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クッキーモンスターの夏休み 1



ゼノーシュはその日、リーエンベルクの夏休みに合わせてグラストの屋敷に来ていた。



屋敷が見えてくると、この地方では歓迎の意味のあるラベンダーのリースが扉に飾られており、家令が扉の外まで出迎えに来てくれていた。

ぱたぱたと駆け寄って、その手にお土産の袋を渡すと、家令はおやっと目を瞠って微笑んでくれる。


「これね、お土産。ここのクッキーは美味しいんだよ」

「おやおや、これは皆も喜びますね。後でいただかせていただきます」

「うん」

「俺はこういうものには詳しくないからな。ゼノーシュがいてくれて助かった」


グラストに大きな手で頭を撫でて貰い、ゼノーシュは口元がむずむずする。

嬉しくて堪らないけれど、まだ館内に入ってもいないので、喜び過ぎないように気をつけよう。


「今日は、ゼノーシュの大好きなケーキを作るからな」

「うん!僕も応援する!」


我慢しきれず弾んでしまうと、グラストと家令は顔を見合わせて微笑んでくれた。

グラストと手を繋いで屋敷の中に入り、ゼノーシュは、グラストが使用人達と話をしている間、この滞在で使う部屋に宝物を見に行く。


かちゃりと扉を開けたのは、この屋敷に泊めてもらう時にはいつも使う、グラストの隣の部屋だ。

部屋を使う者が変わる度に壁紙とカーテンを変えるので、今は淡い水色と白を基調とした部屋になっている。



(グラストの屋敷に、僕の部屋がある)


そう思う度に、ゼノーシュは堪えきれずに弾みたくなってしまう。

ここは、ゼノーシュの部屋なのだ。



この部屋は、屋敷をグラストが継いだ時にやがて産まれてくる男児の為にと用意された、代々この一族の長男が使ってきた部屋だ。



(僕の部屋の反対側が、グラストの子供の部屋だった……)



そこは今もそのまま残されているが、グラストも心の整理がついた今年の夏前に、ある程度片付けられて、当時のままの部屋ではなく娘の思い出を綺麗に残す為の保管室になっている。

だからもう、ゼノーシュはその部屋の扉を見て、心がぎゅっとはならなかった。




飾り棚の上には、緑と茶色の竜の模型がある。

湖水水晶の台座は、ゼノーシュが自分で用意したものだ。

リーエンベルクに持ち帰らずにここに置いてあるのは、この屋敷がこの竜の模型の家だと思えたからで、そう話したらグラストは優しく微笑んで頭を撫でてくれた。


ゼノーシュ的には、宝物をここに置いておくことで、ここはずっと自分の部屋だからと主張しているつもりでもある。

この部屋ごと、全部がゼノーシュの宝物なのだ。



久し振りに見た湖竜の模型は、今日も何だかとても素敵に見える。


(でも、色はともかく、湖竜にしては尻尾が長いんだけどな……)


これは、木や鉱石と竜革を使ってグラストが青年の頃に作ったもので、いずれ自分の子供にあげようと思っていたものなのだそうだ。

これを貰った日の夜、ゼノーシュはあまりにも嬉しくて、一睡もしないでずっと竜の模型を眺めていた。

嬉しくてつい撫でてしまうが、ディノがそれでリボンを駄目にしたと聞いていたので、まずは状態保全の魔術をかけてから触ることにした。


「僕の、宝物…………」


いつか家族にあげようとしていたこの模型を、グラストが自分にくれたということに意味があった。

それはきっと、グラストがゼノーシュをそれ相当の存在だと認めてくれた一つの証なのだと思う。



あの頃。


あの頃、グラストが小さな女の子と築き上げようとしていたものが、ゼノーシュの手の中に落ちてきたという証明の品物として、竜の模型はここにある。


幸せそうな家族を窓の外から見上げて震えていたゼノーシュは、あの時欲しくて堪らなかったものをやっと手にすることが出来たのだ。



(だから、これは僕の宝物)



その日以来、ゼノーシュにとって竜は良くも悪くも特別なものになっている。



まずは、このグラストに貰った模型と同じ形なので、ゼノーシュにとって特別に大事なものに。

そして、竜の模型を作ってしまうくらいにグラストが好きだった、とても用心するべき相手に。



(だから、グラストには竜を飼わせないようにしなくっちゃ!)



