当に良かったと思う。



今度出会ったら、エーダリアの得意魔術を借りて、魔術仕掛けの動くボールで弄んでやろうと企んでいる次第だ。


それどころか、悪さをしたら白けものになって貰って抱き枕の刑に処すのも悪くない。

と言うか、ご主人様を騙して弄んだ使い魔など、向こうがまだ気付いていないその隙に乗じて、撫で回しの刑で弱ったところを枕にしてしまうのもありだ。



そう考えたネアは、邪悪な微笑みを浮かべた。

人間は、とても執念深い生き物なのである。










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