ネアもその傾向があるので、リーエンベルクには竜飼い禁止の会がある。

ディノやノアベルトだけでなく、実はヒルドも密かな会員なのだ。


(この前は危なかったけど………)


前回の光竜の事件の時には、光竜がネアに懐いてしまうという危機があった。

なので、バーレンが逃げようときた時には、ゼノーシュも、元気に遠くまで行けるようにクッキーを持たせてやったくらいだ。


幸いにもその後はエーダリアが竜飼い禁止令を出してくれたので、ネアが竜を飼う危険はもうなさそうだ。

しかしその時、ゼノーシュはどうしてグラストにも禁止令を出してくれなかったのかと悲しくなった。



(でも、グラストには竜は禁止だよって言ってあるし………)



少し前までペットが飼いたいと話していたけれど、そうすると銀狐が甘えられなくなって可哀想だよと話したところ、グラストは考え直してくれたようだ。


仕事の合間にブラッシングしたり、ボール遊びをしてやったりしているので、グラスト自身がペットを飼ってしまうと、銀狐とは遊べなくなる。

ノアベルトにも協力して貰って、会話の途中で悲しそうにボール遊びを強請って貰ったので、その方法を考えついてくれたネアには感謝している。

お陰でグラストは、銀狐が可哀想になって、ペットを飼うのは諦めてくれたのだ。



「でも、グラストは優しいから、竜が懐かないようにしなくちゃいけないんだ」


そう小さな声で宣言を新たにし、ゼノーシュは一階の厨房に向かった。

ポケットには、グラストから貰った竜のぬいぐるみが入っている。

持ち歩き過ぎて最近少し草臥れてきたので、そろそろきちんと仕舞わなくてはいけないのだけれど、このお休みの間だけは持っていたかった。



ぱたぱたと廊下を走ると、使用人から坊ちゃん走ると危ないですよと声をかけて貰った。

そう言われてまた嬉しくなって、振り返って手を振った。


一階に下りると、家令からグラストはもうケーキの準備の為に厨房に向かったと教えて貰った。

すぐに作ってくれようとしているのがまた嬉しくて、ゼノーシュは笑顔になる。

厨房の扉を開くと、袖を捲ったグラストが振り返って微笑んだ。


「ゼノーシュ、来たのか」

「うん。もう模型にも挨拶した!」

「はは。じゃあ、そこで応援してくれな」

「うん!」


厨房にある青い椅子は、ゼノーシュの特等席だ。

そこに座って足をぱたぱたさせると、料理人達も微笑んでグラストのケーキ作りを手伝ってくれる。

しかしそれは卵を持ってきてくれたり、ボウルを差し出してくれたりするだけで、みんなはもう、ゼノーシュはグラストの手作りのケーキが食べたいのだと、よく分かってくれていた。



「僕ね、クリーム乗せるの手伝うよ!」

「よし!じゃあ生地が焼けたら一緒にクリームを塗ろうな」

「僕、平らに塗れるから、僕が塗ったところをグラストが食べていいからね」

「頼もしいな、ゼノーシュは」

「僕、グラストの契約の魔物だもん」



その後は、グラストと二人で焼きあがったスポンジに生クリームを塗った。

何度見ても食べても、その度にこれが憧れの白いケーキなのだと幸せでいっぱいになる。



ずっと、これが食べられる存在になりたかった。



この、隣でゼノーシュがクリームを塗った部分のケーキを食べて笑ってくれている人間を、もう一度笑わせることの出来る大事な存在になりたかった。


「僕、グラストのこと大事にするね」

「どうした?ケーキが気に入ったのか?」


微笑んでこちらを見てくれたグラストに、ゼノーシュはぷるぷる首を振った。


「グラストが笑ってるのが好きだから」



その瞬間、目を丸くしてから微笑んだグラストの向こうで、女中が運んでいた花器を落としてしまった。

口元を覆って肩を震わせているが、愛くるしいと呟いているので事故ではなさそうだ。

振り返って声をかけたグラストも、苦笑してこちらに視線を戻している。

幸い、絨毯の上に落としたので、ごつっと音はしたけれど花器も割れていなかったようだ。


みんなで少し笑ってから、ケーキを食べ終えたゼノーシュは、グラストと一緒に遠乗りに出かけた。




「今日はよく晴れたな」


大きな木のある丘を超えると、少し先に教会が見えた。

午後の鐘が鳴って、グラストは少しだけ遠くを見る。


その向こうにある娘の墓を思うのかもしれないが、ゼノーシュはもう気にならなかった。

白いケーキもぬいぐるみも、ゼノーシュはもう貰ったことがある。

頭も撫でて貰えるし、グラストはたくさん笑ってくれるようになった。


ゼノーシュは、魔物としてたくさんの人間の一生を見てきたが、苦痛を乗り越えた人間はとても強いものだ。

グラストはもう、娘の墓の前で肩を震わせて一人で泣いたりはしないだろう。

疫病祭りの日も、ゼノーシュがぎゅっと手を握ると嬉しそうに微笑んでくれた。

だからきっと、グラストが悲しい時は、そうやって手を繋いで微笑み直して貰えばいい。



『私も少しだけそういうことが好きなのですが、与えることで貰える人がいます』


そう話していたのはネアだ。

それはネアがディノでなければ駄目だった理由の一つで、ネアも後から気付いたことらしい。


『私は欲しがり屋さんでしたが、ディノと出会ってから初めて、私の愛情や執着を欲してくれる誰かがいて、その人に与えることで自分の内側が満たされることに気付いたのです。グラストさんにも、そういう要素があると思いますよ。ゼノは最高に可愛いので、もっと甘えて、グラストさんを幸せにしてあげて下さいね』



だからゼノーシュは、今回のお休みで、この館に一緒に帰りたいと言ってみたのだ。

ここがグラストのもう一つの家なら、ここがあの子供と過ごした家族の場所なら、ゼノーシュもここを家だと言えるようになりたかった。



(ずっと一緒なんだよって、ちゃんと分かって欲しいんだ)



そうすれば、グラストがどこにも行かないから。



そう言って甘えてみれば、ネアの言うようにグラストはとても喜んでくれて、ゼノーシュはほっとした。

我が儘を言って嫌われたら大変だけど、時々たくさんのものが欲しくなる。

そんな時のゼノーシュは、自分がとても不器用になった気がした。

いつもは年上なので色々教えてあげるネアに相談するのは、大抵そんな風に悩んでしまった時だ。


(だから、このお休みはたくさん甘えてみるんだ!)



そう考えてとてもいい気分だったのに、そんなゼノーシュを酷く混乱させる事件が起きたのは、その日の夕方のことだった。





「旦那様、………その、門のところにお客人が来ておりまして」


夕方になってから、遠乗りから帰って来たゼノーシュ達を出迎えた使用人が、そうグラストを呼びに来た。

背の高いこの青年は、祖父の代からこの屋敷に仕えている門と屋敷周りの結界を管理している門番だ。

そんな彼がどこか困ったような顔をしてこちらを見るので、ゼノーシュは首を傾げる。


「悪いやつなら、僕が追い払うよ?」

「いえ、そうではないのですが…………」

「エイドリアン、どのような用件なのか聞いたのか?」

「ええ。………その、旦那様に、…………お仕えしたいそうで」

「…………ん?俺に?……その、騎士なのだろうか?」

「いえ、………それが、竜でして」

「竜…………」


どこか気まずい沈黙が落ち、グラストがこちらを見た。

がしがしと頭を掻き、困りきったような溜め息を吐く。



「………参ったな。竜か。個人的にはそうそう接点はないが、リーナの件もあるし、騎士見習いだったりするのかもしれないな」

「竜はだめ!」

「そうだな、ゼノーシュ。俺もこれ以上の使用人を増やすつもりはないし、騎士を目指しているなら俺の一存ではどうにも出来ないからな」

「…………いえ、それも」

「エイドリアン?」

「その、……………小さな女の子でして」

「女の子?」



その言葉を聞いた途端、ゼノーシュは息が止まりそうになった。



「…………女の子なの?」


そしてその小さな女の子は、よりにもよってグラストの好きな竜だと言うのだ。



とりあえずグラストはその竜に会ってみると言うので、ゼノーシュはふらふらしながら付いて行った。

あまりにも胸が苦しいので病気かなと思ったが、見てみたけれど大丈夫みたいだ。


息が苦しくてくらくらする。

これはもしかしたら、ネアが時々言う、胸がぎゅっとなるという現象だろうか。

膝に力が入らなくなる。

これはもしかしたら、時々ディノが潰れてしまう、あの現象だろうか。


そう考えれば頭がくらくらしたけれど、相手がもし悪い奴だった場合はグラストを守らなければと自分を奮い立たせた。

グラストを傷付けられたら嫌なので、頑張って背筋を伸ばすと、嫌々なのを押し殺して隣を歩いた。



(…………女の子だ)


確かに、行く先には小さな影が見える。


門の前に別の使用人に付き添われて立っていたのは、真っ赤なフード付きのケープを纏った小さな女の子だった。

ゼノーシュよりも小さく、人間の子供なら五、六歳くらいだろうか。

大きな緑色の瞳をしていて、頬は薔薇色だ。

見上げたグラストの瞳が揺れたような気がして、ゼノーシュはまた息が止まりそうになる。



「グラストだ!」


その竜は、グラストを見付けた途端、ぱっと笑顔になってはしゃぎ出した。

小さな足で飛び跳ねると、フードが外れてふわふわの金色の髪が飛び出す。


可愛い女の子だ。

ゼノーシュですらそう思うのだから、人間にはとても可愛く思えるのだろう。

そのことがとても悲しくて、ゼノーシュは短く息を飲む。

グラストの記憶に触れそうな、小さな女の子が、グラストに向けて一生懸命に手を伸ばしている。

それだけで、わぁっと声を上げて暴れたくなるような気がした。


「…………この前の薔薇の祝祭のときの子か!」


配色でゼノーシュも気付いたのだが、グラストまでその竜の正体が一目でわかってしまったことが、何だか良くないことに思えた。


「そうだ!グラストが気に入ったから、契約の竜になってやることにした!」


男勝りな言葉でそう肯定し、女の子は門を両手で掴んで揺さぶっているが、まだ使用人が門を開けないのは、グラストがそう指示を出さないからだ。

人外者は見た目通りの存在でないことが多いので、使用人も充分に用心しているのだろう。


「もしかして、探してくれたのかな?」

「お前の家は分かりにくいぞ!」


頬を膨らませて足を踏みならした小さな女の子に、グラストの声が少しだけ柔らかくなる。


そう言えば、薔薇の祝祭の時にグラストは、伴侶探しに失敗して暴れていた小さな竜を宥めてやっていた。

その時はそこまで竜を好きだと思っていなかったので、ゼノーシュも特に気にしていなかったのだけれど。


「…………うーん、どうしたものかな」


そう呟いて顎に片手を当てたグラストに、ゼノーシュはぞっとした。


あれだけ竜は駄目だと言ってあったのに、この小さな女の子の姿をした竜を見た途端、グラストは迷い始めているみたいだ。

門の向こうでは、ぷくぷくの頬をした小さな女の子の姿の竜が、早くここを開けろと飛び跳ねている。



(グラストは僕のなのに!)



「絶対にだめ!」


あまりにも胸が苦しくなって、ゼノーシュはぎゅっとグラストの袖を引っ張った。

ぐいぐいと引っ張ってしまってから、あまりにも我が儘な行為にさっと血の気が引く。



一瞬、辺りがしんとして、グラストはびっくりした顔でこちらを見下ろしていた。



「ゼノーシュ……………」

「…………嫌いになる?」



思わず涙目になりそうになって下を向くと、頭の上でふっと笑う気配があった。



「…………え?!」


いきなり、ふわりと抱き上げられたゼノーシュがびっくりしていると、グラストはゼノーシュを抱えたまま、腰を屈めて門の向こうの女の子と視線を合わせた。


「せっかく来てくれたのに、すまないな。うちにはもう、このゼノーシュがいるから駄目なんだ」

「け、契約はしないのか………?」

「契約の魔物がいるからな」

「契約の魔物…………。し、白いぞ?!」


それまでこちらが見えていなかったのか、その竜はゼノーシュを視認した途端、飛び上がって後ずさると、門から離れた。

震える指でゼノーシュを指差しながら、目を丸くして震えている。


「し、白持ちの魔物と契約してるのか?!」

「ああ。ゼノーシュは、俺の契約の魔物だ」

「白持ちがいるなら、立ち去る!い、いいな?私は白持ちの邪魔なんてしてないからな!知らないで来たんだから、恨むなよ?!」



ゼノーシュを見てわあわあと声を上げた竜は、ぱっと小さな竜の姿に転じると、あっという間に飛んで行ってしまった。



「……………行っちゃった」

「また暴れたらどうしたものかなと思ったが、納得してくれたようで良かった」

「………もしかして、それで迷ってたの?」

「ああ。……ん?……もしかして、俺はゼノーシュを不安にさせてしまったか?」


びっくりしたように尋ねられて、ゼノーシュは思わずこくりと頷いてしまった。


「はは、それはすまなかったな。でも、ゼノーシュは竜が嫌なんだろう?ちゃんと覚えてるぞ?」

「………うん!」


嬉しくなってゼノーシュが笑顔で頷くと、グラストも、門のところにいた使用人も笑顔になった。



「……それと、僕重いよ」

「そうか?全然重く感じないけどな。このまま、屋敷まで戻ろうか」

「…………うん」



初めて抱き上げて貰って、ゼノーシュは嬉しいけれど恥ずかしくて頬が熱くなった。

こんな風にぎゅっと持ち上げられたのは初めてだけど、ネアがいつも普通にしていられるのが凄いと思う。

手はどこに置いていいか分からないし、凄く大事にされているみたいで胸の奥がぽわぽわし過ぎてまた息が苦しい。



「…………グラスト」

「ん?どうした?」

「やっぱり駄目。僕、このままだと、嬉しくて息が苦しい」


そう言った途端、グラストは片手を外して目元を覆ってしまった。

使用人のエイドリアンも、何故か両手で顔を覆ってしまっている。



「…………嫌いになる?」

「いや、………俺は、ゼノーシュと契約出来て、世界で一番幸せな歌乞いだな」

「世界で一番…………!」




嬉しくて足をぱたぱたさせたゼノーシュに、グラストは声を上げて笑ってくれた。

大きい手で頭を撫でて貰えて、幸せでいっぱいになる。




『ディノはとても長命で凄い魔物さんなのに、時々小さな子供のようになってしまうのです』



その時ふと、ネアのその言葉を思い出した。



(それはね、ネア。僕だってたくさん生きてる公爵の魔物だけど………)



ほこほこする胸で微笑んで、ゼノーシュは思う。



(嬉し過ぎて幸せ過ぎると、………怖かったり不安だったりすると、胸がいっぱいになって、上手く言葉が選べなくなるんだ)



でもそれは多分、こうして一緒にいる相手が大好きだから。



「グラスト、僕も!僕もね、世界一幸せな魔物だよ」



そう言えば、グラストはまたびっくりしたような顔をしてから、少しだけ泣きそうな目でくしゃりと微笑んだ。



「よし、今日は美味しいものをいっぱい作って貰うから、沢山話そうな」

「うん!」




丘の向こうに、綺麗な月が見えた。

今日はまた、幸せで眠れないかもしれない。









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